四百八十五話 魔族のクナ

 俺が<吸魂>で吸い取って殺したはずだ。


「どうしてクナがここにいるんだ。記憶を共有した瓜二つの双子ではないよな?」

「ふふ、そうとも言えるかしら……」

「本当に双子なのか?」


 クナは否定するように頭を微かに横に振るう。

 その際、彼女の側頭部の拘束具に付くチェーン群が揺れた。

 彼女は猛烈な痛みでも味わっているような表情を浮かべて、


「痛ッ……」


 痛みに耐えるような声を洩らす。

 あの苦しみようを見ると……。

 クモヒトデの形だし拘束具の内側は拷問器具とかヴァンパイアの訓練器具〝処女刃〟のように長方形の針や長細い刃が仕込まれている?


 または、ロボトミー手術を実行しているように頭部の内部深くまで突き刺さっているタイプなのかもしれない。


 毒々しいクモヒトデの形だから脳から首下の神経を圧迫しながら……侵食をしているタイプの可能性もある。


 そんな拷問器具を嵌めているクナだ。

 潰れている双眸を俺に向ける。


「……違うわ。シュウヤが殺したのはわたしの分身体よ」

「肉体と自我を持つ分身ということか?」

「細かく言えば、わたしの血肉を元として作り上げたホムンクルス」


 驚きだ。


「ホムンクルスか。人工生命とか錬金術?」

「へぇ博識ね。うん。大本は<魔印・崙健大法>から連なるスキルが豊富に必要。大魔石と貴重なアイテム類と時空属性もね。知己となったマコトも居たし」


 マコト? 

 どこかで聞いた名だ。


 それより一旦チェックだ。

 グロそうだが見ないとな……。


 俺は右目の側面にある金属部位を指で触る。

 金属から眼球の内部にエネルギーが伝わった。


 ――カレウドスコープの起動だ。


 頬の十字型の金属がいつものように、にゅるりと、動いて卍型に変化した。

 有視界にフレーム表示が追加。

 解像度も跳ね上がる。


 毎回な視界だが優れ物だ。

 高性能インテリジェントグラスのような一面も持つ。


 クナを縁取る上に▽があるから、その▽を意識。

 スキャンした。

 頭部に蟲はない。

 やはり魔族としての脳か。

 人族とはまた少し違う脳だ。

 ただし、拘束具の刃が下垂体らしい部位にまで深く突き刺さっている。

 普通の人族とは違うからなんとも言えないが……。


 毛細血管のような細かな管が沢山繋がっているから平気なのか?

 しかし、よく生きているな……。


 ――――――――――――――――

 クシャナーン>魔生命zer##

 脳波:正常

 身体:正常

 性別:雌

 総筋力値:291

 エレニウム総合値:7330

 武器:あり

 ――――――――――――――――


 体はボロボロだがエレニウムは高い。

 魔力の質も低いし拘束具の影響?


 魔力の数字と判断しているが魔力操作や高まりで変わると思うしな……。

 何事も決めつけはよくない。


 ということでカレウドスコープを解除して、


「……その作り上げた分身は他にも居るのか?」

「試作を含めれば、たくさんいたわ」


 過去形か。

 この状況ということは、


「他のホムンクルスは死んでいるか、潜んでいる?」

「そう。反応がないから死んでいるはず。たぶん、わたしをここに閉じ込めた分身が他の分身を殺したんでしょう」


 だろうな。

 本体のクナは助けられていない。


「……だから、今の状況か」

「そう、笑っちゃうでしょうけど。分身とゾルにすべてを奪われたの」


 すべてか。


「自業自得か。しかし、俺が殺した分身とゾルは本体のお前を超えた能力を持っていた?」

「……いやなことを思い出させないでよ」

「いいから、説明しろ」


 少し威圧するように魔力を表に出す。

 俺は警戒を解いたわけじゃないが<仙丹法・鯰想>を解除――。


 目の前に展開していた蒼を基調としたナマズこと鯰想は、ぶるぶると震えた直後、液体の粒となって崩壊した。


 水の眷属らしくシャワーとなったヘルメは零コンマ数秒も掛からず女体と化した。


 片方の膝頭を地面につけた俺を敬う姿勢だ。

 そんな即座に現れたヘルメの存在に気付いたクナ。


 彼女の双眸は潰れているから視力はないと思うが……。

 匂いと音からヘルメの場所を把握できるのか?


