五百三十八話 神狼ハーレイアとの邂逅

 顔を上げると、アルデルさんが、


「月狼環ノ槍に認められた槍使いよ、立つのだ。わたしにそのような謙る態度は必要ない」

「はい、では」


 振動が続く月狼環ノ槍を落とさないように立ち上がった。

 エジプト座りの黒猫ロロはそのままアルデルさんの長髪を見つめている。


「改めて、偉大な槍使いの名と、神獣様の名を聞こうか」


 偉大な、か。こそばゆいが、


「俺の名はシュウヤです。種族は光魔ルシヴァル。血を好むヴァンパイア系ですが光の属性もある。相棒の名はロロディーヌといいます。愛称はロロ」

「シュウヤ殿と、ロロディーヌ様。よい名だ。そして、月狼環ノ槍がお選びになった光と魔を司る新種の吸血鬼一族なのだな。納得だ」


 厳かに語るアルデルさんは、俺の腰の魔軍夜行ノ槍業の奥義書を睨んでから、月狼環ノ槍を眺めていく。

 すると、俄に頭を下げたアルデルさん。

 片膝で地面を突いた。

 月狼環ノ槍に対して頭を下げる。

 そのアルデルさんの礼に応えるように月狼環ノ槍は穂先から大きな幻狼の頭部を生み出した。


 大きな幻狼の頭部は穂先から外に飛び出していかないが、口を広げ、


「ドウォッ」


 と重低音の声を出した。

 挨拶? すると、棟に並ぶ金属環たちも小さい幻狼を纏った。

 その小さい幻狼たちが、


「ウァォッ」


 と声をあげ――。


「オァイッ」


 と続けざまにリズミカルな掛け声を発した。

 アルデルさんはその大きな幻狼の頭部と小さい幻の狼たちに向け「ハイッ」と返事をして立ち上がり、独特の音程を口ずさみつつ月狼環ノ槍をジッと見た。


 大きな幻狼の頭部と小さい幻狼たちを纏う月狼環ノ槍。

 それを幽霊のアルデルさんは崇高なモノでも崇めるように見る。


 前の使い手というよりも……。

 この月狼環ノ槍に信仰心でも持つとか?

 あ、まさか……と、その瞬間――。

 大きな幻狼の頭部が俺の『まさか』の心の声に呼応したように頷く。


 大きな幻狼の頭部は俺の深層心理でも読んだのか?

 と、心の問いに大きな幻狼の頭部は応えず、そっぽを向く。


 頭部を逸らした意味は否定のようにも感じられたが……。

 しかし、そのまさか・・・の可能性は高いだろう。


 だとすると……。

 この月狼環ノ槍は素直に返したほうがよさそうだ。

 月狼環ノ槍を<投擲>して乱暴に踏んづけたこともあった……。


 子供の幻狼がアーゼンのブーツを噛んだり、魔軍夜行ノ槍業に噛み付いたりしたこともあったな。

 アーゼンのブーツの踝に幻狼がくっついて速度が加速したという出来事もあった。


 と、少し焦りの気持ちを抱く。


「では、こちらに来てください」


 幽霊のアルデルさんはそう語ると、一礼。

 そして、俺たちの背後、歩いてきた通路の横に並ぶ狼の彫像たちを見て、


「お前たちもだ」


 と喋った。

 すると、その狼の彫像たちから半透明の幻狼たちが出現。

 アルデルさんの足下に駆けた大小様々な幻狼たち。


 月狼環ノ槍からは幻狼の出現はない。

 穂先を覆う大きな幻狼もそのまま。

 金属の複数ある環に宿る小さい狼たちも同じだ。


 アルデルさんは幻狼たちを呼び寄せつつ神殿を進む。

 彼が歩くと腰にぶら下がる鈴とタンバリンの楽器が音を響かせる。広々とした神殿を悠然と音楽を奏でながら歩くアルデルさんは、堂々して立派だ。


 すると、そのアルデルさんの歩くリズムに呼応する幻狼たち。

 足下の幻狼たちと背後の狼の彫像たちからも遠吠えが始まった。


 いや、響きがあちらこちらから……。

 この空間自体からもか?


