四百十七話 復活と交渉と闇の勢力
恒久スキル<光魔ノ蓮華蝶>か。
白い宝石を白蛾が包むと、白蛾たちがジョディの体を瞬時に構成。
昔と変わらない顔だが、体格は若干、細見になって魔力も半減以下か。
しかも、その大半は俺の魔力を基としたもの。
無事に復活はしたが……。
前のようには戦えないだろう。
今は目を瞑って寝ている。
そのままジョディはゆっくりと俯くように<霊血の泉>の中に倒れ込んでいった。
血飛沫が舞うように倒れる彼女を抱く。
血に染まった白蛾がそんな彼女を祝うように頭上を舞う光景は素直に心に響いた。
その瞬間、
「アアァァァァァァアアアアァァ、ジョディィィィ――」
体中に亀裂が入ったシェイル。
目から火が飛び出る勢いで、体から赤紫色の蝶を撒き散らしながら暴れる。
必死なシェイルはレベッカの手を振り払いジョディの下に駆け寄っていった。
寝ているジョディに寄り添うと「ジョディ……」「ジョディ……」と語り掛ける。
ジョディの様子を窺っていると分かるが、途中からどこか上の空の表情となった。
シェイルはジョディが眠っていると判別できたのか分からない。
虚空を見るように頭部を上げる。
周囲を舞う白蛾へと細い指を伸ばし笑みを浮かべている。
シェイルの体から散った赤紫の蝶々も小さくなって収縮。
その途端、落ち着きを取り戻していく。
「……ん、シェイル?」
目を瞬かせたジョディが起きる。
「ジョディ……ジョディィ――」
ジョディに抱き着くシェイル。
体を構成する赤紫色の蝶々が散って、シェイルの体は余計に小さくなってしまった。
「……よ、ジョディ、おはようか?」
「あなた様……復活をありがとうございます」
あなた様か。シュウヤでいいんだが。
ま、眷属の気持ちとしては無理か。
「呼び方は好きにしていい。俺の名はシュウヤだからな」
「承知しました」
「……それで、白蛾を基軸とした体の具合は変化がないようにも見えるが、実際はどうなんだ? もう死蝶人という種ではないと思うが」
「アーゴルンを心臓とした白蛾の能力はまだ少し残っています」
「白い宝石の心臓だな」
「はい。しかし、もう死蝶人の頃とは違います。今は、シュウヤ様の眷属の<光魔ノ蝶徒>となりました。<蓮華蝶>という新スキルもあります」
「あるじ、まもる!」
「にゃぁ」
ルッシーと
「眷属様と神獣様……」
シェイルを抱いたまま頭を僅かに傾けたジョディ。
小さい白蛾たちが彼女の体から飛び散って消えていく。
「だけど、もう、ちゅかれた。しゅごしゃにかえる」
突然ルッシーがそう語った瞬間――。
ルッシーの樹木の小さい足が、さらに細まると血の湖面ごと地面に吸い込まれて消える。
紋章樹から離れていたから大丈夫かと思っていたが……。
長い間、外に出ることは無理なのか。
そう都合よく聖域を運べるわけじゃないということか。
まぁ、これは研究課題だな。
「にゃぉ」
黒豹のロロディーヌは寂し気に鳴くと、地面を掘っていた。
掘った部分の中心には細い穴があるだけ。
穴からサイデイル村に戻ったみたいだ。
同時に<霊血の泉>の効果を失ったが、これは仕方がない。
シェイルの頭部を抱くように頭をさすっていたジョディに視線を向けた。
「……能力のことは後々として、今はシェイルのことだ。彼女の治療方法は分かるか?」
ジョディは微かに頭を左右に振ると、
「シェイル……わたしが分かる?」
ジョディはシェイルに語り掛けつつ裂けた胸から覗く心臓部を凝視している。
「……ジョディ?」
片眼のシェイルはジョディの言葉に反応し、見つめてはいる。
「ジョディ……」と、譫言のようにジョディと繰り返すのは……。
俺たちと過ごしていた頃とあまり変わらない。
ジョディが現れた時……必死な表情を浮かべていたが……。
「……」
幼げなシェイルの片眼を見つめるジョディは涙を流す……。
双眸から幾つも涙の粒をぽろぽろと零す。
涙は小さな白蛾となると……。
空気の中に浸透するように儚く消える。
泣くジョディは俺を見つめてきた。
そして、その涙を振り払うように頭を強く振るジョディ。
ジョディでも治療は無理か。
そんな二人を労わるようにエヴァが彼女たちの体を触る。
エヴァも涙を目元にためていた。
目元に涙をためたエヴァは俺のほうに顔を向けて少し微笑む。
その表情は優しさにあふれているが……。
眉の間には深い悲しみの色を感じさせた。
力を失ったとはいえジョディはもう光魔の眷属だ。
心の確認は必要なかったが……本当のことを話しているんだろう。
あ、もしかして、俺が原因か?
