四百九十七話 偵察
扉はもう閉まった。スコープ越しの視界を止める。
片手を下げてビームライフルの銃口を下ろすと右頬の卍の形をしたカレウドスコープのアタッチメントから管が外れた。ビームライフルの後部と繋がっていた、そのカーボンチューブのような管はシュルルッと音を立ててビームライフルの後部へと収斂。
管を格納する部分も魔力を有しているが未知の機構だ。
宇宙文明らしいナノメタルを超えたペプチド鎖とDNAオリガミの応用を超えた超技術だろう。俺の視力と直結している辺り、遺伝子発現制御を完璧にコントロールした未知の機構と分かる。そのビームライフルをアイテムボックスの中に仕舞った。
カレウドスコープは維持し鮮明な視界のまま再び遠くの建物を見る。今はもう閉まっているが一階の玄関口にずらっと並んでいたメイドたち。奥の間は見えなかったが……照明が照らす絨毯と家具の一部は把握できた。並んだメイドたちはロンハンたちへと丁寧に頭を下げていた。
礼儀はちゃんとしていたが武器は各自持っていたから、メイド兼兵士だろう。仕事は、一階の防衛担当を兼ねた幹部たちの身の回りを世話する人たちということかな。
メイドより、先ほどの青年の視線が気になる。
ということで、エヴァたちに連絡だ。
『エヴァ、無事に白色の貴婦人側の本拠地前に到着した。で、確認なんだが、側に居るオフィーリアに、フェウとケマチェンの容姿を聞いてくれないか。猫じゃらし風の長杖を持ち、額縁を持ったイケメンだったかどうかを、そして【死の旅人】のメンバーの中に、魔物使いとか魔獣使いは存在したかを』
『ん、待って』
青年の身なりからケマチェンやフェウではないと思うが……。
まだ、ケマチェンとフェウを実際に見たわけではないからな。
『【死の旅人】の全員は知らないって、〝中には冒険者として優れた者も居るはず〟とだけ。あと、フェウは、二剣を扱う魔剣士。ケマチェンの容姿は眉間に皺がある、目は白色、初老のような男だって。武器の杖は先端に白色の石が付いている。その石から、小さい魔法陣群が円を作るように浮かんでいると教えてくれた』
『了解した』
なら、あの青年はケマチェンではない。
違う幹部クラスと考えることが妥当。
そして、俺たちのほうを見た理由は……魔眼効果で、俺たちに気付いただけ?
ビームライフルのスコープは反射しないはず。
魔眼で知った可能性が高いか。俺たちの存在をあの青年が知ったのなら……急いで仲間と上司に連絡するはず。
だが、今、こちらを探索するような急激な動きはない。
『あ、クナが知ってるって、ちょっと待って』
『了解』
クナは顔が広い。
やはり、フィクサーか、大物中の大物だったりするのか。
ヘカトレイルのギルドマスターの表情や受付嬢の対応を思い出すと……うすら寒くなる。
『シュウヤ、クナが教えてくれた。今、血文字を送って大丈夫?』
『大丈夫だ。バッチコーイ』
『ばっちこーい?』
『ごめん、野球という競技があるんだが、というか気にするな』
『ん、ばっちこーい』
エヴァ……。
『……真似はしないでいいぞ』
