三百二十二話 仙技見習い

 ソレグとヌハが警戒しながらにじり寄ってくる。


「……」


 そして、ホクバも無言のままゆっくりと歩いてきた。

 その間に、短剣と魔布を持った銀髪の男が、


「おい、盲目女さんよ。相棒は作戦通り、外から矢を放っているようだぞ、お前は働かないのか?」

「……理力を感じる、あの槍使いなら、戦おう」

「その理力のことが理解できないが、お前は相手をえり好みできるほどの立場なのか?」

「できる」


 盲目女の謎な自信ある言葉を聞いた銀髪男。

 目が点となり、溜め息を吐く。


「……そうかい、ならば、お目当ての槍使いと相対している雇い主アンムルたちにいってくれ」

「……」


 沈黙した盲目の女。

 銀髪男は、そんな盲目の女からつまらなそうに視線を外して、両手を泳がせる。細い手だが手首の表面に古代ラテン語らしき文字と盾に布が絡まったようなタトゥーの紋章が彫られていた。


「んじゃ、先に動くぞ。金の分は働かないとなァ――」


 そして、短剣ではなく、反対の腕に、タトゥーと同じマークを作るように巻き付かせている布を動かしていく。

 

 あれは、先ほど俺の<鎖>に絡めてきた魔力を帯びた布だ。

 

 布は厚いタオルの生地。

 それがヌハとソレグの足下の近くを這うように通り、俺に迫る。

 しかし、その魔布は俺に迫ることなく、ヴィーネが放った光線矢に射止められていた。


「三対一にはさせませんよ。わたしが相手です」


 弓を構えている姿が様になるヴィーネは追の光線矢を続けざまに放つ。


「――ちっ、 光沢した銀髪を持つエルフ? いや、皮膚が青白い、もしや希少種ダークエルフなのか?」

「……そうだ。珍しいだろう」


 ヴィーネは弓を下げてから見た物を凍らせるような冷たい眼差しで自慢気に答える……魔毒の女神ミセアが愛するダークエルフらしい態度だ。


 そこで再び魔界の女神から頂いた翡翠の弓バジュラを構え持つ。

 短弓から長弓への変化はない。

 弓の末弭と本弭を結ぶ弦は、緑の光線だ。

 その縦に伸びる光線の弦を弓道でも行うように引っ張るヴィーネ。

 細い青白い指から手首に掛けても、緑の魔法文字が螺旋状に手首の周りを回転している。そして、引っ張る弦の指に合わせるように自然と現れる緑色に光る矢。ヴィーネは、再度、その矢を銀髪男へ放っていた。


「――珍種かよ。だからこその、この光る矢を持つのか? リャグーノの魔布を防ぐとは――」


 銀髪の男は、忍者らしく澱みのない所作で前転。

 白石の床へ片手を突いて、何かのサーカスの演技をするように器用に片手立ちを行いながらヴィーネの光線の矢を避けている。空中の位置で止まっていたリャグーノの魔布を手元に引き戻して、手元に引き戻した魔布を使う仕草は男だが、女性の体操選手のリボンを扱う姿を彷彿とさせる。また魔布を動かし身に迫る光線の矢を、その螺旋する魔布で弾いていった。

「使者様、前に出ていいですかー?」

 ヴィーネが弓矢を放っていることで、イモリザも動きたくなったのか聞いてきた。

「いいぞ」

「はーい」

 甲高い口調のイモリザは頭部をぷるぷると奇妙に震わせると、銀髪を巨大な掌の形に変えて、両手の指先の黒爪を銀髪男めがけて伸ばしていくと、自らもゆっくりとした所作で動いていた。あの掌、俺の導想魔手の形を真似したのか? 指摘はしないが、イモリザは、ただでさえ動きが鈍重なのに、あの大きな銀髪の手で、余計に鈍くしているような気もする。骨魚の召喚もなしで戦うらしい。

「ンンン、にゃ」

 黒豹ロロも戦いに我慢できなかったらしい。

 簡易ゴーレムの足の背後に隠れていたが、足の横から登場して走り出していた。首元から生えている複数の触手群をソレグとヌハたちへ伸ばしている。

 触手の群が向かう中、腕から黒龍のような剣を生やす男が、

「俺は姫を守る巨人を斬り刻もう――」

 と前衛職らしい宣言をしながら、ミスティに近付いていった。杖を浮かせている魔法使い系の男が、

「背後は任せろ。フォローする」

 腕から剣を生やす怪しい前衛男に続く。そんな前衛後衛の彼らが池のように広がる金属エリアに足を踏み入れると蓮の葉のような円形金属が反応を示す。 葉の表面から血色と白色の魔法陣が浮かび上がった。

