五百三十二話 旅は道連れ、世は情け

 アキはおずおずと紫色の唇を動かした。


「……はい。止めは……わたくしに、あいつを吸わせてください……主様」


 デロウビンから力を吸い取っていた奴だろうし、恨みがあるか。

 そのデロウビンが語ったリスクの面もあるが……。

 命令に抗う意思は本能でもあり強い精神性の表れだ。


「いいぞ」


 と許可を出す。


「ありがとうございます――」


 複眼の魔眼が発動した。

 小さいハニカム構造の魔法陣たちが煌めく。

 しかし、顔が怖い。


「ホライゾンァァァァッァ」


 蜘蛛娘アキは発狂したように叫ぶと、蜘蛛らしく多脚をシュタタタタタと交差させた迅速な走りで突貫――蜘蛛娘アキは、血肉を引き寄せて再生途中だった魔宝石らしき心臓部に一瞬で近づいた。牙を、その魔宝石に突き入れる。

 一気に噛み砕くと喰らっていた。

 蜘蛛娘アキは周囲の血肉も蕎麦を啜るような音を立てて吸収していく。再生途中だったホライゾンは壊槍グラドパルスに巻き込まれて大ダメージを喰らっていたはず。

 今倒した怪物たちと同じ粘土を硬質化させたような怪物たちだったのかな。

 蜘蛛娘アキの糧となれ。力を得た蜘蛛娘アキは欠けていた魔印が元の形に戻っていた。

 そして、ぐにょりと音を立てて蜘蛛娘アキは体が変化していく。

 メイドキャップのような帽子と黒髪が増えたのかな。更に、黒髪が金色に変化していく。

 複眼は少し丸くなる。蜘蛛娘アキは俺が見ていることを理解しているのか、微笑んだ。

 口に生えている鋭そうな歯牙が増えたか?

 上半身は女性の人族のように美しくなった。

 下半身は筋肉が引き締まり節足付近の黒毛が減って全体的に表面が滑らかになっていく。

  多脚の根元は少し膨れているが、徐々に足先に向かうにつれ細まる足たちだ。

 関節と鎧が新しく増えたようだ。

「……ホライゾンを吸い取ったか」

「はいです。ゼレナードに影響を受け肉片と化しても再生する力を得たホライゾン。本来は西の賢者と対となる魔鍾馗しょうきに部類する眷属のようでしたが……」


 西の賢者か。西方といえばフロルセイル七王国で活躍する人物?

 今は六王国だったかな。

 それと対をなす魔鍾馗の眷属?

 もっと手前だったらラドフォード帝国領内だ。

 更に西方の地域は分からない。


「ともかく倒せてよかった。仇はとったと見ていいんだな?」

「はいです。同胞デロウビンの力を吸い取っていた憎きホライゾン。そして、世には抗い得ぬ相手が無数にいるということを身を以て知ったことでしょう」


 アキは感情を抑制したように淡々と語る。

 メイド風の衣裳に金色の髪となったし、知性も急激にアップした印象を受けた。

 すると、え?

 アキの背後の斜め上から、青白い幽霊ゴブリンが頭部を壁から出して現れる。

 幽霊ゴブリン。眉毛の太いタイプのゴブリン。


「……アキ、あれは?」

「え? 魔素は感じますが」


 アキには幽霊ゴブリンの姿が見えていないのか。

 そう話すと、幽霊ゴブリンは、俺を凝視し、『なんだ、ちみは!』といったような顔つきを浮かべて、逃げるように消える。


 変なおじさんゴブリンか!? 大御所の芸人さんな訳がない。

 <鎖>で捕まえられるか試したかったが、気にしても仕方ない。

 上からタライは落ちてこないし、うしろーうしろーとはだれもツッコまない。


「……さて、この魔壊槍が造り上げた穴の先にも……何か、が潜んでいそうで特殊探検団の陸奥五朗丸的に、気になるが、戻るとしようか」


 そう語りながら突き刺さっている月狼環ノ槍を<鎖>で回収する。

 踵を返した。


「はいです」


 陸奥五郎丸はスルーされた。

 アキも反転した、その直後――。

 目の前に血文字が浮かぶ。


『――ご主人様、空を飛翔していたロロ様がエマサッドを見つけて捕らえました。そして、背中に乗せたのですが……ラファエルとの口論が始まってしまい、ロロ様が、口元に触手を巻き付かせて静かになりましたが……』

