三百十九話 円卓を囲む者たちとノクターの誓い

 ◇◆◇◆



 ここはレフテン王国の王都ファダイク近郊。

 宿と商店が並ぶ大通り、他の都市と同様に様々な種族たちが行き交う。

 そんな大通りの奥まった一角に、炎をかたどった光背をバックに巨大な扇の形をした看板が目立つ三階建ての高級宿【風扇火】があった。


 風扇火はシジマ街の建物と似た外観を持つ。

 屋根は黒瓦と繋がる軒先で、光を帯びた横長の銀蛇と黒龍が施された雨樋があった。


 建物の外観はファダイク地方独特の模様でもある。

 銀蛇と黒龍は、『不屈獅子の塔』または『不窟獅子の塔』と呼ばれている塔の三十階に巣くう銀蛇アウターと黒龍ヒルハウンドとして有名だからだ。

 その不窟獅子の三十階で立ちふさがる二大ボスモンスターを倒して上階へ進出した冒険者は、未だに存在しないとされている有名なボスモンスター。


 当然、ボスを倒して得られる宝箱も未知数。

 

 このことからも分かるように、過去数百年に於いて冒険者はこの二大モンスターを倒したことがないということだ。

 

 しかし、とある古文書と石碑には獅子に纏わる秘密がある。

 数々のボスモンスター討伐の証拠と、一つの天まで伸びる塔が、なぜ、不屈と不窟と呼ばれることになったのか……なぜ、獅子と名が付くようになったのか……。

 

 古代文字の暗号で記されているのだが……。

 この古文書と石碑は、未だに解読されていない。

 解読スキルを持つ古代史学者はある秘密を共有していると、囁かれているが、それは……。


 そして、塔の三十階では、数々の遺品が地層のように埋もれている。

 その遺産で一攫千金を狙うか、または強さを追い求めて、命知らずの腕の立つ冒険者たちが、日夜、三十階に突入しては敗れ去っていた。


 そういった理由で冒険者たちを含めた、この地方の闇社会の間では、恐王ノクターに次いで、度々、不屈獅子、不窟獅子の塔の三十階に登場するボスモンスターを力の象徴として用いることがある。


 そんな銀と黒が織り成す光を帯びた蛇と龍の雨樋は、軒先から大部屋の天井を這うように続いていた。

 

 その三階の天井は、茄子紺の夜空がモチーフ。

 天の河原のように大小様々な形の宝石で夜空が再現されていた。

 綺麗な夜空を銀蛇と黒龍が長細い胴体をくねらせながら自由に泳ぐ立体造形。


 まさに芸術。

 かの有名なセジ・ウルフという彫刻家職人&冒険者だった人物が作り上げた逸品だ。


 そんな芸術の象徴と呼ぶべき代物が天井の中央にある。

 それは蛇と龍がとぐろを巻きながら下方へと伸びた巨大シャンデリア。

 

 龍と蛇の大きな顎が、動き出して、下の円卓を飲み込みそうにも見える。

 周囲の者に、そんな想像をかきたたせるほどに口を大きく広げていた。


 そして、その広がった龍の口から、幾つもの細い蛇のような炎が吹き出されていく。


 吹き出た炎は、泳ぐように飛び回る。

 宙に幻想的なグラフィックアートを生み出す炎は、円卓の上に規則正しく並んでいる卵の形をした魔道具へと、何回も衝突を繰り返していた。


 衝突を繰り返す度に、湾曲したガラスの表面から綺麗な光条が空中へ伸びていく。


 儚い線香花火のような光。

 最後の強い光を宙に残しながら、円卓を囲む人物たちの様子を映していった。


 円卓を囲む者たちは高額な報酬の依頼を受けた者たちで、皆が強者。

 闇の仕事を専門とする者、たまたま旅をしてきた者、多種多様な闘技経験がある者、闇でも表でも何でも仕事をこなしてきた者、A級冒険者を多数殺してきた者、ある獣人を殺したい者、ただ金を集めたいだけの者。と様々だ。


