二百八十七話 幕間アキレスとレファ
ここはゴルディーバの里。
老人アキレスは日課である風槍流の訓練を行なっていた。
石畳みの上で、爪先を軸に回転しながら、右手に握る黒槍を捻りながら真っすぐ伸ばす。
突きの基本から、右手、左手と黒槍を持ち替えながら突きと流しの動き繰り返す風槍流の応用技『枝崩れ』を行う。
槍の技術はシュウヤと別れてからも確実に上げている。
老人とは思えない体つきも変わらない。
その訓練様子を隠れて見ている少女レファ。
いつもと変わらないゴルディーバの毎日の光景だ。
しかし、いつもと違い、レファは頷いてから黒槍を振り回している老人アキレスの下へ近付いていく。
「――お爺ちゃん、ちゃんと槍術を習いたい!」
「わしの槍をか。基礎の型を扱うぐらいなら構わんぞ」
「ううん、シュウヤ兄ちゃんと激しい訓練をしていた武術を習いたいの」
レファの言葉を聞いたアキレスは少し困った顔を浮かべる。
「模擬戦をか?」
「うん! 槍で、いち、に、さん、よん、ご、って、突いて、よこにばーんって動かすの、お爺ちゃんとシュウヤ兄ちゃんの技を盗んだんだから!」
「ハハハッ」
アキレスは快活に笑う。
「もう、本気なんだから、笑わないで!」
アキレスは孫が隠れて棒を使い自発的に訓練をしていることを知っているからこその笑い。
そのことを知っているが故、孫のために、毎朝行なう訓練の中に基礎の型の動きを増やしていた。
「盗んだと言えるかは微妙だが、レファが一生懸命に見ているのは知っている。だが……模擬戦はまだまだ早い」
厳しい表情に戻したアキレス。
「えぇ……」
「そんな顔を浮かべても駄目なものは駄目だ。修練道の訓練が先だ。それに体格がまだ足りない。今は弓をメインに訓練を続けろ、槍は型のみだ」
「……」
「分かったな?」
「うん」
「声が小さい」
「うん! わかったよ」
厳しく叱るアキレスだが、孫を見る目は優しい表情だ。
そこから、レファのために自身の訓練をやめて、孫が動かす槍の型を見てあげていく。
「その足の動きは歩幅が違う、よく見てなさい」
アキレスはすぐに基礎のステップ、片切り羽根を用いて練武の型を繰り返した。
「お爺ちゃん、動きが速くて分からない」
「すまん、とりあえず、もう一度最初からだ」
「うん」
レファはアキレスの真似をした片切り羽根を実行。
茶色の髪を揺らしながら、少女は舞うように爪先を生かしたステップを繰り返した。
「今の動きは見事だ。さすがはわしの動きを見ているだけはある」
「――ほんと?」
「あぁ、だが、調子に乗るな、次の動きを示す――」
アキレスとレファとの訓練は続く。
「さ、今日はここまでだ」
「うん、もうお母さん、料理を作り始めてると思う」
「わしは少し遅れるかもしれん」
「あ、新しいポポブムの薬?」
「そうだ。本格的な冬が始まるのでな。内腹と頭部に
「遅くなるってお母さんにいっとくね」
「うむ」
アキレスはレファに頷くと、槍を台に立てかけてから崖下に続く梯子がある場所へ歩いていった。
「お爺ちゃん、今、シュウヤ兄ちゃんが居たらと思ったでしょ?」
「……」
孫の鋭い指摘にアキレスは動揺を示した。
肩を少し揺らしてから、振り返る。
「レファもか?」
「うん、ロロ様のことも……」
その言葉には淋しさが溢れていた。
アキレスは涙ぐむ孫の顔を見て優しく微笑む。
そして、レファに近寄り、まだ小さい背中に手を回し抱き締めてあげた。
「お爺ちゃん……」
「シュウヤと神獣様が外に出て……もうそろそろ一年だな」
孫の背中は確実に大きくなっている。
と、実感しながら、シュウヤと神獣ロロディーヌのことを想うアキレス。
その目に孫と同じく涙が溜まっているのが見えた。
「……冒険者になって、神獣様の約束を守り、色々と楽しむっていってた」
そのアキレスの顔を見上げたレファ。
自然と頬に涙が一滴零れ落ちていく。
「レファに涙は似合わんぞ」
アキレスは皺が目立つ指を伸ばし頬を流れた涙を拭き取ってあげた。
「……うん」
「少なくとも冒険者になっていると思うが……」
「冒険者……」
「しかし、わしの槍は役に立っているだろうか」
「お爺ちゃんらしくない! シュウヤ兄ちゃんを槍使いにそだてたのはお爺ちゃんでしょ!」
レファは涙目のまま可愛らしくアキレスを睨む。
目元を鋭くした孫の顔を見たアキレスは、
「……ハハハ、そうであった」
シュウヤと神獣ロロディーヌの姿を思い出しながら、笑う。
レファも釣られて笑顔を取り戻していた。
「きっと、いまも槍の訓練をつづけているとおもう」
アキレスは孫の意見に数回、首を縦に振る。
頷きながら、レファから離れ、
「……そうだな、その通りだ。シュウヤなら笑い泣きの暮らしの中でも、武を極めようと実戦、訓練を続け、自由に己のやりたいことを目指し、それをやり遂げていることだろう……さぁ、わしも仕事だ。ラビに家畜の件を伝えておいてくれ」
「うん――」
レファは少女らしく元気な声を出して、頷く。
そのまま茶色の髪を靡かせて、大家へ向かっていった。
アキレスはその様子を満足気に見つめて、頷いてから踵を返し、崖の端の梯子に足をかけて降りていく。
その降りていくアキレスの表情は何処か寂し気だ。
そして、シュウヤが知っている頃よりも白髪が増え顔に皺が増えている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます