四百九十三話 惑星の夜は長い&船宿
幻獣ハンターのルーブは、皆を翻弄した凄腕だったかな。
そんな存在を倒したからか余計に盛り上がっている。
「――呪いの槍を扱うだけはある!」
「――神姫様のお相手だ、当然だろう!」
古代狼族の方々は興奮が冷めない。
『閣下、お見事です。水を使った戦術は色々とあるんですね』
『水だけでなく、魔闘術を含めて、<
『一つの技の加速だけをとっても、その技術の幅に秘奥があると』
『さすがに分かるか』
『はい!』
だてに左目に宿っていないなヘルメは。
すると、着地していたハイグリアが、
「おぉぉ、槍使いシュウヤ! やはり凄い!」
と、興奮しながら話してきた。
隣に居る狼将さんも、
「――シュウヤ殿、先ほどはご無礼を! 尊敬に値する槍武術を持つのですな」
ルーブを追い掛けていた狼将だ。
丁寧に挨拶してくれた。
名は……。
「狼将オウリア。シュウヤはわたしの番なのだ、当然だろう!」
神姫ハイグリアが偉そうに指摘する。
オウリアという方か。
しかし、ドヤ顔のハイグリアだ。
両手を腰に当て胸を張り『えっへん!』といったような表情を浮かべている。
彼女のピンと立っていた尻尾が左右に揺れていく。
「ハッ、神姫様。確かに……」
狼将オウリアさんは、そうハイグリアに頭を下げる。
俺もこのオウリアさんに挨拶をしないと。
足の爪を、クレイモアのような幅広い大剣として扱う蹴りの剣技はカッコよく面白かった。
実際に幻獣ハンターのルーブは受けに回って逃げていた。
この狼将も確実に強い。
だからこそ、しっかりとした姿勢を意識した。
ラ・ケラーダの挨拶はせず、普通に、
「オウリア殿、初めまして。流れとはいえ古代狼族たちに貢献できて嬉しく思います」
「シュウヤ、流れとは何だ、流れとは……」
ハイグリアに小突かれる。
番の儀式が〝流れ〟だとでもいうのか? というツッコミだった。
そのツッコミを見たオウリアさん。
「――ははは、さすがは番殿! 仲が良い!」
「はは、ハイグリアとは仲良くしたいですね」
「よくいった、シュウヤ! だから……」
ハイグリアは俺の腕を引っ張る。
頬を赤くして興奮しているハイグリア。
尻尾も激しく左右に揺れていた。
オウリアさんはその様子を見て、事情を察知したように微笑むと胸元に手を当て、頭を下げてから、
「……では、これにて」
と、語ってから踵を返す。
そこに、
「ンン、にゃ~」
相棒の頭の感触を足に得ながら、
「で、こいつの身柄はどうするか」
ルーブはハイグリアたちに預けるかな。
すると、ヒヨリミ様が近付いてくる。
ヒヨリミ様は、蝙蝠傘を手に持った状態で浮遊しながらも軽やかに俺との間合いを詰めてきた。
「――わたしが預かります。バーナンソー商会と関わりがあるかもしれないですから」
「なるほど」
ルーブの変な顔を見ながら……。
商会関係を利用して潜り込んでいた?
隠れ蓑としての商会がバーナンソー?
といった予想がつくが……。
オフィーリアが優勝したレースの会場で見学していた中に居た怪しい商人たちが絡んでいる?
