五百十話 強情で照れ屋の英雄

「気配を察知できる技術はある」


 と、青年に答えながら隣に立つ大柄の翳に親和性を感じた。

 不思議だが、何かの暗闇に関する精霊だろうか?

 青年の隣に立つ翳の塊は人のような人ではないような……。


 俺を見た青年は額縁を触りながら、


「そっか、アヒーム。おいで」


 と、短く語ると大柄の翳の塊を見上げる。

 青年は、あの大柄の翳塊をアヒームと呼んだ。


 その瞬間――アヒームの胴体に渦が出る。

 その渦から巨大な一対の眼が開いた。瞬きをしながら大柄な翳が、頷くように姿勢が傾いた。

 驚いた。

 出現した双眸は、夜と昼が塗り込まれているような印象。

 どこか優しげな雰囲気の眼を持つアヒーム。


 摩訶不思議な翳のアヒーム君だ。


 ヘルメが彼を見たら、どんな感想を寄越すだろう。

 面白そうな推察が聞けたかもしれない。


 そんな翳のアヒームを見上げた青年。

 満足げに眺めていたが、双眸に魔力を込めた。


 片方の魔眼の虹彩が輝く。

 その直後――彼の手元にある魔法の額縁から絵の具めいたパズルのピースたちが出現。

 その絵の具は、一瞬で、アヒームの翳の身体に絡み付く。


 絵の具まみれになったアヒームは額縁の中に取り込まれた。


 アヒームを取り込んだ額縁の中にも、パズルのような亀裂が見えたが一瞬で消失。

 額縁の表面は真っ暗と化した。


 漆黒の闇に染まっているから分からない。

 片方の魔眼と、あの魔法の額縁は連動している?

 青年は俺を見る。


「驚かせたかな」

「そりゃ、驚くさ」


 今、彼の虹彩の中で回転を続けているマークは§ではない。

 違うマークが回転している。

 俺の知る古代魔法黒き塊と同じ部類ではないってことかな。


 魔眼を発動中の青年の格好は、焦げ茶色と黒を基本とした金色が混ざったローブ姿。

 

 魔法使い風の衣裳。

 長杖を背中に収めた状態だ。


 肩口から覗かせている長杖の天辺が小さい獅子の頭部。

 やや下がった右肩にひょっこりと小さい獅子が顎を引っ掛けて乗っているようにも見える。


「ンン」


 黒豹ロロが鳴きながら前足を綺麗に揃えた「エジプト座り」に移行していた。

 そう、エジプトの神様「バステト」の猫の姿だ。

 と思ったが、長い黒色の尻尾を揃えて前足に巻く。


 マフラーを装着したようにも見える。


「可愛い黒豹ちゃんを使役しているんだね」


 そう語る青年から悪意は感じない。


「おう、相棒だ」


 青年にそう答えつつ、相棒をもう一度見る。


 あの相棒の座り方だと、青年に対して、ある種の警戒か興味を持ってはいるようだ。

 黒豹ロロは、その証拠に、青年の肩口からひょっこりと小さい獅子の頭部を凝視していた。

 長杖の柄頭だろう。

 彼の肩に小さい獅子の頭部が乗っているようにも見える。


 獅子の双眸は大きい。

 魔力も内包している。

 その巨大な双眸がギョロリと動いて、黒豹ロロを見る。


「ンン、にゃ」


 黒豹ロロが挨拶した。

 長杖の頭部にある小さい獅子は生きているのか?


