四百十六話 誓約をありがとう

 

 訓練場では、ぷゆゆと子供たちが遊んでいた。

 オッドアイのルッシーも混ざる。

 ルシヴァルの紋章樹には小さい人型の枠があるから、その人の枠から出てきたんだろう。

 紋章樹の枝には白い花と緑の花が咲く。

 血の実らしき物ができかけている。


 ルッシーは外に出ているが、果たしてどっちが、本体となるんだろう。


「ぷゆゆ~ん、ぷゆゆ~ん、ぷゆゆん、ぷ♪」

「……っ……っ……っ」

「ぷゆゆん、ぷゆゆん、ぷゆゆん、ぷ!」

「あはは、おもろいー」

「足がこっちで、手がこー! ぷっ!」


 ぷゆゆは変な歌を歌い踊る。

 ムーとルッシーは子供たちと一緒に大きな葉っぱを持って〝ぷゆゆ音頭〟の真似をしていた。


 和むが、シェイルの治療があるからここを離れる。


「ルッシーも来るか?」

「あるじ、いく!」


 子供たちと遊んでいたルッシーの体がぶれるように消える。

 子供たちはルッシーが消えて目をぱちくり。

 驚いていたが、ムーは納得したように頷いている。


 ルッシーは目の前にパッと現れて走り寄ってきた。


『おめめに入れたいぐらいかわいいです!』


 左目に宿るヘルメが興奮したように念話で語る。


 気持ちは分かる。

 白と緑の花びらで構成したような髪は変わらず。

 小さい虹色の花の髪飾りが異常に似合って可愛い。

 双眸も、小さいビー玉が集結したような瞳のオッドアイだ。

 イヤーカフも似合うし首のチョーカーも似合う。

 妖精が着るような樹製の服も変わらず。


 見た目は小さい樹木の子供。

 妖精のようだが……。

 大眷属のようなもんだからな。

 そんな<ルシヴァルの守護者>のルッシーを肩に乗せて出発した。


 ◇◇◇◇



 啄木鳥が樹木を啄む音が響く樹海の空を南進。

 黒馬に近い姿のロロディーヌでタンデム走行でもするような空旅は一瞬で終了。


 もう果樹園を過ぎた。

 眼下には地上に聳え立つ亜神ゴルゴンチュラの監獄が見える。

 蒼色の花々が咲く亜神の領域だった場所。


 前は綺麗な蝶たちが聖域を作るように無数に飛んでいたが……蝶の数は極端に少なくなっている。


 神域としての力の象徴を失った結果だろうか。

 亜神の卵石には神性が宿っていると水神アクレシス様は仰っていたが……。

 卵では神域を維持することは難しいか。


 しかし、領域、神域を失ったとはいえ、綺麗な蝶が羽ばたくような巨樹の監獄の姿は変わらない。

 左右の斜め上に伸びた蝶の羽には威圧感がある。

 前にもツアンが『教皇庁一課遺跡発掘局が見たら興味を持つだろう』と語っていた。


 俺もそう思う。

 まさに神を封じるに相応しい監獄だ。


 すると、


「ガルルゥ」


 馬獅子型のロロディーヌが警戒音を発した。

 あれ? ロロディーヌは監獄を見ていない。

 馬と豹を合わせたような頭部が見つめる先は真っすぐだ。

 谷間の奥を見つめている?


 その谷間の奥からは……。

 漆黒色の怪しい魔力が、桔梗の花びらのように形を作り崩れては、また桔梗の花びらを作るように湧いていた。


『閣下、ロロ様も気付いたようですが……濃厚な闇。闇の精霊ちゃんも渦を巻いてます』

『あぁ』


 花びらのような形は綺麗だが……。

 地下からうめき声が聞こえてきそうな不気味な闇の魔力。


 花びらの形は崩れているから、風でも吹いているのか?

