四百九十二話 幻獣ハンター

「……」


 さっきは技名を喋っていたが、名を答えずか。

 夜なこともあるが頭巾の陰で双眸は見えない。

 鼻と唇はかろうじて見える。


 矢を輝く紐で弾きながらも、仕掛けてこないな……。


 <導想魔手>の上に立つ俺を含めた背後の魔造虎と聖杯の観察を続いているようだ。

 彼女の目的は殺し合いではないだろう。

 交渉の余地はある。


 だが、一応、先に仕掛けることも考えながら口を動かす。


「……お前は誰だ。何の目的でアイテムを盗もうとした」


 と、尋ねた。


「……」


 頭巾を深くかぶった女性は無言だ。

 やはり盗人かな。


「ん、シュウヤ――後ろで変な動物が生まれた!」


 エヴァが指摘してきた。

 思わず、振り向く。


『アーレイちゃんとヒュレミちゃんの上に、未知の魔力の動物が……』 


 エヴァとヘルメの言う通り、本当だ。

 まだゆらゆらと揺れている見知らぬ動物系の姿だが、二つの猫の置物の傍に誕生している。

 大きさは黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミと似ている?

 雷魔力を纏った四肢を持つ姿。

 いや、時々、レッサーパンダと似た小熊系の姿に、というかレッサーパンダの姿に纏まった。


 レッサーは凄く可愛い……。

 威嚇か、分からないが両手を上げている。

 尻尾はしましまだ。雷属性と推測できる放電している。

 バチバチと音が聞こえてきそうだ。


 二匹の魔造虎は、まだ置物のままだが……。

 二匹がパワーアップした姿を現している?


 それとも魔造虎に憑依した系の別の幻獣?

 黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミが進化した姿?


 雷魔力を纏ったレッサーパンダは、ランプに宿る精霊のように下半身の幅が段々と細まり二つの魔線となって二匹の魔造虎たちと繋がっている。


 皆も、この不思議なレッサーパンダに見惚れているらしい。

 俺たちの戦いというか、一瞬、静かになった。


『ウォォォ』


 いや、左手の奥地に棲んでいるだろうサラテン娘はコウフンしている。


『まぁ……ふふ』


 ヘルメは可愛いと思ってそうだ。

 ハイグリアも頭を振って、

 

「……曲者め。わたしとシュウヤの可愛い祝福の証しは渡さないぞ!」

「……そうは言ってもね。こんな風に派手に登場したからには、珍しく可愛い幻獣を逃すつもりはないわ。ごめんなさいね」

「知るか――」


 癇に障ったのか神姫ハイグリアが先に仕掛けた。

 俺はそのハイグリアの背中を見ながら、相対している者を見つめる。


 ハイグリアは跳ね上がるような機動から上向きに足先を伸ばす。 

 飛び蹴りの格好だ。

 頭巾をかぶる女性は、その鋭いハイグリアの跳び蹴りをあっさりと避けた。

 軽やかな横回転する機動――。


 逆さま状態で、俺に視線を、いや、背後の幻獣もとい、レッサーパンダに視線を向けている。

 ジョディ級の動きか。

 頭巾をかぶる女性は、新しく誕生しているレッサーパンダを注視していた。


「……うーん。あきらめるしかないか……」


 言葉に諦めがこもっているが、諦めていない。


 頭巾をかぶった女性は軽業師のような機動を維持。

 横に移動しつつハイグリアを見ながらも、俺に対してノールックパスを送るように、また手元から輝く紐を伸ばしてきた。

 

 そのままハイグリアの反転蹴りを避けた頭巾の女性は、宙を踊るような機動を魅せる――。

 俺に伸びてきた輝く紐の目的は、背後に出現したレッサーパンダ系の動物だろう。


 輝く紐は、鞭のようにしなった。

 俺の<鎖>を弾いたように精神を生かすモノを生かした特性の紐だと思う――。

 

