三百二十一話 三兄弟

「槍使いじゃねぇか。読み通り、俺の奴隷を伴ってレフテンに乗り込んでいたか」

「それはこっちの台詞だ」

「はっ、八頭輝の癖に、紳士のつもりか? 馬鹿な女奴隷に踊らされている女好きな槍使いさんよ。ここはレフテンだぞ。薄氷を踏んだな?」


 ホクバは嗤いながら一歩前に出る。

 ホクバの背後で横に整列して並ぶ【ノクターの誓い】の幹部と部下たち。

 ホクバは長細い首と四つの腕で部下に合図を送る。

 ホクバの隣……毛の薄い猫獣人アンムル系の槍使いは、言わずもがな……。


 他にも強者はいそうだ。


 ローブ姿で両腕の肘から先がなく、その両手がない宙空に杖を浮かせている人物は強そう。


 だらりと垂らした腕、肘から下に剣を生やす者も強そうだ。


 銀髪で短剣と魔布を持つ奴。

 双眸を布で覆いつつ木刀系の仕込み刀を持つ奴。

 両腕から金属環の継手が連なる鎖を垂らしている奴。


 彼らの面構えと魔力を伴った動きから一流処を匂わせる。


 剣呑とした間……。

 もう、命の遣り取りは始まっている。

 ホクバがネレイスカリを痛めつけていたことを想起し怒りを覚えた。

 

 血が滾った。

 魔力漬けのアドレナリンがシナプスを駆け巡る感覚トリップを味わいながら、


「……女好きで悪かったなァ。これから、その女たちと楽しい紅茶タイムと洒落込もうとしていたのに、台無しだ。それに、ネレイスカリは奴隷じゃねぇんだよ」

「……双眸を充血させただと? しかし、そんなに怒ることか?」


 ホクバは額の一つ目をネレイスカリへと向ける。

 そして、二つの目は俺の姿を捉えながら、


「……カッカッカ、ネレイスカリ~~この目を充血させた槍使いに、性奴隷らしく股を開いたのか?」


 相変わらず気に障る口癖だ。

 俺が好きな猫獣人アンムルなのに……。

 眉を下げた憎たらしい顔つきも、猫好きだけに怒りを助長させる。


 が、そんな挑発には乗らない。


「……皆、いいな?」

「はい」


 ヴィーネは銀仮面を外す。

 <銀蝶の踊武エクストラスキル>を用意。

 頬に存在する美しい銀色の蝶が目立つ。

 そのヴィーネは、翡翠の蛇弓バジュラを構え直した。


 ライザーとリムの意匠が美しい小型弓。

 ヴィーネはいつでも遠距離攻撃が可能。

 しかし、俄に行動には移さない。

 ヴィーネの面は厳しい。

 そんなヴィーネの視線を見て、


『ホクバたち、いったいどんな能力を持つのか』


 と語っているようにも思えた。

 そんなイメージを漂わせたヴィーネは姫の守りを優先。


 そして、ロロディーヌの背後に立っていたミスティが、


「了解!」


 と、発言。

 ミスティの両手の指には鋼鉄の杭が挟まれてあった。

 キラリと光る杭を指と指の間に持つ姿か。


 一見はすると、忍者スタイル。

 が、今のミスティの姿は博士だ。

 

 そして、爪の色合いが血色だから、血のネイルアートにも見える。


 その挟んだ鋼鉄の杭を、『おまんら、ゆるさんぜよ』的に腕を振るって<投擲>するかと思ったが、指に挟んだ鋼鉄の杭を溶かしていた。


 ドロッと溶けた血色の金属は床一面に拡がる。

 ミスティは瞬く間に溜め池のような血の湖を足下に造り上げた。


 血の湖面には蓮の形をした金属が幾つも浮いている。

 そう金属の葉が無数に水面を漂っていた。

 ネレイスカリの足下にも、そのミスティの血の湖が拡がる。


 ネレイスカリは別段に影響は受けていないように見えた。

 すると、ミスティの掌の中に残っていた血色の液体金属が蠢きつつミスティの指の一つ一つと手の甲も覆うと、液体金属は指抜きグローブの形に変化した。


 グローブの血の金属は手首と前腕にも進出。

 ミスティ細い肘と二の腕の表面をうねるように上って防御層を形成した。


 最終的にミスティの腕の全体を液体金属が覆った。

 薄いアンダーシャツを着ているような見た目。


 いや、極細の網タイツか? 