 その谷間の奥から吹くような闇色の魔風を凝視。


 左肩に乗るルッシーも同じ方向を指している。

 闇の靄めいた魔力が衝突した蒼い草花の一部が萎れて枯れていた。


 水神様の『【旧神たちの墓場】には気をつけろ』という言葉を思い出す。が、ここは旧神ゴ・ラードの遺跡じゃない。


 ドミドーン博士とミエ助手と紅虎の嵐たちが撤退してきた旧神ゴ・ラードの遺跡は、サイデイル村のもっと東南の方角だ。


 その博士とは交渉をした。

『魂の黄金道の調査もあるので遅れるかもしれませんが』

 から始まり、

『はい、旧神の遺跡群を含めてペル・ヘカ・ライン大回廊に繋がる大穴の調査の手伝いは、いつかできるかもしれない』


 そして、その交渉したお陰か。

 博士が持っていた『他のだれにも見せたことはない』と、あごをぼりぼり掻きながら机の上に置いた樹海の地図を見ることができた。


 地図はこの辺りがクローズアップされた物。

 写しもここにある。


 懐から、その地図を出した。


 北にハイム川とヘカトレイル。

 中心はペルヘカライン大回廊へと続く大穴の群れ。

 樹海の位置に食い込むように点々とあるようだ。

 東西南北の街道から続く宿場町とヒノ村にフェニムル村。


 ヴァライダス蠱宮に西ベンラック村と東のバルドーク山はぎりぎり記されている。


 鉱山都市タンダールは文字だけ。


 続いて、樹海の生物と樹海の素材を記した位置に……。


 冒険者崩れor盗賊団の出現が多い街道地域。

 樹海の中には樹怪王系モンスター類、ゴブリン・テルカ、ゴブリン・ヤンカー、フォレストオーク、オーク・キング、などのモンスターの名が小さく記されている。


 冒険者ギルドの依頼書にはもっと様々なモンスターの討伐と素材収集依頼があるだろう。


 それはともかく知る人がこの地図を見れば未開地域探索に使える凄い地図だと思う。

 当たり前か。

 ヘカトレイルや南マハハイムで有名になったのも頷ける。

 ドミドーン博士と助手のミエさんが優秀だからこその地図だ。

 もしかしたら地図関係のスキルとか、ドワーフコンビの博士とミエさんは持っているのかもしれない。


 腰には魔道具を数種類ぶら下げているし。


 そこで、乱雑な地図の写しを仕舞う。


 ハイグリアから聞いていた話も思い出した。

 古代狼族の狼将ビドルヌが活躍するという【幽刻の谷】。

 狼将ビドルヌは縄張りに侵入してきた旧神ゴ・ラードの蜻蛉系のモンスターたちを屠り続けては、逆に縄張りを拡大しているとか。


 勿論、ハイグリアとも話をしている。

 幽刻の谷がある場所はもっと南。

 ここも谷間の地形だが、さすがに古代狼族の縄張りじゃない。

 だから、単に地下は地続きで、オークを含めて旧神ゴ・ラードなどの勢力が多いだけとか?


「ん、あの奥、変な魔力」


 俺が思考をしていると、背後からエヴァの声が響く。


 空から観察を続けていたから、不自然に思ったんだろう。

 エヴァの頭上には紫魔力の<念動力>が包むシェイルが浮かんでいた。

 そのシェイルは不思議そうに片眼を細めながら、自身を包む紫色の魔力の内側を細い指で触る。

 伸びた指爪で紫色の魔力を引っ掻くように擦っていた。


 その爪の一部は、念動力の紫魔力を引っ掻くたびに、小さい赤紫色の蝶々へと変化した。

 小さい指先は赤紫色に点滅し消えかかっている。


 前に座っていた小柄のレベッカはそのシェイルに向けて「動いちゃだめ」と、話しかけてから金髪を揺らして振り向く。


「――亜神の領域が消えたからの魔力。あの谷間の奥は地形的に地下?」

「たぶんな。地底神が濃厚か。または樹怪王の軍勢とか……オークで闇神系の可能性もあるか……八大神の一つにそれっぽい名があった気もする」


 レベッカに向けて答えたところで、背後から、


「陛下、亜神と対決していた地下勢力では?」


 エヴァの背後に座るシュヘリアの声だ。


「ん、地底神ロルガ以外にも地底神はいる」

「だとしたら、ここの果樹園の維持ができなくなっているのかな。モンスターもいない天国みたいなところで、ステキな場所だったけど」


 確かに、この果樹園はアダムとイブといった天国の園を彷彿とさせる場所だ。


「わたしが偵察に向かいますか?」

「……いや、今は、浮かぶシェイルの治療が先。亜神の復活が必要かもしれないが……」


 と、キサラに話をした。

 地下勢力と推測するが、あの闇の魔力は無視。


 すると、首にも張り付く触手手綱を傾ける必要もなく。


 俺の意志を汲み取った神獣ロロディーヌは一気に下降する。

 人馬一体を超えた感覚共有――。

 <神獣止水・翔>のスキルは偉大だ。


 その神獣ロロの両前足が地面に着地する直前に、俺は相棒から離れて飛び降りた――。

 <鎖>が包む銀箱キゼレグを頭上に運びつつ。


 片足での着地――。


 そのまま走り幅跳びでもするようにステップを踏む。

 監獄前へと走り寄った。


 皆、振り向かずとも魔素の動きから飛び降りていることは分かる。


 ひとまず先に封魔の刻印扉を再チェックだ。


 鍵を嵌めてから上下に分かれて開いた扉は、前と変わらない。

 表面の模様も神殿の雰囲気があるギリシア雷文のまま。


 その瞬間、ふと、転生前の記憶が蘇る。


 古代地球の歴史家ヘロドトスが著した『歴史』やキルヒャーの記した『地下世界』のような地下迷宮の絵が脳裏に浮かんだ。

 そんな昔に見た本を思い出していると、雷文模様のところどころに杖らしき微かに魔力が残っているマークがあるのを発見した。


 この杖のマーク……。

 もしかすると亜神が空へ向けて凄まじい音波魔法を放った時に使っていた大杖か?