『わかった。クナは、魔法絵師の力を使う凄腕の魔物使いは聞いたことがあるって。クナのコミュニティでもある、闇側のリストメンバーの一人。暫く前に行方不明になったって。あと、〝わたしならシュウヤ様を闇の帝王に押し上げることも可能よ。ペルネーテの影の支配者に負けないぐらいのね? 【闇のリスト】をプレゼントしてあげる。地下オークションはペルネーテだけではないんだから……名ばかりの八頭輝とは違う【闇の枢軸会議】の中核である【闇の八巨星】たちに加えて口にしただけでも殺されると噂のある【テーバロンテの償い】たちの名も教えてさし上げますことよ〟と興奮しながら話して〝敵ですから〟〝倒して〟とか、言うと、本当に血を吐いて死にそうになった。ついでにハンカイが殺そうとしたから、わたしが止めた』
『……そ、そうか。怒りのハンカイを止められるのはエヴァしかいない。頼むぞ……』
『ん!』
エヴァの天使の微笑が見えた。
しかし、さり気なく、重要情報だな……。
闇のリストか……。
裏社会に通じるクナの情報網でもトップクラスの人材たちということかな。
【闇の枢軸会議】は聞いたことがある。
【闇の八巨星】と、【テーバロンテの償い】は初耳だ。
……影の支配者。
ペルネーテだ、アイテム鑑定人のことだろう。
呪神テンガルン・ブブバに呪われている方だ。
どうやらクナは本気でハンカイに殺されると思ったらしい。
色々と貴重な情報を渡す気になったようだ。
彼女の諸々と云った情報網を調べていくのは、後々だな。
今は、目の前のできごとを優先する。
クナの情報と持っていた装備品からして、あの青年は、魔法絵師の力を使う凄腕の魔物使いという線が濃厚だろう。
だとしたら、あの青年の行動と思考を分析すると……。
これは希望的な推測だが……。
あの青年……。
オフィーリアと同様に白色の紋章を体に打ち込まれて、白色の貴婦人と推測するゼレナードに従うしかない状況かもしれない?
だから、俺たちに気付いても……。
白色の貴婦人側の仲間たちに報告しないとか?
ロンハンとケマチェンと違い、内心はゼレナードに反抗心を抱いているのかもしれない……最初に遭遇した時の聖ギルド連盟たちの言葉を思い出す。
『……ドルガル。やる気ね。でも、黒髪の冒険者はリストにないわよ? 賞金首とはまったく関係がない魔獣使いの冒険者に見える……無報酬で働く気?』
『手間賃を気にしている時間はない。死蝶人、魔族、黒髪の貴公子、樹怪王の軍団の樹魔妖術師、白の貴婦人が従える怪物たち、地底神の勢力、旧神ゴ・ラード、ロシュメールの亡霊、セブドラ信仰、古代狼族、皆が人族の敵だ。悪しき者を裁くことに変わりはない』
剣を交えたドルガルの言葉……。
リーン、アソル、ドルガルの内、行方不明のリーン以外は死んでしまった。
……ドルガルの仇は俺が取るべきだろう。
槍ではなく、剣でな……。
行方不明のリーンは、
『でも……白き貴婦人の討伐依頼中に、多数の冒険者たちを裏切ったクラン【死の旅人】たち。あの賞金首たちはどうするの?』
と、喋っていた。
あの鋭い視線を寄越してきた青年が【死の旅人】のクランメンバーだったとして……俺たちに気付いていて仲間に喋らず、知らない振りをしているのだとしたら……。
青年が、賞金首となったタイミングは知らないが……。
白色の紋章を体に打ち込まれ、ゼレナードに従うしかない状況は納得していない?