 ミスティ専用の金属繊維のような腕防具だ。

 チューブトップ型の革鎧と合う。


 ミスティは、新しい血の金属腕防具と指抜きグローブの感触を得ようとしているのか、紅色と黒色の指を動かした。

 ピアノの鍵盤でも叩くような仕種だ。

 そのアコースティックさを奏でるかのような細い指をゆらゆらと動かしてから、その手を、腰のベルトに連結した小袋の中へと突っ込んでから、素早く小袋から手を引き抜いた。

 

 その手が握るのは金属の黒塊だ。

 ミスティは俺の視線に気付いた。


 片目を瞑りウィンクを寄こした。

 

 そして、取り出した黒塊の金属を溶かす。

 素敵なミスティは、自身を隠すように――。


 その溶けた黒塊の金属で、巨人の簡易ゴーレムを瞬時に誕生させた。

 ――素直に凄い。

 金属精製は、門外漢だが……。

 

 金属を操ることに関しては惑星セラでトップクラスとか?

 俺の金属の知識は井の中の蛙状態だから……。

 上には上がいるんだろうとは思うが……。

 

 すると、黒豹のロロディーヌが、


「ンン」


 喉声を鳴らした。

 新しく現れた簡易ゴーレムに指示を出しているつもりらしい。

 相棒は自分の部下だと思っている?


 そのロロディーヌは簡易ゴーレムの背後に移動。

 盾代わりに利用するつもりかな――。

 尻尾で、ゴーレムの足をさすっている。

 

 そして、ミスティが地面に展開中の血湖の能力は、ロロディーヌの四肢には作用していない。

 融解した血の液体金属で、ある種の結界的な湖だと思うが、むしろ魔力を上げる?

 速度を上げる?

 

 副次的な+効果がある?


 葉っぱ金属があるから防御的な面で+効果はあるはず。

 その血の金属の湖の表面に相棒の歩いた証拠が……。


 可愛い肉球の跡が残った。


 まさかコンクリートができあがる直前とか?

 黒豹ロロの肉球にべっとりと金属が付着するのは勘弁だ……。

 

 相棒は簡易ゴーレムの脹ら脛から頭部をひょいと横に出す。


 『家政婦は見た』 

 否、黒豹ロロさんは見た! だ。


 ホクバの仲間たちの様子を確認していた。

 紅眼を細めながら警戒している。

 その大きな盾代わりとなった簡易ゴーレムが、のしのしと歩き出す。

 簡易ゴーレムが、血色の湖から脱した瞬間――。

 ゴーレムらしい体の重さで白石の床に、ひびが入った。

 巨大な足跡も作る。


 簡易ゴーレムは頭部を天井にぶつけた。

 窮屈そうに見えるが……動けているので大丈夫だろう。


 簡易ゴーレムは姫を守る簡易要塞にも見える。


 その間に……アーレイとヒュレミも出すとしようか。

 懐からお守りのような猫型の陶器人形を取り出す。


「んあ?」


 敵たちは俺の右手を警戒。

 右手を眼前に運ぶ――。

 第六の指だった『イモリザ』を意識――。


 そのイモリザの指が床に落ちた。

 指は、黄金芋虫の姿に変身。

 

 イモリザとしての黄金芋虫ゴールドセキュリオンが床の上に誕生。

 

「ピュイピュイ」


 と鳴き声が響くが――。

 俺は闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトを触る。


 沸騎士たちを召喚。


 指輪から出た魔力の糸。

 その魔力の糸が、ホルカーバム産のような白石に付着した。

 高級そうな白石の床から――。


 いつものように沸騰音が響く。

 黒色と赤色の煙が瞬く間に昇ると、その色の煙を纏うように沸騎士たちが現れた。


「ガルルゥ」

「ニャゴォ」


 大虎たちは俺を守るつもりらしい。

 ホクバたちに向けて、うなり声を上げて、頭を捻りながら口を広げる。

 