 魔法陣から虹色金属刃が無数に生まれ真上へ伸びていく。

 腕の肘から黒龍を形取った剣を生やす男は反応し、前衛らしい動きで下から迫る虹色金属へ黒い剣を衝突させるが虹色金属刃は数が多く全ては防げない。


「ぎゃぁぁあ」

「うあああぁ」


 彼の背後にいたローブ男も杖と風の魔力で防ごうとするが、間に合わず。

 腕から剣を生やす男と同時に、足、股間、胴体と続けざまに貫かれていた。 

 見るも無惨な串刺し状態。 

 シャワーのような血を周囲へまき散らし、断末魔の悲鳴を上げながら、金属刃たちにより天井に運ばれていく。雑木林のような虹色金属刃の群れに腕剣男とローブ男だった死体がぶら下がり揺れていた。

 ミスティは両手を左右に広げて天井から垂れてくる大量の血を浴びていく。

 微笑んでいた。

 ルシヴァルの<筆頭従者長>として、女帝の雰囲気を醸し出していた。

 ミスティは一瞬で血の全てを吸い取っている。


「皆さん、凄まじい方々ばかり……」

「姫様、彼女らの力は……」


 ミスティの簡易ゴーレムの背後で見ていたネレイスカリと、伯爵を含む騎士たちは唖然として表情を強ばらせていた。

 姫様は普段見せないミスティの知らない一面を見て驚いているようだ。

 敵側の盲目女剣士と、盲目か判断できない眼窩を布で覆って額に十字傷を持つ男も驚きを隠していない。


「分が悪い。撤収を考える」


 戦いに参加せず傍観していた盲目女剣士が語る。

 あの額に十字傷の男といい、あの女は本当に盲目なのか?

 と疑問に思うが、仲間が死んだことを魔素の気で感じとっているのだろうと仮定。

 ミスティが姫と伯爵を含めた一部の貴族たちを守るために出現させた簡易ゴーレムと金属の池エリアに近付いてくることはなかった。


「……成功。<虹鋼蓮刃>よ。虹柔鋼レインボースチールと、二十階層の守護者級モンスターから採取していた謎の白肉とわたしの血を混ぜて、高級素材の帝王銀水晶とトトラの仮面レプリカを使い切って、魔圧実験を重ねていたら、たまたま獲得したスキルなんだけどね……」


 なんかの修行のようにも感じる博士の雰囲気に戻っていたミスティが、過去に行った実験の実況解説が流れていく中、


「ガルルルゥ」

「ニャゴォォ」


 アーレイとヒュレミの大虎も続く。

 猫軍団、もとい、虎軍団が猫獣人アンムルたちへ向けて突進。


 猫VS猫なのか?


「――ちっ、そう都合よく連携は無理か」


 舌打ちしたホクバ。

 彼は頬にある猫獣人の髭を醜く歪ませながら語り、大虎のことを凝視。

 大虎の動きはネコ科だ。

 自らの猫獣人アンムルと共通点を見出していたりして。

 なわけないか。


「兄貴、ヌハ、やるぞ」


 ソレグが指示を出した。


「了解」


 ソレグと阿吽の呼吸を見せるヌハ。

 彼の四腕の一つが、腰袋に向かう。

 他の兄弟たちと違い、一見温厚そうに見える大剣使いの彼は、白銀のベルトに連結している袋の中から饅頭のような丸薬を取り出して、口に運んでいた。


 ヌハは、もぐもぐと頬を丸く膨らませる。

 あの薬は美味いのか?

