四百九十六話 小さいルッシー

 俺の血が染みこんだ太い樹は音も立てずに縮小し、ルシヴァルの紋章樹の劇画風の絵と重なった。すると、杖のようなモノが回転しながら宙空に幾つも出現し、それらの杖が一瞬で消失する。杖は消えたが真下が光った。

 光った部分は、光を帯びた樹が血に溶けた残滓かな。

 その光っている部分が、粘土のように自然と蠢きつつ、にょきにょきと、成長を始めて盆栽のようなルシヴァルの紋章樹に変化を遂げる。

 その成長の仕方はアルミニウムと水銀が混じって『アマルガム』が生成されるような変化の動きだった。


 が、そのルシヴァルの紋章樹は純粋に美しい。

 無数の蔦が盆栽風に絡んで、深緑と翡翠の色のグラデーションをルシヴァルの紋章樹に造り上げていた。

 ルシヴァルの紋章樹の根と幹と枝葉から血飛沫が飛ぶ。

 その血飛沫は天使の翼的だ。

 そして、小型のルシヴァルの紋章樹だが、枝葉の拡がりは美しい万朶だから天界へと誘う門にも見えてきた。


 盆栽にはリュートのような楽器模様が正確に描かれている。

 豆粒アートのようだが……正義の神シャファから頂いたリュートの形か。


 巨大な紋章樹がサイデイルに誕生した時は、エアリスが使っていたリュートだったような気もしたが……囁き声のような弦楽器の音楽が響いた。

 ミニチュアの祭壇の誕生を意味するような……。


 温かい心に響く旋律。


 エアリスとイグルードの魂を感じた。

 幸いなことにロンハンとダヴィは気付いていない。ここは樹海。

 バルドーク山、ペルヘカライン大回廊、ヴァライダス蠱宮、魔迷宮サビード・ケンツィルとも近い。モンスターは豊富だ。

 ファーブルやダーヴィンもここに来れば真っ青となる知的生命体ばかり。

 ここは、惑星セラの象徴的な森かな。

 マクロもミクロも多種多様の未知なる食物連鎖が起きている。

 カメレオン系とか、巨大な猿とか、小さい子熊とか、本当に無数な生物が生息している。


「ンン――」


 と、この可愛い相棒こそ、この世界の象徴か。

 黒猫ロロも驚いて喉声で鳴く。


 本物の血が構成しているルシヴァルの紋章樹には、系統樹として、俺たち光魔ルシヴァルの家系図も記されてある。


 小さくて盆栽のようだが、本物だ。


「驚きね。本当にルシヴァルの紋章樹の形成に成功?」

「成功だと思う」

「異常に小さくて可愛いけど」

「サイデイルの巨大な紋章樹のようにはいかないかもな。しかし、先行している俺たちの臭いは正確に眷属たちが辿れるはず」

「臭いだけじゃない。戦いになった場合も想定してそうね、あ……」


 ユイは何かに気付いたように頭部を動かしてから、


「シュウヤがあちこちに血を撒いていた理由の一つ?」

「まだあるが、それもあるな」

「なるほどねぇ。この間から本当に軍師のように〝色々〟と考えているのね」

「俺なりに努力はする」

「ふふ、熱い夜の前に父さんも語っていたけれど……」

「カルードが語った?」

「そう。引き留められてね」


 個人的なことだが、聞くか。


「どんなこと?」

「……〝お前が率先してリードしてヴィーネさんに勝つのだ〟〝体術では引けを取らないお前ならばマイロードもお喜びになるはず〟とか何とか……」


 はは……カルード。


「ほんっと、余計なお世話。だけどね。〝マイロードが<十二鬼道召喚術>と<吸血王サリナスの系譜>を獲得した効果かもしれないが、忠誠と共に畏怖を覚えることが多くなった〟そして、サーマリア建国に貢献した武人レンブランドを支えた名軍師ホウセンのように『あいまい』さがありながらも、先を予想する作戦は実に見事〟とも語っていたの。今なら、父さんがそう語った気持ちが分かる気がする」


 ユイはそう話をしてくれた。

 仮面越しだが、瞳に熱を帯びていることは分かる。


『眷属たちも実感してきたようですね。闊達かったつで、偉大な神聖ルシヴァル帝国を率いる魔帝王の力を!』


 ヘルメの野望が始まった。

 長くなりそうだからシャットダウン!


『妾は構わんぞ』


 これまた、野球でいう感じのシャットアウト!


