五百三十一話 魔法学院の秘密と槍無双

 

 背後からレベッカの声だ。

 物色しながらも気にかけてくれていたようだ。


「おう」


 そう返事をしながら左手の雷式ラ・ドオラを動かす。


「ふふ」


 ミスティの微笑む声も聞こえた。

 周囲を警戒しながら……。 


「どうした?」


 壁を見ながら聞く。


「その黄色い短槍、中庭での訓練時によく使っていた武器よね」

「確かに訓練用って感じだった」

「うん、でね、その黄色い槍を見てて、バルちゃんのおしっこで金属が変化していたことも思い出したの」


 あの時か。


「はは、そんなこともあったなぁ」


 バルの表情がなんともいえなかった。

 ペルネーテの屋敷で過ごした期間もなんだかんだいって大切な思い出だな。


「うん。あ、もう、ここの棚にあった主な品は回収したから前にいきましょう」

「了解」


 了承しながら右手の月狼環ノ槍を下に傾ける。

 先端の穂先の角度を意識しながら歩く――。


 視界にちらつく月狼環ノ槍の穂先は大刀。

 三日月をモチーフとした刀。

 最近、出番のない魔槍グドルルのオレンジ色の穂先と少し似ている薙刀形だ。


 穂先の棟には金属製の環たちが並ぶ。

 その環たちが揺れ音を立てた。

 今も微かな小気味よい金属音を鳴らす。


「わたしの大事なところを、その柄頭でつついてくれた月狼環ノ槍ちゃんね」


 あの時は上がることを意識していたからな。

 と、反省しながら、


「さっきはごめん」

「――真面目か!」


 レベッカさんの突っ込み声が冴え渡る。

 逆水平チョップを与えるようなニュアンスだ。


 レベッカのふふっという笑い声が聞こえて、


「……別に淑女とか処女でもないし、わたしたちの間柄でしょう?」

「マスターは意外に紳士なのよ。おっぱいをさり気なく揉むけどね」

「あはは、うん。わたしのでさえも遠慮なくね。エロだけど、とっても優しい紳士。でもさ……わざとやっても別に怒らないのに」


 微妙に反応のし難い会話だ。

 蜘蛛娘アキに視線を向ける。


 彼女は口から白と銀と血が混じる光沢した糸を出すと、独特の鼻歌の呼吸音を奏でながら糸を揺らしつつ「ルン♪ ルン♪ です♪」と音を発していく。

 腕のような鋏角で光沢した糸を紡いでいた。


 音楽の波長と合わせるように糸で何かを作っている?

 器用な蜘蛛女性だ。


「月狼環ノ槍は月の紋様も特別そう。さっきの子供の幻狼ちゃんや他の大人の幻狼さんたちも宿っているし、魔法の文字も素敵……」


 と、俺が視線を逸らしたことに気がついたのか、武器の話に戻したレベッカ。

 ミスティも、


「うん、美しい槍でもある。呪いって感じがしないし」

「確かに」


 ホワインさんとの絡みを思い出す。

 <蓬茨・一式>という拳を用いた格闘系のスキルと<月狼ノ刻印者>を獲得したが……。

 同時に彼女の片目に狼の呪いを……いや、待てよ……。

 デロウビンのことを考えると、呪いは呪いでも、良バージョンかもしれない。

 何かしらマイナス要素はあると思うが……。


「……トフィンガの鳴き斧に近いのかしら」

『わたしも初見ではそう思いました』


 ヘルメを含めてミスティの言葉に頷く。


「でもさ、金属の音が響く槍って敵に位置を教えちゃうから、シュウヤじゃないと隠密作戦では使えないわね」

「まぁな。アイテムボックスにも登録していなかったりする」


 俺は足を止めた。

 皆も止まると、


「そっか。最近は剣術にも冴えを見せているようだけど、あくまでも、魔槍杖バルドークと神槍ガンジスが主力武器ってことね」

「マスターの武器は多いから本人も迷っていそう」


 血魔剣もあるしな。

 腰には、その吸血王の(仮)の血魔剣に対して対抗心を燃やしている八怪卿の方々が棲む奥義書〝魔軍夜行ノ槍業〟もある。


「シュウヤも何か考えがあってのことでしょうし、とやかくはいわない」

「でも、マスターから聞いていた狼月都市ハーレイアの出来事と今日のことといい、その月狼環ノ槍のお話を考えると……本当に神話のような展開よね」


 ミスティがそう発言すると、レベッカも、


「……ロロちゃんの鼻にくっついた不思議な葉もそう」

「神狼ハーレイア様と大月の神ウラニリ様と小月の神ウリオウ様……それ以外の神々も関わっている」

「……うん、まさに、わたしたちがルシヴァル神話を実行中?」

「そうね。サイデイルにもルシヴァルの紋章樹とともに、血の妖精ルッシーちゃんも誕生した」

「うんうん、あれね。シュウヤが子供を産んだと思って焦ったわよ」

「おいおい……俺が腹を膨らませて子供を産むわけがないだろう」


 と、冷静にツッコミを入れる。


『閣下のお尻ちゃんが割れたのですね!』

『そうだよ、というか元からだ!』

『ふふ、はい』


 と、少し切れ気味に念話ジョークを返した。


「さっきのマスターの濃厚な<霊血の泉>を浴びて凄く興奮しちゃったし……あ、書記はわたしってこと?」

「そりゃそうよ! 記録を残すとしたら書くスピードが速いし頭も良いミスティが一番!」

「……冗談だから本気にしないの!」

「ぴったしだと思うけど」

「ごめん、研究で忙しいし講師だって休んでいる状況よ? 無理だから、学院もこれから色々と行事があるからね」

「なら、ヴィーネかな。でも彼女も忙しそうだし、フーとか? ん~。中々、本の虫は居ないわね」


 レベッカは顎に指を置きながら語る。

 視線は糸を出して遊ぶアキに向けられていた。

 そんなレベッカに向けて、


「エヴァはどうだ?」


 と、聞く。


「エヴァはモンスター図鑑が好きだけど『ん、忘れた』も時々あるし、『ん、ディーとリリィが喜ぶ美味しいスーパーな料理素材を探す!』とか『子供たちが喜ぶから、お手玉も重要!』と喋って忙しいから書記どころじゃないはずよ。うん、これにはかなり自信がある」


 確かにエヴァらしい文言だ。

 そして、物真似が高レベルだ。


 友というか家族だからな。

 一緒に居る期間も長いから似ていた。

 そんなニコニコしているレベッカさんに、


「そういうレベッカさんはどうだろう」


 魔法学院ロンベルジュでは、魔法に関してだけは、秀才だったようだし。


「わたし? よーし、ならね、『選ばれし眷属の中で、魔法絵師としての秘めた実力を持つといわれた、蒼炎の女神レベッカ様……の壮大な物語』を書き記すのね! なんかわくわくしてきた!」

「女神って」

「……ふふ、いいからいいから、聞きなさい眷属博士ちゃん!」

「はいはい、蒼炎の女神様~」


 ミスティはレベッカに乗った。


「チーズを食い過ぎた蒼炎神拳の伝承者は、ついに幻を実際に……」


 と、ぼやくようにツッコミを混ぜる。


「ちょっと――本当に蒼炎の拳で突かれたい?」

「いえ……どうぞ、麗しのちっぱい女神様」

「ふふふ、よろしい~てっ!!」


 レベッカは笑っていたが、キリリと表情を変えて、「なにが、ちっぱいですってぇぇ?」と発言しながら拳に蒼炎を纏う。


「冗談です。ルシヴァルの蒼炎の女神様!」

「うんうん! では物語を紡ごう、ルシヴァルの宗主よ! 『彼女はロンベルジュ魔法学院の秘密を知り、独自に調査を始めて、そして……その秘密の部屋を辿り……偉大な古代の校長と謎の秘密結社を率いている謎の人物と出会うのであった!』といった永いお話を書けばいいのね! がんばっちゃおうかしら!」


 脚色が多いと思うけど本当のできごとなのか?

 レベッカ本人も楽しげだし、それはそれで、話としても面白そうだ。

 しかし、


「――却下だ。そして、反撃がないからといって油断はするな」

「くぅ、乗せておいての、その落差のある落とし! でも、本当のことなのに信じていないの?」


 本当のことだったのか。

 すると、ミスティも驚いていた。

 目を見開く。


「レベッカ、それって、まさか……開かずの間のロンベルジュ初代校長の泣き声伝説?」

「動揺するなんて珍しい」

「そりゃ驚くでしょう。魔法上級顧問たちでさえ、知っている人は限られていると思うし」

「学院はミスティの職場だからね。当然、学院の闇に関することと、七不思議を含めた禁忌のことは聞いているか」

「……闇? でも、禁忌の部屋は何十にも封があるうえに、自動改築魔術が重なって、見つけることも困難とか……魔法上級顧問のフォレイド先生に聞いたけど……」


 レベッカのいいようだと魔法学院ロンベルジュに秘密ありか。

 武術の教官として、ミスティの紹介を受けてみるのも面白いかもしれない。


「他の上級顧問のサケルナートは? まだ現役なのかな」

「あ、うん。あのつり目の先生ね。少なくともわたしが講師を休む前は居た、魔法ギルドとの兼ね合いで忙しいようだけど」


 その言葉を聞いたレベッカは、唇を尖らせる。

 片頬も一回、引き攣らせるように上げた。


「へぇ~あいつ、まだ生きていたんだ」


 嫌悪したと分かる面を出して語るレベッカ。

 魔法学院ロンベルジュは気になるが、


「二人とも、その話は後だ。今は警戒を強めろ。誕生したばかりのアキは警戒を始めたようだぞ」


 アキは糸を天井に展開し蜘蛛の巣を作ると、ぶら下がっていた。


「――主様、警戒はしてません……休んでいるだけです……すみません」

「そ、そか」


 見た目は蜘蛛系の節足動物だけに……。


「スパイダーネットに、獲物が掛かるのを虎視眈々と狙っているのかと思ったよ」

「……天井に糸がくっついているの?」


 レベッカが、アキを見上げながら語る。


「はいです!」


 蜘蛛娘アキは複眼を輝かせながら、元気よく返事をした。

 鋏角を使うから、敬礼したようにも見える。


「アキさんの体格は意外に女性っぽいけど蜘蛛に変わりないからね。重そうだけど……糸が凄い?」

「びくともしていない。頑丈で特別な糸か……興味深いわ。でも、わたしたちも警戒を強めましょう」


 と、いいながらも糸を入念に凝視しているミスティ。

 素早くメモを取る。


 少しその竹に書いたメモを見ると……。


 □■□■


 ゼクス強化レポート百五十六:新型ゼクスの間接素材の有力素材候補:零α:金属との相性は不明。

 実験体蜘蛛娘アキ:資料追加零二号:特筆すべき蜘蛛糸能力:攻撃防御に応用可と予測、大柄の蜘蛛の体重の圧力に耐え、なおかつ、反発能力もある。伸縮自在の素材は超貴重。エヴァの足に肉球ちゃんとして素材を作ることも可能と推測できる。