 彼は食べながら、兄のソレグが二つ魔槍を鬼神のごとく振るい黒豹ロロの繰り出している触手剣を完璧に防いでいる背中側に近付いていた。


 そして、兄の背中を軽く叩いてバトンタッチするように、タイミングよく前に躍り出ると、四つの腕が握る大剣を勢いよく前方へ振るう。


 ヌハの扱う大剣は風のように速い。

 紺色の炎が灯る魔力を帯びた大剣が宙を通ると、そこに綺麗な藍色の軌跡が生まれていた。

 上下左右、∞の字のごとくスムーズに宙を移動している大剣。

 その速度は凄まじい。

 黒豹型黒猫ロロディーヌが放った触手群から生えている骨剣を折る勢いで大剣を衝突させていく。

 不況な金属音を響めかせて弾いていった。


 ヌハが兄に劣らず素晴らしい剣術で黒豹ロロの遠距離攻撃を防ぐ中、交代する形で手を休めていたソレグが、横から口牙を広げて迫っていたアーレイに視線を向ける。


 そして、猫獣人アンムルらしい体躯をわずかに捻る。

「ちょうどいい、虎の串刺しだ」と、語りながら右上腕と右下腕が握る紅色の魔槍をアーレイの頭部へ向けていた。


 大虎アーレイは目の前に迫る槍矛を見ても避けようとしない。

 避けるどころか、逆に、ソレグが繰り出した魔槍の矛が餌のように感じさせる勢いで、噛みついていた。

 上下から立派に生えている巨大牙を組み合わせるように、がっしりとした牙たちで挟んでソレグの槍突を防いでいる。


『アーレイ見事です。魔力の牙、硬いのですね』


 精霊の言葉は聞こえていないと思うが、元気なアーレイは野獣らしい唸り声をあげると、首を捻り魔槍の矛を手前に引っ張る。


 ソレグのバランスを崩す。


「な、なんだと――」


 と、彼は動揺。

 そこに、ヒュレミの大虎が襲いかかった。

 だが、身を捻りながら前進していたホクバが「虎が、舐めるなァ!」と叫ぶと、上段回し蹴りをヒュレミの横っ腹に喰らわせて、吹き飛ばしている。


 宙で身を凹ませて乱雑に回転していくヒュレミ。

 しかし、ネコ科らしい動きで、横壁に後ろ脚をつけて器用に着地していた。

 だが、ホクバの蹴りをもろに受けた脇腹の部位は大きく窪んでいる。


 ヒュレミはその窪んだところが痛いらしい。

 脇腹に頭を寄せると、その頭を上下に揺らして舌を使い、腹を舐めている。


 可哀想に……怒りがこみ上げてきた。

 ホクバ、お前はやってはいけないことをした。


「……兄貴、助かった」


 バランスを崩していたソレグが体勢を立て直しながら語る。

 そして、ソレグは紅い魔槍の矛を咥えて離そうとしない大虎アーレイを睨む。


「こっちの虎は俺がやる」


 ソレグは強きな言葉を述べると、左腕たちの肘から先を内側へと丸め込むように短槍を動かす。

 大虎の首下へ向けて穂先を突き出していた。

 そんなことはさせない。

「――アーレイ、下がれ」

「ニャァァ」

 俺の言葉を聞いたアーレイは耳をピクピクと動かしてから、咥えていた口を開く。

 ソレグが持つ長い魔槍を離してから、俺と位置を交代するように下がる。

「来たな、奇想天外な槍使いィィィ」

 前傾姿勢で、ソレグの槍圏内に入った直後、彼が叫ぶ。

 ソレグの紅色の長い魔槍を右腕で器用に回転させてから、その穂先を俺の胸辺りに向けて突き出してきた。あえて、間合いは崩さない。

 右手に握る魔槍杖バルドークの石突きを斜め下へと伸ばしながら前進を続けた。

 目の前に迫る紅色魔槍の矛を、その石突きで防ぐ。

 ――石突きの蒼い竜魔石と、ソレグの紅色魔槍が衝突した瞬間、閃光を発した。この光は衝撃からではない。俺が持つ魔槍杖バルドークへと直に魔力を込めたからだ。

 魔力を通した竜魔石の先端からイメージ通りに白い靄を宿している氷鋒の広刃剣が生成されるがまま、ソレグの扱う紅い矛が氷の広刃剣の上を滑っていく。

 紅い魔槍の矛と氷広刃の剣が擦れていくから雪煙のような火花が四方に散り、互いに雪化粧となった。寒さを感じながらソレグの懐に潜ったところで、左下段足刀をソレグの右足を折るイメージで向かわせる。しかし、ソレグは体勢を半身ずらして、後退。