ま、それはそれ。
狼月都市ハーレイアを管理する側に託すとしよう。
大騎士レムロナのように、お偉いさんにお任せだ。
「婆様、暗躍している商会の捜査と、例の隻眼のラドラスの行方についての捜査にも、協力したいのです!」
「リンさんが、百皇狐の
ハイグリアに話しかけていたヒヨリミ様の足に肉球パンチを繰り出している
ヒヨリミ様のびっくりしたような可愛い声はちょっと面白い。
ハイグリアと同様にいい匂いなのかもしれない。
「そうです。このハーレイアで……ふざけたことを……」
「……とはいえ、セナアプアのドイガルガ上院評議員が持つ大商人たちが関わっている。あまりにも遠大。ここからでは、その一端のことしか分からない」
そう語りながらも、相棒を撫でているヒヨリミ様。
「だからこそ、わたしが!」
ハイグリアの強気な言葉を聞いたヒヨリミ様は、相棒から手を離して、視線を泳がせる。
そりゃそうだ。ハイグリアは大事な神姫だからな。
ただでさえ大事な存在なのに、樹海の外に行かせるわけがない。
相棒は尻尾を立てて、ヒヨリミ様の傘の尾を比べていく。
相棒が何をするのか、面白いが……。
バーナンソー商会か……。
ピサード大商会と繋がりがあると聞いた。
ピサード大商会なら聞いたことがある。
過去に俺がヘカトレイルで受けた冒険者依頼の主もそうだ。
ペル・ヘカ・ライン大回廊に挑んだ時。
依頼の紙に載っていたゼリウムボーンの収集をしていた大商会。
セナアプアともなると【白鯨の血長耳】も敵か味方として絶対に関わるだろう。
大陸規模の展開だと予想がつかない……。
『あぁ、面白いぞ。アキエ・エニグマという名の大魔術師が開発した。わたしは、幸運が増すと呼ばれる〝黒猫の絵〟が描かれたカードが欲しい』
と、レース会場で喋っていたローブを羽織る商人。
非常に怪しい奴だった。
そう思考したところで、ハイグリアが、
「シュウヤが捕まえた、この人族の女も気になります」
「そうですね、この儀式の存在をどうやって知り得たのか、たまたまなのか、尋問もありますし」
ヒヨリミ様はキコとジェスを見て語る。
尋問か。笛の効果で、内耳神経系に作用する拷問かな。
エヴァのような能力はないだろうし……。
ハイグリアは隣に来たリョクラインに視線を向けてから、
「はい、このリョクラインと一緒に、捜査を実行したいと思います」
「ハイグリアは一度言ったら聞きませんから、仕方がないですが、ビドルヌとアゼラヌとも相談の上ですよ」
「分かりましたっ」
「にゃお」
元気のいいハイグリアにつられて
ヒヨリミ様から離れた
体格のいい黒豹が当たって、彼女は体勢を崩していたが、
「……ビドルヌ様は、旧神との小競り合いに勝利したと聞きました」
と、ヒヨリミ様に対して狼将の名を上げて質問ぎみに発言。
ヒヨリミ様は、その原因となった
「小競り合いは小競り合い。幽刻の谷は深く広い。争いは延々と続くでしょう」
すると、話を聞いていた狼将の一人が近付いてくる。
「……ヒヨリミ様、そう悲観なさるな」
「そうですよ」
「ビドルヌ、聞いていたのですね」
と、ダオンさんも一緒だ。
この方が、狼将のビドルヌさんか。
「はい」
鼻先を向けてくんくんと匂いを嗅ぐ動作をしていく。
ダオンさんの祖父。
ジョディと分けたという。
大柄な古代狼族だ。
顔は彫りが深い。
眉毛も濃いし、揉み上げも濃い。
バーレンティンやスゥンさんとはまた違う。
頭部は少しだけ
肩から胸元の酷い傷痕はもうあまり見えない。
さっきはわざと晒していたようだ。
狼将らしく爪鎧の形は変化している。
ラグレン、デルハウト、ダオンさん系……要するにマッチョマンの体格だ。
大柄な筋肉を生かすようなゴツい爪鎧。
「……初めまして、ビドルヌ狼将」
「これは英雄殿、挨拶が遅れて申し訳ない」
やべぇ、お辞儀で分かる。
この爺さんは強い。自然とラ・ケラーダで応えてから、頭を下げた。
アキレス師匠と老僧ラビウスさんを思い出す。
おまけで、トン爺も。
「……いえいえ、とんでもない」
「聞きしに勝る槍使い。先ほどの戦いは見事でした」
「ありがとうございます」
「ふぉふぉ、律儀な方だ」
「恐縮です。ビドルヌ狼将の名はハイグリアとジョディからも少し聞いていますので」
ビドルヌさんはその瞬間、目を見開いた。
すぐに、その殺気は仕舞ったが、やはり因縁があるか……。
「……旧聞に属する話ですな。わしも若かった」
「気を悪くしたのなら、すみません」
「いやいや、しかし、神獣様の主であり、死蝶人を含めて眷属を率いた王のような地位でありながら、わしのような一介の老将に頭を下げる気概の持ち主とは……この歳になっても薫陶を得る思いを得ましたぞ……だからこそシュウヤ殿が幽刻の谷の戦いに参加してくだされば、旧神ゴ・ラードの勢力を削ることもたやすくなると思うが、どうだろう……幽刻の騎士として、わしの側に来てくださらぬか?」
ビドルヌさんに誘われた。
すると、ダオンさんが、
「ビドルヌ様? 卓の場で相談もなしに、幽谷騎士に勧誘ですか?」
と、質問していた。
「いいのだ」
ビドルヌさんはダオンさんに『文句を言うな』というニュアンスで語る。
「ビドルヌ、急な話ですわね?」
「――ヒヨリミ様、シュウヤ殿の力を見れば、勧誘するのが礼儀かと」
「ふふ、貴方らしい」
幽谷騎士か。
響きはカッコイイ。
だが、俺には俺のやることがある。
「……武名で有名なビドルヌ狼将殿のお誘い、非常に嬉しく誇りに思いますが……お断りします。白色の貴婦人討伐に動く身、すみません」
「ふぉふぉ、そうでしたな……」
ヒヨリミ様と小話をしたハイグリアも、
「シュウヤの言う通りだ。サイデイルと我らの同盟があるとはいえ、樹海の環境は厳しい。さらに地底神討伐の話もあるのだからな。ビドルヌも幽谷の谷で忙しいように、シュウヤたちも、また忙しいのだ……本当に」
ハイグリアは話の途中から、俺を見て、涙目になっていた。
その様子を見たビドルヌさんも目元に涙を溜めていく。
「姫……すみませぬ」
と謝った。
そのビドルヌ狼将は、項垂れて気を失っているルーブの姿を見ながら話を続ける。
「シュウヤ殿が、そこの手練れをあっさりと捕まえた武威を見て、影響を受けただけのこと……先ほどの誘いは冗談と思ってくだされ、シュウヤ殿」
「はい」
ビドルヌ狼将は静かに『うんうん』と頷く。
そのまま誇らしげな表情を浮かべて、俺とハイグリアを見てから、笑うように、頬を上げたビドルヌ狼将は、
「……しかし、人族、いや、光魔ルシヴァルという種にしておくには勿体ない。いっそ、古代狼族の男となって、わしの息子となるのはどうですかな?」
「え?」
皆も驚くが俺も思わず、間の抜けた声を上げていた。
しかし、ビドルヌさんは呵々大笑。
「がはははは、冗談、冗談ですぞ。しかし、それぐらいの気持ちを、シュウヤ殿に抱いたのは事実」
「はは、ですが、人が悪い」
ビドルヌ狼将はダオンを細い目で見つめながら、
「ふぉふぉ、ダオンからも聞いていたが、やはり納得できる。
と、ハイグリアを見ながら語るビドルヌ爺さん。いや、狼将。
そのハイグリアは、ヒヨリミ様から貰っていた包帯を口に巻いていた。
そして、頷きながら、
「そうなのだ。そして、これから大事な神楽もある……」
と、発言。
俺はビドルヌさんへ、
「では、ヒヨリミ様に話がありますので」
と、言葉を発しながらお辞儀をした。
「分かりました、ダオン、外に向かうぞ」
「はッ」
相撲でいう親方衆のようなビドルヌ狼将は、ダオンさんを連れてさがる。
円形の舞台会場のような場所に居た俺たちから離れて、廓でいう外側の木の道で待機していた同じ部族の兵士たちの下に向かっていった。
そこには幽谷騎士のリーダー格と推測できる立派な鎧を着た古代狼族の兵士も見える。
爪武器と爪鎧が他と違う方だ。
リョクラインやダオンさんと同じ階級ということかな。
俺はビドルヌ狼将たちから、ヒヨリミ様に視線を向けて、
「ヒヨリミ様、こいつを預けます」
「はい」
ルーブの身柄を預けた。
ヒヨリミ様は近くの兵士たちに指示を出す。
幻獣ハンターこと、ルーブの身柄はすぐに拘束された。
……ルーブ。
クナが語っていたように、どこかの組織に所属しているとは思うが……。
今は、放っておく。
すると、宙に浮いていた竹筒と二匹の魔造虎は床に落ちた。
「ンン、にゃ、にゃぁ」
魔造虎は頑丈だ。
しかし、見た目は陶器だから一瞬ヒヤッとする。
肝心の、誕生したばかりの雷の魔力を全身から放つレッサーパンダのような幻獣は粒子となって魔造虎に浸透。
「にゃ、にゃ、にゃ~」
相棒は興奮。
尻尾が膨らんで毛がもっさもさだ。
元からもっさもさだが、立毛筋が刺激されたようだ。
恐る恐る、といったように片方の足を魔造虎に近づけている。
猫の人形たちは煌めいた。
「にゃッ」
ここからだと相棒の瞳は見えないが……。
瞳孔は丸くなって散大しているはず。
しかし、魔造虎の中に消えた幻獣は雷系の魔力が元なのか?
キラキラと光っている魔造虎の内部に魔力が浸透していく様子は分かるが……。
魔力が浸透したアーレイとヒュレミは微動だにせず。
依代といってたし……。
二匹の魔造虎がパワーアップしたということで、今は納得しておく。
だが、相棒は納得してない。
爪も立ててないしアイスホッケー風の遊びもしない。
たぶん、『さっきのレッサーは何にゃ?』と思いながらの肉球プレス行動のはずだ。
……リズミカルに両の足で押して魔造虎を動かす仕草は可愛い。
ずっと見ていたいが……。
肝心の白色の貴婦人対策について、ヒヨリミ様に確認しなきゃならんことがある……。
ヒヨリミ様も相棒の肉球プレス運動を楽しげに見ていたが、そのヒヨリミ様に向けて、
「……ヒヨリミ様、オフィーリアに渡す大事なモノについてですが」
「聞いていますことよ。既に狼将たちとエイブランにも話を通しました。アイテムは今すぐに渡せますが」
「ありがとうございます。では、後ほど宮に居るオフィーリアに手渡してください」
「分かりました。責任を持って彼女が望む物を用意しましょう」
何か考えがあるようだが、秘宝を利用することに許可してくれた。
素直に礼を意識する。
「はい、ありがとうございます」
「いいのです。知っているように旧神ゴ・ラードと同じく、白色の貴婦人はアルデルの仇」
「月狼環ノ槍の話ですね」
「そうです。しかし、それは
「えっと……」
「こちらにも
旦那と、語尾を強調してきた。
家族ってことは、ヒヨリミ様と俺はもう親戚ってことか。
しかし、ヒヨリミ様の建前じゃないが……約束を果たしたまでのこと。
「……旦那様ですか。番の約束は守りましたが、俺には眷属たちがいます」
「……ふふ、私に対しても物怖じせず、はっきりと語るシュウヤ様……しかし、ハイグリアを悲しませるなら、わたしは許しませんよ……」
怖いが、ここは曲げられない。
「……許しを請うほど誠実な男ではありません。俺の本質はエロな槍使い」
「まぁ……頑固な方! ふふ、でもその本質という言葉自体が、とても素直で誠実な心が入っていると、理解していますか?」
突っぱねたつもりだったが……。
言われてみたら素直に本心を語っていた。
「確かにそうでした」
「大丈夫です。わたしは怒ってません。ただ、ハイグリアとは仲良くしてほしいだけなのです」
