四百九十八話 風林火山

 ◇◆◇◆



 シュウヤとユイが本拠地に到着した頃。

 アルゼの街を治める領主フレデリカ・ゼン・トニラインの館では騒ぎが起こっていた。その原因は<従者長>カルードが率いる部隊がフレデリカの屋敷に潜入し、白色の魔法陣が敷かれた部屋を占拠したからだ。


「カルード、衛兵たちが集結していますよ」


 鴉は窓枠から外の様子を見ながら語る。


「仕方ない」


 カルードは短く答えた。

 彼の近くに居る墓掘り人の吸血鬼、赤髪のサルジンが、



「白色の貴婦人側の衛兵は処分したが、さすがに部屋の占拠は目立つ」


 と、発言した。


「そうね」


 サルジンの言葉に頷く鴉。

 黒いベールで口元を隠す鴉が再び窓から外を覗いた直後――。

 外に集まっていたオセベリアの射手部隊が、その鴉の顔を見て、矢を放つ――。

 鴉の頭部に矢が迫ったが、鴉は狼狽えない。

 口元のベールが風を孕んで持ち上がり、口を晒す。

 その口角は上がって笑顔を見せていた。

 体を部屋に戻しつつ矢の機動を瞳に捉えながら鴉は<血隠・仰角>を発動――。

 その鴉は頭部を隠す必要もない。

 一瞬で影のように体を消失させた。


 矢の群れは、虚しく消えた鴉の頭部を通り抜ける。

 石製の窓の端に衝突した。

 鏃たちが硬い石に跳ね返る音が響く。


「……ふむ」


 対アルゼ方面部隊の隊長としての<従者長>カルードは消えた鴉を見て静かに頷いた。

 頷くカルードの前には白色の紋章魔法陣が床に敷かれてある。


 この白色の魔法陣はマイロードの指示が来たら破壊しなければならない。しかし、今は守らなければ……。


 と、思考するカルード。


 この保管庫の前には衛兵が居たが、サルジンの手に掛かり死んでいる。

 何も変哲もない保管庫を守るにしては、不自然な態度の衛兵たちの姿はカルードたちにとって分かり易かった。


 勿論、死んだ衛兵は白色の貴婦人側が用意した捨て駒の兵士たちだ。


 そんな衛兵が守っていた保管庫には錬金術の素材が多く保管されている。

 壁と天井は石製で、扉は木製だった。


 部屋の耐久性はそれなりある。

 しかし、さすがに籠城をする場所ではなかった。

 カルードは振り向き部屋の扉を見た。


 氷の能力で補強されている扉を見て、


「この扉をオセベリア兵に突破されても殺さず対処はしたいが……」

「……トーリの<氷烈刃網>で扉と魔法陣は固めていますから当分持つはず。しかし……」


 カルードに向けて言い難いように話をしたのはスゥン。

 彼は墓掘り人の副隊長に位置するソレグレン派の吸血鬼だ。


「籠城に不向きと言いたいんだろう」

「はい」


 スゥンはカルードの問いに即座に頷く。


 スゥンはハルゼルマ家からの逃亡者。

 昔の人族の名はヒレカン。

 シュウヤは、彼の顔を見ただけで尊敬を抱いたように渋い表情を持つ。


 そんな頭部が見事に禿げている彼の指元が煌めいた。

 それは特別な指輪だ。


 名はリングオブガイガー。


 この指輪の能力を『いつでも使える』という意思表示の煌めきでもあった。

 カルードはその指輪を輝かせたスゥンと氷を扱うトーリに向けて、


「トーリ殿の氷のお陰で扉は分厚くより頑丈となった。だが、この扉をフレデリカ側が打ち破り、この保管庫の中に強行突破を図ってきた場合……フレデリカ側に死人が出ても止むなしと判断しよう。最悪、打って出て領主フレデリカを人質に取る」

「……強気ですね」


 薄い眉をピクリと動かしたトーリが発言した。

 そのトーリの隣の、赤髪のザ・モヒカン男は『期待通りだ』と気持ちを込めて嗤うと、口を動かす。


「その言、忘れるなよ……」


 モヒカンで赤色の髪を持つサルジンは自らの闘志を示すように力をこめて語る。

 両手の指爪を剣のような形に変えていた。


 目を細めて見ているカルードは、


「この街の人族を守るためでもあるのだが、今は説明に時間をかけていられない。最優先事項は『指示があるまで、この白色の魔法陣を壊すな』というマイロードの命令だ……ノイルランナーたちの救出と、マイロードの潜入を、この魔法陣を設置した真の敵側・・・・に気付かせるわけにはいかないのだからな」


 皆、カルードの言葉を受けて頷く。


「……隊長はあんただ。その指示には従う……が、俺は攻撃を受けて我慢し続けるのは性に合わねぇんだよ……」

「サルジン、お前にも鑑定眼があるだろう。調子に乗るな」

「……」


 スゥンの言葉を聞いて睨みを強めるサルジン。


 そんなサルジンの強い睨みを受けたスゥンだったが屁とも思っていない。

 そのまま静かに魔力を自身の体に纏う。


 質の高い<血魔力>だ。

 シュウヤの知る、魔闘術、導魔術、とは少し違う。


 秘宝の古の外魔アーヴィンの髑髏の杯に血を注ぎ、ソレグレン派の枠組みに入ったスゥンだからこそ可能な能力の質があった。


「……我らはもう安逸をむさぼる墓掘り人ではない。神々でさえ導こうとする新しい時代の魔君主と、我らは秘宝の力を使い繋がることができた……そして、ソレグレン派の吸血鬼の末端となった。血の忠誠を誓ったのだ」



