二百八十九話 会議

◇◆◇◆


 ペルネーテの某所。


「お母様、会場の準備が調いました」

「そう、ご苦労様。アドリアンヌ様も、こちらに向かっていると連絡がありました」

「戦争が激しさを増しているようですが、南経由でここに?」

「そのようです。王都、ララーブイン経由、貿易を兼ねてのことでしょう。それと、八頭輝の皆様が泊まられる宿の方は?」

「上々です。今年も教団の力で特別な専門の宿を用意させました。競売の品物も続々と集結中です。わたしたちにも伏せられている品物も、今年は少し多いですね」

「そうよ。毎回の事だけど、予めの買い占めが起きているからね。大商会の動きも激しくなってきました」

「はい。シュウヤ様への連絡はいつぐらいに……」

「ミライ、伝手を作るようにと言っておいたはずよ?」


 カザネは目つきを鋭くしてミライを睨む。


「……申し訳ありません。切っ掛けが……」

「ミライ、近い内に必ず行きなさい」

「はい」 


 ◇◆◇◆



「よ、ただいま」


 右手をあげて、普通に挨拶。 


「おかえりー」

「ん、おかえりなさい」


 レベッカとエヴァだ。


「総長〜♪」


 ヴェロニカの背後にメルとベネットも立っていた。

 まだ、ヴェロニカは自分の血を彼女たちに分けていないのかな。 


 カルードはいない。


 旅の準備で忙しいようだ。


「シュウヤ、地下二十階層の出来事はある程度血文字で聞いたけど、もう少しちゃんと聞きたい」


 ユイの言葉だ。

 伝説レジェンド級の神鬼・霊風の太刀を肩で抱えるように持つ。


「わたしは、素材として銀角がどんな感じか確認したい」

「その銀角を持ったモンスターは二十階層の中でも捕食タイプと判断しました。質は良さそうです」


 ミスティと横にいるヴィーネの言葉だ。


「……」

「総長、闇ギルドの件で報告が……」


 メルは努めて穏やかに語る。

 べネットは頭を下げるのみ。


 ユイを護衛に船でヘカトレイルに行っていた件だな。


 そんな皆へ――。

 小型オービタルを見せてから、地下二十階層での出来事をパパッと説明。


 皆、それぞれ反応が違う。

 オービタルに逸早く反応したのが眼鏡の似合うミスティ――。


 鮮やかな立ち居振る舞いで、きびきびと動きながらオービタルとの間合いを詰める。

 双眸が真っ赤で興奮。


 ミスティはヴァンパイア顔と化している。

 ミスティは小型オービタルのタイヤ、エンジン、ノズルの金属の形を細い手で触る。


「ひんやりしている」

「溶かすなよ」

「……溶かさないから大丈夫」

「ん、わたしも」


 金属が大好きなエヴァも参加だ。

 天使の微笑を見せてくれたエヴァ。


 魔導車椅子を操作してオービタルとミスティの側に寄った。

 エヴァは、小型オービタルの後部のスラスター部位へ指を差して、


「ん、ここから何か出る?」

「乗ってる時は見えないから分からないが、多分」


 四角い筒だから、武器だと思ったのかもしれない。


「不思議な魔道具の乗り物だけど、何人も乗れなさそうね」

「三人ぐらい?」


 レベッカとユイがボソッと呟く。

 指定席の争いがもう始まっているようだ。


「当然、前の席にはわたしが似合うだろう」

「どうかしら。運転の時は前が見やすいように小柄なわたしが一番だと思うのだけど?」


 ヴィーネとレベッカが視線を合わせて火花を散らす。

 暫く、彼女たちは小型オービタルの話題で盛り上がった。


「……んじゃ、そろそろ仕舞う」 


 その小型オービタルを仕舞う。

 続いて、白き霧から、生贄、邪族のトワとドークを助けた件と繋がる混沌の女神リバースアルアとそのゴーレム、イシテスの話をしていく。


 と、皆、真剣な表情を浮かべて話を聞いてくれた。


 特に綺麗な三つ眼のトワとイシテスの場面に話が及ぶと……。

 各自、視線が鋭くなった。


 すぐにヘルメが左目から出現。

 机の上を横断して瞑想ゾーンへと突入。


 一瞬で、皆は冷静な顔付きに戻っていた。


 狂眼トグマとの激闘について、入念に話していく。

 魔槍杖の上に乗られた場面を――。

 