 鋭そうな口牙をホクバたちに見せつけて威嚇――。


「音と煙に大虎だと!? 奇術師かよ」


 ホクバが後ずさりながら語る。

 俺と同じ槍使いの猫獣人アンムルも驚くと、


「毒煙か? 槍使い……ただもんじゃないと聞いていたが……」


 唖然とつつ一歩、二歩と後退。

 下がり方も中腰姿勢を維持した歩法だ。


 あの槍使いは武人と分かる。


「兄貴、剣殺陣の準備はできている……」


 大柄の猫獣人アンムルは肩口から覗かせる大剣の柄に手を当てる。

 彼はあまり動じていないようだ。

 

 他の部下が、唖然としながら、


「槍使いは召喚師の戦闘職も持つのか?」

「……理力を感じまくる」


 理力? 盲目そうな女性はホクバの部下なんだろうか。

 ホクバが雇った連中だとは思うが……。


 皆、怪しい雰囲気を醸し出す。

 

 俺の周りから間合いを取ろうと後退。

 だからか、部屋の入り口を沸々とした音と煙が漂う……。


 妙な間と空間が生まれていた。


「ゼメタス、見参!」

「アドモスでありますぞ!」


 そんな間を潰すように、宣言して登場した沸騎士たち。

 沸騰音はもう消えていた。

 が、まだ煙が彼らのごつい胴体に纏わり付く。


 この光景に……。

 敵たちを含めたサージバルド領の領主も注目。

 

 晩餐会に出席していた貴族と多数の商会の関係者たちからも、視線が一手に集まった。


 これは仕方ない。


「……イモリザでありますぞ!」


 そんな視線が集まる中、銀髪とココアミルク肌を持つイモちゃんも誕生していた。


「真似しないでいい。沸騎士&イモリザ、敵はあいつらだ」


 右手に魔槍杖を召喚して紅矛を真っ直ぐホクバたちに向ける。


「はーい♪ たくさんいますねー使者様の敵なら滅殺しましょう」

「イモリザ殿、先手は私が」

「いや、先手は我だ! この名剣・赤骨濁の技をご覧頂く」

「だめだッ。抜け駆けの功名は許さん」


 このテンション高い三人なら上手くやるだろう。


「……兄貴、ぞろぞろと増えたが、あの槍使いは俺がやる」

「カカカ、お前ならば、いいだろう……」


 ホクバの額にある一つ目が槍使いの弟を捉えていた。

 随分と信頼しているようだ。


「ソレグ兄に合わせるんだな? 剣殺陣……この大剣だと、ここじゃ狭いけど……」


 猫獣人アンムルの兄弟たちか。

 さすがに闇社会を色々と経験済みなノクターの誓い彼らだ。

 この沸騎士たちの姿を見てもあまり驚かずに受け入れていた。

 

 ホクバの眉が白色なのは、優れた長兄を暗示していたりして……。

 そんな白色の眉に誇りを持っていそうなホクバを暈かすように背後の銀髪の男が気になった。


 忍者的な銀髪の男……。

 と、思った瞬間、ハンカイの近くのガラス窓が割れた。


 ――新しい敵か?

 ハンカイは斧を使って十字ブロックを胸元に作る。

 近代ボクシングでも非常に防御が強い構えの一つとされた構え。


 ガラス窓を割って颯爽と登場したのは、槍を持った女。

 花飾りが似合う美人さんか。


「――あれ、まだ戦わないの?」


 美人さんの槍使いは、料理が並ぶ机越しに、そう語る。


「なら、これでボーナス確定かなぁ」


 槍使いの美人さんは、細い手が持つ槍をぐるりと回す。

 と、槍の穂先から茶色の蛇の幻影を発生させた。


 直線的に伸びた茶色の蛇の幻影は晩餐会に出席していた商人と衝突。

 幻影だと思った茶色の蛇は、生きた錦蛇的に商人に絡みつくと、茶色の蛇は口を拡げて商人を頭から飲み込む――が、茶色の幻影の蛇は消失した。


 商人は生きている。

 が、次の瞬間――。


「がぁぁぁぁ」


 商人は苦悶の表情を浮かべて悲鳴を上げた。

 眼球が飛び出す。

 体から、どす黒い血を発した。

 続いて、蛇の牙に噛まれたような二つの穴が無数に体から浮き出る。

 

 と、悲鳴がパタリと止まった。

 うずくまりながら倒れる。


 悲惨すぎる光景。

 晩餐会に出席していた貴族と商人たちは一斉に内と外へ走り逃げ出した。


「逃げてはだめです!」

「そうですぞ、一カ所に……」


 姫と伯爵の言葉は逃げる者たちに通じない。


 そこに、入り口手前にいたホクバの部下たちが――。


「出番だ」

「あいつは俺がもらおうか」


 そう語りながら逃げていく一般人に対して無慈悲な攻撃が始まった。

 銀髪の男が放った無数の短剣が商人に突き刺さる。


 浮いた杖を操る男は、その杖先から風の魔力を飛ばす。

 複数人を料理が並ぶ机ごと窓ガラスがある部屋の南へと吹き飛ばした。


 我先に逃げる貴族に対しては、ローブ姿の怪人が出た。

 怪人が振り下げた金属の継手の先端の円の形をした刃が貴族の頭部に向かう。

 電動ノコギリのように回転した円の形をした刃が貴族の頭をひしゃぐように骨ごと両断。


 貴族の頭部を真っ二つ。

 凄まじいスプラッター現象だ。


 この『十三日は金曜日』的な恐怖は瞬時に伝搬。

 悲鳴が谺して逃げ惑う商人と貴族たち。

 アイスホッケーの仮面はかぶっていないが……。


 額に十字傷を持つ布で眼帯を覆う人物も逃げる者たちを追う。

 ゆらりと不自然な動きで、逃げる女商人の前に出た。

 

 額に十字傷を持つ人物は女商人に立ち塞がった。

 その女商人は、目の前に立つ男の双眸を見ると、急激に体を硬直させる。


 額に十字傷を持つ男は……。

 眼窩の中に詰まっているような布の表面に黒い紋様を浮き上がらせた。

 その紋様は眼球の形にも見えた。

 背中からも黒いオーラを発していた。

 その眼窩の真上に黒い紋様を浮かせた頬に十字傷を持つ人物が、


「……ねぇ、知っているかい? ノクター様は、闇夜の盗賊神だけじゃないんだ。冥府の扉を開く鍵を持つ偉大な神様なんだ。わたしはホクバさんに従う身だけど、この神には忠実なんだよ?」


 女商人にそう語りかけながら……。

 眼窩から染み出した黒い紋様を、その女商人に浴びせていた。


 すると、黒い紋様は女の心臓を喰らうように、女の胸元に集結。

 その胸元を小籠包のごとくぷっくりと膨らませた瞬間――。

 

 中から湯と黒い肉汁の血を噴出させるように破裂させていた。


「もっとシンプルにやらないのかよ」


 と、額に十字傷がある男へ文句を告げたのは、腕に剣を生やす男。

 剣は黒色の龍の意匠が目立つ。

 その剣腕の男は、体を駒のように横回転させた。

 

 逃げる虎獣人ラゼールを追いかける。

 そのまま逃げる虎獣人ラゼールの貫頭衣を巻き込むように斬りつけていた。


 腕が剣と化しているが……。

 食べ物は足で食べるんだろうか?


 そんな疑問の間にも……。

 彼は悲鳴を上げる暇も与えず、次々と商人たちを切り伏せている。


「理力……理力、灰がなければ麦蒔くな、つまらん殺しはしない」


 一人、盲目の女だけが、何もせず廊下に背を預けて呟いていた。


「……やっと仕事を開始したようね。わたしもがんばろう。そこの伯爵と姫を殺していい?」


 女の槍使いの言葉だ。

 髪飾りの花と、細い狐顔の美人さんだが、槍武術の腕は高そうに見える。


「だめだ。ネレイスカリは俺の奴隷ペット。絶対に殺すな。お前は他をやれ、伯爵は殺していいぞ。俺たちの仕事は伯爵の暗殺だからなァ」


 ホクバ……。

 まだネレイスカリに執着しているのか。


 その言葉を聞いた伯爵を守る獣人の騎士たちが盾を身構える。

 正直、姫以外は、死のうが生きようがどうでもいいが……。


 せっかく姫を助けたが……。

 伯爵がここで死んでしまっては、姫を無事に送った意味がなくなってしまう。

 ネレイスカリの姫もレフテン王国を立て直したいだろうしな……。

 余計なお世話かも知れないが……。


 あの伯爵と姫たちは守ろう。

 しかし、姫を殺さないという言葉は少し気持ちが楽になった。


「あ、そう……なら、雑魚から優先かな」


 女の槍使いは、ポンチョの裏布を見せる仕種で、横回転。

 槍を振り回す――。


 槍の技術は風槍流?

 ひょっとして、王槍流か?


「お前の相手は俺だ――」


 女の槍使いの近くで斧を構えていたハンカイが宣言。

 そのハンカイが動こうとした瞬間――。


 外から飛来した矢がハンカイに向かった。

 ハンカイは盾代わりに構えた金剛樹の斧で、矢を弾いた。

 しかし、追撃の矢が連続でハンカイに迫る。


 矢は魔力が込めた特別な物だ。


「外に遠距離型がいる――」


 ハンカイは俺たちに警戒を促す。

 身に迫る矢を弾き落としつつ――。

 窓と窓の間にある壁へと肩を当てるように避難していた。


 ハンカイは肩を当てた壁から外を覗こうと、顔を出した。

 外を見た瞬間――。

 そこに矢が寸分違わずハンカイの玉葱頭に向かう。

 ハンカイは急ぎ顔を引っ込めた。

 が、掠った玉葱頭から髪の毛が舞っていた。


 ハンカイが避けた矢はそのまま部屋の中に侵入――。

 晩餐会の料理たちが乗った机に突き刺さっていた。


「こな糞! 生意気な矢だ」


 壁に隠れたハンカイは、唾を吐きつつ叫ぶ。

 窓際でポンチョ姿の槍使いから外のスナイパーに標的を変えていた。


「外の射手は俺がもらう――」


 ハンカイはそのまま矢の間隙を縫うように、割れた窓から飛び出していく。


 俺も続くか。

 まずは、沸騎士たちに……。

 窓際に登場した女の槍使いと戦ってもらうとしようか。


「沸騎士たち、そこの女の槍使いを潰せ」

「お任せを!」

「私が先手の技を――」


 黒沸騎士ゼメタスが抜け駆け。

 女の槍使いは動揺を見せず――。


「何? 煙を纏った上等戦士? まさか、魔界騎士なわけが――」


 と発言しつつ腰を落としてから――。

 肩と盾を前に出して突進してくる黒々しい沸騎士ゼメタスに向けて<刺突>らしき突きの技、茶色の魔力を纏う穂先を繰り出していた。


 ゼメタスは難なくゴツイ骨の方盾で、その突き技を防いだ。


 そして、盾使いとしての腕が上がっている証拠というように――。

 受けた矛を横に流しつつ反対の手に握る骨の剣を完璧なタイミングで振り下ろしていた。


 あのゼメタスの動きは、俺と模擬戦を繰り返していた時に、練習していた動きだ。

 女の槍使いは退いて、骨の剣を避けようとするが、間に合わない。

 盾と同様に名前を失念した骨の剣の刃が、女の槍使いの胸を斬った。


 ポンチョごと中身の胸鎧を切断。

 細い胸元から血が迸る。


「きゃぁ」

「ゼメタス! 見事だ。次は我がっ」

「アドモス! 魔界騎士ホルレイン卿の技を試すぞ!」

「了解したァァ」


 ホルマリン?

 と、俺が変な想像をしている間にも女の槍使いは傷が浅かったのか逃げるように後退。


「――な、何よ、重そうな癖に剣が疾いじゃない! ばかっ」

「……定命の女よ。我らは閣下の魔槍を受けている沸騎士ぞ?」

「その通り、舐めてもらっては困る」


 女の槍使いは迫力ある沸騎士たちの動きと言葉に動揺は隠せない。

 余裕のあった表情は一変。

 狼狽した表情を浮かべつつ割れていないガラス窓に背中をぶつけていた。


 あのまま沸騎士たちに任せよう。


「よーし、ゼメちゃんたちに参加~♪」

「――まて」


 イモリザの長い銀髪を掴み、目の前に戻す。


「あうぅ」

「お前はこっちだ。あの三兄弟以外にも、盲目剣士に、口元を隠す銀髪男、杖を浮かしている男、黒龍の意匠が目立つ剣を腕に生やす男、額に十字傷を持ち、盲目か判断できない男たちが存在している。それが、いやなら庭に出ているハンカイのフォローに回れ」

