三百六十三話 家作りと鏡の設置

 サイデイル村で過ごすこと数日。


 キッシュから土地は好きなように選んでいいと言われていたから、助けた方々と何処に住むか話し合いをしながら<邪王の樹>を使い、順番に皆の家を作ると宣言。


 上空からキサラと闇鯨は見張りを行う。

 時々、遠くから魔女槍を<投擲>してモンスターを狩っていた。

 今も旋回している。黒猫ロロは俺が家作りをやると話をしたら、有無を言わせぬ鳴き声を上げて黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミを連れ出す。


 三匹の猫小隊と化した黒猫ロロ軍団。

 そのままサイデイル村の左に広がる雑木林が密集している辺りへと出かけていった。

 きっと匂いチェックかな。

 フェロモンを擦り付けての縄張り作りかもしれない。

 師匠の家、ヘカトレイル、ホルカーバム、それぞれに野良猫は居た。

 猫には猫の社会があるはず。


 サイデイル村近辺の野良猫社会の悪猫をノックアウトするかもしれない。


 この辺りの樹海で野性味ある猫たちが果たしてどんな生活をしているか?

 と、それはそれで非常に気にはなるが……それは黒猫のロロに任せよう。

 ロロにはロロの、ロロディーヌとしての物語があるはずだ。


 一方、イモリザと沸騎士はアッリとタークを巻き込んで子供たちと訓練をして遊んでいた。

 更に「使者様、音頭ですよー♪」と、イモリザが歌を……。


「ふふ~ん、ふーん♪ 陽気な使者様の槍は強い~♪ 天下無双の槍でオークを倒した~♪」

「ふふ~ん、ふーん♪ 使者様の槍は天下一♪ オークを倒した~♪」

「オークは村から去った~♪ 使者様の槍の陰で~♪ 魔女っ子も来た~♪ 代わりに谷でリンゴ畑を見つけた~♪」

「オークは村から去った~♪ 去った~♪ 使者様と魔女っ子も来た~♪ 代わりに谷でリンゴを見つけた~♪ リンゴ~を見つけたの~♪ 真っ赤なリンゴ~♪」

「ふふ~ん、ふーん♪ 美味しい真っ赤なリンゴ~♪ 美味しいリンゴ~リンゴ~♪」


 そこに「奇怪な踊りと歌に交じった戦いの訓練だ! わたしは知らない! 面白い! リンゴは美味しいぞ♪ これはエルフに伝わる月踊りの儀式か!」


 と、笑いながら参加を始めた銀狼娘ハイグリア。

 いや姫か。

 というか古代狼族の故郷の拠点に戻らなくていいのか?


 決闘は忘れているのか?