 今そこで行われている戦闘のようにリアリティを込めて語ってあげた。

 身振り手振りも加えた。


 ところが、思っていたより皆の反応が薄い。

 極自然の納得顔。


「ま、そうなるでしょうね」と、最近武術に目覚めている長丈のワンピースが似合うレベッカさんが、経験者は語る風の雰囲気を出しているつもりなのか、細い腰に手を当てながら、偉そうに語っていた。


 その衣装に見惚れながら……。

 土産としてドフアドンの狩りの様子を語る。


 ついでに大量の肉、銀角、爪を机に置く。

 メイドたちにも生肉の一部を渡した。

 血の匂いが漂うが、彼女たちは気にせず。

 生肉をキッチンメイドたちに渡して、一緒に生肉を運びながら細かな指示を出していく。


 机の上にどっさりと置いた残りのドフアドンの肉。

 まだ新鮮な肉からは血が溢れる。

 机の下に血が垂れたが、一瞬で血は消えた。


 そう、<筆頭従者長>たちだ。

 競争するように血を吸い取った。


 さすがにドフアドンの肉は乾燥しなかったが。

 その一方で、血の吸い上げに参加しなかったミスティは銀角と爪の素材を触り調べている。


「これは金属? 錬金にも使える素材かも」


 彼女は鑑定能力はない。

 しかし、魔導人形ウォーガノフに使える素材か、使えない素材なのか?

 といった素材の見極めは研究人生の長い彼女ならば可能だろう。


 もう一人の金属が大好きな眷属のエヴァは、肉と銀角を両方、見比べるように凝視。

 彼女の足の金属に銀角の素材が使えるかもしれない。


 肉に関しては、店用に使えると思っているはず。


「――ロロは美味しそうに食べていたけど、一応、焼いた方がいいかもしれない」

「ん、グニグニのような肉なら、ディーにあげたい」

「まだ食べてないから味は分からないが、大量に回収したし、素材としてはまだ未知数だが、美味しかったら、店の新レシピにドフアドンの肉を活かしてくれると嬉しい」


 俺の言葉を聞いたエヴァは微笑むと、


「ん、ありがと――」


 早速、ドフアドンの腿肉だと思われる部位をアイテムボックスに仕舞う。

 まだ残っている肉はメイドたちがキッチンのほうへ運んでいった。


「それじゃ、ユイ。血文字である程度は知っているが、ヘカトレイルでの詳細を聞こうか」

「うん。【白鯨の血長耳】の幹部と遭遇したの。クリドススという名の女エルフ。ちゃんと、<ベイカラの瞳>で縁取ったから、戦うなら任せて」


 ユイの表情から察するに、いつでも暗殺にいけるからね? 

 という感じか。


「幹部とはクリドススか。勧誘された覚えがある。確かポルセンとアンジェと初めてあった時だ」

「クリドススは上から指示されて、新街に出来たばかりの月の残骸の事務所を見張っていたみたい」

「ヘカトレイルの新街というと、貧民街……」


 あそこに真新しい事務所が出来たら注目を浴びる。

 土地代の安さを含めて、事務所が潰されてもいいような場所にメルは敢えて作ったんだと思うが。


「そうですね、あそこは港に近くて都合がいいので」


 メルも話してきた。


「副長の判断を聞こうか」

「はい。【血長耳】は我々と事を構えるつもりはないようです。ユイさんからのお話があったように我々の事務所は明らかに見逃されています。借り・・を作ったといったニュアンスでクリドススは語っていましたが……血長耳は、他にも敵がいると話していたので、実は借りのつもりはなく、本当に我々との争いを望んでいない可能性もあります。現時点では、ですが」


