四百八十六話 ソロボとクエマの眷族化とオフィーリアの紋章の打破

 シュウヤがクナの眷属化の契約のため……。

 鼻の下を伸ばしつつ、美しいクナの胸に刻まれた魔印に指を当てていた頃……。



 ◇◆◇◆



 ここは樹海。一人の剣士が逃げていた。


 はぁはぁはぁ……。

 くそ、白い紋章がッ、死の旅人あいつらめ……。


 アソル……済まない。

 リーンは無事に逃げられただろうか。

 他のメンバーたちは……。


 仲間たちの死に際を見た一人の剣士。

 殿の役目をこなしつつも必死に追っ手の魔剣士の男から逃げていた。

 その剣士は、巨大な木の根を軽々と飛び越えた。

 今の身のこなしからして、殿を努めるには十分な強者の剣士と分かる。

 その力強さのある剣士の彼が、必死な表情を浮かべつつ斜めに伸びた幹に飛び移った。

 足に魔力を纏ったお陰で、体重が軽くなった剣士は、幹の上を軽やかに走る。

 が、走り方は軽々しく重々しさもある。独特だ。

 剣士の漆黒の鋼ブーツ底には粘着剤でも付いているように、樹の幹の表面に、ピタリと足の裏が付いていた。この歩法は<練速>という魔闘術系スキルの証拠。

 <練速>の高い熟練度の表れだった。<練速>をたとえるならば……。

 軽功のような身軽さといえよう。


 そんな軽気功の達人でもある剣士は、樹木の幹の端に到達。

 すると、幹の出っ張りを蹴った――宙で両手を広げて鷹のごとく飛翔――。

 素早く翼を畳むかのような両手の動きで、斜め上の枝に、片足から着地するや、反対の足裏で、その枝を蹴って制動もなく前進する。

 

 前へ前へと、必死に走った剣士。

 ざんざ、ざんざ、と降りしきる雨が剣士を地面に縫い止めようと、剣士の体を濡らし、鬱蒼とした葉が剣士の体に付着した。


 逃げる剣士の彼は気にしない。

 必死に逃げる剣士の彼がいる場所は、万緑の光景が織りなす樹海の南。


 ハイム川の支流からも遠い場所だ。アルゼの街側から北東に位置。

 逃げている剣士は方向を見失っている。剣士は雨が止んだところで高台を探そうと、歩を緩めた途端――魔素を前方に感じ取った。


 ――『追っ手』か。


 と、魔素を睨む剣師は一歩、二歩と歩いた。

 折れた魔剣の剣身から蒼い刃が伸びた。


 剣士は<刻印・青龍剣>を発動させたのだ。

 そして、晴眼の位置に構える。

 蒼い刃越しに、対峙した魔力を放つ人物を凝視した。

 

 その人物は白絹のフードを深く被る。

 顔の下半分を覗かせていた。


 両手には、白く光る一対の剣を持つ。


 左手に握る剣の名は宝刀・白邪剣。

 右手に握る剣の名は宝刀・白蝋剣。


 二つとも伝説レジェンド級クラス。

 魔剣の類いのアイテムだ。

 白絹のローブ衣装を着た人物は、その魔剣の切っ先を、対峙する剣士に向けながら、


「名はドルガルといったか? 逃げ足が取り柄のようだな」


 そう嘲笑した。

 白い魔剣の双剣から小さい紋章的が現れては消えた。

 それは粉雪が舞うようにも見える。


 対峙中の剣士ドルガルは、その白く光る双剣の魔剣を見て……。

 

 魔剣も剣術も凄い野郎だ。

 こんな野郎も従える白色の貴婦人か。


 そして、正直、ギルド秘鍵書の捜索よりも……シュウヤ殿ともう一度と剣を交えたかった。

 

 と、考えながら、


「……フェウか。魔剣士め……仲間を殺しやがって、もはやこれまで」


 ドルガルは覚悟を決めた。

 丸薬を飲む。

 薬の効果で喉が膨らんで、喉が朱色に輝いた。


 ドルガルが飲んだ丸薬は正確には薬ではない。魔力、筋力、体内を異常活性化する猛毒の節と蟲を合わせた団子だ。


 名を〝複魔節〟。


 かつて槍使いシュウヤと戦った際にも飲んだサーマリアに伝わる劇薬の一つ。


 この劇薬は、かつてネビュロスの三傑と呼ばれていた頃のユイたちが処分したヒューマ・ダンゾウが使用していた丸薬より効果が上だが、副作用も大きい劇薬だ。


「そんな薬をキメたところでな――」


 二剣を扱うフェウは迅い――。

 白い紋章を後光に宿すフェウの加速は雷神ラ・ドオラの一撃のように迅い。


 劇薬を飲んだドルガルでさえ、フェウの間合いと気を読めず。

 ドルガルが痛みを覚えた時には、灰銀色の軌跡が微かに見えただけだった。


 フェウの宝刀・白邪剣の切っ先が彼の首に突き刺さっている。

 ドルガルの折れた魔剣の柄から発生していた蒼色の<刻印・青龍剣>の剣刃は消失した。


 力なくダラリと垂れた両腕。

 当然、その両腕に握られていた剣刃が折れている魔剣も地面に転がった。


「ぐふぁ――」


 顔をひきつらせながら血を吐くドルガル。

 彼の視界は、既に宙を舞っていた。


 そう、フェウの宝刀・白蝋剣が生み出した<残像三死>の斬撃により首が刎ねられていた。

 首の切断面から血が止めどなく流れる中――。


 これが死……。

 オリミール様……俺は、すみま……。


 ドルガルの最後に見た光景は白い閃光だった。

 そんな生首から流れ出る血も白く浸食しながら消失した。


 地面に残ったドルガルの首なし死体も宙を刻む白色の紋章と同じく、瞬く間に白色の紋章と化していた。


 シュウヤと知己となった剣士の魂は無念にも白色の貴婦人の下に運ばれたことになる。


 聖ギルド連盟の刻印バスターの五番ドルガルといえば、アルゼの街で狙った賞金首の大半を殺して回収することから畏怖の対象でもあったのだが……見る影もない。

 

「……強い剣士だったが、こいつは囮だな。変な杖を使う魔術師には逃げられたか……」

 

 ケマチェンたちに報告しなければ……。

 だが、逃げられた女は……。


 そこで、睨みを強めるフェウ。

 全身に気勢が満ちたフェウだったが、初めて、その気勢に乱れが生じていた。


 チッ、ゼレナード様に、ミッシェル・ゼレナード様に報告されると俺の立場が……。

 だが、もうフレデリカが治めるアルゼへの布石は成功している。

 

 そして、そろそろ、ロンハンからの知らせもあるはずだ。

 多少の誤差がでようと、俺は俺の仕事に集中しよう……。

 

 そう考えたフェウは、両手の魔剣を振るい肩口から覗かせていた鞘へと切っ先を向けた。

 さっと忍びやかに剣を鞘にさし込む。

 鞘のはばきから金属音が響いた。

 

 魔剣を背負う形となったフェウは足下に白色の紋章を発動させる――。

 そのまま前方へと転移するように死の旅人たちが拠点としている場所へと戻った。



 ◇◆◇◆


 クナの心臓に指を当て眷族としての本契約を済ませた後、サイデイルに戻り、ソロボとクエマを呼び出した。


 眷族化を行うと宣言。

 ソロボとクエマは、オーク式の敬礼を寄越す。

 ソロボの敬礼の変化はクエマより多い。

 カイバチ大氏族とトトクヌ支族の挨拶か。

 クエマはトトクヌ支族の挨拶のみ。

 

