四百九十九話 人質救出&白色の貴婦人討伐作戦

 不意を突くように淡い血色の蝶々が現れた。

 朧げに変化する血の蝶々の背景にぼやけたジョディの姿が浮かぶ――ジョディだ。皆は? と考えたところで血色の蝶とジョディは消える。

 その代わりに近くの宙から半透明に輝く天秤が出現した。


 すると、ジョディがバンッといきなり出現。

 やや後方の位置にヴィーネ、レベッカ、ミスティ、ママニ、キサラが、血色の蝶たちを纏いながら現れた。

 バーレンティンと他の墓掘り人たちもいる。


 先頭のジョディはふわふわと浮かんでいた。

 片手に天秤のような形のアイテムを持っている。


 怪しく煌めくフムクリの妖天秤だ。

 ガラス状の水晶玉のようなモノが幾つも組み合わさったようなアイテム。そんなフムクリの妖天秤を持つジョディは美しい。

 聖ギルド連盟の方々が着ていたアジア風の羽織モノに近い衣裳が似合う。血を纏う天使のようだ。前世で有名だった『女神テミス』のような神秘さを持つ。

 タロットカードの大アルカナ正義に描かれている剣と天秤を持った女性にも似ている。


 最初の蝶々のような朧げな幻影はフムクリの妖天秤の力か。


 不思議と皆の存在感は皆無だし……皆は魔力を発していない。

 妖天秤の能力を使った<魔絶>の効果かな。<魔絶>は、昔、ジョディとシェイルが俺たちを観察する時に用いていた技だ。

 ……皆の魔力を隠すには絶好の技だろう。

 <魔絶>は複数の仲間たちにも影響を及ぼすことが可能なようだし、俺の<無影歩>も要らなかったかもしれない。大きな鎌のサージュといい、ジョディの持っているアイテムは不思議な物ばかりだ。