 輝いた蛇が踊っているように見えてくる。

 触ったら火傷しそうだ――。


『<珠瑠の紐>と似ているモノだと推測します』


 ヘルメの指摘に同意――。


『そうだな』


 ヘルメの<珠瑠の紐>のような特別な匂いはないが――。

 と、思いながら足元の<導想魔手>を蹴った。

 右手に魔槍杖バルドークを召喚し、輝く紐を出迎えるように、その魔槍杖を横から振るう――。


 輝く紐を切断するというか、叩く――。

 魔槍杖の矛と輝く紐を衝突させた。


 柔らかい、紐は紐か。

 柄から伝わってくる感触はあまりない。

 輝く紐は跳ね返る形で戻っていく。

 頭巾をかぶる女性は構えながらも、その輝く紐を手甲の中に収斂した。


 一瞬、その構えから、ホワインさんを連想した。


「邪魔しないでよ」

「何が邪魔だ。レッサー、いや、新しい動物を勝手に自分の物にするな。そもそも、お前の物じゃないだろう」


 と、至極当然なことを告げる。


「……レッサー動物じゃない。未知の幻獣よ」

「幻獣?」

「知らないの?」

「知らない」


 そう素直に話した。


「――シュウヤ、喋ってないで捕まえろ!」


 ハイグリアは俺に攻撃を促しながらも頭巾をかぶった女性に突撃を続けていくが、その頭巾をかぶった女性はハイグリアの攻撃を避け続けている。


「――どうして何も知らない人族の貴方が、幻獣の誕生の儀式に立ち会えているのかしら――」


 頭巾をかぶった女性はハイグリアの蹴りと、下から迫る無数の飛来してくる矢を巧妙な動きで避け続けながら、俺に語りかけてくる……器用な奴だ。


 足元から魔力を発して素早い機動を生み出している。

 さっきのようなオーロラのような出力はないようだが……。


 浮いている技術はアイテム効果か?

 飛行専門の魔法技術か。

 玲瓏の魔女のフミレンスと子供に爺さんとの会話の際にもそれらしき魔法名が出ていた。


「……たまたま、だ。それでお前の名前は? 幻獣を盗もうとした理由を教えてくれ」


 戦っているハイグリアに視線で、少し話すといったニュアンスのアイコンタクトを送る。

 が、ハイグリアは分かってない。

 

 古代狼族らしく興奮していた。

 この辺は他の古代狼族と変わらない。

 下の狼将の一部とヒヨリミ様たちは至って冷静だが。


「――わたしの名はルーブ。テイムが得意な幻獣ハンター」


 ハイグリアの蹴り技を、同じ足先だけで往なす彼女の名はルーブか。


「幻獣ハンター? 冒険者ギルドとはまた違う組織なのか?」

「そうね、非合法の大手巨大組織といったところ?」


 分からない。

 思わず下に居たクナを見る。


「シュウヤ様――。統廃合が進んでいると思いますが、魔獣、幻獣、モンスターを扱う組織は各都市にあります中でも【魔獣追跡ギルド】、【ミシカルファクトリー】、【幻獣ハンター協会】、【未開スキル探索教団】など、有名所は多々あります」

「ん、クナ詳しい」

「ふふ、黒いお目目を大きくしてぇ~エヴァちゃん。驚いた?」

「驚いた」

「可愛い~。わたし、モンスターの使役スキルを持つからね? 実際に取引してたしぃ~」


 エヴァに向けて話すクナは調子に乗っている。


 俺との言葉の落差が激しいが……あ、思い出した。

 彼女は色々と闇ギルドと繋がっているんだった。


 【ガイガルの闇】の幹部センビ・マキージオ当てに手紙を出していたっけ。


「あら? わたしと同じ職種の方なのかしら?」


 と、ルーブはクナを注視。

 クナはルーブの問いには答えない。


 ハンカイの怖い視線を受け流しながら、周りの質問に答えていく。

 俺は、ルーブを再び凝視して、


「で、ルーブ。俺たちと敵対する。ということでいいんだな?」

「……へぇ……風槍流?」


 自然と左足が前に出たことで悟られた。


「そうだよ」

「〝俺は他とは攻撃の質がある〟という意味のある警告かしら」

「分かってるじゃねぇか。今から逃げる行動に移れば……ひょっとしたら間に合うかもしれないぞ?」


 と、笑みを意識しながら語る俺だが、この女を逃がすつもりはない。


 俺の眉を読んだであろうルーブは、


「嘘ね」


 そうだよ。


 と、は口にせず顔に表しながら魔闘術を全身に纏う。

 足下の<導想魔手>を蹴る――。

 ハイグリアの要望通り、ルーブとの間合いを詰めた。

 魔槍杖の石突の<刺突>をルーブの鳩尾へと伸ばす。


「速い――」


 彼女は下方に差し向けた魔剣の剣身で竜魔石の石突を受け止める。


 <刺突>の衝撃を殺すように、やや後退しながら受けたルーブ。

 石突を受けてから強引に魔剣を上向かせると、竜魔石を撥ね除けてきた。


 スムーズな防御剣術――。


 まぁ、四天魔女キサラのように宙を軽やかに移動する実力の持ち主だ。

 俺の魔槍の動きに反応し弾くだろうとは予想をしていた――。


 と、いうことで、その弾く反動を利用させてもらう――。

 手前に魔槍杖バルドークを引きながら、その紫色の柄を左手で押し出す。


 魔槍杖を回転させながら風槍流の応用技『枝崩れ』を実行――。

 柄を握る手だけのフィンガーダンスを行うように、両手を素早く組み替えながら――。

 嵐雲の形をした穂先を相手の下腹部に向かわせた。


 足ごと掬うような機動の魔槍杖の矛だったが――。

 ルーブは手元から伸ばしている輝く紐を凹の形に変形させて、防御に回る。


 あの輝く紐が纏まって小さい鍋底になる形状、キサラのダモアヌンの魔槍を思い出す。

 柄の孔から放射状に出たフィラメントのような能力に近いか。

 

 やはり、ヘルメの<珠瑠の紐>とも似ている。


 その二つの能力を割ったような力があると判断――。

 俺はすぐに回し蹴りを頭巾をかぶるルーブの頭部に向かわせる。


 アーゼンのブーツの甲で頭部を吹っ飛ばしてやろうとしたが、


「――くっ、蹴りに、槍も迅い――」


 ルーブはそう喋ると、輝く紐で嵐雲の形をした矛を弾き、同時に、蹴りを避ける――。

 頭を下げながら後退し、横に移動したルーブ。


「並外れた体躯を持つ槍使いね、だけど――」


 言葉尻に左肩を下げたルーブ。

 腰だめの構えを生かすように身を捻りながら魔剣を振り下ろしてくる。


 俺の右肩から胸と腹を斜めに薙ぐ軌道だ。


 その袈裟斬り機動を即座に読む。

 迫る剣身の色合いは、黄色と青色が混じっている――。


 ――受けには回らない。

 ――再び<導想魔手>を蹴る。

 横へと滑るように、最小の動きで宙を移動し、魔剣の斬撃を避ける。

 と、同時に全身に纏う魔闘術の配分を変えた。


 緩急を付けた魔槍杖でルーブの胸元を突くモーションをしながら、の、生活魔法を繰り出す――。


 二重のフェイントだ。

 ルーブの意表を突く。


「え? 何?」


 魔剣と輝く紐を胸元の防御に回して、突きのフェイクにも掛かったルーブ。

 彼女は、ただの水に驚く。

 頭巾ごと濡らすように水をぶっかけてやった。

 水を浴びたルーブは、輝く紐で水を防ごうと反応しているが水を防げていない。

 