 独特の音楽が奏でられていく。

 ヒヨリミ様たちの華やかさのある音楽とは正反対だ。

 重厚さを感じた。

 黒衣の衣裳が似合う古代狼族たちは歌劇団のような感じだったし、樹海獣人たちも様々な楽器を扱っていた。

 この地域の気候は温暖で幻想的でもある。

 だから音楽性に富んだ文化が培われていったのだろうか。


 あ、デボンチッチだ。

 子供の狼風のデボンチッチが踊りながら生まれ出る。


 しかし、アルデルさんの胸と腹の傷が怪しく煌めく。

 傷に影響を受けたように近くに出現したデボンチッチは溶けるように消えた。


 もうデボンチッチは再出現しないが……。

 槍と剣にダブルブレードを扱う古代狼族たちの幻影が出現していく。

 幽霊か。彼らは戦い切磋琢磨している。


 ここは練兵場でもあったのか。


 欠けた狼像の光を帯びた槍で穿たれたような孔たちが煌めいていった。

 幽霊たちが槍技を繰り出した際にできる踏み込みの足跡たちも淡い色彩で煌めく。


 幽霊の古代狼族の槍使いたちが、出現しては消えての軌跡を残す。


 アルデルさんは訓練中の幽霊の古代狼族たちの間を通る。

 と、古代狼族たちは振り返るようにアルデルさんを見ながら、幻狼の姿に変化を遂げてはアルデルさんを追い越して頭部でアルデルさんの足を衝いたりじゃれたりしていく。

 そのまま無数の幻狼を引き連れて歩くアルデルさん。

 重厚な音楽をバックに高さ百メートル強はありそうな巨大神殿の内部を散歩でもするかのように歩いていった。


 ふと、エブエの姿を思い出す。


 俺も歩きつつ……神殿を観察――。

 淡い陽光が微かに天井を射す。


 陽光は鉱脈の一部の明かりか。

 宙を漂う塵たちに反射するやキラキラと光を増しつつ舞い落ちる塵の群れ。


 そんな幻想的な神殿を進むアルデルさんに奥の間からスポットライトの照射が続く。

 壮麗極まりなかった。


 アルデルさんは後光を帯びたように七色に輝く長髪を揺らす。

 腰の装備類と貫かれた背中の傷を見え隠れさせていた。


 毛先から魔力の粒たちが散ってゆく。

 そのアルデルさんは魔法陣が設置された床を越えて奥の壁に向かう。


 アルデルさんを誘導していたようなスポットライト風の照射は消失した。


「ロロ、まだだ」


 俺の先を歩く相棒の動きを止める。

 黒猫ロロは振り向く。


「にゃ」


 魔法陣の手前で俺たちは足を止めた。

 罠はないと分かるが、この規模の魔法陣だし……。

 と、練兵場の床タイルの一部に魔法陣を凝視していく。


 小さい魔法陣が集結し、十メートルは超えている巨大魔法陣だが、消えかかっているのか点滅していた。

 その魔法陣の八角の縁には、銀色の狼と金色の月が組み合わさった小さい像が鎮座している。

 意味がありそうな八個の狼像たち。

 それぞれ月と狼をモチーフとしているが微妙に形が違う。

 八つのうち、七つの像は輝きを発し、一つの像は輝きを失っていた。

 しかも、その輝きを失っている像は片眼がない。


 これまた、まさか……だ。

 月狼環ノ槍も同意するように、棟に並ぶ七つの金属環たちが激しく揺れる。


 そんな像たちが有した魔法陣たちが連結している大きい魔法陣。 

 別段罠はないと思うが……。


「シュウヤ殿、足下の消えかかっている魔法陣に罠はない」

「はい、分かっていますが、点滅していたので」

「安心なされよ。点滅はわたしに残った魔力を意味するモノ。そして、この呪われた身故に、この神聖な場所に留まることができた証し……でもある。さぁ、その神界の神々セウロスホストの力が宿る月狼環ノ槍を持ち……こちらにきてください」


 神界の神々セウロスホストか。

 やはり……俺は思わず唾を飲み込む。


 少し緊張しながら、


「……はい、相棒もいいでしょうか」

「勿論です。こちらに……」


 アルデルさんは奥に誘う。


「にゃ」


 相棒は俺の肩に戻ると、頬をペロッと舐めてくる。


「うひゃ、冷たいぞ」

「ンン、にゃ」


 先端がお豆の形をした触手で俺の頬を叩く黒猫ロロ

 悪戯をしてから、もう一つのお豆の形をした触手を、アルデルさんに向けている。


 月狼環ノ槍の棟に並ぶ金属環の揺れも激しくなっていく。


 魔法陣に足を踏み入れた。

 アルデルさんに近づく。

 アルデルさんの話す通り足下の魔法陣に反応はない。

 八角に鎮座した狼像たちが微かに点滅したぐらいか。


 同時に壁画を凝視。

 魔力を多大に内包した立体的な芸術作品。


 雄大な景色と白銀色の狼たちの精緻な彫刻。

 壁は削られたというより……。

 雄大な草原をそのまま再現したような立体的な彫刻だった。


 その芸術作品の中心は白銀色に輝く巨大な狼が疾駆する姿。

 剥製のたぐいではない。

 素材は白銀色の超巨大な魔宝石だろうか?

 プラチナや銀にも見えるが巨大なダイヤモンドだったりして。


 だとしたら、この大きさといい、べらぼうに価値の高そうな魔宝石だ。

 あれこそ真の秘宝と呼ぶべき物ではないだろうか。


 いや、物と呼ぶには巨大過ぎる?

 洞穴からせり出した鉱脈の一部のようにも見える。

 しかし、巨大な狼の造形は素晴らしい。


 特に、後頭部と長耳のラインに生える白銀の毛たち。

 双眸と長細い鼻。

 柔らかそうな鼻の穴も再現されている。

 髭の一つ一つもディティールが細かく精巧だ。

 上顎と下顎から立派な歯牙が生えている。


 首から胸元には白銀の毛を覆う防具的なネックレスと一体化した装備を身につけていた。

 ネックレスの中心は丸い窪んだ穴。


 丸い穴を基点に放射状の溝たちが幾重にも重なり幾何学模様を作り出している。

 虹色に輝いている部分もある。


 彫り師というか、どのくらいの数の職人が協力してこの白銀色の巨大な狼像を作り上げたんだろう。

 いや、造ったのではなく最初からできた類いの物かもしれない。


 思わずロロディーヌの前身、ローゼスの姿を思い出す。


 ――月狼環ノ槍を見る。

 やはり、この月狼環ノ槍のモデルは神狼ハーレイア様なんだろうか……。


 そして、防具と一体化したネックレスも気になるが……。

 白銀色の巨大な狼の下に長方形の窪みがあった。


 その窪みの形は月狼環ノ槍と似ている。

 月狼環ノ槍がそっくりそのまま収まりそうだ。


 これはあれか……。

 月狼環ノ槍はその長方形の窪みに嵌めるとして……。

 あのネックレスの穴は、俺が回収した神狼魔石を嵌める穴だろうか。


 どう考えても、その流れだ。

 俺の確信めいた思いに呼応したように、手に握る月狼環ノ槍の震えが止まる。


 月狼環ノ槍の穂先と金属環たちを覆う幻狼たちはそのままだ。


「シュウヤ殿、もうお分かりかと思いますが……」


 俺たちの様子を見ていたアルデルさんもそう語る。


「この月狼環ノ槍の槍をそこに嵌めればいいのですね」

「はい、しかし……」


 アルデルさんは丸い穴を見つめて口ごもる。

 理由は察した。

 俺はアイテムボックスを操作。

 あるアイテムを素早く取り出す――。


「これでしょうか」


 左手で掴んだ神狼魔石をアルデルさんに見せた。


「――おお、それは神狼魔石! やはり取り返していたのですね! 神狼ハーレイア様が見込んだ通りの槍使い!」

「白色の貴婦人ことゼレナードが実験していた部屋に、これがありました」


 そう素直に告げた直後――。

 大きな幻狼の頭部が穂先を覆う月狼環ノ槍が、自然と、俺の手から離れた。


 ――宙に浮かぶ月狼環ノ槍。

 穂先から――大きな幻狼の頭部が分離し、白銀色の巨大な狼像に向け突進していく――。

 大きな幻狼の頭部は白銀色の巨大な狼像の前で静止すると、緩やかな曲線を宙に描きながら白銀色の巨大な狼像の頭部に寄り添いつつその像の中に入り込む。


 その瞬間、白銀色の巨大な狼像が煌めいた。

 続いて、壁画全体から衝撃波のような魔力波も発生。


 白銀色の毛が逆立ちウェーブを起こす。

 白銀色の巨大な狼が、本当に草原を駆けて、風を受けているようにも見えた。


 更に、宙に漂う月狼環ノ槍の穂先が動いた。

 棟に並ぶ金属環のすべてが分離した。

 環を失った月狼環ノ槍の穂先は寂しげに映る。


 しかし、これはホワインさんの片眼に魔印を施した時と同じか?

 全部で七つの金属環を覆っている小さい幻狼たちは吼え合うと、背後へと白銀色の軌跡を宙に作りながら向かった。

 

