二百九十八話 会合・後編

 

「……それではご紹介させて、頂きます。まずは塔烈中立都市セナアプアが本拠【白鯨の血長耳】の盟主、レザライサ・フォル・ロススタイン様、お願いします」


「白鯨の血長耳のレザライサだ。今年も宜しく頼む。第一部、第二部共にエセル界で得たモノを出品予定だ。皆様方のご参加を期待する」


 大型エルフは立ち上がり、鷹揚な態度で話すと、頭を下げていた。

 マントが映える。そして、俺を見る目が怖い。

 彼女はマントから染み出した銀色の魔力で空中に文字を作っていく。


 『お・ま・え・が・や・り・つ・か・い・だ・な・こ・べ・つ・に・は・な・し・が・あ・る・ど・う・い・す・る・な・ら・ま・ば・た・き・を・し・ろ』


 と……ロックオン状態かもしれない。

 大型エルフ女傑でE-ラインが整っていそうな顔。

 傷痕が残っているけど、美人さんの誘いだ。

 乗らなきゃ男じゃねぇ。

 女丈夫の雰囲気を醸し出す彼女の瞳を強く見つめ返し、い・え・す。と、瞬きをしてあげた。


「……ありがとうございます。続きまして、独立海光都市ガゼルジャンが本拠【海王ホーネット】の盟主、ブルー・ブレイブ様、お願いします」


 カザネが魚人さんを紹介している。

 俺はレザライサから魚人の盟主さんへ視線を移した。


「……海王ホーネットのブルーだ。宜しく頼む。出品はない。オークションも参加せず、すぐにガゼルジャンに帰還予定だ」


 ブルーさんか。肌は鱗人カラムニアンに近い。

 前に戦ったミグーンとかいう魚人海賊たちと少し似ている。

 双眸は蒼い宝石のようで綺麗だ。頭の両サイドにある角エラの角度が渋い。


 エリボルの梟の牙が彼らから奪ったとされる海光都市ガゼルジャンの秘宝……。

 ウォーターエレメントスタッフは、まだ俺が持っている。


 彼に秘宝を返すか。

 海底の次元界の扉を開けられるスタッフ。

 そして、海水を操る力があるスタッフ。

 ブルーさんは、魔力を溜めた蒼い双眸で俺を見極めようとしているのか、見つめてくる。

 彼の背後に居る二人の厳つい魚人さんも、俺の様子を観察してきた。


「それでは、次、ラドフォード帝国象神都市レジーピックが本拠、【星の集い】の盟主、アドリアンヌ・リーカンソー様」


 カザネの言葉を耳にしながら金色の仮面をかぶる女性を見ていく。

 仮面から膨大な魔力が垂れ流された状態……。

 そして、仮面の表面から特異な魔力波紋を発生させている。


『見ているだけで、魔力の波に攫われてしまいそうな気持ちにさせますね』


 視界の端で、何故か泳いでいる姿で登場した小型ヘルメ。

 途中で動きを止めて、小さい手をアドリアンヌに向けている。

 その指先からピュッピュッピュッと幻影の水を飛ばしていた。


『カザネの上司らしい。それに、ファラオじゃないが、黄金仮面だけに見ているだけで呪われそう。そして、転生者を従わせるほどの力を持つ女性だ。本当に呪いの力を持つかもしれない』

『はい』


 そのアドリアンヌが着ている服は呪いとはかけ離れている。

 紅色の羽が表面に生えている灰色と小金色が混じったサイケデリックな柄の魔法のローブを羽織っていた。

 あの羽はムントミーに少し似ているけど、高級そうなローブだ。

 首元に鼬柄のネッカチーフを巻いている。

 裾から見える腕環はモザイク模様の魔力腕輪を装着していた。


「……星の集いのアドリアンヌですよ。迷宮都市サザーデルリと迷宮都市イゾルガンデで仕入れた品と、わたしが住む象神都市ならではの……素晴らしいアイテムを大商会経由の第二部で出品予定ですの。うふふん♪ 他にも未知なるモノを買う予定ですのよ。是非、皆様も競売に参加して高く買い取ってくださいね」