「……何?」


 と、ヘルメの後ろ姿を見ようとするクナ。

 顎先を揺らしながら聞いている。

 ヘルメはクナの喋りを聞いて頭部を上げた。


 しかし、すぐには振り向かない。


 蒼くキラキラとした双眸を俺に向けた。

 優しく微笑んでから、くるりと華麗にターンを行う。


 俺にお尻を魅せるように腰からお尻を震わせていた。


 左足が少し前出たモデルのようなポージング姿勢だ。

 ヘルメ立ちを敢行していた。

 長く細い足は純粋に悩ましく美しい。


 そして、その美しい常闇の水精霊ヘルメはクナに向けて腕先を向けた。


 クナは、ヘルメの腕には反応を示さない。

 視力はやはり失われていると仮定できる。


「名はヘルメですよ。閣下の敵」

「……透き通った水を連想する美しい声ね」

「いいから、さっさと説明しなさい。盲目の美人とはいえ、水に埋めますよ?」


 怒ったヘルメの言葉はナイフの如く冷たい。

 その直後、彼女の腕先に水の蛇のようなモノが無数に出現。


 脅した言葉は嘘ではないという証拠だろう。

 闇色が強く輝いているヘルメの姿は魅力的だが怖い。


 俺が動揺したことが許せなかったようだ。

 とぐろを巻く闇が濃い液体状の蛇たちはヘルメの怒りを帯びているように蠢いていく。


「……シュウヤの眷属? 部下か何かかしら……魔力がとんでもないことになってるけど……どういう……」


 クナは語尾にいくにしたがい声が震えていく。

 精霊としての力を増している存在を感じて驚いているようだ。


「そうだ。で、話の続きを。お前から直に情報が聞きたい」

「超えていた。わたしも魯鈍ろどんだったせいもある。気付いたら分身体に邪神ヒュリオクスの眷属がとりついていたようだし、その干渉によって、わたしを裏切ったんだと思う。邪神の指示もあったと思うけど……秘蔵のアイテムを使いゾルと協力して、わたしを閉じ込めて、いたぶり・・・・続けてきたわ」


 いたぶってか……。

 その拷問の内容を聞けば……。


 今の彼女の姿を見れば……。

 吐き気を催す自信がある。


 分身体に寄生していた蟲は、


「邪神か……」


 エルザのようなガラサスは他にも居るんだろうか。

 ま、ガラサスは稀だろう。


「うん。そういったことがあるけど大本はわたしだからね……今いったように不覚を取ったわたしも悪いんだけど優秀な分身だから。皮肉だけど……」


 そう聞くと……。

 カレウドスコープで本人だと確信しているが……。

 本当にこいつが本体なのか怪しく思えてくる。


「本当に俺が殺したのは分身か?」


 痛そうな表情を浮かべていたクナは細い顎を持ち上げて、ニヤリと片頬を上げる。


「シュウヤにとって、わたしが本体か分身のどっちだったら嬉しい?」


 似非笑いぎみのクナ。

 彼女は俺の疑問に答えず逆にそう聞いてきた。


 クナは魔法陣が刻まれた壁にぶら下がっている。

 俺を見下ろす形だ。

 そんな状態だからなのもあるが……。

 どことなく見下されていると、感じてくる。


 すると――。

 クナの側頭部に嵌まる拘束具が点滅。

 クモヒトデの形をした拘束具付近から血があふれ出る。


 瞬く間に、目尻、頬、耳元まで血が広がった。

 付近の金髪も血色に濡れ頬から唇の表面にも血が伝う。


 しかし、その唇を伝う血は蒸発するように消失した。

 あの小さい唇が特別な熱を帯びているってわけじゃないだろうと思うが……元の唇の色に戻っていく。


 そこに、


『……攻撃しないのか』


 と、左手に棲むサラテンが聞いてきた。


『まだ様子見だ』


 サラテンはこのクナを知らないからな。

 俺は知っている・・・・・と思いながら……。


 そのクナを見上げ、


「どっちでもいいが、お前が本体だな」

「……ピンポーン。大正解。キスしてほしい?」

「ふざけるな」


 ふてぶてしい。

 だが、どの程度記憶を共有していたのだろう。


「……見えないけど、怖い表情を浮かべていると分かるわよ?」

「だから何だよ。くだらん戯れ言は止してくれ」

「せっかく会話できたんだし、少しは駆け引きを楽しまないとね」


 壁の魔法陣に縫われている状況でそんなことを語るクナ。

 彼女らしいが……。


「なにが駆け引きだよ。マゾか?」

「うん。だって。こんな拘束具に嵌められている、わたしよ?」


 痛みを快感に変えなきゃやっていられないってか?


「……」

「だ・か・ら。この惨めなわたし……をシュウヤは殺したいのかなァ? とね」


 魅力的なだけにクナショック!

 思わず竜頭金属甲ハルホンクの魔竜王の蒼眼から氷礫をクナに向けて飛ばしたくなったが我慢。


 代わりに睨みながら、


「……まるで、殺されるのを期待しているような言い方だな?」


 と、聞く。


「うん。だって、わたしは魔族クシャナーンよ? 分身の記憶も朧気ながら共有していたし、シュウヤはその分身を殺したからね。だから、本体のわたしも同じように殺したいのかと思って」


 そう言いながらも頭部を僅かにそらすクナ。

 その直後、遅れて相棒が背後から来た。


「――このニオイは獣?」


 クナは鼻を動かす仕草を取っている。

 失った視力の代わりに嗅覚と聴覚が鋭くなっているのか?

 潰れた双眸と全身に纏う魔力も薄いし質も悪いが黒豹ロロの存在に気付いてるようだ。


「相棒の黒豹ロロだよ」

「やっぱり! 見えないのが残念だけど、あの、かっわいィィ! 猫ちゃんなのね!」


 懐かしい。

 記憶を共有していたらしいが……。

 やはりクナはクナか。

 昔、彼女の分身が魔道具の店主だった頃……。

 黒猫ロロの挨拶を見ては、はしゃいでいた頃を思い出す。


「にゃ、にゃ、にゃお」


 黒豹ロロが片前足を上げて、挨拶した。

 今は黒豹として凜々しさを持つが、前と同じ姿だ。

 シンクロして面白い。


「ふふ、音と臭いで分かるわ。前よりも大きい?」


 なんで音と臭いで大きさが分かるんだよ。

 と、疑問に思ったがとりあえず……。


 上の眷属たちを呼ぶか。

 ……背後に回した手の内に血を纏わせる。

 そのまま<筆頭従者長選ばれし眷属>たちへと『大丈夫だ。下りてこい』と、血文字を送った。


 しかし、ハンカイがこのクナを見たらキレるかもな。

 彼が魔迷宮サビード・ケンツィルに囚われていた頃を思えば……。

 即座に殺しに掛かっても不思議ではない。


 というか、分身か本体か不明だが……。

 このクナに騙されたんだからな。

 普通はやり返す。


 と、考えたところで、クナの側頭部の拘束具を見た。


「その側頭部の拘束具が嵌まっているのに、なんで会話ができるんだ?」

「……わたしも魔族クシャナーン。魔力と体力が回復しやすい恒久スキルがあるからね」


 デルハウトのようにか?

 逆に脳が活性化しホルモンが分泌されている?

 俺のエクストラスキル<脳魔脊髄革命>のようなスキルがあるのか?


「……」

「あら、同情してくれた?」


 視力がないと思うが俺の顔色を実際に視ているように語る。

 そんなクナは、小さい鼻で子犬のように臭いでも嗅ぐような仕草をしながら、


「そんなことより、分身を殺したなら色々と手に入れたはずよねぇ? わたしを封じていた扉と錠前は特殊なモノだったろうし」


 アイテムボックスのことか。

 ま、嘘をついても分かるだろうし、素直に、


「そうだよ」

「やっぱり! 時空属性を持つのね」

「鍵と錠前も特殊なのか」

「うん。鍵と錠前も互いを近付かないかぎり反応もしない。時空属性が必要。金属扉は金剛も混じっているし、すべてが、時斑系の金属類のはず」


 鍵と錠前は灰銀色に輝いていたな。

 時斑系の金属という代物は時空属性に反応するということか。


 そのことは告げず、


「鍵やアイテムボックスを返すつもりはないぞ」

「深読みしすぎ。返してほしいけど要らないわ。見て分かるでしょうけど、今更なの……」


 潰れた双眸から血の涙をこぼす。

 その血もすぐに蒸発したが……。


 そして、拘束具に囚われている状態だからなのかもしれないが体に纏う魔力は質が低い。

 エレニウムは高かったが、力は失っていると判断できる。


「さっきの魔力を吸い取っていたような風は?」

「生き続けていくために<魔吸大法>を使ったの。周囲の魔力を吸い取っただけ」

「そのような魔法かスキルを使えるなら、その拘束具を外せそうだが」

「見ての通りよ。わたしの外も内もボロボロな体を見れば、外せるわけがないでしょう」


 衣服は意外に整っているが……。

 魔察眼の観察を続けているとよく分かる。


「確かに……」


 彼女はボロボロだ。

 魔力の淀みと不自然な塊が胸元に数カ所ある。

 全身を巡る魔力の流れも不自然だ。


 外傷だけでなく体内にも深刻な傷があるんだろう。


「だから無理。魔力の流れが見えているなら、ある程度の予測はついているでしょうけど。今のわたしは命脈を保つことがやっとなの……さっきの魔力を吸うことが精一杯。だから拘束具を外しても……」


 永くは生きられない?

 といったニュアンスだ。

 だが、彼女の言葉に嘘はないと分かる。


 今も潰れた双眸の位置から血が流れては蒸発していた。

 そのタイミングで、ヴィーネたちの魔素を背後に感じ取る。


「――ご主人様!」

「魔族の女性のようだけど、知り合い?」


 ヴィーネとミスティが寄ってきた。

 少し遅れて、ハンカイとデルハウトも来た。


「驚きだな。魔人か……」

「あぁ」


 と、ハンカイを見る。

 彼はクナの顔を確認するやいなや眉間に皺を作った。


「んあ!?」


 やっぱ気付いた。


「こいつは、俺を騙したクシャナーンにそっくりではないか!」


 捕らわれた記憶が蘇ったようだ。

 狂犬、蘇りと彼が呼ばれていた理由が顔色に出ている。


「殺すか?」

「待て、ハンカイ」


 手斧を斜め下に差し向けている。

 いつでも下手投げから手斧を<投擲>できるように構えていた。


 そんなハンカイの怒りを助長するつもりはないが……。

 いずれは分かることだから素直に本当のことを告げる。


「この囚われている魔族の女性はハンカイを騙したクナだ……」

「やはりそうかぁあぁ!!」


 怒りの形相を浮かべたハンカイは手斧の<投擲>の動作に入る。

 止める――動こうとしたが、


「ここはお任せを――」


 先に臣従らしい言葉を発したデルハウトが対応した。

 宙に残る紫の軌跡が彼の実力の高さを物語る――。


「――陛下の意志に削ぐ行動は慎んでもらおうか?」


 渋い声音で喋ったデルハウト。

 彼の魔槍の穂先がハンカイの手斧を上から押さえていた。

 強引に大柄の体格を生かすようにハンカイの金剛樹の手斧をじりじりと下へ誘導させていく。


 下からハンカイはデルハウトを強く睨む。

 鼻息を荒くしたハンカイは、


「……俺に武器を向けるとは、いい度胸だなァ――」


 押さえられている金剛製の手斧を胸元に引くハンカイ。

 デルハウトの紫色の魔槍を懐の中へと取り込みながら、左右の手斧を器用に指先だけで縦回転させる。


 マジシャンのように左右の手斧を扱うハンカイだ。

 だが、即座にその機動を読んだデルハウトは魔槍を引く。


 ハンカイは、低い身長を生かす体術の動きで、身を横に捻りながら次の攻撃モーションに入る――。

 そのデルハウトも素早く魔槍の持ち手の位置を変えた。


 左手を上に右手は柄棒の下を持った両手持ちの構えから紫色の魔槍を下から掬い上げる。


 かちあげ気味のハンカイが揮う金剛樹の斧刃――。

 下から弧を描くデルハウトが振るう紫色の魔槍――。


 斧刃と柄頭が、宙空で激しく衝突――。

 魔風のような衝撃波と火花が散った。


 ハンカイの玉葱の髪形は崩れていないが、その髪の毛に火花が掛かる。

 髪の焦げた匂いが周囲を満たした。


 つばぜり合いに移行しそうなところで――二人の間に入った。

 ――痛ッ。

 二人の武器を<鎖>で覆った両手で握る。


「――ハンカイもデルハウトも悪乗りするな」


 第三の腕予定の右肘に付いているイモリザが文句をいうように動く。

 だが、今は使うタイミングじゃない。


「しかし、この女は俺を……」

「……分かっている。だが、クナは見ての通りボロボロだ。そして、ハンカイを騙したのは、分身がやったことかもしれない」

「あら。ハンカイってあのドワーフ? なら、わたしが騙した」


 おぃぃ……余計なことを。


「やはりお前か。クズな魔族が! 頭をかちわって、死んだ方がいいみたいだな」

「待てハンカイ。友として言葉を聞け。今は止めろ」

「……」


 ハンカイは視線だけで噛み付くように睨みを強めた。

 彼が狂犬と揶揄された理由か。


 だが、手斧の刃を握る俺の手が血濡れていることに気付くと、ハッとした表情を浮かべる。


 瞳に優しさが戻った。

 よかった。いつもの武人ハンカイだ。

 瞬時に、冷静さを取り戻したようだ。


 しかし、両の掌は痛い。

 二人の武具を押さえている掌を簡易的に包む<鎖>の防御はあくまでも簡素なモノだからな……。


 ハンカイの金剛樹の斧刃は、鋭い。

 大地の魔法石のパワーも増している。

 怒りが込められた攻撃をちゃんと防げるわけがない。

 さらに、彼の斧と短い腕先にあるミスティから貰ったであろう金属の手甲が薄い黄色い魔力と一体化していた。


 パワーアップをしているハンカイの斧撃だからな。

 そのハンカイは俺の表情と手の傷を見てから、拘束具に囚われているクナを見上げる。


「……そうだな。是非も知らず、すまん」


 と、ばつが悪そうに答えると武器を下ろした。


「いや、気にするな」


 そう発言しながらも、デルハウトに視線で『お前も武器を下ろせ』と、指示を送る。


「はい、陛下。勝手な振る舞いを――」

「いや、お前の行動は正しい」


 と俺は発言。

 すると、デルハウトは相好を崩し、紫の魔槍の柄頭を地面に突き刺した。

 両手の拳を胸元で組む。

 抱拳の礼、拝礼に近い態度を取った。


「――ハッ、ありがたき幸せ」


 騎士らしい挨拶をしてくれた。

 俺は頷くとデルハウトは抱拳に近いポーズをハンカイに向ける。


「そして、ハンカイ殿もご無礼致した……」


 頭部の左右に伸びた一対の器官を萎ませるように謝罪する。


「俺も悪かった。騎士よ……」


 ハンカイもそう語ると、ブダンド族らしい謝罪の意味があるような態度を取る。


 デルハウトとハンカイは頷き合う。

 挨拶を終えたデルハウトは地面に突き刺した魔槍を引き抜いた勢いで体を横回転させる。

 魔槍も体の動きに合わせて回転させた。

 爪先を軸とする足先で地面に小さい円を描く――。

 くるりくるりと回転しつつ器用に後退したデルハウト。


 動きを止めると、俺に対して一礼する所作を見せた。

 騎士というか風雅がある。

 異常に渋くカッコイイ。


 俺も両手に纏った<鎖>を消去した。

 掌の傷はもう回復している。


『無理をしおって、痛かったろうに』

『別にいいさ』


 と、サラテンには強がって思念を送った。


「……マスターの言うとおりよ。でも、仲間というか血の気が多い眷属が多いと……これからが大変そうね」

「経験豊富な墓掘り人たちも一筋縄ではないと思いますし」


 ミスティとヴィーネは視線を合わせて語り合う。

 この秀才コンビは息が合いそうだな。


「……シュウヤ、わたしを助けてくれてたの?」


 目が潰れているクナはそう語りかけていた。


「いや……」

「閣下は否定しましたが、貴女を助けましたよ」

「そうなんだ。ありがとう。でも、さっさと殺してくれた方が楽なんだけど」


 礼を述べるとは意外だ。

 しかし、


「自分でそれを言うか?」

「そうよ。皆でいたぶるつもりなんでしょう」

「そんなことはしない」

「……」


 沈黙したクナ。


「で、分身の行動はどれくらい把握していたんだ?」

「ある程度。すべてではないわ」

「ほぅ……」

「だから、シュウヤを罠に嵌めたことは、分身が勝手にやってたこと。でも、わたしも朧気ながらも見ていたんだけどねん。うふッ」


 なにが、うふッだ。


「その言いようだと……お前も楽しんでいたんだな? 俺だけでなく他の冒険者たちが罠に落ちるのを」

「当たり前じゃない」

「何が当たり前だ……」

「シュウヤ、殺すなら俺にやらせろよ」


 せっかく抑えたハンカイの怒りがまた復活してしまう。


「わたしは魔族だからね。生き残るために当然のことをしたまで。だから復讐をしたいならご自由にどうぞ。できるなら一思いにやってね」


 潔いとはいえないが、鼻につく。

 が、真実でもある。


「……覚悟はできてるようですね。ご主人様、わたしが処断しますか?」


 冷然としたヴィーネだ。

 腰にさしているガドリセスに手を当てていた。

 彼女はこういうことを率先して引き受けようとしている。

 ダークエルフなりの人生で得てきた様々な経験が彼女の表情に表れていた。


 俺は彼女の強さに頷きながらも、


「いや、必要ない。皆もクナの言動を真に受けるな。俺たちの反応する言葉を聞いて楽しんでいるだけだ。そして、個人的な主観では、気に入らないが……クナの魔族側としては当然の思考。その魔族側の判断も間違ってはいないだろう」


 俺の言葉を聞いた皆は顔を見合わせる。

 納得をしていないと思うが……各自、武器から手を離していた。

 ヴィーネは熱い眼差しで俺を見つめてくる。

 理解はしてくれたようだ。


「あら、意外ね。多様な価値観を持つんだ」

「お前の多様という価値観が、どの程度をさすのか分からないが……俺は槍使いで冒険者なだけだ」

「ふーん」

「武術を極めたい。女も好きだ。ま、細かく言えば小さなジャスティスもあるな」

「じゃすてぃす?」

「そうだ。正しいか間違っているのかも分からない。が、己の小さい価値観を振りかざす時はある」

「……意外すぎる」

「何が意外なんだ」

「……普通は、己の価値観といったプライドをあまり表に出さないし、〝人の行動はこうあるべき〟という自負もありそうだけど……シュウヤは少し違うようね」


 この魔族らしくないクナの発言に皆が注目した。

 ロロディーヌも耳をピクピクとクナに向けている動かしている。


「……ご主人様は正しいですよ。皆が救われました」

「その通り、閣下はいつもそういう難しいことを考えてますが、スパッとやることをやりますからね」

「にゃ~」

「そうね。訓練好きが抜けているけど」

「ガハハ、そうだな。器がでかすぎて途方もないからこそのシュウヤなりの思考だろう」

「ふふ、慕われているのね」


 微笑むクナはそう発言。


「皆、ありがとう。しかし、クナは何が言いたいんだ?」

「普通の感覚を持ってないシュウヤに興味が湧いたの、もっと知りたいとね。普通の人族は、均一した模範と呼ぶべき考えをよしとする場合が多いから」


 クナの言葉に思わず、頷く。


「……模範か、人族社会で何を得てきたのか知らないが、外の社会を嫌っているようだな」

「……嫌いよ。少しその人族の話をさせてくれるかしら」


 閉じ込められた反動で鬱憤が溜まっているのか。

 生き残りたいという思いが強くなったのか分からないがクナは喋りたいらしい。


「おう。語れ、皆もいいな?」

「にゃ~」


 後ろ足で首下を掻きながら返事をするロロディーヌ。

 皆、頷いていたが、暇そうだ。

 俺はクナに、


「で、模範の何を話したいんだ?」


 と、聞くと、


「人族たちの事よ! 模範的な正義を根ざしているくせに陰湿なところが、凄くムカつくの」

「ほう、たとえば?」

「さっき話した、価値観よ! その模範とした社会でのがんばりが正しいことなんだ。と思い込んでいる人族が多い」


 それのどこが不満なんだろう。

 至極当然だと思うが……。


「多いというか当たり前じゃないのか?」

「うん……けどね。模範と呼ぶべき社会からはみ出した者や逸脱した者たちの努力を認めず寄り添うことをしないことが多いじゃない……同じ人族同士でもいがみ合う。卓越性の優れた者であろうと支配階級を批判したら死に繋がるし……または、排除しようと躍起になる。少しでも違った考えや行動を見ると差別し笑おうとする。〝他と違う〟〝お前は恥だ〟とかね、ほんと馬鹿らしい。他者の考えを認めず、ロマンを馬鹿にし、嘲笑する臭った心が……模範という社会の中にどれほど渦を巻いているか……」


 驚いた。

 マイナスの面ばかりの視点だが、俺の知る前世の世界でも珍しい寛容とした哲学な面がある。

 このような弱者のことを考えられる立場でありながら、狩る側を楽しんでいたのか。

 ま、クナは魔族クシャナーンだ。

 彼女にしてみれば、魔族として生き残る術を心得ているだけ。

 生命の摂理の観点から見れば当然か。

 ましては、ここは地球ではない。

 魔族の彼女が様々な者たちと交渉してきたからこその得た境地の思考か。


 もしかして切れる彼女なりに俺を試しているのか?

 それとも理解しようとしている?


