五百十一話 ありがとう

「……これは魂王の額縁。今、この中に格納したアヒームのように……ま、見れば早いかな」


 片手を魂王の額縁に触ったままのラファエル。

 魔力を、その額縁に注ぐと同時に、


「……力を解放するけど、驚くかもしれない――」


 ――ラファエルは片方の眼球に指を突っ込んだ。

 ――まじかよ。

 血濡れた眼球を取り出し、その眼球の表を俺に見せるように掲げた。


 魂王の額縁が自動的に回転しながら浮かぶ。


 彼の眼球は義眼のアイテムだったのか?

 と思ったが、眼窩の奥から血を纏う魔族が持つような眼球が義眼の代わりに納まった。

 その眼球が剥くと、彼の双眸は元通り。


 すぐにカレウドスコープで彼の身体をスキャンした。

 が、頭部に蟲の気配はない。


 筋力以外の数値はどれも高かったが……不思議だ。

 

 一方回転している額縁の中では、パズルのピースのような多種多様な小さい部品たちが蠢いていた。

 そのピースたちそれぞれに意識でも宿っているように組み合わさり立体的な小劇場を作り出す。


 小劇場の中では、不可解な生物たちが暮らしているミニチュア模型の世界が広がっていた。


「ンンン、にゃお~」


 黒豹ロロも興奮して鳴く。

 凄いな。玩具チックだが、額縁の中は奥行きがあるし、もう一つの異世界か?

 

 ゲートとは、また違うが……


「この魂王の額縁の中には、他にも沢山のモンスター、生物たちが暮らしているんだ。中には凶暴なモノも居る。治療が必要な可哀想なモンスターも居るんだ」


 あの異世界のような場所にモンスターたちが暮らしているか。

 そして、義眼のようなモノを見ながら、


「その義眼のような魔眼と連動している?」

「そう。これはこれで意味・・がある」


 意味か。それも気になるが、やはり額縁と関係した戦闘職業の名が気になった。


「ほぅ、戦闘職業を聞いても?」

「戦闘職業の名は、魔拡群絵師という名さ。珍しい部類のようだね。ま、珍しい戦闘職業は皆、個性豊かな名がつく」


 ヴァーミナの使徒になりかけていたクロイツも魔眼のようなモノを持っていた。


 彼の持つ魔眼アイテムは、何かの部隊印のようにも見える……。

 印籠のようなマークだ。


 その部隊か何かを意味するような魔眼のことは、告げずに……。

 相棒をチラッと見てから、牽制を込めて、ラファエルを強く睨むように見る。


 俺の視線を受けたラファエルは、ぎくりと肩をすくめた。


「その魂王の額縁にモンスターを閉じ込めることも、できる。ということだよな?」


 相棒を吸い取ったら戦うという意味を込める。


「……そうだ。そこの凄まじい魔力を秘めた相棒さんには、けっして、手を出さないと誓う。信じてくれるか分からないけど」


 怯えながら話をしているから本当のことだろう。

 少し安心してから、


「治療が必要なモンスターとは……」


 と、聞いた。


「不思議に思うかもしれないけど、僕は彼らモンスターの一部と意思疎通ができる。だから、魂王の額縁で安静にしている『タータン』に貴重な薬をあげたいんだ。薬はこの地下にあるはず。その薬の名は〝ラデランの応力錐おうりょくすい〟」


 錐? 刺とか、注射器風の薬なのか。

 その薬の件は置いとくとして……


「魔拡群絵師は、魔物使いとしての意味もあるってことかな」

「そうだね。だから、そんなモンスターたちを救う活動を続けていたら……いつの間にか、【ミシカルファクトリー】、【幻獣ハンター協会】、【未開スキル探索教団】、【魔獣追跡ギルド】、【冒険者ギルド】と、もう、ありとあらゆる組織の方々と対立することになってしまった」


