三百六十二話 幸福への再出発
俺たちがサイデイル村に入った直後。
黒い両翼を広げた神獣ロロディーヌの姿が見えた。
圧倒的な存在感を示すように滑空してくる神獣ロロディーヌ。
大鷹のような黒翼の角度を調節する動きが渋い。
前に突き出した獅子のような両前足。それが、眼前に迫るさまは、まさに巨獣グリフォンに襲われる気分だ。その両前足が丸い石像を捉えると、しならせた巨体を一気に着地させた。周囲に激しい音と魔力の波動のような衝撃波が周囲に発生――砂埃が舞う――優しく着地したつもりか。なんだ、なんだと、キッシュ村の子供たちとイモリザがはしゃぐ。
普通は悲鳴が聞こえるが、一切無い。ここの子供たちは怖がるどころか逆に喜んでいた。
沸騎士ゼメタスとアドモスは俺の姿を見るなり、
「閣下のご帰還だ!」
「閣下!」
と叫ぶと、体から蒸気の炎をぼあぼあと滾らせながら駆け寄ってきた。
頭蓋骨の眼窩に炎の瞳を持つ沸騎士ゼメタスとアドモスは体から凄まじい勢いで魔力を噴出中、その魔力の勢いは蒸気機関車から発せられる蒸気のようだ、それだけ二人は興奮している。喜んでくれていると分かるが少し怖い……。
そんな沸騎士ゼメタスとアドモスは片膝の頭で地面を突いている、その部分の地面が凹んでいた。
「……よっ、ゼメタスとアドモス。防衛任務を頑張ったようだな」
「はっ――オークの兵士を無数に討ち取りましたぞ」
「しかし、我らの突撃に耐えたオークの奇兵剣士には少々、手こずりました……」
「その剣士の名はトク・グル・カイバチ。鬼髑髏使いが率いる小隊メンバーでした。私たちに敵わぬと判断したのか、リーダー格の鬼髑髏使いが骨笛を鳴らし、その剣士トク・グル・カイバチと共に森の深部へ撤退していきましたが……」
と、報告を受けながらも、ロロディーヌが降りた場所が気になっていた。足が乗っている石像は揺れて、巨大爪により石の一部が削れていたからだ。
やばい……大事な村の建造物だったらどうしよう。
見た目的には丸いが、詳細は、古いエルフたちが好みそうな彫刻があちこちに刻まれているし……高級品かもしれない。
と俺に遅れて村の中に細足を踏み入れていたキッシュの表情を確認……。
キッシュはそんなことは気にせず、持っていたオークの装備品を床へ落としながら、
「……やはり、大きく、美しい……」
黒き神獣ロロディーヌの姿を魅入るように呟いていた。
気にしてはないようだ。すると、相棒が、
「ンン、にゃおおおおおおぉ~」
と、いつもの〝ライオンキング〟のようなことをやっていた。
盛り上がった首下から胸に広がる段だら模様の黒毛が震えていた。
漆黒と黒のコントラストが織りなす美しき光沢した黒毛たちが、ぶるぶると振動するさまは迫力がある。そんな振動している胸元。
あの天然ベッドのような毛に包まれて眠ると……。
精神と体が癒やされるような気にさせるほど気持ちがいい。
街中で、ロロディーヌの天然温泉と銘打って商売できる心地よさだ。
また鳴いているロロ。
俺には、神獣ロロの鳴き声が、
『着いたにゃ~~~』
『ここはわたしの村にゃ~』
『占領にゃおお~、子分たちどこにゃ~~』
そんなことを言っているようにも聞こえていた。
その間に、無数の触手群が展開。
その触手群の先端には俺たちが助けた皆が絡まっていた。
鳴いていたのは、『皆を触手でもっと絡めるから待ってにゃぁ』だったのかもしれない。
が、一見は神獣に捕まった人々にも見えなくもない。
しかし、触手に捕まっている皆を優しく丁寧に地面の上へ運んで降ろしてあげていた。
触手には肉球が備わっている。だから優しいクッション製の座布団から降り立つような感覚かもしれない。アッリとタークの子供たちは、自らの体を包んでいた触手たちと離れることがいやなのか、「まて~」「え~離れちゃだめよ! もっと~」と喋りながら、
勿論、おいつくわけがない。
が、優しいロロディーヌはちゃんと子供たちを見て話を聞いていた。
アッリとターク、それ以外の子供たちの下にも、団子級の大きさに変化させていた触手の先端を子供たちに送る、自由にその触手を弄らせて遊ばせてあげていた。
子供たちにとっては、マスコット人形と遊んでいる感覚か?