『了解、やはり生きていたか。すぐに戻る』


 ヴィーネとの血文字を終えて、そのまま壊槍グラドパルスが造り上げた回廊をアキと共に駆けた。途中、回廊の壁の内部を不気味に蠢くモノが居たが無視だ。

 あの粘土の怪物は、この壁自体に棲みついている怪物か?

 そんなことを考えながらレベッカとミスティの<筆頭従者長選ばれし眷属>たちの下に戻る。


「――よ! 結局、アキが成長した戦いとなった」


 とレベッカに向けてそう発言。


「そうみたいね。髪の毛も増えて帽子と鎧も新しくなっているし」

「おう、ミスティはどうした?」

「あ、棚の裏側の品をチェックしにいった」


 すると、ミスティが戻ってきた。

 ナナが縛られていた手術台があるところも見たようだ。


「ただいま。ちょうど、壁の中に棲んでいた不可解な怪物を倒したようね」

「おう、裏側にめぼしい物はあったか?」

「うん、少しだけ。あれっ? 実験体アキ、いや、蜘蛛娘アキちゃんの姿が変化している?」

「その不可解な怪物こと、名がホライゾンの怪物をアキは吸収したんだ」

「はいです!」


 蜘蛛娘アキは、頭部のメイドキャップを片手で押さえつつ元気よく語る。


「か、可愛い。けど、進化が速いわね。蜘蛛系種族と人族としての金髪も増えた? 触角のようなモノもあるし……バランス的にマスターの血が勝った結果だと思うけど、レフォト様の愛する体を持つってことの意味もあるのかしら、興味深いわ……」


 蜘蛛娘アキを凝視して語るミスティ。

 眼鏡に指を当てていた。さっそく、竹と羊皮紙のメモに文字を付け足す。

 さて、戻るとして、


「レベッカとミスティ、ここから出るぞ。血文字は見ただろう?」


 と、二人に尋ねた。


「うん。蒼炎に対しても耐久性を見せていた。タフだったから可能性はあると思ってた」

「ゼクスと渡り合う強い戦闘メイド長だったし、キサラさんの連撃を、あ、治療を優先していたのかな」

「そのようだ。地上に戻ろう。エヴァたちと合流してヒヨリミ様に秘宝を返す」

「エヴァと早く会いたいな。ハンカイさんが側で見守ってくれていると思うけどクナが一緒だと安心できないし。それに、早くお土産を渡したい」


 レベッカの言葉に強く頷く。


「ドッパガベル風の酒と未知の黄金酒を飲んだエヴァの反応が楽しみね」

「うんうん」

「はは、皆、期待している。ま、俺もだが」


 トンファーを気に入ってくれるかな。

 デラースが使っていたから、嫌とかいいそうだが、相棒が待つ地上に戻った。



 ◇◇◇◇



 皆、神獣ロロディーヌの背中に乗っている。

 樹海で見つけたらしいエマサッドは触手で雁字搦め状態。


 ジョディも<光魔の銀糸>をロロディーヌの触手の上に展開しながらエマサッドに触れている。更に巨大な鎌の柄頭も差し向けていた。

 ラファエルは肩で息をしていた。

 どことなく疲労感がありそうな表情を浮かべている。

 そして、俺たちも相棒の巨大な背中の上に降り立つ。


「間違いない、戦闘メイド長。魔剣はないようだけど」

「ゼクスと打ち合っていた拳は忘れない」


 レベッカとミスティがそう発言。

 ユイも「一見は、普通の女性の拳だけど、実はただの骨ではないということ?」と発言。

 ヴィーネも頷いて「そのようですね、地上での戦いにおける猛者の代表者のようですから」と語った。

 