「……反論する気はないが、自分と他者に問いかけ続けても法を大事にしても……絶対強者の前では、無意味な場合が多い。そして、人ってもんは大概がそうじゃないか?」


 エヴァやレベッカは差別を受けながらも、自分なりに対処してがんばっていた。

 それが大事なことだろう。ま、この大事なことも強要はしない。


「そうね。だからこそ、シュウヤが意外なの。わたしへの攻撃を自らの血を流しながら止めた。それでいて、わたしをいたぶる様子もなく、こうして話し合いを重視する……水のようにただ流れるような。あ、もしかして、わたしを改心させたいとか? 実は愛の女神アリアの信徒?」

「愛は好きだ。しかし、勘違いするな。気に入らない・・・・・・とちゃんと述べただろう」

「でも……温かさがある」


 クナからそんな言葉を……。

 いや、これこそ彼女のいわんとする意味か。


「……分身を殺した時の記憶を持つのなら知っていると思うが、俺たちは血を好む種族だ」

「……でも、無垢の人々を殺したわたしよ? こんな魔族の命を助けるということかしら?」

「条件次第だ」

「……た、助けてくれるの?」


 急に動揺したようにクナは言葉が震える。

 すると、


「――俺は反対だ」

「……」

「わたしは閣下の判断に従います。ただ、氷で埋めるつもりではあります」


 真面目モードのヘルメはS面が強まっている。

 相変わらずだ。


 厳ついデルハウトは、そんなヘルメを見て一瞬だが震えていた。

 面白い。

 そのデルハウトは沈黙している。

 臣従として意見するつもりは『俺にはない』という強い意思の表れだろう。

 格好良い奴だ。


「解放に賛成。兄と協力した経緯も気になるけど、彼女を解放したら、わたしの魔導人形ウォーガノフの技術発展に繋がるアイテムや皆のために役に立つアイテムが手に入るかもしれない。それに吸霊の蠱祖があれば生贄の魔法陣も成功するかもしれないしね」

「にゃ~」


 ミスティはクナを解放してほしいようだ。

 黒豹ロロはそんなミスティの腰に肉球アタックをした。


「あう」


 博士として、細い体のミスティは肉球アタックを受けて、よろける。


 ヴィーネは俺を見つめながら、頷いていた。

 すると、ミスティの解放という言葉を聞いたクナが、しめたというように片頬をあげて、


「勿論、魔迷宮と時空魔法の知っていることを教えてあげる。各地にセーフハウスを持つわたしが手に入れたアイテム類はシュウヤが持つアイテムボックス以外にもあるからね。そして、シュウヤが持っている、そのアイテムボックスの中でも月霊樹の大杖と祭司のネックレスなんて……とっても、というか他にないぐらい貴重な代物なんだから。たぶんだけど、鑑定人でさえ見分けることは不可能なはずよ」


 媚態を呈したクナの言葉だが嘘じゃない。


 優秀なアイテム鑑定人のスロザでさえ見破れなかった祭司のネックレス。

 そのネックレスはココッブルゥンドズゥ様に捧げた。

 呪神様は貴重なアイテムだと話をしていたことは覚えている。


 すると、熱い眼差しを俺に向けていたヴィーネが、掌を拳でぽんと叩く。


「なるほど、ご主人様は時空属性を持つだろう、白色の貴婦人対策のために……」


 そう呟いた。ビンゴだ。

 相変わらずヴィーネは聡い。

 勘がいいというべきか。


 クナを加えて、眷属たちと一緒にツラヌキ団たちの紋章を見れば……。

 何か突破口がひらけるかもと思ったからこその交渉。


 弱っているとはいえ、クナは相当な魔術師クラスと予想できる。

 クナの分身体は〝闇尾の魔術師〟と語っていた。


 戦闘職業は個体差がある。

 だから、名前も質も違うとは思うが本体ならば分身より更に上位系の戦闘職だろう。


 そんな魔術師級と推測できるクナならば……。

 ケマチェンとフェウの背後に居る白色の貴婦人対策にも通じるだろう。

 こういった俺の思考を即座に読んできたヴィーネは優秀だ。


「ヴィーネに先を越されましたが、白色の貴婦人対策ですね。さすがは閣下!」

「そういうことだ」


 そんな考えの基、ヘルメに頷く。

 クナは頭部を僅かに傾けて、沈黙した。

 何かを知っている顔色だと判断したが……。


「なるほど。こりゃ、ますます、デルハウト殿にお礼をしなければ……」


 やはりハンカイはクナを殺す気だったか。


「ハンカイ殿、気になさらないでください」

「いや、デルハウト殿とシュウヤに借りを作った。ましては、シュウヤは、俺のことを友と呼んでくれているが、その俺は主としてシュウヤに忠誠を誓った身なんだぞ。俺は感情が抑えられない斧馬鹿だ!」

「だから、殴ってくれシュウヤ!」

「いやだ」

「ならば、デルハウト殿、俺を殴ってくれい!」

「――承知!」


 はや!


