二百八十六話 魔王種の交配種
取り出した魔王種の交配種を掌に握る。
魔力を込めていく。
スロザの店主に鑑定して貰った時は、
『……植物の種の名前は、魔王種の交配種。分類は鑑定不可。元々は迷宮十五層!? の魔王種モンスター同士から生まれた異質な物らしいです。種に魔力を込め土に埋めると、その魔力と、土の一定の範囲を吸収しながら固有のモンスター、或いは
これで、白い霧を吸収してくれる筈だ。
その代わりに……鑑定通りなら
左手に握った魔王種の交配種へ魔力を大量に込めながら白き霧を生み出している次元の穴を感じさせる裂け目へ種を投げ込んだ。
その刹那、種は一瞬で膨れて穴を塞いで、土と一体化。
塞いだところから、蝶の羽を持った美しいエルフのような幻影を背景に岩が生まれ出ると同時に、樹木なら樹齢数百年はありそうな巨大な岩となった。
『閣下、岩の中で激しい魔力の流れが起きています』
ヘルメの言うように岩の内部で魔力の攪拌が起きていた。
光と闇の激流を表すように魔力が混ざり合っている。
巨大岩は蛇のようにうねり上へ伸びて急成長していく。
種から岩とは……樹木ぐらいは想像したけど、予想外だ。
白き霧、土、樹木が合わさった結果かも知れない……。
……二十階層の空は天井が何処にあるのか分からない程高いけど、まさかな……。
成長中の岩に釣られて、見上げていく。
もしかして、この岩……十五層へ戻ろうとしている?
岩は依然として空へ向かい成長を続けながら周囲の白き霧を吸い取っていく。
いつの間にか辺りの白き霧は消えていた。
「ンン、にゃあ」
黒豹の姿になっていたロロが俺の近くに来た。
腰辺りに頭を衝突させてくる。
『白き霧は消えたようです。辺りに魔力が漂う霧はありません』
『成功かな』
ロロの柔らかい喉元をなでなでしていると……。
成長中の岩は動きを止めた。
天井は見えないが、十九層に繋がったのかもしれない。
魔王種の種を元にこんな巨大岩を生み出してしまったが、完全に白き霧は消えている。
これはこれで解決かな。
トワとドークたちへ報告しよう。
トワは生きて故郷へ戻れる筈だ。
と、帰ろうとした時、巨大岩が蠢く。
「にゃあぁ」
ロロは驚いて毛を逆立てた。
巨大岩の観察を続けていくと、岩が膨れて卵型となる。
すると、膨らんだ表面の岩に罅が入った。
その皹の間から黄金色の光が漏れ出る。
そして、本当に卵の殻が自動的に剥けるように割れた岩の表面が剥がれ落ちていく。最後に中から現れたのは、黄金色の糸、白糸、黒糸に何十にも包まれた繭だった。
まさか、昆虫? 蝶?
その繭の中心部から扉が開かれるように、糸が解れていく。
中から現れたのは、昆虫ではなかった。
岩……人の女性の形に極めて近い岩。
頭部にある一対の目は、水晶。
小顔の造形で美しい顔。
細首から続くデコルテの窪みも再現されていた。
膨らんだ双丘も確りと再現された状態。
腹の部位に六芒星の魔法陣が刻まれてあるけど全体は美しい……。
しかし、双眸だけなら、迷宮で見かけた鋼木巨人の目と似ている。
眠っている表情で魔力を感じない。
「……死んでいる?」
岩の人形なのか?
