三百九十七話 混沌の夜
◇◆◇◆
銀凛と輝く夜空。
そんな夜空を魔界と同じ闇の空へと作り変えるように、わらわらと、槍使いと黒猫の下に集結してくる魔族たち。
そんな魔族たちが互いに反目。
俺が、俺だ、俺だぞ、余こそ、我こそ、妾こそ、と、力を誇示する最中。
雲の影を利用するように、移動を繰り返す植物系の魔族も存在した。
植物系の魔族は浩々とした双月を睨む。
別段、双月神に恨みはない植物系の魔族。
胸の膨らみから女性と分かる。
植物の腕を小刻みに揺らしている魔族の女性は、槍使いが起こした神殺しの閃光を知っている。
セラ世界の強者の槍使いに興味を抱く。
その魔族は『試しに古代魔法をぶち当ててみようかしら♪』と破壊しようと考えながら、体の周囲に礫と樹の杭を発生させると突進を開始。
多数の魔族を巻き込みながら礫と樹の杭の渦を発生させていく。
◇◆◇◆
「ヴァーちゃんのお気に入りの槍使い、お前に加勢だ――」
巨漢な黒兎はシャイサードは俺を庇うように、ワカメの茎を大量に生やしたワカメ怪人のような魔族と戦う。
シャイサードが振るう両手剣の軌道は迅速だ。
ワカメの体から鮫の歯牙のようなモノが、飛び出るが、その鮫の歯牙ごとワカメ怪人の体を両断している。
すると、俺にも、ワカメの茎を体に生やすワカメ怪人魔族が迫ってきた。
「贄だ贄だ。喰え喰え――」
ざらついた口調。
そんなワカメ怪人の魔族には神獣ロロディーヌが対処。
「にゃごぁぁ――」
口を拡げた神獣ロロディーヌがドッと凄まじい紅蓮の炎を吐いた。
――
ワカメの茎か、巨大な藻のようなモノを全身から生やしていた魔族たちは、紅蓮の炎に包まれて消失。
焼き海苔の匂いが漂った。
が、炭化の確認もできないほどの燃焼速度だった。
相棒の炎は強烈だ。
――が、敵は多い。
右から迫ってきた魔族を視界に捉える。
角持ち魔族か? 翼と手が一体化した魔族。
高速で近づいてくるが、跳ね返す。
右手を捻りながら右下から左上へと魔槍杖バルドークを振るい上げた。
魔族の右脇腹を紅斧刃が捕らえるがまま左肩までを一気に抉り斬る。
角持ち魔族の胴体を輪切りに処した。
智慧の環のような内臓群と血飛沫が宙に飛び散る。
さらに上方から、
「ギレルモギレルモ――」
と、奇妙な声を上げながら突進してきた魔族の声が響く。
その魔族は姿も声と同じく奇妙。
長い舌が集結した気持ち悪い魔族。
全身から赤紫色の舌が上下左右へ伸びて巻き付いた体か。
体といえるのか微妙か。
上空や魔迷宮サビード・ケンツィルでは、腕だけで構成された魔族かモンスターの姿を見たことはあったが……。
舌だけで構成された魔族は初見か?
粘液を外へ飛ばし、周りのミミズのような蛇を身に纏う魔族たちを溶かしていた。
そして、乱雑に舌が自らの体に巻き付くように、三百六十度回転しながら、真下の位置に居る、俺に向けて突っ込んでくる。
あの粘液は、酸の毒か。
だからあの巨大な舌をロロディーヌに近寄らせるつもりはない――。
氷魔法でもいいが、まずは<
突然の光槍の存在にも巨大な舌野郎は動きを止めることはなかった。
しかし、光槍が一つ、二つ、三つと、舌が集まる中央部に突き刺さると、その舌野郎は動きを止める。
光属性の槍スキルだ。舌野郎にはよく効くだろう。
縫い付けた状態になった。
そして、いつものように突き刺さった光槍の後部がイソギンチャクのように、ぐにょりぐにょりと蠢くと、螺旋回転しながら光網へ変化した。
しかし、舌野郎は巨大だ。
変化して伸びている光網だとしても、舌野郎の全身には行き渡らない。
それでも光網の一部は舌野郎に張り付くと一部の舌群を網目状に切り裂いた。
舌の肉体に幾つもの網状の傷痕が生まれると、その網状に分かれた舌の一部はサイコロのような形となってボトボトと落下していった。
よし、動きは完全に止まる。
右手から左手に移した魔槍杖――。
魔槍杖バルドークを掌の上でコンマ数秒間、くるくると転がしてから、後端の角度を変える。
竜魔石の後端を巨大な舌型の魔族へと差し向けた。
舌型魔族を睨みながら――。
左の手の内から魔力を魔槍杖へと伝える。
伝搬した濃密な魔力は竜魔石の水晶体に届いた。
その瞬間、
見る角度により違った形に見えるだろう光のエネルギーが生まれると同時に、その蒼い竜魔石から氷の幅広な両手剣が一直線に伸びていく――。
舌魔族の卑猥な形に密集した胴体の中央部に、その氷の両手剣の切っ先がぶっ刺さる。
俺は氷の両手剣が伸びている魔槍杖に右手を添える。
握り手の位置を調整しながら両手持ちに移行。
見た目は巨大な両手剣を持った姿に見えるかもしれない。
「空は切れないが、舌はぶった切る!」
そのまま宣言通り、右斜め前の空を両断するイメージで両手に握った魔槍杖を振るった。
氷の両手剣が舌モンスターの上半分を両断――。
竜魔石に注ぐ魔力を遮断。
瞬時に氷の両手剣は消失した。
冷たい風の感覚を頭部に得ながら、魔槍杖バルドークを片手持ちに移行。
右の掌の内で魔槍杖バルドークをペンシルでも扱うようにくるくると回す。
その魔槍杖バルドークを前腕の上で転がすように扱いつつ――。
右脇の位置で紫色の金属の柄を押さえ持った。
両断した舌魔族の最期は確認しない。
魔槍杖バルドークの紅斧刃で相棒を傷付けないように気を付けながら神獣ロロディーヌに身を預けた。
黒毛がふさふさな背中に抱き着く――。
光る道導を宙に作るように――。
爆炎を放ちながら直進していた神獣ロロディーヌは速い。
そこに、
「シュウヤ様、遅れましたが参戦します!」
「待たせたな――」
ロターゼとキサラだ。
思わず、上空を確認した。
キサラは魔女槍の柄の孔から放射状に展開した細いフィラメント群を刃に変えていた。
刃が靡く度に、多数の魔族が切り刻まれていく。
髑髏穂先も左から右に振られて、キサラに迫ったガーゴイル型魔族を両断。
魔女槍の大旋風を起こしている。
ノースリーブの魔女衣装に身を包む華麗なキサラ。
踊るように左右の連続した蹴り技を放ったところで、茨の冠をかぶる魔族と相対。
魔女槍を片手持ちに移行。
そして、自らに迫った鞭の攻撃を、器用に体をずらして避けた直後――。
<魔嘔>を披露。
続けて、側転していくと、腰にぶら下がる魔導書が煌めく。
小型の積層型魔法陣を手首に発生させていた。
数珠系から、鴉か? 匕首の短刀かもしれない。
鞭の攻撃を繰り出す茨の冠をかぶる魔族から距離を取り、間合いを確保していた。
ロターゼも拡散した光魔法を放ち、大量の魔族を十字に切断。
神獣ロロディーヌの火炎並みに魔族たちを屠っていた。
そこで視界が急に切り替わる。
俺が乗っているロロディーヌが、にわかに機動を変えたからだ。
ロロは魔族たちの中へと分け入るように急旋回――。
強烈な重力、風圧を身に感じながらも、俺は単眼の魔族を左の視界に捉えた。
そして、ロロディーヌが飛んでいた場所の位置に、巨大な土礫の塊が飛翔してくる。
でかっ! ――ロロはあれを避けたのか。
下の樹海の一部の森を吹き飛ばす威力からして、塊の魔力の質は非常に高い。
古代魔法系か?
どうやら、
少し飛んできた方向を確認――。
植物系の魔族がチラホラと動き、巨漢黒兎と戦っているのが見えただけだった。
真の闇より無闇が怖いというが、その通りの魔族も居るということか。
その近くには、骸骨の魔術師ハゼスも居る。
彼は黒傘のような物体を無数に生み出して魔法陣を生成。
「新しい樹海の主シュウヤさんに第二世代の、この子を見せますか……」と、呟くと、杖を振るった中空から、炎を体に宿した子供を生み出す。
炎を纏う子供は両手からレイピア状の細い炎剣を出現させると、杖を振るっているハゼスと共に宙を踊りながら戦いを始めていく。
さらに、ハゼスは頭蓋骨からカラカラと音を発生させて杖を掲げ持つ。
杖から無数の黄金色の骸骨を出現させると、下半身がキャタピラーのような多脚を持つ魔族に対して、その黄金の骸骨たちを飛翔させる。
あいつらは敵対しているのか。
俺は彼らには構わず、違う敵に<鎖>を射出した。
一直線に伸びた梵字が輝く<鎖>が向かう先は、単眼球の魔族だ。
アドゥムブラリと似た単眼球の魔族を貫く。
重なるように背後に並んでいた単眼球の魔族をも貫く<鎖>。
そのまま宙を突き進むように<鎖>の操作を続けた。
数十の目玉魔族を屠ることに成功。
しかし、団子十兄弟って感じの連なった単眼球魔族のせいで<鎖>が少し重くなった。
その<鎖>を消失させる。
同時に無数の肉片が粉雪のように舞い散る。
宙にスキルじゃない、血の饗宴らしい光景が広がった。
勿論、俺とロロディーヌは全身からその血の饗宴を楽しむように吸い上げる。
首に付いているロロディーヌの触手からも躍動を感じ取った。
『獲物』『狩り』『空の王』『遊ぶ』『獲物』『美味い』『血』『血』『遊ぶ』『空』『狩り』
同時に
楽しい気持ちは分かる。
やはり相性がいいせいもあるだろう。
群がってくる魔族はロロディーヌを見ても逃げるどころか、真っ向から獲物を求めるように迫り追ってくるのだからな。
神獣ロロディーヌは高速機動を続けながら触手骨剣を上下左右に展開。
相棒が宙を飛行する度に、無数の魔族が夜空に散っていく。
そして、大柄の魔族を狙うロロディーヌ。
黒翼を器用に畳みながら急降下した――。
両前足から伸びた鋭い爪で、巨大魔族をガッシリと掴むと、噛みつき、肉を喰らっていた。
美味そうに喰ってる……。
そこでキサラたちが戦う様子が視界に入る。
「キサラ! 無理せず、深追いはするな」
「はい、安全圏を作り上げます――」
キサラは冷静だ。
ロターゼと共に俺と
空に安全な空域を作るように、背中に翼を生やした魔族たちに、血濡れた髑髏穂先の薙ぎ払いを喰らわせては、連続した突き技で、一体、二体、三体と、連続で魔族を屠っていく。
さらに、魔族は魔族同士の争いも激しくなった。
好都合、俺たちは距離を取る――。
少し遠目から戦場の様子を眺めた。
ホフマンたちと激闘を繰り広げている神界戦士集団もかなりの強さだ。
金色のオーラを放っている細身の神界戦士は、両手から数珠を周囲へと展開。
デルタバード・ブーと名乗っていた奴かな?