 その眷属たちの様子を見ていた蜘蛛娘アキが、


「主様の眷属様たちですね……よろしくお願いします」


 と、丁寧に頭を下げて皆に挨拶をした。

 当然、皆は驚愕。

 同時に、疲労感が吹き飛んだような面を見せてラファエルも動揺した。


「え?」


 と呟くラファエル。

 金色の髪を揺らしながら、一歩、二歩と足を進めて、


「セブンフォリア王家の秘宝なのか? まさかデロウビンはまだ生きていたのか……」


 ラファエルは蜘蛛娘アキに近づこうとしたが、アキは俺の背後に素早く移動する。


「……主様、金色の髪の男性と額縁のアイテムは記憶に残っています」


 蜘蛛娘アキが耳元で発言するとエマサッドも、まだ余力があるのか、相棒の触手を振りほどこうと必死にもがく。

 

「ロロ、少し緩めてやれ」

「ンンン」


 巨大な相棒は後頭部を少しずらしながら、喉を震わせたように巨大な喉声で返事をする。

 エマサッドを縛っていた触手が緩んだ。

  口も解放されたエマサッドは、


「がぁ――」


 と息を吐く。

 そして、キリッと表情を強めて、


「――デロウビンはどうしたんだ!」


 必死なエマサッド。

 皆、当然、警戒して攻撃モーションを取る。

 キサラはダモアヌンの魔槍で<投擲>モーションに入っていた。

 隣のジュカさんもその<投擲>と合わせるようなポージングで棍を構えている。


 動きが魅力的すぎて、黒魔女教団に入団したくなった。

 

 が、デロウビンとの出会いからの順を追って説明――。

 

「と、俺は予測したが、ラファエルが頷いているように、俺の推察は合っているようだ」

「そういうことでしたか」

「地上も地上で色々とあるのね」

 

 キサラの言葉に同意するようにイセスが発言。

 キースさんとバーレンティンは頷いていた。

 ダブルフェイスとツアンは沈黙。バーレンティンはダブルフェイスに視線を向けながら魔力の波動めいたモノを送っていた。

 短剣の柄に指を当てていたダブルフェイスも、訝しみ、導魔術系の技術か不明な蛙の紋様を浮かばせる魔法を発動。

 バーレンティンの魔力とダブルフェイスの魔力が、宙で衝突。

 神獣ロロディーヌの背中の黒毛が揺れていく。

 神獣ロロの上で一戦交えるつもりかよ。

 と止めない俺も俺か。そんな俺の意図には感づいていないツアンが衝突する魔力を光り輝く短刀で両断――。


「旦那に叱られる前に能力の自慢はそこまでしましょうや」


 と発言。俺が居ない間に何かあったようだ。

 一方、ロゼバトフさんはヴィーネとユイとママニと地上の戦いと自分たちの戦いを交互に述べて意見交換し、レベッカとミスティも加わって実験室のアイテム類についての話に移行していく。

 レベッカは話をする間に相棒の触手にチーズを渡してあげては、神獣ロロディーヌの黒毛の群れが作る揺り籠で眠るナナの様子を見て……母親のような優しい笑みを浮かべていく。

 キサラとジュカさんもそんなレベッカの傍に近寄り、ハイエルフの従姉かもしれないアーソン・イブヒンについて話をしていた。注目を浴びていたエマサッドだが……俺の言葉を聞いてからは、完全に先ほどの勢いは消えていた。意気消沈、項垂れている。