 その中で紺色の花飾りを髪に装着している女性が、


「なかなかのメンバーね」


 と発言。

 すると、ポンチョを着た女性が、短槍を頭上に掲げた。

 その短槍の穂先から茶色の蛇を生み出した。

 茶色の蛇は幻想的にゆらりゆらりと動いていく。

 そんな幻想的で茶色の蛇を、短いローブを着ていた男へと差し向けた。 


 男は、


「止めろ――」


 と、叫んだ瞬間――男の両腕が裂けた。

 裂けた間から出たのは、骨ではなく黒龍の形の剣、その剣が直進――。

 黒龍の形の剣刃で茶色い幻影の蛇を貫いた――。

 ジュアッと音を発しつつ、茶色い幻影の蛇は蒸発して消える。

 

 裂けている肉は腕の襟巻蜥蜴のようにビラビラと拡がりつつ血飛沫を周囲にまき散らしていて、痛々しさもあるが、 男は表情を変えない。

 

 茶色の幻影の蛇を発生させていた女性は、


「ふーん、つれないわね」


 幻影の茶色の蛇が消されても平気と言わんばかりの雰囲気を醸し出した。


 そんな強者の会話を涼しげに眺めていた銀髪の男もいる。

 

 四角い輪郭の頭部を持つ。

 双眸は藍色と銀色の不揃いで、鷲鼻だ。

 銀髪の男は、不揃いの瞳に魔力を発生させた。と、その瞳の色合いが焦げ茶色に統一される。


 焦げ茶色の魔眼はどんな効果があるのか不明だが、


「お前たちは……」


 と発言。

 その銀髪の男の視線の先には、女と男がいた。

 女のほうの両目は、赤布で覆われている。

 和風のマントを羽織る。目が不自由と分かる女は、


「理力、理力……狙うは一時、されど時に非ず」


 と静かな口調で答えていた。

 銀髪の男は、


『理力? 意味がわからない』


 と言うように眉を下げた。

 首も傾げる。円卓に座る者たちも銀髪の男と同じく盲目女性に注目した。

 

 すると、


「そういうお前は?」


 盲目の女性の代わりに、そう発言したのはボウガンを肩に掛けている巨漢だった。


 独特の存在感を放つ男。

 

 巨漢は盲目女性の相棒らしい。

 と、円卓を囲む全員に思わせる。


 その巨漢のボウガン使いと、盲目女性を睨む銀髪の男は、


「……俺の名はピアソン。賞金稼ぎだ。天凛堂の外、街路樹で見かけた面だな」


 そう発言。


 ピアソンは筋肉のデザインが目立つ黒革鎧を装備中だ。


 黒革を縁取る銀糸は特注の糸。 そして、胸元には多数の短剣を爆発反射装甲のように装着されている。


 腰には金のバックル。

 魔力を帯びた黒布が結ぶ反った魔剣。そして、パイプ型キセルをぶら下げていた。


 巨漢の男は、ピアソンと名乗った銀髪の男が装着している魔武具を確認。


 もしや、あの『魔布使い』の賞金稼ぎか? 


 と考えながら、


「……あの場にいたからな。俺の名はエン・ボメル。相棒はアコ・オブライエン」


 ピアソンはエン・ボメルの名に聞き覚えがある。

 