 足を引いて蹴りローキックをタイミングよく避けてきた。

 ソレグは避けると体勢を屈めながら右足を基点に左横回転を行い、左下腕の手が握る柄の位置を変えながら、床面すれすれの軌道で下段回転払いを繰り出してきた。魔槍杖バルドークで、その下段の短槍の刃は受けない。

 ――後退して下段の斬りを避けた、が、ソレグは俺の行動を読んでいた。前進しながら無手状態だった左上腕の拳を、内側に捻りながら打ち出してくる。

 狙いは俺の顔面。コークスクリュー系のパンチか。スウェー気味に小さく頭部をずらして――四つ腕ならではのパンチだな――と考えながら、頭部に迫る毛がふさふさな拳を躱した。反撃にソレグの股間から胸辺りを両断させようと、魔槍杖の持ち手の握り手を短くしてから下からクイッと紅斧刃を持ち上げる。

 しかし、横からホクバの剣が迫ってきた。

 急遽、下に向けていた紅斧刃を左に向けて、盾代わりにホクバの剣を受ける。隙をついたつもりなのか、剣の一撃が防がれたホクバからの舌打ち音が響く。その癇に障るホクバとソレグは兄弟の絆を感じさせるように互いに視線を合わせていた。更にそのホクバは片手に握る時計のようなアイテムに魔力を注ぐ。


「ソレグ、ヌハと連携できないが、今しかない。やるぞ」

「そうだな、生贄が後で必要となるが……」

「構わん、いざ、解! <時獏タイムピンィン>」


 弟のソレグと重なるように動いていたホクバ。

 呪文めいた言葉で唱えながら、魔力を注いだ時計を掲げてから、その時計を宙へ放り投げていた。


 宙を飛翔する時計は呼吸音を響かせつつ魔力を放出させると途中で動きを止めたまま浮いていた。


『閣下、あの魔道具は何でしょう』


 ヘルメが聞いている間にも、宙に浮かぶ時計が細かな部品に分かれて分解していく。

 だが、分かれていた部品は一カ所にまた集まるとパズルが組み合わさるように組み上がって最終的に四角の箱となっていた。

 時計から箱? と、疑問に思うが、外側に雷文模様がある古風なデザインだ。

 箱の上部がパカッと小気味よい音を響かせながら開くと濃密な魔力を内包した茶色の雲が外へ噴き出て小さい人形らしきものが宙へ飛び出していった。小型人形。その足下から魂の尾のような魔線が箱の中と繋がっている。

 魔線というか、鎖か? 多重の鎖の塊に、その中に小さい魔法陣が刻んであった。


『……ホクバの切り札か?』

『そうかもしれません。わたし切り札の出番ですか?』

『ヘルメは秘密兵器だからな。まだだ』


 茶色雲を頭上に浮かばせながらも、人形らしきものは薄い半透明の姿で、急拡大。

 頭部は象のような長鼻を持ち、全身が毛むくじゃらの猿。

 アジア風の雷文と雲珠を組み合わせたようなデザインの法被を身に着けていた。

 象頭と猿身体を持つ怪物の鎖と繋がる足の下には、白銀の亀が存在している。

 亀甲羅に生えている太い足にも、怪物と同じ大量の鎖が絡まっている状態だ。

 怪物と白銀色の亀は鎖に縛られているのか、箱の中と繋がっていた。

 白銀の亀甲羅には長細い蛇が巻き付いているし、まさにその姿は……玄武。

 天の北方を守る四神の一。そんな玄武に乗る怪物の幻影……こりゃ、怪物ではなくて、神か?