 その言葉を受けてカルードは珍しく動揺した。

 しかし、顔には出さない。



「血魔剣を扱う我らの新しき魔君主である吸血王の指示は絶対である。そして、その新しい主の眷属様であるカルード殿は、このアルゼ方面部隊の隊長。その命令は主と同じなのだぞ。だから、しゃんとしろ、しゃんと」


 スゥンが赤髪のサルジンをいさめる。


「……あぁ、分かってるさ」


 モヒカンの髪を垂らすように頭部を下げたサルジン。

 恭しくカルードに頭を下げてから、


「だからここで大人しくしている」


 と、喋り、見知った墓掘り人のスゥンを見やる。


「サルジンの気持ちは分かる」


 もう一人の墓掘り人のトーリが呟いた。


「だよなァ、トーリ。あいつらを守ってやっているのによ! 状況が読めない糞な人族どもめ……<ドッフェルの使い>で、血祭りにしてやりてぇ」

「……」


 トーリも頷く。

 アルゼ方面部隊の隊長のカルードは、


「アルゼの民が、状況を読めないのは仕方がない。我々の存在は、この屋敷を守る兵士たちにとっては急に現れた未知の敵でしかないのだからな。取り付く島もないのだろう。しかし、いずれは誤解も解けよう。ということで、今はマイロードの指示が絶対だ」


 と、カルードは隊長らしく語る。


「……その通り。魔法陣の破壊はこの街を守ることにも繋がる。くり返すが、もう昔の『すべてを滅し、すべての宝を頂く……』は卒業だ」

「……」


 スゥンの言葉を受けて、沈黙するサルジンとトーリ。

 そのスゥンは言葉を続けた。


「そして、現在の我らの行動規範が大切なのだ……後のサイデイルの発展にも繋がる重要な布石となるだろう。だからこそ、主は経験豊富なカルード殿を隊長にし、わたしを補佐につけたはず」


 スゥンはカルードを補佐する参謀のように冷静に語る。


 カルードは、そう忠告したスゥンを見て……。


 この老人風のスゥン。

 吸血鬼と頭部も皮肉だが、太陽のような視線と言葉だ。

 そして、かなり冷静な男で頭が切れる……。


 布石という言葉の質の中にどれほどの思考が込められているか……「運用の妙は一心に存す」を実践するマイロードの考えを読んだのだろう。


 サルジンとトーリといい、素晴らしい逸材だ……。


 さっきも魔眼の力か不明だが……。

 扉の向こう側に集まりつつあった衛兵たちの動きを、事前に分かっているように、トーリへ内側の扉へと氷の能力を使うように指示を出していた。


 と、スゥンのことを考えては感心していた。


「んなことァ分かってるさ。ただよぉ、あいつらのために俺たちは動いているってのに……」

「……我慢だ。スゥンと隊長殿の言葉は、もっともである。主も人質の解放を優先し、今は入念に偵察している状況と聞いている。ここで我らが暴れてしまえば……主の考えが無駄になる」


 そう語るトーリ。

 彼の両腕から氷状の刃が連なり円形の魔法陣を縁取っている。


 保管庫の分厚くした氷の扉とは少し違う形で、魔法陣を守るように小さい氷のかまくらを作り上げていた。


「わかったよ、大人しくする」


 興奮していたサルジンは爪を引っ込める。

 モヒカンは見事に反り立ったままだが。


 そのサルジンは<血隠・仰角>で消えた鴉のことを聞こうと、隊長のカルードに頭部を向けていた。


 そんな聞こうとしたサルジンに向けて、スゥンが、


「敵地の行動規範は、いやと言うほど経験しているだろう」

「あぁ……そうだな。東郷派との争い、地底神セレデルのリッチども、地下都市グドーンのオークキング、古びた地下都市の宝物庫と見せかけた罠部屋で、待ち構えていた魔神帝国のキュイズナーたち……大量の蟲鮫に凰竜アビリセンの襲撃……」