 すると……足に可愛い感触が。


「ンン」


 黒猫の姿に戻っていたロロディーヌだ。

 俺の両足の脛と脹ら脛に小さい頭をぶつけてくる。

 甘えてきた。


「もう匂いは付いているし、餌のおねだりタイムか?」

「ンン、にゃ」


 子猫の黒猫ロロは『違うにゃ』というように鳴く。

 黒い尻尾を傘の尾のように立てると監獄に近寄っていった。


 お豆型の黒触手は出していない。

 黒猫ロロは片足をおそるおそるといったようにゆっくりと前へ伸ばす。

 そして、ピンク色の肉球でちょんちょんと、封魔の刻印扉の表面を触っていた。


 そんな怖がる必要はないと思うが……。

 猫の習性は変わらない。


 触って大丈夫か確認をした黒猫ロロさんだ。


 続けて小鼻を突き出す。

 鼻孔をひくひくと拡げて、窄めて、くんくん……と、扉の匂いも調べ出した。


 黒猫ロロは『亜神の臭いをチェックにゃ~』とでも考えているのかな?

 それとも野良猫のチェックか。


 ここに猫の縄張りはないと思うが……。

 死蝶人たちが猫を飼っていたらありえるか?


 すると、その黒猫ロロはその木材か鋼鉄かの封魔の刻印扉だった匂いに満足したのか、分からないが……また、封魔の刻印扉に片足を乗せた。


 今度は肉球を押し付けている?

 ルッシーも一緒に手を当てていた。


「しゅごじゅー、わたしもがんばる」


 いったい、何をがんばるんだ。


 すると、肉球スタンプでも押すように両前足を乗せて、ぽんぽこぽん、ぽんぽこぽん、といったように扉の下部分を叩き出し、次第にリズミカルになると、爪とぎに変化した。

 なんだ、結局は爪とぎか。

 ルッシーは爪とぎではなく打楽器を叩く気分らしい。

 手のひらの部分をカスタネットのように変化させては、リズム良く監獄の扉だった部分を叩いていた。


 しかし、黒猫ロロは夢中になりすぎだ。

 封印の扉の表面には見事な爪跡が、どんどん削れていく……。

 叩いていたルッシーは監獄の削りカスを食べ出すし……。

 カスというか金属製のようなものだが、美味しいのか?


「ルッシー、消化とか大丈夫なのか?」

「あるじ、守護者はつおい」


 ビー玉の目は輝いている。

 口もとには黒っぽい金属と樹木のカスがこびりついていた。


 まぁいいか。

 別段神聖な遺跡ということでもないし、思い出という感じでもないから、黒猫ロロとルッシーの好きなようにさせた。


「ロロちゃん、夢中♪」

「ん、ルッシーもロロちゃんも、かわいい」

「……はい。魔界に住む魔獣タンタラーヌを思い出します」


 そのシュヘリアが語るタンタラーヌが気になったが、その間にキゼレグの銀箱を下ろす。

 箱の四方を固めた<鎖>を収斂せずにその場で消す。

 やや、乱暴に銀箱は着地。

 ま、構わないだろう。


「……ムムム」


 と、銀箱から不思議なエコーがかった声が響いた。

 声質からして、強そうな雰囲気を感じるが無視だ。


 声に気付いたレベッカは薄い膜のような蒼炎を身に纏うと、魔女槍を構えたキサラを見る。


「……キサラさん、ロターゼはいいの?」

「はい。ロターゼはサラさんに預けました。サイデイル村の発展に尽力させます」


 キサラの言葉に同意するように俺も頷きながら、


「インフラの整備もあるが、戦神教と揉めた以上、何があるか分からないからな」

「はい。デルガグは強かった。砂漠の南部地方で魔人キュベラスと相対した戦神教の神官なだけはあるようです」


 ソーグ以上に俺たちに憎しみをぶつけていた僧侶神官デルガグと戦ったキサラ。

 そのキサラは欠損していない光輪アーバーと光る鉈をしっかりと回収していた。


 その二つの武器はともに輝きを失っていたが……。

 現在はエヴァが預かっている。


 アーバーグードローブ・ブーが俺にくれた光輪アーバーとは違うようだ。

 あの時のブーさんは……。


 今どうしているのやら。


「……ウンキという武術僧もかなり強かったです。さすがは神界勢力を代表する教団」


 キサラとシュヘリアは直に神界側と戦ったからな。

 エヴァとレベッカは真面目な顔を浮かべて頷いていた。


「ま、戦神教のラビウス爺さんとは知り合えたから大丈夫だろう。そして、<筆頭従者長>となったキッシュが君臨している。さらに本体はここに居るが地上と地下の守りは<ルシヴァルの守護者>を獲得したルッシーの紋章樹が聳え立っているし闇鯨ロターゼも近くに居る。だから村の守りは安心だ」

「あるじ、まもる!」


 皆の言葉に同意するように、ルッシーは頷いている。


「そうね――<霊血の泉>の聖域化。そして、ルッシーの<霊血の秘樹兵>だっけ」


 レベッカはルッシーに笑いながら語ると、ピンポン玉サイズの小さい蒼炎をエヴァに向けて放った。

 エヴァは笑みを湛えた表情のまま、そのピンポン玉の蒼炎を金属製の卓球ラケットで打ち返す――。


「俺の戦闘職業の<霊槍血鎖師>がここで関係してくるとは思わなかったが」

「――ん、シュウヤは水属性が大得意。あと仙魔術も使える。だから水仙から、霊血も合わさって、霊水仙魔術? 霊水仙術、霊魔、霊気、とか、未知の魔技を習得する可能性がある?」