 だからか……。


「クナが、君を闇のリストと呼ぶ理由だな」

「そう言うクナちゃんこそ! 闇のリスト中の中心人物でしょうに」


 まったくもってその通り。

 笑う。

 俺の笑みを見て、ラファエルは少し微笑んだだけで、表情を暗くして、視線を斜めに向けた。

 そして、ゆっくりと頭部をあげて、真剣な表情を浮かべてから、


「僕は、そういった傷ついた意思疎通ができるモンスターたちを救いたいんだ……」


 ボソッとした感じで、告白をする。

 言葉の質と表情からしても、彼の想いはしっかりと伝わってきた。

 心根が優しいと分かるし、いい青年っぽい。


 闇のリストには勿体ない。


「救いたい、か。いいね。そういう想いは大切だよ」

 

 素直にそう話をした。

 ラファエルは後頭部に手を当てて、恥ずかしそうに髪を掻く。


「……ありがとう」

「で、結構色々と話をしたが、俺はとくにラファエルに用がなかったりする。だから、これからどうするんだ?」

「僕を拘束しないのかい?」


 その問いに笑ってから、


「どこに拘束する理由がある。俺の情報をゼレナード側に流さなかったんだ。それだけでも君はゼレナード討伐に協力したことになる。クナ繋がりというわけじゃないが、俺は仲間だと思いたい」

「……僕を仲間だって? 不思議だ。シュウヤ。君の神懸かった瞳を見ていると、不思議と心が揺さぶられるし、嬉しい……」


 神懸かった瞳の部分で、俺の瞳を指摘してきた。

 もしかして、カレウドスコープのことも混ぜている?

 

 あ、魅了の魔眼も内包しているからな。

 <光魔の王笏>に<ルシヴァルの紋章樹>もあるうえに、称号の力も作用したようだ。

 だったら、一時的にも勧誘をしてみるか。

 

「なら、ここが安全になるまで、俺たちと行動を共にするか?」

「勿論だよ、ついていくよ!」

「よし、だが。さっきのアヒームの力を使い、ここで隠れているのも一つの手かもしれないぞ?」

「いや、君とそこの黒豹ちゃんに見つかったように絶対ではないし……僕が隠れていた理由は、他にも幾つかある」

「ゼレナードを倒したとはいえ、俺がどんな存在か、不安だった面もあるんだろう?」

「それはそうだけど……ここの守備兵たちの強さを知っているのもある。情けない話だけど、地下に向かうのは怖かったんだ。薬も必要で、助けに行きたいモンスターもいるのに……魂王ファニールの力がある僕でも……」

「守備兵の強さを知っているとは、幹部以外にも、強い存在が、ここには居るということか?」

「そう。見た目で分かる奴は避けられるけど、一見が、普通の人族と魔族のハーフだと分からないからね」

「強い存在か、地上で戦っている眷属たちも傷を負っていたから、それなりに強いとは思うが……」

「一階の戦闘メイドたちも強い。だけど、中層からの魔兵士たちはそれ以上なんだ。幹部以上に強いモノが中に混じっているから厄介なんだ」


 まじか。

 ユイ、ヴィーネ、ジョディに沸騎士なら勝てると思うが……。


「幹部より強いとは」

「ゼレナードだからこそ従っていた連中だよ……意思疎通はケマチェンでさえできなかった」


 まだそんなモノが居るとはな。

 地上で暴れている敵側に魔族関係の者がちらほらと見かけたが……。


「……僕が隠れていた理由の一つ。その魔兵士たちは暴走していると思うからね。だから、シュウヤが地下に向かうなら、ついていきたいんだ」

「いいよ。揺れているロロディーヌも同じ気持ちのはず」

「ン、にゃお~ん、にゃ、にゃ」


 と、ロロディーヌは長く鳴いて遊んでいる。

 だが、月狼環ノ槍から出た幻影狼たちに身体を噛まれていた。


 幻影狼たちにとっても遊びで、甘噛みだと思うが……。

 黒豹ロロは傷を負い、血を流している。


 そんな傷は零コンマ数秒で回復しているが……。

 幻影狼たちめ、野獣すぎる。

 ロロディーヌも神獣だが野性味はあるか……。


「相棒、そろそろ準備しろ。それはどこかに刺しておけ」

「ンン――」


 相棒はネコ科独特の聞こえるか聞こえない音程の喉声を発すると、月狼環ノ槍を投げ捨てるように、部屋の壁に向けて<投擲>した。

 ダイナミックな触手の<投擲>から放られた月狼環ノ槍は壁を突き抜けランナウェイ。

 廊下に飛び出て、その壁に深く突き刺さっていた。


 突き抜けた内壁にできた巨大な穴から、月の形をした柄頭が左右に激しく揺れているのが見える。


「はは……」


 神獣の月狼環ノ槍の<投擲>を見て、また怯えてしまったラファエル。

 そのラファエルを見て、ユイとヴィーネの血文字連絡を思い出す。


 古代狼族たちの秘宝を敵の幹部から聞き出そうとしていた。

 ロンハンは尋問せずに速攻で殺したようだな。


 ラファエルなら、秘宝のありかを知っているかもしれない。

 そして、他にも、ナナのように捕らわれている人々が居るかもしれないな……。


 ワインセラーのような酒の保管場所をもう一度見たかったが、仕方がない。

 秘宝を探しつつ、ナナのような子と出会ったら救おう。


 との思いから、


「ラファエル、ロンハンが回収し、保管したであろう秘宝類がどこにあるか知っているか?」

「……地下宮殿の傍にある地下の保管庫のことかな。いつも通りなら、たぶんそこだと思う」

「お、なら案内してくれると、助かるんだが」

「うん、任せて」


 魂王の額縁を浮かせた状態で歩こうとしたラファエルに向けて、


「なぁ、白色の貴婦人側の幹部クラスはどれくらい居るんだ? ケマチェン、フェウ、ロンハン、ダヴィ、戦闘メイド長は、俺の眷属たちが殺したが」


 そう告げると、ラファエルは足を止めて振り向く。


「え? エマサッドを殺したって? 本当に、あんな強い存在を倒せるモノ……なのか。だけどゼレナードは倒されたし……」

「そのエマサッドってのは、戦闘メイド長の名かな?」

「そう、セブンフォリア王家トロイア家の支流の一つブロアザム家の三女。元軍罰特殊群の五番隊隊長だった女、鬼強いメイド長を……」


 <筆頭従者長>のレベッカとミスティに四天魔女キサラが居たんだ、当然の結果だろう。

 それに新型魔導人形ウォーガノフのゼクスも居た。

 

 しかし、セブンフォリア王家トロイア家の支流の一つブロアザム家か。

 南の大国らしいが……。


「そんな王家の者を従わせていたのか、ゼレナードは」

「そうだよ。ゼレナードは洗魔脳もあるし秘密の神ソクナーと勝手に交渉した賢者であり、大魔術師」


 大魔術師ゼレナードはソクナーの杖を使っていたから直に神と交渉できる存在か。

 アドホックはグレイホーク家らしいが……。

 ま、強いわけだ。


「だから八賢者に追われていたとか聞いたけど、シュウヤに倒されるまで生きていたから、実際は違うのかも。でもどちらにせよ。ゼレナードはめちゃくちゃ強いし転移もあるから、ずるいんだ。というか、よく倒せたよね……。シュウヤってやはり戦神ヴァイスの戦神官とか? 違うとしたら、<隠身ハイド>が優れているし正義の神シャファの秘密裏な執行機関【義遊暗行士】とか【暗行衛士】だったりするんじゃ?」


 【義遊暗行士】に【暗行衛士】?

 正義の神シャファから楽器は頂いたけど。

 ペルネーテ出会った戦巫女イヴァンカからも、それらしい名は出なかった。

 まぁ、彼女とは短い関係だったからな。


「その【義遊暗行士】と【暗行衛士】は知らないし戦神官でもないから。しかし、そのブロアザム家に三女のエマサッドも優秀そうだが、どうして捕まったんだ」

「盗まれた王家の秘宝を取り返そうと、極秘任務中の際、襲撃を受けて捕まったらしい」

「詳しいな」

「うん。エマサッドは、どうしてか、執拗に僕を虐めてきたんだ。憎たらしい……美人だったけど。許せない。だから仕返しをしようかと狙っていたんだ。けど、死んじゃったなら仕返しは無理。残念だ……だけど、何か生きている予感がするんだ」


 執拗にか。

 それはラファエルがイケメンだったからかもしれない。

 ま、内情はしらんが。

 さすがに眷属たちの攻撃とキサラのダモアヌンの魔槍を一撃を喰らっては、生きていないと思うが。

 ま、分からない……。

 戦っている相手を見ていない。

 

 もしかしたら?

 との思いがあるからこそ、レベッカとミスティも、あの場所で待機している可能性もある。

 

「それで、他の幹部の名は分かる?」

「破魔のリドル、魔短剣ダブルフェイス、監獄のデラース、両刀アミギン、大弓オーガル、雷魔カジャ・ル・チャボ」


 最後の名はメキシコの麻薬王のような名前だな。

 だがもう、その大半は死んでいるか、逃げただろう。


「そっか。その連中が生きていたら対決するかもしれないが、大丈夫か? 知己の知り合いとか友達とかは」

「大丈夫。僕をいつも虐めていた二人以外、とくに交流はなかったから。だから、ぶつかった際は、僕も協力するよ。僕を虐めたカジャ・ル・チャボはまだ生きているかもしれないからね」

「助かる。そして、他にも捕らわれている人が居るなら、そこにも案内してくれ」

「分かった。囚人部屋だね。怖そうな魔兵士たちが居ると思うけど……そして、僕もさっきの件があるから、頼むよ」

「捕まっているモンスターのことと薬の確保だな」

「うん。魔物隔離部屋に行きたい」


 そういえば、クナの闇ギルドが捕らえていたモンスターたちを思い出す……。

 サーカスが興業を行うような巨大なテントが張られていた場所の地下だったな。

 檻の中には、貴重なマバオンとか黄金色のグリフォンとがが居た。


 クナも使役スキルがあるとか話をしていたし、ラファエルのようなモンスターを捕まえる専門家が居るからこそ可能だったということだろう。


「……モンスターを解放し使役する?」

「そうともいえるけど、すべては無理。僕でも意思疎通ができないモンスターは沢山いるし、それよりも僕が使役している『ゼットン』が人質に取られて、隔離されているんだ」

「そうなのか、なら行こう」

「うん、とはいえ隔離部屋は少し、ここからだと遠い。薬の保管場所もそこの近くだし、先に囚人部屋から行こう」

「そっちを優先してもいいが、いいのか?」

「当然だ。シュウヤとそこの黒豹ちゃんが居てこその、今があるんだからね」


 本当は自分の大事な使役しているモンスターを解放したいはずなのに、遠慮しているようだ。

 俺でたとえるなら、眷属やロロディーヌが捕らわれているということだろう?

 だとしたら、かなり性格がいい。

 

「分かった、ありがとう」


 俺の言葉を受けたラファエルは、きょとんとした顔つきを浮かべて、


「はは、君って男は……」

「ん?」

「いや、何でもない。僕の方こそ〝ありがとう〟だよ。まったく、君はいい男だな?」

「はは、野郎に萌える趣味はないぞ?」

「あはは、分かってるよ。じゃ、こっちだ」


 と、爽快さを感じさせる笑顔を向けたラファエル。

 俺が<鎖>でぶちぬいた扉があった出入り口に歩いていく。

 黒豹ロロがそんな彼の後ろ足に頭を衝突させて、額縁に尻尾をポンと当ててから、先に廊下に走っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る