何か、優しいお母さんって感じだ……。
「分かりました。いつも通り仲良くしたいです」
微笑むヒヨリミ様はハイグリアに視線を向けていく。
俺も一度ハイグリアをチラッと見てから、下に落ちている魔造虎を見つめて、
「この魔造虎は、もう回収していいんだな?」
と、ハイグリアに聞いた。
「うん」
「よし――」
魔造虎を拾う。
「にゃ、にゃお~ん」
ロロディーヌが長めに鳴く。
たぶん、手に持つ
「今は、回収する。確認は今度な」
と、
ハルホンクの意識が目覚めたら、このポケットの中身を……。
『ングゥゥィィ』といって食べちゃいそうだが……。
『魔力ゥ、ウマイィ、ゾォイ』
と、肩の
ポケットに仕舞うと、近くで浮遊を続けていた月狼環ノ槍が近付いてきた。
月狼環ノ槍は自動的に回転して止まる。
まるで、俺に対して、この『柄を握れ』と合図を送ってきた感じだ。
お望み通り、握ってやるさ――。
左手で月狼環ノ槍の柄をがっしりと握ってやった。
――いいかんじの重さだ。
大刀の上部に備わる金属の環たちから、じゃらりと音が鳴る。
しかし、この月狼環ノ槍から……今までとは違う振動を感じた。
月狼環ノ槍が、何かを求めるような……。
意味があるような振動を起こしてきた。
柄の魔法文字も点滅している。
もしかして、モールス信号のような意味があるのか?
柄から浮いて消えていく文字を眺めたが……綺麗なだけで分からない。
ヒヨリミ様は振動する意味を知っているかのように、片手を胸元に当てて、月狼環ノ槍を見つめていた。
気になるが……。
今はもう白色の貴婦人討伐に向けて動き出している。
「ハイグリア、約束は果たした。このまま宮に戻る」
「にゃ」
「……シュウヤ」
「何だ?」
とハイグリアに聞くと、彼女は沈黙。
その代わりにヒヨリミ様が、
「――シュウヤ様、もう少しお待ちを、神楽の儀式があるのです」
まだ残っていた周囲の古代狼族たちから、視線が集まる。
「神楽とは何を」
そう俺が聞くと、ヒヨリミ様は、再び、左手に握る月狼環ノ槍を見て、頬を赤く染める。
「……その説明はハイグリアから聞いてくださいまし……」
「分かりました。しかし、俺には討伐の件が」
「はい、重に承知しております。白色の貴婦人と、その死の旅人の打破は、この樹海の平和にも繋がることなのですから……」
ヒヨリミ様はもう語るまいと静かになった。
俺は頷くと、ハイグリアに視線を移す。
すると、
「シュ、シュウア、こっ、こっちにきてくれ」
ヤが、アになっている。
が、指摘はしない。
望み通り、ハイグリアと手を繋ぐ。
「婆様、いってきます!」
「はい、
ヒヨリミ様の怪しい言葉が響く。
そのままハイグリアに引っ張られる形で、円形の舞台会場の端に移動。
ハイグリアの掌は汗ばんでいた。
発情していると丸わかりだ。
……なるほど、神楽の儀式とは初夜のことだな。
壇の階段を一緒に下りた際、卓の外堀で踊る黒衣の衣裳のダンサーと古代狼族の衛兵たちも一斉に退いた。
眷属の皆が集まる。
「バーレンティンたちがいる宮に戻るんでしょ?」
「その予定だ」
「シュウヤ様、さきほどの水からの連撃は見事です」
「おう、キサラとの戦いや訓練が生きたよ。ありがとう」
「は、はい――」
と、キサラを抱きしめる。
「……神楽の……儀式があるのだ」
ハイグリアが不満そうに声をもらす。
初夜だからな。
すると、ハイグリアを見ていたレベッカとエヴァが、
「皆の神楽の儀式よね?」
「ん、皆の儀式」
「エヴァも賛成してくれたし」
「わたしも賛成ですよ」
「でしょう? シュウヤが前に言ってたけど、どくせんきんしほうって、有名な法があるらしいじゃない」
そう発言。意味が違うが。
まぁいいか。
ヴィーネもハイグリアに何かを宣言するように、
「そうですね。ご主人様との
と、述べた。
『わたしも熱いのを冷ます係として参加です』
『妾も全員の尻を衝いてやろう』
『サラテンが、尻を衝くとかいってるぞ、ヘルメ』
『神剣とはいえ……皆のお尻ちゃんを貫かせるわけにはいきません』
『ということで、サラテンは無し』
『ぐぬぬ、冗談が通じぬ器と精霊め……』
そんな脳内ジョーク中に、
「わたしも熱いのに参加。父さん、討伐に向かうのは明日の朝一でいいでしょう?」
ユイが宣言した。
「それは、マイロードに……許可を」
と、カルードは渋い表情で俺を見つめてくる。
とりあえず、パパさんには納得してもらうしかない。
「いいぞ」
と、頷く。ユイの血も味わうとしよう。
カルードは鴉さんに耳打ちを受けて、「あぁ」と納得していた。
カルードは素直に熱い儀式に参加する気だったようだ。
それは困る。
鴉さんは『カルードのことはお任せください』という意味を込めたウィンクを俺に向けてくる。
よかった。さすがに男は無理だ。
カルードは奥さまのような鴉さんに任せよう。
「わたしの神楽の儀式は……」
「ふふ、シュウヤ様と普通に初夜を迎えられるとでも? わたしはまだ眷属化もできていないのですから我慢すべきです。聖杯に光魔の
キサラがヴィーネを超えた嫉妬の視線をハイグリアに向けていた。
ハイグリアは尻尾を震わせてミスティに寄り添う。
そのミスティは、
「糞、糞……と、交ざる? ハイグリアちゃん」
「交ざる! 糞ォォ」
ミスティの癖にハイグリアの声が交ざった。
ハイグリアの天を突く拳を見ながらの言葉に、皆の笑いが起こる。
そのまま相棒に乗ったサザーを見ながら、血獣隊とハンカイも一緒に森屋敷の宮に移動。
月狼環ノ槍の訴えるような振動が続いていたが……。
とりあえず、やることをやらんとな。
バーレンティンとジョディに皆と合流――。
ポテチを食べながら明日に備えて、新しい幻獣のことを含めた談話が始まった。
クナの知る各商会と繋がった闇ギルドの濃密な闇社会に関連。
裏では破壊工作を行う組織に金を流す大物の大商人フクロラウド・サセルエル。
そのフクロラウド・サセルエルは表の顔は大商会で大商人だが……。
【黒の預言者】、【闇の枢軸会議】、【闇の教団ハデス】、【セブドラ信仰】、【八巨星】、【星の集い】と関わりを持つ大商人らしい。
クナが、テーバ――。
と、語った直後、ユイとレベッカからキス攻撃を受けた。
闇の話は終了。
そのまま皆で巨大な寝台を利用……。
……ある意味、濃厚で激しい、雄と雌のむあんとした、血の饗宴の夜が始まった。
――ハイグリアが待ち望んでいた神楽の夜。
初夜だから二人っきりを望んでいたが、それは皆が認めるわけもなく……。
人数が人数なだけに体力が心配だったが、俺は光魔ルシヴァル。
そそり立った山脈は猛々しく吼えるのだ。
更に、幸いにして……この惑星の夜は長い。
まさに「ろくでもない素晴らしき世界」……。
ロロディーヌが呆れて、エルザとアリスも呆れたかもしれない長い夜は続いた。
◇◇◇◇
次の日の夜。
ここは〝雀〟という名の船宿。
周囲は喧々囂々とした商店が近い。
前にオフィーリアは人が多いと話をしていたように、このジング川沿いは村ではない。
街の規模だ。当たり前だがサイデイルの数倍はある。
ハイム川の支流と聞くが……大きい川だ。
そして、風に生暖かさがある。
アラハの隣に立つユイの前髪が揺れていた。
そのユイは通り沿いを眺めながら、
「シジマ街の風に似てる……」
と語った。
「……サーマリアの東にある街ですね」
ヴィーネだ。
唇を小さく開閉させながら、ユイの語ったシジマ街のことを聞いていた。
ユイはヴィーネを見る。
僅かに頭部を右に動かし、川面に反射する銀光を眺めていく。
「……うん」
ユイの黒い瞳に反射する川の煌めき。
綺麗だ……しかし、同時にヴィーネのような冷たさを感じた。
黒と銀の光芒に……暗殺者の歴史、そして、死神ベイカラに愛でられているユイの個性を感じ取る。
光魔ルシヴァルとなったユイだが……。
魔界に居る死神ベイカラ様は、どんな印象をユイに、俺たちに向けているのだろうか。
その魔界の神が怒っていたら、ヤヴァそうだが……。
そういえば、ユイに接触しようとしていた闇ギルドの連中がいたな……。
ま、これから一大作戦だ。
だから、そんな不吉なことは口には出さない。
過去、シジマ街のことを、ヴィーネは見たい。
と、話をしていたことを思い出しながら、
「……未知の文化だな」
と、ヴィーネを見ながら語った。
俺の言葉を聞いたヴィーネは頬を少し赤くして、微笑む。
銀色の虹彩を揺らしながら、
「……覚えていてくれましたか」
と嬉しそうに声音を弾ませて聞いてきた。
「そりゃ当然だ。ヴィーネの好きなこと、知りたいことの一つ」
最近は魔霧の渦森&地下での修行を優先していたからな、尚のことだろう。
ヴィーネは頷く。
「はい」
「群島諸国に近いからね、シジマ街は……この屋根の形もそっくり」
ユイにとってはシジマ街にあまり興味がないようだ。
ま、ネビュロスの三傑だった頃に、散々仕事をこなした場所だろうしな。
この船宿の形は、ユイの指摘通り和風というかアジア風だ。
俺たちが踏みつけている屋根の形は
ハイム川に沿う街や村には、比較的、こういった形の船宿が多い。
ペルネーテの天凛堂はかなり個性的な宿だったが……。
そんな感想を持っていると、目の前に血文字が――。
『ご主人様、ロンハンが現れました。今、宿に向かって歩いています』
お、ついに来たか。
通り沿いに隠れているはずのサザーからの血文字が浮かぶ。
そのサザーの隣には、ロンハンの面を知っているツラヌキ団のツブツブが居る。
『白色の服、導師風ですが、眉が無い男です』
と、サザーからの情報が続く。
オフィーリアから聞いていた通りだ。
ツラヌキ団と白色の貴婦人側を繋ぐ連絡役。
遊び人の風体らしいが……。
「いよいよね」
「おう。面を拝もうか」
「わたしも一度見てから、下のオフィーリアさんに知らせてきます」
「了解」
ヴィーネは魔闘術を操作しながらローブを深くかぶった。
<
ヴィーネはミスティから貰った金属製の部品が増えているが、俺があげたフォド・ワン・カリーム用の黒い光沢のコート服を着ている。
俺が時々身に着けるガトランスフォーム系と同じ文明が作ったコート服。
アイテムボックスから手に入れたビームライフルとビームガンと一緒に手に入れたコートだ。
宇宙のナパーム文明の代物。
カリーム用のコート。
俺のアイテムボックスの中に内包しているガトランスフォームよりは階級が下のはず。
ヴィーネが長く着込んでいるせいか、ところどころに切れ端がある……。
だが、中々の防御性能はあるはずだ。
色が黒なこともあるが、<
ユイも黒系の戦闘服だ。
「あ、あの、隊長を頼みます」
「はい、任せてください」
「アラハさん、ママニも控えているし大丈夫よ。ヴィーネも居るしね」
<
「オフィーリアさんの演技次第でもあると思いますが、危なくなったら、すぐにロンハンを処断しますから」
そのヴィーネの率直な意見を聞いたアラハは顔色を悪くする。
「ま、大丈夫だろう。盗賊の隊長になる前は、名のある方だったようだしな」
「はい、ロンハンも手練れのようですが……すぐに飛び出せるように準備はしておきます」
「そうだな。ヴィーネの判断に任せる。さて、そろそろか……喋りは暫くなしだ」
俺は唇に人差し指を当てながら<無影歩>を発動。