 □■□■


 アキが実験体となっているがな。

 ……さて、魔素の反応がまた出たし、俺も注意を促すか。


「分厚い壁の奥から巨大な魔素が一つと様々な魔素の反応たちが、現れたり消えたりしているのは気付いているよな?」


 皆の表情を確認しながら聞く。


「当然。シャプシーのようなモンスターなら、わたしたちの血が有効」


 レベッカの言葉に頷いてから、


「おう。だが、俺が対処する。二人はアイテム類を回収しながら進め。とくに陽気なレベッカ、呪いの品に触れるなよ」

「もう、心配しすぎだって、子供じゃないのに」

「親馬鹿ではなく、マスターは宗主馬鹿?」


 ミスティの言葉に、蜘蛛娘アキ以外は笑う。

 アキは臀部あたりから糸を出して、一人バンジージャンプを繰り出していた。


 しかし、ミスティの宗主馬鹿で、一瞬、ソース馬鹿に聞こえてしまった。

 ……「ブルドック中濃ソース」は好きだ。


 そんな黒色の偉大なソースを思い出しながら、月狼環ノ槍を持ち上げた。

 そして、装備はこのまま二槍流でいく……。

 風槍流『片切り羽根』を応用した『合わせ羽根』の独自二槍流の歩法で前衛を意識しながら歩く――。


 雷式ラ・ドオラを用いて、いつでも突きと払いが繰り出せる。


 すると、例の魔法の絵が嵌まっている額縁が見えてきた。

 中段の棚の位置だ。


「あれね! 女性が閉じ込められているという魔法絵画の額縁」

「そうだ。回収するのか?」

「勿論、今は回収のみに徹するから」

「了解だ。右は守る」

「任せた――」


 速度を上げたミスティは俺の右肩を叩きながら前に出た。

 俺もミスティを守るように右側を走る――。

 レベッカとアキも続く。


 ミスティは左の棚に指を当てながら小走りに前進した。

 すると、赤外線センサーでも内蔵しているのか、前回と同じく、お化け屋敷にある仕掛けのように絵から女性の手が飛び出る。


 ――前と同じ細い手だ。

 胴体に迫った、その幽霊のような手をさっと避けたミスティ。

 素早く横に身を捻りながら、魔法の絵が嵌まっている額縁を右手で掴む。


 そのまま回転しながら夢追い袋の中に魔法の絵ごと額縁を収納――。


 その時――壁から攻撃が始まった。

 チッ、今かよ――。

 俺たちを攻撃してきた半透明の鎖――。


 デロウビンの背中に刺さっていたものより大きい。

 ――前よりくっきりと浮かぶ怪物の幻影。


 半透明の鎖たちにも見たことのない牙が生えている。

 俺は俄にスナップさせた左手から<鎖>を射出した。


 宙の位置で半透明の鎖を迎撃する。

 半透明の鎖を打ち抜く<鎖>――は、壁に突き刺さった――。


「――不意打ちか。このまま壁を壊すぞ。崩落はありえないと思うが、離れていろ」

「――シュウヤ、本気ね。了解、防御用に蒼炎を敷く」

「はいです!」

「うん――」


 彼女たちを信頼しているから視線は送らない。


 <鎖>を操作。

 壁を壊すイメージで<鎖>のティアドロップ型の先端を縦横無尽に動かした。

 <鎖>が行き交う衝撃で壁という壁が一気に起伏する。


 壁の一部がボフアッとした音を立て、破裂した。


 俺はその起伏した壁を見ながら体幹の軸を崩さずに力強さを意識――。

 一歩前へと地下ごと潰すイメージで、床を踏み、腰を捻る。

 爪先で地面を咬むような踏み込みから、左手一本ごと槍と化すような――。


 雷式ラ・ドオラを突き出した――。


 ――<闇穿>を繰り出す。

 ――闇色と黄色い閃光の軌跡を生む突技。


 雷式ラ・ドオラが壁を穿つ。

 その穿った穴に電気の膜が発生していた。

 バチバチと音が鳴るドリームキャッチャーのような形をした放電の網。

 細かな雷魔力も拡散し起伏した壁に衝突したせいで焦げた臭いが漂う。


 放電網のような魔力により壁に無数の罅が入っていく――。


 ぼろぼろとなった壁は霜枯れたように崩壊していった。


 まだだ――。

 俺は、再び、強く体幹を意識――。

 <魔闘術の心得>を生かす――。

 全身の血と魔力の操作を行いつつ左足で踏み込む。


 腰を捻り、右手が握る月狼環ノ槍で<闇穿・魔壊槍>を繰り出した――。


 月狼環ノ槍の穂先に宿る闇のオーラ。

 宙に闇の精霊を誘うがごとくの<闇穿>闇の閃光が壁を突く。


 壊れかけの壁を一気にぶち抜いた。

 その直後、ドッとした風の音さえも飲み込むグラドパルスが出現した。 


『――閣下の魔壊槍!』


 ヘルメの念話が響く。

 と同時に壁という壁を一気にくり貫いて進む魔壊槍グラドパルス――。

 あらゆるモノを瞬く間に巻き込みながら派手に突き進むグラドパルス。


「――ヒィガッァァァァァ!!!」


 壁の向こうから何かを裂くような悲鳴が轟いた。

 魔素が消えた反応もあるが増えた魔素もある。


 油断はしない――。


 全身から血を出す<血鎖の饗宴>とハルホンクを同時に意識。

 まだ<脳脊魔速切り札>は使わない。


 雷式ラ・ドオラと月狼環ノ槍に傷をつけないように……。

 ハルホンクを意識し、防護服の一部を残して、竜頭金属甲に吸い込ませる。

 そして、<霊血装・ルシヴァル>と合うパンクファッション系の美装を意識した血鎖鎧を生成。


 ――前傾姿勢で突貫した。

 ――頭部を晒す形の血鎖鎧。

 ――血潮が沸き立ち、高揚する。


 同時にバランスを保とうと<光魔の王笏>を強く意識してしまう。


「……主様……」

「シュウヤの血鎖の鎧が洗練された!」

「うん、前は狂気さがあったけど、今回の血鎖の鎧は肌も露出しているし、ハルホンクが少し残ってて光っている! 妙にカッコイイ」


 ――眷属たちの熱い言葉が背中を押す。


 そのまま巨大な穴を作り直進する巨大闇ランスこと魔壊槍グラドパルスの後部を追い掛けた。

 グラドパルスは壁どころか空間ごと巻き取るように、渦を宙に作ると、空間に閃光を残して渦と共に消失した。


 魔壊槍グラドパルスは何処かにワープしたようにも見えた。

 そんな思考をした瞬間――。


 周囲の魔壊槍が削り取った湾曲した壁という壁が煌めく。

 そんな円形を縁取る壁という壁から、にゅるりといった粘土のような体を持つ怪物たちが次々と出現した。

 天井からも、誕生したばかりの異質な怪物は落下してくる。


「ヌゴェァァァアァ」

「ゲェァァァ」

「ゲァァァゲファァァ」


 壁から下りた怪物たち。

 