 ゼレナードの実験室&コレクションルームにも色々なアイテムがあったからな……。 

 肩から覗かせる長杖も生きた魔道具の可能性が高いか。

 今、長杖の全貌は彼の背中に隠れて見えないが、あの柄頭は、猫じゃらし風の毛と獣皮が無数に付いているからな。


 俺と相棒が、長杖の獅子頭を見ていると、青年は魔眼の力を止めた。

 金色の瞳に戻した青年は『戦う意思はないよ?』というように両手を力なく上げている。

 

 両の掌を見せ、甲を見せて、手で遊ぶように手首のブレスレットを揺らす。

 戦意はないことを示した。

 そんな両手の裾に覗く手首を注視。

 魔力を備えたブレスレットではない。

 その手首に真っ赤な蜥蜴たちが巻き付いていた。

 色合いで火属性と分かる蜥蜴たち。

 玄関の小さい檻の中に居た火を吐いていた蜥蜴たちだ。


「あ、このイントルーパーたちには手を出すな。と、指示を出しているから大丈夫」


 俺の手首に向けた視線に気付いた青年がそう語る。

 やはり、当初から俺の存在を視て・・知っていたんだろうか。


「戦う意思は、ないんですね」

「ないない、僕は弱いし」


 なら、聞いてみるか。


「聞きたいことがあります。よろしいですか?」

「僕に聞きたいこと? いいよ。でも本当に白色の貴婦人こと、あのゼレナードを倒した男なんだよね?」


 青年はにこやかな口調で聞いてくる。

 ダークエルフのバーレンティンのような静けさを持つイケメンではないが……。


 ぬけ感のあるイケメンだから、よけいに笑顔が似合う。

 こりゃ、モテるだろうな。


「倒した」

「そうだよね。ごめん。ゼレナードを倒した陰の英雄が、僕なんかに対して丁寧に礼儀正しく接してくれているから……つい」


 陰の英雄?

 ま、今はそんなことより、


「んじゃ、普通の態度で聞くとしよう。で、聞く前に」


 そう喋りながら、相棒の触手の一つに月狼環ノ槍を立てかける。


 すると、月狼環ノ槍を掴んだ相棒の肉球ちゃんが震えていった。

 月狼環ノ槍の穂先がぶるぶると震える。

 九環刀きゅうかんとうと似た穂先に嵌まる金属の環たちが揺れて衝突して金属音を鳴らしていく。


 月狼環ノ槍の柄の表面から月の形をしたマークが浮かんでいる。


 月狼環ノ槍は、ロロディーヌが持つことを否定しているか?

 さっきよりも振動が増していた。

 相棒も触手を増やして対抗――。


 月狼環ノ槍を複数の触手で、掴むと強引に振動を押さえ込んでいく。


「その剣のような魔槍が震えているようだけど、大丈夫?」


 青年は相棒の行動と月狼環ノ槍を、興味深そうに見て聞いてきた。

 