「――ぐあ」


 平手でなく、躊躇なく拳を突き出して、ハンカイを吹き飛ばすデルハウト。

 ハンカイは転がって壁に衝突し岩に手を当てながら「……ありがとうデルハウト殿……」と口から血を吐き出すと勢いよく立ち上がる。


 デルハウトは手加減していないと思うが、ハンカイもやはり普通じゃないな。

 羅将軍は伊達じゃない。

 そのハンカイは俺の近くまでくると、


「シュウヤも頼む、まだ一人分の借りでしかない」


 ブダンド族ではこういった謝罪方法が常なんだろうか。

 俺は俺なりに、


「ハンカイ、いちいち気にするな。忠誠はいらんし友情の方がいい」


 俺の言葉を聞いたハンカイは双眸を震わせる。

 これは、俺に対して〝陛下〟と呼ぶデルハウトや皆に向けた言葉だが……。

 通じないか……。


「……ありがとう。俺は修行がたらんな……しかし、借りが……」


 斧先生ハンカイがしおらしく反省。

 というか、ハンカイが怒るのは当然だろう。


 そこにミスティからハンカイに移動した黒豹ロロが、そのハンカイの短い足に頭を寄せていく。


 黒豹ロロなりに慰めているようだ。


 あのプールのような場所に囚われていた光景を、相棒も見ているからな……。


 だから、今の相棒も『怒って当然にゃ、気にするにゃ~』と思っているに違いない。


 しかし、ハンカイは、借りがまだ一回残っているから、俺にまた殴れとか言ってきそうだな。


「デルハウト、ハンカイの借りを頼む」

「ハッ、ではハンカイ殿、今度お手合わせをお願いできますか?」


 激しい黒豹ロロの愛撫な衝突を受けているハンカイは転びそうになっていたが……。


 そのデルハウトの言葉に、


「んん? いいぞ」

「では、それで貸し借りは無しということで」

「そんなことでいいのか?」

「はい、一方的に殴るだけではつまらんでしょう。互いに武術の研鑽に繋がりますからな」

「了解したぞ!」


 ハンカイは嬉しそうだ。

 デルハウトも、


「あはは! 俺はスキル<大王体>を持つ身。二百手を超えて身体が傷だらけになろうとも、とことん、斧を受けてみせましょう」

「おおぉ、デルハウト殿はあれほどの魔槍の腕を持ちながらも俺の斧を見ようとするつもりか! 面白い! 気に入ったぞ! ははは」

「ははは――」


 と、互いに呵々大笑のデルハウトとハンカイ。

 そのまま目と目で握手するように見つめ合いながら笑い続けた。


 友情が芽生えそうだ。

 井戸の底のような空気を一変させるような……。


 すがすがしい雰囲気。

 武人同士の晴れ晴れとした和やかな光景だ。


 俺もだが、皆も微笑む。


 その際、笑っているデルハウトの両頬から背中側に伸びた器官の先端が点滅していた。

 あれでモールス信号が打てるかもしれない。


 彼の部族同士で伝わる秘密コミュニケーションがありそう。

 そう思考した瞬間――。


「ぬおぉ~」


 と、ハンカイの悲鳴が聞こえるように笑っていたハンカイは黒豹ロロに押し倒されていた。

 ハンカイのぼさぼさした髪を復活させるように、頭部ごと顔をぺろぺろし舐めていく黒豹ロロさんだ。


 ハンカイの揺れた髭にじゃれたくなったのか不明だが……。


「待て、俺はクプルンではないぃ~」


 相棒は黒豹の姿だからハンカイが喰われそうに見える。

 すると、


「騒がしいけど、条件とは何かしら」


 クナが当然のことを聞いてくる。

 そうだな……と、視線を巡らせた。

 皆はクナの件を俺に任せるようで、何も喋ってこなかった。


 ハンカイは黒豹ロロになすがまま状態だから無理だ。


 それじゃ、クナの店のことを聞くとしよう。


「まずは、お前の店にある魔法陣のことを教えてくれ。あの魔法陣は転移だろう? どこに繋がっている?」

「言質を取ると思っていいのよね?」


 慎重なクナだな。

 力を失っているなら尚のことか。


「あぁ」


 と返事をすると、クナは安心したように微笑んだ。

 そして、


「……もう調べているかと思ったけど」

「他にもやることがあるんだ。答えてくれないか?」

「……分かった。すす払いされてなければ魔迷宮のわたしの部屋に転移できる。分身体も出入りしていたはずよ」

「ほぅ……」

「時空属性が必須だからね。属性がない場合は、罠が発動する」


 やはり魔迷宮への転移魔法陣だったのか。


 今度ヘカトレイルに寄った時に、昔クナが経営していた店に向かうとしよう。

 その魔道具店の建物が残っていればの話だが……。


 他にもミスティは、吸霊の蠱祖とその魔法陣修復の件や兄ゾルと分身クナのやりとりも気になるだろう。


 未知のアイテム類の中に金属類もあるはず。

 エヴァとミスティは気になるところだろう。


 お宝群はレベッカが好きだ。

 俺も槍や剣とか興味ある。

 しかし、今は白色の貴婦人対策の方が重要だ。

 サイデイル経由でハーレイアに急ぐ。


「んじゃ、解放するとして、その壁の魔法陣を壊していいのか?」

「うん。頑丈な魔法陣だから普通の技や魔法では……」


 クナの言葉を最後まで聞かずに――。


「任せろ」


 と、発言。

 そして、右手に魔槍杖バルドークを召喚して風槍流の構えを取っていた。


 皆、魔槍杖バルドークを注視する。

 ミスティとヴィーネには血文字では報告済みだが……。

 この穂先の形が変化した魔槍杖バルドークは初見だからな。


 そう考えながら体幹を軸とした流れを生かす。


「え……何?」


 目が見えないクナは不安げだが、


「パニッシャー、いや、クラッシャーであり、ストレンジャーのランサーに任せろということだ」