 サルジンは過去の戦いを呟いていく。

 カルードは興味深そうな表情を浮かべると、サルジンの話を聞こうと耳を立てた。


 続いて、カルードの足下にあった影のようなモノから人が出現する。


 それは、さきほど<血隠・仰角>で隠れたカルードの妻でもある<従者>鴉だ。

 古いサーマリアの血筋を引く彼女も、地上では決して知る由もなかった墓掘り人たちの知られざる足跡と地下社会について興味を抱いたようだ。



 ◇◆◇◆



 一方、同じく秋風亭では……。


「主人、悪いですね。お金はここに置きましたので、見なかったことにできますか?」

「は、はい……」


 魔法陣を確認した<従者長>フーは宿の主人の前にあるカウンターに硬貨を置く。

 すると、入り口から扉が開く音がした。


 フーはすぐに白色の魔法陣が設置してあった宿の部屋に戻る。


 入り口の扉を乱暴に押し開けて入ってきたのは、冒険者風の出で立ちの男と女たち。

 腕章、剣、盾、肌には、お揃いの四つの島が描かれたマークが刻まれている。


「あ? なんで売女ばいたも、誰もいねぇんだ」

「本当だ、主人以外、だれもいねぇ。部屋には魔力の気配がするが」

「ソウジと連絡する手筈が……」

「冒険者たちがいないのも、オカシイな。酒壺はあるが」


 と、酒壺を鷲掴みする男は大柄だ。

 まだ残っていた酒を喉に流し込む。

 喉が異常に膨らむ怪人のような男だ。


 そんな怪人のような男が酒を飲む姿を見ていた、刀傷が顔に目立つ男は、


「……キナくせぇ」


 と、発言した。


「聖ギルド連盟の連中は出払っているはずだしな」

「マジマーン様、どうしますか?」


 そう名を呼ばれた女性は貴族が身に纏うようなベルベットを着込む。

 腰にはシャムシール系の刀をぶら下げていた。

 足にも魔力を備えた靴を履いている。


 彼女の身なりからも分かるように、この集団の中心的存在だ。

 マジマーンは、とある理由があってこのアルゼの街に潜伏していた。


「……用心しろ……他の海賊の手が回った可能性がある」


 そう語るマジマーン。

 フーが逃げた先の部屋を睨む。


 魔力を微かに感じたよ?

 気配を巧妙に殺しているが……わたしを舐めてもらっては困る。


 だてに大海賊とは呼ばれていないからねぇ……。


 と、思いながらもストールの椅子に腰かけるマジマーン。


「それじゃ、ソウジは殺された?」

「だとしたら隠れている奴の仕業か?」

「……他にも、俺たちと同じように八支流を追っていた連中かもしれないな」


 マジマーンは部下の言葉に頷く。


「うむ、銀船を追うのは、わたしだけではないのだからな……」

「ハッカクとマジマーン様……机に置かれた硬貨の数が」

「金貨か、しかも、あの量……」


 宿の主人は「ははっ」と無難な笑顔を見せると、机の金貨を懐にしまう。


「おいおい、ちょっと待てよ」


 宿の主人に詰め寄るハッカク。


「……待ちな、金貨はそのまま主人に持たせてやれ」

「マジマーン様、いいんですかい?」

「あぁ、だれかの尻ぬぐいはごめんだからな……」


 勘の鋭いマジマーンはそう語るとフーが隠れている部屋に視線を移すが、そらした。


 酒壺を持つもう一人の大柄の怪人に向けて……。

 『その酒を持ってこい』と、いった意味がこもった視線を向ける。


 彼女の手には小さい徳利が握られていた。

 鋭い視線で、その徳利を見ては部下の怪人も見る。


『お前が、この徳利に注げ』


 といった意思が込められていることは、部下である怪人も即座に理解した。


「了解です」

「トウブが酒を飲み切らずに譲るとは珍しい」


 その様子を、隠れた部屋の出入り口から食堂フロアを窺うフー。


 今、酒を飲もうと仲間に催促した方がリーダーのようですが……。

 白色の貴婦人側ではないにしても、狼藉者の敵だとしたら数が多い。


 ですが、この、バストラルの頬を使えば対処は可能。


 しかし、今は背後の白色の魔法陣を守らないとだめです。

 破壊のタイミングは、まだ……。

 ご主人様からの命令は来てないのですから。

 でも……ここに来るかも知れないのは厄介ですね。


 と、考えているフーは部屋から出るか考えていた。



 ◇◆◇◆



 ルッシーが宙に放った一粒の血は、世界に浸透するように消えて見えたが……。

 気になるとは何だろうか。

 ユイの血文字を待っていると、


『ご主人様、フーからの連絡で、秋風亭に見知らぬ荒くれ者が現れたそうです。ビアを向かわせたいと思いますが、よいでしょうか』

『いいぞ、フーの援護に回せ。サザーの方の魔法陣は大丈夫か?』


 フーの俺への報告がない。

 切羽詰まった状況なのかな。


『はい』

『そっか。もし自身で対処できない敵が現れたのなら、魔法陣を放置してアラハを連れて逃げていい。決して無理はするな。サザーも大切な眷属の一人なんだからな』

『ごしゅさま……了解です』


 すると、


『……遮蔽魔法の発動はないようね』


 と、ユイが血文字を寄越してきた。


『だなぁ。ロンハンとダヴィが持つ布も特別で、あの一回だけの効果だったのかもしれない』

『それか、魔力補充に、二、三日の時間が掛かるかもしれないわね』


 魔力補充に、二、三日か。

 このユイの血文字を見て、ヴィーネとママニからの情報を思い出す。

 ロンハンとケマチェンが魔道具を使い通信していたアルゼの街に設置された魔法陣の件を。


『……広大な遮蔽魔法があると、遠隔魔法の邪魔になるとか?』


 と、俺は血文字でメッセージを送った。


『その可能性が一番高い気がする』


 ユイも血文字で送り返してくる。


『……街に住んでいる人たちの魔力と魂を吸うっていう……かなり大規模な魔法だからな』

『そうね』

『……ザープの語っていたことが現実と化した』

『無数の生きる者たちの生命力、魔力を、生きたまま大量に生贄にする形で、集結するのが、極大魔宝石だっけ』


 賢者の石か。

 それらしい粉もオフィーリアの胸に刻まれた白色の紋章に使われていた。


『……ケマチェンとロンハンの会話の内容はヴィーネたちから血文字で報告を受けたが、正式名は賢者の石だっけ? 極大の魔石とか極大魔宝石でもいいが……今回はそのような価値が高そうな石にするわけではなく……ゼレナードはアルゼに住む者たちの魂を、自らの体内に取り込むつもりのようだからな』

