五百三十話 二丁拳銃な<鎖>たち
レベッカは片手に持った魔杖グーフォンを胸元に出す。
「これは<投擲>用よ。勘違いしないように」
と喋りながら、ミスティを守るように構えた。
蒼炎の長柄は彼女の頭上に浮かんでいる。
キサラの投擲技を見ていた影響だろうか。
蒼炎で模った槍。
少し、ダモアヌンの魔槍と似ていた。
さすがに螻蛄首付近の穴は再現されていないが。
神槍ガンジスの槍纓のようにも見えた。
蒼炎のフィラメントたちが揺らめいて綺麗だ。
レベッカは魔法絵師を目標としている。
そして、魔法絵師として魔法の額縁が扱えないことは彼女のコンプレックスの一つ。
ただ、魔法の額縁が扱えなくても、この蒼炎の槍のように、自由自在に描けるイメージ力こそ……。
彼女の魔法絵師としての才能の片鱗なのかもしれない。
「自由自在な蒼炎の技か」
「うん。たんに蒼炎の塊を槍に変えただけだけどね」
微笑むレベッカはそう自身の能力を語る。
「槍に変えただけでも凄いと思うが」
「そう?」
「そうさ、ペルネーテの地下二十階層で邪界導師と戦った時も、蒼炎エネルギーをカーテンか、布状に展開して、レベッカ独自の防御層を作り上げていた」
「ルリゼゼさんと出会う前の戦いね。覚えていてくれたんだ」
「そりゃな、あの時よりも蒼炎の操作技術が確実に上がっているし、精巧な槍だし凄いよ」
レベッカは照れて視線を逸らす。
すると、ミスティが「ふふ」と笑って、
「ジャハールにも蒼炎を纏わせて剣突に用いたり鎖状の蒼炎をそのジャハールの後部に付けて、遠距離武器に変化させたりしていたわよね?」
と語っていた。それを聞いたレベッカは、
「あ、それはまだ内緒だっていったのに!」
と、ミスティに対して怒る。
地上の戦いの時の話かな?
ハンマーフレイルのようにジャハールを扱っていたのか。
見たかった。
そして、二人だけが知るやりとりがあったようだな。
その間にアキの様子を見る。
蜘蛛娘アキは指示通りレベッカとミスティの背後で俺たちの様子を見ていた。
口元から糸を出す仕草はいかにも蜘蛛。
正直、もっと誕生したばかりの蜘蛛らしい彼女の様子を見たかったが――。
すぐに視線を前に戻す。
大きな棚と壁、その間の……狭い空間を歩く。
神々たちの像の下を歩く気分は前と変わらない。
掌握察の反応は右の奥……壁の向こう側からだ。
消えて現れる反応を示す巨大な魔素――。
動いているのか?
本当に消えているのか?
この怪しい魔素の反応は半透明の鎖を繰り出してきた怪物だと思うが、違う可能性もあるのか?
そして、左の精霊眼の有視界は<精霊珠想>の神秘世界。
巨大な魔素の方を精霊眼でも確認したが、とくにサーモグラフィーの熱反応はない。
そんな<精霊珠想>の視界を漂う数体のヴェニュー。
そのヴェニューは巨大な魔素の反応を示す方角へと指を差していた。
ヴェニューたちを見ながら<鎖>の盾を一旦消去。
そのヴェニューたちの指示に従うわけじゃないが……。
魔素の反応目掛けて、間髪を容れず、両手首から<鎖>を壁に向け繰り出していく――。
しかし、魔素の気配が逆に強まり消える。
他にも小数ながら消えて現れる魔素たちの反応があった。
――数が多いが、移動をくり返しているのか?