 答えになっていないが、まぁ、構わないさ――。

 この場に居たらレベッカからのツッコミが合っただろう――。


 魔手太陰肺経を片手で行いつつ全身を駆け巡る<血魔力>と<魔闘術>を意識――。

 <血液加速ブラッディアクセル>は使わないが――。


 魔槍杖バルドークから激しい鼓動を感じながら足裏だけに<血鎖の饗宴>を発動した。

 地面と宙を削る血のレールロードに生成――。

 血に乗った俺は振動している魔槍杖を持ちながら、滑るような機動で迅速に宙を駆けた――。

 クナの頭上を越えたところで、<紅蓮嵐穿>を発動――。

 反逆の意志がありそうな魔槍杖を壁にぶちかます気概だ――。


 魔竜王槍流技術系統:魔槍奥義小。

 奥義小とはいえ、奥義に部類する魔槍技。


 振動する突きのモーション。

 この単純に見える突きの中に、秘奥が無数にある。

 前進する魔槍杖バルドークは唸り声を発しながら俺の魔力を喰らう。


 嵐雲の穂先が魔力の渦を巻く。

 髑髏模様の魔力オーラから血と紫の魔竜王の幻影が発生した。


 その刹那――。

 闇と紫と紅の魔力嵐を纏った嵐雲の穂先が、魔法陣ごと壁を突き抜ける――。

 蓮のような花の形をした衝撃波が周囲に広がった。


 瞬く間に、闇の髑髏と怪物たちが織りなす魑魅魍魎群と紫魔力の魔竜王の頭部が互いを喰らい合いながら、周囲の魔法陣ごと壁を破壊した。


 ――反響が轟く。

 壁をさらにくり抜く紅蓮火炎の魔力嵐は直進していく。

 ――<紅蓮嵐穿>の威力は凄まじい。


 技を繰り出してから、零コンマ数秒の間に、原形を残さない横の洞窟が瞬時に形成された。

 まぁ、突き系のスキルだから横には広くないが……。


 何か奥に土系のモンスターが居たのか、モンスターの叫び声が聞こえてきた。


 しかし、バルドークの魔力の吸い込みが激しい……。

 胃がねじれるような感覚はいやだが……。

 仙魔術を訓練した賜だろうか、疲労度はそんなにない。


 多少は慣れたこともあるか。

 しかし、アーゼンのブーツを壊さないように意識した<血鎖の饗宴>たちは……。

 端から見たら、無数の血の蛇が群れているようにも見えるだろうな。


 そこで<血魔力>と<魔闘術>を解除。


「ひぃ」


 魔力の嵐というか、荒ぶる魂たちが吹き荒れる感覚を間近に感じたクナは怖がっていた。

 目が潰れているだけに、実際に見るよりも、その恐怖は俺の想像を超えているかもしれない。


 そんな声に反応をしたように魔法陣と繋がっていた拘束具の魔力も失われる。

 彼女の側頭部に嵌まって拘束具が外れて落ちた。

 胴体と足に繋がっていたチェーンも腐るように消失すると力なく地面に倒れていく――。


 壊れた人形のようなクナ――。

 皆がその倒れていくクナを救おうと走り寄ってくるが――。


 俺は即座に唸り声を上げ振動していた魔槍杖バルドークを鎮める思いで動かした。

 大判官筆で宙に血文字を描くように揮ってから、その魔槍杖バルドークを右手から消去。


 血文字の軌跡を見ながら<血道第三・開門>を意識――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動――。


 血を活かした加速スキルで

 魔槍杖バルドーグにより生まれた紅色の軌跡を手刀で消すように、右腕を勢いよく振るい下げた。


 同時に<鎖>を下に向けて射出した――。

 

 勿論、出た<鎖>の狙いはクナではない――。

 弾丸を超えた速度で直進する<鎖>の先端は地面に突き刺さった。


 その<鎖>を手首に収斂させながら無手状態の体を一気に地面へと運ぶ――。

 そのまま、左手で落ちていくクナを掴み脇に抱き寄せながら優しく着地した。


 クナの体重は軽い。

 <血液加速ブラッディアクセル>を解除<鎖>を消去し、お姫様抱っこをしながら、


「――大丈夫か?」

「……あ」


 双眸が潰れているクナはまだ怯えている。

 側頭部にある穴から大量に血があふれ出た。


 血が流れ出ているが、不安の色は消えていくのが分かる。


 ほくろといい、その小さい唇は魅力的だ。

 しかし、クナの下腹部は濡れていた。


 彼女はおしっこを洩らしていたようだ。

 そのことは、指摘せず――上級:水属性の《水癒ウォーター・キュア》を念じた。

 水のシャワーが彼女の金色の髪に降り注ぐのを確認してから外套で包んであげた。


「ご主人様! 今の技が<紅蓮嵐穿>!」

「おう。そうだ」


 ヴィーネに答える。


 さて、サイデイルから一気にハーレイアに帰還かな。

 月狼環ノ槍を忘れないようにしないと。

 すると、


「シュウヤ様、わたしのここに手を当ててください」


 膝を地面につけていたクナが紺色服を脱いで胸元を晒していた。

 そこの巨乳さんには……魔印が刻まれている。


 綺麗な櫨豆のような乳首さんを、人差し指でツンツクしたいとか言える雰囲気ではない。

 

 乳房に手を当てると、魔印が光る――。


 その魔印は神代文字のような魔法の文字をクナの乳房の周囲に刻まれる。手足にも同じ魔印が刻まれていた。

 

 すると、その魔印はクナの体に消える。

 同時に胸元がざっくりと開く。心臓が露出した。その心臓にも魔印が刻まれている。


「シュウヤ様……ありがとう。さすがです。しかし、ここがら本番……心臓に本契約の印を下さい……わたくしは、シュウヤ様の眷族となります」

「……おう、心臓に魔力を、<血魔力>を送ればいいんだな」

「はい!」

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