 二人にラ・ケラーダの挨拶を返した。


 ソロボは、魔笠ガラササと妖刀ソエバリを床に置いて、


「主! わたしたちを<従者長>にしてくださると!」

「おう。オーク八大神と鬼神キサラメ様と道神セレクニ様を信奉している二人だが、光魔ルシヴァルの<従者長>に迎えたいと思う。いいかな?」

「勿論だ! 私は嬉しいぞ……鬼神キサラメ様に感謝しよう」

「オレもだ。主の家族になれる……しかし、キサラ様より先にオレらが……」

「キサラの想いは分かっている。キサラもそんなことは気にしないし、サイデイルのための行動だと理解している」

「「はい……」」

「お前たちはサイデイルを守るためにも必要な戦力。キサラもそう言っていた。そのキサラは既に<筆頭従者長選ばれし眷属>なみに強い四天魔女としての経験がある。それに、お前たちは大事なムーの稽古相手だ……」

「ふふ。暖かい心が伝わってきます」

「弟子のため……分かりました。喜んで<従者長>になります。ムーを厳しく鍛えましょう」

「わたしもだ!」

「では、ソロボから眷族化を行う。お前を光魔ルシヴァルの<従者長>に誘おう」

「はい!」

「<従者開発>、<光闇ノ奔流>、<光邪ノ使徒>、<大真祖の宗系譜者>が融合している<光魔の王杓>を行う――」


 

 ◇◇◇◇


 ソロボとクエマの光魔ルシヴァルの<従者長>にする眷族化を、日にちを分けて行った。

 そうしてから、そのソロボとクエマをサイデイルに残し、皆で狼月都市ハーレイアに向かった。


 そして、ヒヨリミ様に一通り説明し、ヒヨリミ様が用意してくれた宮の一室で広間で、オフィーリアの紋章陣をクナが中心となって調べていた。


 クナとは独自の契約をしたが、その中心のクナは、まだ体が癒えていない。

 俺の眷族となったクナだが、光魔ルシヴァルの<筆頭従者長選ばれし眷属>でも<従者長>でもない。ヘルメのような契約だ。光魔ルシヴァルとなれば変わるかもだが、クナはクナで考えがあるようだった。魔族クシャナーンだったことの拘りでもあるんだろうか。


 そんなクナをエヴァが支えている。

 今も、クナと皆が協力して、オフィーリアの体に刻まれた白色の紋章魔法陣へと干渉を続けていると分かるが、俺には少し難しい。要所要所の魔法が理解できたりする分、謎が多い。


 暫く掛かりそうだ。

 

「……手術中のような状況だが、こうして見ると眷属と仲間たちの数は多いと実感できる」

「はい、閣下」

「ンン、にゃぁ~」


 俺の頭上に常闇の水精霊ヘルメと<光魔ノ蝶徒>ジョディが浮いている。


 黒豹ロロは俺の足下だ。

 スフィンクスの体勢で皆を見守っていた。


 横顔の黒豹ロロさんでもある。

 黒豹ロロは、ぼうっと呆けているようにも見えるが、違うだろうな。


 紅色の虹彩の中心で縦に細まっている黒い瞳。


 相棒は、オフィーリアの魔法陣に干渉している皆が気になるんだろう。


 本当のスフィンクスって印象だ。神々しさを感じた。

 神獣らしい無我の境地かもしれない。


 ふと、ラグレンとの旅を……。

 たき火の見ていた黒猫ロロの表情に近い。


 あの時の相棒も可愛かった。


 ……お腹をぽっこりと膨らませた黒猫ロロを思い出すと、ラグレンとティファにアキレス師匠とラビさんのとの会話と笑顔を思い出す……。


 泣きそうになるから思い出すのは止めた。

 

 ――改めて皆を見る。

 

 ずらりと並ぶ眷属たちと仲間たち。


 左に<筆頭従者長>のユイと<従者長>のカルードとハンカイに墓掘り人たちが立つ。


 バーレンティンはカルードと小話中。


 どうやら戦術について意見交換しているようだ。


 レフテン王国とサーマリア王国の国境にある小さい橋頭堡を巡ったササシ村の戦いについて語り合っていた。


 右にはハイグリアとダオンさんに、エルザ&アリスと<従者長>の血獣隊の面々とレネ&ソプラさんが並ぶ。


 アリスはサザーと懇意になった。


 黒豹ロロのもふもふ具合について語リ合う。


 肉球の柔らかさに展開すると、レネ&ソプラさんも猫の談話に加わった。


 エルザはアウトローマスクを装着したままビアとママニと話をしていた。


 ビアとママニは、エルザが持つドラゴン殺しのような大剣に興味を抱いているようだ。


 剣の名を聞いていた。

 その大剣の名は、ヤハヌーガの大刃。

 エルザは大剣に纏わることで、冒険者と傭兵暮らしの生活のことも加えて話をしていった。

 エルザは、シンプルに輪が重なる金属製の腕防具を見せつつ――。

 

 そういった冒険談義を繰り返す。


 その際、エルザは、左手のガラサスは隠していたがママニは指摘しなかった。


 そのエルザは、俺たちがハーレイアに戻ってきた時に、クナから地上にいる邪神ヒュリオクス眷属たちの情報についても聞いては、四天魔女のキサラからも、クナの生き残りの流浪している魔女たちの話を聞いていた。


 東亜寺院の潜伏場所の話になると、エルザを追跡しているエイハンの名が出て、話は盛り上がった。


 邪神の使徒と言えば……。

 パクスのような存在が他にもいるってことだ。

 その邪神の使徒についての話は直ぐに終了。

 

 白色の貴婦人対策の件を優先して遠慮してくれていた。


 エルザ&アリスは色々な勢力に追われている。


 だから、今回の戦いに協力をしてくれるようだし……彼女たちから協力を申し込まれたら承諾しよう。


 狙われている勢力には魔族殲滅機関の一桁もいるようだが、構わない。


 宗教国家にも用がある。

 ツアンの奥さんと聖槍アロステを差し戻さないとな。正直、いつになるか分からないが。


 ツアンに悪いなと思いながら――。

 中央のオフィーリアたちに視線を戻す。


 オフィーリアは裸に近い。

 が、彼女は構わないと承諾していた。


 そして、クナとエヴァ以外にも、キサラ、ミスティ、レベッカ、ヴィーネも、ケマチェンがオフィーリアの体に埋め込んだという白色の紋章魔法陣の解析と干渉に協力していた。


 エヴァは真剣だ。

 オフィーリアの体調を見ながら、そのオフィーリアの体の表面にある白色の紋章魔法陣の解析と干渉は難しいようだ。


 執刀医がクナで助手に皆という構図。


 オフィーリアの胸元を開胸していく大出術を敢行しているような雰囲気だ。


 その解析と干渉の様子を……。

 ツラヌキ団たちは固唾を飲んで見守っていた。


 ポロンは体を震わせている。

 アラハは心配そうだ。


 そのアラハ、サザーに向けて、


「大丈夫なの?」


 と語りかけていた。

 その気持ちを代弁するように、

 

「そのまま干渉を続けて大丈夫なんだな?」

「はい。現在のわたしの<時空の目>と、皆さんの力があれば、まだまだ続けられます」


 そう語るクナは自信のある顔つき。

 執刀医の雰囲気を醸し出す。


 そう語るクナの体は、ポーションと回復魔法が追いつかないほど、治療が難しい。

 

 内臓類の損傷は酷いようだ。


 そのクナは、小さい額縁の魔道具に魔力を注いで、オフィーリアの体の表面にある白色の紋章魔法陣の解析と、干渉を続けてくれている。


 スキルと魔法を使えるクナだから、小康を保っていると言えるかな。


 聖花の透水珠を使えば……。

 治療は可能と思うが使わない。


 胸にある魔印に触れて契約をしたが、クナはクナだ……安心はできない。


 そのクナの内心は、かなり腹黒いとエヴァから報告を受けている。

 しかし、腹黒いが……俺に対してだけは純粋ぴゅあな気持ちがあるようだと……。


 エヴァが嫉妬するぐらい熱い気持ちを抱いているようだ。


 クナの気持ちは分かる。

 

 俺には称号だけなく……。

 <大真祖の宗系譜者>を取り込んだ<光魔の王笏>があるからな。


 仕方ない。

 そして、<光魔の王笏>の過去を辿れば……大本は<真祖の力>だ。


 <真祖の力>は……。

 

 ※貴方本人が何もせずとも周囲一帯の闇属性を持つ知的生物や負の感情を持つ者に好感を抱かせることもある※

 ※友好的な闇属者と契約した際に生じる魔力譲渡によって畏怖の念を契約者に抱かせ、同時に精神力が低い相手の場合だと支配下チェックを受けさせることになり、支配下チェックに落ちれば、自然と支配下となるだろう※


 とあった。


 クナは魔族クシャナーン。

 普通の人族よりも、負の感情はかなり強いはずだ。


 そして、俺は称号の覇槍ノ魔雄がある。

 その説明に魅了畏怖があった。


 ※魅了畏怖※

 ※魅了の魔眼を超えたモノ。通称・<夜王の瞳>を内包※

 ※魔雄の魔力を強く感じ取った場合、その感じ取った相手に対して、畏怖と混乱を与える場合が希にある※


 魅了の魔眼を取り込んでいる<光魔の王笏>もあるし、称号効果もある。

 いかにクナが優れた魔術師であろうと、抗うことは不可能だろう……。

 

 クナが俺に対しての魅了がヤバイことになっていなければいいが。


「しかし、驚きですね。知恵の神イリアスと秘密の神ソクナーの碑文が使われているとは」

「そうね。八賢者ではなく九賢者たちの技術を応用した高度時空魔法陣……」

「この濃密な魔力の粉末は……賢者の石の粉でしょうか」


 ミスティとヴィーネの<血魔力>を使用しながらそう発言。


「でも、わたしたちは、そのオフィーリアに刻まれた紋章魔法陣に干渉が出来ている」


 レベッカだ。

 レベッカは両手から蒼炎を出している。

 その蒼炎は、クナの小さい魔法の額縁と、その小さい魔法の額縁から放出されている魔線に当たっていた。


 キサラの鴉の群も、小さい魔法の額縁と、額縁から出ている魔線に当たっていた。


 ミスティとヴィーネの<血魔力>も、小さい魔法の額縁と魔線に衝突している。


 倒れそうなクナを支えているエヴァも<念導力>の紫色の魔力を、オフィーリアの体と、小さい魔法の額縁に当てていた。


 紫色の魔力には<紫心魔功パープルマインド・フェイズ>の力も作用していると分かる。


 小さい魔法の額縁は、それらの皆の魔力を得て、発している魔線が太くなった。

 その太い魔線がオフィーリアの体に刻まれている白色の紋章魔法陣に注がれている。

 

 あの小さい魔法の額縁は、皆の魔力を融合させつつ魔法陣の解析と干渉を、可能とする魔道具のようだ。


 そのレベッカの隣にいるキサラは頷いた。

 白絹のような美しい髪を揺らすキサラは、オフィーリアの体から俺に視線を移すと、


「輪廻秘賢書がこの手にあれば……この魔法陣の解析も進んだかもしれないです」


 黒色のアイマスクが似合うキサラだ。

 そのまま修道服の十字架模様が煌めかせて、頭を下げてきた。


 小さい角がみえる。


「気にするな。今も解析は順調そうに見える」

「はい」


 蒼い双眸に吸い込まれそうになる。

 四天魔女キサラもいい女だ。


「キサラさんの、その魔導書は?」


 レベッカが質問していた。

 最近、武術家の道を目指し始めた?

 が、やはり魔法使いだからな。

 

「いくつか名はありますが、魔界四九三書の一つ〝百鬼道〟と呼ばれていたことが多いです。内実は、このマスクと同じ系統の姫魔鬼武装となります」


 と、説明していた。

 しかし、見守るしかできない状況も辛い。

 

 俺が戦っている時の皆の気持ちが理解できた。


 ――『皆、ありがとう』という感謝の念が強まった。


 そんな考えの下……。

 中心となっているクナを支えているエヴァを見た。

 

 エヴァもがんばっている。

 

 クナを支えつつ<紫心魔功パープルマインド・フェイズ>をオフィーリアに対して実行していた。

 

 これは白色の魔法陣が精神面まで深く作用している証拠でもあった。

 

 そんなエヴァの周囲にサージロンの鋼球が浮いている。


 球体同士から細かな魔線が繋がっていた。


 キサラの魔女槍。

 ダモアヌンの魔槍を思い出す。

 柄の孔から出たフィラメントの群れは美しい攻防一体の技。


 サージロンの鋼球も伝説レジェンド級の優れ物。


 お手玉や攻撃だけではない。


 しかし、少しコツが要るとも聞いた。

 <紫心魔功パープルマインド・フェイズ>の効果が増すやり方らしいが……。


 詳しくは知らない。

 俺の視線に気付いたエヴァは、

 

「ん」


 と、天使の微笑を浮かべてくれた。

 がんばっているのに優しい子だ。

 癒やされる。

 

 因みにハンカイと仲良くなった厳ついデルハウトはいない。


 <従者長>入りしたクエマとソロボもだ。

 <筆頭従者長>のキッシュと、光魔の騎士シュヘリアにもサイデイルに残ってもらった。


 紅虎の嵐のサラ、ルシェル、ブッチ、ベリーズもサイデイル。


 紅虎の嵐は、亜神夫婦と共に闇鯨ロターゼの背中に乗って、周辺の警邏活動と資材を運んでいる。


 資材は木材やら色々とあるが……。

 やはり、主力は果樹園のフルーツと植物の種類だ。


 ドナガンが強く望んだ結果らしいが、詳しくは知らない。

 

 ドナガンも関わっているのか不明だが、ドワーフの博士たちは闇鯨ロターゼを重機代わりに、遺跡へと樹海の隘路の整備も行っているようだ。


 キッシュはしぶしぶ許可を出したようだが、まぁ仕方がないだろう。

 博士の熱意は相当なモノだからな。


 体長が大きいロターゼは天然のブルドーザー。ユンボを超えている。


 土慣らし、削土、運搬、開墾、なんでもこなす凄い知的生命体だ。

 

 生きた宇宙母艦ロターゼ。

 ただ、屁が悩みどころか。


 剣王モガ&ネームスは、キッシュからイモリザの代わりではないが、新しくできた街の警備を頼まれて承諾していた。


 モガは俺たちと来たかったようだが……。

 ネームスが反対したのもある。


 ネームスは肩に新しい野鳥が棲み着いて、戦いは抑えたいようだ。


 弟子のムーは紋章樹の妖精ルッシーと留守番だ。


 ムーの教師となっているオークコンビは眷属となった。

 そのソロボとクエマは異常な強さとなったせいで、ムーは攻撃が通用しなくなったことでショックを受けていた。


 <従者長>の強さは並ではない。

 そして、風槍流の道は厳しいのだ。

 槍使いをなめてもらって困る。


 修行をがんばってもらおうか。

 

 ぷゆゆは知らない。

 サナさん&ヒナさんは語学勉強中。

 皆に十二名家のことをゆっくりとたどたどしくも語ることはできたが、正直、時間は掛かるだろう。


 翻訳スキルがないから当然だ。


 黒豹に変身が可能なエブエは……。


 ドココさんと仲良くなったようだが、まだ時々故郷の戦馬谷の大滝に向かっているようだ。

 

 家族と先祖たちを思えば当然だな。

 エブエに寄り添う家族の魂を見ているから、何も言えなかった。


 そんなサイデイルのことを考えていると……中央で小さい額縁のアイテムを持っていたクナが振り向いた。


「シュウヤ様、紋章魔法陣を外せそうですが、どうしますか」


 クナがそう発言。

 それは本当なのか? 

