四百八十七話 入り船あれば出船あり

 波群瓢箪に腰掛けながら右腕の肘に付着するイモリザを意識した。


 腕でもない指でもない肉のイモリザだ。

 その彼女に『ツアンを出せ』と指示を出した。


 肉のようなモノは瞬く間に黄金芋虫ゴールドセキュリオンへと変形しながら部屋の中央へと移動した――。

 螺旋しながら床に着地する黄金色の芋虫イモリザ

 頭部から胴体に生えている触手角から黄金の粉を周囲に吐く。


「ピュイ♪」

 

 と、鳴くと、一瞬で、むくむくっとツアンの姿へと変身を遂げた。

 人型のツアンは『ん~』とのびをするように両手を広げて、大あくび。

 ひさしぶりの娑婆を味わうような面を浮かべていたが……。


 ふと、周囲を見たツアン――。


「ん?」


 と、声を発した。

 皆が真剣な表情を浮かべて、さらに、自分が注目を受けていたことに気付く。


「はは……」


 乾いた笑い声を上げたツアンは表情をひきつかせながら逃げるように俺の横に来た。

 そして、わざとらしく咳き込んでから……耳元で、


「……旦那も、人が悪い……このような場所にいきなり呼ぶとは」

「イモリザでもよかったが、ロロと遊びかねないからな」


 すると、俺の言葉を聞いていた黒豹ロロは振り向いてくる。

 黒豹ロロらしい、ふさふさな耳を揺らして、


「ンン」


 と、鳴いてから片足を上げる。

 肉球を見せてきた。

 柔らかそうな肉のたまたま。

 ぷにぷにっとした判子さんを見てから、相棒からツアンへと視線を移す。


 彼の過去を思い出しながら口を動かした。


「ツアンは教会騎士だったんだろう? だから作戦に意見があるんじゃないかと思ってな」


 俺がそう告げると、一瞬嬉しそうな表情を浮かべたツアン。


「……旦那は俺の意見まで汲み取ろうと……<光邪ノ使徒>として誇らしく嬉しく思います」


 光を帯びた彼は頭を下げながら語る。

 当たり前のことなんだけどな。


 この<光邪ノ使徒>のツアン。


 彼は宗教国家ヘスリファート出身だ。

 嘗ては、教皇庁三課外苑局という組織に所属し、教会騎士の一人として外魔都市リンダバームで仕事を続けていた。

 魔境の渦森から出現が続く魔族たちとアンデッド村でモンスターたちと争いがあると聞いている。

 他にも色々な経験をしているようだ。

 そして、そのような教会騎士としての経験だけでない。


 ペルネーテにも来ているように、南のゴルディクス大砂漠を越える旅をしている。

 そういった経験は計り知れないモノがあるはずだ。

 と、尊敬を込めてツアンの髭と割れた顎を見てから、


「当然だ、イモリザとピュリンと同様にお前にも期待している」


 と、話をした。


「はいッ」



 ◇◇◇◇



 そのツアンを含めて皆に白色の貴婦人対策に向けて二つの作戦の概要を大まかに伝えた。

 それはプランAと俺の好きなプランB。


 といっても、この二つの作戦の内容はあまり変わらなかったりする。

 AとBの作戦もジング川の村から始まる。


 内容は、俺が強行偵察を主体とする単純な作戦。

 なにしろまだ敵を見ていない&人質が居る状況だからな。


 だから、皆の意見を聞こうと口を動かした。


「経験ある者には分かっていると思うが……戦いの場は初見が大事。判断力が求められる。といっても、俺の場合は大規模な戦場の経験は少ない。戦場という観点からだと、カルードやママニの方が先輩だ。地下でも戦争はあっただろうしバーレンティンたちも先輩だろう。ということで色々と教授してくれるとありがたい」


 俺は語尾のタイミングで、フリーの両手を眼前に掲げてから右手の拳を左手で包む。

 カルードに向けて拱手の礼の態度を取った。


「マイロード、謙虚すぎますぞ。その少ない経験とは地下二十階層の戦争。あの一騎駆けのことでございましょう」

「閣下の槍無双ですね」

「戦場を制した凄まじい突撃でした……」


 カルードはヘルメの言葉に同意するように誇らしげな表情を浮かべながら、


「マイロードの初陣はこの目と心にはっきりと焼き付いております。まさに一騎当千といったご活躍!」

「あの戦いかぁ」

「はい、人馬一体、いや神馬一体となって丘を駆け下り、大軍がひしめき合う戦場を制したマイロードの偉大な武力の前では……わたしの武力や戦場の経験云々など、塵、同然であります……」

「父さん、シュウヤは何事も修行バカなのよ。本心なんだから素直に自分の経験から知り得ている最上の策を献策すればいいだけ。でも……あの戦いは本当に凄かったけどね」


 ユイが父の言葉を聞いて、そんな風に語ってくれた。


 地下二十階層の戦いか……。

 五層で十天邪像の鍵を使ったんだ。

 普通ではいけないショートカット機能を備えた歪な水晶を利用した。

 そんな奥にあった水晶を使い、転移した場所が二十階層だった。


 転移した場所も同じような邪像の奥の間にあった水晶が鎮座している空間だった。

 その空間から出ると、五層よりも巨大な邪神たちを祭った像がある祭壇エリア。


 祭壇の左奥にあった階段。

 そのピラミッドの内部にあるような階段を皆で上った。

 その階段を上り外に出た場所は……丘。


 空もあり空気もある。

 遠くに城も見えたっけ。

 森も山もあって街や村もある。

 

 さらには……未知の巨大生物が跋扈している場所も見た……。

 そう、もう一つの異世界だったんだ。


 あの二十階層は……。

 そして、俺たちが出た丘の下は広大な草原で、その草原を埋め尽くすような兵士と兵士がぶつかり合う大規模な戦場だった。


「ん、大軍同士がシュウヤとロロちゃんによって左右に分かれていく光景は忘れない」

「あの時かぁ……邪界側と魔界側の戦争だったわね」

「わたしたちにも襲い掛かったきたけど、返り討ちにした」


 エヴァとレベッカが語る。


「ンン、にゃ~」


 彼女たちに同意するように黒豹ロロも鳴く。

 『当然にゃ~』といったようにドヤ顔を披露してから、俺に頭部を向けてきた。


 つぶらな黒色の瞳……。

 覚えているさ、相棒。


 そう、お前に乗って丘を駆け下りていったんだよな。


「ンン」


 相棒は喉声を鳴らしながら頷いてきた。

 はは、触手と繋がっていないのに気持ちが通じた。


 可愛い相棒だ。

 といっても、あの時の相棒の姿は今の黒豹とは違う。


 ……ロロディーヌは馬と獅子が合体したような姿だったはずだな。


 その神獣ロロディーヌに跨がりながら呂布をイメージして戦場を駆けたんだ。

 そうして……敵を蹴散らしていると……。


 途中から、厳つい魔獣を乗った邪界側の騎士に戦いを挑まれたんだった。

 三つ目を持つ騎士。

 名は邪騎士デグだったかな。


 そのデグは狛犬のような厳つい顔だった。

 馬上に乗りながらの激しい槍の応酬、一騎打ち。


 武将と武将が戦うような槍使い同士の戦いだった。

 俺はデグの槍技を受けて、耳を削られたし……あの時の痛みは、まだ、覚えている……。

 デグは青い邪矛を扱う凄腕だった。


 その後の巨大な牛から蠅やらは沸騎士が活躍したっけ。

 デイダンの怪物とも戦ったなぁ。

 <夕闇の杭>を大量に発射し魔力を多大に消費する<闇の千手掌>を覚えた。


 そして、鮮烈な蹴り技が得意だった邪界導師キレと、その配下とも戦った。

 あの蹴り技を見たからこそ、蹴技の進化が始まったともいえる。

 ……蹴りの熟練度が高まったからこそ<水月暗穿>という連撃スキルを覚えられたのだと思うし……。


 勿論、水神様や<超脳・朧水月>といった力も作用しているが……。

 ま、理由はどうあれ邪界導師キレとその配下たちに感謝だ。


 冒険者クラン【イノセントアームズ】の大切な思い出の一つだな。


「……へぇ、それが主の冒険譚の一つなのね」


 墓掘り人のイセスが質問するように呟いてきた。

 イセス・オーレンド。


 彼女は俺たちの冒険者クラン【イノセントアームズ】としての話に感化されたようだ。


「そうよ、自慢じゃないけど、ね。地下二十階層に到達しているの」

「ん、イノセントアームズの活動は今後も続けたい」


 レベッカとエヴァがイセスに顔を向けながら、そんな話をした。

 すると、イセスの隣に居るバーレンティンが、ママニに視線を向けて、


「……二十階層到達の話。前人未踏の偉業だとママニ殿から聞いていた内容だな」


 と、話をしていた。

 俺たちが戻ってから、バーレンティンとママニは話をすることが多い。


「はい」


 バーレンティンの問いに、頷く<従者長>ママニ。

 肉食獣を彷彿する虎獣人ラゼールらしい表情だ。


 といっても男性の虎獣人ラゼールのように荒々しくない。

 首も虎獣人ラゼールにしては、太くない。

 女性らしい繊細さを持つ。

 ただ、特異体に変身したら……。

 首下にも特殊な髭を生やすし、女性か、男性か、分からないぐらいに一回り大きいスーパー獣人マンと化すが……。


 俺の視線を受けたママニは恭しくポーズを取って頭を下げてきた。

 そんな様子を眺めていたイセスは俺に視線を寄越すと、


「ペルネーテの地下二十階層って、邪界ヘルローネと聞いたけど、本当なの?」


 彼女の黒白のメッシュ系な髪は珍しいかもしれない。

 白というか銀色系かな。

 そんな髪を持つ彼女は、いつもの癖の、睨みを利かせてくる。

 

 ほくろとえくぼの方はクナと少し似ていた。

 彼女は元人族。

 財団の歴史ある一族で名家だったとか。

 しかし、オーレンド家という貴族はオセベリアでは聞いたことがない。

 そのことは指摘せず、素直に、


「……そうだよ。ペルネーテ自体が黒き環ザララープの上にある」

「……驚きね」


 瞳孔を散大させるイセス。

 このイセスをヴァンパイアにしたのはパイロン家の分家ミナオ・レオゼラン。

 パイロン家はカルードに接触してきた。

 その件を聞いたイセスは興味を抱いたのか、俺たちが、このハーレイアに戻った時に、エリザベスに関することをカルードから聞いていた。


 エリザベスはパイロン家の三人居る<筆頭従者>の一人だ。


 イセスはカルードの目標である闇ギルド創設の件には興味を示さなかったが……分家とはいえ、やはり自分をヴァンパイアにしたパイロン家のことは気になったようだ。


 すると、レベッカが、


「……十五層もニューワールドという違う世界に通じているのよ」

「……主が中庭に作った墓石と関係すると聞きました」

「うん、クラブアイスたち」


 ツアンがより目となった。

 たぶん、彼の脳内、心に住むイモリザが話をしたがっているんだろう。

 イモリザの前身、邪神ニクルスの第三使徒だったリリザの頃の記憶は少しだけだが残ってたからな。


 十五層のニューワールドでも、色々な戦いが起きている。

 そのイセスが、


「迷宮都市ペルネーテが次元の門のような感じなのね」

「まぁ、門というかシテアトップ曰く、同化しているらしいが……」

「へぇ、地下にも黒き環ザララープはあるのよ。ソレグレン派の大本だしね」

「知ってるよ、相棒もな?」

「にゃ」

「前にも少し話をしたが、俺は地下を長く放浪したことがある」

「聞いた。だから神獣様も、吸血王とわたしたちとも相性がいいのね」

 

 イセスは黒豹ロロを見ながら語る。

 語尾のタイミングで微笑んでいた。


 すると、ヴィーネも頷きながら、


「……黒き環ザララープは至るところに存在するようですね」

 

 と発言。


「わたしが知るかぎり、五個以上存在する」


 バーレンティンの言葉だ。


「地下も広大そうだな、地下都市と化している黒き環ザララープはないのか?」

「知る限りはないです。ただ、わたしたちが見ていないだけですね。上下左右、本当に広く果てがない……地下深くには、鋼鉄網が広がる謎の地帯もありますし……」


 想像ができる。

 俺が転生した直後、本当に広大な地下だった……。

 吸血鬼系の光魔ルシヴァルに転生してこなかったら……。

 ……スキルがなかったら、俺は確実に死んでいた。

 

 とはいえ、地上と地下……。

 途方もないな。


「鏡の先の幾つかは多分、地下に埋まってるとは思うが、回収しないとな」

「パレデスの鏡ですね」

「転移が可能なアイテムの一つ」

「まだ、すべての転移先の鏡を見ていませんが……もしかしたら、わたしたちが知る空間が映るかもしれません」

「ま、鏡の件は後回しだ」

「はい、さきほど主が説明をした強行偵察からの展開ですね」

「そうだが、もう一つ。明日にはハイグリアとの約束の儀式もある」

「……なるほど」

「そうだぞ! わたしはがんばったのだ」

「はい、シュウヤさん、姫は一人で立派に素材を集めたんですよ」


 と、ダオンさんが話をしてくる。


「そうか、ま、明日だな」


 さて……改めて、エヴァたちに墓掘り人たちのことを改めて紹介するか。


「皆、この場を借りて、もう一度紹介しておこう。墓掘り人のリーダーがバーレンティン。副長がスゥンさんだ。皆、地下を放浪しお宝を集めていた古いヴァンパイアであると共に……俺とポルセンとアンジェも繋がった古い血脈ソレグレン派たちでもある」

「はい、よろしくお願いします」


 と、墓掘り人と眷属の皆が挨拶していく。

 続いて、


「ソレグレン派の件だが、吸血王のこれ・・だ――」


 腰ベルトのように扱っていた銀色の枝と葉のベルトに絡まる血魔剣を抜いた。

 この血魔剣の名だが……。


 まだ決めていない。


「アーヴィンが造った。吸血王サリナスが使用していたという……」

「ごしゅさまは吸血王?」


 血獣隊のフーとサザーがそう発言。


「そう、吸血王。わたしは近くで見ていたけど怖かった……最初、屋根が貫通して、血の滴る剣が突然現れたし、シュウヤさんの頭部に、その剣から血の閃光が突き刺さったの……そして、周囲に目がいっぱい出現したのよ?」


 アラハが妹のサザーに簡易的に説明していく。

 確かに、吸血王サリナスの剣が、いきなり目の前に現れたからな……。


 しかし、サザーは<従者長>でめちゃくちゃ強い剣士なんだが……。

 姉のアラハと一緒だと、さらに小さい子供に見えてくる。


 二人とも小柄獣人ノイルランナーだから仕方がないんだが。


 黒豹ロロはそんな二人を興味深そうに見つめていた。

 尻尾が左右に動いている。

 スフィンクス姿勢に戻していたが……姉妹の方に頭部を向けて、体勢を僅かに崩している。

 だが、動こうとはしなかった。

 今の作戦会議の重要性を理解しているらしい。

 耳を揺らしてから、俺を見て、まばたきをくり返す黒豹ロロ


 俺もゆっくりとまぶたを閉じて開くを行う。

 親愛の感情を黒豹ロロに送った。


「耳がぴくぴく、動くし、めめが、かわいい……」


 ソプラさんがそう呟いた。

 レネも同意するように、頬を見ながら頷いている。


「でもさ……その血魔剣だけど、マスターに干渉したってことよね」

「はい、血外魔の大魔導師アガナス……」

「うん。正直、白色の貴婦人より、そっちの方が怖いわ」

「分かります。ご主人様に干渉できる存在なんて……」


 ミスティとレベッカとヴィーネが頷き合いながら語る。

 確かに、彼ら血の魔導師たちは、シテアトップとは違う形で俺の精神に干渉してきた。

 だからこそ……。

 エクストラスキルがある俺も絶対ではないということを、改めて、強く意識するようになった。


 ま、限定的なモノだとは思う。

 血魔剣と墓掘り人たちを受け入れようとする心構えがあったからこその精神世界だった。

 たまたまかもしれない。


「……他にも直接干渉してきたのが、血内道の中魔導師レキウレス、血獄道の大魔導師ソトビガ、血月陰陽の魔導師ゼノンだっけ?」


 レベッカが質問してきた。


「そうだ。串刺しになった魔術師たちの幻影。血の稲穂がどうとか、地下遺跡を巡ればアガナスの秘鍵書を俺にくれると話をしてきた」

「血賢道アーヴィンが、その血魔剣を造り上げたとも聞きましたが」


 ヴィーネの問いに頷く。


 同時に<血魔力>を意識した。

 血魔剣の柄から剥がれるように離れた骸骨のリキュールグラス。


 前と同じように小さい髑髏のグラスが外れると、その杯は俺の頭部を回り出す。

 相変わらず……不気味な動きだ。


「わたしたちも、その小さい杯にルシヴァルの血を注いだ方がいいのかしら」

「いや、とくには必要ないだろう」

「はい。わたしたちは、もう主であるシュウヤ様と繋がっていますので」


 バーレンティンがそう述べると、隣のスゥンも、


「そうですな。それは<筆頭従者長>様たちとも繋がっていると同じこと」


 と、ミスティの言葉にバーレンティンとスゥンが語る。

 ……続いて、血獣隊隊長の<従者長>のママニが、バーレンティンにどんな能力を使えるのか大雑把に聞いていく。

 白色の貴婦人対策、云々の前、この場の全員に仲間だという意味も込められた内容だ。


 そのバーレンティンは、副長のスゥンと共に、自身の能力と仲間たちの能力を公表しながら、白色の貴婦人対策に向けた戦術の意見交換を行ってくれた。


 ママニの近くに居た墓掘り人のキースが、頬から骨を覗かせながら口を動かしていく。


 彼は骨の歯茎が剥き出しになった形の崩れた口を持つ。

 それは一見、ゾンビ風で不気味な頬だが……。


 双眸の緋色を帯びた双眸といい、全体的にかなり渋くカッコイイ。

 戦闘用ハイ・ゾンビとでも呼びたくなる形容だ。


「……我らの吸血王と、その眷属様たちは、途方もない経験をしている」


 俺を吸血王と呼ぶキース。


 顔と同じく声も渋い。

 彼はバーレンティンの愛用している骨喰厳次郎のような魔刀を扱う。

 きっと、曰くつきな魔刀だろう。


 魔刀を覆う鞘の表面を蛇のように這う魔力たち。

 武器の質は高そうだ……。

 ユイとカルードはバーレンティンの骨喰厳次郎と共に、彼の魔刀に興味を抱いている。


「キースに同意だ。しかしだ。地下しか知らねぇ俺たちだが……今後は違うぜ?」

「あぁ、白のなんたらだろうと主に敵対する相手は容赦しねぇ」

「おうよ! 主が迷宮都市にまた挑むことになっても、新しい主に貢献するつもりだ。なぁ、皆よ!」


 赤髪のモヒカンさんこと、サルジンが吼える。

 彼は世紀末覇者を目指せるかもしれない。

 そのモッヒーの言葉に頷く大柄のロゼバトフ。


「そうだ。眷属様たちが居るこの状況も、俺たちにとっては力を見せる好機だ」

「そうだな。偉大な主の視線は……怖いが、期待してくれていると分かる。蝙蝠となって逃げるだけが能じゃないってところ見せてやろう」

「トーリ。そう怯えるな」

「いや、少し嬉しいんだ……まさに氷炭相愛ひょうたんそうあいす」

「ふ、氷を愛するお前らしい……そして、白のなんたらが、転移の可能な魔道具を操る敵だろうと、この粉砕のメイスで破壊してやるさ」


 墓掘り人たちの言葉に頷く。

 大柄のロゼバトフが持つメイスは強力そうだ。

 彼らを率いていた元リーダーのバーレンティンは誇らしげに胸元に手を当て、俺を敬う仕草を取る。


 そのバーレンティンの行動を受けてスゥンさんが反応した。


 頭部が見事に禿げているスゥンさん。

 副長らしく、墓掘り人たちへと向けて指示を出すように頭部を向けていた。


 スゥンさんの眼光を受けた、イセス、キース、サルジンの墓掘り人たちは一斉に敬礼の所作を取っていく。

 ずらりとならぶ墓掘り人たちの面構えはどこかの特殊部隊が敬礼しているように見える。


「閣下、この墓掘り人たちは変身が可能です。太陽にも耐性がありますし、吸血鬼部隊としての斥候を任せても良いですね」


 そう語った参謀ヘルメは俺の膝の上に乗ってくる。

 いい匂いだ。彼女の綺麗な蒼色の髪を撫でながら……。

 項にキスしたくなったが、我慢。


「……そうだな。血獣隊と共に期待している」


 太股にヘルメの体重を感じながら、バーレンティンたちに向けてそう発言した。


「我が主。前にも申し上げましたが、地下の戦なら無数に経験済み。ですので、存分にこき使ってください」

「そうね。正直、地上の戦は不安でしかないけど……新しい主のため、<ゴレアックブレイド>を使いがんばるわ、」


 バーレンティンに続いてイセスがそう発言してくれた。

 彼女は俺の腰に差す血魔剣を見ている。

 すると、兎人族のレネが、


「シュウヤさんは闇ギルドの長や冒険者でありつつも、眷属様たちと吸血鬼部隊を持つ君主様だったのですね」

「まぁ、そうなるのかな、基本は猫が好きな槍使いだ」


 相棒を見ながら月狼環ノ槍の握りを意識して、レネにそう告げた。


「ふふ、でも驚きました。冒険者クラン【イノセントアームズ】は六大トップクランの実績を超えているんですから」

青腕宝団ブルーアームジュエルズとかの名は聞いたことがあったけど……シュウヤさんは冒険者としての実績も計り知れないということか……」


 レネとソプラさんが語る。

 俺は頷きながらも、


「確かにペルネーテの迷宮二十階層で旅をしたが、それは特別な鍵を使っての到達なんだ。実績といってもあまり凄くはない」


 と、真実を素直に告げる。


「十邪像。または十天邪像と呼ぶ鍵の話ね。ペルネーテの迷宮に棲まう邪神シテアトップと契約し、対処しながら二十階層に到達している時点で凄いのに、その偉業を誇らないところが、本当にシュウヤさんらしい」

「ふふ、ソプラ……感動しているの?」

「……そうよ。恩人で凄腕の槍使いだし、闇ギルドの総長だし光魔ルシヴァルの宗主だし、腰の魔軍夜行ノ槍業は怪しいけど、眷属を持ち仲間たちに慕われて吸血王でもある。まさにシュウヤさんは無数の顔を持つ英傑! 飾りを知らない知られざる英雄……格好良すぎるのよ……」


 ソプラさんは興奮しながら話をすると、少し間をあけて、俺にウィンクをしてきた。

 縦長の耳といい兎人族も可愛いな……。


「そうね。わたしたちの命を助けてくれたという単純な意味の前に……ママニさんからも聞いたけど、素朴で素敵な人……だから、わたしもシュウヤさんたちと行動を共にしたい」