「名はエマサッドでいいんだよな?」

「……はい」


 と顔を上げるエマサッド。金色の髪に金色の瞳。小鼻で口も小さい。

 顎は少し鋭い印象。首下は背中にかけて筋肉質だが女性剣士らしい姿といえた。そのエマサッドが、


「ラファエルやデロウビンに関して何かあるようだが、今は捕虜扱いとする」

「いい……わたしは……いや、それよりデロウビンは本当に死んだのか?」

「さっき説明したように死んだ」


 俺は蜘蛛娘アキを紹介するように腕を、そのアキに伸ばす。

 だが、エマサッドは……小声で、「本当なのだな」と呟く。


「……わたしは約束を、約束を誓ったのに……はたせなかった……す、すまないデロウビン……」


 と、涙を双眸に溜めていく。一瞬、蜘蛛娘アキを見た。複眼の蜘蛛娘アキは、黙って、口元から糸を出す。複眼から血の涙が一雫落ちていった。

 エマサッドは話を続けて、


「……わたしは、いったい、何のために耐えてきたのだ……シャシャに顔向けできない。ムヴェアン、アレッサンドロ、カシュメル……わたしは……ああぁぁ……」


 エマサッドは泣き崩れる。

 すると、ラファエルが、


「……耐えた? 君がそんなことを言うとはね……呆れるよ」 


 泣いていたエマサッドはキリッとした表情を作り、


「ラファエル!」


 と、叫び、睨むが僅かに憂いの表情を見せる。

 そして、頭を横に振ると、再び表情を強ばらせて、


「わたしと違いゼレナードに洗脳を受けず取り込まれなかったところは褒める。が……弱虫にどうこう言われたくない……」

「な!? ぼ、僕だって!」


 ラファエルの顔を見たエマサッドは、金色の瞳を揺らして、


「はあ?? 何もしない! 何も行動しなかった、何も、できなかったではないか!」


 エマサッドはラファエルを責めるように叫んでいた。


「僕だって……辛かったんだ! 何もできず、洗脳を受けた君を見ているしか……声が聞こえるモンスターも、だれも、救うこともできず、ただ、ただ、見ているだけ……情けないけど……ずっと心が焼かれるような思いだった」