「……原因は心臓部の魔宝石に傷をつけた俺のせいか?」
「……一因はあります。しかし、ゴルゴンチュラ様がわたしよりもシェイルの<
白蛾のジョディが語る。
あの時か……。
シェイルとの戦いの結果とはいえ……責任を感じてしまう。
「シェイルの赤心臓目掛けてジョディのように<白炎仙手>からの<霊呪網鎖>を用いても無理そうか」
「はい。わたしと同様に誓約の印はありますから成功する可能性もあるかと。しかし……わたしの魔宝石アーゴルンとは状況が異なります。もうアルマンディンは普通ではない。いたるところに亀裂もあり、いつ壊れてもおかしくない状況……」
大本が割れそうだとすると……魔力を受けた途端、木っ端微塵と化す可能性があるか。
シェイルはまだ意識があるし体も辛うじて保っているが……。
それが治療の難しさを表していると……。
「シェイルを生み出した母でもある亜神ゴルゴンチュラが復活したらどうだろう」
「え?」
「実はこれを持っているんだ。ヘルメの内部に入り込んでいた亜神ゴルゴンチュラの一部が集積した卵」
ジョディに卵石を見せる。
「ゴルゴンチュラ様……の」
ジョディは蒼色の蝶が形作る卵石を睨む。
虹彩の瞳が散大。
眉を寄せて憎しみを顕わにした。
口元が尖がり形相が死蝶人らしく変化している。
「憎しみは分かるがシェイルの治療のためだ。そして、そのゴルが欲しがっていたこれもある」
「キゼレグ様!」
銀箱を見せると驚くジョディ。
やはり知っているか。
「ゴルの次元裂きは成功していたんだ。この銀箱は魔力を受け付けないらしい。俺も同じかな? 何があるか分からないから魔力を注いでいないが」
「はい。開けることは不可能なはず」
そこで周囲を確認。
シュヘリアと沸騎士にレベッカ。
キサラは魔女槍を地面に突き刺し両手も地面に当てる。
そして、手首の黒い数珠を溶かすように地面に送り込み魔法陣を展開させた。
前と同じその魔法陣から戯画めいた紙人形たちを生み出した。
紙人形たちは踊るように周囲に展開する――。
キサラはそのまま魔女槍を引き抜くと、宙へと飛翔した。
彼女の履く厚底の戦闘靴から漏れる魔力粒子は煌びやかだ。
飛式たちは、その粒子の周りを電子のように旋回。
一方、<魔倶飛式>の十兵衛と千方のリーダー格は、俺たちの近くを走る。
その二体の特別な<魔倶飛式>の紙人形は、銀箱の周囲で側転して宙がえりを披露。
続いて宙を飛び交う十兵衛と千方の紙人形は、魔力の手裏剣のような刃を地面に放ち始める。
地面にリズミカルに突き刺さっていく手裏剣群。
刺さった手裏剣から、淡い色合いの魔力波を宙に放つ。
キサラの位置から俯瞰しないと分からないが、小型結界のようなモノかもしれない。
<霊血の泉>を失ったと判断したキサラが、ムーの訓練の時にも使った天魔女功の魔力を使い、周囲の皆の力を歩進させているのかもしれない。
すると、
『器よ。亜神を早く復活させろ』
突然、サラテンの念話が響く。
『復活したとしても、もう亜神には力はないと予想できる。前回のような血は期待できないぞ?』
『……妾の思考を読むとは……妾をもっと、つよう、したくはないのか?』
『強くはしたい。血が鍛錬に必要なのか? ま、今は我慢してくれ』
『技術は修練から生まれ出る。たゆまず、妾に血を送るのじゃ』
自らの活動のためとはいえ、血肉が大好きな神剣サラテンさん。
剣の上でサーフィンを行うように立っていた少女たちは、皆、それぞれに名前があるんだろうか。