 なるほど。戦争と様々な闇の利権で都合がいいのか。


「その根拠は?」

「状況が合います。現在オセベリア王国は西のラドフォード帝国と戦争中であり、東のサーマリア王国とも小競り合い中」

「俺は西の平原へ出兵したガルキエフとも知り合いだ」


 猫好きなガチムチのおっさん。

 男だが、嫌いじゃない。


「総長は、その大騎士だけでなくオセベリア王国の王族の第二王子とも親しい。現在第二王子は戦争だけでなく中央貴族たちの切り崩しに躍起になっている最中。勢いがあります。そして、血長耳はそのオセベリア王国と盟約を結んでいる仲。過去、オセベリアの貴族と仲が深かった【梟の牙】との盟約があったように、このペルネーテに進出していない」


 確かに。第二王子の秘密工作員のフラン、大騎士の妹のフランは血長耳とも繋がっていた。

 昔、フランは、


『……分かった……最初は【白鯨の血長耳】の【ヘカトレイル】支部の幹部である、クリドススから直接依頼を受けたことから始まる。内容は、冒険者のシュウヤの懐に潜り込み情報を探れ、と。そして、【血長耳】に悪影響があるなら殺せ、と指示を受けた』


 こんなことを語っていた。

 その関係性から第二王子と血長耳は連絡を取っているだろう。


「第一王子は戦争中で勿論、緊密に連携しているだろうし、勢いのある第二王子は当然のこと、ヘカトレイルのシャルドネとも通じているか」

「……更に言えば、血長耳の本拠地、セナアプアでも評議員たちとの権力闘争があり、他の闇ギルドとの争いと関係があるヘカトレイル、セナアプア、ハルフォニアを結ぶハイム川の海運ルート、陸運ルートのタンダールを経由した権益争いもあります」

「権益ねぇ、まぁ根が深そうだ。だからこそ、俺と話をしたいと言っていたのか」

「はい、血長耳は南マハハイム最大の闇ギルドの一つといえますが、敵が多いのも事実。この都市で行われる地下オークションを平和的に利用しようと考えていることを含めて、総長と直に接触をしたがる理由から、総合的に判断しました」

「副長、よく分かった」

「それと、船を使った貿易で利益を上げたので、イザベルさんにその利益分を渡しておきました」


 イザベルに視線を移すと、黙って丁寧に頷く。

 彼女ならば確りと運用するだろう。

 エヴァも頷いている。そういえば、彼女の眷属化に賛成していた。

 だが……ママニたちと違い、元がメイド。

 眷属に加えるかは、まだ未定だ。


「マスター、これ、工房で調べるから持っていっていい?」


 ミスティの鳶色の瞳が輝いていた。

 何か、思いついた事を試したいという顔付きだろう。


「……いいよ」

「ありがと。それじゃ、学校の仕事もあるし工房に戻る」

「了解」

「ん、わたしも後で工房にいく」

「それじゃ、わたしもついでに覗くかな。クルブル流の訓練の時間までだけど」


 エヴァは分かるけど、レベッカは訓練までの遊び感覚だな。


「うん」


 ミスティは二人へ笑顔を浮かべてから、銀角と爪をアイテムボックスに仕舞うと、一足早く出入り口へ向かう。

 俺は彼女たちが外に出るのを見届けてから、リビングの棚に歩いていった。


 持っていたアイラミアがくれた石を飾ろう。

 黒髪の迷宮の主のアケミさんから貰った石の隣におこうかな。


「ご主人様、綺麗な石が揃いましたね」

「あぁ」


 ヴィーネも見惚れるほど、美しい双子石が揃った。

 コレクション的にいいかもしれない。


 牛革のシートに置かれた超薄型鋼板もオブジェにみたいだし、これはこれでいい。


 そうだ。俺には<邪王の樹>がある。

 魔力を消費して邪界の樹木を作りだす能力。


 樹木を生かした新しい家具を作ろうかな。

 内装を少し弄ったりするのもいいかもしれない。


 俺がアキレス師匠から受け継いだのは、槍だけじゃないところを、皆に見せるかと考えていると、入り口に、赤いセミロングの髪を持つレムロナが現れた。


「大騎士様だ。ヴィーネが話していたことかしら」

「……」

「あたい、追われていた事がある……」

「ふふ、ベネット、今は大丈夫よ」


 ユイがびびるベネットを笑う。


「もう、びびりんなべネ姉ね」

「びびりんだとぉ」


 ヴェロニカとベネットは些細な事で喧嘩を始めていく。 


「それじゃ、会議は仕舞いだ。自由に解散」


 レムロナという客も見えたことだし、一端解散だ。


「では、闇ギルドの仕事に戻ります。港の倉庫街、南のララーブインからの斥候の知らせもあるので」

「わたしもメルの仕事を手伝うから戻る。倉庫街、繁華街にチンピラは多いから」

「あたいも担当の徴収が遅れている店を見にいかないと。揉め事があったらしくて、ベネット様ぁ、守って下さい、と言われたからには頑張らないと」

「ベネ姉を頼りにしてる下町の店は意外に多いのよね」

「ヴェロっ子も手伝う?」

「うん。二人の眷属化もしないとだし!」

「それは、まだあとよ。オークションの事も含めて仕事が立て込んでいるからね。そろそろ、総長経由で、カザネからの連絡もある頃だと思うけど」

「はーい」


 メルたちはそんな会話をしながら出口に向かう。


 俺はその出入り口に居る大騎士レムロナを注視。

 【月の残骸】の主要メンバーたちとすれ違う瞬間は、なんともいえない空気だったが、何も起こらず。


 レムロナの口と喉を覆う特殊マスクは変わらない。

 小柄だが、白マントも似合う大騎士だ。


 そして、彼女の足元に黒猫ロロ黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミも居る。

 三匹の猫たちは、仁王立ちのレムロナの脛と脹ら脛へ向けて小さい頭を衝突させていた。

 脛の硬そうなグリーブの表面で何度も何度もつけた頭を上下に動かし一心不乱に白ひげを擦っている。


 猫ちゃんズは、彼女の見知らぬ匂いが気になるらしい。

 黒猫ロロ黄黒猫アーレイ白黒猫ヒュレミは縄張りを拡大中だ。


「……レムロナ様、ヴィーネから家に来ると聞いていましたが」


 彼女は俺の言葉に頷く。

 そのまま足元に群がる猫たちのことを無視して近付いてきた。


 黒猫ロロ軍団はレムロナが逃げたと思ったらしく、その彼女を追いかける。

 まだ擦り足りないのか? 

 と、疑問に思ったが、猫たちはレムロナに絡まず……彼女の横を素通りし、俺の肩に飛び乗ってきた。


 肩に乗ってきた三匹の猫。


「にゃ」

「ニャァ」

「ニャオォン」


 三匹は競争するように、俺の頬辺りへ頭を衝突させてくる。 

 カワイイ求愛のジェスチャーだ。猫ランド……たまらない。

 すると、肩に乗せてあった胸ベルトと共に滑り落ちるように乗っていた黄黒猫アーレイもバランスを崩し肩から床に落ちてしまった。


 黒猫ロロと違い触手がないからな。

 落ちた黄黒猫アーレイは華麗に足から着地している。

 この辺は流石、猫科動物、いや、魔造生物だけど。

 

 可愛いアーレイちゃんの頭を撫でてから床に落ちた胸ベルトを拾い装着。

 

 レムロナは俺と猫の戯れる様子を少し見てから、


「――ここでは、形式ばった〝様〟も敬語も不要だ。それよりシュウヤ、重大な話が二つある。まずは戦争に、ん?」


 真剣な表情のレムロナ。

 ソバカスが可愛い。

 彼女は喋っていた小さい口の動きを止めている。


 俺が指で弄っていた棚の上を凝視していた。

 鳶色の一対の瞳を見開いている。

 何だろう……指フェチだろうか? 棚の上の牛革シートが気になるのか?

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