「……ユイはそうでもない?」

「うん、と言いたいけど、シュウヤの近くに居るだけで感じちゃうことが増えた……」


 と、色っぽい声音で語るユイ。

 内股気味な姿勢となったから、エロいぞ。


「襲いたくなるから……色っぽい声を出すな」

「もう、あれほどがんばったのに、まだできるんだ……」


 ユイは白い仮面を頭部に乗せてから――スッとした動作で俺の側に来た。

 俺にゆっくり背中を預けながら……自身の肩に細い顎を乗せて俺のことを切なげに見上げてくる。


 魅力的な唇だ――。

 唇を奪っていた。

 月狼環ノ槍は地面に落ちている。

 そして、自然とお椀型おっぱいを確認している俺であった。


「ぁ……」


 甘い吐息を出すユイ。


 初めて会った頃のような抵抗は示さない。

 俺はユイの唇から唾が引くのを見ながら頭部を引く。


「ぅん、シュウヤ……の、ここ、元気になった」


 確かに股間がモッコリ。

 チョモランマ状態を指摘してきたユイさんの表情は厭らしい表情だ。

 しかし、ロンハンたちに影響を受けるわけにはいかない。


 それはユイも同じだったのか。

 微笑んでから、できたばかりの紋章樹に視線を移す。


「……でも、この小さいルシヴァルの紋章樹って、分泌吸の匂手フェロモンズタッチより強力?」

「そうかもしれない」


 小さい紋章樹だが立派だ。

 血も滴っているが、不気味さはない。


「……この血の滴る樹をヴァルマスク家、流れの吸血鬼、戦神教、神聖教会の一部が知ったら……すぐに潰しに来そうね。古代狼族たちはハイグリアちゃんが居るから大丈夫だけど」

「あぁ、血の探索ができそうな奴らは、そこら中にいるだろうしな。だからこそ、少しずつ血を垂らして白色の貴婦人側がどんな反応を示すか見ながらの追跡もあった」

「そっか、だからか……」


 そう、ロンハンたちは気付いていない。

 白色の貴婦人側の勢力にヴァンパイアの臭いを探知できるヴァンパイアハンターが居るかもしれないが、少なくとも、俺たちの周囲には居ない。


 だから自ずと答えは出ている。

 ここは敵の本拠地からもまだ距離があるということだ。


『――閣下、水をあげたいです!』


 左目に宿るヘルメがそんな思念を言ってきた。


 見た目は盆栽だからな。

 とはいえ立派なルシヴァルの紋章樹だ。

 凄く小さいガジュマルの樹。

 すると、ガジュマルっぽい根元が、ぐにょりと動いて人の形を作る。


「――あるじぃ~、よんだ?」


 え? 

 ルッシーだ。


「ルッシーか? サイデイルからどうやって来た」


 サイデイルで見た時と違って、今のルッシーの姿は一寸法師のように小さい。

 ネームスが見たらなんて言うだろうか。


 勿論、『わたしは、ネームス』か。


 ルッシーだった根本の樹は、剥がれたように見えたが、それが粘土のような軟らかい動きで、ルシヴァルの紋章樹の形へと戻っている。見た目はガジュマルに見えて可愛い。


「わからない。キッシュのとこにも、わたしいる。あるじに何回もよばれたような気がしたら、わたし、ここにいた」


 呼ばれた気か。

 俺がここに来るまで血をいたるところに撒いたが、その効果が出たのか?

 それともルッシーは分身のような能力を持つ?


 張り巡らせた根と、俺の撒いた血が反応し、独自のネットワーク機能のようなモノの影響で現れたのかな。前に攻撃を受けたサーダインの力をコピー?


 または、吸収していた?