流星群かと思うほどの光。


 勿論、俺と相棒は釣られた。

 七つの金属環こと小さい幻狼たちは魔法陣の上で回転。

 七つの金属環は一つ一つが魔線で繋がる。

 ヴィーネの扱う《雷鎖チェーンライトニング》のような魔力の連鎖となった。

 そのまま、宙に月と狼的な紋を生み出したと思ったら、俄に、複数の金属環は四方八方に散る。その散った先は魔法陣の角に鎮座する小さい八つの狼像たち。


 その八つの狼像のうち七つの狼像の中へとニュルリと金属環が入り込む。


 刹那、俺たちの頭上で漂っていた月狼環ノ槍が、凄まじい速度で壁画に向かう。

 途中で横向きになりつつ長方形の溝にガチッと重低音を響かせながら嵌まり込んだ瞬間――。

 月狼環ノ槍の上の、白銀色の巨大な狼像が、神々しい光を強めた。


 巨大な狼像のネックレスも煌めくと――。

 ネックレスの穴に魔力が集中する。

 刹那、俺の左手がネックレスに吸い込まれ始めた。


 ――神狼魔石を吸い込んでいると分かるが、凄まじい吸引力。


 俺と肩にいる相棒もネックレスに引き寄せられていく。


 握る神狼魔石を離そうとしたが――。

 指と手が神狼魔石と接着し離れない。

 神狼魔石から魔力を感じた刹那、神狼魔石が俺の魔力を吸う――盛大に魔力を奪われた。


 激痛と快感が交互にやってくる。


 一瞬で、左腕が枯れては激痛が襲う。

 が、直に左腕は復活する。


 端から見たら奇妙な現象だろう。

 そして、ぽろっとかさぶたが取れるようにあっさりと、俺の手から神狼魔石が離れた。


 俺の魔力をたらふく喰った神狼魔石はネックレスの穴に嵌まり込んだ。


 ――身を吹き抜けた一陣の風。

 ――虹の魔力が半透明な橋を作り出す。

 ――ごわついた風も吹く。


 神狼魔石がキーとなったようだ。

 立体的な白銀色の狼像は躍動感溢れる動きで呼吸する。動物感あるそれは生命の息吹を新しく得るかのような動きだ。

 続いて、まばゆい光が壁画全体から発せられた。


 圧倒的な虹を帯びた白銀色の光……。

 息を呑む光景だ。

 黒猫ロロは俺の首に触手を引っ掛けた。

 向かい風を受けても落ちなかった。

 その相棒が、


「ンンン、にゃお~」


 鳴きつつ俺を安心させるかのように触手で耳と頬をタッチしつつ俺の背中を蹴って跳躍する。背後の床に着地したであろう黒猫ロロはダッシュ、俺の前に出た。

 そして、耳をピクピクと動かしつつ小さい頭部を上げると、白銀色の狼像目掛けて、


「にゃおおぉぉ~」


 と遠吠えするように鳴いた。

 すると――。


『ドウォッ ウァォッ オァイッ――』


 重低音の鳴き声。白銀色の巨大な狼像から思念のような声が轟いた。

 いや、


「ドウォッ――」

「ウァォッ――」

「――オァイッ」


 幻狼たちもだ。

 周囲から、重低音の拍子をとるような掛け声が始まる。


 ドウォッ ウァォッ オァイッ


 古代狼族たちの重低音と足踏み音も加わる。


 ドッドッドッ、ドッドッドッ

 ドウォッ ウォッ オアァイッ


 ドウォッ ウァォッ オァイッ

 ドッドッドッ、ドッドッドッ


 ドウォッ ウァッ オアァイッ

 ドッドッドッ、ドッドッドッ


 大小様々な幻狼たちの声は独特の韻を踏む。

 そして、風流な重低音を奏でる幻狼や古代狼族たちの声と連動するかのように……神殿の床にある複数の足跡が輝きを放っては、消えた。

 風流な重低音を奏でる幻狼や古代狼族たちの声と連動するかのように……


 白銀色の巨大な狼像の双眸が煌めく。


 その白銀色の巨大な狼像は、呼吸するように、膨らみ、縮む。

 白銀の毛の一部が透けて、心臓の位置から内臓のような器官も透ける。


 立体的な壁画だが、リアルだ。

 いや、本当に呼吸と心臓の活動が始まった?


 神々しさを持つ心臓の音も狼たちの声に加わった。

 掛け声のリズムと、心臓のリズムが重なる。


 と、更に白銀色の巨大な狼像の双眸が、カッと見開く。


 ――その見開いた瞳は不思議な虹彩だ。

 昏いが、まばゆいビーズたち。


 いや、宇宙を彩る綺麗な星々を思わせる瞳と虹彩だ。


 すると、アルデルさんが、地響きを思わせる音程に合わせて、バリトン風に歌い始めていく。

 腰のタンバリンのような楽器も宙に浮きながら音程を刻む。


 ドゥアァァ ドドゥアァァ ドドドゥ

 アァァァァァ ガァァドゥ ドゥハッ ドゥハッ ドゥゥゥゥゥゥゥ


 続いて、幽霊の古代狼族の兄弟姉妹も、足踏みを実行。


 リズムを刻み、歌う。

 幻狼の親と子供も加わった。


 ドゥドゥア! ドドッア! ドゥドゥッアッ!


 ラルルラァァ ドゥララアァァァアァァ

 ドゥラルルラァァ ドゥララアァァァアァァ

 ストレンジャー ストーリー

 シュウヤァァァ ライク トゥ スカィィ ナァブビィィ ナァアァァ? 

 ナブィリァァ ナァァァッァアァ

 シュウヤァァ ナブゥリナァァァァ


 ウォォ キングダム シュウヤァァァ


 ナブィリァァ シュウヤァァ ナブィリァァ

 ナブィリァァ ナァァァッァアァ! シュウヤァァ ナブゥリナァァァァ


 ストレンジャー ストーリー

 シュウヤァァァ ライク トゥ スカィィ ナァブビィィ ナァアァァ?

 ナブィリァァ ナァァァッァアァ

 シュウヤァァ ナブゥリナァァァァ


 ランサー ストーリー

 シュウヤァァァ ライク トゥ スカイゥゥ


 トゥリンジャ アイスカインブ ウォォオオ アーチィリン ツカイィンジャァァ

 シュウヤ! シュウヤ! シュウヤァァァァ 


 ドゥドゥア! ドドッア! ドゥドゥッアッ! 

 アァァァァァ ガァァドゥ ドゥハッ、ドゥハッ、ドゥゥゥゥゥゥゥ


 ドゥラルルラァァ ドゥララアァァァアァァ 

 トゥリンジャ アイスカインブ ウォォオオ アーチィリン ツカイィンジャァァ 

 シュウヤ! シュウヤ! シュウヤァァァ 


 重低音を響かせる幽霊の古代狼族と幻狼たち。

 バリトンとソプラノが合わさったかのようなオペラの戯曲を思わせる。


 俺の名と槍使いを意味するような歌詞があるが、理解が及ばない。

 歌が終わると静寂が辺りを包む。


 刹那、壁画から虹の魔力を放出させながら白銀色の巨大な狼像が息衝く。

 壁画から、巨大な前足が出た。

 続けて反対の足もぬっと前に出る。


 俺を見下ろすような形で、白銀色の巨大な狼が姿を現した。


 壁画には巨大な狼が嵌まっていたような跡が残る。

 神々しい光を宿す虹色の架け橋が至る所に存在した。


 肝心の白銀色の巨大な狼からは、畏怖の念を少し感じたが、同時に温かさを感じた。

 しかし、あの星々を宿すような双眸を見ていると、中に吸い込まれそう……。


 双眸の中では星々が螺旋……。

 いや、小さい銀河が渦を巻いている。


 まさに神狼ハーレイア様だ。

 正義の神シャファ様の幻影を見た時とは違う……。

 すべてを見透かされたような感覚を得た。


 そして、自然と片膝で地面を突く。

 深い理由はない。なぜかは分からない。

 頭を下げなければ、いけない気がした。


「神狼ハーレイア様!!!!」


 俺が頭を下げると、アルデルさんの天を衝くような声と狼の声の重低音が響き渡る。

 すると、光?

 すぐに頭を上げて、光を浴びている神狼ハーレイア様を確認。


 巨大な神狼ハーレイア様の頭上から、どこからともなく月光のようなモノが差し込んできた。


 天井には勿論穴なんてない。

 その月光のような淡い光は空から召喚されたような光だった。

 月光は神狼ハーレイア様の巨大な胴体を七色の彩りで縁取る。

 神狼ハーレイア様は双月神様から力を得ているようだ。

 白銀色の毛の艶が増して毛先が神々しく朧気にぶれる。

 白炎か、白煙を纏ったようにも見えた。

 どことなく<白炎仙手>と似ている?


 すると、神狼ハーレイア様の毛並みが輝いた。

 白銀色を基調とする色合いが強まる。


 微妙に色合いが洗練されたようにも見えた。

 卯の花月夜を彷彿とさせる。


 その神狼ハーレイア様が、


『槍使いシュウヤと神獣ロロディーヌ。ずっと傍で見ていた。見事な戦いぶりであった」


 と神々しい思念が心に響く。 


「はい、お世話になりました」

「にゃ~」


 俺と黒猫ロロは無難に挨拶した。


「ふふふふ、槍使いと、黒猫よ……善くぞ、白色の貴婦人を討った。秘宝も取り戻してくれた。我は、深く感謝しておるぞ……」

「俺にも眷属と大事な仲間たちがいますから。地底神討伐やら他にも重要な目的がありましたが、白色の貴婦人の件は急を要する問題かと思い迅速に動いたまで」

「にゃお~ん」


 相棒はどや顔だろう。神狼ハーレイア様はロロディーヌを見る。

 ニカッと歯を露出させて牙を見せた。笑った? 

 歯牙が肉食獣のソレを超えているから分からない。


「その行為こそ、我らの望み。やはり月狼環ノ槍としての選択は間違っていなかった」

「……選択とは、ロロディーヌに地面を掘らせたことでしょうか」

「……ここは我の支配領域ぞ。その事象のすべてだ」

「事象のすべて……」


 少し怖いが……。


「そんなことより、月狼環ノ槍に宿る我と同調してくれたことにも礼を言う」

「乱暴に扱ってしまい少し後悔しています」

「ふふふふ、構わない。そして、古代狼族ではないが、我の気に入った女の片眼に、力を授けることに協力してくれたことにも感謝しよう」


 ホワインさんの片眼か。


「たまたまです。呪いをホワインさんという武術家の方に埋め込んでしまったと思い、気に病んでいたんですが」


 すると、機嫌を悪くしたのか睨む神狼ハーレイア様。

 アルデルさんは何故か震えていた。


「……我の眼前で、飄々と、呪いとか気に病んでとか、よく語れるものだの……」


 ハーレイアちゃん。


 いや、ハーレイア様は上顎と下顎で、巨大な骨付き肉を喰らうように動かした。

 巨大で硬そうな歯牙たちを擦り合う音は、ガチで、怖い。


 が、真実だ。


「事実ですから」


 しかし、神獣ロロディーヌの肉食獣の歯牙も十分に怖いからな。

 慣れたかもしれない。


 それに、なんつうか、巨大だろうと狼も猫も大好きだ。

 毛並みがモコモコとしてそうだし、抱きしめたい。


 その刹那、ハーレイア様の白銀色の毛たちが色めく。


「……我に惚れたか……」


 と、ハーレイア様は俺の心を読めているのか、

 そんなことを聞いてきた。

 しかし、白銀色の毛で感情を表現できるらしい。


 すると、ハーレイア様を見ていた小さい相棒が、


「にゃごあ」


 と吼えていた。

 小さい黒猫ロロが耳を凹ませながらハーレイア様に対して吼えている。

 相棒は嫉妬したようだ。

 白銀色の巨大な狼と対決する黒猫の構図だ。


 可愛いが面白い。


「ふふふふ、そう吼えるな神獣よ。悪かった……」


 と、頭部を下に傾けた神狼ハーレイア様。

 そのまま長細い鼻を突き出す。


 相棒も「ンンン」と鳴いて、小鼻を斜め上へと出した。


 黒猫ロロと神狼ハーレイア様は小鼻と長鼻でチュッとする。

 面白い。仲直りしている。


「可愛らしい神獣よ。我もそう長くはここに留まれない。だから、本当の姿を見せてくれまいか?」

「にゃおおおお~」


 頭部を上げた相棒はそう鳴きながら、巨大な神獣ロロディーヌの姿に変身した。

 神狼ハーレイア様は目を一気に見開く。


 すると、瞳の中にある銀河模様の数が減って、普通の縦に割れた獣の瞳に戻った。

 虹彩は蒼色と白銀色が混ざった水色に近いが、輝いている。


 あれが本当の神狼ハーレイア様の瞳なのかな。


「ありがとう、黒き神獣ロロディーヌよ。立派な姿だ」

「にゃお~」


 また、互いの鼻を突き合わせている。

 絵になるな。

 尻の臭いは嗅ぎ合わない。

 ヘルメがこの場にいたら、何か・・を確実に語っていただろう。


 そして、相棒の声は姿が巨大なだけにやや図太いが、やはり大本は猫だから面白い。

 神狼ハーレイア様と鼻先で語り合う神獣ロロディーヌを見たアルデルさんは驚愕していた。


 足下の一部が溶けるように消えかかっている。

 彼の幽霊としての寿命なのか、驚いて精神が削られた結果なのかは不明だ。


「さて、シュウヤよ。此度の働きを勘案し、改めて正式な礼をしたい思いなのだが、何か望む物はあるか?」


 神狼ハーレイア様がそんなことを。

 しかし、皆の回収したアイテムは複数ある。

 試したいアイテムもあるから、これ以上は……。


「望む物はありません。秘宝類はゼレナードから大量に奪いましたから」

「神狼ハーレイア様からの礼ですぞ……無礼ではないか!」


 アルデルさんは怒ったニュアンスだ。

 その直後――。


「黙れ――小僧!」


 神狼ハーレイア様が空気を振動させる勢いで怒気を放つ。

 アルデルさんを叱るとは。牙が怖い……ぞ。

 しかし、アルデルさんは小僧って顔ではない。


 彼は神狼ハーレイア様に頭を下げている。


 神獣ロロディーヌは動じず。

 怒った神狼ハーレイア様をじっと見据えている。


「ハーレイア様、不躾な態度を取り、申し訳ありませんでした。お怒りをお鎮めください……」

「アルデルよ。シュウヤ殿は本心で語っている」

「はい……」

「しかしだ。アルデルよ。そなたの気持ちも分かる。我もシュウヤの答えには納得はしない。だから、今の我と槍使いだったアルデルが行える最大の範囲で礼を果たすとしよう。この礼ならシュウヤも気に入るはずだ」


 アルデルさんは静かに頷く。

 神狼ハーレイア様はどうしても俺に礼がしたいようだ。

 どんな礼だろう。


「俺が気に入る礼ですか?」


 そう聞くと、神狼ハーレイア様が、


「簡単だ。シュウヤよ。我のアルデルと一戦交えてみないか?」


 なるほど。だが、


「アルデルさんは戦える状況に見えませんが……」


 胸と腹に傷を負っているし、幽霊だ。

 物理的に戦えるのかは不明だが、対等に戦えるとは思えない。


「その気概は善し。ますます気に入った。その点は安心しろ。アルデルに我の力を託す」

「確かに、神狼ハーレイア様のお力があれば一時的にシュウヤ殿と戦えましょう」


 アルデルさんは戦えるようになるのか。

 そのアルデルさんは顔色を悪くした。


「しかし……ハーレイア様の残り僅かな貴重なお時間が……」

「失うのは仕方あるまいて」


 そういえば、そんなことを相棒にも語っていた。


「ヒヨリミとハイグリアへの時間もなくなりますが……」

「アルデルよ。ソナタがヒヨリミとハイグリアに会いたいことは分かる。が、時間が元よりないことは前々から知っておろうに……そして、汝に出ずるものは汝に帰るものぞ?」

「はい……すみません」

「だからこそ、ヒヨリミとハイグリアを導き、古代狼族を救った英雄に恩を返すことが先となる。シュウヤが居なければ、ここは……どうなっていたことか。我の領域を喰らおうとするモノたちは、旧神に樹怪王、地底神やらと無数に居るのだからな」

「確かに……」


 アルデルさんは納得しながらも、どこか悲しげな表情を浮かべている。

 彼はヒヨリミ様を愛している?

 呪いの傷を受けているし、幽霊だからこの場所から動けなかったのかな。

 だとしたらかなり辛かったはず……。


 なんとかしてあげたいところだが……。

 すると、


「そして、アルデルよ。お前自身、女のことではなく、もっとお前自身の想いがあったはず……」

「あ、あぁ……技ですね。なるほど、神狼ハーレイア様……不甲斐ない眷属で申し訳ありません……」


 忘れていた想いがあったようだ。


「ふふふ、まぁいい。最後の最期に、すべてではないだろうが、技を伝える相手ができたではないか……」


 神狼ハーレイア様の言葉に哀愁を感じた。

 伝える技か。


 とりあえず、時間がなくなる理由を聞くか。


「時間がなくなるとは、どういうことでしょうか」

「シュウヤが起動した我の胸にある〝虹の架け橋〟。シュウヤの強い魔力を得た神狼魔石といえど、限り、があるということだ」

「その虹の架け橋ネックレスの力で、神狼ハーレイア様が復活を?」

「復活とは言えぬ。そもそも神が狭間ヴェイルを超えることは不可能なのだ。が、一部ならば、このように可能となる」

「なるほど。魔界セブドラ系なら、魔神具って奴でしょうか」


 俺がそんなことを聞くと、神狼ハーレイア様は怒ったように表情を歪めて、牙を広げた。

「……こ、いや……」


 途中で神獣ロロが俺を守ろうと立ち塞がったのを見た神狼ハーレイア様は怒るのを止めていた。


「……シュウヤよ。不吉なことを申すでない」

「すみません」

「セウロスに至る道と通じることが可能な〝虹の架け橋〟と〝双月樹の幹〟で模った我の体も、我の神域であるハーレイアの練兵場とて、狭間ヴェイルの干渉を阻むことはできない。だから、我が体現できる残り時間は短いのだ。とはいえ、我は神狼ハーレイア。呪いを受けた幽体アルデルであろうとも一時的にならば戦わせるぐらいのパワーを与えることができる。だから、遠慮無く戦え。アルデルは一流の槍使いであると同時に古代狼族で最後の【影狼流の伝承者】。その報酬の価値は、武人ならば理解できるだろう」


 納得だ。さっきの伝える技のことか。

 アルデルさんの武術を直に見られる。

 この褒美の方は素直に嬉しい。


 武術を伝えるということはアルデルさんは影狼流の師匠に当たる?