 ホフマンの一党が隠していた秘宝類の一部を奪っているだけでなく、元から色々とアイテムを持つと、感想を持ったところで……。

 俺は金髪のレベッカを注視した。

 いつものムントミーの羽織だが、装備は前と少し違う。

 胸元のブローチの種類が違った。魔力が上がる系かな。

 あの辺はお洒落なレベッカなだけはある。

 魔杖を持ち、ジャハールを装着していた。俺は<無影歩>を維持。

 皆に向けて腕を上げ「よう、来たな」と皆に挨拶をした。

 先頭のジョディは、逸早く反応――。

 元死蝶人なのを示すように華麗に飛翔しつつ鎌を手から消す。

 宙の位置で静止した。ホバリングを続けながら胸に手を当て頭を下げてくる。礼儀正しい所作で胸元の手を払いながら上半身を突き上げた。

 頭部を上げながらのポーズを決めてくる。

 白のローブ衣裳が似合うジョディの巨乳さんが、ぷるるんと揺れた。

 乳房に埋没したい。

『ふふ、ジョディ立ちですね』

 ヘルメも喜んだ。ジョディはヘルメとのダンスが得意だからな。

 悩ましい姿のジョディは、くびれた腰を捻り跳躍するように飛翔する――ムーンサルトのような機動で俺を飛び越えた。

 背中から血色の蝶々たちが出現しては消えて、ドリルの形状の足先から魔力の粒子が放出されていく。

 背後で着地したジョディは、

「――あなた様、お待たせしました」

 と挨拶してきた。ジョディの機動に驚いていたユイにも、

「ユイ様も、お待たせです」

 と挨拶している。

「うん」

 ユイも笑顔で挨拶。

「「ご主人様――」」

 挨拶を争うような声音はヴィーネと血獣隊隊長のママニだ。

 ヴィーネの頭上には小さい金属人形が浮いていた。

 黄金の糸で結ばれている銀髪は揺れている。

 あのポニーテールは、正直、いい。項の部分をよく見たい。

 が今は潜入任務中だ。我慢だ。

「シュウヤ様――」

 キサラの声だ。仮面をかぶった修道女風の衣装。

 ダモアヌンの魔槍に座った状態で低空飛行しながら近付いてきた。

 箒に跨がってはいないが、小さい紙人形と鴉たちが彼女の周囲に舞っている。見た目は魔女だ。キサラは実際に四天魔女の一人。

 めちゃくちゃ強いし、当然だな。そんなキサラの白絹のような美しい髪を見ていると、不思議とキサラの愛用する香水の匂いが鼻孔を刺激したような気がした。


 記憶と匂いが共通する『プルースト効果』と言う言葉を聞いたことがある。


 更にバーレンティン、キース、ロゼバトフ、イセスの姿を確認した。

 皆、眷属らしい素早い動きで、俺の近くに来ると片方の膝頭で地面を突く――頭を下げてきた。


「我が主……」


 墓掘り人側は、代表してバーレンティンが恭しく声を上げていた。

 黒豹ロロがバーレンティンを見る。双眸を震わせ動揺したバーレンティン。切なそうな表情を浮かべて、


「……ゼルウィンガー、いや、神獣様」

「にゃ」


 黒豹ロロも肉球を見せびらかすように片手を上げて、挨拶している。

 すると、隣のミスティが灰色の土地を見た。

 奥の建物を指して、


「あそこね、敵の本拠地は」


 と発言。

 新型魔導人形ウォーガノフのゼクスは、そう指摘した彼女の隣で浮いている。隣に居るレベッカも金色の髪を揺らしながら、


「シュウヤ、罠の数が異様で怖かった。だから、抱きついていい?」


 と、俺の答えを聞く間もなく間合いを詰めて、俺の腕を掴んできた。

 素早く両手で俺の腕をさっと掬い、抱くレベッカ。


「強引だな」


 と言うと――。

 レベッカは、ふふ、と笑って細い顎を上げて俺を見つめてくる。


「そりゃね」


 嬉しそうなレベッカさんだ。蒼色の双眸はキラキラと輝く。

 ちりばめられた宝石群が蒼穹を彩っているようにも感じられると、そんな青空を彷彿する双眸に呼応したように彼女の胸元も輝く。

 悩ましいデコルテにあるのは、古の星白石ネピュアハイシェント。テントウムシの輝きは一瞬だったが、ネックレスからは十字の光が見えたような気がした。


 レベッカのお父さんも娘のことを……。

 俺たちのことを応援してくれているのだろうか。

 ……魂を奪うような奴だからな。白色の貴婦人は……。

 光神ルロディス様が許さないという意味もあるのかもしれない。

 そのレベッカは、俺が胸を見た! と勘違いしたようだ。

 赤らめた頬を可愛らしく、ぷっくりと膨らませたレベッカ。

 ムッとした表情を浮かべて俺のことを睨んでくる。が、


「……う、そんなに見たいの?」


 あれ? 睨みと言葉が一致しない。怒らなかった。


「……怒らないのか」

「お、怒るわよ!」


 いちいち動揺しないでもいいのに。


「ふふ、本当はもっと見てほしいくせに。レベッカ、無理しすぎよ」

「えぇ……ミスティ、って大胆ね……」


 そう、レベッカが大胆と喋ったように、背中には、柔らかい感触が二つあった。


 おっぱいさんを俺の背中に押しつけているミスティさんだ。

 俺はおんぶする形か。


 いいね。博士さんの細身だが、やっこい感触だ、たまらんよ。

 そのおっぱいの感触のことは、指摘せず。


 足下がチラつく新型ゼクスのことを見ながら、


「ゼクスこと新型の魔導人形ウォーガノフが、浮いているが……」


 と、指摘する。

 北斗七星のようなマークを腹に持つゼクス。

 ホバリング能力を獲得したようだ。

 前回、俺が指摘した部分を改良している。


 やるねぇ、ミスティ。


 ゼクスは、腕と肩と背中と胸と足から魔力が微かに漏れて……。

 いや、魔力を吸い込んでいる?

 独特の推力を得ているようだ。


 足裏から地面の魔力を吸い上げるような機構を持つようだ。


「うん。しかも、魔力が外に漏れているようで漏れてないからね」

「凄い。魔力の吸引をくり返す仕組みは高度過ぎて理解できないが、戦闘にも移動にも役立ちそうだ」


 ゼクスの大きさ的に、ミスティを、両手で抱え持つことは可能なはず。


「呪神フグの眷属たちを追った地下で実戦投入も済ませているから、期待はしていいわよ。ただ、先行予定のシュウヤが、ゼクスの活躍を見られるか? は、不明だけど」

「確かに」

「わたしも活躍予定! 蒼炎とジャハールの準備は万全だからね」


 新型魔導人形ウォーガノフのゼクスに、ライバル心を燃やすレベッカ。レベッカの瞳に蒼炎が宿っていた。

 ゼクスに向けて、その蒼炎の双眸から魔線が飛んでいくようにも見える。額の魔印が可愛いミスティは気にしないというように微笑んでいた。

 ミスティと繋がっているだろう――細長い一角を持つゼクスも反応。


 ゼクスは、その角の角度を変えるように頷く。

 更に、双眸を意味するフォークの先端を模った六つの溝が光った。

 ――六つの双眸か。


「な、何よ!」


 新型魔導人形ウォーガノフのゼクスは、その六つの魔眼のような眼光で、レベッカの蒼炎の光に対抗を示すと――。


 レベッカを見つめながら旋回を始めていく。


「そんなに勢いよく旋回したらスカートが捲れちゃうでしょ!」


 ぐるぐると回るゼクスの動きを警戒したレベッカ。

 クルブル流の構えから迅速な動きで俺の側から離れると、浮かんでいるゼクスにジャハールの切っ先を向けた。


 シャキーンと音は聞こえないが、そんな音が鳴ったように感じる角度。


 彼女の拳と合うジャハールという蒼炎を宿す武器は伝説レジェンド級。


 古代インドに伝わるジャマダハルと似た武器で凄くカッコイイ。


 そんな蒼炎を灯したジャハールの切っ先に違う光線が重なった――。

 ヴィーネの翡翠の蛇弓バジュラだ。ジャハールを上から押さえている。魔毒の女神ミセア様がヴィーネに授けた神話ミソロジー級の武器。


「――レベッカの高ぶりは分かりますが、今は冷静に。しかし、道中の隘路といい、あれほどの罠があったというのに……ここも隘路で、死角ではありますが……罠がありませんね……」


 と朽ちた樹の根に棲む巨大な昆虫を見ながら静かに語るヴィーネ。


「罠のゾーンと比較すると……結構な落差があるよな」

「はい。ここから覗ける……灰色の土地は、比較的平坦なようですね。ここも隘路ですが、今までの断崖や罠が多い隘路のところに比べたら広く見えます」


 ジャハールを押さえながら涼しい表情で語るヴィーネ。

 彼女の頭上には血を纏った小さい金属人形が浮かぶ。

 前と違い姿は梟のような動物に変わっていた。フランの扱う半透明な鷹を思い出す。武器を押さえられているレベッカはダークエルフらしい表情で周囲を観察するヴィーネを見てから、


「罠がなくてよかった、けど――」


 と、レベッカは発言すると、ジャハールを上げて、翡翠の蛇弓バジュラを持ち上げる。

 そして、スカートが舞うように身を捻った。

 切っ先に合わせられていた翡翠の蛇弓バジュラを跳ね返す。


「長く押さえすぎ」


 レベッカはジャハールを背中に回し、魔杖の先をヴィーネに向けていた。


 跳ね返されたヴィーネも華麗に対抗――。

 持ち上がった翡翠の蛇弓バジュラを、指で器用に回転させながら手首に引き戻す。

 ラシェーナの腕輪の衛星のようにぐるぐる回っていく翡翠の蛇弓バジュラ


 新体操選手のバトンを回すといった感じではない。

 翡翠の蛇弓バジュラと手首に紐でも繋がっているような機動だ――よく見たら、血を纏うラシェーナの腕輪と翡翠の蛇弓バジュラは本当に繋がっていた。


 ラシェーナの腕輪から飛び出ている闇の精霊ハンドマッドたちがスクラム状に組んで翡翠の蛇弓バジュラを掴んでいる。


 闇の精霊たち、それは『レゴブロック』のキャラクターたちが頭と足で合体しているように見えた。


 へぇ、見た目がどうあれ、小さいおっさんたちを使いこなしているんだな。

 すげぇや、ヴィーネ。


 ヴィーネはそのまま足の爪先に体重を掛けてレベッカから逃げるように横回転。レベッカも対抗して、二人は、回転を続けながら間合いを取った。互いに笑うレベッカとヴィーネ。