 と、尋ねようとしたが、ハイグリアは笑みを浮かべて沸騎士と話をしていく。


「沸騎士たち、お前たちはシュウヤの守護騎士、いや、さむらい、という武士の者たちなんだろう? 今日もイモリザたちと一緒に行くのか?」


 今はこのように仲が良いハイグリアと沸騎士……。

 最初は当然に……。



 ◇◇◇◇



「奇怪な骨騎士!? 皆の村に潜り込んでいる旧神の使いか!」

「違う、そういうお前こそ怪しい! 閣下、戦いの許可のお許しを!」

「いいけど、途中で止めるぞ」

「なんで止めるのだ!」


 沸騎士との戦いを止めようとする俺が疑問なのか、ハイグリアがそう叫ぶ。


 旧神は潜り込むような知恵がある部下が居るのか。

 聞いていたが、古代狼族も色々と深い戦いがあるようだ。


 しかし、俺には部下が居ると、予め告げてはいたが……沸騎士の見た目だ。

 この反応は仕方がないのかもな。


「……まぁ、戦えば分かるという奴だ」

「閣下の許しが出た! ――喰らえ獣人!」

「そんな、遅い剣突なぞ、くらうか――」


 と、ハイグリアが叫び、沸騎士たちと戦うことに。

 剣突を防いだハイグリアは速やかな所作で前進。

 肘を曲げた状態の腕を前に突き出すモーションは、かなり素早い。

 古代狼族だから可能な、腕の動きで指から銀爪を伸ばす。

 アドモスの胸元に、その銀爪が向かうがアドモスは難なく骨盾で防ぐ。

 沸騎士ゼメタスが反撃――「怪しい獣人めが!」とそう叫んだゼメタス。

 骨剣を握る脇を締めつつの切っ先を突き出す。

 切っ先の入射角をハイグリアに見え難くする剣法。

 その剣突を半身の体勢で避けて、前蹴りを繰り出すハイグリア。

 しかし、その蹴りはアドモスが防ぐ。

 前屈みの体勢で盾を出してゼメタスを庇う。

 庇われたゼメタス、その間に剣を引きながら横回転。

 スムーズさはないが、重騎士らしく荒々しい踵と盾を支えにした素早い回転機動だ。

 その回転する速度を骨剣に乗せたゼメタスは、袈裟斬りをハイグリアの胸元に向かわせる。相変わらずの連携力。沸騎士たちは強くなっている。

 が、素早いハイグリアは古代狼族。沸騎士たちより速度は上だ。

 足をスピンさせるような所作から、土煙を足元から発生させる。

 膂力ある動きで、楽にゼメタスの袈裟斬りに対応していた。

 斜めに回転させた銀爪剣で身に迫った骨剣を華麗に上方へ弾いている。

 戦いは互角。続いて、シールドバッシュを繰り出したゼメタスの方盾をハイグリアは逆に利用。突き出た盾を蹴り当て、素早くダダッと音を立てつつ駆けあがる。

 そのまま、ひゅっと音を立てた膝蹴りから風切り音を連続で立たせる空中三段蹴りをゼメタスの頭部と胸の上部へ喰らわせて、吹き飛ばす。


「――ぬぬ、なんという蹴り機動!」


 頭部の一部が銀爪により削られているゼメタス。

 膨張したような黒煙が立ち昇っては、その煙を鎧と頭蓋骨に纏うので、渋くカッコいい。


「速い、ゼメタス油断するな。この狼獣人は強い!」

「油断したわけではない。が、素晴らしい蹴りの技術である」


 ゼメタスは盾を構え直しながら、ハイグリアを褒めていた。

 ハイグリアも両手の伸びた銀爪の角度を変えながら、


「盾使いか……わたしの蹴りを受けても平気とは、そして、感触が硬い。凄く強いなお前たち」


 と語る。戦闘を楽しむような笑顔を浮かべての言葉だが、凜々しさもあった。ゼメタスとアドモスも戦闘を楽しむように連携しながら、ハイグリアと間合いを詰めていく。再び衝突。対決が続いた。