 体を構成する光り輝く粘土群の身体たちは、一瞬で、硬質化。

 

 全身から無数の牙が出て、それぞれが、特徴を持った体格。


 そんな怪物たちは眼窩を複数持つタイプが多い。


 ぎょろりぎょろりと上下左右に蠢く眼球たち。

 そして、奥行きのある幅が狭い空間を、ひしめき合いながら、歪な口を広げて、


「ゲァァァァ」


 と、叫びながら、口から酸のような液体を撒き散らす。


 恐慌を促すような睨みを見せた直後――。

 その液体をまき散らした怪物たちが一斉に襲い掛かってきた。


 最初の怪物は――。

 

 闇色の魔力を漂わせた妖怪手長の姿。


 といっても手ではない、剣のような腕と化した手長怪物だ――。


 俺はすぐに<血道第三・開門>。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。


 その腕先から如意棒の如く伸びた剣を見ながら、頭部を横にずらし避けるモーションを取る。

 眼前を通り過ぎていく怪物の剣腕――。

 剣身に魔印のようなモノが浮かんでいた。

 触れば火傷か毒か痛いのは確実――。

 爪のようにも見える――。

 が、素直に避けながら剣の軌道を学ぶ相手ではない――。


 血鎖鎧を意識する、その刹那、螺旋する血の鎖たちが俺の右半身から突出した。


 ルシヴァルの血の条たちが、無数に宙を走る。

 空間を血に染めながら、手長怪物を貫いていく。

 剣腕を伸ばしてきた怪物は一瞬で霧散した――。


 構わず、身を反転、前進――次は槍でいく。

 横薙ぎに月狼環ノ槍を振るい胴長怪物を真っ二つ。

 続いて、左手の雷式ラ・ドオラの<刺突>で左から迫った怪物の頭部を貫く――。


 同時に両足のバランスを考えた<鷲回し>を真似た爪先を軸とした横回転を行う。

 俺の両手は左右に広がる、怪物の頭部に突き刺さっていた雷式ラ・ドオラも当然――頭蓋を破壊しながら横に移動していく。


 その刹那、違う怪物が繰り出した爪の攻撃が正面から迫った。


 回転を維持しながら咄嗟に月狼環ノ槍を斜めに傾ける。

 キィッとした甲高い音を響かせながら爪の攻撃を、その月狼環ノ槍で弾きつつ――。

 横回転を終えた、そんでのところで、右から迫る怪物の首へと――回転していた雷式ラ・ドオラの杭刃を強引に吸い込ませた。


 右から迫った怪物の首を強引に折るように刈る――。

 が、その瞬間、月狼環ノ槍で防いだ怪物の攻撃が足下に迫っていた。


 ナンキンたますだれのように形を変える爪たちの攻撃――。

 急ぎ、魔闘術の配分を強めた片足で地面を蹴り跳躍――。


 血鎖鎧とハルホンクの一部から火花が散った。

 熊か竜の爪のようなモノに変化していた下段攻撃を掠めながら避ける。


 そして、横斜めに体を向かせつつ前転駆動から――月狼環ノ槍を振るった。

 三日月の軌跡を宙に生む軌道の回転斬り――。

 爪の攻撃を交互に繰り出してきた怪物の背中を大刀刃が捕らえ、斬る――。

 ずしりとした手応えを月狼環ノ槍から得た。

 ――このまま背骨ごと叩っ切る!

 といった意気込みから、怪物の背中から後頭部を両断しつつ着地した。


 両足の動きから制動を匂わせた――。

 そんな僅かな隙をわざと作った俺に群がる怪物共――。


 湾曲した壁面を這うように移動してきた怪物たちも俺に迫る。 


 前方の九十度の方向から圧力を感じさせるほどの囲いだが……。

 ゆっくりと見定めた。

 ――まずは正面の足が大きい怪物を狙う。


 ――制動もなく、ゆらりとした柳を意識した歩法を実行――。

 月狼環ノ槍の<牙衝>を繰り出した。

 <刺突>に近いが微妙に違う下段攻撃が、足の大きい怪物の足を貫く。

 動きを止めることに成功――。


 続いて、奥から迫るモンスターにも怪光線でも出すように視線を向けつつ、<牙衝>で下方に突き出していた月狼環ノ槍を胸元に引く。


 更に、左手の雷式ラ・ドオラを押し上げる。

 