 <筆頭従者長>同士の駆け引きだから、無駄に力と質が高い。


 ヴィーネの服は俺がプレゼントしたコート。

 そのコートを含む全身は薄い炎の膜で覆われている。

 そして、翡翠の蛇弓バジュラから出ている薄緑色の靄のような魔力と、その炎の膜は重なっていた。

 赤色と薄緑色のコントラストが、より、彼女の細い腕を綺麗に見せる。

 薄い炎の膜はガドリセスの能力だろう。


 ヴィーネが持つ翡翠の蛇弓バジュラはライザー部分とリムの部分は小弓タイプとなっている。

 長弓タイプにも変化が可能という魔弓、いや、神弓だ。


 弦も矢も光線という優れたアイテム。

 そんな弓を持つヴィーネの片腕はラシェーナの腕輪ごと透き通った薄緑色の靄に覆われていた。


 ヴィーネはホワインさんの弓武術に合うかもしれない。

 まぁ、その必要はないか。

 ヴィーネのダークエルフとしての下地というか、彼女が生きて経験した冒険譚には凄まじいモノがある。


 そのヴィーネが、


「ふふ、レベッカの格闘術は確実に成長していますね、素晴らしい」


 と、素直にレベッカの動きを褒めていた。

 ヴィーネの性格上、強者に対して尊敬に値することはすぐに態度に出る。

 その言を聞いたレベッカは、ニコッと微笑んで、嬉しそうな表情を浮かべる。


「ありがと、ヴィーネも色々と地下探索で成長したようね」


 確かにその通りだ。

 ヴィーネの弓の弦を使った光線斬りは強力。

 翡翠の蛇弓バジュラとアズマイル流剣法で光魔ルシヴァルだからこそ可能な<羅迅・弓斬撃>を開発したと聞いた。

 さらに、アズマイル流剣法を元としながらも、ユイとカルードの技術を参考にし、伝説レジェンド級の古代邪竜剣ガドリセスを用いた血の抜刀術<迅暗血刃>も開発している。


 そのことは話さず、


「……もう戦うなよ。敵の本拠地はすぐそこだ。そして、灰色の土地はまだ調べていない」

「あなた様、灰色の領域に入る際は、わたしもお供します」

「了解した」


 頷いたジョディは漂いながら周囲を見渡す。


「シュウヤ様、わたしはミスティさんたちと行動を共にします」

「おう。キサラのフォローがあればゼクスとミスティに隙はないだろう」


 ミスティとキサラは頷き合う。

 二人は広範囲の場所の方が戦いやすいだろうしな。

 適材適所だ。


「……ご主人様、あの先に広がる灰色の土地……やはり、地下がメインのようですね」


 ママニの言葉に俺は頷きながら、


「だろうな。建物の二階に白色の貴婦人が居るとは思えない。それだとあっさりすぎる」


 ママニに同意するように、見解を述べた。

 すると、バーレンティンが、骨喰厳次郎の柄頭で地面を数回小突き、


「建物の真下ですな」


 そう発言した。


「この地下がありそうな灰色の土地だが、元々は遮蔽魔法で隠されていたんだ。周囲と同化するような特別な魔法だった」

「周囲の景色と同化って……」


 レベッカが周囲を見て発言。

 墓掘り人たちも驚く。

 イセスが、


「……周囲は徐々に湾曲しているし、空から見たら円の形かな。そんな広い範囲を守る魔法って……凄い魔法技術ね」


 と、初めて発言するイセス。遠慮して沈黙しているロゼバトフとキースは頷く。キースは胸元に魔刀を抱え持っている。

 ザ・ハイ・ゾンビ剣豪という印象だ。


「そうね。だからこそ、シュウヤは灰色の土地に足を踏み入れていない」


 ユイの言葉を聞いた、皆――。

 各自、俺の表情を確認してから、ゆっくりと頷いていく。

 ……俺が警戒していると分かったんだろう。


「……灰色の土地の外側の探索は、もう、ある程度ユイが実行した」

「そうよ。曲がりくねった樹木、鬱蒼と生える葉、小川、臭い沼地、朽ちた樹木がある地帯と……蟲の巣窟、過去にオークの兵士が利用していただろう便所とか……ミスティから貰った双眼鏡で、外から灰色の土地を覗くように調べていったから」