『……うん。思わず何回も血文字でヴィーネとママニに確認した……範囲内の生命から一方的に生命力を奪い取る大規模な<吸魂>を使えるってことでしょう?』

『その認識で合っているだろう。魂と魔力を吸える力を持つ相手が白色の貴婦人ということになる』


 罠と衝突して死んでいた冒険者の中には、白色の紋章と化していない死体もあったが……。


『噛まずに<吸魂>が可能ってことは強敵ね。【輪の真理】の中の【九紫院】。その九人いた賢者と大魔術師たちからの離脱者の一人と見て……間違いなさそうだけど……違う可能性もあるとクナとメルから報告があった。昔の【輪の真理】のメンバーで、ゼレナードという名が残る古文書や伝記に絵があるとの報告も』


 ゼレナードが【九紫院】の九賢者か八賢者ではない可能性か。

 

 それにしても【輪の真理】の枠の中にある【九紫院】か。


 知恵の神を信奉している【輪の真理】が所属している【ミスラン塔】とは、巨大な魔法省のような存在か、それに見合う器のような場所なのかな?


『魔法都市エルンストにある【ミスラン塔】を本拠とする知恵の神イリアスを信奉する集団が【輪の真理】らしいからな。そんな【ミスラン塔】に関わりのある魔術師の離脱者が、白色の貴婦人であり、ゼレナードってことにしよう』


 ややこしいが、本人から聞かなきゃ分からないことだし仕方ない。


『……不死の体とか、頭部の魔改造とか、色々とミスティの能力を超えた力と知識を持ってそうね』

『……クナも自らの分身体のことで、セナアプアにいるだろう白鯨の血長耳と繋がる錬金術師のことを語っていたからな。想像はつきない。だからこそ敵の本拠地の内部にも、それなりの準備が必要なはず。専用の魔法陣か極大魔石とかの珍しい素材があるだろう』

『うん』


 そこで、間を空ける。


『んだが……結局は、まだまだ憶測の域の話でしかない』

『そうだけど、こういう推察ってかなり重要よ』

『うむ』

『ネビュロスの三傑の時も事前に標的の情報を調べることが第一だったし。そして、シュウヤの言うように、遠いアルゼの位置にある魔法陣を利用した大魔法だもの……遮蔽魔法を解除したまま再発動しない理由として、つじつまは合う。そう考えることが妥当』

『それが自然か』

『予想通りなら、あの本拠地に白色の貴婦人が居るっていう証拠でもあるわね』

『確かに……そう考えると、この話し合いは重要だ。ユイ、ありがとう』


 すると、血文字が形成しかかったが、途中で消しゴムを使ったように血が胡散した。

 ユイは途中で血文字を取り止めたようだ。


 そして、少し間が空いてから、再び、血文字が浮かぶ。


『……うん、わたしもありがとう。戦い以外でもシュウヤに貢献できるって、何か幸せね。わたしも嬉しい』

『血文字とはいえ、照れるな』

『……』


 ユイは微笑んでいるらしい。

 血文字が止まった。


『それで、さっき、試すとか話をしていたが、何を試したんだ?』

『シュウヤと離れても、<無影歩>の効果は持続するか? って単純なこと』

『そっか。それで、効果は持続?』

『うん、持続している。それにしても断崖のような隘路が多い……』


 やはりな。


『ルッシーが血を飛ばしていたお陰かな』

『へぇ、ルッシーちゃんがそんなことをしたのね。あ、一輪の血の花が見えたような気がしたけど……塵のように輝いて消えちゃった奴かな。この樹海に咲く野花かと思ったんだけど……』

『何か、詩のようだな。そうだと思う。見えるか見えないかぐらいの小さい粒状の血を飛ばしていた』


 ルッシーは黒豹ロロの頭の上で寝ている。


『ルシヴァルの種族に対する恩恵をくれた? だとしたら、前にもシュウヤが話をしていたけど、そのルッシーちゃんって……移動ができる小さいルシヴァル神殿ってことかしら』

『そうなるだろう。<霊血の泉>は発動してないが』

『<霊血の泉>はシュウヤの<血道第四・開門>に関連する偉大な神秘的なスキル……霊気系の力だし、正直、仙魔術と同様に、わたしでは理解が及ばないけど……その可能性もあるわね。どちらにせよ。わたしたちに恩恵があるし、行動が楽になる』


 その粒のような血を飛ばしたルッシーは、俺とユイの血文字を見ては、時々、頷いている。


『さて、ユイ、敵の本拠地を攻めるとして……横か背後に侵入できそうな場所はあったか?』

『……ざっと見て回った感じでは、扉はなし窓が横に一つ、背後にも一つあった。窓からの侵入は可能だと思う。分厚そうな硝子だから破壊すれば音が立つと思うけど』

『窓も選択肢の一つだが……扉は正面だけか』

『うん』


 周囲の隘路の難所を見て回ってもらったが……。

 これ以上の偵察は、灰色の土地の内部に入らなきゃ無理か。


『シュウヤ、足跡を見つけた!』

『巡回している警備兵も居るのか』

『警備兵ってより……この足跡の数からして相当数の兵士が灰色の土地側から断崖が多い樹海側へ出た証拠かな……断崖には罠のゾーンもあるけど、わたしが安全に移動できているように、罠が極端に少ない場所が多い……だから、外に出た兵力があることを暗に示している』


 ――さすがだ。

 足跡を見つけるサバイバル系の技術といい、潜入任務に長けているユイの言葉は確実だろう。


『俺たちも隠れる場所を確保しながら流動的に動いたほうが無難か……』

『シュウヤの場合は必要ないでしょう』

『そうだった。<無影歩>中だった』

『それに、ほら、よく血文字でわたしに……〝動かざること……』

『山の如しってか?』


 武田信玄の軍旗に記されていた「風林火山」の話だ。「疾序風、徐如林、侵涼如火、不動如山」は有名だ。


『そうそう。〝俺の知る戦国時代に出てくる言葉なんだ〟と血文字で何回か話をしてくれたじゃない』

『……確かに。カルードの戦場話の展開に合わせて、俺の知る戦国時代の頃の話題を血文字で送った。ユイも戦国乱世の話に興味を持って血文字を寄越していたな』

『うん。父さんは少し興奮してたわ。戦国時代の有力者が用いた軍旗の言葉とかだったわね。周りが敵だらけの四面楚歌のような状況が多かった地域で活躍した乱世の英雄の一人だっけ』


 ……四面楚歌の言葉も俺が教えた。

 古代中国の項羽と劉邦の争いは有名だ。

 そして、実際に俺が知る前世の日本の歴史では、武田信玄の配下には山本勘助を含めて春日虎綱などの優秀な武将も多く、四面楚歌の状況は少なかったと認識している。


『……現状の場合は、大本の、その時代よりも古い時代に生きた孫武という偉大な軍師が残した、続きの言葉のほうがしっくりくる』

『続きがあるんだ。難しそうだけど、教えて』

『難知如陰、不動如山、動如雷霆ってのがある』

『ごめん。意味が分からない』

『密かに行動する時は、敵や味方にも軍の姿を見せないように。と、戦う場合は激しい雷が落ちるように、徹底して相手をぶちのめすって感じだ』


 たびたび、思い出している古代で有名な軍師の言葉。

 孫武さんは偉大だ。

 しかし、本当に実在したのかは分からない。


『へぇ、古い時代で活躍した軍師の言葉なのね。シュウヤが状況を読めるのも納得できる。今の状況にぴったりだし』

『おう、雑学の範疇だがな』

『暗記して、それを実践していることを〝範疇〟とは言わないから』

『褒めるのは結果が出てからにしてくれ』

『ふふ、シュウヤらしい……昔を思い出す。あの時も小難しいことをさらっと言っては、難しそうな魔法書の事典を楽しそうに読んでいたわね……』


 眼光紙背に徹して読んだ事典だな。


『〝魔法基本大全〟か。昔を懐かしむのもいいが、今は今。足跡の件を頼む』

『……了解。土地ごと建物を遮蔽する魔法だったし、外に出た兵士に周囲の罠の数からしても……慎重ね。白色の貴婦人ことゼレナードって奴は。ま、だからこそ、灰色の傾斜した場所以外にも、建物の内部から外へと通じる抜け穴は必ずあると思うんだけど……ヒュアトスの屋敷のように……』


 あ、なるほど。

 ヒュアトス邸に乗り込む時にも、隠れ家を利用した。


『……あるだろうな。だが、現状だと傾斜した場所は一つのみ。そして、貴族のヒュアトスと違い、ゼレナードは個人戦も集団戦も対人戦闘に自信がないわけではないだろうし厄介だ』

『……そうね。とりあえず、平坦な場所が多い、あの灰色エリアのぎりぎりの位置まで、足跡を辿る……』

『了解』


 少し間が空いた。


『……見回りの兵か、出撃した兵士たちね……臭いのもあるし、いやね……』


 そこで、また、間が空いた。


『……足跡は二手に分かれていた。樹海の外と内。内は、やっぱり、灰色の土地だけど、傾斜している方に向かっている』

『予想通り、傾斜した場所へと続く足跡は……建物の地下に……地下の出入り口か』

『たぶんね。だから現状把握できた本拠地の内部へと侵入するルートは……玄関扉、窓が二つ、屋上、井戸、傾斜した場所の六カ所。建物の四カ所と灰色の土地の二カ所ってところね』

『おう。侵入するルートは絞れてきたな。俺の<無影歩>がバレたら、すぐにエヴァに連絡し、オフィーリアたちの紋章外しを優先する。バレなきゃ、当初の予定通り単独で潜入してノイルランナーたちの救出を優先だ。<血鎖探訪ブラッドダウジング>が使えたら便利だったんだがな』

『……うん、オフィーリアさんとツラヌキ団たちが託したアイテム類を無駄にできないわね。でも、オフィーリアさんの演技も生きたからこそ、アルゼの魔法陣が知れたんだし……もし、シュウヤの<血鎖探訪ブラッドダウジング>が機能していた場合、オフィーリアさんにリスクを負わせることはさせなかったでしょう?』

『確かに、させないな。秘宝も渡すことはなかっただろう。速攻で、本拠地に向かったはず』

『うん。その場合、人質を救出できても、アルゼの街の魔法陣への対処が遅れていた可能性が高い』

『そうだな。そして、<血鎖探訪ブラッドダウジング>も成長しているようだが、やはり、一度は血が必要だ。で、侵入するとしたら、地下が最有力候補か』

『屋上は?』

『……見張りが居る』

『何か問題でも?』

『見張りを殺した場合、その見張りと人質の白色の紋章と連結していたら……』

『あ、そうか……捕まっているノイルランナーたちが白色の紋章と化してしまう可能性があるってことね』


 殺さずに侵入は難しいだろうしな。

 無難なところだと、気絶させる方法か。

 難易度が跳ね上がる。

 その場合は、ヘルメの出番か。

 そのヘルメは思念で会話に参加してこない。


 視界の端でスイスイと腕と足をカエルのように広げ閉じての平泳ぎ。

 サラテンも沈黙。

 血文字の皆の連絡を、彼女たちなりに分析しているのかな。


 まぁ、まだ様子見の段階だ。


『……そうだ。二階の部屋に人質のノイルランナーたちが囚われていた場合、手っ取り早く助けることが可能かもしれないが』


 だからこそ慎重になっている主な理由だ。

 ツラヌキ団たちの白色の紋章は、クナに外してもらうとして……。


『だからこそ、灰色の土地に侵入する際は、エヴァに連絡する』

『クナさんね……オフィーリアさんに選択を委ねるの?』

『……いや、そんな辛い判断はさせない。俺が強引に命令する。アルゼの魔法陣を破壊するようにカルードに指示を出してからも、突入することになるだろう。その行為が敵にバレて、ノイルランナーの人質が殺された場合も、俺の責任とする』


 もし、ゼレナードを殺して白色の貴婦人を討伐できたとしても……。

 仲間たちが死んだら……オフィーリアやアラハたちの辛そうな顔が浮かぶ。


 だが、ツラヌキ団たちと知り合ったからには、彼女たちの命だけは守りたい。

 人質たちが死んだ場合は……その責め苦は……辛いことになると分かっている。


 だがな……。

 長年の苦労を、仲間たちの思いを……理解していると語ったところでな……。

 肩代わりはできないだろうし、烏滸がましいだけとなる。


 側で寄り添うことしかできないだろう。

 それすらもオフィーリアたちは、ツラヌキ団たちは、拒否してくる可能性もある。


 エヴァなら多少なりとも心の深奥に優しい光を送り込むことは可能だと思うが。


 だからこそ人質はできる限り……救いたい思いはある。

 無事に<無影歩>が機能すれば救えるはず、<血鎖探訪ブラッドダウジング>で貫いたアイテム群にノイルランナーたちの血が混ざっていればなぁ……。

 ま、仕方ない。相棒と皆で協力して探すとしよう。


『……辛いわね。突っぱねて憎まれ役になる気なのね。でも、わたしたちにだって限界はある。今、できることをするのみ。最悪な結果となってもシュウヤは気にしちゃだめよ』


 元、暗殺者らしくない励ましの血文字だな。

 命の選択肢のことを暗に示しているんだろう。


 ま、そんなことは血文字には起こさないが……。


『……おう。最悪の状況を想定しても仕方がない。人質もこの一回のみの転移魔法陣のアイテムがあれば救えるはずだ』

『うんうん、シュウヤはそうでなきゃ! それじゃ、レベッカたちが来る頃合いだし、偵察を終えて、そっちに戻る』


 そうだ。

 いつまでも続く不幸というものはない。

 じっと我慢するか、勇気を出して追い払うかのいずれかだ……。


「ン、にゃ」


 足下の黒豹ロロが鳴いてユイに返事を送った。

 勿論、血文字の連絡だから、ユイは気付いていない。


 黒豹ロロも、俺が慎重になっているから、理解しているようだ。


『了解』


 暫くして、ユイが戻ってきた。


『ねね、扉の魔道具の件だけど、ミスティたちが分析する前に、わたしにも案がある』


 普通に喋っても大丈夫だと思うが、目の前で血文字を浮かべてきた。


『案? どんな案だ』

『ガルモデウスの書』

『あぁ、アドリアンヌからの報酬か』

『そう。わたしがアドリアンヌさんから貰った。でも、この書物を貰った時、幹部たちが不満そうだったけどね』


 その直後――。

 視界の端で泳いでいた小型デフォルメのヘルメが、またもや魅力的なポージングを繰り出す――。


『――閣下、これを使っていた相手ですね』


 と、俺の真似をしているヘルメ。

 ヘルメは半透明に近い紺色の短槍を両手に持っていた。


 二槍流の構えだ。

 ヴェニューは誕生させていない。


 金槌で叩いた結果……色が変化している。

 もうヘルメの新しい武器と化したのだろうか。


 そんな俺とヘルメだけの世界はユイに説明はできないので……。

 星の集いで、不満な幹部とはいえば……。


 今はもうまったく違う短槍と化しているが……。

 元の魔槍の持ち主だった名を思い出す。


『……不満といえば、レジーたちだな』

『うん。父さんが倒した凄腕。それよりシュウヤもホワインを倒して、その目に何か埋め込んだと聞いたけど』

『……戦いの結果だが……月狼環ノ槍がホワインさんを認めたということだろう……』


 ホワインさんの片目に銀色の狼と月の形をした小さい魔印を発生させてしまったことを思い出す。


「大丈夫? 何か、気まずそうな顔を浮かべているけど」


 ユイは目を細めながら、実際に喋って聞いてくる。


「あぁ、気にするな」


 睨みを強めるユイさんだ。

 彼女の気持ちは分かる。


 片目を瞑ったホワインさんは美人だったからな。


「……ふーん、ホワインは美人だったからね。まさかシュウヤ……」

「勘違いするな。好意は抱いた。だが、美人だからと、すぐにナンパはしない。ましてや戦いだったんだぞ。心情は理性の知らないところのそれ自身の道理を持っているって奴だ」


 ハイヒールに生えた剣は強烈だったなぁ。

 あの両足を広げて、見えたパンティさんと太股さんは、強烈で目に焼き付いた。


 ユイは頭部に疑問符を浮かべている。

 狙いどおりだ。


「……で、話がずれたが、そのガルモデウスの書の能力は少し聞いたな。中身は、真っ白の頁しかないと」

「そう、実際に見れば早い――」


 と、ユイはアイテムボックスから書物を取り出した。

 平たい書物で、表面に人の顔らしき記号のマークが羅列している。

 魔軍夜行ノ槍業とはまったく違う。


「写し取る効果だっけ。魔造書の類いと作戦会議の場で発言していたが……」

「うん。あの時は、皆の話ですぐに流れたからね。ジョディとクナにフーが興奮していたけど。ミスティも興味を持ったけど、いつもの癖を連発しながらエヴァとイセスさんとヴィーネと一緒に地下の遺跡について話を続けていた」

「あの時の談合は、今後の白色の貴婦人に向けての作戦やら各自の能力紹介もあったからな。人数も人数で初対面も多かったし仕方ない。で、クナでもジョディでもないユイは、そのガルモ何とかという書物を使いこなせるのか?」


 と、聞く。

 人差し指を俺に伸ばすユイは、


「ガルモデウスの書! それに、わたしは<筆頭従者長選ばれし眷属>よ?」


 と、微笑みながら語る。


「自信があるのなら、使ってみればいいと思うが……」

「ふふ、冗談よ。実はあまり自信がない。けどね、アドリアンヌさんは父さんではなくて、直接、わたしを名指しして手渡してきたから」


 直接か。


「ほぉ……」

「その時に、だれにも聞こえないように特別そうな遮音魔法を繰り出したの」


 それは知らなかった。


「アドリアンヌさんは、〝ユイさん。わたしは貴女が何者なのか、知っていますことよ〟と……」

「そんな魔法を使ってまで、ユイだけに伝えてきたのか……初耳だな。それで、ユイはどんな対応を?」

「わたしは〝どういうこと〟と聞き返していた。そして、アドリアンヌさんを強く睨んだ……正直、怖かった面もある」


 ユイの白い双眸が微かに揺れた。

 <ベイカラの瞳>とはいえ、恐怖は恐怖か。


「ユイが恐怖か。珍しいな」

「わたしだって怖いことは怖い」


 ま、宗主の俺でさえ、感情を含めた感覚は人族と変わらないからな。


「あのアドリアンヌさんの黄金の仮面越しの魔眼……不思議と心に響く声音といい、空間を操るように音を遮断する魔法……自分たちの仲間にも、しかも、父さんにも気付かせない魔法技術よ?」

「なるほど」


 あのエコーがかった声を間近で聞けば、恐慌するか。


「そのままアドリアンヌさんは微動だにしないで……〝美人で、優秀な暗殺者だったユイさん。そう睨まないでください……でも、【天凜の月】を率いている……あの不羈自由な槍使いが重要視する眷属なだけはある特別な視線・・・・ね……わたしも怖いわ。そして、その品を渡す理由は、そのシュウヤさんに対してのメッセージの意味もあります……しかし、闇ギルドの戦いで結果を残したユイさんへの個人的な贈り物としての気持ちもちゃんと・・・・籠もっているのよ〟と語ってきたの」


 ユイの語る口調で、既に怖い。

 実際のアドリアンヌから聞いたら、さぞや怖かったろう……。


 【星の集い】側の客人扱いのユイとカルードは【星の集い】と敵対する【ゼーゼーの都】と【竜金照】との闇ギルド戦で貢献した。

 とはいえ、ユイとカルードは客人の立場であって、身内ではない。

 普通は貴重な品を渡すことはしないからな。

 勿論、俺に対してのメッセージというように……。


 レジーという武闘派の部下が、カルードとユイと敵対しても、俺とは関係性を維持したいという意思の表れもあるだろうが……。


「すると、アドリアンヌさんは嗤って〝海流都市セスドーゼンで有名な【ベイカラ教団】が追う神子様とはユイさんのことでしょう。だからこれを機会に仲良くできたらと考えているのですよ〟と発言したの」


 アドリアンヌの情報網は凄いな。


「元、八頭輝なんだから当たり前だが、ベイカラ教団のことを知っていたのか」

「そう。【ベイカラの手】の盟主ガロン・アコニットと通じているようね。だから、アドリアンヌさんはオセベリア王国の侯爵ラングリードとも通じているということ。ラドフォード帝国だけでなくオセベリア王国とも仲が良い。【白鯨の血長耳】以外にも保険はあるようね。クナもアドリアンヌさんと取り引きしたことがあるようだし」


 八頭輝は名ばかりと聞くが、やはり輝く面を持つだけはあるか。


「そっか。そもそも、そのガルモデウスの書は、受けた魔法を映し取る効果があるだけだろう? 一階の扉にある魔道具対策に使えるとは思えない。写し取っても、あの頭部がゴーレムのようなモノを得るだけのような気がするが」


 もし、写し取ったのなら、サイデイルのどこか大切なモノを保管するところに門番代わりに使えるかもとは思うが。


「ううん。まだ試してないからよく分からないけど、アドリアンヌさんがいうには、それだけではなく、魔法を受けて、応えの魔法を返す。反射魔法と似ているけど、少し違う書物と教わった」

「へぇ、ロンハンが持っていた魔道具と同じような効果が得られるとなると……一階のゴーレム扉も反応させて、扉が開けられるということか」

「そうそう。ま、これは上手くいけばって感じだから……あくまでも選択肢の一つ」

「だが、貴重な品なのは確実だ。いいアイテムを貰ったな」

「うん、気前がいい」


 アドリアンヌは、配下の者が勝手に動いたこと。

 監督不行き届き、の責任としてのアイテムかな。


 事前に気前よく、これほどのアイテムを渡した理由は、おわびの品かもしれない。

 ちゃんと逃げ道は用意していたようだ。


 賢そうなアドリアンヌらしい行動といえる。


「……武闘派レジーとの争いを予知していたか」


 まぁ一度は、しっかりと話をつけといた方がいいだろう。

 ホワインさんほどの武術家が、何故、彼女の配下に居るのかも知りたいところだ。


「うん、カザネさん経由でしょう」

「たぶんな」


 アドリアンヌとカザネが繋がっていることは、分かっていたが、玲瓏の魔女たちの関係性も気になる。

 魔界王子のメイドーガが宿った巨大な岩頭を魔女の一人に預けた形となったし……。


 それに武闘派のレジーが死んだことの余波は、レジーピックの闇社会に波紋を巻き起こしているはず。

 カルードが殺したと知れ渡っているかもしれない。


「……うん。けど、鍵開けの得意なヴィーネも居る。精霊様のヘルメ様も居る。アドゥムブラリも使えるかもだし、金属がメインだけど、魔法陣もいじれちゃうミスティも居る。クナさんは居ないけど血文字で、側に居るエヴァから情報も聞ける。クナは傷が癒える魔布をレベッカから貰っていたし。そして、そのレベッカに鍵開けは無理だけど蒼炎もある……あ、扉を派手に壊したらだめか。後、四天魔女のキサラさんもダモアヌンの魔槍から出る無数の糸で鍵穴を開けられるだろうし、百鬼道の未知な魔術で対処も可能かもしれない。<光魔ノ蝶徒>のジョディさんも巨大な鎌で、扉ごと両断できるかもだしね。バーレンティンも【闇百弩】としての経験は豊富でしょう。手段はいくらでもあると思うから、このガルモデウスの書はやっぱり封印かな」


 レベッカがクナにプレゼントした魔布はユニーク級だったはず。

 クナは嬉しそうに貰っていたが、魔道具ならまだまだ豊富にどこかに隠し持っているだろうクナだからな。

 あの内側の傷はそう簡単に治せる傷ではないはずだ。


「ま、その書物は、もう一度、皆に見せた方がいいだろう。アルゼの街に仕掛けられた魔法陣の発動は夜。まだ時間はある」

「その街に仕掛けられた魔法陣の破壊は、すぐに可能な状況だし……今のところ状況はこちらに有利ね」

「あぁ、カザネのような未来を読む力があったとしても、俺の場合は見えないだろうしな」

「時空属性だからといっても、ゼレナードという奴も完璧ではないということね」

「俺たちの存在を泳がしている可能性もある……灰色の土地は通じても、屋敷内に入ったらさすがに<無影歩>でも、白色の貴婦人こと、ゼレナードが気付く可能性も考慮しよう」

「うん、掌握察系の技術系統も多種多様だし……もし、仙魔術系に特化している相手なら霧か透明な姿となって、既にわたしたちのことに気付いているかもしれないし……」

「……怖いな、ガス状の生命体とかか?」

「がすじょうのせいめいたい?」

「霧だが、生きている霧が意識を持ったような敵だ。イメージするとシャプシーとか?」

「――ちょっと、不吉なことを言わないでよ。聖水、あ、わたしたちの血で対処できるのか」

「美人な元暗殺者の<筆頭従者長>さん、頼むぞ」

「べーだ」


 舌を出すユイ。

 すると、血文字が浮かぶ。

 レベッカだ。


『血の臭いが少しだけ強まった。もうじき着く』

『了解』

『……でも、ルシヴァルの小さい神殿と肉球マークは驚いたわよ?』

『はは。だが、俺たちの追跡は楽になっただろう?』

『うん、早く黒豹ロロちゃんの肉球を揉みたいし、急ぐ』


 肉球に萌えなレベッカさんの血文字はすぐに消えていく。

 実際に瞳もえていることだろう。

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