 俺はスプリンクラーが回りながら水を飛ばすように放水を続けながら、


「喋りすぎだ」


 と、俺はそう発言。


『閣下の水世界は美しい~』


 ヘルメは、俺の水をどんな風に見て感じているのか、分からない。


『器は槍が好きだのぅ、妾ならスパッと終わるだろうに』

『否定はしない』


 魔界騎士の頭部や亜神の胴体を貫いたからな神剣サラテンは……。

 左手に棲むサラテン娘に応えながらルーブを見る。


 ルーブはずぶ濡れだ。


 肩の竜頭金属甲ハルホンクからの氷礫でもよかったが、これはこれで目潰し代わりでもある。

 そして、宙に水場の環境を作り上げたことに変わりない――。


「これ、油? や、やめ――」


 ルーブは慌てている。


 足で<導想魔手>を消す潰すような踏み込みから――。

 腰の捻りを生かした石突側の<水穿>を繰り出した。


 ただの水を、油だと、ルーブは勘違いをし、動揺しているから彼女は反応が遅れた――。


 水を纏う竜魔石の<水穿>が左肩を突く。

 ルーブの肩を弾くように衝突した――魔槍杖を握る掌から鈍い感触を得る。


 ただ、ルーブが羽織るポンチョの防御能力は高い。


 魔槍杖の穂先、紅斧刃が螺旋状に変形している嵐雲の方の矛なら……。

 火を纏う場合もあるから、実際に火が付いたかもしれないが――。


「くっ」


 息を乱したルーブ。

 僅かに怯んだ、そこを突く。


 さらに血魔力<血道第三・開門>開門――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。

 体を加速させて<豪閃>を発動――。


 筋肉を意識して魔槍杖を振るう豪槍流の一閃を繰り出した。

 紅色の軌跡が宙に生まれた――。


 だが、ルーブは輝く紐を纏った手甲で<豪閃>を受け止める。

 反応するところはさすがだ。


 が、俺には槍組手もある。

 俺は下方向けた足刀横蹴りをルーブに腹に決め込んでいた。


 メリッとした音が響く。

 鎖帷子系の感触と分かるが、内臓にダメージが通ったはず。


「ぐええ」


 そこから、魔槍杖を一旦、消去し再び右の掌に魔槍杖バルドークを召喚――。

 さらに引く動作を省略したまま血魔力を魔槍杖バルドークに飲ませる勢いで血魔力を解放し――魔槍杖バルドークによる<血穿>を繰り出した――。


 ルーブが操作した輝く紐が防御にまわるが、迅速な<血穿>の突きには抗えない。

 血を纏う嵐の形をした穂先がルーブの右肩に決まる。


 ドッと鈍い音が響くとポンチョごと、嵐雲の矛が、ルーブの肩を引き裂く。

 ポンチョは魔竜王の鶏冠効果の矛の刃で一気に燃焼した。

 同時にルーブの穿った肩口から血飛沫が円を描くように迸る。


 螺旋し嵐の雲風の形をしている紅斧の刃に、その血が降りかかった。

 ――ジュババとした血の蒸発していく音が立つ。


 嵐雲の穂先に浮かぶ髑髏の模様たちが嗤うようにカラカラと音を立てた。

 ダモアヌンの魔槍と繋がる姫魔鬼メファーラ様の影響だろう。


 少し遅れて、ルーブの肩と腕の辺りから、骨が折れたような音も響いてきた。

 ルーブは輝く紐を扱う手がだらりと垂れた。

 魔剣を握っている手も垂れる。

 

 そして、俺はヴァンパイア系――。

 まだ蒸発していない血は頂くとしよう。

 <血道第一・開門>こと、第一関門を意識した。

 ――血飛沫を全身で受け止めるように吸い寄せる。


 このまま第二、第三とイモリザの腕を生かす戦術斬りも行えるが……殺しはしない――。

 彼女の胸元に血を纏った踵落としを喰らわせた――。

 

「ぐぇ」


 蹴りの動作に反応した彼女は顎先を蹴りが掠めた。

 頭巾がはたけて、あへ顔気味の表情を晒したルーブは墜落。

 痛みからか、顎先を掠めたからか、出血量か、詳細は不明だが、気を失っていると分かる。

 

 握っていた魔剣が落ちていった。

 エヴァの紫色の魔力がその魔剣を捕えている。


 俺にウィンクしてたエヴァに気が抜けそうになったが、我慢した。


 一方ルーブは、あのまま床に衝突して昇天するのもいい思うが……。

 死なすには惜しい――。


 それにヒヨリミ様の厳しい視線もある。

 『捕まえることは可能ですわよね?』

 といったような無言の圧力をひしひしと感じている。

 

 ――落ちていくルーブを追いかけた。


 魔槍杖を消してから右腕を下へ伸ばす。

 墜落していくルーブの首根っこを掴むように、襟を掴んで、卓の上に着地した。


 彼女の体重は軽い。

 ルーブの表情はさっきと変わらず。

 美人さんと分かるが……お嫁にいけない、酷い面で意識を失っている。


 魔闘術と<血液加速ブラッディアクセル>を解除すると、一斉に歓声が起こった。

 狼将たちも驚いている。

 ここは大きい卓で円形闘技場のような場所だからな。


 皆は、闘技場で行なわれるような槍使いと剣士の試合を観戦していた気分だったのかもしれない。

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