 そんな二対一の状況でハイグリアが押し始めたところで止めに入る。


「しかし閣下……」

「シュウヤ、この強い骨騎士の存在は何だ!」

「……ハイグリア、彼らは俺の部下だ。かくかくしかじか……」


 かいつまんで説明していくと、あっさりと……。

 互いに見事な戦いぶりだったお陰か。


「閣下が助けた古代狼族とは……」

「素晴らしい蹴り技であった」

「すまない、沸騎士たち。シュウヤから優秀な部下とは聞いていたが、まさか煙を出す骨の騎士とは……だが、実に見事な盾使い! 優秀だった!」


 ハイグリアと沸騎士は強さと技を認め合い、仲良くなっていった。



 ◇◇◇◇ 



「……当たり前ですぞハイグリア殿」

「我らとイモリザ殿はオークの首級の数を競った間柄」

「先の争いでは、私たちが勝利!」

「その通り、我らは大虎殿に軽騎兵の役回りだった故、イモリザ殿より多くのオークを仕留めた!」

「うう、数では負けちゃったけど、わたしは門番長として頑張ったもん♪」

「イモリザ門番長、先ほどの踊りは、もしや古代狼族の儀式を参考に?」

「古代狼族? しらない~使者様への気持ちだから♪」


 といったように、ハイグリアは沸騎士以外にイモリザとも、いつの間にか仲良くなっていた。

 彼女は銀爪の形を変えては、イモリザが謎な動きで踊る仕草の真似をしては、意気投合している。


 アッリとタークを含めた子供たちも、イモリザの音頭を踊る。


「狼ねーちゃんもイモリザ音頭が気に入った~」

「あはは、おもしろいからね~」


 そのまま子供たちと一緒に夢中になって訓練を楽しんでいった。


「使者様~リンゴ畑にいってきまーす」

「おう、安全には気をつけろよ」

「は~い」

「シュウヤ、少し遊んでくる!」


 ハイグリアは楽しそうだ。

 しかし、イモリザは谷で天然のリンゴ畑を見つけたのか……。

 モンスターとかそれなりに居ると思うが……。


 キッシュも、


「対オーク用に子供たちは訓練を続けていたからある程度ならば平気だ」


 と話をしていたし、沸騎士とハイグリアが居るからな。

 アッリとタークも冒険者ランクD。

 あのまま行かせても大丈夫だろう。


 そして、空にはキサラがいる。

 と、先頭に立ったイモリザが両手を揃えて歩き『ハーメルンの笛吹き男』のような笛はないが、歌いながらアッリとタークを含めた子供たちを引き連れて出かけていった。


 しかし、一人だけ付いていかない子供がいた。

 片腕と片足だけの子供だ。


 戦えないし仕方がない。

 周りの大人もフォローするだろう。


 俺は邪界製の樹木を作り続けながら移動を開始。


 すると、少年か少女か分からん子供が俺に付いてきた。

 片手と片足だけで立っている。無口だし反応がない。ついてくるのは勝手だ。あまり構わず、家の構想を練ってから……家造りに取り掛かった。

 最初はサイデイル村の入り口から離れて右辺の土地に、マウリグとスゥさんの新婚の家を建てる。


 続いて、村中央のモニュメント近くの手前にリデルとパルゥ爺の家を。

 太っちょのエルフ女性こと、ドココさんの家もその隣に建設。


 次の家は、サイデイル村の右辺の土地。

 ドワーフのドナガンの家だ。

 彼はマウリグと一緒に農地を耕すとかでまた、種袋を大事そうに持っていた。


 さらに村の左にエブエの小屋を作る。

 左には森があるので樵の彼には丁度いい。


 そんな家々を作る度に……。

 地面からエルフの幻影が出現……気にしない気にしない。

 次はサイデイル村の後方へ向かう。俺のあとを少年か少女のための家作りだ。この子は皆に呼ばれても無言のまま、名はムーと呼ばれていた。ムーと呼ばれている子供は身長が低く肩幅も小さい。

 子供だから当たり前だが……髪は黄と黒が混ざってはいるが不自然に脱色したような銀に近い色合いだった。

 クリドススのような、メッシュ系かと言われたら微妙だが、そんな銀髪系のムーの双眸は綺麗な碧眼。茶色と黒と灰色の切れ端の布で全身を包み、肩から小さいポンチョを羽織っている。


「で、お前の名前は周りに呼ばれているムーでいいのか?」

「……」


 ムーこと、片腕片足の少年か少女はだんまりだ。そのムーは、モガを睨んでいるだけだという。モガもその視線に気付いてはいるが、べらんめぇ口調でしらねぇと語るのみ。


「……俺もムーと呼ぶからな。ムーは家作りに興味があるのか?」

「……」

「モガばかり見ていたから、そういうわけではないのか」

「……」


『閣下、ムーのお尻に氷を』

『いや、それはだめだ』

『ふふ、冗談です、ぴゅっぴゅーとしてあげたら元気がでるかもです』

『それも今度だな』


 ヘルメと念話で語らいながら、到着した土地で、そんなムー用の家を作っていく。

 バリアフリーを意識してムーが過ごしやすいように環境作りを頑張った。


 蒼穹に似合う陽の暖かさは心地良いが、ムーの家を作った直後も……。

 エルフの幽霊が見えた。陽が射して、淡い体を射す光景は、神秘的で幻想的だ。絵画にあるような印象だが、ムーにもエルフの幽霊は見えていない。

 一瞬、冷気が頬を打つ感覚を同時に得ていたが……。

 気にしないと強がりながらも、そのムーを見た。

 彼か彼女か分からないムーは、家ができあがってもまったくの反応なし。

 せっかく作ってあげたのに、新築の家に入ろうともしない。


「いやか?」

「……」


 ムーの表情は読み取れない。ポーカーフェイス極まれり。

 感情が抑制されているのかもしれない。

 片腕と片足だから吸血鬼ヴァンパイアに何かされたのか?

 可哀想だが、今は、俺にできることはないだろう。


「次の土地に向かう」


 俺はそうムーに語り、魔煙草を吹かしながら歩く。

 隣でひょこひょこと歩きついてくるムー。


「ついてくるのは勝手だが、モガのアイテムボックスには興味がなくなったのか?」

「……」


 反応がない。

 俺はお宝に興味がある、とは話をせず……。


 俺はムーの身長に合わせるように膝頭に手をつけて屈む。


 そのまま口に含んだ魔煙草の煙を、ムーには掛けないように吹きながら、


「……本当に喋れないのか?」


 ムーの小さい唇を凝視しようと俺は顔を近づけていった。

 別に紐とかで結ばれているわけではない。


「……」


 俺が顔を近づけたからか、ムーは少し表情が和らぎ頬を紅く染めていた。


 ……可愛いムー。

 そのムーは俺の背中にある暗緑色の頭巾の中が気になったのか視線を背中に向けてきた。


 俺が背中の頭巾の中に入るか? とした冗談を言おうと微笑むと『なにするんだ、この黒髪』といった強い視線を寄こしてくる。


「……その口は塞がれているわけじゃあるまい?」

「……」


 ムーはわなわなと小さい口を震わせて喋りかけたが、だんまりだ。


 ムーさんよ。いつまで無言を貫く気だ。

 その時、


「シュウヤ様~家作りを手伝いますか〜?」


 上空から聞こえたキサラの声だ。

 彼女は闇鯨に腰かけながら村の上空から俺たちを見ていた。


「いや、大丈夫」


 と、キサラに返事。


 ムーもキサラが飛ぶ上空を見ている。


 キサラの足から綺麗な魔力粒子が放出されているからな。

 俺はキサラのパンティを拝見してから、ムーを見た。


「――んじゃ、次はトン爺の家。坂の上だ。川もあるし岩もある、無理してついてこなくてもいいぞ」

「……」


 無言のムーはそろそろとすり足でついてくる。

 岩が続く坂の上だし……。


 布の切れ端を引きずっているので、少し心配だ。

 だから手を貸そうとしたが……。


 ムーは俺の手を弾いてきた。


 そして、俺の手を弾いたムーは、

 『助けなんて必要ない!』というように、視線を強めると岩が続く段差でも器用に片足を使いジャンプして上がってくる。


 随分と軽快な動き。


「器用だな」

「……」


 無言のムー。


 そのまま滝の岩場の間に流れる小川を見ながら、その岩を上がっていく。

 釣りができるかもなと考えていた。

 アマゴとかイワナ、ウグイとか生息していそうな川だ。


 小さい岩の段差を上り、トン爺の土地に到着。


「トン爺、お待たせ、この土地だな」

「そうですじゃ、ありがたや、英雄殿!」


 蘊蓄が始まったが、それはムーに任せて俺はトン爺の家作りに取りかかった。


「常夜灯の細い木組み細工まで作れるとは、英雄殿は木工細工のスキルはないと聞いたが?」

「えぇ、はい、そんなスキルは持ってないです」

「この木組みから古い気質を感じる。素晴らしい腕前じゃぞ、では次じゃ……」


 トン爺さんに褒められた。

 内政の木工スキルを獲得していないし、あまり意識もしていなかったが……。


 もしやアキレス師匠の木工技を少しは受け継いでいたのか?

 次々にトン爺から頼まれていく。


「玄関は土を生かした段差がないのを希望じゃ」


 から始まり……。


「炊事場と繋がる水場は重要じゃぞ、水路はこの坂上の岩の間からじゃな。家の壁と地続きで続く風呂桶もタンダール式で頼むのじゃ、トンの秘湯を作りたい」


 秘湯とは料理で作るらしい。

 タンダール式も師匠とザガの家で見ていたから、なんとなく分かったので頑張った。


「――格子はここじゃ、机の角は丸く、椅子は背が高いのがいい、幾つかわしの背丈に合う低い箪笥を用意してくれると助かる」

「畑の土地があるドナガンから素材を運ぶ倉庫もじゃ」


 ……魔力消費がというより、要望が多くて正直大変だった。

 べつに汗はでていないが、汗を拭くように額を拭い、家を作り終えた直後――。

 また、他の土地と同じように地面からゆらりと浮かび上がったエルフを形容した幽霊が出現。その幽霊は爛々と光る眼があるが、敵愾の気はない。

 大丈夫だろうと判断して、無視。

 しかし、自画自賛だが、いい感じの家だ……。

 ゴルディーバの家を思い出す。と持っていた魔煙草に火をつける。

 まだエルフの霊が居るが……。

 幽霊と草花の上に立つ真新しい家を見て、近くを流れている滝から聞こえる水音をバックに深呼吸をするように魔煙草を吸い……見晴らしのいいサイデイル村の光景を満喫していく。静寂な長閑な昼間……。