と、前にも同じことを考えたと思うが……。
再び、サラテンたちの名前の予想をしながら……。
まずは試しだ――と。
<導想魔手>に聖槍アロステを握らせて宙へと伸ばす。
高い場所に待機させた。
これはキゼレグとゴルゴンチュラ対策。
あと、地下から這い出てきたような闇の勢力も気になるからな。
そのタイミングで、キゼレグの銀箱へと魔力をぶち当てる勢いで注ぐ。
俺を基点として周囲に風が起きた。
「――ムダダ。この封印は破れない。戦神ヴァイスと十層地獄の王トトグディウスがキスするよりも難しいぞ。我でさえ無理なのだからな」
変なたとえだ。
ん、似たような、たとえをどこかで聞いた覚えがあるな。
「キゼレグが中から喋っているように真実だろう」
銀箱はなんぴとたりとも寄せ付けないというように、俺の魔力を弾く。
異世界日本出身のサナの十二名家が戦争が激しい場所でも構わずに大金を投資して、この銀箱を回収した理由がよく分かる。
この魔力を遮断する銀箱を構成している物質は科学と魔術や魔法が発展した世界では、貴重だと判断したんだろう。
ゴムやプラスチックのような絶縁体の新素材どころじゃないのかもしれない。
ま、亜神ゴルがわざわざ呼び寄せたモノだ。
魔察眼、掌握察でさえ魔力が感じられないのだから貴重な品なんだろう。
「……ジョディ、このキゼレグとはどういった存在だ? 俺たちの予想では親族か恋人か、大切な存在だと認識はしていたんだが」
「そうです。まさに大切な存在。ゴルゴンチュラ様の旦那様。亜神キゼレグ様です」
ジョディは銀箱を眺めながら語る。
「ん、やっぱり」
「なっとくです。ならば、亜神の卵を使ってみるしかなさそうですね」
キサラの言葉に頷く。
「卵……大きさ的に、ひよこのゴルが生まれる?」
レベッカが卵石を見つめながら、そんなことを呟く。
「ん……」
「陛下のご判断をお待ちしてます」
「我らは戦いを望みますぞ」
「わたしもだ。だが、閣下の命令が絶対である」
「――当然だ!」
「にゃおぉぉ~」
沸騎士たちは盾をぶつけ合う。
下の大虎たちは、互いの白髭を擦るように頬を寄せ合う。
黒豹のロロディーヌは独特な鳴き声を上げながら長い尻尾で、盾をぶつけている沸騎士たちの頭蓋骨を撫でていた。
「――シュウヤ様、外の気配がおかしいです。このまま放置しますか?」
宙空のキサラはいつでも急襲できるというように魔女槍を傾けていたが、さっきの闇の魔力のことを指摘してきた。
「あぁ、今は目の前のことに集中しよう」
「はい」
仙女のように宙に浮かぶキサラは闇の魔力のほうを一瞥。
彼女は頷く。
と、鋭そうな血が滴る髑髏穂先を下に傾ける。
<投擲>するようなポーズを取った。
「亜神がオカシナ行動を取り次第……天魔女流<槍擲>が火を噴きます」
キサラはシュヘリアの言葉を聞くと……頷く。
そして、周囲を窺いつつ、両手が握る魔剣の刃を傾けると、魔人武術と目される歩法で歩く。
良し、さっさと、亜神ゴルゴンチュラの卵石に魔力を注ぐか。
「ジョディ、亜神のゴルは憎いだろうが……今はシェイルを頼む」
「はい」
「わたしとエヴァも彼女を見守るから」
頼りになる<
俺は彼女たちに向けて頷く。
魔槍杖は召喚しない。
イモリザかピュリンかツアンを出すか迷ったが、三槍か四槍の布石は用意しといた方が無難と判断。
「それじゃ、いくぞ」
卵石に魔力を注いだ瞬間、卵石が少し大きく膨らんだ。
この卵石にジョディのように誓約した印はない。