 と、意思を込めてヘルメに視線を向ける。


「閣下、嘘ではないと思います。現在も、オフィーリアの紋章魔法にある隙間に、精霊ちゃんたちが入り込める状況です」

 

 隣で浮かぶジョディが巨大な鎌を振るって、


「あなた様、今ならわたしの大鎌サージュでも魔法陣を切れそうですよ」


 巨大な鎌の柄から黒く光っている魔法印字が煌めく。

 ジョディの発言に頷きながら、エヴァとレベッカにも視線を向ける。


「ん、本当」

「そうみたい。クナさんの高位干渉技術は巧み。魔道具の小さい額縁の効力が大本だと思うけど、わたしの蒼炎の力が利用されているし、凄い技術」

「わたしとミスティの<血魔力>の絡み具合も絶妙です」


 ヴィーネがレベッカに同意しながら答える。

 確かに、皆の魔力と血が幾重にも重なって、オフィーリアの体と繋がる光景はなんともいえない。


「うん。クナさんの知識と技術は凄いわ……金属系とは違うから分からないところもあるけど、魔道具の細かな操作が巧みだと分かる」


 ミスティがそう発言。

 彼女は尊敬の眼差しをクナに向けている。


「ご主人様、白色の紋章を打破できそうです!」

「うん、剥離しかかってる」


 ヴィーネとレベッカの言葉に頷く。

 俺は素直に、中心を担うクナを見て、


「クナ、凄いな」


 と拍手してから、称賛する気持ちを伝える。

 クナはエヴァをチラッと見て、微笑み合う。

 そこから、俺を見上げて、頷くと、ニコニコと笑顔を浮かべていく。


 双眸は潰れているが、笑窪といいクナの笑顔は可愛い。

 

「……シュウヤ様、とんでもない」


 クナはそう喋ると、酔ったように頬を赤くしながらうっとりとした表情に変化した。

 一歩、二歩と前に出てクナに近付きながら、


「お前のお陰だ。ありがとう」


 と気持ちを込めて礼をした。

 その俺の言葉を聞いた瞬間、クナは体をピクと震わせる。


「どうした、大丈夫か?」


 小康だったとはいえ、体に無理をさせてしまったかもしれない。

 心配だ、急ぎクナに近付く――。

 すると、クナは、胸を前に出した。


 心臓でも跳ねたような、巨乳さんを揺らして、


「……あぁん」


 悩ましい声を上げたクナ。

 そして、顔は真っ赤、同時に、寒気を催す妖艶な笑みを浮かべていた。

 額と首筋に流れた汗がいやらしく見える。

 更に、そんなクナを支えて頬を斑に赤くしていたエヴァが――。

 

 俺をキッと睨むと、口を動かした。


「しゅうやの、えっち」


 おーい、なんでそうなるんだ。


「「おお」」


 一斉に、周囲からどよめきが起こる。

 オフィーリアも微笑んだ。


 オフィーリアの体にある白色の魔法陣は一番強力だ。


 それが、外せるんだからな。


 皆、活路が開けたと、喜び合う。

 が、肝心なのはこれからだ……と、エヴァに支えられながら体勢を持ち直していたクナに向けて、

 

「その紋章魔法陣は、いつでも外せることは可能か?」


 と、聞いた。


「はい。今の皆の力をこの魔道具が保存していますし。わたしが近くにいれば可能です。遠く離れた位置だと無理ですが……」


 よし、それを聞いて、初めて俺は笑った。


「なら、まだそのままで頼む」

「え?」


 と、クナは驚く。

 オフィーリアは悲しげな顔を浮かべて、笑みを意識していた俺を見た。

 ツラヌキ団たちも同様だ。

 

 ハンカイを含めて、多数の仲間たちから……。

 『どういう理由だ?』という風に視線を送ってきた。


「シュウヤ! わたしには分からないぞ!」


 と、ハイグリアが挙手をしながら宣言。

 ヴィーネとユイは分かっているように頷いていた。

 

 カルードも視線を鋭くして、


「マイロードはもう作戦を頭に描いているようですな」


 と、呟く。

 カルードの予想通り、俺には<無影歩>があるからな。

 勿論、ユイの<ベイカラの瞳>も必要だが。

 この俺が考えている作戦には、オフィーリアの演技も必要となるし、危険だが……。

 

 とりあえず、皆に作戦の概要を説明するとしよう。

 置物的な波群瓢箪を触って、リサナに『少し借りるぞっと』波群瓢箪の中へと思念を送ってから、その波群瓢箪に腰を乗せた。


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