 空には大地を覆うような雲が広がっている。

 そして、大自然の絶壁の上に聳え立つ雪模様の峰々……。

 遠くの山の麓に、鳥か巨大な翼竜の群れが飛翔しているのが確認できた。

 巨大鯨たちにクラゲもいるが、あれは鳥ではねぇな……。


 竜か、ガーゴイル系か……未知の敵か。そういえば……。

 この樹海の一部はバルドーク山とは地続きで繋がっている。実際の距離はかなり離れているが、そして、ドラゴンの住み処が多い地域とも繋がっているということだ。

 だから、あれはドラゴンたちの可能性が大か。

 その竜、ドラゴンたちは雪模様の峰の真上を飛翔していく。

 その飛翔する様子は〝自分たちがここを支配しているんだ〟と、言わんばかりだ。そのドラゴンたちは、人型のモンスターと戦いを始めていた。

 思わずビームライフルで確認したくなった。

 だが、止めておこう、今はこの雄大な景色を楽しみたい……。

 色彩豊かな森と血色の丘が綺麗だ。

 美しい、ふぅ……と、吸っていた魔煙草を吹く。

 健康にいい煙が、ぼあぼあと視界を埋める。俺の知る地球でも煙草を吸っていると、帯電し難く、風邪も引きにくいと言われていたな。実際に教えられていることは、支配者そうが都合良く、支配者層を気付かせないための教育ばかりだった。

 ふと、仕事終わりの缶コーヒーかビールでも飲みたい気分になった。

 そこに、


「――英雄殿、ありがとうですじゃ、礼はあとで、たっぷりと八珍料理とお酒で返しますじゃ、それと預かっていた宝は……」


 トン爺から和やかな表情でお礼を言われた。

 普通に返事をしようと思うが……どうも、師匠というわけではないが、トン爺だけは敬語を意識してしまう。俺は恐縮しながら魔煙草をそそくさと丁寧な所作で仕舞う。


「……喜んでくれるだけで嬉しいです。それと、まだ他にも仕事があるので、宝は預かっててください。では」


 速やかにトン爺の坂上の土地から離れた。次はモガ&ネームスだ。

 トン爺の土地と近い坂の下。小さい滝がある。岩の下を左に曲がりながら降りていく。

 突兀とした岩の坂下だ。苔がびっしりと生えていて、湿気があるが、何か良い雰囲気がある。辺鄙な場所にモガ&ネームスの家を建てていく。

 ここはお宝を隠す場所にいいとか叫ぶモガは口うるさかった。

 が、無視しながら作業を行う。

 ムーは無言を貫き、モガの瓶盥びんだらいのアイテムボックスを凝視している。

 ムーはモガが自慢していた吸血鬼ヴァンパイアの宝具のアイテムのことが気になるのか? それとも、シュミハザーから回収した魔剣か? 

 魔剣シャローはまだモガが持っている。

 そんなことを考えながらも〝楓〟とネームプレートを彫り、ネームス用にちゃんとした巨大な部屋も作ってあげた。ネームスは鋼と木材の体だ。

 だが、その中身の精神は楓という名前の女性だと知っている。

 だから、内装は少し工夫を凝らした。

 部屋の横に備えた木の窓から続く壁と装飾までを弄ってあげていく。


 その装飾とは、そう、それは日本人ならだれしもが知る名作アニメ。

『ドラえもん』と『ちびまる子ちゃん』をイメージした。

 なるべく可愛らしさを意識した形を施していく。だが、


「わたしは、ネームス」


 あまり反応がない。もしかしたらネームスの楓さんは、カザネのグループ、クラブアイスの面々、ダンジョンマスターのスズミヤ・アケミさんたちがいた地球ではない地球で、暮らしていた日本人の精神体かもしれない。

 パラレルワールドは無限に近いほど分岐していく、自分が取った選択肢の違いで歴史は様々に変化するからな、或いは戦国時代とか平安時代の日本人の精神体だろうか。


 パラレルワールドで無数にある地球を考えると可能性は無限大。

 日本だと思ったが、実は日本語が得意な中国人?


 紙と文字と踊りのコミュニケーションを使っても動きが極端に遅いネームスでは……時間がめちゃくちゃかかるし、別にいっか。

 ついでに思い出したスズミヤ・アケミさんは、元気かなぁ。

 アケミさんは血骨騎士ミレイと腕脳ソジュを従えていた。

 <迷宮核>というエクストラスキルを持つ。

 セーラー服を着込んでいたし、美人だったな。

 軍武科に通っていた高校の一年生とか話をしていたっけ。


 まだハザーンとかゲロナスと戦っているのかな。


 そんなアケミさんが運営しているダンジョンの近くに住み処があるサジハリ。

 バルミントはそのサジハリの住み処を拠点に高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアとしての訓練を続けているはず。