……楽しそう。なぜか一緒にイモリザも混ざっていたが。
触手から解放された直後のハイグリアも、子供たちとイモリザが遊ぶ様子を見て、混ざりたそうに見つめていた。
「にゃおお~、ガルオォォ」
「ニャオォォ~~ガルゥゥ」
二匹の大虎は口から牙を剥き出し、吼えている。
すると、相棒の触手から解放されたばかりの、太っちょエルフ女性が「わたしは美味しくないからね!」と叫び、トン爺が団栗を投げ、マグリグは鱗人女性をかばうように前に出て、バング婆は札を掲げ、パルゥ爺とリデルは怯え、ドワーフと樵のエブエは、
「なんで巨大虎のモンスターが!」
「ここに!」
と叫んでいた。片手と片足の子供は無表情。
「あれはモンスター!」
「わたしはネームス!」
モガとネームスがその包帯に包まれた子供を守っていたが、片手と片足の子供はモガの衣服から覗かせているアイテムボックスをにらみつけていた。
そんな恐慌状態を一部に引き起こしているアーレイとヒュレミは、両前足から鋭い爪の出し入れを繰り返し地面を抉っている。母のような神獣ロロディーヌの姿を見て興奮しているんだろう。というか、甘えたいようだ。
すると、俺の存在に気付いた二匹の大虎。
傍で控えている沸騎士ゼメタスとアドモスには目もくれず、
「にゃ~」
「ニャオ~」
と鳴いたベンガルの虎を髣髴させるアーレイが俺に飛び掛かってくる。
続いて、ゼブラ模様のホワイトタイガーを思わせるヒュレミも突進。
噛み付かれることを想像して怖かったが――。
俺は爪先回転で避けず、大虎たちの愛を、両手でがっしりと掴むように受け止めていた。
二匹の体重は、はっきりいって重い。
が、そのまま両手で抱えながらよしよしっと柔らかい毛のふさふさを堪能。
「――爪が痛いが……ただいま」
「にゃお~」
「ニャオ」
ぺろぺろが激しい。牙が当たって少し痛い。
ハルホンクの肩まで舐めているし、唾が……我慢しよう。
「……よし、お前たち、離れていいぞ」
そう喋りながら、二匹の大虎を力で突き放す。
「にゃおぉ」
「ニャオォ」
離れた彼女たちは寂しそうな声を上げる。
しかし、虎らしい機敏な動きで周りを歩いたあと、神獣へ視線を上向かせていた。
神獣ロロディーヌの内腹辺りか。おっぱいが欲しい?
バルミントに飲ませていたようなミルクはもうでないと思うが……。
そのバルミントの母のような立場だった
触手に遊ばれているハイグリアとアッリとタークも確認。
そんな皆の不安気な表情を見て……。
『安心しろ』という意志を込めながら、
「キッシュ村長から村で暮らしていい」
と許可を得た旨を簡潔に伝えた。
その言葉を聞いた皆は喜びを爆発させる。
触手から素早い身のこなしで離れたハイグリアも俺に二歩、三歩と歩みよりながら、
「わたしも住んでいいのか!」
とハイグリアは叫びながら聞いてきた。
黙って、
その、俺のイエスといった意味の頷きをハイグリアは見た直後、
「ウオォォン――」
と古代狼族らしい声を上げる。
よほど嬉しいらしい。銀爪鎧の形が少し薄く細くなっていた。
背中の綺麗な滑らかな銀毛が覗き、腰はくびれが目立つ。
最初見たときの衣装に近い。
ハイグリアは唇の端にあるチャームポイントの牙を煌めかせて、
「――シュウヤ!」
と名前を呼ぶと、前傾姿勢で間合いを詰めてきた。一瞬、キサラが俺を守ろうと上空から降りてきたが、俺は宙へ腕を伸ばし「必要ない」と呟く。
「はッ」と、宙に浮かびながら抱拳で応えるキサラ。
そこにドシンっと大虎級の衝撃を寄越してきたハイグリアが俺に抱きついてきたから、背中を撫でて、
「よかったな、俺の友のキッシュにはちゃんと礼を言うんだぞ。キッシュは古代狼族と知りながらも受け入れると言っていた」
「わかった……」
ハイグリアは頷いて離れた。近くで見ていたキッシュが、