 ステータスの説明では……。

 光魔ルシヴァル血魔力時空属性系と出ていた。


 その全部を踏まえた力かな。

 ルシヴァルの紋章樹に宿る眷属として精霊らしい力といえるか。

 ま、考察したところでな。

 ステータスの説明になかったし……思わぬ副産物を得たと思えばいい。


 と、考察を瞬時に終えたところで、


「ルッシー、肩に来い」

「あいー」


 ルッシーの姿は小さいが……。

 これでいつでも<霊血の泉>は可能かな。

 より強化した霊血装とか使えそうだ。

 ま、今回は最初から全開予定だしな。

 強そうな武術を使う相手と正面から風槍流で戦いたい衝動は抑えないと……。


「ンン、にゃお」


 右肩に居た黒猫ロロも小さいルッシーに挨拶。

 ルッシーは呼ばれたと思ったのか黒猫ロロの後頭部に乗った。


 黒猫ロロは頭部に居るルッシーの姿を見ようと、より目になる。

 耳をピクピクと動かしながら頭部を上げ、仰け反らせるように体勢となった。


 後頭部に居たルッシーは傾けている黒猫ロロに影響を受け背中側へと落ちそうになる。

 そのルッシーはピクピクと動いていた黒猫ロロの両耳を掴んで、落ちなかった。小さい足で、黒猫ロロの後頭部を蹴るルッシー。


 黒猫ロロもルッシーが耳を掴んだと分かったらしく、優しげに頭部の角度を戻していた。

 幼いルッシーが遊んでもふるい落とすことはしない。

 黒猫ロロは触手を耳と耳の間にある頭部に回す。


 ルッシーに触手の裏側にある肉球の座布団を用意してあげている。


 優しい黒猫ロロだ。

 ルッシーは喜んで、その肉球座布団の上に腰を掛けていた。


 すると――。

 ルッシーを頭部に乗せた黒猫ロロは俺の肩から降りる。

 ルシヴァルの紋章樹の隣に生えた樹に近くに移動していた。

 何をするのかと思ったら首回りから触手を生やしていく。


 可愛い「ポン・デ・ライオン」のように触手群を首回りに展開した――。

 そんな触手群は一瞬で崩れる。

 触手の先端から象牙色の鋭い骨牙を突き出させると、ゴムのように目の前の樹木へと伸ばしていく。


 音を立てないように複数の触手を器用に扱う黒猫ロロ

 触手同士を合わせてサイレンサーのように包んでいるのか?


 しかし、削られていく樹木は凄い勢いだ……。

 さすがに少しだけ音は響く……。

 だが、肉球サイレンサーの性能は凄い。

 マシンガンの弾が樹木に衝突していくように樹木は削られていった。


 樹木は、瞬く間に、幻想的な肉球マークとなっていた。


 ……見事な猫の手を生かした肉球の彫刻だ。

 カナダ人の芸術家の作品を思い出す。

 幻想的な動物と植物をモチーフとした彫刻作品は本当に見事で圧倒された。


 ……スカルプチャーアートは爺ちゃんも好きだったなぁ。


 下の方にある猫の顔のマークも可愛らしくていい。

 しかし、何かの宗教団体のマークっぽい。

 黒猫の肉球教団とか?

