二百九十七話 会合・前編
もうすぐ年末。数日前からカザネの娘であるミライが、地下オークションの件で俺の屋敷を訪れるようになった。
「魔金細工の応用か! クレセントメンダインと鳳凰角の粉末を使うとはな」
「うん、ザガとボン君がいるからね」
「エンチャント!」
「しかし、わしやボンの前にミスティの才能だ。魔術総武会から誘いはこんかったのか?」
「来たわ。でもヘカトレイル、ううん、昔の話は無し」
「そうだった、すまん」
この会話の通り、ザガとボンも頻繁にミスティの作業場に来るようになっていた。
俺はミスティと彼らの作業を見守っている。
暫くして……
「やった、マスター見て」
「エンチャントッ」
「おぉ、成功だ」
ムンジェイの岩心臓をベルバキュのコアの内部へと組み込むことに、ザガ&ボンのお陰で成功していた。
この間のように爆発事故から怪物が生まれなくてよかった。
しかし、
ムンジェイの岩心臓とベルバキュのコアはちゃんと融合を果たしていた。
金属の結晶体が繋がっている管から青白い液体を送り合い、心臓とその回りを囲う白い金属の骨格が不自然に大きくなったり物凄く小さくなったりと蠢いている。
「後は、命令文の細かな作業と外骨格の強度の質ね。ムンジェイの効果で、迷宮にも持っていけるようになるし、携帯が可能」
「まだ未完成だが、ミスティは天才だ。軍が扱う最新式の
「エンチャントッ!」
「ふふ、ありがと。でも、何度も言うけど、ザガの技術とボン君の
「謙虚な奴だ。だが、まだ未完成だな、コーンアルドの部分はもう少しコンパクトにできる」
「うん。表面に突き出た部分、丸くして、これから試行錯誤が待っている……」
トライ&エラーか。辛そうだけど楽しそう。
ザガとボンも誇らしげな顔だ。
「んじゃ、俺はここまで。そろそろミライが来る」
「おうよ」
「エンチャント!」
「了解ー」
ハイタッチして喜ぶザガ&ボン&ミスティの様子を見てから工房を出た。
そこに丁度よく、ミライが大門から姿を見せる。
中庭は大魔石収集を終えていた血獣隊同士で模擬戦が行われていたが、ミライは見向きもしない。
「こんにちは、少々遅れました」
「それじゃリビングへ」
「はい」
そして、血獣隊を監督していたお姉様ことヴィーネと合流し一緒に本館へ向かいリビングに案内した。
「座ってくれ」
「では、失礼して」
ヴィーネを交えて、座ったミライと会話を行う。
その彼女から地下オークションの開催場所が告げられた。
次に八頭輝の専用宿、天凛堂ブリアントの最上階に部屋を用意したとか言われたが、断る。
「鉄塊のブリアントが主人なのですが、それでは不安でしょうか?」
「その鉄塊の人物はよく知らないが、俺はここに家があるからな」
「……分かりました。お母様のお話されていた通りなんですね。ですが念の為部屋は用意しておきます」
「カザネは俺のことで何か?」
「はい、シュウヤさんに関係するだろう未来は不確定要素ばかりで、黒い翼の力が見えたり見えなかったりしたようです。念のために天凛堂という宿に変えて雇い入れた護衛の数を増やしています」
ブリアントってオーナーは優秀な元冒険者とか?
カザネとミライは色々と大変そうだ。
続いて、出品予定のアイテムはあるのか聞かれたが、ないので、買う側へ回り、素直に競売を楽しみにしていると話をしていった。
「……出品アイテムは事前に教えてくれないのか?」
「ある程度なら、わたし共はチェックしていますが、まだわたしたちにも秘匿された物もありますし」
ならば、目的の物を。
「魔王の楽譜の出品はある?」
「ありますよ。事前に買いに動いている商会が幾つかあるので、幾つか予定から消えるかもしれませんが、大抵はいつも出品されますので。勿論、偽物ではなく本物です」
あるにはあるが、事前に買いに出ている商会もあると……。
「その商会と接触はできるかな? 俺も事前に買いたいんだけど」
「難しいかと。連絡を受けている範囲ですと、この都市外の商会たちばかりなので」
「そっか」
難しいなら素直にオークションを利用するか。
別段絶対必要というわけじゃないし……シーフォ、遅くなったらごめんな。
「では、前日に行われる会合の出席の確認です」
「出席する」
「了解しました」
「オークション中に食事とか出されるの? 催しとか」
「そんなのはありません。第一部の高級戦闘奴隷。第二部の未知なアイテム類。それだけです。余計な物は一切ないです」
「へぇ」
そのまま、好きな食材、趣味、カザネの転生者の話、アシュラー教団とは何なの? 額のマーク触っていい? 彼氏は居るの? アドリアンヌの顔はどんなの? といった世間話をしてから、
「……それでは失礼します」
「おう」
ミライは帰っていく。
「ご主人様、ついに会合ですね」
「あぁ、少し緊張してきた」
ヴィーネとは共に出席予定だ。
「大丈夫ですよ。ミライも言っていたじゃないですか、挨拶だけと。どんと構えていればいいんです」
「そうだな」
エヴァ、レベッカ、ミスティは各自、自分のやりたいことをやっているので忙しい。
ユイとカルードはもうじき帰ってくるはずだが……。
そのカルードは、サーマリアから呼び寄せていた昔のツレと合流していた。
名は鴉。おっとり系の美人な方だった。
鴉とカルードから闇ギルド創設に向けて相談を受けたが……正直、分からないことが多いので、メルへ話を回した。
鴉とカルードは旅立つ準備を進めている。
因みに、俺はすぐにピンときた。
カルードと鴉は、男と女の腐れ縁だと。
ユイは分かっているようで、あまり話さなかったが。
ま、プライベートだ。詮索はしない。
さて、他にも事前に話を通しておく人物がいる。
「……キャネラス邸に向かう」
「はい」
俺とヴィーネは
爆速タイムで貴族街のキャネラス邸に到着。
長耳を凹ませているヴィーネをお姫様抱っこしながら、門が開いていたので、歩いて敷地に入った。
「ヴィーネ、降ろすぞ」
「はい――」
降ろした際に、頬に優しくキスされた。
「ふふ」
ヴィーネは嬉し恥ずかしの表情を浮かべ銀髪を靡かせて庭の先に歩いていった。
最近、不意打ちのキスが多いような気がする。
ここは前と同じく、情趣に富んだ庭だ。
檜木と大理石の建材が使われたアールデコ風の屋敷。
玄関で使用人に遭遇、その使用人に屋敷の内部へ案内される形でキャネラスと再会した。
オークションには八頭輝として出る旨を、彼に伝えていく。
「……地下オークションは別ルートでの出席なのですね。分かりました。契約云々は抜きにしてシュウヤさんと今後とも仲良くしていきたいところです」
「はい、こちらこそ」
「わたしは高級戦闘奴隷、それ以外にも靴の商会と綿菓子商会を持っているので、シュウヤさんなら、特別に普段その店で売っていない特殊な戦闘靴をお売りいたしますよ」
「ほぅ……」
「スキルを用いて作成された特殊靴。オーダーメイドなので、あまり表に出ない地下オークションにも出ない品です。是非利用してほしいものです。他にも綿菓子を用いた商取引、王都から南の海岸線ルートから仕入れているバナゴを使った新商品も販売予定なので、シュウヤさんなら安くお売りいたします――」
と、にこやかに商談を含めた、様々なことをヴィーネと一緒に話していった。
◇◇◇◇
そして、オークション前日。
「こんにちは、シュウヤ様、準備はできていますか?」
ミライだ。彼女は相変わらず、額に印がある。
一度その理由を聞いたが、カザネの過去話に出てきたインド系の話を気に入ったようで、それ以来、印を、化粧魔道具で入れるようにしたんだとか。
そんな彼女はミニスカート姿なので、つい生足を見てしまう……。
「……できている」
「はい、会合場所でのお供は、三名のみですが、誰がこられるのでしょう」
「わたしよ」
最近、髪型を少し変えたユイの言葉だ。