「姉さん……」


 レネ&ソプラは見つめ合うと強く頷いた。

 そして、レネは妹から視線をそらして俺を見つめてきた。


 何か決意を感じる。


「シュウヤさん、こんな弓しかできないわたしたちだけど……部下にしてくれる?」


 皆の行動と言葉に感化されたように願ってきた。

 それは将来的に眷属化を望むということか。

 この場には<筆頭従者長>たちが多いからな。


 だが、問う。


「いいぞ。と言いたいが、俺は〝人は悪かれ我善かれ〟的な面があるぞ?」

「ふふ。シュウヤさんらしく警告か」

「姉さん、どういう意味? 言葉の意味が分からない」

「……他人がどんなに酷い目に遭おうとも自分さえよければ構わないってこと。利己的な面がある。といった意味があるの。そうですよね、シュウヤさん」


 レネは【梟の牙】の元幹部だ。

 俺の言いたいことはすぐに理解したらしい。


「そうだ」

「でも、そういう思考って普遍的なモノじゃ? 何かしら、満足感を得ることでわたしたちは生きているんだし」

「うん、そうね。だからこそよ。シュウヤさんは、わたしたちに一つの勢力の下につく【天凜の月】の下に……光魔ルシヴァルとしてもサイデイル側の下に付く。『その覚悟はお前たちにあるのか?』といった〝問う〟意味もあるんでしょう」


 レネは結構、頭が切れるな。


「なるほど、総長として宗主として漢の言葉ね。わたしたちを女と見る前に、個との、戦力としての問い。たまんないわ……しびれる漢! 元よりその覚悟はあるわよ、ね? 姉さん」

「うん。わたしの命を取らずオフィーリアさんたちを助けているし、この樹海地域に人知れず安全な場所を作ろうとがんばってるシュウヤさんだからこそ、命を預けられる……」


 レネはそう話をしてから俺を射貫くように視線を強めた。


「――シュウヤさん、お願いします! 白色の貴婦人討伐に正式に加えさせてください!」


 レネは膝頭を床に突けていた。

 頭を垂れている。


 気持ちは嬉しい。


「……いいぞ。付くも離れるも自由。優秀な射手の加入云々よりも、やはり美人さんは大歓迎だ」

「閣下の言葉の意味は、まさに、入り船あれば出船あり、ですな」


 カルードが意味がありそうな言葉を呟く。


「ははは、シュウヤに惚れると大変なことになるぞ?」


 ハンカイの忠告は女性陣全員に響いたのか、皆、一瞬、体を揺らしていた。

 俺の言葉を聞いたレネはすぐに頭部を上げて、


「……ありがとう」


 と、礼を言いながら涙を双眸に溜めていた。


「姉さん、泣くところじゃないでしょう!」

「あ、そ、そうね……」

「しかし、アルゼ経由で南の海運都市に向かうキャラバン隊を率いている方は、名はウカさんだっけか。そのウカさんに連絡をしといた方がいいと思うが……」


 同じ、兎人族のゆかりで彼女たちを助けた方。

 【白鯨の血長耳】の縄張りが強いセナアプアから離脱するのに協力してくれた長老っぽいイメージの方だ。


「そうですね。ウカさんたちがアルゼの街の宿にまだ滞在していればよいのですが……さすがに船旅となると、海光都市ガゼルジャンを含めて、【海流都市セスドーゼン】など……どこに向かうのか分かりませんから」

「うん、けど、セナアプアから逃げる時に利用させてもらっただけだからね。この間いったように会えなくても大丈夫だと思うけど」

「ま、さっきも話をしたが、もしかしたらアルゼの街にも向かうかもしれないからな。その時に会えるかもしれない」

「はい、秘宝奪回は無理と分かりますが、オフィーリアさんたちが行った理由もちゃんと説明したいです」


 ツラヌキ団たちは頷く。


 俺もレネの言葉に頷いていった。

 そのタイミングで、


「シュウヤ、作戦の概要はもう伝えたのだろう? 明日のことで話がしたい」


 ハイグリアがそう聞いてきた。

 明日の決闘のことか。


 普段、ツッコミ役のレベッカが嫉妬せずに静観しながら笑っている。

 余裕なレベッカは無視だ。

 ハイグリアには悪いが、まだクナと紋章について話をしないと……。

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