 ラファエルは泣きながら……。

 助けを請うように、俺をチラリと見てから力なくエマサッドを見る。

 エマサッドはラファエルから視線を逸らし「いまさらだ……」と嘆くように呟いた。


「でも、助かったじゃないか……」


 ラファエルの言葉を聞いた彼女は体をビクッと揺らす。

 そして、美しい黄金色の瞳を、細めて、俺を見た。

 黄金色の瞳が揺れて涙を見せる……。

 エマサッドは睨みを強めて俺から視線を逸らすと……ラファエルを睨む。

 剣呑な雰囲気だ。

  二人の関係性はある程度予測はしていたが、色々だな。

 アキだけに「秋風が立つ」といったことでもないと思うが……。


 セブンフォリア王家との関わりも根が深そうだ。

 ま、詳しくはしらないし、今は興味がない。


「ンン、にゃおおお~」


 と、鳴いた相棒だ。


「相棒が速度を出すってよ。エヴァたちの下に行くぞ。で、ラファエルとエマサッド。積もる話もあると思うが、殺し合いはなしだからな」

「分かってるさ。シュウヤに従う」

「……」

「で、セブンフォリア王家トロイア家の支流のブロアザム家の三女。元軍罰特殊群の五番隊隊長さんこと、エマサッドもいいな?」

「……王家のことはラファエルから聞いたのか。なら、鎺骸はばきむくろのことも聞いたのだな」

「王家のことは聞いたが、鎺骸の部隊のことは名前だけだ」


 そう告げると……。

 エマサッドは溜め息を吐いて、またラファエルを強く睨んだ。

 ラファエルはぶるぶると首を横に振っている。

 面白い奴だ。誤魔化そうとしているし。

 笑ったが、エマサッドは目を細めているだけ。

 この辺からしても、深い因縁を感じてしまう。

 そのエマサッドは俺を見て、


「……承知した。白色の貴婦人討伐と、紋章の排除に関して礼をいう。助かった」


 礼か。また、彼女も被害者であったということかな。


「分かった。暴れないでくれよ。旅は道連れ、世は情けって精神だ」

「はい」


 エマサッドは素直に従ってくれた。

 が、また、ラファエルと魂王の額縁のことを睨む。

 反対の方向で浮いている鎺骸の魔眼にも視線を向けたエマサッド。

 ラファエルも罪深い男なのか? 触手の手綱を掴んでから、


「相棒、エヴァたちの下に帰還だ――」

「にゃお~」


 すぐさま、宙を加速して飛翔する神獣ロロディーヌ。

 あっという間に白色の貴婦人たちの本拠地を離れた。


「速い……まさに神獣の郤を過ぐるがごとし」

「なんか爺くさいわね。兵は神速を尊ぶでしょう」


 バーレンティンとイセスが呟き合う。

 俺は聖ギルド連盟のリーンの姿を探すが……。

 さすがにピンポイントで樹海を探すことは難しい。

 ……生きていることを祈ろう。

 聖ギルド連盟に秘宝を返す時、少し気が重い。



 □■□■



 ここは八支流の一つ、サスベリ川。

 冒険者たちが好む曰く付きの高台に聳え立つ灯台からは、妖精の力がある明かりがハイム川の支流を怪しく照らしていた。

 この高台の家屋が並ぶ一角にクナの用意したセーフハウスがあった。

 家屋の窓際に魔導車椅子に座った黒髪の女性がいる。

 黒髪の彼女は血文字を操作していた。

 彼女の名はエヴァ。光魔ルシヴァル<筆頭従者長>の一人。

 今も、宙に細い人差し指で、血文字を書く。

 そのエヴァが描く血文字の隣に浮かんで現れる血文字たちを、エヴァは微笑みながら見ては新しい血文字を打ち返事を書く。新しい血文字を見ては紫の瞳を輝かせる。

「ん、シュウヤ、やった」

 と呟いて微笑むエヴァ。

 その微笑みは、皆から、天使の微笑と呼ばれている特別な笑み。

 エヴァは魔導車椅子に魔力を込める。と、背もたれが外れ魔導車椅子の細かな部品の一つ一つが浮いて重なり溶けて新しい部品に変化を遂げて、車輪も小さくなる。

 変形させた魔導車椅子を操作するエヴァはくるりと回転して、仲間たちを見つめた。


「――ん、シュウヤが戻ってくる。本当にゼレナードの討伐成功! 白色の貴婦人を打破! 新しい友のラファエルに新しい部下のダブルフェイスとか蜘蛛娘の眷属もできたって!」

「おお、蜘蛛娘とは、また何とも。しかし、やりましたな……」


 そう語るのは<従者長>カルード。カルードの一隊は追撃を受けたが、無事にアルゼでの仕事を終えていた。


「成功か!」

「やった!」

「大セイコウ!」


 エルザとアリスに、エルザの左腕に宿るガラサスが発言。

 隣にいたオフィーリアは、エルザの左腕を凝視して怖がるが、


「……これで……」


 そう発言してから涙ぐむ。

 すると、

 

「さすがはシュウヤ様です」


 クナが怪しい煌めきを全身から放ちながら、そう発言した。

 更に、体調が回復したと皆に示すように、無理に口を速く動かす。


「数々のアイテムに、闇のリストのラファエルも確保したようですし、うふふふふふふふ、はははは」


 クナは不気味な大笑いも繰り出した。


「クナとやら、マイロードの家臣となったようだが、わたしはまだ信用していないことを忘れるな」


 睨みを強めながらそう語るカルード。


「あら? <従者長>さん。ごめんなさいね。でも、シュウヤ様はわたしの情報と能力と秘密に大変な興味を抱いているはずよ? だ・か・ら、わたしを攻撃して殺したら、シュウヤ様はどう思うかしら?」