 頭上に浮かぶ神意的な茶色雲から、重金属の酸性を帯びたような雨粒が降り注ぐ。

 怪物か、神か、わからない存在は、半透明の全身にしめやかな雨を浴びていた。

 濡れた透明の表面が見たことのない色合いに染まっていく全身から、つむじ風のような魔力風を起こし、ぷかぷかと、白銀玄武と共に浮いている。

「……ヤッホォーイ。久々の娑婆だぜぇ、んん? 巨大黒豹、大虎といい、周りに面白い奴らがいるな……」

 雨を浴びても半透明だったが重低音の声を響かせる。

 神か怪物か判断しかねる存在は視線を巡らせながら、

「んだが……時に縛られた契約通り、力を貸すか」

 悲しげな雰囲気で幻影を薄く伸ばしながら箱の中に戻るように……。

 持ち主の白眉のホクバだけでなくソレグの体を包んでいった。

 幻影が消失すると宙に漂っていた雷文模様が刻まれている箱が、プラスチックの音を立て地面に落ちる。

 時計は仮の姿だったのか? 猫獣人アンムルの兄弟たちは、薄蒼い魔力を全身に纏う。

 どうやら魔法の加護を得たらしい。

 とくにホクバの肩にある蟷螂の白複眼が強く輝いて、周りの筋力が瞬間的に増えたように膨れている。

 彼らは身体能力を増した状態で、前進してきた。


 疾風迅雷のごとく速いソレグ。

 中腰姿勢のままで、口を動かし<牙衝・黒狼>と技名を呟いた。


 その瞬間――右上腕と左上腕に握った短槍に黒狼の幻影が纏わりつく。

 ソレグはわずかに<刺突>に似たモーションを取りながら、黒狼が包む短槍を俺の鳩尾へ喰らわせようと繰り出してきた。


 黒狼の幻影は彷徨するように口がリアルに動く。


 トフィンガの鳴き斧に似た技か?

 参考になりそうなので、槍技を凝視。

 そこに、速度を増しているホクバの剣突が首に迫る――が、俺は全身に魔闘術を纏い、さらに<血液加速ブラッディアクセル>を使い、速度に対抗してやった。


 しかし、恩寵を得たホクバは意外に速い。


 彼の扱う剣を躱しきれず、首横が掠り血が舞った。

 ――痛ッ、そこに横に避けていた俺を追尾してくるように、短槍に纏わりついていた黒狼が湾曲し、鋭い牙を見せつけながら俺の脇腹に噛みついてきた。


 これはハルホンクのコートが弾く。

 脇腹に噛まれた感触を得たが、さすが、神話級ミソロジーアイテム。


「――もらった!」


 喜ぶ間もなく、加速しているホクバが反対に腕に持った杭刃を如意棒のごとく伸ばしてきた。

 しかし、身体速度が増しているとはいえ、その杭刃の間合いと軌道は単純。

 杭刃の先端を首を後ろに下げた後退スウェーバックで避けられた。が、その杭刃の先端の真横からいきなり違う杭刃が成長して、一気に間合いの範囲が広がる。

 左手に神槍を出現させて防ぐか? と、瞬刻の考えている間に、


『閣下――』


 左目に宿るヘルメが、水を放出。

 液体の一部をハンマーのような形に変えて、ホクバの十字架のような形に変化していた杭刃を受け持ってくれた。

 

 何かパワーを吸い取っているのか、尻の部分が光っているのはご愛敬。


『ヘルメありがとう』

『ふふ、“いつものことだ”です』


 まだ本体は目の中に居るのか、脳内に谺するヘルメの声。

 だが、不思議な視界だ。液体から見えるヘルメの体内というか……。

 スライムの小さい核が無数にある、宇宙の神秘というか。

 電子殻か不思議な水の粒たちが妖精のように動く、小さい星々の群れが、水の神秘が、そこに内包されているような気がした。


 水神アレクシス神の恩寵だろうか? ヘルメと神様に感謝。


 ※ピコーン※<仙魔術・水黄綬の心得>※恒久スキル獲得※

 ※ピコーン※<精霊珠想>※スキル獲得※

 ※ピコーン※仙技獲得により※仙技見習い※の戦闘職業を獲得※


 水神様とヘルメに感謝したら、色々と久々に覚えた。

 <精霊珠想>は常闇の水精霊ヘルメと一体化による特殊な仙技か。

 水神の<仙魔術>系の技術の一端だ。>仙魔術>の土台は奥が深そうだ……。


「……なんだと!? 時獏タイムピンィンの魔力を吸った?」

「そんなモノを飼っていたのか!」


 左目から飛び出ていた液体ヘルメが、俺の瞳の中に戻る。

 その神がかった光景を見ていたソレグとホクバは驚く。

 彼らは驚きながらも、全身から魔力を噴出させる。

 すると、兄弟たちの背後に、忽然と、象の頭部と猿の体を有した神々しい幻影が再出現し、その幻影が、またもや彼らの体と重なると幻影は消失した刹那、兄弟たちはネオンを輝かせた魔の鎧を身に纏うと得物の武器の切っ先を俺に向けて攻撃してきた。

