三百十八話 幕間クナ
クナは<星惑の魔眼>を実行。
「あなたはだんだん、わたしを好きになる」
「……そうだ。俺は好きだ」
最後に残った騎士鎧を着た【アルゴスの飛燕団】のメンバーが虚ろな表情で答える。
主に迷宮都市で活動している大規模クランのメンバーだが魔族の餌食に遭っていた。
魅了した彼女の表向きの顔は、美人なBランク冒険者。
しかし、内実は魔族クシャナーンの一族。
彼女は魔界の傷場から、地上に渡ってきた一族たちの一人。
今は、月に数回、人を魅了し、怪しまれない程度に魔迷宮の罠へと誘い込む仕事を主軸としている。
冒険者たちを魔迷宮の養分として主が信仰する魔界の闇神リヴォグラフへと贄としてのエネルギーを捧げるために。
だが、クナは、その闇神にさえ本心から従っていない。
とあるアイテムに触れて、とある神の影響下となり従事しているが、何重にも秘密がある彼女は、アイテム集めを主軸とした趣味としての自我は、ハッキリと持っていた。
そう、自我を持つ。
表の商会と幾つも繋がりを持ち、自前の店を経営し儲けていた。
そして、【茨の尻尾】の幹部として、裏社会の一員としても存在感を示し、他の闇ギルドと交渉を重ねるほどだ。
何重にも顔を持つように、あらゆる分野に彼女は触手を伸ばしていた。
そんな猟奇的な彼女の標的は、基本、種族問わず。
ただ、魔素内包量の多いイケメン冒険者を集中的に狙うことが多い。
極めてイケメンの場合は、踏みつけ、尻尾で突き刺し、嗤いながらいたぶるように殺していた。
現在もその無類と言ってもいいくらいに麗しい美貌を生かして、新しい冒険者たちを八角形の空間にまねき寄せることに成功している。
ふふふ、と、クナは罠師が獲物を取り終えたような表情を浮かべる。
自分の仕事ぶりに酔うように満足感に浸るクナ。
そして、満ち足りた気分を満喫するように、にっこりと微笑む。
そのまま、凄艶な流し目を囚われた冒険者たちへと向けてから、八角形の空間の中央へ向けて歩き出した。
むっちりと盛り上がった胸元を揺らして、悠々と歩くと、いきなり片膝を床に突く。
クナは、かがんだ姿勢で、
「サビード様、今月も順調のようですね」
迷宮の管理者に報告を行っていた。
サビードは、こめかみに蚯蚓のような青筋を開放するように、面長の表情筋を弛緩させる。
彼には目が六つある。
初見では、まず、その歪な顔付きから感情が読み取れない。
だが、クナにはある程度の推察はできていた。
「今宵も、三階層の怪迅タービュランスが<卯迅滅殺>を用いて、大量に難なく冒険者を屠っていたぞ。この成果は実に素晴らしい……我らも、魂の魔素を迷宮から分け与えられるほどに」
「……雇われた怪迅が活躍していたのですね」
彼女は僅かに鼻を鳴らす。
クナにとって、サビードの部下たちが、活躍する話は聞きたくない。
正直、面白くなかった。
だが、上司のサビードには、そんな気持ちを気取らせない。
彼女の魔性の笑みはサビードの心に、少しだけ、響いていた。
「……それで、クナよ。今日も餌を連れてきたようだが」
重厚な声を響かせるサビードは、肘掛が付いた豪華な椅子に座りながら、クナの背後へ視線を向けている。
「今回はがんばりました」
クナの言葉通り、彼女の背後にある
「どういう訳だ!」「ここからだせよ」「クナさん、嘘だよね?」
「……罠だったということ?」
罠に嵌まり、不安気な表情で話す者たちの運命は、既に決まっている。
もしカザネが<アシュラーの系譜>でこの者たちを覗いたら、死の文字で埋まっているように見えたはずだ。
サビードは思考していく。
迷宮の養分はもう既に十分なのだが……。
贄が増えれば増えるほど、闇神リヴォグラフ様も喜んでくださるからな。
……さて、重要な面談がこれからある。
と、考えを締めくくった迷宮の主サビードは、逞しい筋肉を使い立ち上がる。
「……クナ、ツイベルハがこっちに来る」
「ツイベルハ様が東に? 珍しいですね」
サビードはクナの質問に対して、六つある眼をぎょろりぎょろりと左右に動かす。
クナは口を動かし続けた。
「もしや、ツイベルハ様が受け持つ西の魔迷宮に何かあったのですか?」
「そうだ。侵食され闇神リヴォグラフ様へ贄が届かなくなったと聞いた。ツイベルハは迷宮を放棄し、北の砂漠、或いは東の海を越えた先に魔迷宮を新たに作るらしい」
北のゴルディクス大砂漠も、東の海も広大すぎて想像がつかないけど……。
と、クナは知っている範囲の光景を想像しながら考えてから、でも、このサビード様がいない状況のほうが何かと得なことも多いのよね、うふ♪ と、嗤う。
真面目な顔を素早く作るクナは、
「そのようなことに……」
と、発言。
でも、七魔将のツイベルハよ?