 さて、そんな青年に聞くとしようか。


 この本拠地に侵入する前、彼が俺の存在を知っていたのなら……。

 彼には、大きな借りがあるということだ。

 そして、英雄と連呼する彼も英雄の一人だと認識してもらおうか。


「大丈夫だ。それで、聞きたいことだが、最初の地上で視線を受けたことだ。君は、遠い位置に居た俺の存在を、感知し視て・・、俺の存在を、あの時点で知っていたよな?」


 俺の言葉を聞いた青年は金色の瞳を揺らす。

 そして、少しだけ瞳孔を散大させていく。


「……」

「……そう、あの時に知ったさ」


 やはり知っていたか。


「あの時の君は、今とは違う・・・・・気配の持ち主だった。不思議だね?」


 <無影歩>のことを指摘しているんだろう。

 今は発動していなからな。


「あぁ」


 と、頷く。


「あの時の君は、影というか無その物だった。そして……あの時点で、君も、僕の存在に気付いていたんだね……」


 声音を震わせながら語る青年は、片手を下ろして魔法絵師としての得物、額縁の端に手を当てる。

 急に警戒を強めた。


「そうだよ、だが、そう警戒するな」


 その気持ちは十二分に理解ができる――。

 だから、フレンドリーを強く意識した。


 額縁も気になるが、両腕のフリーハンドを意識しながら、外人ぽく~、と、開国してしてくださぁいよぉぉと、昔懐かしいネタを思い出しながら……。


 両手をふらふらと揺らす、ジェスチャーを行いつつ――。

 突如、思い出したペリー来航を意識しながら変な顔を作る。


 青年は『意味が分からない』といったように顔色を変えた。

 よし、警戒は解いたかな。


 そして、


「まずは、名前を名乗っておこう。ペリー、いや、俺の名はシュウヤ。そこの黒豹の相棒はロロディーヌ。愛称はロロ」

「……僕はラファエル」


 何か、訝しむ視線に変わったが、気にしない。


「ラファエルか。その額縁にアヒームを仕舞っていたようだが、他にもモンスターを使役しているようだな」


 彼の手首に絡む火蜥蜴のことを指摘した。


 ラファエルは明らかに態度が変わっていく。

 戦闘を辞さないつもりか、覚悟を決めたような面を浮かべて、魔眼を再び発動。


 魔力操作も行い、魔闘術らしき魔力を身に纏いながら相棒と俺を見比べていく。


 ヴィーネとユイを追う血鎖と、月狼環ノ槍にも、視線を向けた。

 そのラファエルは不安げな表情を浮かべてたまま、唇を動かす。


「……そうだよ。もしかして、シュウヤは戦神教の方?」

「いや違う、そこのトップ的な存在と話をして仲良くはなったが、戦神教とは敵対したといえる状況だ」

「え? 敵対ぃ? よ、よく生きているね……それじゃ仙王家?」


 戦神教団と敵対して驚くラファエル。 

 そして、その仙王家とは、仙技の<白炎仙手>に纏わる一族か。

 

 ステータスを思い出す。


 ※白炎の仙手使い※

 ※神界の〝白蛇竜大神〟を崇める【白炎王山】に住まう仙王スーウィン家に伝わる秘奥義<白炎仙手>を獲得し、竜鬼神グレートイスパルの洗礼を受けて、他にも様々な条件を達成後に覚える希少戦闘職業の一つ※


 ※仙人系戦闘職は数多あれ、水神アクレシスの<神水千眼>に棲む八百万の眷属たちに加え小精霊デボンチッチたちを通し視界を共有する水神の親戚である白蛇竜大神インが見守る中、【白炎王山】に住まう仙王家の秘奥義<白炎仙手>を獲得するという条件を満たした者は他に居ない※


 

 竜鬼神グレートイスパルなら海光都市関係と分かるが……。

 あ、洗礼って、あの時か?

 エリボルを始末する時、あの貴重なスタッフ、鍵杖に魔力を注いで水を浴びた。


 水神様繋がりらしい仙王スーウィン家と白蛇竜大神イン様の存在もよく知らないんだよなぁ。


 ※白炎仙手※

 ※仙王流独自仙魔術系統:仙技亜種※

 ※<貫手>系と<仙魔術>系に連なる貫手スキル※

 ※使い手の狭い範囲に白炎の幕を発生させると共に魔法防御と物理威力上昇効果と、物理防御弱上昇を使い手に齎す。その白炎に触れた者を仙魔の水炎で燃焼させる。白炎貫手は水属性と物理威力属性を貫手に齎す※


※水属性と魔技系を軸とした高位能力者or高位戦闘職が求められる※

※魔手太陰肺経の下地に仙丹法:独自系統の習得が必須。白炎の仙手使い獲得が条件※

※<脳魔脊髄革命>、<仙魔術・水黄綬の心得>、<精霊珠想>、<古代魔法>も必要※


 神界セウロスに住まう仙王スーウィン家とは……。

 この地上にも、その仙王の一族は居るということだろうか。


 謎だ。


「……その名に伝わる技を知っていたりするが、実はよく知らない」

「……仙王家の技を知っているが、知らないとは……神界側の勢力ではないのか……」


 ラファエルはだんだんと顔色が悪くなっていく。


「……それじゃ、真っ暗闇な魔界側か……【闇の枢軸会議】の中核【闇の八巨星】たちと繋がる【八本指】の暗殺者たち? 【魔獣追跡ギルド】の神界狩りの連中とか……【セブドラ信仰】が関与していると聞く【幻獣ハンター協会】の闇追いハンターとか?」


 クナから聞いたことのある組織名が混ざっているが……。

 初耳の組織名もある。

 ……クナはラファエルのことを、闇のリストと語っていた。

 

 ラファエルも闇側の人物だが……。

 色々な闇側の組織と敵対しているのか?

 そのラファエルは頬に氷槍でも当てられているような面を作る。


「いや、違う」


 と、否定しながら〝落ち着け〟というニュアンスで両手を動かす。

 クナのことを語れば、ラファエルは落ち着くかもしれない。

 俺は黙っていたことの礼を言おうとしているだけなんだが……。


 そして、相棒に視線を目配せしながら、ラファエルに視線を向けて、一言、二言を意識するように、


「ラファエル。君は〝闇のリスト〟だよな。クナという名は聞いたことある?」

「ある!」


 ラファエルは一瞬喜ぶ。

 が、頭部に疑問符を浮かべるように首を傾げていた。


「けれど、死んだと聞いたよ。クナちゃんは……」

「そうとも言えるが、死んだクナは分身体のクナだったんだ」

「分身?」

「そうだ。分身は本体と入れ替わって、本当の本体になりすましていたようだな」

「うん、なるほどね。実にクナちゃんらしい。それで本物か怪しいクナちゃんの方はどうなったの?」

「本体のクナは閉じ込められていたんだ。俺が助けた」

「どちらにせよ、生きていたんだクナちゃん! よかった。でも、僕が知っているクナちゃんは、いったいどっちだったんだろう」

「……本物だと思う。ラファエルが分身のクナと知己だったとしても、閉じ込められていたクナの方は、分身から記憶を得ていたらしいから、どっちでも変わらんと思うぞ」


 ここで、『偽物のクナは俺が殺した』とアルカイックスマイルで発言しない方がいいだろう。

 不安を助長させてしまう。

 ラファエルは頷くと、


「そっか。一応、確認。僕の知るクナちゃんは、暗黒のクナと闇社会では呼ばれていて【茨の尻尾】の幹部でもあるけど、無数の闇ギルドと繋がっていて、裏の流通網の幾つかを牛耳っていた。そして、実はクシャナーンという魔族だったりする。闇神リヴォグラフの七魔将が一人紫闇のサビードに仕えているフリもして、変身もできて、凄い物知りな魔法使いの魔族のクナちゃんだ」


 そりゃ、確実にクナだ。

 分身と本体……。


 そのどっちのクナとラファエルは知り合っていたのかは、不明だが。

 

「……そうだよ。そのクナで間違いないと思う」

「ということはクナちゃんが……ゼレナードの討伐を目論んだ?」

「いや、クナが指示したわけじゃない。俺が直に動いた。たまたま、古代狼族の都市に潜入していた白色の貴婦人勢力を捕まえたことからゼレナード討伐に繋がった」

「……え? たまたま、が、きっかけで、ゼレナードの討伐?」


 と、たどたどしく語りつつ、語尾が高い声音になって驚くラファエル君。

 シェーっといったような腕のジェスチャーを取る。

 

 イケメンだけに何のポーズを取っても似合うかもしれない。

 ヘルメが見たら、〝ラファエル立ち〟と命名しそうだ。


「事実だ」


 俺は短く語る。

 すると、ため息をついたラファエル。


「……何か、神懸かった物語をめていそうだね、シュウヤは……」

 

 鋭い視線で語るが、なにかの隠語か?