 ――<血液加速ブラッディアクセル>と<魔闘術>を超える速さか。

 ならば、もっと上をいくまで、魔と血に浸かっている脳を加速させる。

 切り札の一つ<脳脊魔速>を発動。

 <魔闘術>と<血液加速ブラッディアクセル>を合わせた最高加速。

 全身から血飛沫血のオーラを飛ばす。前傾姿勢を取る。

 急加速で――彼らに近付いた。

「は、速い――」

 ソレグの三の目は驚愕に染まっていた。先ほど彼が繰り出していた技を脳裏に描きながら、真似をする。全身の筋肉を意識した中腰姿勢を取り――下段専門の突きを繰り出す。

 魔槍杖バルドークの紫色と、先端の紅矛穂先が混ざったような軌跡を宙に残しながら下方へ、ソレグの足に魔槍杖バルドークを向かわせてやった。

 これは足潰しともいえるかもしれない。


 ※ピコーン※<牙衝>スキル獲得※


「――ぐあぁ、ど、どんなセンスをしてやがる。俺の技を……」


 魔槍杖バルドークの紅矛がソレグの足を貫くとスキルを獲得。

 間髪容れず、体の向きをホクバに傾けてから、左手に神槍ガンジスを召喚。

 肩の竜頭装甲ハルホンクを意識。蒼眼から不意打ちの氷礫を数本、射出してやった。ホクバは反応できず。

「ぎゃぁぁ、目が、目がぁぁぁ」

 三つの目の全部に氷礫が突き刺さる。悲鳴を耳朶に感じながら右足を、槍の一つを床に刺して体勢を立て直そうとしているソレグに向けて踏み込んでから、左手に握る神槍ガンジスで<闇穿>を放った――螺旋し振動する闇を纏う方天画戟と似た穂先がソレグの紅色魔槍を砕くと、輝きを放つ魔の鎧をも砕いて胸を突き抜けて背中を突き抜けた。


「ぐげっ」


 よしっと、白い柄にソレグの体重と確かな手応えを感じながらソレグの返り血を浴びている左手から神槍ガンジスを消失させる。

 無手となった血濡れた左手を基点とした側転機動を取りながら目を押さえているホクバの背後へと回り込む。<脳脊魔速>を活かす、先ほどのお返しといこうか――。

「ヒュレミの痛さを思い知れ――」

 体幹を意識した蹴りの体勢から、魔力を足に集中させた上段蹴りをホクバの首へ喰らわせた「アヒャッ」ホクバの身に着けているクローク襟越しの首にアーゼンのブーツがめり込む。めりっとした音を立てた瞬間、そのホクバの細首が歪み千切れる。

 ホクバの獣人頭は飛んでいた。が、まだだ――先ほどのアイテム効果で、首が飛んで攻撃とか体に顔が突如生えるとか、何かが、あるかもしれない、念のために腰に差したままの鋼の柄巻きを引き、鋼の柄巻きに魔力を浸透させてムラサメブレードを起動させる。

 ブゥンとした音を立てる光の刀。

 黄緑色の光を身に感じながら前へ出て、光刀を振り下ろす。

 <水車斬り>で、ホクバの肩口から胸半ばまで、ばっさりと両断してやった。

 そのタイミングで<脳脊魔速>が切れる。

 血のオーラが蒸発していくように俺の回りに漂う、周りの景色が一瞬、鈍化するようにぶれて見えた。ホクバの頭部は天井にぶつかってから、倒れた首なし胴体の側に床に落ちていた。素直に死んでいた。すると、地面に落ちていた箱が不自然に動く。

