四百九十一話 殴り合いと乱入者


 ハイグリアの手を繋いで歩いている様子を見たヒヨリミ様は優しげに微笑む。

 しかし、直ぐに厳しい顔付きに変化した。

 自身の攻防一体とした爪の武器で、頭上の防御膜を突き刺し、縦に膜を裂く。

 

 自ら防御の膜を裂いて壊した形だ。

 そのまま反対の手に握る蝙蝠傘を広げると、上昇気流に乗ったように浮遊していく。

 ヒヨリミ様は高いところで止まった。


 皆を見据えて、


「――私の聖杯は……他者の血が入り呪われています。しかし、神姫ハイグリアは違う! 新しい聖杯を自力で用意した神姫ハイグリア。そんなハイグリアを大月ウラニリ様と小月ウリオウ様と神狼ハーレイア様が認めてくれたからこその今宵の強き光なのです。そして、月の女神様たちが神獣様の主でもある番を導き出現させた聖杯伝説に伝わる槍……」


 少し、間が空く。


「そう、このすべての事象が示すことは……偶然ではありません。神姫ハイグリアが行う……この番の儀を神々が誘ったということ。この神姫ハイグリアと、番、シュウヤ様を……祝福をしようとしているのです……そう……昔のアルデルのように……」


 皆、ヒヨリミ様の言葉に納得。

 そして、語尾のタイミングでの、ヒヨリミ様の沈痛の面持ちを見た皆は感じ入っていた。

 

 皆の様子を見たヒヨリミ様は満足そうに微笑むと、


「――ふふ、だからこそ、狼の月の祝楽を奏でなさい」


 と、周囲の古代狼族たちに指示を飛ばす。


 一斉にダンサーの方々が卓を囲う環濠のような場所に並び始める。

 音楽が奏でられると黒衣裳が似合う方々のダンスがまた始まった。


 これも儀式の一環か。 

 さらにヒヨリミ様は、宙に浮かぶ竹筒とは違う竹筒を差し向けてくる。


 その新しい竹筒は浮遊しながらハイグリアと俺たちの前で止まった。

 一方で、ヒヨリミ様の近くで浮いているもう一つの竹筒と月狼環ノ槍は震えて金属音を鳴らしてくる。

 

 この目の前に浮かぶ新しい竹筒は……。

 奥で月狼環ノ槍の隣で浮いている古い竹筒とは、少し似ているが異なる形だ。


「神々に、その新しい聖杯の実力を示す時です! ハイグリア!」


 目の前の方の竹筒は新しい聖杯か。

 ハイグリアは腕を上げ、


「はい、婆様!」


 と、ハイグリアらしく、神姫として、元気よく返事をした。

 ヒヨリミ様とハイグリアは親子のように見つめて頷き合うと、


「百迷宮で行った貴女のがんばりが無駄ではなかったと、改めて、神々と皆に示すのです!!」


 ヒヨリミ様は激しい口調だが、その言葉には愛がある。

 ハイグリアは俺に視線を寄越してきた。


 新しい聖杯か。

 

 ヒヨリミ様の言葉が彼女を感動させたのか。

 この行為自体が、ながらく彼女の待ち望んでいたことなのか。

 あるいは両方なのか。


 ハイグリアの瞳は潤んでいる。

 もしかして、この新しい聖杯こと竹筒は……。

 ハイグリアが用意した素材を使って苦労して作ったアイテムなのか?

 

 ハイグリアの表情からそんな想いを感じた。

 同時にやる気に満ちた表情でもある。


「……シュウヤ、わたしを殴れ。わたしもシュウヤを殴る、避けるなよ」


 ハイグリアは可愛いが、格好良さもある。


「本当に殴り合うのか」

「そうだ。絶対に避けてはだめだからな。素手同士の番う相手だからできる一回だけの殴りとなる。だから、中途半端に手加減をするな」


 瞬時にハイグリアは全身に魔闘術を纏う。

 爪は伸びてない。武器防具も爪式の籠手も作っていない。


「新しい聖杯に力を……番として、頼むぞシュウヤ……」


 ハイグリアは構えながら語っている。

 浮いている聖杯をチラリと見て、覚悟を決めたような面を見せた。


 本気と分かる。

 素手で殴ることが重要ってことかな。

 

 俺も彼女の本気に応えようと拳を作り、構えた。


「いくぞ――」


 答える暇もなく、ハイグリアは床を蹴り、俺との間合いを詰めてくる。

 ――迅い。本気の拳を向けてきた。


 避けない――。


 俺も拳をハイグリアの頬か顎の部位へと差し向ける――。

 互いの拳の端が宙の位置で擦ったが、ちゃんと、互いの頭部に拳が突き刺さった。


 いてぇ――。

 クロスカウンターってやつだ。


「ぐぎゃぁ――」


 彼女の口元から骨が潰れる鈍い音が響く。

 ハイグリアは口から血飛沫を上げて、衝撃で吹き飛んだ。


 その直後、俺とハイグリアの血が宙に浮かんでいた聖杯の中に吸い込まれた。

 夜空の双月の光と双月のオブジェに神狼ハーレイア像の光が増す――。

 

 周囲の音楽も激しくなる。

 俺とハイグリアの血を吸い取った聖杯からも不思議な高音が鳴り響いていった――。

 

 意味があるように高音を鳴らす聖杯。

 聖杯は駒のように急回転を続けながら血を吐くハイグリアへと向かう。


 地面に転がっていたハイグリアは細い両足を左右に伸ばし体を回転――。

 器用にブレイクダンスをする要領で華麗に立ち上がった。

 そして、目の前でぶるぶると震えていた聖杯を、自身の掌で掴むように受け取ると、その片腕を天に突き上げた――。

 

 天を衝く。ように上げた片腕に炎の芯のようなものが宿る。

 銀の魔力が彼女の体から立ち昇った。


 その立ち昇る銀の魔力は、小さい狼たちに変化した。

 そして、月に向けて吼えながら突き進んでいく。

 

 絵になるな……。

 狼の群れたちの中には一際目立つ雌狼が存在した。

 雌狼はハイグリアと似ていて綺麗な銀狼だ。


 狼たちを従えるような銀色の狼は、深更を彩る小さい月に衝突するように上空高い位置で、儚く消えていった。


 さらに、狼たちが消えた軌跡の中から淡い色彩を持ったデボンチッチたちが出現――。

 夜の空間を不思議な神気が満たしていく。


 拳を突き上げながら見ていたハイグリアの銀爪式獣鎧が蠢いた。

 突き上げている腕が、一瞬だけ、巨大化。

 

 その巨大化した腕は、すぐに普通の大きさに戻ったが……。

 その腕を起点としてウェーブを起こすと、全ての銀爪式獣鎧が真新しく変化を遂げた。

 

 神姫らしいスマートさを持った銀爪式獣鎧となった。

 ハイグリアも全身に纏う魔力が数段跳ね上がっている。


 彼女のふっくらとした胸の大きさに合う胸甲も新しい。

 カーボンファイバー系の鎧服にも見える。


 その胸元に、新しい聖杯のマークと俺の血のマークらしい魔印が刻まれていた。

 血に染まった聖杯を取り込んだ証拠か。


 浮いていた呪いの聖杯の竹筒と月狼環ノ槍が明るい閃光を発した。

 ヒヨリミ様は片手をその呪いの聖杯に向ける。


 その呪の聖杯を懐に仕舞うと、まだ浮いている月狼環ノ槍を見つめてから……。

 口を動かした。


「アルデル、分かるわよ……シュウヤ様ならきっと貴方の仇を……」


 そう切なげに語ると、ハイグリアと俺に視線を向けて、微笑みながら


「……儀式の成功ですね」


 と、宣言した。


「やった! シュウヤと番は成功した!」

「ふふ、立派に務めを果たしました。おめでとう! 神姫ハイグリア!」

「はい、婆様!」


 まだ唇と顎がずれて骨折し、血だらけのハイグリアだが……。

 嬉しそうだ。


「ハイグリア、治療は」

「いや、必要ない――痛ッ」


 顎を強引に治そうとしているハイグリア。

 神姫とはいえ、やはり、古代狼族の戦士なんだな。


「……これで番の儀式は完了です――」


 植物製の蝙蝠傘を振るったヒヨリミ様がそう宣言。


「神々もハイグリアが聖杯の器であることを認めました。アルデルも喜んでいる!」


 ヒヨリミ様の近くで浮き続けている月狼環ノ槍は揺れて応えていた。

 同時に周囲からドッとした歓声が起こる。

 

 ハイグリアは、その歓声に応えるように腕を振るっていく。

 神姫として一皮むけたような新しい形の銀爪式獣鎧は銀色の光りが強まっていった。


「ですが、まだまだ続きますよ。神々の祝福を受けるのです。新しい聖杯と依代を――」


 会場の盛り上がりと同調するようにハイグリアは、


「はい、婆様――」


 瞬時に銀式体内に取り込んだ聖杯を腕先から出した。

 その竹筒と似ている聖杯を宙に放つ。


「シュウヤも事前に話をしていたアイテムを、聖杯に向けて投げてくれ」


 宙に浮かぶ聖杯に向けて投げれば、いいとして……。


 俺が選んだのは、この魔造虎たち……。

 事前に何でもいいのかと聞いていた。


 この黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミに決めていた。

 猫の形をした陶器のように見える人形。

 魔造虎。


「これでいいんだよな?」

『妾でもよいのだぞ』


 サラテンは無視だ。


「シュウヤが決めたものならなんでもいい。神々が決めるのだから」


 ハイグリアの言葉に頷いた俺は、二つの猫の人形を宙に投げる。


 その瞬間、神々が降臨したような轟音が轟く。 

 さらに卓の中で魔法陣が描かれながら煌めきが起きた――。


 卓の魔法陣から真上へと線が伸びる。

 竹筒と猫の形をした魔造虎の人形たちが、魔法陣の光を浴びて回転していった。


 三つのアイテムは極彩色豊かな魔線となる。

 鼠花火のように放射状に回りながら周囲の魔力を吸い寄せていった。

 宙を激しく回転する三つのアイテム。


 周囲も、凄まじい光景に、どよめいていく。


 ハイグリアの新しい聖杯と二つの人形から出る放射線状の魔力が重なった。 

 三つのアイテムの真上に展開した魔力は曼荼羅模様に変化し、続けざまに、動物の形に変化した。


 様々な動物たちの幻影を模っては消えていく。

 零コンマ何秒の間に、めまぐるしく、姿が変わっていく幻影の動物。

 狼、象、犀、一本角を頭部に生やした馬、恐竜のようなモノが出現しては消えていた。

 高速で展開する紙芝居風のアニメーションが続く。


『動物? 閣下、精霊ちゃんのような気配がありますが、微妙に違うようです』


 左目に宿る常闇の水精霊ヘルメが解説。


『精霊のようにも見えるが、微妙に違うか……』

『はい、風と土と水と雷と光と……色々と集結してますが……もしかしたら、古代狼族に伝わる儀式の力が作用した召喚術の類いかもしれません』


 へぇ……。


「……古代魔法の一種、質は低い……」


 クナが呟く。


「クナ、分かるの?」


 エヴァが聞く。

 クナは頷いた。


「少し……」

「教えて」

「……神姫ハイグリアの聖杯をキーとしたのは皆も分かると思うけど、古い魔法陣と異界の幻獣召喚の技術紋様がいたるところにあるの。神獣ハーレイア様と月の女神様たちの力が作用した古びた召喚技術が使われている儀式と一貫した古い古い未知の魔法ね。多分、そのシュウヤ様の二つのアイテムに宿る形だと思うけど……」

 

 すげぇ、クナが解説した。

 鑑定能力でもあるような感じだ。


 ヘルメの推測と似た感じだが、理論的に解説した。


 ハンカイが驚いてクナを凝視。

 眷属たちもクナを注視した。


 そのクナは口から血を零していたが。

 やはり体調は芳しくないか。


 再び、幻影的な変化が続く光景を見ていく。


 俺には、聖ギルド連盟のリーンが暴走させた剣精霊にも見えた。

 やはり、依代ということから……。

 クナがいう宿る形とは、魔造虎に新しい力が備わる?

 クナの新しい幻獣のような眷属を誕生させるということだろうか。

 

 その途端、外から魔力を察知――。

 振り向いた先には、人が浮かんでいた。

 

 なんで、ここに人族が――乱入者か?

 <導想魔手歪な魔力の手>を発動。


 その人物が<珠瑠の紐>のようなモノを繰り出してくる――。 

 攻撃? いや、俺たちではない。

 聖杯と魔造虎の人形たちに、その紐は伸びていく――。

 目的は聖杯か、魔造虎か、やはり、新しい幻獣か?

 黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミを盗む気か――。

 俺は咄嗟に跳躍しながら<鎖>を射出する。

 

 輝き伸びた紐を<鎖>では貫けなかったが、弾くことに成功した。

 俺は、三つのアイテムを守るように、前に出た。

 輝く紐を繰り出してきた人族を睨む。


「――え?」 


 驚く声をあげた頭巾をかぶる人物。

 その人物は、俺が、跳ね返し撓んでいた輝く紐を操作する。


 しゅるしゅると音を立て、頭巾をかぶる人物の手元に戻っていた。

 頭巾をかぶっているが、二つの腕と足の人族。

 両肩と首はミニポンチョに覆われている。

 魔力を備えた防御服だ。

 ミニポンチョの羽織り物を押さえるためか金属ブローチも留まっていた。

 双丘は、ほどほどの大きさだろう。

 腰はくびれて、太股から足先は細い。


 身長はエヴァかレベッカぐらいか? 

 ヴィーネよりは小さい。

 その女性だと推測できる人物が、腕を振るう。


「――わたしの<魔縛網>を弾くなんて!」


 と、叫んでいた。

 

 繰り出した紐の名前は<魔縛網>という名らしい。

 輝く紐を収斂した指抜き状態の手甲防具を装備している。


 あの指に絡んでいる輝く紐がメイン武器だろうか。

 魔剣も扱うようだが……。 

 あの伸縮自在な輝く紐は、俺の<鎖>で貫けなかった。

 かなり強力な能力かアイテムだろう。


 それにしても、今の今まで……。

 周囲に気付かせずに潜んでいたのかよ。


 <隠身ハイド>は俺の技術より確実に上か。

 <無影歩>と同じような隠蔽系スキルを持つ者かもしれない。


『魔力の質が<筆頭従者長>なみに高いです。人族系の種族だと思いますが……』

「曲者だぁぁぁ!」


 ヘルメの思念を飛ばすように、狼将たちが叫ぶ。


 両手、両足の爪を鋭く尖らせた古代狼族たちが一斉に跳躍して、その癖者に向かった。

 片方の足爪を巨大な剣刃に変えていた狼将の一人も参加している。

 片方だけの足爪だけが長い、もう片方は小型盾に剣が付随した特殊武器爪と化している。

 他の狼将は冷静に見学だ。

 ヒヨリミ様と視線を合わせて、頷いていた。


 エヴァたちも見学に回るようだ。

 ビアとフーが攻撃モーションに入っていたが、レベッカとママニが止めていた。

 

 儀式の途中なこともあるだろう。

 狼将たちと古代狼族たちの立場もある。


 エヴァは仲間を落ち着かせるように、天使の微笑を浮かべて周囲に紫魔力を展開。

 サージロンの鋼球でお手玉をしている。

 器用だ。


 俺はすぐに、その曲者の未知の人族を注視した。


 古代狼族たちの襲撃を受けても、輝く紐と魔剣を振るい矢を払い剣を弾く。

 さらに、足から発生したオーロラのような魔力波で防御壁を構築する。


 古代狼族たちの攻撃をすべて防ぐ。

 さすがに狼将の足爪剣には対処が遅れているが、無難に避けては魔剣で弾いていた。


 頭巾をかぶる女性は凄腕だ……。

 近距離から遠距離までこなせる攻防一体の技の使い手か。


 洗練した魔力を全身に纏っているし、体術もありそうだ。

 ……何者だろう。

 人族系と思わせて、実は魔人系か?

 

 俺の背後に浮かんでいる三つのアイテムは無事だ。

 魔造虎と聖杯から放出が続く魔力は、依然と、色々な動物を模っていた。


 その三つのアイテムを守りながら、下に居たハイグリアに向けて、


「ハイグリア、一応聞くが、あいつのことは知らないよな?」

「勿論、侵入者だ。盗賊だろう」


 その侵入者の人族は背中に翼でもあるような機動を魅せた。

 古代狼族たちを身体能力で圧倒している。


 単独で忍び込むだけの実力はあるということか。

 他にも、仲間が居ると思うが……ここは狼月都市ハーレイアの要塞の中だ。

 そう多人数で忍び込めるわけもないか……。


 その侵入者の頭巾をかぶる女性は、足先から出ていたオーロラのような魔力波は消えた。


 だが、まだ宙に浮いている。

 軽やかに射手たちの繰り出した矢の群れを魔剣で薙ぎ払い往なす。

 投げ槍の攻撃を余裕のタイミングで上下左右に上昇と滑空をくり返しながら躱していく。


 すると、<導想魔手>を足場にしている俺に近寄ってきた――。

 狙いは、俺の背後のアイテム類か幻獣だろう。


 ツラヌキ団とはまた違う盗賊?

 近寄ってきた者は動きを止めた。


 輝く紐は伸ばしてこないが、戦う姿勢を見せる。

 一応、聞くか。


「ここから先には行かせない。名を聞こうか?」


 俺がそう聞くと、


『妾がつらぬいてやろう』

『待て』


 サラテンはまだ使わない。

 相手は人族っぽいし、狙いはアイテムだとして、交渉が無理なら捕らえるとしよう。

 それが無理なら……。

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