「はい。ありがたき幸せ……。そして、アルデル師匠、よろしくお願いします――」


 最初に挨拶したように片膝で地面を突いて、挨拶。

 魔軍夜行ノ槍業の奥義書が不満そうにカタカタと微かに震えた。

 が、それは一瞬だけだった。


 しかし、大丈夫かな、勝手に師匠と呼んで……。

 頭部を上げて、アルデル師匠を見た。


「ふ、わたしが師匠か……」


 と照れたように視線を神狼ハーレイア様に向けるアルデルさん、いや師匠。


「善きかな善きかな……アルデルよ。古代狼族最強の技をしかと、伝えるのだぞ」

「はい!」


 アルデル師匠は俺を見て、「さぁ、立ってくれ、最後の弟子よ」と威厳さを増したアルデルさん。


「では……」


 と立った俺は、無手だから<魔闘術>を意識。

 キサラから習った掌法『魔漁掌刃』を軸に<槍組手>のオリジナルの構えを取る。


 アルデルさんは俺の構えを凝視。


「自信を感じさせる組手の構えだ」

「格闘のスキルは<蓬茨・一式>のみです」


 素直に本当のことを告げた。


「格闘までもこなすとは……しかし、わたしの魔槍技<影狼ノ一穿>を見て、学び、打ち破ることは可能かな?」


 アルデルさんは不敵に笑う。


「アルデルよ。師匠と呼ばれた手前、調子に乗るでない」


 神狼ハーレイア様がそう忠告。


「はい、すみません」

「よし、頃合いだ。それではシュウヤとロロディーヌよ、世話になったな。我はアルデルに魔力を送る……これでさらばだ」

「はい、寂しいですが……神狼ハーレイア様、またどこかで」

「にゃお~」

「我も寂しいが神界で待っているぞ……そして、その、なんだ、アルデルに魔力を送る前に……特別にモフることを許そう」

「な、なんと! 古代狼族の伝説……〝ハーレイアの抱擁〟を!?」


 アルデルさんが大興奮。

 狼狽えながら俺とロロディーヌを見る。

 もふっていいなら嬉しいな。


「来るがイイ、神獣も一緒にこい」

「にゃお~」

「では、お言葉に甘えさせていただきます――」


 と、俺と巨大な相棒は神狼ハーレイア様の白銀色の毛が密集している胴体に飛び込んだ。


 ――ふさふさだ。

 ……なんというSoftな肌触りなんだろう。

 もふもふ、モッフモフを戴冠、もとい、体感していく。

 長い尻尾が毛布のように俺たちに被さる。


「正義の神シャファの香りがする……そして、巧妙に我から逃げている魔界のモノ……悪夢の女神ヴァーミナか……チッ」


 と神狼ハーレイア様が呟くが気にしない。


 この温かく心地いいモフモフで、神界セウロスに誘う気だな。

 神界セウロスに至る道が目の前にあるような、陶然とした気持ちとなった。


 まさに頭部にモッフモフな冠を抱いたように、気分はbeautifulな塊魂だ……。


「ンン、にゃ、にゃお~」


 相棒も幸せそうな声で鳴く。

 黒豹の姿に収縮しながら神狼ハーレイア様の白銀色の毛たちに包まれていた。

 ごろごろと喉を鳴らす。

 神狼ハーレイア様も、ごろごろと喉を鳴らしてくれた。

 ヤヴァイな、神獣と神狼のダブルの喉声の饗宴だ。


 暫し、至極のもふもふを味わったところで、俺と相棒は離れた。

 離れる際に、黒豹ロロから触手の肉球ビンタを頬に喰らったのは内緒だ。


 そして、痛くないが、少し嬉しかった。

 ラファエルのような冗談は飛ばさない。


 神狼ハーレイア様は離れた俺たちを見て、桃色に染めていた白銀色の毛を元の白銀色に戻す。

 厳しい表情を作り、アルデルさんのほうを見て、


「アルデル、いくぞ。しっかりと戦うのだぞ――」

「はい、お任せください」


 神狼ハーレイア様はそう返事をしたアルデルさんに向けて、全身から魔力を放出。

 アルデルさんを、その魔力で優しげに包む。


 そのアルデルさんは神狼ハーレイア様のパワーを得たのか一瞬で真新しい白銀の鎧を身につけた。

 すると、壁に嵌まっていた月狼環ノ槍が自動的に外れ、アルデルさんの下に移動する。


 アルデルさんは掲げていた手で、その間近に迫った月狼環ノ槍を掴んだ。

 小さい彫像に吸い込まれた金属環たちは、大刀の穂先に戻らない。


 だから、ただの三日月系の穂先に見えた。

 俺は魔槍杖バルドークを右手に召喚――。


「相棒、分かっていると思うが見学だ」


 既に背後で離れていた黒豹の相棒は人形のように後脚を揃えて座っている。


「にゃ」


 と返事をする相棒は俺を信頼している表情だ。


 一方、神狼ハーレイア様は完全に消えたわけではない。

 残っていた力の大半を消費したのか、体は点滅し半身がぶれて壁画のほうに引き寄せられていく。


 その壁画から虹色の架け橋の向こう側、光の道のようなモノが出現していた。

 デボンチッチたちも周囲に現れる。

 あれがもしかしたら〝セウロスに至る道〟なんだろうか。