ユイも<
ヴィーネも続いた。
「凄い、大隊長、消えちゃった……」
と喋るアラハも当然……元盗賊団だ。
<
小さい足だから屈むと、余計に小さく見えたが、指摘はしない。
尻尾が揺れている。
通りを歩く頭部に向けて、猫パンチ的な、触手を繰り出さないか心配だ。
肉球でぽんぽこぽんと、頭部か、ピンッと立つお毛毛を狙って叩きそう。
悪戯をしないか心配だったが、今のところはしなかった。
幸い、頭頂部に妖怪アンテナ的な髪を持つ方か、有名な『江田島平八』のような方はいない。
今は夜だが、通りの視界は良好だ。
ここは都会じゃないから道も舗装されていないところがあるが、行き交う人々は、都会並みに多い。
色とりどり取りの石が詰まった箱を抱え持ち売る商人、ポポブムのような魔獣に乗った旅人、魔術師が十字の光の魔法を発している冒険者集団、豚
と鶏を連れた商人、毛皮売りの商人、家令を任されているだろう身なりのいい執事も居る。
夜だが、旅籠屋の前では、木くずを丸めたモノを投げ合う子供たちも居た。
ロンハンだとすぐ分かるように、宇宙のナパーム文明が作り上げたビームライフルを使うかな?
ま、狙撃するわけではないし、今は、いいか。
ピュリンや別行動のレネ&ソプラもいる。
そう考えたところで、通りを注視――。
月明かりだけでなく……。
ランプ、ランタン、魔道具、魔法、の光源を持って使う人が多い。
だからロンハンを見分け……と、あいつか?
白いローブを着た人物だ。
顔は普通。ちょっとダンディが入っているが、濃いおっさん系だ。
手には扇子を持つ。
すると、身を潜めていたアラハが屋根を指で叩くと、下の通りを歩く白いローブを着た人物を指で差した。
やはり、あいつがロンハンか。
ヴィーネもロンハンを一瞥。
『なるほど』と頷く。
俺とユイに視線を向けるヴィーネ。
『では、手筈通りに……』
といったような表情を浮かべる。
そのヴィーネは軽やかな身のこなしで屋根から下りた――。
そのまま木窓から部屋に侵入。
『オフィーリアと合流』
と、短い血文字を寄越す。
ユイは黒色の瞳を白色に染めていく。
<ベイカラの瞳>の発動だ。
ユイは、その魔眼の力でロンハンを凝視する。
そのユイは――俺に『完了』という意味の指の動きを示す――首をクイッと動かした。
ロンハンを赤く縁取ったようだ。
これで追跡が可能だ。
俺は『OK』と意味を込めてユイに頷く。
アラハを抱きよせ、
尻尾で返事をする相棒。
――オフィーリアの演技に期待するとしよう。
そのまま
通りの商店街に紛れ込んだ。
屋台の店に売られていた、仮面を二つ買う。
ユイに手渡しながら通りを歩く。
「って、これは皮肉?」
「はは、そういうことにしとけ」
ユイは文句を言うように睨むが、ちゃんと仮面をかぶってくれた。
俺も仮面を装着する。
すると、アラハが、
「大隊長。作戦の内容に買い物をする。は、なかったですよね?」
「気にするな、臨機応変の内。アドリブって奴だ」
「なるほど! 妹が連呼してましたね」
「あぁ、アラハはオフィーリアの無事を祈っておけ、今頃、ロンハンとご対面だ」
「はい」
「んじゃ、事前に話をしていた通り、皆と合流するぞ」
と、皆に向けて話をした。
祭りのような賑わいの中、
「にゃ~」
と、
『ロロ様も興奮してますね! 鼻が膨らんでます』
『うん、弄りたいが、今は我慢だ』
俺に甘える
そして、仮面をかぶったまま、
「……了解。戦いになったら<銀靭・参>を見せてあげるから」
そう仮面越しに喋るユイ。
やはり彼女には仮面が似合う。
初めて会った頃を……思い出した。
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