悪人だからこそ、不本意ながら従うしかない状況には耐えがたいものがあるだろう。
ひねくれている可能性もあるが、状況的になぁ。
と、あの青年が、俺たちに気付いていながら、仲間に知らせていない理由を推察してみたが……正解は分からない。
視界の端に浮かぶヘルメも、まったりと泳ぎながら……くつろいでいる。
本拠地から俺たちを探るような魔力の動きはない。
風属性の魔力を放つスキルや、波動のようなスキルの探査、素の魔力を周囲に発して、周囲の魔素の気配を探れられるスキルとは違う、掌握察のような技術の探査もない。
考え過ぎで、単にあの青年は、俺たちに気付いていないだけかもしれない。
俺の予想通りだとしても、対面したら攻撃するしかない。
交渉を持ちかけてきたら、ロンハンと違い、話はすると思うが……。
あの青年が、もし白色の貴婦人側に反抗を示す意思があるのなら……。
上手く逃げてくれることを祈るのみ。
そして、魔道具だが、ピンポイントで赤外線センサーとか音声をキャッチできるアンテナはないだろうと、判断した。
俺たちを、リアルタイムに見る力があるのなら……わざわざ本拠地に招くことはしないはず。
あいつらが聖ギルド連盟たちを仕留めたように、あの膨大な罠が広がっている範囲内に俺たちを誘導して戦う方が上策だ。
どこで戦おうと、戦闘能力に絶対の自信を持つのなら、別だが……。
そこでユイを見る。
自らの口から音が出るリスクを承知で、
「ユイ、猫じゃらしを持った青年の魔法使いとメイド服を着た者たちが居た」
と、喋った。
「そのようね。わたしには小さくて見えなかったけど、クナが持っていた情報通りの人物なら、魔法絵師の力を使う凄腕の魔物使いということになる」
「バーナビー・ゼ・クロイツが愛用していたような額縁を持っていたからな。あの巨大な猫じゃらしもそれ関係だろう」
「レベッカが何か言いそうね」
「あぁ……嘗ては憧れている戦闘職業だったようだからな」
「うん」
「さて……話を変える」
建物に視線を向けて、
「あそこに、ユイならどうやって忍び込む?」
屋根上から忍び込むことは定石だが……。
「忍び込む前に、先にある遮蔽されていた土地が心配。別の探知網がありそう」
「灰色だしな。空気感も違うように見える」
ユイは頭部にずらしていた般若仮面は外してアイテムボックスの中に仕舞っていた。
「……うん。魔力が噴き出している井戸のような場所と不自然な地下に傾斜している部分もある」
「今は、灰色の土地に入らないようにしよう」
建物を中心とした円形を縁取るように灰色の土地は遮蔽され隔離されていた。
サデュラの森を包んでいた結界を超えているような印象だったが……。
あの建物から一定の範囲は<無影歩>しかし、優秀な探知系に引っ掛かるかもしれない。
そう簡単に露見はしないとは思うが……。
なにごとも絶対はない。といった心持ちの魔察眼で観察を続けていく……。
井戸は普通に水源として利用している?
もし水道のようなモノが内部にあれば井戸の底から建物の内部に侵入できるかもしれない。
傾斜している部分は近くから見ないと分からないが、馬車か装甲車でも入れる幅を持つ。
傾斜を下りていけば地下扉に通じている可能性もある。
ヘルメにも聞くか。
『ヘルメ、灰色の土地の周囲に、精霊的な動きはあるか?』
『他と大差ありません。ユイが指摘した井戸は闇と火と水の精霊ちゃんたちが多く集結していますが、それは、他の水源とあまり変わらない数の精霊ちゃんたちです』
『分かった』
どっちにしろ……。
この本拠地らしき建物の周囲を囲っていた遮蔽魔法を繰り出せる力。
半径にしたら結構な範囲だ……。
この規模の遮蔽魔法を繰り出せるアイテムがあるのか。
または、遮蔽魔法かスキルを発動できる奴が建物内部に居るということになる。
後者だとしたら、広い範囲の魔力探知を実行できる存在が居ると考える方が自然だ。
その存在が、白色の貴婦人こと、ゼレナードである確率は高いだろう。
周囲を見回していたユイが、
「灰色になっていない側をぐるっと回って調べてくる?」
「そうだな。その前に、さくっと、あの籠の中に居る蜥蜴ごと……神獣のパワーで強引に燃やし壊すか?」
笑いながら語る。
すると、視界の端で微笑んでいたヘルメがポージングを決めて、
『ふふ、閣下、わたしの<闇水雹累波>でこの地域を沈ませる方法を提案します!』