 すると、アルデルさんが長髪を紐で一纏めにして総髪とする。

 色は問わず、髪形だけだったら、山伏とか侍だな。


「いざ、参ろうか!」


 と総髪のアルデルさんが、正眼の位置に月狼環ノ槍を構え、叫んでいた。

 俺もアルデルさんを見据えながら……。


 左足を一歩前に出し半身の姿勢に移行。

 フリーハンドの左手の掌でアルデルさんを掴むように握ってから……また掌を広げて、人差し指と親指の隙間で、アルデルさんが正眼に構えた月狼環ノ槍を捉えた。


 同時に右手の掌で回転させつつ右手首と肘の上に蛇のように回って移動する魔槍杖の柄を、右腋と脇腹でピタッと挟むように魔槍杖の回転を止めた。


 ――指越しに覗くアルデルさんに向けて、左手の掌を返す。

 その指先をちょいちょいと手前に数度倒し――誘った。


「影狼流の伝承者の師匠! 初手は譲ります」

「ふっ、ぬかすな! 槍使い」


 アルデルさんは微笑むと、<魔闘術>らしい動作を取る。

 影のような狼たちが彼の足下に集まった。


 影狼流か。

 アルデルさんは前傾姿勢で突貫――。

 敢えて、俺の誘いに乗ってきた。


 瞬く間に槍圏内の間合いとなる。 

 素早い踏み込みから風と影狼を纏う大刀穂先で俺の胸元を突いてきた。

 ――これが月狼環ノ槍の<刺突>か。


 一見シンプルな槍の突きだが影狼流の<刺突>。

 <魔闘術>を纏った俺は右に出ると見せかけるのフェイクを実行――。


 <魔闘術>の配分を左半身に集めつつ足の爪先を起点とする左回転――。

 アルデルさんの<刺突>を避けた。

 アルデルさんの側面に回り込んだ俺は体幹を意識し右手の肘を上げ、逆手に持った魔槍杖バルドークを串でも扱うようにアルデルさんの胸元へと送り込む。


 が、アルデルさんは変則的な突き軌道をあっさりと予測し避けた。


 避けられたが、構わず、左手の掌で魔槍杖の柄を下から上に打ち上げ、魔槍杖の柄を握る右手を下に運ぶ――。

 魔槍杖バルドークの穂先は俄に下方に下がる。


 紅色の嵐雲の矛はアルデルさんの白銀鎧を掠めた。

 同時に柄頭の竜魔石が、アルデルさんの頭部に向かう――。


 が、アルデルさんは横に頭部をずらして、竜魔石を避けてきた。

 穂先と柄頭の斜め軌道の回転連撃を避けたアルデルさん。


 そのままコンパクトに引いた月狼環ノ槍の穂先を下方に傾け――。

 俺の足下に向け<牙衝>のような下段攻撃を繰り出してきた。


 その<牙衝>のような下段攻撃は受けず、躱す――。

 月狼環ノ槍の大刀の棟を、アーゼンのブーツの底で打つように蹴り、横に飛ぶ。


 刹那、宙の位置に<導想魔手>を作り、その<導想魔手>を左足で蹴って反動を得る。

 <導想魔手>を足場として利用した三角跳びの要領から、アルデルさんの頭部目掛けて、再び、竜魔石を振り下ろした。


 アルデルさんは影狼を全身に纏うと、一段階、身体速度を加速させる。

 鈍い衝突音と魔力の衝撃波が発生――。

 あっさりと月狼環ノ槍の柄の上部で俺の竜魔石を受け持っていた。

 ここからつばぜり合いに移行する、のはセオリーだが、俺は違う――。

 まずは視線でフェイク。

 続けて、右手の掌から魔槍杖へと魔力を吸わせつつ回転させる。

 ハンドスピナーのごとく、くるくると回った魔槍杖バルドークは唸り声を発した。

 その餌を求めるような嵐雲の矛が、月狼環ノ槍の柄の表面を撫でるように回転しつつ、アルデルさんの頭部に向かう。


 アルデルさんは「<影読>」と呟くとダッキングを行う。

 魔槍杖の薙ぎ攻撃を避けた。

 紐が解かれ、揺らめく長髪たちを、ばっさりと切った、が、避けられた。

 そのスムーズな避け機動の根幹を止めるため足を狙う――。

 俺は前進し、その考えの元、アルデルさんの足をへし折ろうと足刀蹴りを繰り出した。

 アルデルさんは膝を上げ、足で俺の下段蹴りをブロックの姿勢を取る、が、ブロックを止めて身を捻りつつ俺の下段蹴りを避けてくるや、連続的にステップを意識した歩幅のある動きで後退――。

 ――黒い、影のような狼がアルデルさんの動きを加速させている?


 独特な歩法だ。

 あれが影狼流の本質の動き……。

 足が巨大なカモシカを彷彿させる足だしな……古代狼族ならではの動きか。

 ……アルデルさんはステップを止めた。


 腰を据えた。

 ジリッと右足を動かし角度を変える。


 そして、


「……見事な体術と槍武術だ。風槍流を軸としているようだな」

「そういうアルデル師匠も、槍武術が一流です」

「ありがとう。しかし、そろそろ時間だ……すべてを見せることはできないが……」


 アルデル師匠の心、技を伝え残したい熱い思いが伝わってくる。 

 一瞬、アキレス師匠を思い出し、ラ・ケラーダを心に懐く。


「いくぞ――」

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