 ――<豪閃>を発動しつつ血鎖を意識。

 ――血鎖鎧の隙間から闇の血潮が乱れ散った。

 足が大きい怪物の胴体を血鎖たちが貫く。


 雷式ラ・ドオラの杭も、血鎖で貫いていく足の大きい怪物の下腹部を捉えていた。

 豪快に杭が腹にめり込んでいく。

 怪物の胴体は窪むと、怪物の脊髄が縮むように潰れ跳ねる。

 血の塊と化した怪物は、ぎゅぼっと異音を立て宙に持ち上がった――。

 続けて、血肉が潰れゆく更なる異音が響く――。


 そこに新手が迫った。

 新手は横長怪物だ。

 血鎖と雷式ラ・ドオラの攻撃を受けて、肉ダルマ状態と化した怪物の死体を、押し潰しながら俺に近づいてきた。


 新手に仲間意識はないらしい。

 ま、大柄だろうと、突いて、突いて、突きまくる。


 ――前傾姿勢で突貫。

 その新手の怪物との間合いを詰めた。

 ――怪物の胴体へと、握り手を短くした月狼環ノ槍の穂先の<血穿>をプレゼント。


 ――血を纏った大刀は、その怪物の体を刺し貫く。


<血穿>効果によって、怪物の肉と骨が内部から溶けるように萎んだ。

 更に萎んだ怪物の身体から青白い閃光が発生。

 横長の怪物は消失した。

 ――光の耐性が低い奴だったか。

 青白い幻狼たちが飛び出ていた効果もあるかもしれない。


 続いて、多脚と多腕を持つ下半身が異常に細いモンスターが迫る――。

 その細い下半身のモンスターは多腕から爪触手を繰り出してきたッ。


 ――避けられない。

 血鎖鎧の隙間に、耳と腕と首と足に爪を喰らう――。

 ――痛いッが、構わず――その細い下半身を利用する――。

 傷を負いながらも怪物の下へと滑り込むように<血鎖の饗宴>を意識。

 両足に、血のローラーのようなモノを一瞬で造る。


 ――零コンマ数秒も掛からない間に月狼環ノ槍の穂先の位置を調整。


 そして、位置を調整した月狼環ノ槍の穂先から金属音が響かせながら、体を後方に傾け、足裏だけで滑るような機動を生かしつつ月狼環ノ槍を下から豪快に振るった――。



 掬った軌道の大刀の刃が怪物の下っ腹をとらえ、一気に胸までを裂く。

 斬り裂いた間から内臓がドバッと噴出――。

 視界が血に染まる。

 しかし、俺の血鎖鎧から出た血の鎖が、その血の視界を消去するように、内臓たちを喰らい尽くす――。


 俺は地面を蹴った。

 宙の位置で身を捻りながら回し蹴りを繰り出す。

 足の甲が、怪物の胴体をとらえると、吹き飛ばした。


 蹴りの回転軌道で低空を飛翔する間にも、怪物は群がってくる。

 その刹那、左右の二槍で<双豪閃>を発動――。

 一気に二体の怪物を豪快にぶち壊した――。

 気分はローラーヒーロー! 無敵な、ローラースピアー!

 違うな、今の俺は血鎖を生かしたドロップキックの動作。両足を伸ばした姿だ。

 ――昔のような、血鎖の一本の槍となった時の機動に近い。


 そして、血鎖は自由自在だ――。


 背後で見ている眷属たちに、血の鎖の機動の進化を見せるように、ジョディとヘルメの美しいスピンを参考に――足先で、ドリルスピンを行う――。


 そのドリル回転させた両足から血鎖たちを放出した。

 ――四方八方へ散った血鎖たち。

 血の花でも宙に咲かせるように、一気にモンスターたちを切り裂く。

 周囲のモンスターたちは本当に血の花を咲かせるようにも見えた。


 続いて、急ストップ。

 血鎖の一部を利用するように立ち上がった俺は、攻撃してこない前方の怪物を睨む。


 長方形の馬と獅子を合わせたような怪物の口は裂けているようで巨大だ。

 遠距離型も居るようだな。

 その裂けた口から無数の牙を覗かせた怪物だ。

 魔力を喉に結集させ、神獣ロロディーヌが吐くような魔法の塊を作ろうとしていた。

 あんな塊を吐き出させるわけにはいかない。


 ――撃たせるつもりはない。

 前傾姿勢で突貫しながら中級:水属性氷矢を意識――。


 連続した《氷矢フリーズアロー》を放つ――。

 魔法の牽制だ。

 更に、その魔法を追い越すイメージで怪物に向かって駆けていく。


 魔法の対応はすると読んだが、やはり対応してきた怪物。

 腕の幅を持った氷の矢は、怪物から生えた触手剣で両断された。


 視界に浮かぶ怪物が徐々にドアップとなる。

 気にせず、牙が密集した恐竜のような怪物目掛けて跳躍した。

 月狼環ノ槍に魔力を込めて、一気に中空から間合いを詰める――。

 巨大な口の内部に集結していた魔力は止まっていた。

 その巨大な口に幻狼を纏う月狼環ノ槍の<刺突>を突き刺した。

 月狼環ノ槍に宿る幻狼が咆哮を轟かせる。

 ――ずりゅりとした感触は最初だけ。

 怪物は頭部が破裂するように爆発し、膨れた脊髄からも魔力が噴出するように破裂した。


 着地際に回し蹴りを月狼環ノ槍が突き刺さった怪物の体に喰らわせ吹き飛ばす。

 その蹴りの反動で右手ごと、身体が持っていかれそうになった。


 ――が、血鎖を反対側に突き刺す。

 反動を殺し事なきを得た。

 そんな俺の行動を隙と判断したのか――。

 左の湾曲した壁の位置を蹴って、俺の頭部に飛び掛かってきた怪物。


 正面からも、剣腕を胴体に無数に生やした怪物が迫った。


 俺は冷静に、雷式ラ・ドオラの杭を斜めに上げ、対処した。

 カウンター気味に怪物の顎に雷式ラ・ドオラの杭を喰らわせる。

 怪物の頭蓋を黄色い短槍が貫いた。

 怪物の頭蓋は西瓜が爆発したように眼球たちが飛び出た。

 血飛沫も大噴火――。


 そんな血飛沫の噴火を待っていたかのように、俺の両肩付近の血鎖たちが中空に躍り出た。

 血鎖たちの先端は蛇のように蠢きながら血飛沫を迎え撃つ。

 血飛沫と眼球たちを、中空でとぐろを巻くようにむさぼり喰う血鎖。


 更に、雷式ラ・ドオラに突き刺さる頭部をも血鎖たちは喰らっていった。


 俺は月狼環ノ槍を地面に刺し正面の怪物が繰り出した剣たちの攻撃を弾く。

 その短い間に、雷式ラ・ドオラを手前に引きながら、俺の足から胴体を斬ろうと一閃の攻撃を繰り出してきた怪物には血鎖で対抗した――。


 剣状の腕に風穴でも作るように血鎖たちが、剣の腕を貫いていく。

 その瞬間――。

 月狼環ノ槍の柄を両手で握りながら軽く跳躍。

 剣の腕が穴だらけとなっている怪物の頭部を狙い、右回し蹴りを繰り出した。

 右足の甲が、その頭部の側面をとらえる。


 硬い感触を感じると共にドガッとした鈍い音が響く――。

 怪物の頭部は俺の右足によって凹み潰れた。

 衝撃で壁に吹き飛んでいく怪物の長い尻尾が巻き付いていく。


 しかし、壁に上半身がめり込んでも、両足の足先がピクピクと動いていた。


 そんな、タフな怪物に向けて前傾姿勢で突貫――。

 ヘルメが反応するかもしれないが――。

 左手の雷式ラ・ドオラに魔力をたっぷりと注ぐ。

 槍圏内に入った直後――右足の踏み込みから左手ごと一つの槍のように扱う雷式ラ・ドオラの<刺突>を、その震えている両足の臀部に突き刺した――。


 ――ずにゅっとした卑猥な音はシャットダウン。

 尻尾が何故か光った。

 雷の魔力をお尻に注入する強引な浣腸かんちょうだ!


 怪物の臀部こと、怪物のお尻と尻尾は放電したエフェクトを残し、盛大に爆発した。


『素晴らしい! お尻ちゃんが爆発です!』


 やはり、反応した。

 返り血というか、臓物は喰らいたくないので――。

 すぐさま反転し風槍流の構えを取りながら離れた。

 と、一通り、二槍無双で退治したかな――と周囲を確認。

 そして、最初に魔壊槍グラドパルスが貫いたであろうモンスターの一部が見えた。


 頭部と胴体の一部が壁に貼り付いた状態で残っている。

 潰れたような内臓の一部が周囲に散乱。


 闇の血と銀色の血が蠢きながら、その頭部と胴体の一部に集結しつつある。

 胴体が拡大しつつ再生しようとしていた。


 散らばった内臓群にも、闇の血と銀色の血が混ざりながら蠢く。

 恐竜かエイリアンの姿をしたヴァンパイア種族なのか?

 名はホライゾンだっけ?


 胴体の一部から、風を帯びた魔宝石らしき心臓部を露出させていた。


 ホライゾンの散らばり潰れたような臓物の数は少ない。

 殆どの血肉は魔壊槍グラドパルスに持ってかれたようだ。


 様子を見ながら<導想魔手>を用意――。

 その魔力の歪な手<導想魔手>で、ぱらぱらと落ちてくるコンクリートのような残骸を防ぐ。


 聖槍アロステは召喚しない。

 月狼環ノ槍を<投擲>――。


 地面に集結していた巨大なアメーバのような内臓群を貫く。

 しかし、シュアァァァァアと、不気味な音と焦げ茶色の蒸気が発生した。


 しまった、罠か? 

 視界が悪くなる。

 不快そうな臭い、毒がありそうだ。


「――皆、変な煙が出た。ここには来るなよ!」


 大声で、背後の穴の向こうに居る眷属たちに知らせた。


「……毒? ここからだと霧のようにも見えるけど」

「わたしたちなら平気だと思うけど……任せる」

「……」


 魔察眼で敵の位置を確認しつつ<霊血装・ルシヴァル>を発動。

 口から顎を覆うルシヴァル専用の首当てが一瞬で備わる。

 防具の影響か、首と顔の下半分が冷えた。


 右手に雷式ラ・ドオラを移しながら、念のため、休んでいるだろうヘルメに、


『ヘルメ、悪いが、視界を貸せ』

『はい。閣下、気にせず自由にお使いください』


 精霊眼の視界を確保。

 今度はサーモグラフィーに反応が出た。

 さっきは何かの防御魔法系に阻まれていたようだ。


 さて、この短槍――雷式ラ・ドオラで止めかな。

 左足を一歩前に出し、右足を引く。


 半身をずらした体勢。

 一槍、風槍流の構えを取りながら……。


 まずはこのうざい煙を押し分けるように、正面に出していた左手から<鎖>を発生させた。

 心臓部らしい魔宝石を狙う。


 しかし、魔宝石は動いて逃げた。

 <鎖>は再生途中の胴体の一部に突き刺さる。


 まぁいい、このまま、


「――アディオスだ」


 そうエコー音を響かせながら<鎖>を手首に引き込む。

 あの逃げた魔宝石っぽいモノを追撃しながら破壊だ。


 基本の<刺突>をカウンター気味にぶち込むかな。


 と、思った瞬間――。


 背後から迅速に近づく気配を感じ取った。

 勿論、選ばれし眷属たちじゃない。


 急ぎ地面を蹴り、少し浮いた位置から身に纏う血鎖鎧から血の鎖たちを四方へ射出する。

 無数の血鎖たちが、壁という壁に突き刺さった。


 ――血鎖による無数の支えを得る形だ。


 魔竜王の胃袋ごと内臓を破壊した時を思い出す。

 そのまま、VR装置に乗っているような移り変わる視界を確認しながら……。


 ぐるりと――体を反転させて下を見た。


 そこにはアキが居た。

 毒の煙は平気のようだ。

 蜘蛛の多脚を生かすような、抜き足差し足か。

 俺に警戒を促せる素晴らしい暗殺めいた技術だ。


 俺からは膂力ある蜘蛛の多脚に見えるが。

 そんな多脚の先から、残り火のような仄かな魔力が発生していた。


「――アキ、下がっていろと言ったはずだが?」


 アキは一瞬、唇をきゅっと結ぶ。


「はいです、しかしながら、奇貨居くべし、また、好機いっすべからず」


 反論か……。

 アキは中国の司馬遷が執筆した「史記」を知る?

 俺のエクストラスキル<翻訳即是>がそう翻訳しただけかもしれないが。


 そして、デロウビンの『……に忠実という言葉も失うが』と語った言葉が脳裏に浮かぶ。


 そのアキは、蜘蛛らしい複眼から血の涙を流す。

 更に、炯然たる光魔ルシヴァルの樹と欠けた紋様らしいモノを胸元から宙に向け発生させた。

 どちらも小さい魔法陣で蜘蛛の生脚を元に構成されている。


 その蜘蛛の脚で構成された魔法陣は呼吸するように伸縮をくり返す――。

 伸縮と連動した体毛か、藻のようなモノで……。


 節足動物らしい硬そうな鎧をリニューアルさせていった。


「アキにとって、絶好の機会ということか」


 そう聞きながら地面に着地。

 アーゼンのブーツを覆う血鎖たちが、魔壊槍が造り上げた穴の地面に突き刺さっていく。


 蜘蛛娘アキは真っ赤に充血した複眼で、そんな俺を凝視。

 唇に紫色のルージュを引いたように、口元に魔力を漂わせる。

 可愛さのある口の造形だが、蜘蛛娘アキの表情を見て、ある種の悲愴さを感じた。

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