「は~い♪ 目の前の敵たちですね! ぎったんばったん~」

「頼むぞ、イモリザ」

「……きゅぴーん♪ ヴィーネさん、ミスティさん、聞きましたか・・・・・・? 使者様が、わたしに頼むぞって♪ うふふふーん」


 久々な出番のイモリザは興奮しているらしい。

 銀色の髪を粘土のように『!』、『!!』と次々に形を微妙に変える。


 そして、あまり口に出さない松茸のような卑猥な形に変化させた。

 仲間たちに向けてドヤ顔を示す。

 思わず、魔槍杖バルドークの紅斧刃の平らな面でイモリザの頭部を殴っていた。


「集中しろ、ばかちんが!」

「えぅ――わかりましたー」


 イモリザはツッコミを受けて気を取りなしたのか――。

 ヴィーネの前に移動しつつ姫を守る陣形の中に加わった。


「あの銀髪女、銀髪の形が、一物に変化していたぞ?」

「兄貴、あいつ、怖い」

「ヌハ、用心しろ。しかし、頭が凹んでも形が瞬時に戻っているところを見ると……あの銀髪女はモンスターか? 見知らぬ魔族か……」


 ホクバはそう語りながら……。

 肩防具の蟷螂の白複眼から突起物を出現させる。

 左の上腕の手には杭棒を握っていた。

 下腕には、時計的な魔道具を握る。


 肩の突起物と両手に持つアイテムは魔力が伴っている。

 特に下腕が持つ時計的な魔道具は危険か?

 

 濃密な魔力だ。

 俺が分析していると同様に、


「モンスターも使役できる槍使い……」

「……獣魔使い、テイマー系の能力を持つということだ。槍使いといい……ソレグと似ているな」

「兄貴、だからあいつは俺の獲物だ」


 神妙な顔を浮かべた三兄弟が俺を分析してきた。

 ……さて、数を減らすとして、槍使いの獣人も気になるが――。


 まずはホクバか。


 ――白色の眉が格好いい長兄のホクバを睨む。

 そのホクバに牽制の短剣を<投擲>――。


「――短剣?」


 俺の牽制の短剣を弾いたホクバは眉をひそめた。

 タイミングを遅らせつつ左手の手首の角度を調整――。

 <鎖>の一部は――。

 ヴィーネ、ミスティ、イモリザの足下を越えて地面を這うようにネレイスカリに向かった。

 

 <鎖>は瞬く間に積み上がるとネレイスカリの前で大盾となった。


 ――よしっ!

 一応、ヴィーネとミスティとイモリザがネレイスカリを守っているが、念のためだ。

 そこから《氷弾フリーズブリット》を無数に念じて発動――。

 更に《氷矢フリーズアロー》を無造作に十発、連続で念じて発動――。

 同時に、<鎖>の一部をホクバに向けた。

 すると、


「任されよ――」


 ホクバの仲間が両腕を翳すようにしながら前に出た。

 仲間はローブの両袖の中から金属の継手が連なる円の形をした刃を繰り出した。

 伸びた円の形をした刃が凄まじい速度で飛び出てきた。


 宙に満月を描くようにぐるぐる回る円の形をした刃。

 円月輪と言いたくなる勢いで、天井と床を切り傷跡を作っていった。


 防御系にもなるスキルか?

 円の形をした刃は、俺の魔法を弾いた。

 が、<鎖>の先端は――難なく円の刃を突破。

 バリアでも形成していたように見えた円の形をした刃を突き破った。

 そのまま弾道予測線を感じさせないぐらいの速度で直進した<鎖>は――。

 ローブ男の眉間を捉えた。

 ドッと重低音が響くと同時に、頭部、体が爆発したように散った。

 

 PGMヘカートII。

 そんな対物ライフルを体に喰らったようにローブ男は頭部ごと体が散った。


 ローブ男を仕留めた。


「ホクバ、次はお前だ!」


 と、叫んでから前傾姿勢で駆ける――。

 ローブ男の頭を貫いた<鎖>は他の獲物を狙うように――。

 一足先にホクバに向かう。

 が、銀髪の男が放った布のような物に<鎖>が絡まれてしまった。


 あの銀髪……短剣を扱うだけではないらしい。

 銀髪男が<鎖>に絡めた不思議な布を引っ張る姿が視界に映る。


 止まった<鎖>は消失させた。

 が、魔脚は止めない。


 ホクバの槍圏内に入ったところで、床を左足で踏み噛む。

 腰を捻りを活かした魔槍杖バルドークの<刺突>を――。


 ホクバの胸元に突き出した。

 しかし――。

 硬い金属音が響く。


「お前は俺が相手だといっただろうが」


 ホクバの弟の声だ。

 魔槍杖の矛の<刺突>はホクバに当たらずに、その弟の魔槍と衝突していた。


 ホクバは退いた。


 そのまま弟の猫獣人アンムルは兄の前に出た。

 