それに<霊血の泉>もない。
だから、普通の水を引いた仙魔術からの<霊呪網鎖>のコンボも使わない。
膨らんだ卵石は、表面の模様の蒼色の蝶々が羽を広げて飛ぶような仕草を取る。
飛び立たず爆発するように破裂。
再び、蒼色の蝶々たちが羽を広げて飛び立とうとするが、その前に破裂。
爆発するごとに蒼色の蝶が舞う……。
爆発が続いた卵石の内部から巨大な蒼色の蝶々の幻影が飛び出すと、灰銀色の閃光も漏れ出た――。
そして、卵石の中央の上に亀裂が走る。
一瞬でヘリコプターが降下してくるような風を上空と地下から同時に感じ取った。
続いて強大な落雷が落ちたような地響きが伴う衝撃音とクラスター爆弾が地上で炸裂するような多重の音が連続して周囲に響き渡った。
が、とくに支障はない。
キサラも構えを解かず、魔女槍を<投擲>できる構えだ。
双剣を構えたシュヘリアのポニーテールは激しく舞っている。
黒豹のロロディーヌはその金色の髪を見たが、我慢したようだ。
じゃれずに卵の亀裂を見ている。
しかし、シェイルは……。
騒いでいるというか発狂している。
視線をそらしたくなるぐらい、可哀想な表情だった……。
ジョディにレベッカとエヴァがシェイルを押さえてくれているが、責任を感じる。
だが、これが現実だ。
すべてを受け入れる気持ちでシェイルを強く見た。
そして、自らの心に克を入れるように気を強く保つ。
その直後――パカッと、亜神の蒼い蝶々が集積した卵石が表面を残して割れた。
……中から現れたのは……小さいゴルゴンチュラ。
小人サイズ……妖精か?
稲妻を纏っている?
魔力はそれなりにあるようだが……。
魔力と圧倒的な力は失っていると分かる。
そして、その存在感は……やはり腐っても亜神。
俺と対峙した時とあまり変わらない。
「……妾は……死。<
「おはよう。復活したと見ていいんだな?」
「貴様……妾を突き刺した槍使いめが!」
亜神は何かの攻撃を繰り出そうとしたが、卵のかけらにぶつかり墜落していた。
「ひぐぅぅぅぅ、妾は……妾はもう……亜神ではないのか……妾は魔力が変質を……」
卵の欠片の端に小さい手を当てながら立ち上がる亜神だったゴルゴンチュラ。
俺と対決していた頃に魅せていた背中の立派な蝶羽はもうない。
透明に近い一対の小さい羽が生えているだけの小人。
稲妻のような魔力も霧散していた。
可愛らしい羽には微かに黄色の魔力が見て取れる。
裸で、ルッシーよりも小さい。
多少、胸が膨らんでいるが非常に中性的な存在だ。
そして、そんな一対の羽を持つ妖精めいた亜神ゴルの表情は悲愴そのもの。
神のような存在感は健在だとしても……。
俺が倒した手前、少し、同情を感じる。
「ゴルゴンチュラ……」
「愚弄する気か。そんな面を妾に見せるな! 妾を嗤え、力を失ったわらわ、ちいさいわらわを……わらってくれ……きぜれぐ、わらわは……わら、え?」
そう、慟哭していた小人と化した彼女の前にキゼレグの銀箱を運ぶ。
ゴルゴンチュラの妖精はすとんとその場に腰を落とした。
「き、キゼレグなのか?」
驚きのあまり、股間から、おしっこのような鱗粉を周囲にまき散らす。
じょびじょばっとした卑猥な音が、亜神ゴルゴンチュラの臀部あたりから響く。
「ンンン――」
その鱗粉おしっこを見た
首を突き出して、上唇を巻き上げる仕草。
笑った豹顔に見えるが……。
こりゃ『臭いけどたまらんにゃ~』の、くちゃー顔。
要するに、フレーメン反応か?