展開した数珠たちは、積層型の金色魔法陣を形成すると、その魔法陣ごと飛翔していく。
飛翔し続けていく魔法陣の数は膨大。
魔法陣の単体が爆発系の魔法のようだった。
ホフマン側の優秀そうな多眼を頭部に備えた人型魔族が、その魔法陣を斬ろうとして、剣が触れた瞬間、魔法陣が爆発し、巻き込まれた人型魔族は木っ端微塵に吹き飛んでいた。
しかし、仲間がやられてもホフマンは強い。
ホフマンと死蝶人との激闘は、見たことがある。
昔と同じだ。
ホフマンの体は左右に分かれている。
体の半身は、人族系の体を保ち、もう半身は闇の世界と化している。
闇の世界は巨大な闇のマントか?
巨大な闇のオーラか?
一つの異次元の波か。
形容が難しいが。
その半身の闇の世界は怪しく揺らめいている。
人の形を保つホフマンの半身が振るう片腕に変化はない。
その五つの指から伸びた爪の魔剣には漢字が記されていて渋い。
半身の闇世界の中を転移出来る五つの魔剣を伸ばす片手も変わらない。
人の形を保つ半身と闇の世界の半身が扱う爪の魔剣術。
非常にトリッキーな剣術だ。
あまりにも素晴らしい剣の技術で嫉妬を覚えた。
闇世界の活かす超剣術だ。
更に、ホフマンの両手の甲には試験管が刺さっているのも変わらない。
その試験管の中に棲む小型の蟲も健在だった。
試験管の中の光る蟲は、十の爪の魔剣と連動している。
闇世界側を自由に転移できる片腕が飛び出ると同時に、その片手の爪の魔剣が迅速に振るわれた。紅い軌跡を三つ宙に発生。
続けて青白い軌跡を五つ発生――。
紅と青の軌跡を追うように黄緑色の波模様の剣線を幾筋も作る。
ホフマンに近付く神界戦士は一瞬で細切れ状態と化した。
他の神界戦士が、ホフマンに襲い掛かる。
が、その神界戦士の振るった長剣の刃は五つの魔剣で切断される。
と、闇世界から飛び出た闇の刃が神界戦士の黄金環を貫く。
あの技は知らない。
その闇世界から見慣れた片腕が飛び出ると、その手に生えている五つの魔剣が迅速に振るわれると、神界戦士の頭部は一瞬で五つに分断された。
続けざまに前進するホフマン。
前方の神界戦士はホフマンに槍の戈を向ける。
ホフマンは片腕の五本の指先から伸びた一つの魔剣で、その攻撃を弾く。
と、他の指から伸びた魔剣が上下に蠢いた。
刹那、ピアノでも弾いたかの如く華麗に剣筋を上下左右に生む。
神界戦士の槍ごと槍を持つ腕が幾重にも斬られて肉片と化した。
更に、人族側のホフマン半身の行動を後追いするように半身の闇世界からブレたように出現した五本の魔剣をようした片腕が突進。
五つの魔剣が、槍を持っていた神界戦士の心臓を抉る。
合計十本の魔剣術が夜空に冴え渡った。
動きを止めたホフマンは俺を見て、
「敵の数が多いですね。シュミハザーを失った今、貴方に、あまり実力は見せたくはないのですが……」
巨大棺桶からのクラシック音楽らしき音源をバックに語るホフマン。
その直後、半身の闇世界から、赤みを帯びた女性型の魔術師を呼び出した。
宙に浮かぶ赤みを帯びた女魔術師。
その雰囲気ある魔術師は、赤髪を含めた全身に青白いフォースフィールド系の防御魔法を展開する。
すると、青白く輝く全身から、闇色の人形のようなモノを多数生み出す。
その闇人形たちが黄金環の戦士たちに纏わりつくと、突如、爆発。
小柄の神界戦士は一瞬で身に着けていた鎧ごと崩れ落ちる。
キサラのような紙人形とは違うな。
神界勢力の一部を退けだした。
最初から連れた魚人系の配下も鱗で構成したブレードの刃を四方八方へ飛ばし、黄金環のブーメラン型武器と衝突を繰り返して相殺を続けている。
だが、大柄の神界戦士が対抗。
細身の神界戦士デルタバード・ブーとは違う金属製の腕が八本もある神界戦士。
最初にジェンガ・ブーと名乗った奴だ。
八本の腕で握っている黄金環が縦方向に螺旋状に積み重なった棍棒武具を振り回している。
今も、その黄金の棍棒を豪快にスイング――。
巨大な黄金の棍棒と空飛ぶ魚人の胴体が衝突した。
銅鑼の音が響くや、空飛ぶ魚人は腹が粉々に打ち砕かれ血反吐をまき散らしながら散る。
ジェンガ・ブーは強い。
神界勢力とホフマン勢力の戦いは互角か。
「神官ソーグ参る!」
「神官デルガグもだ!」
とか、片手で念仏を唱えるポーズを取りながら、叫ぶ坊主頭の人族。
坊主の手には鋼鉄製の棒が握られている。彼らも神界側なのか?
戦模様の前掛けの、鎖帷子系の衣か。
魔力が外に一切、漏れていないからこそ、逆に相当な強さだと分かる彼ら。
何処から現れたのか、分からない。
樹海の下からか?
背丈の高い樹木が激しく左右に揺れていた。
もしや、ヴァンパイアハンターか?
そのタイミングで、ロロディーヌが急旋回。
坊主たちと、ホフマン側とブーの神界勢力の戦いから視線を外す。
さっきの魔界騎士と名乗っていた存在が気になるので、探すか。
ついでに、指輪の
いつものように
俺の背後で、煙を出現させながら出現した沸騎士たち。
ロロの触手群が彼らの鎧を新しく構成するように巻き付いて絡んでいく。
「お前たち、呼び出しておいてなんだが、ここは上空だ。いつもと違う。で、この状況だ――」
「閣下、ここは魔界の戦場ですか?」
「違うぞ、アドモス、ここはセラぞ」
「ゼメタスの言う通り、ここはセラの空だ。魔界、神界、ごちゃ混ぜのカオスな戦場だが。で、魔界騎士らしき連中を、さっきあそこで見かけたんだ」
そのタイミングで、ロロディーヌが大翼の片方を畳む。
旋回軌道を強めた。
「――左辺の……あの騎士たちは知っていますぞ」
「――あれは魔蛾王ゼバルの魔界騎士たち。ムグ級の魔獣に乗った者たち」
知らん名だ。
「――魔蛾王か。初めて聞く名前だ。俺はてっきり、死海騎士とかいう有名な魔界騎士かと思った」
「――暴虐の王ボシアドの麾下の者たちの存在はないです」
その瞬間、俺たちの会話が聞こえていたわけじゃないと思うが――。
黒馬に跨っていたグループの一人が近づいてくる。
見た目は大柄の黒騎士。
彼を乗せている馬魔獣の皮膚は、黒鋼のような筋模様が入っている。
その筋模様の内部には真っ赤な紅蓮の炎を宿していた。
四肢も炎を纏っている。
「――手合わせ願おうか、槍使い!」
「あ、デルハウト、話が違う!」
眼球が二つ連なった魔族と戦っていた女騎士たちも、それぞれに黄色の剣線と青白い剣線を生み出し、その戦っていた眼球型魔族を切り伏せてから、
「デルハウト! 抜け駆け?」
「あ、待ってよ!」
デルハウトと呼ばれた騎士のあとを追い、二人の女騎士たちも駆け寄ってくる。
黒騎士と同じく炎を体内に宿した魔獣に乗った者たちか。
神獣の速度についてこれる馬魔獣だ。
ゼメタス曰く、魔蛾王ゼバルの麾下らしいが……。
魔界騎士らしい存在を乗せている魔獣だから強そう。
「ゼバルの騎士たちが、なぜここに居る!」
ゼメタスが叫ぶ。
「ゼバル様を呼び捨てだと? 上等戦士風情がぁ!」
主が馬鹿にされたと思ったのか、黒騎士が叫んでくる。
そのまま螺旋細工が目立つ魔槍を突き出してきた。
夜空でも目立つ紫色の金属矛――突き技系だ。
「否! 我は沸騎士!」
「そうだ閣下の唯一の沸騎士ぞ!」
ゼメタスとアドモスが黒騎士に対抗して、吠える。
だが、彼らの骨剣と盾では、当然、槍と間合いが違う。
空上だし、対抗はできない。
代わりに、ロロが触手骨剣を伸ばそうとしたが、俺が対処した。
黒騎士の扱う迫る魔槍とクロスする軌道で、右腕に握る魔槍杖を伸ばす。
螺旋した紅矛の<刺突>で紫の矛を迎え撃った。
紫と紅の矛と矛が衝突――。
激しい火花が散ると共に、キーンッとした不協和音が耳朶を震わせる。