 そして、右上腕と下腕の筋力を活かすように――螺旋状の魔力を伴う紅色の魔槍を持ち上げて回して、俺の魔槍杖バルドークの矛を引っ掛けようとしてきた。


 魔槍杖バルドーク矛と魔槍の紅矛が擦れる。

 

 竜の鱗的な火花が散った。


 俺と猫獣人アンムルにも、その火花が降りかかる。

 ――が、俺と猫獣人アンムルは皮膚を焦がしても気にしない。


「一つの腕だけの癖に力があるなァ――」


 弟の猫獣人アンムルが叫ぶ。

 

 左上腕と左下腕が握る短槍の刃が迫った。


 疾い――。


 急遽、魔槍杖バルドークが握る右腕を引いた。

 そして、爪先を軸に半身姿勢を維持した横回転を続けて、短槍の<刺突>系の突き技を避けた。


 ――避けた際にハルホンクのコート表面から火花が散る。


 反撃に――。

 屈む姿勢から猫獣人アンムルの槍使いの足を刈ろうと水面蹴りを放つ。


 が、猫獣人アンムルは下段から紅い魔槍を振るい上げる。

 石突で、俺のアーゼンのブーツによる水面蹴りを防いだ。

 

 猫獣人アンムルは中腰姿勢を維持したまま紅い魔槍の穂先を傾けた。


「<牙衝>――」


 呼吸音的なスキル名。

 が、微かな声とは違い、力強い体の動きから、紅い魔槍を突き出してきた。


 下段の狙いは――。

 下腹部か足。

 <刺突>系のスキル。

 それを避けたが――。

 

 また同じ<牙衝>が迫った。

 <刺突>とは少し違う。

 体幹を活かす腰の捻りと、腕の動き――もあるのか。

 

 体の螺旋する力が伝搬していく仕組みは<刺突>と似ているが――。


 微かに持ち手が横にぶれていた。

 <牙衝>の穂先が迫る。

 急ぎ魔槍杖バルドークを斜め下に突き出す――。

 紅斧刃の上部で<牙衝>の下段攻撃を防ぐことに成功した。


 が、風力のような圧迫を受けながら――後退。


 背後の机と背が衝突。

 テーブルクロスが巻き込んだ。机の上の料理が散乱してしまった。


「……<牙衝>を初見で避け、次の<牙衝>を完璧に受けきるだと……」


 二本の槍を使いこなす猫獣人アンムルが呟く。

 彼の三つ目には……。

 槍の技に対する尊敬の意思が宿って見えた。


「他の武器とは違い、槍には自信があるからな」

「……納得だ。槍使い、正式に名を聞こう。俺の名はソレグ・シャフィード。槍使いだ」

「シュウヤ・カガリ。同じく槍使いだ……」


 互いに笑い頷く。

 同時に思い出していた。

 昔、ユイから逃げた宿場街の酒場で、彼と酌婦が酒を飲んでいるところを。


 ソレグは二つの右腕の持ち手を替えて魔槍の一つを肩に担ぐと、下半身の強さを誇示するような中腰姿勢の構えは崩さずに……二つの左腕が握る短槍の穂先を俺に向けてくる。


 それは槍で会話をしているようにも感じられた。


「……さて、個人的にもっと楽しみたかったが、これは命の遣り取り。ヌハ、そろそろだ」


 ソレグは残念そうに呟いてから、兄弟の猫獣人アンムルの名呼ぶ。

 そして、オーラのように魔力を全身から発してから、槍武術の歩法でゆっくりと歩き出した。


「やっとか!」


 大剣を持ったヌハが『待ってました』というように、喜びの声を上げながらソレグに近寄っていく。


「ご主人様、警戒を」

「使者様、がんばってー」


 ヴィーネとイモリザが心配気に叫ぶ。


「ガルルゥ」

「ニャゴォォ」


 アーレイとヒュレミの大虎たちも四肢から爪を出して横歩きをしながら鳴いている。

 ソレグとヌハの動きに反応していた。

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