今は黒豹の姿だ。
大きい肉食獣らしい鼻をひくひくと動かしている。
独特の神々しいフェロモンを感じ取ったらしい。
沸騎士たちを乗せている大虎たちも当然、同じような反応を示す。
両前足を上げてパニックとは言わないが興奮して動こうとした。
しかし、騎乗主の沸騎士たちは落ち着いて対処。
<騎乗>スキルを獲得しているのか沸騎士たちは無難に跨ぐ足の力を強めた。
剣を腰の鞘に戻しつつ――。
無手にした片手で大虎のアーレイとヒュレミの首元を撫でる。
落ち着きを取り戻す大虎たち。
見事なウンチらしき魔力の塊が、お尻近辺から零れていたが指摘はしない。
黒豹のロロディーヌと同じで、生理現象はあるから仕方ない。
それよりもヘルメが指摘してこないことのほうが、少し不安に感じた。
しかし、騎乗した沸騎士たちはさすがだ。
暫しの間一緒に戦場を駆け抜けた絆は本物だな。
そして、魔界でソンリッサという魔界騎士が騎乗するような魔獣を乗りこなしているだけはある。
キゼレグに向けて小さい手を伸ばそうとした亜神。
そんな亜神に向けてレベッカが歩み寄る。
「……こんにちは亜神さん。シュウヤに変なことしたら燃やすからね」
魔導車椅子に座ったままのエヴァも亜神に近づく。
盾先から出ているトンファーの先端が少し怖いかも……。
「ん、亜神ゴルゴンチュラ。シェイルを見て」
怒っているエヴァだ。
「……アア! ァァァアグアァグウゥ」
ジョディとエヴァの紫魔力で押さえられているシェイルは、亜神ゴルゴンチュラの姿を〝見たくない〟とでもいうように頭を左右に振り、叫ぶ。
その唸り声のような叫びは、陰気さを帯びている。
シェイルと亜神の空気を間断するようにさえ感じた。
「ゴルゴンチュラ――さま」
ジョディも怒りに声が上ずる。
しかし、亜神ゴルは彼女にとって母のような存在だ。
まだ、さまをつけていた。
皆の言葉を受けても意に介さずというように、両足をさっと上げてスピンしながら華麗に立ち上がった亜神ゴルゴンチュラ。
「……妾のジョディとシェイルか? 生きているとは驚きだ」
亜神は細い目を広げて〝驚きだ〟と喋ってはいるが……。
キゼレグのような驚きはないようだ。
「……それでゴルさんよ。銀箱のキゼレグの前に、軽く経緯を説明するぞ。シェイルは精神が壊れた。白蛾のジョディは俺の眷属となったがシェイルは治せない。だからお前なら治せるかもしれないとの考えから、わざわざリスクを取りお前を復活させたんだ」
「……なぜ、そこまでして弱っている妾の眷属を救おうとする?」
「誓約したからな」
亜神ゴルゴンチュラは、かちかちと拍子木を鳴らすように拍手をした。
手は小さいが、硬いのか?
と、掌をよく見たら、雷系の魔力が弾けている。
『閣下、やはり前とは違い亜神ゴルゴンチュラは弱ってますね。ですが、雷の精霊ちゃんが少しだけ彼女に力を貸しています』
『そうか。さっきの稲妻が落ちるような音と関係がありそうだな。失うことが大半だったと思うが……新たな力を得た可能性もある』
『はい。神性の卵と閣下の力が反発したようにも感じた結果故かと推測できますが、謎ですね』
視界には表れてない常闇の水精霊ヘルメは真面目に語る。
「……律儀な男よ。妾と対決し、妾の体を完全に滅するだけの力を持つ槍使いなだけはある。そして、交渉の条件にキゼレグを出したということか」
「察しが速くて助かる」
「いいだろう。キゼレグを渡せ」
亜神のゴルは鷹揚な態度で腕を伸ばし、指先から蒼色の蝶々を飛ばしてくる。
「――いや、本当にシェイルの治療が可能か聞いてないからだめだ」
銀箱を<鎖>で囲い俺の背後に移動させる。
亜神ゴルは舌打ちをしてから、俺を睨む。
「……今の妾には無理だ。専用のアルマンディンと妾のゴルゴンチュラの系譜の力での眷属化なのだぞ。今の妾は力を失っている。そもそも傷を受けた魔宝石の治療なぞ聞いたことがない。普通なら取り込んで力とするか。捨て置く存在ぞ……」
嘘をつかず、正直に話しているとは思う。
そして、シェイルを見る目が……。
塵でも見るような冷たい視線だ。
だが、この世で生きてきた亜神ゴルゴンチュラにとっては、当然の思考と視線だ。
亜神の彼女にとっては夫のキゼレグの方が大切。
シェイルとジョディは、眷属といっても、ただの優秀な一兵士でしかない。
亜神にとっては使い捨ての感覚なんだろう。
セラ、魔界、神界、地底、エセル界、
弱者には弱者の未来しかないことが常。
すべての弱者を救っていたら……。
亜神ゴルゴンチュラだとしても、生きてこられなかったはずだからな。
俺もすべての弱者を救おうとは思わない。
だが、小さなジャスティスは永遠だ。
「……キゼレグにはシェイルは治せるのか?」
単刀直入に聞いた。
「治せるかもしれぬ」
「曖昧だな、治せないんじゃないのか?」
「……」
亜神ゴルゴンチュラは沈黙。
アドゥムブラリじゃないが、ふざけろ。
「ん、視る」
「わかった」
素早く魔導車椅子を骨足にチェンジしたエヴァ。
亜神ゴルゴンチュラに近づいて、触っていた。
「……本当みたい。キゼレグは、シェイルを治せるかもしれない。『ただ、リスクがある。違う魔宝石を溶かしシェイルのアルマンディンの魔宝石を融合させる必要がある』とか。『蝶の眷属に必要な魔宝石にはそれぞれ個性がある。だからこその眷属化。どちらにせよ完全な治療は不可能だろう……』って考えている」
エヴァは亜神の心の深層まで読めたのか?
「フン、生意気な。妾の精神障壁を突破し、心を読むとは……。強い精神看破能力を持つ女……定命、いや、優秀な眷属か……」
「結局は専用の魔宝石が必要なうえに〝シェイルを治せるか分からない〟が、真実なんだな?」
「……チッ」
亜神のゴルは銀箱を眺めてから、俺を睨む。
最後は舌打ちだったが。
状況が見えてないようだ。
少し、本気の心をみせてやるか……。
俺は右手に魔槍杖を召喚。
<血道第一・開門>こと略して<第一関門>を発動。
同時に、右肩の
全身から生き物のように血を放出しながら、暗緑色の防護服を右肩のハルホンクに吸い込ませた。
鋼の柄巻きも吸い込まれた、喰うなよハルホンク。と思いながら裸となったが、間髪容れずに<血鎖の饗宴>。
血鎖を縮小させ、新しい一年岩を通す思いでイメージしながらアイテムボックスと胸のネックレスからハルホンクの竜頭を壊さないように、アソコも大事に、体の大部分を血鎖で覆った。
水の抵抗を受けないような流線を意識した作りの新・血鎖鎧を纏った。
「……な、なんだ、そ、それは」
亜神のすべてを厳しく裁くように怒りを表すイメージで亜神を睨む。
「怒りの日」のような曲が脳裏に流れていた。
俺の見た目は狂戦士だからな。
亜神の表情が凍り付くのは分かる。
「ひぃぃ……」
亜神ゴルゴンチュラはよろよろと狼狽えて再び、腰を落とすと、また鱗粉を撒き散らす。
「ん、シュウヤ、鬼の血鎖鎧!」
「もう、こっちも驚いたじゃない。いきなり血鎖を発動するなんて」
レベッカとエヴァは興奮。
「……シュウヤ様が……」
「……へ、陛下、その狂気を感じさせる魔鎧は……魔界騎士だったのですか?」
「ンン、にゃぉぉ~ん」
黒豹ロロディーヌは変な鳴き声を上げて、俺の足元に来ては、血鎖だから甘える行動はとらなかったが、その代わりに触手骨剣をキゼレグの箱にぶつけていく。
ドドドドッと連続した鈍い打楽器音が響く。
「我はキゼレグぞ、やめろ……」
すると、
「おぉぉぉ、素晴らしい鎧だ……」
「しかし、閣下の御怒りである! 我らは周囲の警戒を強めるのだ」
「ふむ」
俺の血鎖鎧を見た沸騎士たちは興奮しながら話をしては、キサラが注意をしていた方向に大虎たちの頭を差し向けていく。
闇の勢力か、地下から進出しているのか?
「……ゴルゴンチュラ、本当のことを話せ。キゼレグを箱から出しても無理なんだな?」
今の俺は頭部の口も血鎖兜の影響で面頬を装着したようになっている。
だから独特なエコーの低音口調へと声音が変わっていた。
同時にますますテラー効果が倍増したような渋い声になって響く。
黒豹ロロディーヌはその声音が、嬉しいのか、楽しいのか、分からないが、キゼレグの銀箱を叩くのを止めて、俺の周囲に触手を展開。
全身から伸ばした黒触手をクジャクが羽根を広げるように放射状に展開しては……。
触手の先端から突き出た骨剣群を出し入れしながら、地中に潜り込ませて亜神の反対側の地面から突き出た触手の先端をこっちに飛ばしてきたりと……。
宙空にも触手骨剣を突き出したままの数が増えていく。
少し暗くなった。
血鎖鎧の血の明かりが地獄から這い出た騎士に見えるかもしれない。
「ひぃぁぁ……違う……そこの眷属の話す通り……何事もリスクがあるのだ。分かってくれ、槍の狂神よ……」
何が狂神だ。失礼な奴だな。
頭部を弄り顔を露出。
「陛下……」
光魔騎士、<血双魔騎士>のシュヘリアが強く影響を受けたのか、両膝を地面に突けていた。
「わかったよ。ほら、キゼレグを解放したらいい」
そういいながら銀箱を誘導。
「おおおお、ありがとう槍の狂神! キゼレグぅぅぅぅ――」
「俺は狂神じゃねぇ」
と、亜神は俺のツッコミは聞いてない。
小さい亜神ゴルゴンチュラは右手から銀箱へ向けて魔力を放射。
その亜神は左手も違う方向へ伸ばすと、魔力を監獄の扉に放つ。
扉の表面に刻まれていた雷文は光る。
上下に分断していた扉の表面は淡い色合いで、点滅していく。
どうやら、扉に残っていた魔力を吸い取っているらしい。
銀箱が開かれた。
その銀箱は瞬間的に粘性を帯びながら収縮すると男の姿を形作る。
これが亜神キゼレグか……。
背中には大きな翼がある……だが、その一部が破れて卍型の魔法陣も刻まれていた。
どうりで魔力を弾くわけだ。
亜神の本体というかキゼレグの体を使った箱だったのか……。
「ゴルゴンチュラ……お前なのか?」
「そうよ……キゼレグ!」
抱き合うキゼレグとゴルゴンチュラ。
「随分と小さく……だが、声と匂いは前と同じ」
「うん……永かった……会いたかった、あいたかったんだから……」
「すまない、俺はどこか遠くに飛ばされたようだったからな……」
感動的な場面と言えるのか?
シェイルのことを考えたら、なんともいえない。
その瞬間――。
キサラが注意を向けていた方角から魔素を感じ取る。
そこから現れたのは、頭部と胴体が繋がった歪な怪物。
裂けるように拡がった口を全身に持つ……。
腕は八本、足には闇の霧を纏っていた。
武器は闇色の長柄と魔剣に杖のようなモノを持っている。
「シュウヤ様、その怪物が通ってきた植物が枯れています。足には毒を持つかと」
空からキサラも確認。
ロロディーヌ以外の全員がそっちを見る。
「……その方角……まさか、ロルガの尖兵か?」
キゼレグが呟いた。
ロルガの尖兵だと?
地底神ロルガか。ここで会うとはな。
キゼレグからの言葉を聞いた怪物は、歪な口が動く。
「……亜神が消えたはずだと思ったが……お前たちは何者だ……」
それはこっちの言葉だ。
話が通じる相手ではなさそうだ。血鎖鎧を生かすとしようか……。
『閣下! わたしの出番ですね!』
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