「――風情で悪かったな」
と、すれ違いざまに俺は喋る。
その瞬間、ロロディーヌは神獣らしい速度で反転した。
沸騎士たちの怒りの声と連動した訳ではないが――。
長耳をピクピクと動かす
ロロディーヌと一体化した反転するターン機動――。
魔槍杖を下から上へと振り抜く。
穂先の――紅斧刃が魔界騎士の背中を捉えた。
魔界騎士の背中からドッと押し込むような音が響く。
「ぐあぁぁ」
大柄な鎧の背中に紅斧刃が刺さる。
硬い感触を得た。
そのまま回転を続けて、大柄のデルハウトの背中ごと両断を狙う――。
が――黄色に輝く魔刃が飛んできた。
このままじゃ右腕がちょん切られる。
「なんて機動なの! デルハウト!」
魔刃を繰り出した女騎士が叫ぶ。
俺は魔槍杖を握る右手を離した。
凄まじい速度で飛翔してきた――黄色の魔刃が、俺の腕と魔槍杖の間を抜ける。
神獣ロロディーヌの真下へ抜けていった。
「シュヘリアか! 礼を言う!」
「いいから――」
大柄の魔界騎士を救うように突進してきた女騎士。
光芒煌めく魔剣の切っ先が、俺の鼻先を掠めた。
――痛っ、俺の血が舞う。
『閣下、この剣術は疾い――』
ヘルメのいう通り女騎士は疾い。
そして、剣線の筋が読みにくい――。
黄色の剣線を幾つも生み出す女騎士が操る魔剣の機動。
すれ違い様だが、三度も剣刃を寄越してくる剣捌きは凄まじい技術だ。
剣術の技術だけなら八剣神王三位のレーヴェの方が遥か上と推測できるが……。
まぁ、獣人と魔族の騎士を比べても自力が違いすぎるか。
魔剣の柄には魔眼がある。
尖った錐形器に嵌まったギョロリとした眼球。
「閣下――」
「お任せを――」
俺の背後から骨剣と骨盾を振るい俺をカバーしようとしてくれた沸騎士たち。
だが、神獣ロロディーヌの速度だ。
ロロは旋回してくれたが――沸騎士たちの攻撃は届かない。
もう通り過ぎているので意味がない。
一方で、仲間にフォローされる形となったデルハウトという名の大柄騎士は、背中に刺さっている魔槍杖を取ろうと、もがいていた。
俺が離した手前、強くはいえないが、魔槍杖を他人に触らせたくないな。
そんなことを考えながら――。
<サラテンの秘術>を意識。
狙いは大柄騎士じゃない。
差し迫ったもう一人の女騎士へ向けて神剣サラテンを向かわせた。
『いい判断力だ――』
神剣サラテンは唸り声を上げながら俺を褒める。
その速度は、あの亜神でさえ対処が不可能だった秘術。
魔剣どころか、乗っていた馬魔獣の脳天を散らした瞬間、女騎士の頭部も爆散していた。
『血の質はいい!』
と、神剣サラテンは喜びの念話を飛ばしてくると、三つに分裂する。
前と違う。ミルフィーユ的に重なっていない。
本当に三つの剣に分裂していた。
三つの剣腹の上には衣を纏った小人たちが乗っている。
サーフィンをするような恰好で剣の上に乗っている三人は、それぞれに特徴ある恰好。
髪型も髪の毛の色もまったく違う。
そして、『器よ、血肉は貰うぞ――』そう俺に意思を伝えた直後――。
落下していく魔獣と女騎士に対して、凄まじい速度で三枚の三人が乗った神剣が突進。
俺の心に直接伝えてくる念話は一人のみだが……。