 ユイは自ら偵察したことを、ミスティに向けてウィンクしながら語る。

 ミスティは頷いて微笑んだ。便所の箇所では、いやそうな表情を浮かべていたが。そんなミスティは眼鏡が似合う美人さんだ。

 すると、そんな博士のようなミスティの膝に向けて黒豹ロロが片足を差し向けた。猫パンチ、もとい、豹パンチ――。


「あう」


 体勢を崩したミスティは可愛い悲鳴を上げる。

 黒豹ロロは肉球アタックを実行していた。

 膝かっくんとなったミスティを見て、一同は微笑む。

 ユイとレベッカは黒豹ロロの尻尾を虎視眈々と狙うが、相棒は釣りでも楽しむように尻尾を振って素早く逃げるに違いない。構わず、


「そのユイが足跡を発見したんだ。それらの足跡は傾斜している窪地へと向かっているようだった。外に出ている足跡もあるようだから兵力はそれなりにあるだろう」

「樹海側に出ている兵力ですか。罠のないルートはロンハンたちが通ってきたルート以外にもあるということですね。調べたほうがよさそうです」


 そうママニが指摘してきた。


「そうだな」


 戦場を知るママニだからこその視点。

 逃走ルートか、伏兵のことを考えているんだろうか。

 ママニの言葉を聞いて頷いていたレベッカが、俺を見て、


「……そういうこと、さすがね。もうある程度の偵察を済ませるなんて行動が早い」

「これでもゆっくりよ。シュウヤは単独で、灰色の土地に潜入して、調べることもできたけど……あえて、皆を待っていた」


 とユイが、腕を俺に向けて説明。月狼環ノ槍が、俺の代わりに金属環を少しだけ鳴らしていた……ユイの足下に移動していた黒豹ロロは尻尾でユイの脛の裏を刺激している。

 敬礼したママニは、


「ご主人様、待っていてくださったのですね。ありがとうございます」


 ママニの言葉に頷くレベッカ。

 すぐに口を動かす。


「頼られるのは素直に凄く嬉しい。でも、シュウヤがそれだけ相手を警戒しているということ」

「……はい」

 すると、ユイが一歩二歩と前進し、皆へ問うように視線を巡らせる。

「だからこその、わたしたち!」

 と、元気よく発言した。

「――ふふ、そうですね」

「――そうよ。光魔ルシヴァルの家族!」

 レベッカとヴィーネとユイが視線を合わせて微笑むと、円陣を組むように片手の甲を合わせた。

「――わたしは三女的、四女的な立場かしら?」


 言葉が震えているミスティも片手を伸ばして集いに参加。


 微笑んでいるが彼女の瞳は潤んでいた……片方の瞳から一筋の涙がこぼれていく……ミスティは、兄のゾルのこと、失意の内に亡くなった父と母……幸せに暮らしていた家族たちのことを思い出しているんだろう……そして、皆のことを想っている。

 分かるぜ、ミスティ……彼女の心持ちは、嬉しい……。

 俺も涙が自然とこぼれていた。遅れてママニも皆の手の上に手を重ねた。虎獣人ラゼールらしい体毛が豊富に生えた腕だ。

 細い腕のジョディも続く。


「ンン、にゃ」


 と鳴いた黒豹ロロはむくっと上半身を持ち上げた。

 ――後ろ脚を使った二本立ち。

 片方の前足を皆の手の上に重ねようと、可愛い豹の前足を伸ばして、円陣に加わった。ただ、前足はママニの、皆の手の甲には届かない。

 そして、なぜかドヤ顔を浮かべている黒豹ロロだ。可愛い。

 その黒豹ロロの片足の上を駆けていたルッシー。

 ルッシーは皆の手甲が重なった上に飛び移ろうと「とぅ――」と声を発して、黒豹ロロの足から跳ねてママニの手甲の上に着地すると「るしう゛ぁる、だーんす――」と楽しげな声を発して踊っていた。


「ふふ」

「はは」

「ルッシーちゃん面白い!」

『まぁ、なんて可愛らしいお遊戯なのでしょう!』


 皆もルッシーの『るしう゛ぁるダンス』を見て、興奮し、喜ぶ。


 左目に宿るヘルメも興奮していた。

 視界の端での泳ぎを止めて、お尻をぷりぷりと震わせている。

 ダンスにちょっかいを出そうとした黒豹ロロだったが、後脚の二本立ちは姿勢的にキツイのか、前足を引っ込めた。両前足を地面につける。そのまま黒豹らしいしなやかな動きで、円陣を組む皆の足に向けて頭部を寄せていく。そして、ふがふがと、皆の足の臭いを嗅いでいった。

 鼻を膨らませたロロディーヌ。

 そのまま標的となったユイとミスティに向けて肉球アタックの豹パンチを繰り出していった。

 続いて、イセスもキースに、バーレンティンとロゼバトフも輪に加わった。


「ソクナーの秘密が敗れる時かもしれない……」


 バーレンティンの言葉を聞いた墓掘り人たちは頷いて、皆と同様に片手を重ねていく。


「それって、地下祭壇に刻まれてあった碑文のことよね。皆で話し合っていた時にも聞いたけど」

「クナさんの情報では、【九紫院】を含む魔法都市エルンストでは、知恵の神イリアスと共に秘密の神ソクナーの信奉者が多いと聞きましたからな……ソレグレン派と関係があるかと……」

「太古の土霊に勝る錬金窯だっけ……」


 そうして、地下の遺跡に話がずれると……。

 皆が手を合わせたまま……一斉に俺を注視してくる。

 円陣の間に隙間ができた。俺を待っているようだ。

 頭部を微かに下げて礼をしてきたバーレンティンが、


「我が主……」

 と促してくれた。思わず、頷く。

「分かった」

 円陣を組む皆の下へと歩いて向かう。

「にゃお~」

「あるじ~」


 皆の足下に居た黒豹ロロと一緒に跳ねるように踊っているルッシーも、早く来いという意味の声を上げた。

 笑ってから、催促通り、素早く移動――。

 皆の重ね合う手の上に自らの手を優しく……重ねて、置く。


「決戦の前の団欒?」

「緊張感のある団欒?」

「二人とも、これからが本番です」


 ユイとレベッカとヴィーネが語る。

 皆、緊張感を崩していないが、微笑んでいる。


 円陣を組む皆の笑顔か……。

 その瞬間、血魔剣の柄から血が溢れてバーレンティンたちを血で囲った――同時に、眷属たちの腕から血が出て、皆の血と手が重なり合う。

 ――家族の誓い、血の誓いか。

「……皆の絆ね。熱い血潮が、花火を起こしている」

 ユイの言葉に皆が同意する。ソレグレン派のバーレンティンたちは吸血王サリナスが使っていた血魔剣の血を浴びて真っ赤だったが、頷いている。その血を吸い取る墓掘り人たち。

 バーレンティンはすぐにイケメンのダークエルフの素顔を見せていた。

「……それじゃ、ざっと侵入ルートを説明するから」

 ユイがそう発言。

「お願いします」


 ヴィーネの言葉に頷くユイは話を続けた。ガルモデウスの書のことを説明。続いて一階の扉の門番らしき魔道具のゴーレム頭。

 籠の中に居た火を吐く蜥蜴たち。

 俺が見た青年の情報を簡易的に伝えていく。皆と情報を共有した。


「……建物の侵入ルートは、一階の玄関、横と背面の窓、屋上の四カ所。灰色の土地が……井戸と、傾斜した窪地の二カ所ね」

『……了解。ガルモなんとかの書は使う必要はないでしょう。プランBに移行するとして、わたしたちは、まだ待機でしょ?』


 警戒しているレベッカは血文字で聞いてきた。

 いまさらだと思うが、血文字で、


『そうだ。まずは、エヴァに連絡してから<無影歩>で灰色の土地に潜入できるか確かめる。もし、敵に反応があれば、すぐにクナの魔道具でオフィーリアたちの魔法陣を取り外すように指示を出し、アルゼのカルードにも街の魔法陣を破壊するよう指示を出す。俺の<無影歩>が通じて、敵に何の動きもなければ……ヴィーネとユイは俺の側に来い。まだオフィーリアの魔法陣は外さず、アルゼの魔法陣も破壊せず、黒豹ロロの嗅覚を頼る形で、人質の位置を探る。その際には、たぶん、地下の扉から侵入することになるだろう。ヴィーネかヘルメに鍵開けを頼むことになるはずだ。そして、一階の内部で見た魔物使いの青年だが、敵対行動に出てきた場合は各自の判断に任せる。俺のことを把握し、俺の情報を内部に漏らしていない場合は、直にゼレナード側から脅迫をされない限り俺たちを襲うことはないだろう。彼もまたオフィーリアと同様の立場の可能性があるんだからな』


 そこで、一呼吸置く。

 俺はユイを見て、


『ユイならロンハンを追える。ロンハンを追跡すれば、幹部たちが集結した白色の貴婦人ことゼレナードが居る場所にたどり着けるかもしれない。だが、ロンハンの性格だとダヴィを連れて、寝室でがんばっている可能性が高いか……』


 ユイは白い双眸の中に血の斑点を作りながら強く頷く。

 そして、神鬼・霊風の太刀を掲げた。


『――うん。でも、本当に凄い。わたし以上に先を予想している』


 ユイから血文字で褒められた。

 しかし、俺は、皆を見据えるように、視線を強めた。

「褒めるのは仕舞いにしろ。そろそろマジになる頃合いだ……」

 と言ったが、最初から本気だ。一瞬で空気が張り詰める。

 皆は唾を飲み込む。俺は構わず、

「人質を解放後、状況を見て、レベッカ、ミスティ、ママニ、キサラ、墓掘り人たちで同時に攻め入れ」

『うん』

『分かりました』

『建物の内部に通じている出入り口は、他にも、見つかるかもしれないからな……一応、俺の側だけだが、今だけでも、これを起動する――』


 カレウドスコープと連動した簡易地図ディメンションスキャンを使う。皆も、アイテムボックスの上に浮かんでいる立体地図を見ていく。

 位置を共有した。立体地図は、灰色の土地側の地下も映し出した。

 地下の上部は灰色の土地の外側にも続いているようだ。少し見える。

『やはり、地下は広いようね。敵の反応はないけど』


 ユイが血文字を寄越す。


『うん、ここに来るまで本当に凄い罠の量だったし……さっきも言ったけど、用意周到な人物がボス。だから、絶対に地上と通じる地下扉はあるわね。ただ、この広さとなると……地上に続くってより、地下へと逃げられる穴がある方が自然ね』


 そりゃそうだろう。

 地下も地下で広大な世界があるからな。

 俺はユイの血文字を見てから右手首を動かした――。

 実際のコンクリートのような灰色の地面が広がる地上と簡易地図ディメンションスキャンが映す地図を比べるように改めて、地下への出入り口はないかと――見落としはないかと、入念に有視界で見回していく。

 コンクリート製の部分もある土地だが……その周囲の大半はジャングルのような場所だからな。色々な形の葉と葉が重なり樹木の幹を隠している。<無影歩>の効果が効いている上に……この隘路のような環境だからこそ……今の俺たちは、敵に発見され難いのかもしれない。

 ……だとしたら、死角が幾つもあるだろうサイデイルの隘路も考えものだなと無事に事が済んだらキッシュに報告するかと考えた直後、


『ご主人様、わたしの<血嗅覚烈>ならば、他の地下道も見つけることが容易かと……既に臭っています』


 おお、さすが光魔ルシヴァルで唯一の虎獣人ラゼールのママニだ。作戦が一つ増えた。個が強いだけに意味がある。

 ――早速、血獣隊隊長の言葉を取り入れる。

「分かった。<無影歩>が無事に通じた場合、ママニとバーレンティンたちは組んで行動してくれ」

「はい」

「――はいッ」


 バーレンティンとママニは敬礼しながら答えてくれた。


「そして、ママニ。お前は伏兵があるかもしれないと考えていたんだろう?」

「……視線だけでお分かりになりましたか……」


 それはママニが優れているからこそなんだが。


「そりゃな。ママニから【フジク連邦】と【グルトン帝国】の戦争話を何回か聞いている。戦場で活躍というか、戦争で生き延びたことは普通に凄い。尊敬しているぞ」


 俺はラ・ケラーダのマークを作る。


「え、ええ、は、はい! ありがとうございます」


 可愛い仕草を取るママニ。

 ママニが女性だったことを思い出す。


「伏兵の可能性ですか……」

「バーレンティンもママニも足跡の情報を知れば、というか、だれしもが考えることだろう? それに、足跡は聖ギルド連盟との戦いに出ていた兵士たちかもしれない。遮蔽魔法が再起動していない理由の一つとして外に出た兵士たちが戻ってくる可能性もある。だから、地下を探ることも重要だが……挟撃に備えたほうがいいかもな」


 と、ママニとバーレンティン以外に視線を向けたあと、キサラに視線を向ける。

 キサラは微笑んで応えてくれた。

 細い手に持つ魔槍ダモアヌンから、嗤い声が響くと、柄の孔から出ているフィラメントが彼女の白絹の髪に降り掛かっていく。


「はッ」


 ママニは普通に敬礼。


「我が主は才知に……」


 バーレンティンはまた俺を褒めようとしてきた。

 今は受け取るわけにはいかない――。


 腕を出し、


「バーレンティン、今さっき褒めるなといったが」

「はッ、つい、すみません」

「いや、んじゃ、俺たちは別行動といこうか」


 血獣隊隊長ママニと墓掘り人隊長バーレンティンは、俺に対して恭しい態度で返事を寄越す。

 そして、おもむろに互いに顔を見合わせて頷く。

 二人の視線はライバルのようでもあり仲間でもあるといった強い視線だ。すると、相棒が足下に来た。

 黒豹のネコ科らしい縦に割れた黒色の瞳は鋭い。

 俺が握る月狼環ノ槍も見つめてきた。鼻をヒクヒクと動かし、頭部を傾ける。その相棒は視線を灰色の土地に向けた。

 鼻先を上下させて、くんくんと風の匂いでも嗅ぐ素振りを見せた。

 相棒の仕草を見ながら……エヴァとカルードたちに向けて血文字を送る。『紋章の外しと破壊の準備をしろ』と連絡した。

 すると、エヴァから『クナはすぐに外せるって』と返事が来る。

 更に、カルード、サザー、フーからも『了解』といった文字が来た。

 皆に返事を送ると、少し遅れて、

『シュウヤ、アリスちゃんが、お兄ちゃん、がんばって! だって。エルザとハンカイさんと一緒にクナさんを見張るから! とも』


 と、エヴァが血文字を寄越してきた。


『クナよりもハンカイのことを頼むぞ。と、アリスに伝えてくれ』

『ん!』


 と、多少ふざけながら血文字の返事を送った。

 恨んでいるとはいえ、ハンカイもクナを殺すことはしないはずだ。

 ただ、クナに騙されて長いこと魔迷宮に閉じ込められたことは事実だからな……ムカつくだろうし、それは仕方ない。


 さて、よーし……準備は整った。

 灰色の土地に進むとしよう……。


 突入準備中の皆に向けて血文字を送る。


『まずは、最初の一歩だ。<無影歩>が通じるか試す』


 俺の血文字を見たヴィーネが一足先に反応した。


 盛り上がった地点に足を掛けて上がる。

 そのまま、ポニーテールの髪形に銀色の髪を結んでいた金色の糸を、片手で華麗に解く――頭部を微かに揺らす仕草は魅力的だ。風で光沢のある銀色の髪が靡いた。そして、


『行きましょう――白色の貴婦人討伐です!』


 と、宣言するヴィーネ。

 ――ガドリセスの邪竜剣を天に掲げた。

 その瞬間――改めて、ヴィーネがダークエルフの美女なのだと、強く認識した。オーラのような美しい鮮血が彼女の周囲に散っていく……。

 揺れる銀色の長髪と散る血の光景は美しい。

 ガドリセスの邪竜剣がルシヴァルの旗のように見えた。

 フリジア帽はかぶっていないが――有名な絵画『民衆を導く自由』を想起した。ヴィーネの姿が、ウジェーヌ・ドラクロワのフランス七月革命を主題とした油絵と重なった。

 皆も、第一の<筆頭従者長>としての力と美しさを魅せるヴィーネの姿に魅了されたように頷いていく。

 血のコートを羽織ったダークエルフの女王のような姿だ。

 バーレンティンたちも魅了を受けたようにヴィーネの姿を凝視した。

 バーレンティンはラシュウとしてダークエルフ社会で生きたからな。

 強い雌に惹かれるのは、元ダークエルフとしての種の本能が残っていたら、分かる気がする。


 ……俺も溜め息をつくぐらい魅了されたが……。

 今は、ノイルランナーたちを救出することが先決だ。

 視線を厳しくするように意識し灰色の土地を睨む。


 その灰色の土地に足を踏み入れようとした――。

 だが、黒豹ロロの触手に止められた。


 同時に、黒豹ロロの触手が俺の頬に当たる。


 『におい』『なかま』『わかる』『くさい』『におい』『さざー』『あらは』『おふぃーりあ』『ままに』『……』


 色々と気持ちを伝えながら……。

 俺に触れていない他の触手たちが、次々と、灰色の土地を指していった。


 あ、なるほど、神獣としての嗅覚か。

 複数の触手たちは灰色の土地の下を向いていた。

 囚われたノイルランナーたちは地下にいるということかな。


「頼りになる相棒だ。頼むぞ」

「にゃんお~」


 黒豹ロロは口から牙を少しだけ伸ばす。

 その鳴き声は『分かっているにゃ~』といった感じだ。

 両前足から爪が伸びて地面を抉っているし、黒豹ロロも気合いが入っている。


 ややコンパクトを意識した黒豹の姿。

 尻尾がピンと真上に伸びた。


 傘の柄のような形の尻尾は可愛い。

 山猫タイプではない。


 そんな頼りになる黒豹ロロは、俺を見つめて、


「ンン、にゃ~」


 と、元気のいい鳴き声だ。

 黒豹ロロは全身のいたるところから出していた触手群を、俺を掴んでいる触手以外、一旦、黒天鵞絨のような黒毛の体に仕舞っていく。


 そして、首下の両端から二つの黒触手を出した。

 先端がお豆の形の可愛い二つの触手は敵の本拠地を指している。


「行こうか」

「ンン」


 短い喉声で鳴く黒豹ロロ

 まだ、俺を触手で押さえている。


 『わたしが先に調べるにゃ』といったニュアンスと分かる。


 ……黒豹ロロなりに俺たちが警戒していたことを見て分かっていたようだ。


 神獣らしく、俺を守ろうとしてくれているらしい。

 ……可愛く優しい相棒だ。


 その気持ちには応える。


「しゅごじゅー!」


 小さいルッシーは俺の肩に移動していた。

 返事か不明だが、黒豹ロロは、少しだけ頬をぷっくりと膨らませていた。


 微笑みながら黒豹ロロ合図アイコンタクト

 黒豹ロロの虹彩にある縦長の黒色の瞳が、少しだけ散大した。


 瞳の動きも可愛い。

 気品を醸し出す黒豹のロロディーヌ。

 頬から左右に伸びている白髭を揺らすように、微かに頷く。


 黒豹ロロは、女王のように、ぷいっと俺から視線を灰色の土地に向けた。尻尾をピンと立たせながら……優雅にダンスを行うように片足を前に伸ばす。しかし、その片足はネコ科らしく少し震えている。

 そのまま片足の裏で、おそるおそる灰色の土地を叩いた。

 魔力の気配は変わらない。<無影歩>の効果は出ていると思っていいだろう、「ンン、にゃ~」肉球で地面の固さを確認しているようだ。

 何回か叩くと同時に鳴いてから、俺に振り向いてくる。

 黒豹ロロは瞼を閉じて開くというコミュニケーションを取ってきた。ネコ科では親愛を意味するコミュニケーション。

 『大丈夫にゃ~』と声が聞こえたような気がした。

 俺も瞼のコミュニケーションを返し、相棒に『がんばろう』と気持ちを込めて頷く。


「ンン」


 黒豹ロロは喉声を発して返事を寄越す。

 皆が見守る中、俺も足を灰色の土地に踏み入れた。

 黒豹ロロは俺を守るように触手を展開させつつ半歩先を歩いた。

 優しい相棒だ。違う触手の先端で、コンクリート系の地面を叩いては、安全の確認をしてくれる。アーゼンのブーツの底に感じる感触は固い。

 見た目通り、コンクリート系の素材だろう。

 周囲の魔力に変わった動きはない。警戒音も鳴らない。

 先を進んでいた黒豹ロロは、

「ンン、ンンン~」

 と、鳴く。

 『早くこっち来いにゃ~』といった鳴き声だ。

 だが、警戒の表れなのか、むくむくと、体の幅が一回り拡大した。

 獅子のような姿に変身した相棒。

 前足の上部、肩の辺りの筋肉が盛り上がって、剣のような骨武器ができていた。あれは何だろう。走りながら両翼のようなブレードで斬れそうな武器だ。黒獅子ロロの武器は、何げに初か?

 爪の形も変えたのか、地面に刻む爪痕は変わっていく。

 まさに神獣、黒獅子に変身してから凄い速度で駆けた。

 皆も驚いている。ディメンションスキャンに映る地図には俺たちの点しか映っていない。

 黒獅子ロロが先に進んでいるし、今のところは大丈夫か。


『<無影歩>は通じている。ロロが先行しているように大丈夫だ。ユイとヴィーネも来い。ここに、〝人質救出&白色の貴婦人討伐作戦〟を実行に移す――』


 血文字の返事が次々と浮かぶが――返事はしない。

 もう駆けていた――足を速めた。


 黒獅子ロロを追い掛ける――。

 ジョディも俺の背後を守るように浮かびながら付いてきた。


 黒獅子ロロは傾斜した窪んだ地形に突入する。

 見えなくなった黒獅子ロロを追うように傾斜した道を曲がる――地下へと続く曲がった坂道だ。


 下へと、とぐろを巻くように右巻きに続いている坂道の幅は広いが、思ったより深いな。


 こんなに深いとは……気温が少し下がったような気がした。

 草花が両脇に咲いている。匂いは花の匂い。

 曲がった道が多い地下へと続く道。

 意外に整った道だ――ッと、跳躍した。

 ――整っていなかった。今、跳ねたようにせり上がった場所もある。

 そして、中央にタイヤが通ったような跡があるが……。

 まさか、本当に車を白色の貴婦人側は持つのか?

 地下オークションにも潰れたゴミ収集車が出品されて、落札したが……タイヤの幅的にトラックの姿を思い浮かべる……。

 ――しかし、秘密基地に潜入する気分だ。

 黒獅子ロロは、走りながら「ンン、にゃご~」と、少し荒々しい喉声を発した。誰かを攻撃したわけではない。

 むくむくと体を縮小させて、元の黒豹の姿に戻す。

 凜々しい黒豹らしい後ろ姿が見えた。

 ……『敵がいないにゃ~』といった感じだろうか。

 周囲に反応はないからな。

 <無影歩>も機能しているから鳴き声も周囲に響かない。


 そんな黒豹ロロの後脚が地面を捉えて蹴る――ドッとした鈍い音が地面から聞こえるように、土煙が舞う。


 豹としての上下に伸びる四肢を伸ばす。

 大きなストライドを生かす神獣ロロディーヌ。

 四肢を躍動させて、地面に爪痕を残しながら勢いよく下っていく――。


 そんな神獣らしい黒豹ロロさんの機動だが――。

 曲がり角で、後脚が滑って、転けそうになったのはご愛敬。


 慌てている後脚の動きは面白い。

 それにしても、神獣らしく姿を変えながら加速する動きはすこぶる速い。が、負けていられない――。


 俺も光魔ルシヴァルの宗主だ。

 <鎖>を意識してスケボーを足下に作る!


 そして、<光魔の王笏>の力を使うように――。

 血魔力<血道第三・開門>。

 <血液加速ブラッディアクセル>を用いてからの――<血鎖の饗宴>を足下に発動――。


 刹那、血を全身に纏いながら加速する。

 肩からポケットの中に移動したルッシーの魔力が一瞬だけ膨れ上がる。


 が、すぐにルッシーの魔力は収縮し……いや――。

 <血液加速ブラッディアクセル>がバーストした――。


 ルッシー効果か、凄い加速だ――。

 やはり、姿は小さくなってもルシヴァルの精霊だ。


 あっという間に黒豹ロロが足を滑らせた急カーブの位置に到着した。

 スケートボードに乗ってプールの斜面を駆け上がるように――。


 血鎖のボードの位置を調整しながら宙を曲がった――。


 両手を広げて――風が気持ちいい――。

 風を孕む、纏う、いや、脳と風が混ざり溶けるような勢いのある風だ――。


 全身を行き交う魔力網を加算するかのように、勢いのある風が全身を突き抜けていく。

 脳というか、細胞が活性化する感覚、刺激が刺激を呼ぶ。

 ――<脳魔脊髄革命>の効果か。

 気分はまさに『スピードの向こう側』。

 ――そう、まさに『臨界』だ。

 ブッコミと重力から解放を意識したエアーライディング――。


 『グラブエアー』と『エアウォーク』を実行――。 

 ――ジョディにユイとヴィーネは、この加速トリックについてこられない――が、俺を見失うことはないだろう。

 軌跡という血のハイウェイを残しながら血鎖製のスケボーで一気に突き進む――加速したお陰で、すぐに黒豹ロロを追い越す。

 地下施設の底に到着した。周囲に血鎖を伸ばす――。

 シュポッとした液体のような音が響くように壁に突き刺しても勢いは止まらない。血鎖を引き込む。

 同時に、月狼環ノ槍の柄頭を地面に突き刺した――。

 が、回転は止まらず、ぐるぐるぐると目が回る――。

 三半規管を鍛え直すってか――前世ではバスですぐに酔ったんだよな――と、昔を思い出しながらも勢いは止まらない。

 月狼環ノ槍が悲鳴を上げるぐらいに軋むような音が響く。

 一瞬、左手に神槍ガンジスを出そうかと思ったが止めた。


 壁の一部と地面を溶かしている血鎖を解除。

 続けて、豪華すぎた<血鎖の饗宴>を解除した。


 あ、大本のこれも、<血液加速ブラッディアクセル>を解除――。

 <魔闘術>も緩めた。

 そして、その悲鳴を上げた月狼環ノ槍を踏みつけるように月狼環ノ槍の上に両足をつけて、着地――。


 月狼環ノ槍の頭部を鷲掴みにするように大刀の棟部分にあった金属環たちに指を通すと、ようやく、回転が止まった――。


 斜めに傾いていた月狼環ノ槍から下りて、周囲を確認。

 黒豹ロロは扉の前で待っていた。


 周囲はコンクリート系だ。

 血鎖で溶けた部分は極々小さい範囲だ。


 しかし、この広い地下……資材の量が半端ないな。

 きっと、モルタルとか、コンクリートを一瞬で生成できるようなスキルがあるんだろう。

 それも、一人ではなく複数人規模か……。

 この規模の施設を作るのには普通だと何年もかかるだろう。

 だから、俺の邪界製の樹木が生成できるようなスキルとかが必要なはず……。


 ま、これも予測に過ぎない。

 元々あった遺跡を利用しただけかもな。


 ――見上げると、真上は巨大な空洞だ。


 あ――グランバの大回廊にもあったな。

 こんな空洞が地下に……転生した頃を思い出す。

 と、飛翔しながら俺たちを追いかけ続けていたジョディが見えた。

 彼女は血の蝶々を撒き散らしながら、慌てて、急ストップしていた。

 俺たちの方へ向けて指を差している。

 ヴィーネとユイに向けて、俺たちの姿を見つけたとか、話をしていそうだがルッシーと合わさった<無影歩>は凄いスキルだ。

 下降している彼女たちも当然、<無影歩>の効果を得ている。

「ここ~」

 と、ポケットの中のルッシーが、ジョディに応えている。

 赤ちゃんよりも小さい手だ。更にポケットから取り出していたのか、俺の眼前に血を纏う黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミが浮かんできた。ルッシーは魔造虎たちでお手玉をしていく。

 魔造虎の猫の陶器人形も小さいが、ルッシーに比べたら巨大な人形の大きさだ。そのルッシーは血を纏わせた魔造虎たちを軽々と扱い、お手玉を実行していた。


 エヴァに習ったのか分からないが、お手玉を実行する妖精のようなルッシー。


 小さくなった元亜神のゴルゴンチュラより小さいがオッドアイの瞳と植物製の衣服は変わらない。 

 ネームスが見たら、


『わたしは、ネームス』


 と反応しては、クリスタルの瞳が輝くはず。

 今も本体のルッシーがサイデイルで仕事をしているネームスの傍にいるはず。肩に住み着いた小鳥と同じく本体のルッシーにも『わたしは、ネームス』と話しかけていることだろう。

 ……ネームスの精神の楓さんもルッシーのことは気に入ってくれているはずだ。そう考えていると、ジョディの背後にヴィーネとユイの姿を確認した、血を纏う彼女たちも速いが遅く感じる。


 俺と相棒の動きが速すぎるだけか。


「ンン」


 と微かに喉を鳴らしてくる黒豹ロロ

 その黒豹ロロは、まだ、扉の一つに前足を押し当てている。

 他にも扉があるが……一応黒豹ロロに聞くか。


「その扉の先が怪しい? ノイルランナーたちの匂いを嗅ぎ取っているのか?」 


 と聞くと耳をピクピクと動かし、その耳を傾ける。

 耳の動きに少し遅れながらも黒豹ロロは俺の方を振り向いてきた。触手を伸ばしてはこない。気持ちは伝えてこないが『ここの先に向かうにゃ』といった感じなのは分かる。扉にじゃれることもなく爪を出して引っ掻いてもいない。真面目な神獣モードの相棒だ。

 一階の入り口の門番を兼ねた魔道具らしきモノはない。

 深海魚の鮟鱇あんこうのような形のランプがぶら下がっているだけだ。別段センサーらしきモノもない。ただのランプだ。

 簡易地図ディメンションスキャンに敵のマークがあちこちに浮かぶ――この地下にも兵士たちがいるということだ。

 魔力の位置は掌握察と一致する。

 背後にヴィーネとジョディにユイがきた。

 ……とりあえず皆に血文字で連絡かな。


『地下に複数の扉を発見した。ここから囚われたノイルランナーたちを探す』

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