 霊気術、霊魔術か。あるだろうな。


 レベッカはスマッシュのように勢いよく返された蒼炎ピンポンを、その蒼炎で包む人差し指で捉えると、微笑む。


 エスパーはエヴァだが、エスパーとなりつつあるレベッカだ。


 エヴァは、紫魔力で覆ったラケットの白色の金属を足に付着させている。

 あれは白皇鉱物ホワイトタングーンを精錬した鋼かな。

 その白金属は瞬時に溶けると、金属の足も分解。

 瞬時に魔導車椅子に変化。


 エヴァはゆっくりと、その魔導車椅子に腰かけた。


 あんなこともできるのか。

 エヴァの座っている新・魔導車椅子を凝視した。

 新・魔導車椅子の左車輪の外側に『グフカスタム』が装備するガトリングシールドのような長方形の盾が備わっていた。


 小さい多層になったダクトの吸い出し口もある。

 そこから血と魔力に金属の細かな粒が出ていた。


 エヴァは、その縦長のシールドの中に両手首に備えている黒トンファーを差し込む。

 盾の先端からトンファーの先端が飛び出る機構のようだ。

 トンファーの先端は尖っているから、パイルバンカーに見える。

 レベッカのクルブル流に影響されて接近戦スタイルも模索したのかな。

 重戦車スタイルと言えるか?


 すると、白が基調の金属シールドの真ん中から黒のトンファーが伸びた。

 それはパイルバンカーの金属杭というより、ランスとかガトリングの銃口に見えた。


 まさか本当にあの先端から金属の弾が射撃できたり?

 まぁ、トンファーだからそれはないか。


 だが、魔導車椅子を生かすカッコいいエヴァだ。

 その格好のことは指摘せず。


 自らの仙魔術の発展のことを連想しながら口を動かした。


「……仙魔術の先か、独自か、分からないが、霊気術という概念はあると思う。幽霊が見えるようになったのも称号だけじゃないだろうな。霊槍と血に鎖と師。戦闘職業の意味とも繋がる」

「シュウヤ様。高手から教えを受けていた導魔術が得意だった魔女兵ランミィが、霊魔術と霊気術に関することを呟いていたことを覚えています」


 あの話か。


「……その名は覚えている。キサラの元同期だった魔女兵。俺が持つ血骨仙女の片眼球に関する話の際に出てきた話だな?」


 血骨仙女の一人とライバル状態だったランミィ。


「この間の夜の時の話ね……くすぐられた直後だったけど。裏切りの魔女兵だっけ」


 レベッカは激しい夜のことを思い出しながら語る。

 頬を赤く染めていた。


「ん、キサラさんの話はおもしろい。暁の帝国ゴルディクスとゴルディクス大砂漠の名前の理由も初めて知った」

「うん。暁闇を刺し貫く飛び烏」

「ん、ダモアヌンに伝わる魔女の伽役のキサラ。嘔通りの暁の魔導技術の担い手がシュウヤ」


 レベッカとエヴァは頷き合いながら、キサラの嘔を思い出すようにリズムに乗って話をしていた。


「……その血骨仙女と戦っているうちに、まさか、その敵と恋に落ちるとはな」

「長く戦っていれば、そういうこともあるかもしれないわよ?」

「ん、女同士だったとしても、人を好きになる気持ちは変わらない」


 たしかに、男も女も様々だ。


「心情、人はそれぞれだからな。で、黒魔女教団を裏切り【南部砂瞑会】という闇の組織に加わったんだっけか?」


 キサラの白絹のような前髪が黒マスクの上に掛かる。

 目元を覆う黒マスクの模様に雪が降りかかっているように見えた。

 白と黒のコントラストが純粋に美しい。


「……はい。ランミィはエイハーン国出身。父が砂漠騎士で、西方の砂神セプトーンと同じ名の【砂塵の国セプトーン】と戦争状態であったと聞きます。その砂塵の国の若き王子が霊気術の使い手と話をしていましたが……まさか本当だったとは……」


 間を空けたキサラは、過去のことを含めて知っていることを話してくれた。

 ランミィとは知り合いだったらしいからな。


「あるじの<霊血の泉>は、つおい!」


 ルッシーが勢い良く両手を上げて、万歳しながら喋っていた。


 キサラから過去話を聞いたところ、その血骨仙女は一人ではなく集団。

 血を好む骨魔種族の集団だ。

 主に、ゴルディクス大砂漠の西南地方の〝砂塵の骨瀑布〟と〝暁の砂骨山〟という地名の間に存在する【突岩の街フーディ】という街に比較的多く住む種族だったようだ。


 周囲には、S級モンスターの錦大蛙竜グオンの群れが棲みついていることで、有名とか。

 その亜種を含めた様々な砂漠モンスターが屯していると。


 しかし、そのグオンさえも捕食するような凶悪なモンスターも存在する。

 ようするに大砂漠の中でも中々の危険地帯と聞いた。


 だから、血骨仙女たちは血を好むといっても十二支族のような純粋なヴァンパイアたちとは違うようだ。


 ペルネーテのようにゴルディクス大砂漠も多民族ばかりと聞く。

 どこも色々だ……。

 ましてや大砂漠もとてつもない広さのようだからな……。


 と、頷きながら……キサラの頭部を見る。

 彼女の頭部に生えている一対の小さい角。

 レファよりも小さいが……。


 それはアキレス師匠たちゴルディーバ族と同じ角だ。

 キサラにはゴルディーバ族の血が入っていることは確実だろう。

 シキ、通称コレクターの配下にいたアロマさんよりも小さい角。

 角が小さい理由は、単に血が薄まった子孫の結果か。

 あるいは、〝何か〟別の理由があるんだろう、と推測。


 そして、ゴルディーバの里で過ごしていた頃を思い出す。

 ラグレンと師匠にラビさんが歌っていた。


『われらぁぁ、神獣ぅぅ守りぃぃ♪  最後の一族ぅぅ♪』


 栄華極めしドワーフは去ってしまう

 我ら悲しき角生え我ら散り花を咲かす

 栄華極めし暁の帝国ゴルディクスは塵と化す

 我ら我ら世界に散りゆく

 栄華極めし忘れ生きてゆく生きてゆく


 歌を思い出していると、


「……わたしも砂漠地方の話は新鮮でした」

「皆、そうよ。南マハハイム出身ばかりだし。それに、わたし、お父さんの親戚が気になるの、アーソンさん」


 シュヘリアに対して、そう答えたレベッカの笑みは消えている。


 そのレベッカは寂し気な表情だ。


 高手の話は禁句に近いよな。

 レベッカの親戚だ。

 同じハイエルフの従姉かもしれないアーソン・イブヒン。


 レベッカは血の繋がりのある親戚のことを考えると、明るさが消える。


「……ん、古の星白石ネピュアハイシェント繋がりの話」

「そうですね。戦神教のデルガグが少し話をしていましたが……放浪を続けているのなら生きているかもしれないです」

「うん。今度、宗教街に行ってみるけど、再会は無理そう」


 世界は広く、放浪している集団だから尚のことだろう。

 再会は無理だと思う気持ちは分かる。


「黒魔女教団の連絡方法が昔と変わっていなければ、わたしも探すことに協力はできると思います。ただ、放浪を続けているとなると、厳しいかもしれませんが」

「ううん、その気持ちが嬉しい! ありがとうキサラさん――」


 キサラのおっぱいに埋もれる小柄な金髪女性の図。

 俺もまざりたいが、今のタイミングでは混ざらない。


「ふふ、同じ蒼い目ですから」

「うん。キサラさんの白絹のような髪の毛はヴィーネと少し似てて綺麗」


 と、見つめ合う美女同士。

 キスでもしそうな雰囲気だ。


 まったくケシカラン。


「ま、なにごともあるがまま、ケセラセラの精神でいこうか。キサラの連絡方法であっさりと連絡がつくかもしれないが、無理だったとしても、ひょんなところで再会できるかもしれないぞ」

「うん、ありがと。シュウヤが語ると凄く説得力がある」

「そうか?」

「だって、考えてもみてよ。シュウヤは地下で、この古の星白石ネピュアハイシェントを拾って知らず知らずのうちにロロちゃんの目的を果たす大冒険を続けてから、わたしと、偶然にペルネーテで出会ったのよ? そして、シュミハザーを偶然に倒して、その白い巨人に封じられていた古の星白石ネピュアハイシェントを装備しているキサラさんと出会った……」

「ん、確かに」

「はい」

「そうだな。運がいいってことでは、説明がつかないか」


 皆、神妙な顔つきを浮かべる。

 運命神アシュラーの系譜の中で動いているのなら、その可能性はあるだろう。


 だが、俺は運命なんて信じたくない。


 俺は俺。思考している俺が、俺なんだ。

 個人としての意思が、脳の思考が、神々のサイコロで振られた遊びであってたまるかよ。


 と、強気に思うが……。

 脳の意識もあやふやで曖昧なところがあるうえに、直接精神へと語り掛けてくる神の存在が身近にある世界をリアルタイムに体感中だ。


 そして、様々な神と相対して敵対して初めて分かる感覚もある。

 絶対的な強者という神の存在。


 運命を認めたくないが……認めるしかないのか?