 こちらが反応したか……動いただけで何もなさそうだが、あの中に、先ほどの神か怪物がわからない存在が、まだ入っていると考えていいだろう。


「――あ、兄貴……ぐえぇ」


 大剣を動かし続けていたヌハだったが……。

 兄たちが死んだのを見た瞬間、ロロディーヌの触手剣を胸元に喰らっていた。

 そのまま、ガトリングガンのような触手骨剣の連撃突剣を、全身に喰らっていく。

 あっという間に、ヌハは体が穴だらけとなると、沈黙しながら倒れていった。

 ヌハが扱っていた大剣も床に落ちていく。


「そ、そんな、ホクバさん……ソレグ、ヌハさん」


 ノクターの信者らしき額に十次傷を持つ男の言葉だ、戦意を喪失したのか、両膝で床を突いて嗚咽めいた言葉を漏らしていった。盲目の女剣士が居たはずだが、姿を消している。一方で、ヴィーネと相対している銀髪の男はまだ戦っていた。沸騎士と女槍使いの戦いも、もう終わっている。

「閣下ぁぁ」

「女槍使いを潰しましたぞ」

「使者様~。あの銀髪男、すばしっこい奴ですー」

 沸騎士たちは盾に穴が空いているが、無事に仕留めたらしい。

 金属と骨を軋ませながら、近寄ってくるので、周りの生きていた商人たちや貴族たちが一斉に悲鳴があがる。イモリザも伸ばしていた黒爪を自身の指爪に収納させてヴィーネに任せたのか戻ってきた。


「粗方、片付いたようね」


 ミスティが簡易ゴーレムを金属玉に戻して、血を帯びた金属の結界を足先から吸い上げながら語っていた。


「そのようだが……」


 俺はまだ戦っていたヴィーネに視線を移す。


「あの銀髪、何者かしら……イモリザを煙に巻く機動に、あのヴィーネ相手に怪我をせず戦っている」

「確かに……」


 本当に戦い方が、器用だ。

 伸縮自在の魔布を使い、壁や天井を自分のフィールドと化した戦い方。

 弓から久しぶりの二剣モードに移行しているヴィーネを混乱させている。


「おーい、外の弓使いは逃げたぞ」

「ハンカイ、お疲れ」


 盲目の女剣士に続いて、外からの遠距離スナイパーも撤収か。

 戦意を喪失させて嘆いている眼窩に布を巻いている男とは違い、逃げた奴はただの雇われだったようだ。


「――さて、雇い主も死んでしまったし、この仕事は仕舞いだ、ではな」


 銀髪男は下半分を覆う布を大きく揺らしながら、逃げることを宣言。

 瞳の色を不揃いの色に変化させている。


「まて!」

「――」


 ヴィーネの制止は意味がない。

 銀髪男が腕に絡んでいる魔布を後方へ伸ばした刹那、魔布が銀髪男の身体を包むと、その場に分身を残すように消していた。


「弓使いといい逃げる奴が多いな。で、この嘆いている男はどうするんだ……」


 ハンカイは金剛樹の斧を背中に戻していない。

 まだ暴れたりないらしい。

 床に頭をぶつける勢いで泣きじゃくっている男の頭を、すぐにかち割れる。とでもいうように、斧を向けていた。


「……おい、泣いているお前、戦うのか戦わないのか?」


 額に十字傷がある男は、びくっと身体を動かしてから、泣き声を止めていた。

 そして、顔をガバッと上向かせて、俺を見てくる。


 彼は眼窩を布で覆われているが、魔眼らしき力を持つ。

 現在も、眼窩を覆う布から闇の紋様が浮かんでいるので、魔眼の力を使っているらしいが……。


「おい、お前の名は?」

「……魔眼が効かないのか……」


 彼の眼窩に眼球がないとわかる。眼窩の中に布が埋まっていた。

 しかし、眼球がなくても涙は出るのか? 明らかに普通ではないのだろう。

 布から染み出ている怪しい紋様と禍々しい魔力の放出を続けている。

 戦意を失ったわけではないか、戦いを続けたいようだ。


「聞いていることに答えなさい!」


 銀髪男を逃がしたヴィーネがガトリセスの刃を、魔眼を持つ男の後頭部に当てていた。彼は両膝が床を突いている状態なので、処刑スタイルのように見えてしまう。


「……名はハゼですよ」

「ハゼ、魔眼で俺を殺そうとしたか?」

「ハハハハハ、当たり前だろうが!」


 ハゼが憎しみを込めて、そう叫んだ瞬間、さらに、魔眼を発動させるように双眸の位置で紋様が湧き立つが、頭部が斜めに傾く。そう、彼の首が飛んでいた。ヴィーネのガトリセスだ。