彼女は横の髪を耳裏に流して、表に耳を出している。
少し前に、耳、見せてみたらどうだ? 可愛いぞ。と会話したのを覚えていたらしい。
そのユイは、神鬼・霊風の鞘を左肩に掛けるように抱えた状態。
そして、<ベイカラの瞳>を発動していた。
目尻あたりから放出している白い靄のようなモノの練習かもしれない。
彼女の目の能力は、エヴァのような念動力はないが、どんな風に発展を遂げていくのやら……。
ミライを凝視しているので、馴れ馴れしい彼女をターゲットに加えたのだろう。違うかもだけど。
「……わたしもです」
続いて椅子に座っていたヴィーネが、立ち上がりながら話していた。
光沢している綺麗な銀髪。顔の右上半分は銀仮面だ。
腰ベルトに連結した吊り下げタイプの剣帯に赤鱗の長剣ガドリセスが納まっている。
彼女のスラリとしたレースクイーンを彷彿とさせる長い足はたまらない。
ヴィーネは、俺と視線を合わせると、微笑みを浮かべてから銀仮面の位置を調整していた。
そういう何気ない笑顔が……人を幸せにするんだ。
「わたしもです、副長なので」
【月の残骸】の代表者としての立場のメルだ。
メルもヴィーネに劣らない脚線美を持つ。
彼女の場合は女優さんもできそう。
「わかりました。では、表に馬車を連れてきていますので……」
と、そのミライに誘導される形で屋敷から外に出る。
中庭の外、大門前に止めてあった、専用の馬車まで誘導される。
歩きながら陶器の猫たちに魔力を込める。
動物の猫たちが現れた。
「ニャァァ」
「ニャオ」
アーレイとヒュレミ。
「にゃ」
ミライは一連の出来事も黙って見ていた。
「アーレイとヒュレミたちもロロ様に負けじと、ご主人様のことが大好きなのですね」
「そうだと嬉しい」
「猫ちゃんたち、ロロちゃんの家来なのね?」
「ん、にゃおん」
顔を上向かせて『そうだニャ』と鳴いてそうなロロさんのドヤ顔であった。
「……準備は宜しいですか? 新しい猫好き八頭輝様……」
ミライは速くしろ風の皮肉めいた口調だ。
「了解、今、乗るさ――」
「はい」
「うん」
ヴィーネ、ユイ、メルと一緒に、棺桶のような専用の馬車に乗っていく。
「ンン、にゃー」
「ニャァ」
「ニャオ」
三角飛びを行うように馬車横の板を足場に跳躍して、俺の肩に器用に乗ってきた。
その際に馬車の一部に爪跡が残る……。
ハハ、と、気付かないふりをして、ユイとヴィーネに視線を向けた。
「会合の八頭輝たちが一夜に集う日。少し緊張してる?」
「その場に行ったら、緊張するかもしれない」
ユイの言葉に頷く。
そこに、一緒に乗っていたアーレイとヒュレミたちが、俺の腿の上に乗ってきた。
可愛らしい肉球の感触と体重を感じ取る。
「にゃ」
肩に居たロロが、太股上に居るアーレイとヒュレミへ向けて鳴く。すると、アーレイたちは猫の小さい置物に姿を変えていた。そのストラップ風の置物をハルホンクの胸ポケットに入れていく。
「偉いですねー」
「ロロちゃんの指示を聞いたのかしら」
まったりした空気の中、馬車が進み出す。
『閣下、ロロ様に乗れば一瞬ですよね』
視界の片隅でユイの肩に座っている看護師姿のヘルメちゃんが語る。
確かに……ロロならばすぐに着く。
『……そうだが、何か流儀があるかもしれないので合わせておくさ』
『はい、魔素の怪しい流れがないか警戒を強めておきます』
『たぶん、大丈夫だと思うけど』
ヘルメとの脳内での会話中にも馬車は進む。
会合場所はどうやら、都市の北側か。
ユイ、ヴィーネ、メルとテンテンデューティーの美味しさと、そのジュースを作り上げた黒髪の職人についての会話を続けていると馬車が止まった。
「ここです、降りましょう」
降りた屋敷を一目見ただけで、ここが貴族街だと分かった。
屋敷の玄関は普通の格子門。
庭を通り、開かれた大扉から屋敷内へ入った。
赤い絨毯が敷かれた廊下を歩いていく。
肩の
俺の少し後方の左右の位置にヴィーネとユイが控えている。背後はメル。
お供は三名のみ。
と、言われたこの会合へ、誰を連れていくかで、実は揉めに揉めたが……省略。
俺はヴィーネとユイを選択した。
メルは月の残骸の首脳なので外せない。
左目に宿る精霊ヘルメのことは、ミライに黙っているので指摘はされなかった。
勿論、右手にある新しいもう一つの指、イモちゃんにも気付かない。
注視したら気付くと思うが、意外に盲点かもな。
この新しい指。
腕の場合はさすがに気付くと思うが……。
「……ここです」
「ここ?」
「はい」
イモちゃんの指のことを考えていたら、ミライが足を止める。
横長の壁が続く廊下だけど、魔力が漂っている?