 だが、どうせ信じるなら……。

 カザネの力でも見えなかった運命神の力に抗う光魔ルシヴァルという種族としての力を信じたい。


 と、哲学めいたことを考えてから、


「……んじゃ、皆、準備をしてくれ」

「ん、がんばる」


 レベッカとエヴァは頷き合う。


「ジョディ?」


 片眼のシェイルは不思議そうに語っていた。


「わたしも眷属様たちの邪魔にならないように陛下に貢献し支えます」

「ふふ、シュヘリアさん。そう気張らなくても大丈夫だって。わたしの蒼炎の技術は日々向上しているんだから」


 レベッカは少し無理をして空元気の表情を浮かべながら喋っている。

 表面は自信溢れる態度だが、内心はそうでもないんだろうな。

 まぁ、態度は本物を予感させるものだ。


 極めて薄い蒼炎の膜を自身の衣装の上に纏っている。


 そして、レベッカの頭上には……。

 巨大な蒼炎の塊が浮かんでいた。


 薄い膜から伸びた細い蒼炎は蛇のように見える。

 そのままスキップするように歩くレベッカのオプションのように浮遊する蒼炎の魂。

 あの塊からレーザー砲を発射しそうだ。


 そして、その膜で覆っている元の着ている衣装もいい。


 夜に魅せてくれたハイネックのノースリーブのインナー。

 そのインナーを生かすように伝説レジェンド級のムントミーの衣服の上には絹製のようなトリコロールツイードチュニックを羽織っている。


 金色の髪が映える。

 ファッションセンスはやはり眷属随一か。


 そんなレベッカは腰を僅かに落として右手のジャハールを構えた。

 クルブル流の正拳突きを生かす型だろう。

 左手は無手。魔杖グーフォンは腰に差してある。


 あの魔杖も優れた魔法武具だと思う。

 魔力を消費し、火球、炎柱、火炎の壁を連続で放てるし、その放射する炎の威力も上下に調節できるようだしな。


 しかし、レベッカはもう単なる魔法使いじゃない。

 接近戦もこなすし中距離から遠距離にかけても蒼炎がある。


 だから、あの杖は彼女に必要か?