 片頬をあげてニヤリ。

 銀髪の男の口を隠す灰色布の襞が撓んだ。


「聞いたことがある。確か、【陰速】の幹部。エンアコの仕事人」


 ピアソンの言葉に太い首を縦に動かして頷くエン。


「……闇の枢軸会議にも色々諸派があり、その【陰速】からは脱退した。そういうピアソンは【魔布使い】と言われた賞金稼ぎだろう?」

「ふっ、聞いたことがあるか」

「そりゃな。特異な布を使い犯罪者を必ず捕らえる凄腕賞金稼ぎと聞いた覚えがある。金にがめついのが玉に瑕と。そういうピアソンは天凛堂の戦いに参加していたのか?」

「いや、戦いには参加していない。外だ。軒先にぶら下がって見学していた」

「俺たちと同じか……」


 左手の太い指で、自身の髭をじょりじょりと弄りながら語るボウガン使い。

 その左手の指先は、不自然に変形している。


 ボウガンの引き金の形に合わせたような形だ。


 その太く形が違う指を不思議に思いながら見つめた銀髪の賞金稼ぎピアソン。

 

 彼は天凛堂での戦いの様子を脳内で再現しながら口を動かしていた。


「……影翼旅団による血長耳を含めた八頭輝潰し。その結果がどうなるか。あの月の残骸の夜の戦いは闇社会だけでなく、気になる者は多かっただろう」

「そのようだ。ま、俺とアコは、たまたまな面もある。ある魔人から追跡を受けている立場なんでな?」


 エンの言葉に傷跡がある眉を動かし驚くピアソン。


「ある魔人から追跡だと? 【陰速】も仲間割れとは……もしや、ペルネーテで権勢を振るった魔人ナロミヴァス・ベラホズマが姿を消したことに関係するのか?」

「理力は刀でこそ輝く……」


 盲目女性のアコはまったく関係のない言葉で、自らの気持ちを表現するように語った。

 盲目女性は和風マントを下ろして、チューブトップの魔布を使った防護服を晒した。


 女性らしい裸体と分かる。


 その女性が語る理力の意味を、辛うじて知るのは、この場では、巨漢の相棒エンしかいない。


「……微妙に関係はあるかもしれないな」


 そう巨漢のエンが肩に抱えたボウガンの位置を変えながら答えていた。


「ほぅ……」


 この盲目女、頭がオカシイのか?

 魔闘術の類いは一流で、装備も一級品。

 腕は立ちそうだが……。


 と、灰色の頭巾をかぶるピアソンはエンとアコを見て、思考するが、俄に顔色を変えた。

 

 同時に視線を障子に向けた。

 魔力を探知したからだ。


 そのピアソンは、


「大金の仕事だ。どんなことになるやら……」


 くぐもった声を発して、双眸を焦げ茶色に変化させた。

 その焦げ茶色の魔眼で、部屋の出入り口の障子を凝視。


 行灯の明かりが、鋭いピアソンの虹彩を照らす――。

 

 ピアソンは優秀な<魔探知>のスキルを持つ。


 戦闘能力だけでなく索敵系能力も、この円卓を囲む者の中では、抜きん出た存在がピアソンだ。


 その察知通りに……。

 行灯が挟む障子が開いた。


 そこから姿を現したのは……。

 無愛想な猫獣人アンムル


 【ノクターの誓い】の盟主。

 ホクバ・シャフィードだ。

 

 ホクバは宰相ザムデに八頭輝の動向と地下オークションの委細の報告を終えていた。


 そのホクバの背後から、樫の木の重々しい樽を胸に抱えた者も現れる。

 【ノクターの誓い】の幹部だ。


 ホクバは三つ目を動かしつつ大部屋の様子を窺い……。


 一呼吸。

 

 首元の留め金を一つ二つと外してクロークを緩めた。

 その緩めたクロークの布を背中側に移し、肩の留め金でクロークの布を留めてから部屋に入った直後。


 円卓を囲う者が反応。

 立った者が、ホクバを睨むと、


「ホクバァァァァ」


 奇声を発した。

 そう叫ぶ者は、合成魔薬クリスタル・メスの中毒にかかったように頭部と首が横に膨れた。


 怪異な者。

 円卓の者たちは驚いた。


 その叫んだ者は、細い体から黒色の魔力を乱雑に発散させている。

 黒髪に細い体は日本人を想起させる。

 

 鴉のような黒髪が揺れると、椿油の匂いが周囲に漂った。

 それは、本来いい匂いではあるが、これは毒染みた匂いだ。


「ウラァァッッァアァァァ」


 再び、命が擦り減るような奇声を発した黒髪の女は、恨むような声を発し続けながら、ホクバ目掛けて海老反りになると――。


 骨を折る音を体から響かせつつ不自然に背中をぐわりと湾曲させる。


 ぽきりぽきりと背骨が折れ曲がる。

 黒髪は床につかず浮く。

 その黒髪の女は、乳と腹を露出させつつ逆さまのまま両手の爪で地面を引っかくように移動を始めた。


 黒髪の女は妖怪染みた動きでホクバへと向かう。

 裸足の足音が恐怖を助長させた。

 その黒髪の女の体から怨念染みた頬肉が削げ落ちたような幽体が出現する。


 その幽体は額に卍のマークが回転していた。


 すると、大柄の猫獣人アンムルが前に出る。


「兄貴、ここは俺が受け持とう」


 ホクバを兄と語った大柄の猫獣人アンムルは四腕で、短槍と長槍の二つの魔槍を持つ。


 独自の槍構えだ。

 猫獣人アンムルは<魔闘術>を発動させる。

 

 魔闘脚の技術。

 略して魔脚という技術を用いて、靴の踵で硬い床を蹴った。


 ――槍使いの猫獣人アンムルは勢いよく前に出る。


 足元から煙が舞っていた。

 大柄の猫獣人アンムルは前傾姿勢のまま迫る黒髪の女と間合いを詰めるや――。


「<牙衝>――」


 スキル名を小さく呟いた。

 小さい声とは対照的に、凄まじい速度の勢いが、右の上下の腕が握る魔槍に乗っている。

 猫獣人アンムルの魔槍が鮮やかに紅色に光った。

 その魔槍の穂先が黒髪の女の背中を捕らえズニュリと背中を突き抜けた。

 

 串刺しにされた黒髪の女は、隈があるやつれた表情から苦悶の表情へと移り変わった。まだ生きている。


「ゲェッ」


 槍使いの猫獣人アンムルは黒髪の女の痛がる声を無視し、魔槍の柄を捻り動かした。

 紅色の魔槍の矛で黒髪の女の心臓ごと細い背中を裂いた。


 猫獣人アンムルは攻撃の手を緩めない。

 魔槍を引いて、全身に魔力を込めると――。


「<槍牙衝・黒狼>」


 スキルを発動。紅色の魔槍と短槍と、すべての腕に魔力が集中。

 魔力が集中した短槍と二腕の表面に、黒い狼の幻影が浮かぶ。

 と、黒い狼が両肩ごと両腕を呑み込むように両腕に重なる。

 黒い狼を擁した猫獣人アンムルの槍使いは腰相撲をする動きで前進するや――。


 黒い狼の幻影が纏う短槍の穂先を黒髪の女が出した青白い幽体に向けて繰り出した。

 下半身の強さがある腰の動き。独自の槍武術だ。


 黒い狼の幻影を擁した短槍が青白い幽体の胴を突き抜けた。


 青白い幽体は、黒い狼の幻影と短槍に喰われたように「ギャァァ――」と断末魔の叫び声をあげながら消失――。


「……へぇ、わたしの槍に近い能力?」


 黙ってなりゆきを見ていた紺色の花飾りが目立つ女槍使いが感心しながら言っていた。


「さすがは黒狼のソレグ兄!」


 ホクバの後ろで見ていた武芸者崩れのヌハだ。

 長剣の柄に手を当てながら喜びの声をあげていた。


 彼も猫獣人アンムルであり、ホクバの弟だ。

 体格は少しだけホクバより大きい。


 そのヌハが、親しげにソレグ兄と呼んだ槍使いも、彼の親戚。

 猫獣人アンムルと人族のハーフでありホクバの従兄弟にあたる。


 そして、槍使いソレグには、別の名もあった。

 その見た目と槍技から〝黒狼連れの槍使い〟と呼ばれている。

 彼は獣魔使いの戦闘職業から派生した<獣衝槍師>という戦闘職業を獲得していた。


「兄貴、この奇怪な技を使う相手は……」

「そうだ。【東亜寺院】の連中で間違いないだろう」


 ソレグは、兄ホクバの宗教組織の言葉を受け三つ目の中央の眼球を瞑る。


 またか……。

 というように溜め息を吐きながら魔革鎧の背中のベルトと連結した留め具に愛用している短槍と長槍を引っ掛けて装着していた。


 装着した瞬間――。

 二つの魔槍から不気味な声が漏れた。

 ソレグは背中から漏れる声には反応を示さない。


 そのソレグは背中で魔槍が交差している格好のまま、ハゼの十字傷が目立つ頭部を見る。


「……【東亜寺院】はしつこいですからねぇ」

「ハゼ、レフテン内にある拠点はかなり潰したはずだよな?」

「はい。しかし、古びた寺院はそこら中にありますから、対策は取りようがないですね」


 請負人ハゼがホクバの問いに答える。

 黄色髪の額に十字傷を持つハゼ。

 双眸が魔布で覆われて眼窩の内部に魔布がめり込んでいた。


 ハゼとホクバとは実の兄弟ではない。

 しかし、小さい頃からの兄弟のような付き合いだった。


 そして、一見、ハゼは盲目に見える。

 が、内実は違う。

 ハゼは恐王ノクターを信奉している貧しい家系に生まれた時から特別な<恐眼>を身に宿して特異な視界を有していた。幼い時に目が潰れて奇形児と勘違いした薄情な家族によって奴隷商に売られてしまうが……<恐眼>のスキルを用いてなんとか脱出。

 

 しかし、奴隷商お抱え傭兵に追跡を受けて追い詰められてしまった。

 多勢に無勢、囲まれて『ここまでか』と思ったハゼ。

 彼の前に仁王立ちする屈強なホクバとソレグが現れた。

 

 当時、闇の界隈では極悪兄弟と揶揄されていた猫獣人アンムルたちだ。


 そのホクバたちに救われたハゼは、ホクバたちが率いる【ノクターの誓い】に忠誠を誓う。

 裏から【ノクターの誓い】を支えるようになると、瞬く間に頭角を示し、今では事実上の【ノクターの誓い】の副長だ。そんなハゼだが……。

 己の<恐眼>の為に必要な対価があった。

 それは、信奉するノクターへと挾間ヴェイルの薄い風魔の崖下にある洞穴で、捧げモノを行う儀式が必要なのだ。


 そして、恐王の洞穴祭壇がある地域から離れてはいけないという制約がある。

 だから、ハゼは、この地からあまり遠くには行けない。


 そのハゼに向けてホクバは頷く。


「……まあ、仕方がない。今回は派手に募集をかけたからな」


 ホクバは幹部のハゼだけでなく、この大部屋にいる者たちに語る。

 そして、猫獣人アンムルらしい三つの目を剥く。


 厳しい表情を浮かべたホクバ。 

 円卓の前にまで進むと猫獣人アンムルの四本の腕を広げた。


 大きな態度を示しつつ、 


「……よぉ、この場に来たということは〝仕事を受けた〟と、認識していいんだな?」

「……」


 座っている者たちは、皆、声を出さずに首を縦に動かす。


「地下オークションで仕入れた高級戦闘奴隷だけじゃ物足りねぇからなァ。【月の残骸】の特に槍使いへと対抗できる新たな力として期待している」


 ホクバは威厳を意識した口調で皆に話していた。

 すると、背後の弟のヌハが前に出て、


「兄貴たちもいるってのに、こんなに傭兵たちが必要か?」


 ホクバは『何を言っている?』と思いながら双眸に力を入れて、


「必要だ」


 と、語る。

 その厳しい視線を受けたヌハは構わず、


「相手は八頭輝だが、迷宮都市ペルネーテを本拠とした闇ギルドの一つだろう? こちらから仕掛けないかぎり、何もおきないんじゃ?」


 ヌハはそんな予想を立てていた。

 ホクバは長い眉毛を微妙に歪ませる。


 側頭部に指を数回当てながら、


「ヌハ、お前はバカか?」

「……バカでヌハだよ」

「かかか、やはりヌハだな。兄貴、こいつに説明しても無駄だぜ」


 槍使いソレグが、左上腕と右上腕を頭に当て、笑いながら話していた。


「ソレグ兄。無駄だろうと教えてくれよ!」


 兄の猫獣人アンムルたちに比べて、純朴そうな雰囲気を持つ、眼が大きいヌハが四つの腕を突き出して訴える。


「……ヌハさん、総長の姿に気付きませんか?」


 少し鈍いヌハの三つ目たちが一回転して、蠢く。


「んん? ハゼ、どういう……」


 眼球の回転あと、ハゼの言葉を聞いて、兄が玩具のように、いつも連れていたネレイスカリが消えていることに、ようやく気付いたヌハ。


 三つの眼球の虹彩が広がる。


「お気に入りの姫奴隷が消えている!」

「そういうこった。これは俺の責任だ。もう宰相には知らせてある。作戦の許可も下りた。だからこそのこの人材集め・・・・・・なんだよ」

「分かった。ペルネーテに乗り込むんだな?」


 弟のヌハの言葉を聞いた兄ホクバは、溜め息を吐いてから、


「……お前は、姫が槍使いを、月の残骸を、オセベリアを利用して、このレフテン王国の講和派の拠点に乗り込んでくるとは考えられないのか?」

「姫が利用……」


 ヌハはヌハなりに思考していく。


「いいからお前は黙って、俺とソレグの指示に従っておけ」

「なんだよ。分かったよ! そんな冷たい視線を向けるナよ、ナァ」


 ヌハの間抜けな声を無視したホクバとソレグ。

 ホクバはソレグと視線を交わらせてから、円卓の上に両の掌を置く。


 集まった皆に向けて、表情を険しくしながら口を動かす。


「……見苦しいところを見せた。もう予想していると思うが、今回の招集目的は、サージバルド伯爵の暗殺だ」


 この言葉に、円卓の周りに座っている者たちが騒ぎ出す。


「レフテンは内戦を始めるつもりか?」

「戦争をおっぱじめるとは……」


 ざわつく彼らを鋭い目つきで見据えたホクバ。


 強者たちの集まりだったが兄に対する態度が悪いと、文句を言おうとしたソレグを、右手で止めるホクバ。


 そして、闇ギルドの総長として、威厳を示すように頷いてから、


「……暗殺の結果、内戦になろうが構わない。宰相閣下様から大金はもう得ているんでな? 八頭輝らしく闇の仕事を完遂する予定だ」


 幹部のハゼはホクバの言葉に頷く。

 ハゼは恐王ノクターの信奉者。

 ノクターから授かった魔眼を持っているとはいえ、ただの普通の人族だ。


 そのノクターから授かった魔眼を巡り、導かれた魔族が接触してきたこともあったが、人族なんてゴミ同然に扱うモンスターと同じような相手。彼は魔族との接触を断っていた。


「……お前にあまり理力は感じない。が、そっちの方は理力を感じる。そして、これは〝始めある者には必ず終わりあり〟と同じ。一度、依頼を受けた以上、参加する」


 盲目女性は仕込み刀を頭上に掲げて宣言。

 続いて、盲目女性の相棒である、巨漢が、彼専用の特殊クロスボウを頭上に掲げて、


「同じく、金払いがいい仕事だ。矢軍貝のエン・ボメル。参加する」


 二つ名を自慢気に喋りながら参加を表明。

 円卓を囲む他の手練れたちも次々に参加を決めた。



 ◇◆◇◆

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