 彼女は競売の目的を述べると、他の八頭輝に対して、頭を下げてきた。

 見た目は人族のようだが、種族は名乗っていないので、違う種なのかもしれない。


 慎ましさを感じたけど、俺の勘は、彼女はモンスターだと訴えかけてきた。

 カレウドスコープで見たくなったが……。

 ここは八頭輝が集まるこの会合なので、怪しい行動はしない。


「……そして、【月の残骸】の盟主シュウヤ・カガリさんと、個別に会いたいです」


 と、皆の前で、レザライサと違い、彼女は堂々と宣言。

 アドリアンヌは仮面の中から覗かせる魔力を内包されてある白瞳で俺を見つめてきた。

 あの目、確実に魔眼だろう。

 血長耳といい、何を話すんだ?

 ま、個別に会うなら、彼女たちに魔王の楽譜のことを聞くかな。


「……続いて、【海流都市セスドーゼン】が本拠、【ベイカラの手】の盟主、ガロン・アコニット様」


 次にカザネが紹介したのが、鱗人カラムニアン

 眼光が鋭い。鱗が紫色。


「ベイカラの手のアコニットだ。レリックとシジマで手に入れた高級戦闘奴隷を売り、そして、買う予定でもある。第二部では、大商会経由でアーゼン文明の物を幾つか出す予定だ。宜しく頼む」


 こいつが黒の手袋を使い月の残骸に手を出したやつか。

 オセベリア王国ラングリード侯爵の犬らしいが……。

 第二王子ファルスはラングリードを陰謀爺と呼んでいたのは覚えている。


 そのアコニットは、挨拶を終えると、俺の様子を窺ってから背後に居た部下に話し掛けていた。

 遠巻きで見れば敵だが、オセベリア王国側から見たら仲間なのか? 

 微妙だな。しかし、今はオークションの期間。

 中立だ。相手が仕掛けてこないかぎり、俺も手はださない。

 というか、興味ないので放っておこう。


 ん? アコニットの視線が俺ではなく……。

 ユイに向けられていた。

 アコニットはベイカラの手という名の闇ギルド。

 彼の背中から白と紫が混じった魔力が浮かぶ。


 導想魔手のような確りとした掌の形ではないけど、手の形の魔力だ。

 もしかして、ユイの瞳の力のことを知っているのか?

 そんなことを考えているとカザネの紹介が始まっていた。

 

「……続きまして、レフテン王国王都ファダイクが本拠、【ノクターの誓い】。盟主は猫人アンムルのホクバ・シャフィード様」


 アコニットから大柄の猫人アンムルへ視線を移す。

 三つの目と四つの腕を持つ獣人さん。

 魔力操作の技術はあまり感じられない。

 左肩から飛び出している角の先端に備わっている蟷螂の複眼らしきモノが白目を剥いてぎょろぎょろと蠢いている。

 