 化粧のように魔力が多少なりとも上がるわけでもない。


 と、疑問に思ったことを告げようかと思ったが、止めといた。


 彼女なりに<筆頭従者長選ばれし眷属>としてのプライドもあるだろうし……。

 魔杖も生かした新しいレベッカ流を模索しているのかもしれない。


「……それじゃ、亜神復活のリスクに備えて、沸騎士たちも呼ぶ。白黒猫ヒュレミ黄黒猫アーレイも展開させるとしようか」

「ン、にゃ」

「ん、了解」

「わたしはシェイルを連れて少し下がった位置で、防御を優先する」

「おう」


 武器の構えを解いたレベッカはシェイルの手を握ると、距離を取る。


「大鎌と天秤のアイテムはわたしが預かっているからね」


 と、レベッカはシェイルに語り掛けているが、そのシェイルは自身の体から赤紫色の蝶々が散っていくのを片眼で悲し気に眺めているだけ。


 レベッカはそれを見て一瞬涙ぐむ……。

 頭を左右に振っていた。


 その死蝶人シェイルから、ヒナから貰ったヌコ人形と一緒に遊んでいた白黒猫ヒュレミ黄黒猫アーレイの陶器人形は返してもらった。


 その際、泣きそうな表情を浮かべたシェイルだったが……。

 エヴァにいい子いい子してもらい事なきを得た。


 その魔造虎の陶器人形に魔力を注ぐ。

 猫型の陶器人形たちは血が巡ったように肉質も変化してから一気に毛が生え揃う。

 あっという間に可愛らしい猫たちの姿となって地面に着地。


 猫ちゃんずだ。


「ン、にゃんお」


 まずは母親らしい表情を浮かべた黒猫ロロが出迎えた。


「ニャア」

「ニャオ」


 互いに頬を寄せ合う三匹たち。

 お尻の臭いもチェックし合う。


『ふふ、さすがはロロ様軍団!』


 ヘルメが喜んだ。


『ヘルメもグルーミングに混ざるか?』

『いえ、閣下の目に留まり<精霊珠想>の用意をしておきます』

『了解』

「お前たち、挨拶はほどほどにして戦闘準備を整えろ」


 俺の声を聴いた三匹は、耳をぴくぴくと動かした。


「ンン、にゃ」

「ニャアァ」

「ニャオォ」


 返事をしながら瞬時に姿を大きくした。

 黒猫ロロはやや大型の黒豹の姿に。

 黄黒猫アーレイは黄毛と黒毛の凛々しい大虎だ。

 白黒猫ヒュレミは白毛と黒毛のゼブラ模様が似合う大虎と化す。


 そして、大きくなった神獣軍団は俺にアタックするように抱き着いてきた。

 猛獣たちの抱擁は怖い。

 だが、一生懸命にピンクの舌で舐めてくれるからなんともいえない。

 体重の重さとふっくらとした毛並みもベッドというか、特別な羽毛布団に包まれているような気がしてすこぶる気持ちがよかった。


 というか! 今は寝台の上のまったりタイムじゃない。


「ぺろぺろアタックは分かったから、離れなさい」


 と、厳し気に注意すると、三匹は俺から離れた。

 代わりにエヴァの近くに甘えにいく。


「ロロちゃん軍団! 一緒にがんばろう」


 エヴァが片手で演歌を歌うような拳を作りながらそう話しかけると、


「ンン、にゃお」

「ニャア!」

「ニャオン!」


 黒豹のロロディーヌが『エヴァを守るのにゃぁ』と、命令を出すように鳴くと、アーレイとヒュレミの大虎たちはすぐさま従う。


 ロロディーヌがエヴァの前に立ち――。

 エヴァの左にアーレイが香箱スタイルで座る。

 右にヒュレミが人形のように並び立った。


 あれじゃエヴァが前進できないじゃん。

 とか思いながら、その間に沸騎士を召喚。


「閣下! ゼメタス参上!」

「アドモス、見参! 閣下、なんなりとご命令を」


 気合の漲る沸騎士たちだ。


「命令は、待機だ。戦いになるかは分からない。そして、ここはお前たちも戦った場所だから見覚えがあると思う」

「ここは亜神の……わたしは……」

「我らは強力無比な蝶神の魔力刃に散りました」


 重低音の声だが、どこか悔し気なトーンに変わっていた。

 ぼあぼあの質も弱まる。


「そう。その亜神ゴルゴンチュラの封じられていた場所だ。そして、今後の展開によってはその亜神の復活の可能性もある。だから、戦いに備えての召喚だ」


 と、告げると、彼らのダクトのような魔鎧の部位から一気に、ぼあぼあが吹き上がった。


「分かり申した! また戦えるとはありがたき幸せの極み! 今度こそ、あの時の無念を晴らす時! 魔界での経験を生かしてみせましょうぞ!」

「承知! 今度こそは名剣・赤骨濁を用いた発展武技<魔人武術・悪剣>をご披露いたす!」

「ヌヌヌ、アドモスに負けられん! わたしの黒骨濁の御霊が囁いている! 魂を喰えと!」


 互いの骨光りしている長剣をクロスさせては勢いよく口上を続ける沸騎士たち。

 熱気が凄い。周囲の温度も上がったような気がする。


『インペリアルガードたち!』


 視界の隅で頷く小型ヘルメ。

 指先から幻影の水をぴゅっぴゅっと飛ばしていた。


「沸騎士様たち! 〝閣下防衛骨甲陣〟の陣に加わることをお許しください!」


 シュヘリアが叫ぶようにそんな言葉を彼らに投げかける。

 骨甲陣とやらは、この間、聞いていた隊列というか沸騎士独自の戦術だな?