彼女は、その壁へ手を当てると、その手が触れた壁に真っ直ぐ裂け目が入り、その裂け目から左右へ壁が動いていく。
自動ドアとは、驚き。
「わっ、新しい部屋が現れた」
ユイが言ったように、奥行きが広い空間が現れる。
「このような仕掛けが……」
「にゃっ」
皆、驚いている。
肩に居る
「……これは魔造家と同じ技術と聞いています。地下オークションの間のみですが、オードバリー家に所属する職人たちを【アシュラー教団】が何人も雇っているので、こういったことが可能なのです」
ミライは説明していた。
ミライの所属するカザネの【アシュラー教団】か。
宗教活動で金がどれくらい手に入るか分からないけど、金回りは良さそう。
「……魔造家なら知ってる」
桃色髪の姫様から貰った魔造家を持っている。
オードバリー家の名前はどっかで聞いたことがある程度だな。
「そうですか。あまり出回ることがないアイテムですよね。では、こちらです」
ミライは笑みを浮かべて語ると、壁が左右に開かれた先の空間へ足を踏み入れていた。
彼女はミニスカートだ。生足が素晴らしい。
しかし、今は【月の残骸】の総長としての立場。
エロい視線はそこで止める。
ヴィーネ、ユイ、メルへ視線を巡らせ、頷いてから、俺たちもミライの後に続いた。
空間は大きな部屋。中央に大きな円卓がある。
闇ギルドのトップの面々と思われる方々が卓を囲うように背凭れ付きの椅子に座って待っていた。
マジックランプの緑光が、円卓を縁取るように、複数個、円卓の端に設置されてあるので、トップの方たちの表情が不気味に照らされている。
奥の壁に飾られた松明の赤紫の炎も、円卓の机を照らしているので、緑と赤紫が合わさり独特の雰囲気となっていた。
更に、奥の壁の刷毛で掃いたようなデザインが、赤紫色の炎により爛れて見える。
さて、きょろきょろしている暇はない。
肝心の中央、緑色に光る円卓へ向かった。
……少し緊張してきた。
「……少々遅れましたが、到着です」
「ご苦労、ミライ、こちらへいらっしゃい」
ミライを呼ぶのは怪しい金色の仮面をかぶる女性。
「はい、アドリアンヌ様。では、シュウヤ様、そこの空いている席へお座りください」
「分かった」
ミライは空席を腕で差し示してから、離れていく。
……椅子に座っている闇ギルドのトップたち。
彼ら、彼女らから、凄まじい魔力を伴う厳しい視線が、俺を襲った。
未だかつてないプレッシャーだ。
……怖すぎるが、気持ちを表に出さず、堂々とした態度で空いている椅子に座った
右に座る闇ギルドの盟主は、猫獣人の方だ。
左の方は、魚人系の種族と思われる方が座っている。
ミライは反対側の位置に座るアドリアンヌと名乗っていた女性の背後に控えていた。
アドリアンヌの隣には、老婆、仮面をかぶっているカザネの姿もある。
しかし、何だろう。
この緊張感、慣れない……。
座っている盟主たちの格好は種族ごとに特徴ある様々な姿……俺はCEOが出席する重役会議にノーネクタイで出席している気分だ。
そんな気分だが、身に着けている装備類の中でも暗緑色コートだけは負けていないと思う。
神話級だからな。
席に座ると俺の背後にヴィーネ、ユイ、メルが並ぶ。
「……それでは八頭輝の会合を始めます。皆さま方、宜しくお願いします」
カザネが宣言を行うと、円卓の中央部が蠢く。
銀河のような帯が中央部から現れた。
鮮やかな光の筋が八人の顔を羅のように照らす。
まさに、八頭輝となった。
輝く闇ギルドのトップたちは鷹揚な態度で頷いていく。
「出品される品々は先ほど確認されました。皆さまの懐が温まりますように、そして、第一部は定例通り明日の朝から始まります。第二部は次の日の夜からとなります。宜しいですね」
「構わん」
「おう」
「了解した」
口々に了承の声を出していく闇ギルドのトップたち。
「分かりました」
俺も了承の声を出した。
すると、頬に傷がある大柄な女エルフが、俺の顔をジッと見つめてくる。
彼女は美人。魔力を宿した切れ長の蒼目。
綺麗だ。しかし、確実に猛者だろう。
全身の魔力をスムーズに操作している魔闘術系の技術。
『女エルフ、魔力操作が一流です……雰囲気も他と明らかに違います。背後の女エルフと男エルフも同様です』
『確かに……』
背後の女は見たことがある。
昔、ヘカトレイルで俺を誘ってきた女エルフ。
ユイたちと会ったというクリドスス。
男エルフの方は……初。
顔に刻まれた傷が歴戦の猛者と感じさせた。
魔力操作に一分の隙もない。
その背後のクリドススと目が合うと、可愛らしくウィンクを繰り出してくる。
目からハートマークが飛んできそうな感じだ。
しかし、彼女はフランに命じて、俺を調べるように命令し殺せとも命令していたクリドスス。
ということは、手前に座る俺を観察してきた大柄な女エルフは……総長であり盟主か。
綺麗な女エルフの観察を続けていると、カザネが口を動かしていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます