五百十三話 ナ・パーム統合軍惑星同盟

 ◇◆◇◆



 シュウヤがラファエルと接触を果たした頃。

 ペルネーテの武術街にて。


 路地を歩く女ドワーフが居た。

 彼女は俄に周囲を確認すると、足早に、行き止まりのある路地に向かった。時折、入念に背後を確認している。


 誰か追跡する影がいないか調べているようだ……。


 行き止まりの壁に到着した女ドワーフは、懐に手を忍ばせた。

 懐から取り出したのは――。


 それは魔機械の簡易型デバイス。

 女ドワーフは、その簡易型デバイスを宙に放った。


 すると、簡易型デバイスから蜘蛛の脚が生えた。

 

 否、その蜘蛛の脚に見えたようなモノは、メリトニック粒子とエレニウム粒子が変化した魔機械の金属素子だ。

 その蜘蛛の脚に見えた金属素子は、一瞬で、小さいストーンヘンジの遺跡を地面に作るように長方形のオブジェクトを作る。


 それは簡易ホロウ装置。

 見た目はエセル界に由来する魔道具と似た代物だが違う。


 簡易ホロウ装置とは、ナ・パーム統合軍惑星同盟という宇宙文明が作り上げた魔機械だ。


 その魔機械こと簡易ホロウ装置から無数のレーザーが出た。


 女ドワーフは頬の金属素子に手を当てた。

 目と金属素子と連動しているカレウドスコープを起動した。


 路地の一角を照らすレーザー光は、宙に立体スクリーンを作り出す。


 そのスクリーンに女性が映った。

 生彩で美しい女性。

 漆黒色の軍服を身につけた女性だった。


 この惑星の住民が見たら、神界の天使か魔界の悪魔が、この路地に降り立ったように見えただろう。


 漆黒色の軍服は艶やかさを保った特殊繊維服と分かる。

 ナ・パーム統合軍惑星同盟の特殊機関の戦闘用コスチュームだ。

 胸元のラプンツィルの翼バッチは【特殊機関セクター30】を意味する。


 階級は上級大佐。

 黒髪の彼女の名はハーミット。

 セクター30の最新型深宇宙探査船トールハンマー号の艦長だ。


 しかし、その上級大佐の階級はあくまでも仮。

 内実はナ・パーム統合軍惑星同盟のセクター30の機関が臨時的に上級大佐という階級を用意しただけ。雇い入れたハーミットに対して、ある条件と引き換えに仮初めの階級を与えたにすぎない。


 そして、当然だが、艦長として雇われたハーミットは、普通の存在ではない。


 宇宙海賊のハートミット・グレイセス。

 この名が正式だろう。

 ナ・パーム統合軍惑星同盟と銀河帝国軍の両方の星系で暴れている【八皇】という名の宇宙海賊の一人。

 賞金額は数多ある銀河の中でもトップクラスだ。

 同時に女ドワーフには内緒で、惑星セラで、とある海賊団を率いて暴れている。


 そんなハーミットことハートミットに対して、女ドワーフは正しい姿勢を維持しながら、


「艦長、戦闘型デバイスと推測できるエレニウム量と、バイコマイル胞子を、ここから東の位置で再び確認しました」


 艦長ハーミットに報告していた。

 女ドワーフは、この惑星の生命体に偽装している。

 

 内実は人間型を基軸としたハイブリッド種。


 そして、銀河騎士マスターの弟子の位にあたる銀河戦士カリームの超戦士。


 そのナ・パーム統合軍惑星同盟の特殊機関セクター30が誇るカリームの中でも、選りすぐりのメンバーの一人なのだが……。

 そんなハイブリッド種の彼女とて、この未開惑星セラの環境は、あらゆる意味で厳しく、単独潜入任務は酷な任務といえた。


 その単独任務中の女ドワーフの姿を、涼しげに見ているハーミットは頷く。


「……やはり、移動したようね」

「はい、エレニウムストーンから離れた理由は不明ですが、選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスは、もうこの都市をメインに活動をしないようです」


 その報告を聞いたハーミットは眉をピクッと反応させる。


「……本当の選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスか不明だけど、遺産神経レガシーナーブの反応の通りなら……エレニウムストーン以外の目的があるってことかしら……」


 ハーミットはシュウヤ・カガリこと選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスの行動原理を探ろうとする。

 しかし、巨大岩石惑星セラの軌道上を移動している宇宙艦の中では、さすがに詳細な分析は無理であった。


 もっとも、近距離の位置からカレウドスコープで彼を見たところで、彼の詳細は見ることはできない。

 神々や、個々の生命体が持つ鑑定として最強クラスの能力<アシュラー運命の系符>や<アシュラーの系譜>でさえ弾くのだから。


「そのようです」


 女ドワーフの言葉を聞いて、ハーミットは若干の苛立いらだちを抑えながら、


「でも、その怪しい銀河騎士かもしれない存在が持っているデバイスは、古い初期の頃に作られた未知の戦闘型デバイスなんでしょ? 壊れている可能性もあるんじゃ? 偽物とか」


 と、部下の女ドワーフに語る。

 女ドワーフはいぶかしみながらハーミットをにらむ。


「……壊れている可能性は否定できません。しかし怪しい槍使いといえど、遺産神経レガシーナーブに適応したことは確実です。そちらでも、その証拠が検出されていると思いますが」


 女ドワーフの報告に、艦長席の隣に立つ副長スコット・レディグルスが即座に反応。

 魔科学士官のオペレーターに目配せする。

 瞬時に、艦長ハーミットの眼前に惑星セラの立体的な地表画像が表示された。


 超巨大なマハハイム大陸の一部がズームされていく。

 南マハハイム地方の小さい地方がアップされた。

 シュウヤたちが現在活動中の樹海地域と、飛翔ひしょうするモンスターたちの食物連鎖が映るのみ。


 バイコマイル胞子の値らしい波形と怪しげな数値が左に羅列表示されていく。


 ……本当にそれらしい反応を示しているから困る。

 でも、いくらでも可能性は推察できるからねぇ……。

 彼女は本気のようだけど、案外、伝説なんてものはあっけない代物だったりするものなんだけど。


 だって、わたしはこう見えて未知の銀河に行ったことがある。

 そして、未知の古代技術が詰まった第一世代の技術も見たことがあるし。


 と、内心呟くつぶやハーミット。


「貴女を見たその怪しい人物は、カレウドスコープを見ても動揺しなかったんでしょ?」

「はい、部下も多く、接触しようにも……」


 女ドワーフは表情を暗くした。


 彼女には悪いけど、伝説の戦闘デバイスではないと思うのよねぇ。

 この惑星自体が、おかしい。

 次元軸がやけに重なる異質な星だし。

 だから何かしらの作用で、バイコマイル胞子を体内に宿した人物がいるってことよ。

 または、遺伝子改造を受けた特殊な人造人間とか。


 この星系外の未知の異星人が、この惑星を調べに来て秘密裏に活動しているとか。

 あるいは、伝説とか関係なく、戦争中で行方不明となった銀河戦士カリームの超戦士が、この辺境惑星にたどりついて生きているとか。


 でも、それなら、古い伝説の戦闘型デバイスをこの惑星に持ち込んだ、本当の選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスが、こんな遠い辺境の星に辿たどり着いている可能性もあるってことかな。


 優秀なサイキッカーや魔格闘ができるモノは多種多様だし……。

 この星の住人が進化している可能性もある。

 だから、セウロパには、悪いと思うけど、眉唾物だと思う。


 ハーミットは、そう考えながら、自身が考えていることはしゃべらず、


「……そうね。バイコマイル胞子の強い反応を幾度となく、この艦のセンサーも捉えている」


 女ドワーフことセウロパに合わせて、そう語るハーミット。


「ですから、ペルネーテで彼を待ち続けても、無駄かと思いますが」

「……セウロパ、都市の外に出るつもりなの?」


 女ドワーフことセウロパは、艦長ハーミットの問いにうなづきながら、


「はい」


 と短く答えた。


「都市の外は危険すぎる。こちらの武器が通じない相手もいるというのに……許可はできないわ」

「しかし、今は反応を示していますが、この反応もこの惑星で過ごしているといつ消えてしまうか……心配です……銀河騎士マスターも、帝国との戦争で極端に少なくなった今だからこそ彼のような存在が我々には必要なのですから」


 セウロパは強く語る。

 ハーミットは、女ドワーフの姿を見て、まばたきをした。


 一瞬だけ、女ドワーフの本当の姿が、背後に重なって見えたからだ。

 そんな些細ささいな動揺は表に出さず、


「でもねぇ……」

「艦長? こんな辺境の未開惑星で、対帝国に向けて超貴重な〝伝説の銀河騎士〟という存在を失ってもいいのですか?」


 そのハーミットはハッと本音が出そうな表情を直して、


「……勿論、失いたくはない」


 そう凜々しく語るハーミット。

 しかし、彼女の内心は、


 伝説の銀河騎士ね。

 さっきから、本当にセウロパは信じているようだけど……。

 いくら銀河戦士カリームの超戦士だからってねぇ。


 銀河騎士マスターも、もう四世紀以上姿を見せていないってのに。

 ナ・パーム統合軍惑星同盟の上層部もこんな戯言を信じているから戦争に負け続けているのよ。


 と、馬鹿にし、ハーミットは古い伝説のことは信じていない。


 だけど、この優秀な艦と一部のクルーは、正式に、ナ・パーム統合軍惑星同盟から手に入れたい。

 海賊らしく強引に奪うのも一つの手法だけど、他の特殊機関セクター30の連中に睨まれるのも嫌だし、補給物資の件もあるから、表面上は真面目にやりとげないと。

 そして、伝説の銀河騎士の確保に失敗しても、最終的に遺伝子改造を施したそれらしい偽物を用意して差し出せばいい。

 わざわざ、ナ・パーム統合軍惑星同盟の上層部は補給物資まで用意してくれているようだし……好機は逃さない。

 ふふ、絶対に、この最新鋭の宇宙船トールハンマーを頂いてやるんだから。


 そう考えるハーミット。

 宇宙海賊の彼女にとって、ナパーム星系の覇権なんて、どうでもよかった。

 最新鋭の宇宙船の改造と、自身の改造に、未知のお宝探索&貿易&略奪の方が、彼女にとって重要なのだ。


 そんな思いは一切表に出さず、艦長然としたハーミットは、


「しかし、貴女、セウロパも遺産神経レガシーナーブに反応し、バイコマイル胞子を扱える貴重な戦士に変わりはないのよ?」


 と、真面目な面を浮かべてセウロパを褒めるハーミット。

 そんな遺産神経レガシーナーブだけど、わたしも移植に成功した者の一人なんだけどね。


 とは、セウロパに語らない。


「リスクは承知です。もとより危険な単独での、この星の潜入任務です」

「……それはそうだけど」


 と考え込むように語るハーミット。

 だがしかし彼女の内心は、セウロパ~ん、真面目にがんばって追いかけて、その銀河騎士さんを捕まえてね♪ わたしの船のために♪ と考えていた。


「貴重なのは分かってます。遺産神経レガシーナーブに適応した見習い戦士の一人として自負はあります。しかし、わたしの存在など、比較にならないほどの存在が選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスなのです」


 セウロパの言葉は本気だ。

 その言葉を聞いて、眉を寄せたハーミット。


「……」


 ハーミットは沈黙しながら……。

 はぁ、本当に、真面目な子。


 この子は伝説を信じているのね……。


 でも、上層部も、わざわざわたしに依頼して船までくれる契約だからねぇ。

 わたしも少しは信じてみるか。


 と思考しながら、


「……今はなき、フォド・ワン・ガトランスマスター評議会が残したという古い伝説のアウトバウンドプロジェクトだっけ?」


 と、聞いていた。


「はい、古いディスクに残っている資料によると、当時の銀河騎士マスターの一人だったアオロ・トルーマーが提唱し、当時の研究機関に開発させた初期型戦闘デバイス」


 ハーミットはセウロパの言葉に頷く。

 そして、現在でも通じるカレウドスコープもその研究機関の博士が開発したようだし、当時としては最先端技術の塊。


 と、思考しながら、セウロパの言葉を待った。


「……その古いデバイスと関連した遺産神経レガシーナーブに高レベルで適応したであろう存在です。しかも、我々の知る遺産神経レガシーナーブではなく、遺産高神経レガシーハイナーブと呼ぶべき代物と推測されます。ですから、伝説のアウトバウンドプロジェクトの超貴重なサンプル……このまま反応を失えば……」


 本当に古き銀河騎士マスターが提唱したモノが関係しているなら、金になりそうね。

 ということは、古代の宇宙船も見つかるかもしれない。


 この事実を知れば、銀河帝国のセーモス卿辺りも興味を抱くかもしれない。

 でも、あいつは嫌いなのよねぇ、魔力云々を超えたサイキックが強すぎる。


 無難に依頼を完了させるか。

 ナ・パーム統合軍惑星同盟に恩を売りながら情報屋のイングサースに貴重な情報を売るだけに留めとくかな。


 と、宇宙海賊らしくハーミットは考えながら、


「そのエレニウムストーンは、その次元軸がどこかの世界と繋がる異質な都市から産出されているのだから、選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスも戦闘型デバイスを発展させるために、また、その都市に戻って、エレニウムストーンの回収活動を続けるとは思うけど」

「どうでしょうか。部下にエレニウムストーンを集めさせていたようですが、最近は、その部下たちも、ここから姿を消しました」


 実際に都市から離れているし、遺産神経レガシーナーブの意思に背くほどの強者ってことね。

 サイキックレベルはどの程度なのかしら……。


「……分かったわ。待つのも飽きたし、セウロパ。第一級装備品使用を許可します。惑星保護条約も無視していいから、その選ばれしフォド・ワン銀河騎士・ガトランスとの接触を許可します」

「ありがとうございます! ナ・パーム・ド・フォド・カリーム!」


 セウロパは現在は形骸化した新カリーム授与式で行うポーズを取る。

 これは彼女が知る最大限かつ尊敬と親愛の意思を込めた敬礼でもあった。


「でも、消えるように移動するのよね。接触できる自信はあるの?」

「……」


 セウロパの表情は暗い。


 ふふ、暗い彼女に悪いんだけど、わたしが先に接触したらどんなことになるかしら。

 わたしも彼女に内緒で、この惑星で活動中なのよねぇ。


 と、わらうハーミットこと、ハートミット。


 ◇◆◇◆

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