「受け入れるといった。言ってしまったが……こんな美人だったなんて…………さっき話をしていた女好きが、もう発動なのか?」
「すまんな」
「いい、チェリの他にも女が居るとは知っていた。それでも、わたしの気持ちは変わらない――」
キッシュは嫉妬心を抑えているような表情で語りながら、ハイグリアに視線を向ける。
「……初めまして古代狼族さん。シュウヤの言葉を信用して、貴女を受け入れますが、正直いえば怖いです。そして、今度でいいですからお話ができるなら色々と伺いたい」
「……いいだろうエルフ。貴女の気持ちは率直に嬉しく思う。エルフ故だと思うが、古代狼族と知っても、尚、受け入れようとする姿勢は、この樹海では聞いたことがない。霊月幻夢草のようなエルフなのか?」
「霊月? 聞いたことがない樹海草だ」
キッシュとハイグリアなら大丈夫そうだ。そこに、
「俺もハイグリアに負けないぞォォ! 開拓村ぁぁぁああッ! ばんざいィ!」
大柄のマウリグが叫ぶ。
マウリグの隣で寄り添っていた
「やったあ~、ありがとうシュウヤ様! 神獣様!」
俺と相棒に礼を言いながら喜び、叫ぶ。
続いて、嬉しさの余りに、はしゃぐエブエが、隣に居た太っちょエルフ女性の頬にキスをしては「何すんのよ! 変態!」と叫んだ太っちょエルフ女性に顔を殴られるエブエが居た。
あの太っちょエルフ女性の名はドココ・ミユーズさんだ。
頬には見た目通りといったら殴られるが、熊さんの刺青がある。
リデルとパルゥ爺は、そんなドココさんに頬を殴られて両手を地面に突けていたエブエを介抱してから、喜び踊る。そこに、トン爺が登場。
笑みを浮かべたトン爺は手に持っていた団栗を食べずに、宙へ放り投げた。
「――めでたい! わしらは幸せ者じゃ! わしらは闇を切り裂く聖なる救世主を得たのじゃ! ここに祝いの魔指弾術を披露しよう!」
珍しく興奮したトン爺。
祝いの指弾術とは、子供たちが一時、夢中になった奴か。
「あ、トン爺の技だ」
「またどんぐりあそびー?」
リデルが指を差しアッリの声が響く。
トン爺は子供たち向けて笑みを浮かべてから、胸前に握り拳を作る。
その拳の上に慣れた手つきで備えた団栗。一瞬、トン爺の双眸が鋼のごとく鋭くなった。
その刹那――親指で、その団栗を弾く。おぉ、いつもより速い。
弾かれた魔力を纏う団栗は、普通の速度ではない。
トン爺の親指に弾かれた団栗は、宙空を切り裂くように突き進み、落ちゆく団栗と激しく衝突した――乾いた歪む音が宙から響く。
花火とはまた違うが、これはこれで祭りのような感じだ。
下から打ち上げられていくたびに、団栗は欠けて小さくなった。
欠けた団栗は二段、三段ロケットのごとく、また宙へと高く上がっていく。
トン爺は額に手を当て、「うむうむ、今日も調子が良い」と上空を見据えながら渋い口調で語る。そのままトン爺は本当の「祭り」で踊るように……。
盆踊りの仕草で「ほれ」「そら」「ふん」「ひゅい」と、気合い的な声を発しながら、体勢を変えて独特のポーズを作りながら肘を曲げ、両手を伸ばし指弾術を披露。
空に上がった欠けている団栗に次々と指弾団栗を衝突させていった。
連続で小さい的を当て続けるのは凄い、飛行中のロロディーヌから雲へ向けて団栗を飛ばしていく様子は見ていたが……。
魔力の反動を使った親指で弾く魔力の団栗弾。その親指から伝う薄い魔力で団栗を包む技術が高い。
トン爺の親指は枯れた枝のようだが、骨の節々には魔力が宿っている。
<魔闘術>系の修練が必要そうな技術系統……<導魔術>、<魔闘術>の極一部だけだが、魔力というか天然なんだろうか。
分からないが、投擲術の一種<指弾>か。石礫でも応用が利くはず。
最後に小さい破片の団栗を砕いて完全に破壊している。
トン爺は料理人というか大道芸人もできそう。周りもトン爺の妙技に拍手で応えていく。そんな拍手音が周囲を奏でる中……。
ふと、あることを思い出す、それはネレイスカリを送り届けたサージバルド伯爵領での一件。闇ギルド【ノクターの誓い】とホクバ、ソレグ、ヌハを含めた凄腕たちとの戦い。そこで出会った【旅芸人一座・稀人】たちの存在を。
闇鯨ロターゼは俺を稀人と呼んでいた。
ランプ使いのベンジャミン・スモークさんも、もしかしたら稀人なのかもしれない。
芸人一座が演じていた演目は「秘術騎士と旅娘の恋」だった。
シュミハザーも西方の秘術騎士がどうたらと語っていた……。
複雑怪奇に広い世界は繋がっている。ハイグリアとの話を切り上げていたキッシュは、トン爺の技を見て皆と同様に拍手を行う。
がキッシュは手を叩くのを止めて、周囲を見渡していく。
ある場所を見て視線を止めると、「アッリ、ターク!」と強く叫んでいた。
そう、先ほどから触手で遊ぶ子供たちの方を心配そうに見ていたんだキッシュは……。
「あ、キッシュだ」
「キッシュお姉ちゃん! ただいま~」
触手を掴んでいたアッリとターク。
叫び自分たちを呼んだキッシュの姿に気付く。
相棒も空気を読んだか分からないが、触手を引っ込めていた。
「お前たち――」
キッシュの横顔。だが、必死な表情を浮かべていると分かる。
そのままアッリとタークの下へ勢いよく駆け寄っていった。
キッシュは両膝を地面に突ける。
「元気で、よく帰ってきてくれた!」
キッシュは声音をひび割れた硝子のように変化させながら語り、涙ぐむ。
アッリとタークの背中に両手を回して自らの胸に引き寄せていた。
俺も良かったと、胸がいっぱいなりながら、キッシュの横に移動。
彼女はアッリとタークの小さい頭へ交互にキスしては、涙を零していた。
「キッシュ……」
「キッシュお姉ちゃん!」
母のようなキッシュの愛。
深い愛情を感じたアッリとタークは、キッシュに謝りながら抱きついて泣いていた。
本当に良かったな二人とも……。
助けられて本当に良かった……。
俺まで、もらい泣きだ。
キッシュと二人の子供は、本当の親子のように見える。
泣きながらも笑顔を浮かべたアッリは、
「……シュウヤ兄ちゃんが、
腰にぶら下げていたアゾーラのお守りを掴むと、キッシュに見せていた。
お守りの色合いは、汚い。が、あの子たちにとってはかけがえのない宝物かな。
その瞬間――。
一コマの間、キッシュとアッリとタークを囲うように、笑っているアゾーラとパウの幻影が見えたような気がした。
この間も見えた。ステータスにあった文字が頭に過ぎる。
超異現象歩進とあったからな……。
視力が良すぎると思えばいい、
そんなことを考えていると……巨大な神獣ロロディーヌが皆が降りたことを確認したのか――豹が背筋を伸ばすような仕草を取った直後、犬が体に付着した水気を弾くように体をぶるぶると勢いよく震わせる。周囲にヘリコプターが降りてくるような風を発生させながら姿をむくむくっと縮小させて黒猫の姿に戻していた。
黒い毛並みは滑らかそうで艶がある。
「にゃ~」
紅色と黒色の瞳、視線だけでも何を言っているのか分かった気がした。
「ロロ、お疲れさま、皆を運ぶ仕事頑張ったな? お帰り、とでもいうべきか?」
「ンンン――」
そのまま俺の
すると、定位置で香箱座りをしなかった。
あれ、と思った時、俺の顎に向けて小さい黒頭を衝突させてくる。
と、また、俺の頬をペロっと舐めてくる。
「くすぐったい」
返事はゴロゴロと喉音を鳴らすのみ。
否、ペロッとまた舐められた。小さい舌のざらつきが可愛い。
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