地面に雷式ラ・ドオラと月狼環ノ槍を突き刺す――。
続いて、キサラから習い途中の掌法の構えを取る。
膝と丹田を意識し、深呼吸。
力を抜き、リラックス。
そして、壁を睨む。
無数の魔素たちの反応目掛け、<鎖>を射出した。
すぐに<鎖>を消しては、再度、手首の<鎖の因子>マークから<鎖>を射出していく。
フリーハンドだが、壁に向けて、人差し指と中指を揃えての銃のハンドサインを作った。
そのまま二丁拳銃でも構えたように<鎖>を壁に向けて一気呵成と撃ち出していく。
オラオラオラオラオラオラァと――。
両手を最小の動作で動かしつつ<鎖>という<鎖>が壁を貫く――。
<鎖>の表面を刻む梵字が踊って見えた。
目を瞑り……。
魔素という魔素を最短距離で狙うイメージを身体で表していく。
<魔闘術の心得>を基本とした攻防一体の動きを合わせたイメージを浮かべながら動いた。
「……舞うようだけど、何かの戦闘術っぽい?」
「鎖を生かした近接格闘? マスターの独自機動と合わさって洗練されていくわね、卓越した体術を持つからこその動きだと思うけど……糞、糞、糞、追いきれない……」
レベッカとミスティの言葉は聞こえているが答えない。
ドドドッと連続した鈍い音が響く。
型としての妙な感覚を得ると……目を開けた。
次々と壁に無数の穴を作り出していく<鎖>たち。
ピコーン※<鎖型・滅印>恒久スキル獲得※
おぉ、スキルをゲット。
<鎖>の連続射撃を応援するヴェニューたち。
刀鍛冶風の衣裳のヴェニューたちも居る。
レジーの魔槍だったモノを叩き鍛えていた小槌を振り上げながらヘンテコに踊った。
踊りはヘンテコだが、神秘的な世界だから美しさがある。
だが、<鎖>たちから得られる感触は、ただの壁を貫いているとしか分からなかった。
――壁と同一化できる特別な怪物なのか?
俺たちを攻撃してきたモノは、半透明色の鎖だった。
そして、ナナを救出した時、壁の中に消えた幽霊のゴブリンも居たな。
関係性がある?
それとは違い、たんに素早く移動して、<鎖>の連撃を避けているだけかもしれない。
一旦<鎖>の連続射撃のような攻撃を止めた。
俺の<鎖>と<
あっさりと半透明の鎖を消したからなぁ。
それとも、俺が気付かないだけで……。
二丁拳銃のように<鎖>を連射した際、巨大魔素の怪物は痛手を負った?
そんな感触は伝わってこなかったが……。
デロウビンを縛っていたであろう、あの半透明な鎖は自慢のスキルだったのかもしれない。
反撃がないってことは、相手を警戒する知能を持つ?
さっき一瞬だけ見えた怪物の幻影は……。
猛獣と恐竜の牙が集結した獰猛そうな怪物だった。
本能の赴くままの猪突猛進タイプかと思ったが……。
意外に知能があるようだ。
ゼレナードに隠れながらデロウビンを利用していた奴だからな。
狡猾な相手か?
しかし、反撃はこない。
<精霊珠想>を発動中のヘルメは事前に指摘をしてこなかったが……。
いや、常闇の水精霊ヘルメだって完璧じゃない。
その<精霊珠想>を解除。
俺の左目の内部にそそくさと戻る液体ヘルメちゃん。
左目に、にゅるっとした感触はないが、不思議な水の感触はある。
『閣下、凄まじい<鎖>の技でしたが……<仙丹法・鯰想>は使わないのですね』
『あぁ、攻撃があれば考えたが、それよりヘルメ。この部屋は
『あります。しかし、壁や背後の棚にあるアイテム群の方が気になります』
『そっか、カザネの部屋とはどう違う?』
『この地下の施設全体が、ある意味、
精霊ならではのたとえだが……。
次元の揺らぎとかだったらいやだな。
ラファエルもそれらしいことを語っていたからな……。
『なるほど、ここが実験室ってこともあるか』
『はい、死んだゼレナードですが、無数の兵士たちを従えていましたからね。地上で戦った兵士たちは冒険者崩れだけではなかったのです。強力なモンスターも多く知能を持つ不可解な姿を持つモンスターもたくさん居ましたよ。そのモンスターは、わたしたちの戦いに参加せず、仲間を逆に攻撃して、逃げていった強く賢いモンスターでした。……ですので、ここも安心はできないかと』
俺も地上の戦いをチラッと見学した。
だから、ある程度は戦いの激しさを理解しているつもりだが……。
ヘルメから直に聞くと、やはり、地上の戦いに参加させておいて正解だった。
しかし、同時に失敗もある。
先の階段と廊下で死んでいた様々な種族のメイドさんたち。
済まない……。
冥福を……祈る。
と、雷式ラ・ドオラと月狼環ノ槍を回収。
一歩、二歩と歩く。
魔素の位置と合わないと思うが取りあえず――。
アイテムボックスの腕輪の表面を指で弄る。
太陽の環の飾りがいつもと同じように回った。
正面のやや盛り上がったガラスの表面からあらゆる方向へレーザーのような光が照射されていく。
瞬く間に
アイテムボックスの真上に立体地図が浮かぶ。
これは本当に優れた
右壁と天井を
しかし、優れたナパーム星系製の道具を持ってしても……。
いかんせん、地図の範囲は小さいし、右の壁は分厚い。
ただの壁としか分からない。
隠し部屋の雰囲気があるぐらいか。
再び、<鎖>で盾を生成――。
その<鎖>製の盾を振るう――。
強引に――歪な頭蓋骨オブジェたちを削り取る。
――狭い空間を拡張だ。
「あれほどの鎖の連撃でも攻撃がこなかったし、右の壁を削っても無駄のような気がするけど」
レベッカがそう発言。
「まぁ、一応やる。すまないが右側のアイテムは回収せず、左側の棚のアイテムを優先して回収してくれ」
「うん」
とは言いつつも、チラッと半身をずらして、ミスティたちを見学。
彼女たちは棚を物色していく。
光源はミスティが勾玉のようなお手製の金属アイテムを使う。
レベッカも無数の蒼炎群を用いているから、非常に明るい。
巨大な棚は臙脂色だと知った。
そして、アイテム類を物色する様子は……。
デパートの品を選ぶ綺麗な女性たちという構図だ。
そんな綺麗な<
大きな棚の方にも
小さい赤い点が幾つか点滅している。
点滅をくり返す赤い点は動いていない。
アイテム類だろう。
何かしらの生体的な反応をアイテムから受け取ったのか?
アイテムボックスを触り
俺も前回一通りチェックしたが……。
右側の壁も含めて、巨大な棚に飾られ収納されているアイテム群は無数にある。
魔石、鉱石、鋼鉄インゴット、スクロール、背景に魔法陣が描かれた地図のようなモノ、巨大な魔石、魔法袋、ガラス容器類、巨大な壺、巨大な器、巨大なネックレス、巨大な指輪、巨大な鉄棒、巨大な歯ブラシ、巨大な櫛、魔法絵師が装備する額縁、血骨仙女の片眼球のようなモノ、巨大な耳かき棒、巨大な杖、巨大な孫の手、巨大なえっちな棒、ハンモックで蠢く不気味なスライム、巨大な歯磨き粉? 巨大饅頭、トマトのような腐ったモノ、短剣、種族コレクションのような頭蓋骨群、紐が連なっている魅惑的な衣裳と、無数だ。
レベッカとミスティは各自の判断でアイテム類を回収していく。
俺は再び、壁からの攻撃に備えるために視線を壁に戻す。
「この地図、魔宝地図とはまた違うわ、どういう地図なのか凄く気になる!」
レベッカの声とその興奮した表情を見たくなったが。
我慢して壁を睨む。
「これ、マスターが地下オークションで落札した血骨仙女の片眼球と似ている? 要回収!」
あぁ、それな。
と気になったが、これまた我慢。
「こっちはトーマーの腐った感じだけど……」
「チーズを超えた濃厚な臭いね……チーズに嵌まったからってお菓子大王、ううん、お菓子女王レベッカ様? 味見はしないでよ?」
トマトが腐った奴か。
回収はしたくない。
「しないから! 呪われそうだし触らないわよ。そういうミスティこそ、その手袋があるんだし、摘まんでみたら?」
「それもそうね~」
「え?」
「ふふ、冗談よ。でも、何かの効能があるから、このくっさいトーマーがここにあるってことよね」
「なら、くっさいトーマーも回収かな。ミスティ、がんば!」
「……手袋を貸すから」
「えぇ? いやよ」
と、二人がくっさい素材を巡ってそんな会話を繰り広げながらアイテムを回収している間……。
俺は右側の壁を睨み続けた。
『閣下も背後の品が気になるのでしたら、わたしが代わりに見張りを担当しますよ』
『いや、ヘルメは地上でがんばった。<精霊珠想>もせずに、今はそこで休憩しながら魔力を吸って見とけ。それに、ヴェニューたちの魔槍もまだ製作途中なんだろ?』
『はい、分かっていたのですね! ヴェニューちゃんたち、閣下には〝ないしょの〟〝ないしょの〟〝ないんしょーん、〝やりーん〟と歌っていました』
内緒にも作っているようには見えない槍を作っている歌か。
その瞬間、掌握察の範囲から巨大な魔素の感覚が消えた……。
『しかし、攻撃が来ませんね、魔素も消えました』
『このまま様子見として、とりあえず――』
『アン』
と、左目に宿る常闇の水精霊ヘルメに魔力をプレゼント。
濃密な魔力を上げたせいか、左目が振動したような感覚を受けた。
今はゆっくり休め、大事なヘルメ。
「あ、これが、クナが要回収と、エヴァに血を撒き散らしながら語っていたモノかしら?」
「そうかも。
「……実は浮いていない。見た目が重そうだけど異常に軽い」
「それで浮いていないのね……名前は〝朱雀ノ星宿〟だっけ」
「うん。セラの夜空の輝きたちと、魔界四九三書や神界八十八書とも関係があるとも聞いた」
その会話はさすがに気になった。
二人を見ると、ミスティが、無魔の手袋を嵌めた人差し指だけで、金属の塊を持ち上げている?
しかし、朱雀ノ星宿か。
俺の初見では、インゴットの塊としか分からなかった。
さすがは博士ちゃんのミスティだ。
眼鏡も似合うし。
その刹那――。
左手の月狼環ノ槍が震えた。
穂先の棟に並ぶ金属の環たちが独特の音楽を奏でるように美しい金属音を打ち鳴らす。
更に、月の形をした柄頭から小さい幻狼が飛び出した。
小さい幻狼は大きな棚へと突進――。
枝製の細工箱に頭から突っ込む。
細工箱をひっくり返した小さい幻狼。
魔石と魔宝石が散った。
その子供の幻狼は、俺の足下に走り寄ってくる。
「――何事? 幻の狼? 可愛い……」
「月狼環ノ槍から出た小さい狼ちゃん?」
「我ノ主様は……狼をも使役を……強く敬服します……」
暇そうにしていたアキがそんなことを呟く。
使役はしていないが……。
子供の幻狼は、口に咥えた魔石を俺の足下に転がした。
この可愛い幻狼ちゃんは、俺のアーゼンのブーツに噛み付いていた幻狼だ。
仕草が可愛すぎて、レベッカが興奮している。
ペルネーテで
今頃、白猫のマギットはどうしていることやら。
そんなペルネーテのことを思い出した時、子供の幻狼が月狼環ノ槍に吸い込まれるように戻った。
子供の幻狼が残した魔石。
子供の幻狼の動きはこれを回収しろ?
という意味だろうか。
足下に転がっている魔石の形は……。
どことなく狼っぽい形。
雰囲気的に神魔石と似ている感覚を受ける。
表面に梵字系の刻印があった。
地下オークション級の代物と予想できるが……さて。
月狼環ノ槍と関係があるのなら、呪いの品かもしれない……。
が、べつだんに禍々しさはない。
この狼の魔石はもらっておこう――。
と、拾った直後、ぶるぶると振動する狼の魔石――。
振動した狼の魔石から泡のような魔力が溢れ出ると、魔力が手を包む。
その泡の魔力は、外へと、弧を宙に描きながら、月狼環ノ槍に吸い寄せられていく。
月狼環ノ槍は、魔力の泡まみれとなった。
そして、心臓が鼓動を速めるように振動が強まる、が、それは一瞬だった。
急激に振動は弱まり魔力の泡も月狼環ノ槍が取り込んだのか消失。
柄の色合いが少し変化したか?
狼の魔石の方も、月狼環ノ槍と連動しているのか揺れが収まった。
「不思議ね、ひょっとして神狼ハーレイア様と繋がりがある?」
「ゼレナードはヒヨリミ様にもちょっかいを出していたようだし、ありえる」
「そんな大事な物がここに?」
「まぁ、詳細は後だ。今はアイテムの回収を頼む」
「うん」
「了解」
とりあえず狼の魔石はアイテムボックスの中に仕舞う。
歯磨き粉のような物質は二人に任せようと、ミスティを見た。
無魔の手袋を装着しながらアイテムを回収するミスティ。
一瞬、外科手術を行う前の医者の姿とかぶる。
洗浄台の近くで、両手首を上げたポーズ。
消毒液で両手を洗うような仕草だ。
偽宝玉システマの魔導粘液をさっそく使っているマッドな天才だ、似合う。
俺は再び、右の壁を注視。
<鎖>の盾を用いて壁を削りに削っていく。
壁を叩くように、削って、わざと音を立てて振動を起こしていった――。
いっこうに半透明の鎖を用いた反撃がこない。
壁に棲んでいる怪物だとしたら振動は伝わっているはず……。
ま、続ける。
<鎖の念導>で盾の<鎖>を操作した――。
右側の壁を強引に破壊していく。
デロウビンっぽい姿の亡骸たちよ。
南無――と祈った瞬間――。
――俺の胸元から十字の光が発生。
さっき、ポッチ乳首さんを〝こんにちは〟させた時の影響か!
いや、乳首さんじゃない<光の授印>だ。
そんな胸元を隠すようにハルホンクを意識し若干のスタイルチェンジを行いながら、壁を壊し、幅が狭い通路を歩く。
お化け屋敷の内装にあるような歪な頭蓋骨オブジェたちを破壊。
湾曲の窪み跡が、次々と、できあがる――。
アイスでも掬ったような湾曲した跡だ。
しかし壁は分厚い。
警戒を緩めるつもりはないが……。
ふぅと、息を吐く。
「……シュウヤ、その武器を実戦で使うの?」
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