『却下だ』
人質が死んでしまうだろう。
ヘルメならノイルランナーたちを水で包んで救出とかやりそうだが。
「ちょっと? ロロちゃんの姿を見ると冗談に聞こえないから……ね?」
ユイは実際の口から言葉を発して、注意してくる。
両膝を胸元で抱えるような体勢となりながら
相棒は黒猫の姿から黒豹の姿に変えている。
そして、ユイに同意するように片足を上げ、肉球ハンコを宙に放つ。
ルッシーは片耳を掴んでぶら下がっていた。
挨拶というより餌をねだる『お手』の状態だが。
その餌をねだるような仕草をした片足で、体勢を低くしたユイの肩を叩いていく。
「ンン、にゃ~」
『まかせろにゃ~』
といった感じだろうか。
すると、小さいルッシーは
「がんばる~」
と、
「……ロロちゃんとルッシーちゃん。シュウヤの冗談を本気にしちゃだめよ? 最終的にどうしようもない場合の時だからね? 今は大人しくして警戒を強めるの」
「ンン、にゃ、にゃん」
と、ちゃんとユイの話を聞いて一生懸命に鳴いて返事をするロロディーヌ。
「良い子ねロロちゃん!」
「にゃぁ~」
と、ユイと
気持ちは分かるが、調べるんじゃなかったのかよ。
ルッシーは
天鵞絨のような感触かな。
「きゃ」
尻尾を回転させながらくるりと身を回転させると、俺の方に頭部を向けてくる。
――ネコ科のつぶらな瞳が可愛い。
相棒は首下から複数の触手を伸ばしてきた。
複数の先端が平たい触手たちは、俺のポケットの中をまさぐる。
「にゃ~」
『レッサーパンダ風の幻獣を獲得した
という意思表示だろう。
アーレイとヒュレミだけでなく、神々の残骸とホルカーの欠片が激しく振動してしまう。
今は隠密行動中。
人質救出までは派手に動けない。
「ロロ、今は我慢。アーレイとヒュレミは今度な」
「ンン」
不満げな喉声で返事を寄越すと長い尻尾で俺の唇を触り始めた……。
毛の感触がくすぐったい。
ルッシーはまだ
その尻尾を手で退け、遠くの建物と灰色の土地を観察していった。
そのまま、
『あの範囲に入って……仮に、侵入がバレたとしても、オフィーリアが俺たちと通じているとは、白色の貴婦人側も思わないか』
と、血文字でユイに語る。
『そうね……わたしたちには〝人質の価値はない〟と白色の貴婦人側が判断する可能性の方が高い。人質のことを無視しながら、わたしたちと戦うでしょう。ノイルランナーたちはオフィーリアさんたちだから価値のある人質なんだし』
ユイも血文字で応じた。
『俺たちの立ち位置次第か』
俺たち光魔ルシヴァルが、人質を考慮する側だと、白色の貴婦人側に知れた場合は……。
人質を利用してくるだろう。
『うん……わたしたちは血を扱う種族なんだし、どうせなら吸血鬼勢力と見せかける? ヴァルマスク家とか宣言して』
『幻の吸血鬼一族、失われた十三番目の<筆頭従者長>の末裔だ! と嘘の宣言をするか? 後続にはバーレンティンたちも居る』
『実際にソレグレン派の吸血鬼集団だしね。それだけでも、十分、人質救出の時間は稼げそう』
『ま、これはあくまでも、戦いとなった時の仮の話だが』
『うん。侵入がバレて、しかも、戦いに余裕があったらの話をしてもね……今の段階では忍び込む方を優先しましょう。勿論、<無影歩>のシュウヤだからこそ可能と思う方法でね』
『あの灰色の土地でも<無影歩>が通用すれば……苦労せずとも侵入はできる』
『……そうね。まずは勇気を持ちましょう。こういう仕事はリスクを負ってこそ意味がある』
『おう。ま、幸い、まだまだ時間は豊富だ』
『そうね。キサラさんたちが揃うまでは、まだ侵入はしないのでしょう?』
『敵に動きがない以上、そうなるだろう』
『なら、ミスティから貰った望遠鏡もあるし、横と裏側の侵入経路を確認して、周囲をぐるっと回って確認してくるから。試すこともある』
『了解、しかし試すこと?』
『ふふ、そう――まぁ見てて』
先ほどの俺を真似したユイ。
すぐに<筆頭従者長>らしい動きで消えるようにいなくなった。
「ンン――」
「ゆい、きえた?」
「移動しただけだよ」
ルッシーは手を振るうと、小さい小さい血を宙に放つ――。
ユイが消えた方角に、その血は向かった。
ご飯粒程の大きさの血は杖の形をしていたが……。
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