三百十七話 幕間受付嬢

 城塞都市ヘカトレイルの冒険者ギルド。

 ここに一際、胸が大きい受付嬢が存在した。


 彼女は冒険者を含めた男たちから隠れたおっぱいクイーンと呼ばれ、常に視線を浴び毎日のように口説かれている人気な受付嬢だ。


 そんな人気ある彼女は、ふと、とある冒険者の姿を思い浮かべていた。


 最初は他の男の人と同じで、あまりいい印象はなかった。

 胸ばかりを見てたし、わたしの名前も聞いてくれなかった……。

 結局、最後まで名を聞いてくれなかったけど、不思議とあの眼を忘れられない。


 あの吸い込まれそうな黒い瞳……。

 シュウヤさんが仕事を終えて手続きをしたときに、初めて、この男の人は違うと印象付けられた。強い人、冒険者としての仕事ぶりも凄いんだけど、こんなことは生まれて初めて……。


 あまりこの辺じゃ見ない顔だけど、素直にカッコいいし。

 動物にも優しいし、胸がきゅっと感じることができた男の人。

 名前はシュウヤ・カガリさん。

 個人で唯一の魔竜王討伐に貢献した偉大な冒険者。

 

 愛の女神アリア様……。

 シュウヤさんと再会させてください! 

 神様の愛と恵みと祝福が、わたしとシュウヤさんに与えられますように祈ります。

 そして、今度こそ、フィオンというわたしの名前を知ってもらうんだから!


 でも、今頃どうしているかなぁ。


 と、彼女は一人祈り考える。

 今、シュウヤがヘカトレイルの近くの空を飛んでいるとは、想像もしていなかった。


 フィオンはシュウヤのことばかり考えても仕方ないと、かぶりを振ってから、仕事に集中しなければ……と、視線に活力を入れる。

 机に用意された資料を片手に取り、資料の文字を凝視しながら、その樫机の上に複数ある依頼紙の一つへ視線を向けた。


 その依頼紙には「地底回廊ペルヘカラインの眠り姫伝説」と書かれてある。


 この依頼は誰も成功したことのない。

 しかし、ヘカトレイル後援会、ハイペリオン大商会、サージュ大商会、ムサカ連盟、未開スキル探索教団が合同で依頼を出している特別なもの。


 ヘカトレイルにも数多くのSランク依頼が存在するが、この依頼も噂のみが先行しているのが現状で、まったく進展していない。

 最近はベンラック村に流入している冒険者も多く、Sランクに挑戦するクラン、パーティは少なくなっていた。

 主な情報源として、壁の中から『こっちに来て』、暗い闇の底から『ここよ』と聞こえたり、女性の青白い幻影が突然に現れたりするのを多数の冒険者たちに目撃されたぐらいで、実際にはまだ誰も“眠り姫”を見た者はいない。


 そもそもが、オークの新種、ゼリウムボーン以外の未知のクリスタル系のモンスターが徘徊しているペルヘカラインの地底深い場所から生きて帰った者は少ないからだ。


 現状、どんな優秀なダンジョン案内人シェルパでも、ペルヘカライン大回廊の上層から中層に掛けての一部のみを知っている範囲が精々だろう。

 この上層から中層は、ペルネーテとヘカトレイルが繋がっている地下トンネルのネットワークでもある。

 内実は古代ドワーフの賢者たちが、何世紀にも及んで造られた壁の集合体と噂されていた。


 フィオンは依頼紙を調べながら考える。


 眠り姫を確保して欲しい、か……本当に不思議な依頼ね……。

 確かな情報源があるから、これだけの大商会が絡む依頼なんだろうし。

 

 ドワーフで優秀な冒険者でもある地下遺跡研究家のドミドーンさんも参加を表明しているぐらいだからね。


 あとは……この依頼も。

 針鼠神の彫像に関する調査。

 誰も持ち帰ったことがないけど。何でも、深い地底回廊には、針鼠の彫像があり、その彫像には特別な魔力が備わっているとか。


 その彫像の採取の依頼だけど、誰も見つけたことはない。

 ま、Sランクなんて誰もやりたがらないし、次のAランクの依頼を整理しないと……Aランクは募集も依頼も多いから大変なのよね。

 

 胸があるのも考えものだわ、肩がこっちゃう。

 誰か……ほぐしてくれないかしら。

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