三人が乗った神剣たちは、自ら作り出した血飛沫の惨状を喜ぶかのように魔獣と女騎士をズタズタに引き裂いていった。
凄まじい。
最初の血飛沫は序章に過ぎないといった状況だな。
激しく血肉をむさぼり食うように乱雑に宙を行き交う三つの神剣。
一瞬の間に散った女騎士。
「――エリミアが」
黄色の剣線を無数に生み出していた双剣使いの女騎士は動きを止める。
乗っていた馬魔獣も嘶き恐怖の声を上げた。
馬魔獣は、炎を宿す両前足を上向かせて混乱の色を強める。
その間に、大柄のデルハウト目掛け<鎖>を射出した――。
同時に、ロロと皆に向けて、
「少し離れる――」
と、宣言し、跳びながら梵字が輝く<鎖>の機動を追った。
<鎖>はデルハウトの魔槍により弾かれる。
デルハウトの背中には魔槍杖が突き刺さったままだ。
しかし、デルハウトは身を回転しながらも腕に持った魔槍をコンパクトに扱い迅速に振るって<鎖>を弾いてきた。
その槍の腕前は、相当なモノだと予想がつく。
そして、背中の魔槍杖を外すのを諦めたらしい。
俺は弾かれて撓んだ軌道の右へと伸びていた<鎖>を操作するフェイントをしてから消去した。
すると、左の方から「グハハハッ――<渋面獣面>!」と、左の隅の視界で暴れていた象鼻の時獏が叫ぶ。
彼の両腕には巨大な鐶を持ったチャクラム系の武器が握られていた。
彼の目の前に複合した獣と文字が描かれた模様が浮かぶ。
そして、左手を包むような小さい円空間が、不自然な明るさを持った。
右手側も同様に湾曲している。
「燭陰よ! 暴れ食え」
時獏は麒麟のような姿のモンスターを円空間から呼び出していた。
その麒麟のようなモンスターを魔族たちへ向けて放つ――。
麒麟は独特の高音を発しながら、轟雷の稲妻を、周囲に飛ばす。
自らも稲妻を纏うと、魔族たちを蹂躙していく。
神界勢力とホフマンの呼び出した赤髪の魔術師にも、その稲妻が衝突していた。
そこに、どこからともなく反撃の魔槍群が時獏へと向かう。
時獏は鼻から水を放射し防御を展開――。
が、魔槍はその水の防御層を貫く。
その魔槍の群に反応していた時獏は跳躍し身を退いた――。
しかし、彼が乗っていた亀の甲羅に魔槍の群の一部が突き刺さっていく。
キサラと茨の冠魔族の戦いも互角の模様。
どこもかしこも激戦か。
いや、ロターゼは発奮して、彼の周りの魔族は一掃されている。
やるな、さすがはタフなロターゼ。
さて、下のエヴァの様子も気になるが、俺もこの場を片付けよう。
左の手の内にある菩薩の目のような穴を翳す。
そして、他の空を飛ぶ魔族たちを喰い貫きながら飛行を続けていた神剣サラテンたちに向けて――。
『戻ってこい!』
と強く念話を飛ばした。
刹那、左手の掌の中に三つの神剣が集約しながら納まった。
じゃじゃ馬娘だったサラテンが大人しい。
『……ヘルメ、右の魔剣使いは任せた』
『はい――』
瞬時に左目から分離した常闇の水精霊ヘルメ。
体勢を直していた魔界騎士へ直進していく。
両手を広げながら飛行するヘルメのスタイルは素敵だ。
今日一番に、ドキリとしてしまった。
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