「な! カルード先生を脅迫するつもりなの?」

「だとしたら、どうでるわけ? エルフの<従者長>さん?」


 鼻で笑うクナは、己の鼻から血が流れていた。フーはその鼻血を見て、顔色を悪くする。

 クナが無理をすることを承知で強がっていると読んだからだ。

 が、フーにもプライドがあった。


「……わたしも魔法に関しては得意ですから、たとえ、貴女のような方が居なくてもご主人様に貢献はできます」


 と発言。

 クナはすべてを掌で転がすような仕草をとり、ジロッとフーを見て、

 

「……そう? 転移陣を組む<古代魔法>が扱えるのかしら、エルンストを見たことがあるのかしら? 外法の奴らを含めた、闇ギルドの渡りに貴女は貢献できるのかしら?」

「ん、クナ、黙って。シュウヤに全部話をする! そしてちゃんと休んで!」


 頬を膨らませたエヴァがクナを睨みながら発言。


「……あぁ、エヴァちゃん! ごめんなさい! だって、そこのカルードって方と血獣隊のフーさんが怖いんだもの!」

「俺も居るぞ、クナよ……斧という斧で、頭どころか、尻をかち割ってやってもいいのだがな」

「……ん、ハンカイさん、精霊様がいないからだれもツッコまない。そして、その柄で殴るのはダメ。クナが死んじゃう」


 腕を組むハンカイは視線を逸らし、


「……ふん」


 と、発言。

 その様子を不安そうに見ていたオフィーリアが、


「……クナさんも闇のリストの一人なのよね。仕事がら闇のリストと呼ばれた人たちを、外から見たことがあったけど……屑でどうしようもない奴らが多かった。でも、貴女のお陰で同胞が救われたことは事実。だから、ありがとうクナさん」

「……い、いいのよ~、そんなお礼は。それより、シュウヤ様の前でいってほしかったな……うふん」


 ハンカイが斧に手を当て金属音を鳴らすと、クナは沈黙した。

 すかさず、ガラサスが「チンモク」と発言。


 エルザが困惑しながら左手を押さえた。

 アリスは「ガラサス、クナさんが好きなの?」と聞いている。

 ガラサスはハートマークを作っていた。


 一方、オフィーリアはその様子を見て微笑んでから……。

 ツラヌキ団とそのクナの転移スクロールで救われた同胞の小柄獣人ノイルランナーたちを見つめていく。そして、


「……本当に良かった」


 胸をなで下ろしながら語るオフィーリア。

 その直後、涙が頬を伝っていく。

 そのオフィーリアの側にアラハとポロンが寄り添う。


「隊長……わたしたちは、もう」

「隊長、盗みは卒業?」

「そうよ。もう、盗まなくていいの……わたしたちはシュウヤさんに救われた」


 オフィーリアが大粒の涙を流し優しく語ると……。

 他のツラヌキ団のメンバーは泣きながら一斉に頷く。


 助かった小柄獣人ノイルランナーたちも泣きながら隊長オフィーリアの下に走った。

 皆が皆、抱き合いつつ泣いて喜び合う。


 その心暖まる光景を見ていた血獣隊のサザー&フー。

 カルードの一隊をフォローしたレネ&ソプラ。

 クナを見張っていたハンカイも、皆、もらい泣き。

 ハンカイは大事な斧を落として足に怪我を負っていた。

 しかし、カルードたちを追って捕虜となった大海賊マジマーンの一味。片腕の冒険者の虎獣人ラゼールのグループは、この光魔ルシヴァルたちとツラヌキ団たちを訝しむ。血獣隊のビアはそんな捕虜たちを見張っているように眼孔を鋭くさせていた。元蛇人族ラミアだとよく分かる蛇のような長い舌をシュルルルと音を立てて伸ばし、三つの胸を見せびらかせるように胸を張ると、


「うぬら、そのような目つきはすぐに止めることだ。我が許したとしても、我が主は決して許さないだろう」


 怒りを込めた脅すような口調で語る。 

 本当に<麻痺蛇眼>が発動しかかっていた。その数刻後……。

 

「ん、シュウヤたち、ロロちゃんの魔素!」

 

 エヴァの声がセーフハウスに木霊した。

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