 冷たい眼差しで、邪剣を振り下ろしていた。


 そのまま華麗なダークエルフ剣術の所作で、赤鱗が目立つ鞘の中に戻していた。


「ご主人様、勝手にすみません」

「当然だ。ハゼとしては、最後に俺を道連れで死ぬつもりだったんだろう」


 ヴィーネは、また冷然とした双眸となって、死体のハゼを見つめる。

 またガトリセスで突き刺しそうな勢いだ。


「ヒィィ」


 処刑と同じ光景に、ネレイスカリを含めた、生き残りの貴族たちは悲鳴を上げていた。伯爵と騎士たちは無言のままだ。


 さすがにこういう手合いになれているらしい。


「姫様、あまりみない方が……」

「いえ、ミスティさん、これはわたしの運命ですから、受け止めます」


 ミスティに笑顔を見せるネレイスカリ。

 姫として、いや、もう家臣を従える女王として自覚があるんだろう。

 だが、八頭輝のホクバを倒したが、まだ宰相が居る。

 そして、八頭輝とはいえ、勢力の大きい組織が潰れるだけ。

 違う闇ギルドが栄えるだけだから、これからが、彼女の本当の戦いとなるだろう。


「……ネレイスカリ、大丈夫か?」

「……はい。わたしたちを救って頂きありがとうございます」

「「ありがとうございます」」

 姫の周りに集まっていた商人と貴族たちも俺に礼をいってきた。

 その視線は恐怖が混ざっていたが、尊敬も混じっていたので、悪い気分ではない。つい反応して、頭を丁寧に下げていた。

「……わたしからもお礼を述べたい。本当にありがとう。わたしたちという足枷がありながらも、強者たちを殲滅する働き。姫が語られていた黄昏の騎士を超えるお方でした。まさに英雄の槍使い。英雄の方々です――」

 威風あたりを払う動作で伯爵は語ってから、太い腕を使い拍手を始めていた。

 要員として配置されている黄昏騎士たちもそれぞれに盾を床に置いて、拍手。

 社会的階級の高い人たち、物いわぬ給仕、使用人たちも続いて盛大な拍手を始めていく。ヴィーネ、ミスティは恥ずかしそうに頬を紅く染めていた。


『……当然です。しかし、閣下、あの箱を回収しないのですか?』

『するさ、ミスティじゃないが、後で実験だな? 魔霧の渦森の中で使うか』

『はい、楽しみですね、あのお鼻が気になります。水をピュッと出してくれそうです』


 ヘルメとくだらない脳内会話を続けていく。

 そして、最初、時計だった雷文模様が綺麗な箱を手に取る。

 箱の表面を指でなぞり触ると、ぐにょっと蠢いたが、これは後回しだ。


 アイテムボックスの中に保管。

 そして、皆を集めてから、伯爵と姫たちに最後の挨拶。


 その伯爵に呼び止められて「晩餐会の続きを行いたい」と、姫にも言われたが、断った。


 伯爵から国のために尽力してくれと言われたが、それは俺の仕事ではない。

 宰相相手に喧嘩するのは貴方の仕事です。とは、伯爵様に真正面から言えない。王都へ乗り込み、宰相を直接、俺が暗殺すれば早いかもしれないが、姫様に心底惚れているわけではないし、忠誠を誓った騎士ではない。


 俺は俺だ。当初の、約束である無事に姫を送り届けるという約束のみ。

 そして、置き土産という感じで、ホクバを始末しネレイスカリを助けることもできた。これで、昔の借りは返したと思いたい。


 姫たちへ別れの言葉を話していった。


「分かりました……でもシュウヤ様、いつかまた会えますか?」


 ネレイスカリ、彼女の気持ちはわかっている。


「いつか会えるさ」

「はい……」


 寂しさを感じさせる笑みを浮かべるネレイスカリ。

 俺も笑みを意識するが、ちゃんとした笑顔になっているか、自信はなかった。


 だが、今はミスティとハンカイをゾルの家に案内することを優先させる。


 霧が濃い森の中、ゾルの家があった正確な場所はわからない。

 魔霧の渦森らしく、渦の中を彷徨うことになりそうだ。

 少し、憂鬱な気持ちになりながらも、腕を上げてから踵を返す。


「ンン、にゃ~」


 肩で休んでいた黒猫ロロさんも、姫に別れの挨拶をするように鳴いていた。

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