 バルミント……がんばっているかな、会いたい。

 バルの小さい背中から生えた可愛らしい翼が、はためく姿……。

 今でも鮮明に覚えている。と、ネームスのことから続いてアケミさんとバルミントのことを思い出しつつ、家作りの作業をこなしていく。


 そうしてモガ&ネームスの屋敷を作り終えた。


 その直後にもエルフの幽霊が出現。皆、頬に蜂マークがあるエルフ。


 シャプシーのようなモンスターではないので安心はしているが、正直、怖い。


 しかも、このエルフの幻影か幽霊の存在は俺しか見えていない。


 ヘルメの精霊眼でさえ魔力が集まっている。

 としか分からなかった。見えてしまうんだから悩んでも仕方がない。


 最後にバング婆が待つ土地に向かうか。


 そのバング婆が選んだ土地はサイデイル村の端。

 イモリザが門番長として頑張っていた出入り口からかなり離れた位置だ。

 坂が続き崖下に近い。トン爺の家とモガ&ネームスの隣近所でもある。

 崖の近くは段差付きの天然の生け垣で囲われている。

 黄花と紫花が生け垣に咲いていた。

 蠱宮のような小山とは、丁度反対側か、そんな雰囲気のあるいい場所だったが……皆の家と同様に家を作り終えるとエルフの幻影、というかエルフの幽霊がまた出現した。バング婆もこのエルフの幽霊は見えていない。

 しかも今度のエルフ幽霊は、双子ちゃん、両方とも美人さんだった。


「……むむ、この辺りから怪しい気を感じるぞよ。ここの土地は取り憑かれておるかもしれぬ」


 バング婆は幽体を感じられるのか?


「……新しい家を建てたってのにか? 住むのを止めるならすぐにでも取り壊せるが」

「ひゃひゃひゃっ、いやいや、ここでいいぞよ。呪術にはもってこいじゃのぅ……シュウヤ殿よ、ありがとう、礼は必ずするぞよっ」


 特徴的な笑い声のバング婆は強烈なウィンクを繰り出した。

 礼は別にいいかな。呪術には興味があるが。

 婆の怖い顔を忘れるために、悲しみの表情を浮かべている美人幽霊たちを見つめ直す。

 頬にある蜂のマークは変わらない。


 幻影の幽霊だが、髪の色合いがハッキリと見て取れた。

 薄緑、翡翠色、キッシュと同じだ。

 若干薄いかもしれない。


 二人とも薄いワンピースに……。


 ん? おい、マジか?

 というか見えているぞ。


 ほどよい大きさのおっぱいさんが薄く透けて豆のような二つの粒まで!

 いや、四つか。なんということでしょう。

 家をリフォームしていたら、本当になんということでしょうだよ。


 そんな悲しげだがエロティシズムを感じる女幽霊さんの片方と目が合った。


 幽霊さんは、俺の視線が、自分の胸元に集中していることに気付く。


 女幽霊さんは急いで細腕で胸元を隠し『ぎょっ!』と声を出すようにびっくりした表情を浮かべて目を見開きながら消えていった。

 続いてそよ風が起きて『きゃぁ』といったような声が聞こえるぐらいに、もう片方のキッシュに似たエルフ女性も胸を押さえながら消えていく。


 美人さん幽霊だったから、もっと見ていたかった。


 キッシュのご先祖様かな。

 というか、幽体の幽霊もびっくりするんだ。


 この間も自然と織りなす女神やミアの幻を見たし……。


 しかしだ、さすがは称号:亜神封者ノ仗者。

 超異現象歩進さんいいぞ!


 実は超エロ現象歩進さんかもしれない。


 美人さんの幽霊ならいっこうに構わない。


 水神様の加護と鎖で貫いた亜神グラースの欠片が融合した結果がこんな副産物を齎すとは……神の摂理おっぱい神は偉大なり。


 そんな調子で、視線だけで女幽霊を退散させていると、家の手前で蓙を引いたバング婆が腰を屈めながら、その蓙の上に背負っていた袋を置く。


 その袋を開けて中身を弄り出す。


 幽体はもう近くにいないと思うが……。

 先ほどは魔力を感じ取っていたらしく……。


「どういうわけか怪しい気が消えたが、一応は呪術をやるぞよ」


 そう語るバング婆は、袋の中から糸くずの塊やら炭に筆を取り出していた。

 まず、糸くずを指に填めて綾取りのようなことを始めては……。

 小さい木札に細筆を使い、炭で文字を、古代文字を書いては呪文を唱え出していた。


「……ルグゥ・ウィンド・ラゼリス・デリュ……<風痕の擬茨花>」


 呪文とスキルを合わせた特殊なモノか、これが彼女の能力。

 確かなものと分かる。

 モガとネームスも興味があるのか、見学に来ていた。

 彼らの家は隣に作ったからな。興味というより不気味なご近所さんの様子を見に来たといったほうが正しいのかもしれない。


 バング婆は木札に込めた呪術札を、臭そうな液が入っている小瓶に浸けてから取り出し、糸くずと貝殻の細かくしたような粉末も、木札に乗せた瞬間。


 <風痕の擬茨花>の力が込められた呪術札が弾け散る。

 瞬時に、細かな魔力のカーテンが広がった。バング婆の周り、俺たちも包まれる。

 見たことのない魔力の波? にも見えた。

 すると、バング婆に作り上げた家の色合いも変化していく。

 それは茨のような染み? ライラックの花と植物の蔓か?

 茨の染みは樹木の柱から壁を這うように浸食されるや、本当にライラックの花が咲き、茨の蔓に囲われた家に変化した。バング婆は魔女か?


『ヘルメはこの魔法どう思う?』

『風の精霊ロード・オブ・ウィンド系に関係する精霊ちゃんたちと植物の神サデュラ様の眷属にも関係があるかもです。緑と小麦と紫の精霊ちゃんたちが踊って集まってました』

『へぇ……』


 そこで上空に居たキサラを見た。

 彼女も家の変化に気付き、俺の視線に気付くと降りてきた。

 闇鯨はそのまま空を漂っていく。


「――シュウヤ様?」

「おう、魔女のキサラは、このバング婆の魔法を知っているかなと」

「知らないです。ただ、わたしが知る当時に、茨魔法を受けたことがありました。昔ですが、それでもよろしいですか?」

「おう、いいぞ」


 キサラは蒼い双眸を煌めかせると、可愛い唇を動かす。


「はい、では、大砂漠の遠く離れた南西にあるハイグランドの森には、このような茨を生み出す大沼と荒野があると聞いたことがあります。そして、大砂漠に越境し黒魔女教団の総本山があるメファーラの祠近くに攻めてきた“壁の王”の配下に茨魔法を扱うダークエルフが居ました。わたしが魔女槍を使い姫魔鬼武装で対処しましたが……」


 壁の王か。ダークエルフも気になるが。

 シュミハザーも何かを語っていたな。

 ホフマンの敵か? 敵の敵は友に、はならないか。


「……へぇ、ありがとキサラ。上空に戻っていいよ」

「はっ――」


 キサラは抱拳で挨拶してから颯爽と上空へ戻っていく。


「……華麗な若い子に見えるがわたしを見る目が怖いぞよ」

「視線だけで判断するな、何もしてないだろ?」

「ふぇふぇ、確かに。家はこれで完成ぞよ。さっきの怪しい気はわたしの家に入れないぞよ」

「しかし、また変わった茨を作る魔法だな?」

「わたしは茨森に続いていた呪術一家の出ぞよ」

「呪術一家か、樹海に……その家族は?」

「皆、死んだ。寝ているところをゲンダル原生人たちに食われ、わたしは吸血鬼にぞよ……」


 寝ているところを……。

 凄まじい過去だ。


「……すまない」

「そんな顔をするな英雄殿。わたしを惚れさせる気ぞよ? 上の魔女がまた睨んでくるぞよ。ふぇふぇふぇ、今、生きていることが重要ぞよ」


 と、気まずくなったので変な笑い声を発しているバング婆に頭を下げてから家を出た。


 ムーは無表情のままついてくる。

 そこに見回りに出ていたキッシュが会いにきた。


「シュウヤ、ムーも、皆の家を建てることを優先しているが、自分の家はどうした?」

「いや、まだだ。ムーのも作ったが、皆のことを優先していたからな……」

「まったく人が良すぎる。前にも話をしたが土地は自由。どこでもいいから、シュウヤが望む場所に家を建てたらいい。広い場所に大屋敷でも構わない、この間、話をしていた土地でいいから、建ててきたらどうだ?」