あの七魔将を負かす? 相手?
管理者の迷宮に対して、逆に侵食を行うなんて……。
そんな大それたことを実行できる相手は何者かしら……。
迷宮に住まわれる、あの御方?
あの蟲の偉大な御方は、関係がないはず。
他の
と、クナは思考を巡らせていく。
サビードは「では外へ向かう」と短く告げてから、クナの帰りの石玉を使い、迷宮の外へと姿を消していた。
サビード様は管理者だけど、あまりこの迷宮に長く留まらないのよね。
いったい、何処に……。
ここから東南あたりのハウザンド高原の崖際に育つローレントの実の収集?
それとも、南のロシュメール辺りでモンスターに扮して冒険者を喰っているのかしら?
永いことサビードの部下を装っていたクナも、その私生活まではあまりしらない。
そんな彼女は、懐から帰りの石玉と少し形の違う魔法陣型の石を取り出す。
その石に魔力を込めると、瞬時に、魔迷宮の深部の研究室へワープ。
□□□□
八角形のオクタゴン空間に冒険者たちの声が木霊する。
「――ふふ、到着♪」
クナが嬉し気な声が響く。
彼女がワープしたのは研究室。
ここはエントロピーを無駄に消費するような無数のアイテムが散乱していた。
そんな乱雑な汚らしい部屋だが……。
彼女の足下の一定の範囲だけは綺麗だった。
彼女が細い足が踏みつけている魔法陣が主な理由だ。
その魔法陣は、クナが経営している地上の店と繋がる〝特別〟な転移魔法陣だ。
そして、周囲の散らかったアイテム群にも意味があった。
邪神の魔力を内包した土偶が目立つところに鎮座しているが、それは意味がない。
しかし、要所に特別な魔道具が設置されている。
クナの生体魔力に、繊細な音を発しながら反応を示す魔道具たち。
反応した魔力波は、規則正しく宙へ放たれて、宙で混ざり合い光の粒に変化を遂げる。
それら光の粒が、真新しい眩しい照明と化していた。
美しい紋章型の照明にも見える。
が、ここは、この魔性のクナの部屋だ。
内実は違う側面も持っていた。
実は、時空属性を持つ者以外が、この部屋に足を踏み入れると爆発する。
次元結界の仕組みの魔法罠でもあるのだ。
同時に迷宮から集めた魔力を彼女へと注ぐ効果も付いた特別な多重紋章魔法でもあった。
恍惚としたクナ。
シャワーのような魔力を体に浴びて、うふふと笑う。
両手を悩ましく伸ばして、感じたような熱い吐息を漏らす。
そして、また、楽し気な雰囲気を醸し出すと、笑みを浮かべたまま、豪華な石椅子に座る。
石机の上にある羊皮紙へ羽根ペンを使い――。
ゼーゼーの都、ダイゼンの徳、尾海の愛、天衣の御劔、ガイガルの影、梟の牙、大鳥の鼻、黒の手袋、星の集い、魔神の拳、といった組織からスロザの個人宛まで、他にも……八支流の……と、彼女は夢中で文字を書き進めていった。
「……終わったぁ」
彼女は背伸びをしてから、立ち上がり、アイテムボックスを操作。
月と樹が合わさったような大杖を取り出し構える。
部屋にある月の意匠が施された魔道具と、その大杖が連動。
すると、巨大なスクリーンが目の前に展開された。
そのスクリーンに、何処かの国の祭典が行われている様子が映し出されていく。
巨大な舞台を数千人の群集が見守る中……。
その舞台の中央部で身を飾った王族か皇帝を思わせる背の高い人に似た種族が……。
権力の象徴を意味する王冠を二重瞼の双眸が理知的な一人の男性に授けている場面だった。
何処の国かしら……。
多数の鳥たちを操作して浮かぶ乗り物も見たことがないわ。
神々を祭るような祭典も兼ねているようだけど……。
灰色の空から凍えるような息吹が吹き始めているし、その風に影響されて多数の鳥、カモメかしら? カモメ系の鳥たちがバラバラになり、運んでいた乗り物が途中で舞台の上に落ちている。
鳥たちは狂ったように、凍えるような息吹に対して鳴いていた。
本当に不思議。何が起ころうとしているのかしら。
と、クナは未知の映像を見て思いを巡らせていった。
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