 ラファエルは、月狼環ノ槍と神獣ロロディーヌの姿を見比べていく。


 更に、魔眼を発動させた。

 俺の腰にぶら下がる血魔剣と奥義書の魔軍夜行ノ槍業を、その魔眼で睨む。


 血魔剣は、称号:外魔ノ血ヲ刻ム者と関係する異界ヴァンパイアの代物だ。

 ソレグレン派の系譜と吸血王サリナスの系譜があるし、怪しむのは当然。

 

 そして、魔軍夜行ノ槍業は完全に魔界と関する奥義書だ。


 最後のこれら品物を睨む彼の視線は省くとして……。


 彼の『神懸かった物語を秘めていそうだね』の言葉は……。

 俺と古代狼族との関係と神姫ハイグリアを意味している?

 もしくは、嘗て、この月狼環ノ槍の使い手だったアルデルの話とか。

 

 悲憤だった呪いの聖杯伝説と兼ねているのかもしれない。


 彼の魔眼系の力がアシュラーの系譜のような力を持つなら……。

 単純に、今、起きているすべてのできごとを考えての言葉かもしれない。


 相棒が持つ月狼環ノ槍を見ながら、強く、頷いた。

 

 最初の古代狼族の都市に入っていく導きから……神懸かった物語だ。

 だから、呪槍だとしても、黒豹ロロが揺らしている月狼環ノ槍は神話ミソロジー級かもしれないな。

 

 聖ギルド連盟の絡みといい……うすら寒くなる。

 そんな思いは顔には出さず、


「……ま、そうかもしれないな」


 と、間を空けた。そして、


「この月狼環ノ槍はアルデルと関係しているし、そのアルデルは旧神ゴ・ラードや白色の貴婦人から小月ウリオウ様の聖杯を守るためとはいえ……自らの身を犠牲とし、呪いの聖杯を逆に作ってしまったらしいからな」


 そう俺が話をした瞬間――。

 ラファエルの目が見開く。


 魔眼系の金色の双眸を揺らしたラファエル。


「……今、さり気なくだけど、ものすごーく重要な真相を告げている?」

「俺は興味ないが、ま、好きに深読みしたらいいさ……」


 そのタイミングで、俺は、彼の持つ額縁を見た。

 

 クロイツが持っていた額縁とは形がまったく違う。

 絵柄は闇一色で分からないが、分厚い額縁だ。


 モンスターを多数使役するタイプの魔法絵師が持つ、特別な額縁だとは推測できた。

 その魔法絵師のことを聞く前に、俺のことを黙っていてくれたことに対して礼を言うか。


 視線をラファエルに戻し、


「俺のことを知りつつ、ゼレナード側に黙っていてくれて、ありがとう」

「うん、僕も期待していたんだ。もしかするとってね」


 笑顔がイケメンだ。


「期待に沿えたかな」

「あぁ、勿論だ。ゼレナードを倒してくれて助かった。僕を救ってくれてありがとう」


 ラファエルは胸に片手を当て、紳士的に礼をしてくれた。


「おう」


 と、ラ・ケラーダで答えると、彼は不思議そうな表情で、師匠譲りの胸マークを見てから、


「……だから、君は英雄だ」

「仲間を救うために行動を起こしただけだ」

「君の心理を聞いたわけじゃない。その行動、というか、行為が英雄なのさ」

「しかし――」


 ラファエルは、俺の否定しようとした言葉を遮るように手を伸ばす。


「――だめだ。僕たちを救ったんだ。ちゃんと話を聞いてもらう」


 俺に同意を求めずとも喋りたそうにするラファエルだ。

 俺は『いいぞ、喋れ』と意思を込めて顎先をクイッと動かし、話を促した。


 ラファエルはすぐに強く頷く。

 すると、しかめっ面を浮かべ出す。

 俺に対してじゃないだろう、何かを思い出すように、視線を斜めに向けるラファエル。

 

 それは死んだゼレナードに対して、因縁を超えた恨みの感情を込めたような面だった。

 紋章を打ち込んだ相手はケマチェンかもしれないが、そんな印象を抱かせる。


 ラファエルは首を傾けて……斜め下の方を見てから……ゆっくりと首を上げ、俺を見てくる。


 最初は眉を寄せて、感情を押し殺した表情を浮かべていたが……。

 真に迫った表情に変わっていく。


「……何回でも言うけど、シュウヤがあいつを倒してくれたことで、僕たちは救われたんだ。白い貴婦人勢力に捕らわれている人々、いや、樹海地域に住まうすべての者たちにとって、君は、英雄で、救世主なんだよ。ゼレナードに従うしか生きる道がなかった極悪人たちも、君のようなシュウヤと仲間たちに倒されて本望だったろう」


 ラファエルは、暗に、他にも捕らわれている人々がいると告げている?

 俺が助けたナナのような存在は、まだ居るのか。

 しかし、救世主とか勘弁だ。


「……他がどう評価しようと、俺は俺だ、救世主じゃない」

「強情だね。でも、英雄というか……男とは、本来そうあるべきなのかもしれないな」


 イケメン君ことラファエルは、俺を見ながらそう語るが……。

 ま、正直に語るか。


「……俺は本当に英雄って柄じゃないんだ。血を好むヴァンパイア系の新種で嗜虐を好む闇の面がある。しかし、光を否定しているわけじゃない。小さい正義を目指す者でもある。その小さい正義が……英雄と呼ぶべきものなら英雄なんだろう」

「小さい正義か……僕の友だちも同じようなことを喋っていたよ」


 へぇ、気が合いそうな友だちだな。

 俺の小さいジャスティスポリシーと合うとは。


「いい友だったのか?」

「……うん。僕は……本来なら……その友のように、生きなければいけない……」


 ラファエルはたどたどしく悲しげに語る。

 彼も、この施設にずっと捕らわれていたわけじゃないだろうからな。


「僕の友はね……このような混乱とした世だからこそ、善の行動を取りながら善を否定する悪、小さい正義を持つ悪が必要なのかもしれないな。と、語っていたんだ」


 善でありながら善を否定する男か。

 やはり気が合いそうだが、ラファエルの語るニュアンスだと、その友は死んだ?

 ま、深くは聞くまい。


「そうだな」


 ラファエルは俺と同期したように頷く。


「そうだよ。シュウヤがゼレナードを討ったように、小さい正義の心を持つ悪者が、巨悪の築いた悪の帝国を破壊する……なんて、壮快で気持ちいいできごとなんだろう」

「白色の貴婦人の勢力は、帝国って感じはしないが」

「いや、ゼレナードが、アルゼの街から大量の魂を得ていたら、どんなことになっていたのやら……」


 たしかに、そうかもしれない。

 ゼレナード&アドホックは国を相手に勝てると踏んだからこその仕掛けだろうしな。

 アルゼだけでなく、ハーレイア、サイデイル、ヘカトレイル、ペルネーテ、ベンラック、ホルカーバムとか、各都市も巻き込まれていたかもしれない。

 

 放置していたら、とんでもないことになっていた可能性がある。


「……」

「理解したようだね。君がやった行為を。だからこそ、シュウヤのような善悪の気概を持つ者が、この世には必要なのかもしれない……」


 ラファエルの的を射る発言だ。

 少し照れながら……、


「ま、英雄という言葉に乗っかると、樹海という混沌とした場所にサイデイルという小さい平和を築こうとして奮闘している最中だからな」

「はは、照れた顔を浮かべて、それこそ本当の英雄じゃないか。まったく強情で照れ屋の英雄だよ。ほんと凄い男に救われたな。僕は!」


 ラファエルは舞台で演劇するようなジェスチャーを取りながら、ニコッと笑う。

 皮肉が混じっているようにも感じるが、ま、いいか。

 

「はは、で、ラファエル、その額縁が気になるんだが、力を見せてくれないか?」


 と、自然と聞いていた。

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