 まさに司令長官らしい口調で語るキッシュ。


「わかってるさ。んじゃその場所に向かうよ。早速、建ててくる――」


 くるっと爪先回転。キッシュに背を向けて、走り出した。

 サイデイル村の奥へ、山がある方へ走り出す。


「あ、もう、速いんだから……ムーも置いていかれたな? わたしと戻るか?」

「……」


 ――土地は小山の手前。


 小山の前には訓練が可能な、見晴らしのいい場所がある。

 蠱宮のような岩穴へ続く道。

 相棒が探索に出かけていった雑木林が左にある。

 そして、針葉樹が右に疎らに生え、苔のある岩場には湧き水が流れている場所だ。

 無風だが、俺自身が風を作るような速度で到着した。

 ここの坂上、岩の階段の上にはキッシュの先祖や家族たちが眠る墓がある。

 俺は仏壇にお祈りをするような構えから<邪王の樹>を意識。

 岩の段差を生かすように、モガ&ネームスの家と似た木造家屋の建設を開始した。


 ペルネーテの屋敷とまではいかないが、二階建てだ。

 外観と内装は多少凝らせてもらった。


 太陽光を地味に取り入れようと、天井の屋根を傾ける。

 切妻屋根とは違う。寝そべる場所とそれ専用の木の窓も作った。

 屋根裏部屋という感じか、日向ぼっこにいいけが、冬は寒くなりそうだ。


 というか、今が冬。

 あとで樹を追加して厚くすればいいだろう。

 猫道もちゃんと作る。壁には横に小さく積み木が突き出したような小さな台を用意して、相棒や黄黒虎アーレイ白黒猫ヒュレミが上りたがる道を用意してあげた。


 途中に大きな柱の台も用意して爪とぎも行えるようにする。

 遊んでくれると嬉しいな、少し傾いた屋根。

 屋根底に雨樋も設置し、湧き水と合わせて利用する水車を作る。


 歯車も作った、水平の面と回転運動を利用した簡単な動力水車。 


 水車を動かす力水力エネルギーは他にも応用ができそう。

 水車は村の各所に作れば新たな粉ひき所とか織物とかを作れるかもしれない。見たところ、手回しの臼しかなかったし。


 まだ早いが、水神様に感謝だ。


 水車近くには、アルコーブの形を意識した樹木で台も作り、ところどころに銅貨を<投擲>して壁にアクセントを加えた。

 威力がありすぎて、何回か樹木を突き抜けていったが、その度に樹木を操作していい感じにコインを樹木の中に埋め込みモダンアートを作り上げる。

 トン爺に影響されたかも。

 そして、箸作りのためにヘカトレイルで買った木材を使い、船の甲板を敷くように二階の床と繋がる同心円の台柱を二つ作った。


 この台はカンテラ用と飲み物が置ける台だ。

 台に続いてアイテムボックスから鏡、十六面のパレデスの鏡を取り出す。


 台と同じ、二階の隅に鏡を置いた。

 これは迷宮の五層から回収しておいた奴だ。


『閣下、いずれ、他の鏡の探索に?』

『そうなる』

『分かりました。また地下深くにある可能性が高い鏡の回収ですね』

『血鎖鎧で突っ込む予定だ。ハルホンクでも大丈夫だとは思うが……一度経験したことだしな』

『はい、その方がよろしいかと、わたしも眼として、ついていきます』

『おう』


 鏡の探索はもう少し後としてまだ家造りは途中。

 よし――小さい寝台と小さい机と箪笥も作って……っと、一階に移る。


 一階にも大きい寝台を用意。

 さらに、湿気対策に小さい滝側には、風通しを意識して孔を幾つか作った。

 入り口の玄関近くの中央に、円卓と椅子、厠と台所を右隅に作った。


 今度、冷蔵庫の魔道具をペルネーテで買って台所に設置するかな。

 いや、天然の川があるし別にいいか。そうして、素早く自分の家を作れた。

 やはり、皆の家を作った経験と、前にペルネーテで紺碧の百魔族アジュールに小屋を作ってあげたことが、地味に効いているのか。


 ここもいずれは閑古鳥が鳴くとは思うが……。

 キッシュが頑張るところだし。

 一応の拠点は作って彼女のがんばりに応えたい。

 外に出ると、またエルフの幻影が見えた。

 と思ったが、先ほど見た双子の幽霊じゃないか!


 胸元をいじらしく手で押さえているが……。

 鼻息が荒くなって双子の幽霊を見ていると、ムーが傍に来た。


「ムー、なんだ? ここに住みたいのか?」

「……」


 そのまま無言で、俺の家に入っていく。

 一緒に住む気なのか、ムーの背中から引きずっている紐を見ながら、俺も家に入ろうと思った時――。


「――シュウヤ様、お疲れ様です」


 ダモアヌンの魔槍を股に挟んでいたキサラが空から降りてきた。


「キサラの家がまだだったな」


 沸騎士&イモリザは必要ないが、キサラとハイグリアの家も作らないとな。

 と考えた時、


「……ふふ、シュウヤ様? 家ならここにありますが?」


 悩ましく股に挟んでいたダモアヌンの魔槍を縦に動かしながら地面に降り立ったキサラが語る。蒼い視線は厭らしい。

 むあんと女の汗ばんだ匂いが漂った。


 キサラは妖艶に微笑みながら俺に近付いてくる。

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