 ホクバはそのまま一つの腕を伸ばし、巻き付けて握る鎖をじゃらじゃらと音を鳴らしながら引っ張っていた。

 すると、鎖と繋がった首輪を装着した奴隷が円卓にぶつかる。

 ぶつかった奴隷は美しい女性だ。

 美しい女性は、うっすらと地肌が見える高級なシルクのネグリジェのような服を着ている。


「ホクバ、このような場所にわたしを……」

「うるせぇ、ネレイスカリ。よく見ろ。ほら、お前の醜態を他の八頭輝たちが楽しんで見ているぞ」


 楽しんで? 見てないが。

 でも、名前がネレイスカリ? どっかで聞いたことある。


「汚らわしい……」


 彼女は胸の辺りを細腕で隠した。

 そして、俺たちを睨む。

 恨みを持った感情の視線だ。

 首輪が嵌められているが、あの物言いといい、態度から正式な奴隷ではないらしい。


 しかし、美しい女性だけに可哀想だ。

 そんな美人を首輪を嵌めて鎖で繋ぐとは……そんな光景を皆に見せて喜ぶ変態猫獣人。

 猫は大好きだが、あの猫獣人の嗜好は、俺とは正反対だろう……猫獣人は八頭輝らしい悪のボスと判断。


「……カカカッ、八頭輝を汚らわしい? 俺だけでなく、この地方の闇社会の殆どを牛耳る組織のトップたちを貶すとはなぁ」


 まぁ、彼が本拠にしている王都ファダイクは治安が悪いところだ。

 そうとうな修羅場を潜り抜けた故の思考だろう。

 そして、俺がゴルディーバの里から出て旅をしてから、ヒュアトス、シャルドネ、ユイと初めて遭遇した国でもある。

 バベルの塔のような不屈獅子の塔が存在するレフテン王国。


「そんなことはいいですから、自己紹介は終わりですか?」


 機嫌を損ねていたのは俺だけじゃないらしい。

 カザネがキツイ調子でホクバに話していた。


「……へいへい、了解。俺が、【ノクターの誓い】のホクバだ。第一部で、不屈獅子で手に入れた極めて珍しい新しい奴隷を出品予定である。これは期待してくれて構わない。更に、不屈獅子塔で手に入れた特別なモノも第二部に出品する予定だ。これも第一部同様、目玉となるだろう。レザライサに負けないモノを用意できたはずだ」


 鎖で繋いだ美女ネレイスカリを手前に引き寄せて、その美女のおっぱいを揉んでいるホクバ。


「……ホクバ。言うじゃない? わたしの品とどちらが値段が上になるか、賭けるか?」

「いいだろう。無論、俺の方が上だがな」

猫獣人アンムルなど所詮は獣人。どうせ、魚を咥えて喜ぶ品だろう? わたしの品の方が当然、がいい」

「落ちぶれた耳長が空上から洒落を喚こうと、響かんよ……」


 【白鯨の血長耳】と【ノクターの誓い】の盟主たちが嘲笑しながら言い合っている。


「進行の邪魔です。黙ってください。くだらない個人的なお話は、この会合の後にお願いします」


 カザネが、お婆ちゃんらしく渋い口調を強めて語る。


「すまん」

「了解した」

「はい、では……【湾岸都市テリア】が本拠、【シャファの雷】。盟主はガイ・ギュルブン様」


 ガイ・ギュルブン。

 とんがり帽子を被っている。

 魔法使い系? 服の上に無数のアクセサリーを身につけていた。

 その一つが、血色に輝いて、俺の方向を示している。

 一瞬、教会勢力が持っていた魔族探知のアイテムを思い出す。


「ご紹介に与りました。【シャファの雷】のギュルブンと申します。他のように目立ったものではないですが、第一部で、高級戦闘奴隷を幾つか出品予定です……」


 シャファというからには正義の神を信奉しているのかな。

 彼に俺のリュートを見せたらどうなるだろう。

 ま、関わることはないか。


「続きまして【軍港都市ソクテリア】が本拠、【雀虎】。盟主はリナベル・ピュイズナー様」


「【雀虎】のリナベル。オークションに関係する幾つかの大商会経由で、奴隷と品物を出品予定だ。宜しく頼む」


 虎獣人ラゼールなので、ママニと少し似ている。

 彼は大太刀の武器を装着していた。

 肩口に竜のマークが特徴的な柄巻きを覗かせている。

 思わず、後ろのユイに視線を移すと、やはり、彼女もリナベルが装着している太刀に視線が注がれていた。

 彼女も太刀の神鬼霊風を持っているからな。


「最後に【迷宮都市ペルネーテ】が本拠、【月の残骸】、盟主はシュウヤ・カガリ様」


 俺の番……。


「【月の残骸】のシュウヤだ……」


 俺は出品はないことを告げて、早々に終わらせた。

 ヒュプリノパスの尾、ランウェンの狂剣、セルヴァイパーの鋏剣、トフィンガの鳴き斧を売ろうと思えば売れるけど。

 売るつもりはない。


「それでは八頭輝の皆様、これで会合は終了です。明日の朝、地下オークション第一部の会場である隣の地下で、皆様をお待ちしております」


 カザネの言葉で締めくくられた。

 会合が終わると、俺も立ち上がる。

 すると、【白鯨の血長耳】のレザライサ、【星の集い】のアドリアンヌが部下を伴って近寄ってくる。

 彼らの中で逸早く口が動いたのが、一番手前に居たクリドススだった。


「シュウヤさん。久しぶりですネ。お元気でしたか?」

「久しぶり……元気だよ」

「シュウヤ、こいつよ。ヘカトレイルで会ったのは」

「にゃ」


 黒猫ロロも反応を示し、ユイの言葉が耳を通り脳内で木霊すると同時に……。


 ヘカトレイルで遭遇した時の、一触即発、剣呑な雰囲気に包まれた記憶が一気に蘇る。

 ユイは一段とクリドススのことを警戒しているらしい。

 横顔だけど分かる。目付きが厳しい。


 ベイカラの能力は発動させていないが。


「……ユイさん久しぶりです」

「……久しぶりね、シュウヤに近付かないで」

「ハハ、分かりました。わたしは近付きません。ということで、後ろに居るワタシたちの総長であるレザライサ様から、お話があるようです」

「お待ちになって、わたくしより先に血長耳が交渉権を持つとは、聞いてませんことよ」


 ブールヴァールをお洒落な貴婦人がゆうゆうと歩く様を魅せながら語るアドリアンヌ。


「えっと……」


 クリドススは、近寄ってきた星の集いのアドリアンヌを見てから、側に居るレザライサとメリチェグへ視線を送る。


「アドリアンヌ様のお言葉は当然です。それに、シュウヤ様とは個人的な付き合いもありますし」

「娘の言うとおり、アシュラー教団とシュウヤさんは縁で繋がっています」


 カザネも加わり、【白鯨の血長耳】と【星の集い】の雰囲気が悪くなった。


「シュウヤ、もてもて?」

「ご主人様と渡りをつけようと必死なのでしょう」

「総長、これは同盟の申し込みと思われます」


 ユイ、ヴィーネ、メルが視線を巡らせながら話していた。


 彼女たちの意見に頷きながら、血長耳の総長の方へ視線を向ける。

 ミライ&カザネとアドリアンヌに悪いが……綺麗な血長耳の総長と話がしたい。


 こっちを優先しよう。


「……では、レザライサさん。お話をお願いします」

「ということで、アドリアンヌ。口出し無用だ。槍使い。こっちに来てくれないかしら、二人だけで、話がしたい」


 アドリアンヌを一睨みしてから、マントを翻すレザライサ氏。

 美人エルフなので様になる。


「ふん、縁が足らなかったようですね……」


 カザネとミライを責めるようにアドリアンヌは語ると、話を続けた。


「仕方ありません。分かりました。カザネ、ミライ、特別なシュウヤさんの言葉に従いましょう」

「「はい」」


 アドリアンヌたちは一歩引いた。

 俺は笑みを浮かべながらユイ、ヴィーネ、メルに対して、付いてくるなと、視線を送り頷く。

 彼女たちも素直に応じて、首を縦に振り頷いていた。


 仲間たちへ向けていた視線をレザライサに向けてから、そのレザライサの下へ近付いていく。


「ロロ、相棒も一緒ですが」

「構わない」

「にゃお」


 肩の位置で大人しくしている黒猫ロロさんもレザライサに挨拶をしていた。


 俺はレザライサの横に並びながら、背が高い彼女と一緒に奥の壁際へ向かっていった。


 レザライサが片手を伸ばしてくるので、手を繋ぎたいのかと勘違い。

 彼女はこっちだと片手を泳がせるのみ。

 俺の代わりに黒猫ロロが彼女と握手しようと片足を伸ばしていた。


 レザライサは特に反応を示さない。

 少し恥ずかしかったが、俺はレザライサと共に会合の奥にあった壁に到着した。


 壁に飾られた赤紫の炎が、舞台の照明のように、肩幅の広いレザライサを美しく映していく。

 その彼女が壁に手を当てた。

 斜めから俺を覗き込むような仕草を取りながら口を動かす。


「……槍使い。戦争でキューレルを救った行動に感謝している。そして、クリドススが昔、世話になったと聞いていた」

「戦争はたまたまです。クリドススとは挨拶した程度ですよ」

「そう……それより槍使い。貴方に接触した理由だけど……」


 いきなりか。


「槍使いと、盟約を結びたい」


 メルが言ったように同盟のようだ。


「盟約ですか?」

「そうだ。不可侵同盟。これは仲間殺しが存在する月の残骸のメンバーを含めての話となる」

「いいですね。俺も争いは望まない。同盟というと仲間ということですか?」

「話が早い。仲間と言えるだろう。だが、本来ならば、そっちのポルセン、アンジェの命を貰わねばならんことを覚えていてほしい……それを折った形での同盟だと」


 レザライサさんは微笑むが、鋭い目なので怖いかもしれない。

 仲間殺しは許せないが、俺と同盟を結んだ方が得だと判断したのだろう。


 メルが話をしていたように、表と裏の権力事情も含めての話と推察できる。


「分かりました。月の残骸の副長に伝えておきましょう」

「ふむ。わたしも軍曹に伝えておく。ということで、白鯨の血長耳のレザライサ・フォル・ロススタインだ。よろしく頼む」


 レザライサさんは敬礼のような軍隊式ポーズを取る。

 俺も彼女の渋い威厳さに釣られて、自然と、師匠譲りの「ラ・ケラーダ」マークを胸に作って応えてから口を動かす。


「こちらこそ、宜しく頼む」

「では、オークションの後、八頭輝たちが泊まっている高級宿の最上階。そこで、もう一度、話し合いをしたい」

「わかった。確か、高級宿、天凛堂ブリアントですね」

「そうだ。鉄塊のブリアントが主人の店だ。では、盟友シュウヤ・カガリ。オークション会場で会おう。競売も楽しむがいい。わたしたちも、この世界に“いないモノ”を出品予定だ。できれば参加してくれると嬉しい」

「わかりました。盟友レザライサさん」


 彼女は銀色の魔力を全身に纏うと、微笑む。

 マントを翻して待機していた仲間たちの場所へ歩いていった。


「シュウヤ、今のエルフ、クリドスス以上に強そうね」


 ユイだ。ヴィーネとメルもそれぞれ思案めいた顔を浮かべて近寄ってくる。


「……武人、個人の戦闘力以外も、老獪さ、カリスマを感じたよ」

「ご主人様がそこまで感じ入るエルフ。さすがは【白鯨の血長耳】の盟主です」

「古いべファリッツ大帝国の生き残りですからね」

「メル、そのべファリッツの生き残り、【白鯨の血長耳】と同盟を結んだから宜しく。仲間殺しのポルセンとアンジェを見逃すこと・・・・・を含めての同盟と語っていた」

「……なるほど、やはり相手は実利を取りましたか。最大勢力とはいえ血長耳も敵が多い。総長と争うのはリスクが大きすぎると判断したのでしょう。借りもありますからね」


 メルが顎に細い指を置きながら語る。

 そこに仮面をつけた女、アドリアンヌがカザネとミライを引き連れて近寄ってきた。


「シュウヤさん、【星の集い】のアドリアンヌです。オークションでの競売に参加してくださいね」

「はい、そのつもりです。目的の物が出品されるか気になりますが」

「それは何の品物でしょう?」

「魔王の楽譜? というアイテムらしいのですが……」


「楽譜ですか。去年はわたしたちも出品していたのですが、今年は出品予定にないですね。しかし、他の商会なら出品する可能性は非常に高いでしょう」


 アドリアンヌさんの顔は仮面で見えないので、表情が読み取れないが、声は妙な感じだ。

 微妙にエコーが掛かっている?

 近くで聞いているから、そう聞こえてくるだけかもしれないが。

 ローブから覗かせている両手は華奢だ。このことからして少なくとも戦士系ではないと思う。


「魔界との繋がりを持つ者、宝箱、経由は様々ですが、必ずどこかの大商会が、第五~第二十八ぐらいまでの楽譜を出品してますので、さすがに第一の楽譜、大楽譜の出品はないと予想はできますが……そういえば、ヘカトレイル後援会という新しい商会が……魔王の楽譜を事前に買い占めているとの噂があります」


 ヘカトレイル後援会とはいったい。

 しかし、魔王の楽譜は種類があるようだ。

 まさか、第一から二十八まで順番通り、全ての楽譜を買わないとダメとか? 

 さすがにそれはキツイぞ……。

 ま、分からないから、まずは、出品されるだろう楽譜の落札を目指すことにする。


 んじゃもう情報はいいかな。アドリアンヌに視線を向けて、


「……そうですか。では」

「待ってくださいまし、カザネの<アシュラーの系譜>を弾く特別・・なシュウヤさんたち・・と、わたしも同盟を結びたいのです」


 俺の眷属たちと同盟を結びたいか。


「いいよ。細かいことは月の残骸のメルを通してくれ」

「了解しました。カザネ、いいですわね?」

「はい、そのための渡りとしてミライが通ってましたから」


 アドリアンヌ&カザネ&ミライの親子が、メルと話していく。

 占いの館からアシュラー教団の縄張り、教団からのお布施の一部をみかじめ料としてもらうといった会話が聞こえてくる。


 途中で、ミライが俺に視線を寄越してウィンクしてから唇から投げキッスをしてきた。ユイがその投げキッスを一刀両断にしたが。

 そして、ミライの視線を遮るようにさり気なくヴィーネも商談に混ざり込み入った話し合いは多岐に渡っていく。


 コレンドン奴隷商との交渉、賭け試合の運営、調教師、レース会場の確保、財務の名簿、禁制品の扱い、王国側への賄賂、要衝都市を含む帝国の各都市の暗黒街に縄張りを作らないか? 

 帝国の各界のオピニオンリーダーが集まる会合に出席しないか? 

 帝国の鴻毛を利用した新商品に関するパテント料の一部融通から、イーソンの山近くにある鉱物を豊富に埋蔵した鉱脈利権に加わらないか? 

 といった話から、ラドフォード帝国、セブンフォリア王国の各都市を巡らせる陸路の大商会を用いて貿易、美味い鰻の販売をしているおきゃんな気っ風なお転婆娘の中商会を経由した戦争を回避した新しい貿易ルートの開拓、魔獣商会サイオンとの提携を利用した貿易ルート、アリアを信望している木鐸ある放浪者たちを利用した商業ルート、エトセトラ。


 一語一語互いに納得しながら、一瀉千里の如く会話を行なっていく。


「……メル、大丈夫か」

「はい、総長。気にせずにお任せを、カザネたち、血長耳の方とも正式に協定を結んでおきます」


 メルの瞳に、レザライサから軍曹と呼ばれていた男のエルフが映っているのが、確認できた。

 俺も彼に視線を向けると、にこやかな笑顔を見せて軽く会釈してくる。


 無難に血長耳の軍曹さんへ頭を下げた。

 レザライサも細かいことは彼に任せているようだ。


「……それじゃ任せた。俺たちは家に帰還だ」

「うん、明日の朝が楽しみね」

「一応、皆へ連絡をしておきます」


 メルたちから離れたヴィーネが血文字で他の眷族たちへ連絡を取っていた。


 俺はヴィーネをおいて先に屋敷を出る。

 肩から降りたロロが馬獅子型に変身してから一緒に庭を歩いていると、【海王ホーネット】ブルーさんが近寄ってきた。


「――シュウヤ殿、少し聞きたいことがある」

「はい、何でしょうか」


 やはり、エレメントスタッフか。

 ユイは相手が盟主だと知っているので、少し距離をとった。


「我らに損害を与えていた【油貝ミグーン】に打撃を与えてくれたのが【月の残骸】の鎖槍使いと聞いた。そして、この都市に来てからシュウヤ殿が槍使いと呼ばれているのを知りました。もしやと、思いまして」


 あれ、そのことか。


「はい、縄張りを作ろうとしていたので、対処する形でしたが」

「やはりそうでしたか。ありがとう。シュウヤ殿」

「いえいえ、戦いは部下からの報告を聞いた流れでしたから、しかし、損害というとミグーンとは未だに争いを?」

「そうなんです。霊光の主と油貝ミグーンは海光都市で、かなり厄介な存在です。ですので、その一角の幹部を、海槍グヌーン使いのドドンを仕留めて頂いたのは大きい」


 あいつか、ムラサメを投擲して倒した奴。


「ならば、互いに得をしたという事です」

「いえ、シュウヤ殿に我らは感謝しているんです。神杖ウォーターエレメントスタッフを奪った【梟の牙】を潰し、現在も争っている敵に打撃を与えてくださったのですから」


 このブルーさんはもしや良い魚人さん?

 双眸の輝きからして、闇ギルドのトップとは思えない純朴さは感じていた。

 純粋そうに見える。ホクバとは正反対だ。

 印象だけで杖を返すと決めるのは早いが、今後も繋がりを得られる可能性がありそうだ。彼にウォーターエレメントスタッフを返した方がいいかもしれない。


「……八頭輝のよしみとして考えてもらえれば結構、それで、その大事な神杖は預かっています。必要ならばお返し致します」

「え?」

「ウォーターエレメントスタッフを返すといったんです」


 アイテムボックスから、取り出す。


「おぉぉぉぉ」

「ブルー総長!」

「あれは神杖っ!」


 背後から見ていた魚人さんの部下が走り寄ってきた。

 そこにヴィーネも戻ってくる。


「ご主人様? それはウォーターエレメントスタッフ?」

「そそ、返そうかと」

「ご主人様らしい決断です。次元界の鍵だろうと関係がないと」

「確かにそうだけど、いいの?」


 ユイとヴィーネも驚いているようだ。

 確かに、重要なアイテムだろう。

 だが、俺はコレクターじゃない。


「いいんだよ」

「ほ、ほんとうに、我ら海王ホーネットに返して頂けるのですか……」

「その通り、ほらっ」


 ブルーさんにスタッフを投げる。

 ブルーさんは両手で慌ててスタッフを受け取り、落としそうになっていた。


「――あぁぁあ、無償に、簡単に、契約もなしに、なんという……シュウヤ殿は海神のような懐の持ち主だ。ありがとうございます。これで、海光都市に海神様の恵みも増える。そして、竜鬼神グレートイスパル様の祠に杖を戻すことができる!」 


 魚人さんたちは、身体を震わせながら両膝を地面に突けて、本当に、神様へ祈るようにウォーターエレメントスタッフを掲げ持つ。嬉しがっている。良かった。


「……それじゃ、ブルーさん、俺たちはこれで」

「お、お待ちをぉ」


 ブルーは目に涙を溜めていた。


「何でしょう?」

「貴方様、シュウヤ様と正式な同盟をお願いしたい。兵の貸し借り云々ではなく月の残骸と末永い同盟を希望する。海光都市にも喜んで案内したい! 船があるならば、専用の貿易ルートを作りましょう」


 ブルーさんは泣いていた。

 部下たちも、故郷に帰ったらおっかあに自慢するだ。

 俺もだ、妹に話すぞ。と、喜びの会話を行なっていた。


「……貿易ルートまで、承知しました。同盟の件を含めた内容のお話しの詳細は、副長のメルへお願いします。彼女はまだ屋敷の中で他の闇ギルドと同盟関係の作業をしているはずなので」

「分かりました。では――」


 感涙しているブルーさん。

 お供を連れて屋敷の中へ戻っていく。

 その様子を見届けてから、馬獅子型のロロディーヌを見た。


「ンン、にゃお」


 『早く乗れニャ』というように鳴いたので、そのロロの黒毛がもふもふしている背中へ跳躍して跨る。

 続けて、馬獅子型黒猫ロロディーヌは首元から生やした黒触手をユイとヴィーネの腰辺りへ伸ばしていた。

 ロロディーヌは、彼女たちの胴体に触手を悩ましく絡ませてから、俺の前と後ろに乗せてくる。 


 眼福タイム! と、エロい目をユイに向けたら「殴られたい?」とユイの笑みを含んだお言葉が。

 昔、そんなこともあったなぁと思い出しながらそのまま、ゆったりしたペースで屋敷へ向かう中……。


「昔に、殴るようなことがあったのですか?」


 と、涼しい表情のヴィーネさんが尋ねてくるが、俺とユイは沈黙を貫いた。


「にゃんにゃんお」


 代わりに馬獅子型黒猫ロロディーヌが鳴いていた。

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