 将来遺跡になったりして。


 数千年後……。

 黒猫教の誕生秘話が……。

 いい音楽をバックに、あの有名な「歴史秘話ヒストリア」のように語られるかもしれない。


 肝心の俺たちが追跡しているロンハンとダヴィはまだ何かを話し合っている。


 距離が離れているからロンハンとダヴィの会話は不明だ。

 会話に夢中な二人は、俺たちに気付いていない。


 お? どうやらもう場所を移すようだ。

 今、離れた。


『閣下、ロンハンとダヴィが移動しました。水やりの時間はなさそうですね』

『妾なら、樹に孔を作るぞ!』

『そんな時間はない』


 サラテンにそう思念する。

 ユイも細い顎をクイッと動かした。

 ロンハンとダヴィが移動したと知らせてくる意味だ。


 俺もそんなユイと視線を合わせてから――。

 『追尾しよう』と背中を見せているロンハンへと、腕と指を向けた。


 レディファースト的な返しに『うん』と頷くユイ。

 彼女と一緒にロンハンたちの背中を見た。


 ユイは一足先にロンハンたちを追い掛けていく。


「ン、にゃ――」


 ルッシーを頭部に乗せた黒猫ロロも片足を上げて鳴く。

 『追えにゃ~』と意味だろう。


 ――俺たちも行こうか。

 と、黒猫ロロにアイコンタクト。

 瞼を閉じた黒猫ロロさんは、可愛い仕草で、頷く。


 軽やかな機動で肩に戻ってきた黒猫ロロ

 そして、尻尾が首に来た、くすぐったい、が、可愛い、尻尾の毛の感覚は結構好きだ。

 我慢しながら……落ちていた月狼環ノ槍をちゃんと拾う――。


 大刀の上部に備わる金属の環たちが音を鳴らした。

 落としたことが不満なのか、月狼環ノ槍に宿る狼たちは不満そうな金属音を鳴らすが無視だ。


 樹海の道なき道を行く。


 ――ロンハンとダヴィの追跡を続けた。

 紋章魔法陣が地面に敷かれてある場所に入った。


 木の根やら樹木の形が白色の魔法陣と化している。


 ――罠のゾーン。


 当たり前だがロンハンとダヴィは罠がないルートを通っている。

 追跡している俺たちも楽だ。

 罠を避けることも解除する必要もない。


 ……しかし、罠の数は多い。

 暗殺者としての追跡が十八番なユイも警戒を強めた。


 宙にも地面と同じく、無数の白色の魔法陣は浮いている。


 樹の間に仕込まれた罠も多い、ショットガンの弾のように無数の杭が前方に突出するような罠が多い印象だ。

 毒の煙が入っていそうな壺もあった。

 爆弾と推測できる箱もある。

 手榴弾のようなパイナップルの形をしている爆弾らしき物もあった。

 紐と連結している巧妙な罠。中には、罠が炸裂した跡がある。

 冒険者の死体も散乱していた。

 アイテム類をチェックしようか? が、ユイに止められた。


 よく見ると、樹木と樹木の間に蜘蛛の巣に、偽装が施されている白いピアノ線のようなモノが敷き詰められていた。


 うは、これは怖い。

 白いピアノ線のような罠は宙空にも展開されていた。

 ここからだと……月明かりに反射した葉が重なっているから罠は把握できない。


 しかし、少しずれただけで線に体の一部が引っ掛かりそうだ……。

 あの線に触れたらクレイモアのような爆弾が爆発するのかもしれない。

 埋設地雷は普通に怖い。


 時間制限がなく、ノイルランナーたちも囚われていなければ、<鎖>、魔法、闇杭、持っている月狼環ノ槍を<投擲>して遊んでいたかも知れない。


 赤外線センサーらしき魔道具とかあるだろうしな。

 寧ろ、前世で知るような科学を超えたモノで、人族や生命を察知する罠もあるだろう。


 その範囲内に足を踏み入れたら最後。

 ……とか、あるかもしれない。

 爆発を超えた……異界に飛ばされるような時空魔法の罠があったら嫌だな……。


 または、いきなり白色の紋章と化してしまう。

 とかの罠もありそう。


 相手は時空属性を扱うんだからな。


 合流した時に、クナも。


『シュウヤ様、時空属性を扱う相手です。敵を見たら躊躇せず抹殺してくださいね。わたしの分身を殺した時のようにゾクゾクするような殺しを期待してますぅん。あぅん、げう――』


 真剣な表情を浮かべて説明していたクナだったが……。

 途中から感じ入ったような恍惚とした厭らしい表情を浮かべていたクナさん。


 最後には『それでは人質が死ぬかもしれんだろうがッ』と、ハンカイの斧の柄によるキツイ一撃を脇腹に喰らっていた。


 エヴァに怒られていたハンカイの姿を思い出しながら、後続のレベッカたちに血文字を出す。


『……途中に、小さいが、新設したルシヴァルの紋章樹があるから迷うことはないだろう。だが、その先は要注意だ。罠の数が尋常じゃないから慎重に。俺の血の跡だけを追え』


 と、レベッカたちに血文字で報告。


『シュウヤ、そう心配せずとも平気だから。ここに<筆頭従者長>と眷属が何人居ると思っているのよ』

『説明したと思うけど、ゼクスには隠蔽効果もあるから』

『ミスティも色々と新しいアイテムを開発してくれているように、ジョディの持つ妖天秤フムクリもあるし、罠の対処も隠れることも容易だからね』

『ご主人様、皆さまと一緒に向かいます』

『ジョディの<血蝶の舞>より、<銀蝶の踊武>の方が錯乱には向いていますし。集団戦の場合はお任せください』


 と、ママニとヴィーネの返事の血文字を見てから、ロンハンとダヴィを追った。



 ◇◇◇◇


 後続とは違う場所で待機しているエヴァたちと連絡を取りながら移動していると、いたるところに湾曲した樹木が目立つ地域に出た。

 ロンハンとダヴィは走っていく。


 曲がりくねった樹木を潜って抜けた。

 ――視界が広がる。空き地だ。

 しかし、樹海の地にぽっかりと穴があるような場所だと思うが……。

 剥きだしのコンクリート的な灰色の大地があるだけ?

 樹海の領域とは思えない……。

 寒気すら覚える殺風景な場所。


 樹海らしい土地と灰色の地面の境目でロンハンとダヴィは足を止めていた。


 あの殺風景な空間に本拠地があるとでもいうのか?

 俺とユイはそこで待機。

 肩に居た黒猫ロロはユイの耳に尻尾を当てて悪戯をしている。

 黒猫ロロの耳を引っ張っているルッシーが指示したようだ。


 神獣なんだから操作されるなよ、と黒猫ロロにツッコミを入れたくなったが我慢した。


 ダヴィはロンハンの手を離し横を歩いていく。

 歩いているダヴィの手には布が握られていた。

 ロンハンもその布を両手に持っている。


 ダヴィは動きを止め持っていた布を拡げた。

 二人が持っている幾重にも重なっていた布が拡大する。


 横断幕でも作る気か?

 広がった布は魔力を内包している。


 その広げた布はビームの光の波を放つ。

 そのビーム的な光は、殺風景なコンクリートを明るく照らした――。


 光を浴びた殺風景だった空間がぐわりと湾曲し割れた。

 ひび割れた箇所から閃光が生まれる。


 ひび割れた箇所が剥がれた。

 パズルのピースのように剥がれ落ちていく。

 剥がれた先に新しく見えた空間は同じような……。


 いや、土の地面が多いか。


『あの布は結界のような膜を払う魔道具ですね』


 左目に宿る精霊ヘルメがそう思念を寄こしてきた。


『結界か』


 そう思念をヘルメに伝えると……。


 ロンハンとダヴィは布を畳んで仕舞った。

 あの二人が持っていた魔布の力で遮蔽魔法を解除したようだ。


 しかし、ドーム球場を作るように周囲の空間ごと遮蔽していたのか……すげぇ魔法技術だな。

 巨大な光学迷彩といえばいいか。


「あれが、本拠地?」


 ユイが小声で聞いてきた。

 確かに、景色が変わった中央の奥に建物が現れた。

 あの奥地の建物が〝白色の貴婦人〟勢力の本部だろう。


 俺たちの位置からだと四角く長い形だ。

 重厚そうな建物に見える。

 雨宿りができそうな軒もあるが……。


 体育館、武道館、東京駅、そんな印象を抱かせる。


「たぶん」


 と、小声で答えた。

 ここからだと、あの建物まで距離がある。


 ルッシーを頭部に乗せている黒猫ロロは肩から降りた。

 俺たちが警戒していることを理解している黒猫ロロは灰色の地面には入らない。


「……ロロ、暫し待機」


 小声でそう話をしてから……。

 月狼環ノ槍を、地面に突き刺す。

 頭部にかけていた般若の仮面を銀色の枝ベルトに絡ませる。


 肩の竜頭金属甲ハルホンクは消してある。

 今のハルホンクは暗緑色が基調な防護服バージョンだ。

 半袖、長袖、外套と色々と変化が可能な防護服でもあるハルホンク。


 さすがは覇王ハルホンクさんが肩に眠る神話ミソロジー級の防具だ。


『ングゥゥィィ イキテタ、ハルホンク!』


 と、思念を寄こしてきたことは忘れない。

 血魔剣の髑髏の柄を隠すようにぶら下げてから――。


 再び、遮蔽されていた土地を見ていく。


 樹海の土と混ざりあったまま、割れたコンクリートが多い。

 見た目から奥地の建物はそれ相応の年代は経っていると推測できた。

 波群瓢箪のリサナか沸騎士をそろそろ出すかな。


 いや、まだ偵察を優先するか。

 紅環のアドゥムブラリもまだだ。


 ロンハンとダヴィは布の魔道具を仕舞うと歩きながら建物に近付いていく。


 詳細はビームライフルのスコープで見よう。

 般若仮面をかぶせた血魔剣と鋼の柄巻きの位置を太股の位置にずらし魔軍夜行ノ槍業の書に重ねる。


 その直後――唸り声が腰から響く。

 声を響かせたのは魔軍夜行ノ槍業だ。

 アンティーク調の魔術書にも見える書。

 

 その書の魔界騎士たちが織りなす表表紙と裏表紙を挟んでいる留め金が外れていた。

 書は口でも開くように少しだけ開くと、そこから微かな魔力が漏れ出ていく。

 その書の内部から漏れ出た魔力は、表紙に重なっていた血魔剣を書に触れさせまいと、少しだけ血魔剣を浮かせている。


 柄に引っ掛かっていた般若仮面はゆらゆらと揺れた。


 吸血王の剣とはいえ書に触れても構わんと思うが……。

 魔軍夜行ノ槍業に棲んでいる八怪卿の中にプライドが高い方がいるようだ。

 

 その間にアイテムボックスを操作――。

 手慣れた手つきでアイテムボックスからビームライフルを取り出した。

 水晶らしきコイルを確認。

 螺旋状となった液体金属群が、球体に巻き付いて蠢いている。

 持ちやすいスケルトンの銃身被筒は三日月マークの金属のようなモノが銃の発射口を形成している。


 銀河騎士専用ライフルは渋い。

 銀河騎士用のムラサメブレードは吸血王の血魔剣の隣だ。

 ここで、ハルホンクを意識して素っ裸となってからガトランスフォームを展開すれば完全なガトランス装備となるが……しない。


 片膝を地面につけて体勢を屈めた。

 長口径ビームライフルの先端を木の根に乗せて地面に伏せる。


 頬付けをして……低い姿勢でライフルを構えた。

 俺の前世で知るコスタ撃ちはしない。

 魔軍夜行ノ槍業は自動的に魔力が引き込む。

 留め金も閉まった。


 腰の奥義書は気にせず、グリップを確かめた。

 ガトランスフォームは着ていないが、不思議と馴染むライフルだ。


 ――スナイプをするつもりは、まだないが……。

 スコープは覗く。


 ん? 何も見えない!


 原因は黒猫ロロの尻尾だった。

 悪戯娘な、可愛い神獣娘め!


 ライフルから頬を離す。

 指で黒のモフモフしている尻尾を払う。


「ンン」


 尻尾を退かされた黒猫ロロは喉声で鳴く。

 側で待機するらしい。

 両前足を木の根に乗せた。

 スフィンクスのような体勢だ。


 俺の行動の真似をした?

 黒猫ロロはゴロゴロとした喉を鳴らしている。

 木の根に乗せた両前足から爪が交互に出た。

 モミモミと木の根を揉んでいく。

 甘えるような仕草をやり出していく。

 黒猫ロロの肉球マッサージで、木の根に乗せていたビームライフルがゆさゆさと揺れるが可愛いから許した。


 しかし、ロンハンたちを見た黒猫ロロはピタッと動きを止める。


 頭部も地面にくっ付けた。

 尻尾が左右に揺れ始めていく。

 黒猫ロロ的には狩りか。

 ロンハンたちが鼠に見えているのかもしれない。


 瞳が散大しているかもな。


「ふふ、ロロちゃん、見るだけよ?」


 と、体勢を低くしたユイが黒猫ロロの頭部から背中まで撫でていった。

 一瞬その、なでなでに、まざりたくなった。

 だが我慢だ。

 再び頬付けをしてスコープを覗く。

 すると、長口径のライフルの後部から細い金属管が伸びて、右目の側面に付着した。

 カレウドスコープの卍型に変化しているアタッチメントと合体。


 前と同じくビームライフルと一体化した。

 ――視界が更に進化する。

 ヘッドマウントディスプレイを超えた視界。


 値が上下するメモリも視界の端に現れる。

 狙いのカーソルも俺の目の動きと完全にリンクした。

 完全なFPSモードだな。


 端から見たら改造人間とかアンドロイドに見えるかもしれない。

 そのまま見張りを含めたロンハンとダヴィをスコープ越しに観察を続けた。


 コンクリートと似ている素材で形成された屋根の上には見張りが三人立っている。


 見張りは人族かな――とズームアップ。

 やはりそうだ。

 人族、杖持ちと射手が二人か。


 全員が遠距離タイプ。


 スコープを下に向けた。

 二階の壁もコンクリートの色。


 壁にあるZの字を重ねた形をした溝が近未来風の建物をイメージさせる。


 一階の右手前に茶色の扉があった。

 色合いは、若干……くすんでいる。


 俯瞰して見れば豆腐のような形かもしれない。

 ロンハンは片手を上げて屋根の上の見張りの味方に挨拶をしている。


 言葉は当然聞こえない。

 布の魔道具の効果はまだ復活していない。


 遮蔽効果は一度きりか?

 かなり広い土地を遮蔽する魔法だからな。


 隠蔽魔法には魔力の補充が必要かもしれない。

 もしそうなら次の遮蔽魔法が発動するまで時間が掛かるタイプかな。


 たんに魔道具の力が尽きたか。

 魔力の充電が必要なのか。


 ロンハンとダヴィはそのまま奥地の建物に向かう。

 玄関の扉の前で足を止めた。

 どうやら扉に何かの仕掛けがあるようだ。

 扉の上、二階の軒に、籠らしきモノがぶら下がっている。

 スコープのズームを強めた。

 そこの籠の中には小さい蜥蜴たちが火を吐きながら蠢いている。


 あの蜥蜴たちが玄関のランプ代わりか?

 門番的な守護獣?


 そして、ズームアウトして、ロンハンを映す。


 ロンハンは腰にあった魔道具を掲げた。

 先ほどのダヴィと協力して横断幕を作るように掲げていた魔布のアイテムとは違う。


 籠の中の蜥蜴たちが魔道具に反応した。

 走り回って赤い煌めきが増す。


 その直後、魔道具を掲げたロンハンの足下も反応を示した。


 足下に魔法陣があったのか――。

 魔法陣に刻まれた形がそのまま白光色を伴って視覚化していた。


 少し遅れてダヴィも、その立体化している魔法陣の中に足を踏み入れる。

 ダヴィが魔法陣の中に入ると、薄茶色の扉が閃光を発した。


 扉の中心から半透明の魔法陣が回転しながら飛び出す。

 魔法陣は、AR技術っぽい線の色彩で、卯の花のような形の魔法陣へと変化を果たす。

 あれは時空魔法系の魔法陣か?

 飛び出ている魔法陣の先端から白い粘土がにょろりと出てきた。


 召喚か。粘土は頭部。

 ミスティのようなゴーレムの頭部となると、動きが止まった。

 頭部だけだ。半透明な魔法陣がゴーレムの胴体というイメージだが……。


 魔法陣だけに異質だ。

 無機質な頭部には、双眸もある。

 そこから魔力光が出た。

 ロンハンの魔道具にその魔力光は吸い込まれていく。


 たぶん、スキャンの効果がある魔力光だろう。

 本人だと確認できる個人認識機能でもあるようだ。


 その瞬間、薄茶色の扉は上下に分かれるように開いた。


 出迎えた人物は青年。

 獅子舞にあるような獅子の頭部を備えた杖を持つ。

 巨大な猫じゃらし風といえばいいか。


 変わった杖を持つが、身なりは魔法使いかな。


 二階にいた小さい杖を持つ女性とは違う貴族に近い衣服。

 腰ベルトに魔道具系の装備品をぶら下げていた。

 巨大な額縁のような物も背負っている。


 アイテムは豊富に持っていそう。


 ロンハンとダヴィは腕を上げて、その青年に挨拶。

 そのまま二人は悠々と歩いて建物の内部に入った。


 傍にはメイド服の格好をした者たちがたくさんいる。

 武器を備えたメイドたちか。


 ロンハンとダヴィを出迎えた青年は笑みを見せながら、出入り口に立つ。

 左右を見回してから、俺の方角を見て、頭部を傾けた。


 ――え? まさか、気付いていないよな。

 と、その俺たちの方を凝視する彼の双眸をズームアップ。


 魔眼のようなモノは確実にある瞳だ。


 虹彩に小さい魔法陣があった。

 しかも§のマークがある。


 あれは知っているぞ……。

 古代魔法を弄る時にあった古代魔法言語のマーク。


 もしかして、俺の読んだことのある古代魔法に近いシステムを備えた魔眼を使う?

 あの青年が古代魔法を使えるなら要注意だ。

 闇弾、《魔人殺しの闇弾ジョーカースレイヤー・マグナム》とか作れるのか?


 戦略級はさすがに膨大な魔力が必要だから使える可能性は低いと思うが。


 青年は俺から視線を逸らした。

 俺たちに気付いてはいない。


 やはり、気のせいか。


 彼は頭部を上げて、籠の中で暴れる火を吐く蜥蜴たちに何かを話す。

 すると、火を吐いて暴れていた蜥蜴たちは動きを止めた。

 あの猫じゃらし風の杖といい……。


 もしかして、魔物使いとか、魔獣使いか?


 青年だし、ゼレナードと名がある白色の貴婦人ではないだろう。

 白色の貴婦人側には、他にも幹部級たちが居るということか、その青年の背後に並んでいたメイド服を着た連中が、その青年に声を掛けている。


 青年が建物の中に戻ると、扉は閉まった。

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