「シュヘリア、気にするな。型みたいなもんだ。戦いは臨機応変。沸騎士たちも遠慮はいらんという心構えのはずだ」


 俺の言葉に同意するように沸騎士たちは唸り頷く。

 瞳も散大するように眼窩の炎が拡大した。


「そうですぞ! イモリザ殿と連携するように戦いましょう」

「閣下の仰られている通り! 我らは盾を基軸としたスタイル。強襲が得意そうな<血双魔騎士>シュヘリア殿も、閣下と同じように我らを壁のように使ってくだされ」


 武将のように俺の横に並び立つ沸騎士たちは重低音を響かせるように喋る。

 アドモスは、シュヘリアの二振りの魔剣を睨みつけては、赤い火砕流が湧くように凄まじい赤い煙が噴出した。


「ん、ぼあぼあの気合が凄い。ごあごあの名が浮かんだ」


 エヴァが新しい綽名をつけていた。

 そのエヴァの声に反応したゼメタスからも黒いマグマのような煙が噴き上がる。


 そんなゼメタスとアドモスの煙を纏う頭蓋骨を見て、言葉を適度に聞き流してから……。

 紅玉環を見た。御揃いの小さい翼が可愛らしいかもしれない指輪。

 ま、ここで武装魔霊のアドゥムブラリを出してもな。


 紅き流星の彼が操縦できるオンリーワンな機体はここにはない。


 ヴェロニカの用意してくれた最新型の角突き傀儡兵こと親衛隊は、亜神ゴルゴンチュラの攻撃でものの見事に木っ端微塵と化した。


 だからアドゥムブラリの出番はない。

 しかし、あのウィップスタッフを生かす魔人武術は一見の価値があるから、今度、ヴェロっ子に譲ってもらえるか交渉しないと。


 それに指環を嵌めたままでもスキルが得られるなら、この紅玉環の状態でも魔力は得ているはず。

 アドゥムブラリを出した方が、魔力とかを豊富に取り込めるのかもしれないが。


 ま、どちらにせよ、いつかはシュミハザーが使っていた腕大剣のようなモノに進化が可能かもしれない。


 今後に期待しよう。


 そこで、ポケットから亜神ゴルゴンチュラの卵石と白い宝石を取り出した。

 因みに二つの石を重ね置いても何も起きず。


 やはり起動というか覚醒の糧となるエネルギー源の魔力が必要なんだろう。

 俺はアンチモンのように輝きが美しい白い宝石を見る。

 そして、宝石を刻む誓約の蒼色の文字を確認。


『誓約 シュウヤ・カガリと争わず、仲間にも手を出さない』


 誓約は破っていない。契約は生きている。


『この誓約はゴルゴンチュラ様を解放、復活したとしても、永遠にわたしたちが消滅するまで続く契約』


 昔シェイルが元気だった頃、そう答えていた。

 彼女たちの性格は気まぐれの極みといえる。

 しかし、亜神ゴルゴンチュラに対しての忠誠は本物だった。

 そんな彼女たちの想いを真摯に受け止めたからこその契約。

 あの時の彼女たちの気概に亜神ゴルゴンチュラではなく、俺が応えてやる。


 だからリスクがあろうと……。

 治療できる可能性がある限り挑戦しよう。


「いくぞ……」


 俺の覚悟を見たレベッカとエヴァ以外の皆は武器をそれぞれ用意して構える。

 沸騎士はエヴァから離れた大虎に乗って騎兵バージョンだ。


 両手から小さい枝の刃を持ったルッシーを見る。

 小さいビー玉のような瞳には俺の姿が反射していた。


「あるじ」


 俺は頷く。

 まずは<霊血の泉>を発動――。

 ぐ、苦しいというより痛い。

 口の中に血や胆汁のようなモノを味わう。

 この胃が万力によって捻じられる感覚は、仙魔術以上だ……。

 だが、仙魔以上に慣れないとな。

 両足から広がる血は、瞬く間に周囲を輝く血に染める。

 亜神の監獄も血に染まった。


 ルシヴァルの神域を意味するかのような血の蝶々のオブジェに見える。


 輝く血湖か。前よりも拡大したようにも感じる……。

 ところどころに胆汁と濃厚なルシヴァルの血が合わさった球体もある。

 その球体の天辺からチョコレートファウンテンならぬ、赤いブラッドが噴き上がった。

 間欠泉のような血は球体を削るように小さい山を形作りながら流れていく。


 そのタイミングでジョディの白い宝石に魔力を注ぐ。

 瞬間的に俺の魔力を吸収した白い宝石は放射状の閃光を発した。


 その閃光の色合いは白光色、黒色、青色、灰銀色と移り変わる。

 目まぐるしく閃光の色合いが変わっていく最中――。


 白い宝石は眩しい。

 眩しさに目が眩むと、その白い宝石は、俺の掌から離れて宙に浮かんだ。 

 浮かんだ白い宝石の表面を刻む蒼色の文字が強く輝く。


 その輝いた蒼色の文字はルシヴァルの紋章樹に描かれているような古代文字に変化。

 続いて、大本の浮かぶ白い宝石の内部が拡大し縮小しつつ蠢く。


 宝石の表面が粘性を帯びる。

 その柔らかくなった表面は熱されたガラスのように波を打つと、撓みながらめくれた。


 それは蜜柑の皮がめくれるような動き。


 白い宝石は心臓部を露出。

 同時に、どくどくどく、といった心臓の音が響く。


 白い宝石の見た目は水晶だが、本当の心臓のように脈を打つと、水晶から血流の代わりに魔力の波紋が宙へと放出。


 さらに、白色の蛾たちが、その水晶と白い宝石の内側から脱皮するように溢れ出る――。


 白蛾の群れは俺に集まってきた。

 それはまるで『誓約をありがとう』とジョディの心が俺の心に伝わってくるように感じた。


 そのタイミングで仙魔術を意識――。

 足下の血を纏った血煙が、俺の周囲にだけ発生。

 ――<白炎仙手>を発動。

 血煙中から無数の貫手じゃない血炎の手が伸びては、『誓約をありがとう』の思いに応えるように……白蛾の一匹、一匹を丁寧に優しく掴んでいくことを意識した。


 僅かに前を歩く。

 浮いた白い宝石を手で掴む。

『この身を』と、ジョディの声が響く。

 そして、すべての白蛾を掴んだ血の炎手を、実際に掌にある白宝石の心臓部へと白蛾ごと送り込む――。


『焼いて』


 これも因果だな――。

 同時に<霊呪網鎖>を発動させた。 


 その瞬間――。

 俺の掌の表面から無数の光る糸のような鎖が発生。

 妖精の産毛のような豆電球たちにも見える。


 白い宝石と合体した蝶の群れを囲うように

 俺の光粒子の触手鎖たちはジョディの白い宝石を侵食する。

 さらに、周囲の<霊血の泉>の力が作用したのか、ブラッドファウンテンならぬ、血の間欠泉が白い宝石を下から突き抜ける。

 輝く血の激流を浴びる白い宝石から蓮華のような血花が咲き乱れては蝶となる美しい幻影が生まれ出た。


 ジョディの笑顔のような幻影も背景に浮かぶ。


 そして、不思議な感触を得た。

 イモリザの時とは違う。

 あの時は……暗夜に灯を得たような不安から安心へ移り変わる不思議な感触だったが、今回は違う。


 それは最初からの安らぎ、安堵……愛。

 そこに『誓約をありがとう』の言葉がジョディの声音ではっきりと聞こえた瞬間――。

 俺の魔力が光粒子の鎖触手たちを通じて血と一緒に白い宝石の中に吸い込まれた。

 ――魔力を仙魔術以上に消費した。


 打楽器に近い、心臓音が白い宝石から鳴り響く。


 その白き宝石に光の網紋が刻まれた。 


『……おもえば、これも刹那の定め……この、きまぐれな命、あなたさまへと、永遠にささげるわ。あらためて、わたしに生きる力をありがとう……』


 ピコーン※<光魔ノ蓮華蝶>※恒久スキル獲得※

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