『そのようです』
「ンンン、にゃ」
『ミスティに見せたら、どんな反応を示すだろう』
『……分解しそうです』
『だなぁ、彼女ならやりかねない。それじゃ、この女人形をアイテムボックスに入れる』
『はい』
小型ヘルメが頷くのを視界に捉えながら、右手首のアイテムボックスを操作。
格納の文字をタッチする。
いつものように黒色のウィンドーが出現。
その下側にアイテムを格納してくださいと表示されている。
女岩人さんを片手で持ち上げる。
触った感覚は硬い。やはり岩だ。
ウィンドーの中へ納めた。
「……それじゃ報告を持つトワさんたちの下へ向かうか」
遠くに川がある。色合いは前と変わらず。
あの川の浄化は無理そう……。
地面も白く変色したところが残っている。
だが、肝心の白き霧は消えた。その荒れている地面を踏みながら、トワとドークさんが待つ丘側へ走っていく。
トワとドークさんは俺の姿が見えると、手を振ってくる。
「シュウヤ様!」
「まさか、白い霧を……」
「はい、成功です。白い霧は消え代わりに大岩が出来ましたが……」
「見てきます――」
興奮した様子のトワは、イシテスの丘を駆け上がる。
そして、すぐに駆け下りてきた。
「はぁはぁはぁ……」
肩で息をして髪が乱れているのも様になる。
「トワ、白き霧は消えたか?」
「……はい! 綺麗に消えてます!」
ドークさんはその言葉を聞いた途端、両膝で地面を突いてから、
「おぉ……本当に、俺はこれで……」
身体を小刻みに揺らし呟きながら……男泣きをしていた。
呼吸を整えたトワさんも何回も頷いて泣いていく。
「……」
良かった。
そこに血文字が浮かび上がる。
『ご主人様、おーびたるの散歩に出かけて数時間経ちました。何かご指示はありますか? こちらはゆっくりペースで魔石を集めて十五個程集めました』
『ゆっくりでもう十五体も倒したのか、やはり成長速いな』
『ご主人様と一緒に活動出来たことが嬉しかったようです。皆、成長を実感しながら新しいことを試して狩りパターンを増やしています』
『この分なら、血獣隊は地上でも活躍できそうだ』
『その際はお任せを!』
『おう』
『それと、合流は何時ぐらいでしょうか』
『もう時期帰るよ』
『了解しました』
ママニと血文字でやり取りをしてから、トワとドークさんへ視線を向けた。
「それじゃ、トワさんとドークさん、俺はここで」
「えっ、お礼もしてないのに」
「そうですぞ、我らのアセイバン村にお越しください!」
「そのお気持ちだけで十分です。好きでやったことですから、それより、白き霧が消えたことを村へ伝えた方がいいのでは?」
ドークさんは俺の表情から気持ちを察したのか、頬を緩めて、
「……分かりました。事情があるのですね。トワ、村に戻ろう」
「ドーク、でも……」
俺は美女のトワさんとドークさんへ頭を下げてから、イシテスの丘を上っていく。
俺が丘の上に到着すると、下に居るドークさんが手を振り、頭を下げてから背中を見せて去っていくのが見える。
少し遅れてトワさんも、俺に向けて頭を下げてから踵を返しドークさんを追いかけていった。
さて、白玉のゴーレムであるイシテスさんに、白き霧が消えた事を話すか。
丘の上の一対の像に挟まれた白玉に手を当てる。
そのまま魔力を吸わせた。
さっきと同じように像が左右に動いて斜め下に続く穴が出来る。
「事の顛末を、あの白玉に報告をしてあげないと」
「にゃ」
『はい。イシテスは今後もずっとここに残るのでしょうか』
『さぁな、そう思うと気の毒だが……』
ヘルメと会話しながら地下に到着。
中央に浮かぶ白玉の側に歩いていった。
壇上の手前に足をつけた時、
「またか、稀人」
白玉のイシテスが先に話しかけてくる。
「どうもイシテス様、白き霧は封じました」
「……」
沈黙したイシテス。
意味があるのか分からないが、白玉の縁を盛り上がらせてウェーブさせている。
「これで、生贄は必要なくなった筈ですが、イシテス様はずっとここに居るつもりですか?」
「……」
反応なしか。それじゃ戻るかな。
最後にさっきの岩人形を見せてから帰ろう……。
「ところで……白き霧を封じた際に、ある物を入手したのですが、見ますか?」
「見せろ」
反応した。
希望通り、アイテムボックスを操作して、壇の下の石床に、女性の岩人形を見せる。
「そ、それは! 我の身体ではないか!」
「え?」
「その腹を見ろ、我のこの外典の一部と同じだろう!」
白玉は下部を膨らませて、丸い魔法陣の形を見せてくる。
さっき見たのと同じだ。
『本当のようですね』
確かに人形の腹に刻まれてある魔法陣と一緒。
イシテスの身体なのか。
『ミスティに見せることは出来なくなったな、返す』
『ふふ、はい』
「……本当ですね、では、お返ししましょう」
「……礼を言っておく。混沌の女神リバースアルア様も喜ぶだろう。ん、そもそも何故わたしの身体が……」
少し説明するか。
「俺が魔力を込めた魔王種の交配種を使い、白き霧を生み出していた穴を塞いだ結果、蝶の羽を持った綺麗なエルフのような幻影が見え――」
「待て、蝶の羽を持った、だと……混沌の女神リバースアルア様の姿ではないか……」
幻影のみだが、女神の力も関係あったのか。
俺は話を続けた。
「そこから天高い岩に育ち、その岩からこの身体が出てきたんですよ」
「そうであったか……」
イシテス様は納得したのか、白玉の表面が波を打った。
「この人形、イシテス様の身体ならば、そこの魔法陣の上に乗せた方がいいですか?」
「頼む。その前に、ソナタの名を聞いておこう」
「俺の名はシュウヤ、肩で大人しくしているのが、ロロディーヌです」
「にゃ」
「シュウヤとロロディーヌ……感謝する」
ソーセージ型の唇は震えていたが、礼を言ってくれた。
俺は頷いてから、イシテスの身体を魔法陣の上に乗せた。
すぐに小さい階段を降りて少し離れてから振り返る。
イシテスの様子を窺った。
すると、白玉が溶けて、下に置いたイシテスの身体の表面に溶かした白い液体を付着させている。
白い液体はイシテスの身体に染み込むと、魔法陣と共に眩い光を生み出していく。
やがて、さっきまで喋っていた白玉の全てが溶けて消失。
イシテスの身体と一体化を果たしたようだ……。
『……さっきと違い、身体に魔力の鼓動が』
『身体を得たようだな』
ヘルメと念話中。
床で寝ていたイシテスは水晶の瞳をぱちぱちと瞬きさせている。
「……我はイシテス」
そう呟きながら、ゆっくりと起き上がったイシテス。
身体の感触を得るように細い腕を回して、掌を見ている。
「我は、動ける……」
さっきまで人形だったが……。
自分の掌を見ている彼女の表情は人間のようだ。
その水晶の瞳の中に、確りとした意識が感じられる。
彼女は手相でも見るかのように掌を凝視してから、拳を作り、また、掌を広げていた。
イシテスはポーズを作るように片腕を伸ばし、そのまま階段下の外から様子を窺っていた俺を見つめてくる。
すると、細い足を動かし魔法陣の外に出て、小さい階段を下りてくると俺の目の前に……。
そして、手を伸ばしてきた。
「……シュウヤ。これが稀人の挨拶方法だと、アルア様に教わった覚えがあるのだが、違うのか?」
「正解です――」
イシテスと握手をした。
彼女は笑顔を浮かべて、力強く握り返してくる。
俺も笑みを意識した。
「……触っても大丈夫なんですか?」
「当たり前だ。身体を取り戻したのだからな」
「岩の手だけど、表面はどこか温かい」
「我もシュウヤの温かい手を感じる。胸も温かいぞ……これがアルア様が仰っていた友という感覚なのか?」
イシテスは照れたのか顔を朱色に染めて、俺の手を離すと、何事もなく出入り口へ向かう。
……友か。
「……イシテス、これからどうするんだ?」
先を歩く彼女の背後から話しかけた。
「……我に命を捧げていた者たちに会っておきたい」
悲しい表情で振り返りながら話しているイシテス。
そっか……そこからは黙ったまま一緒に丘の上に戻った。
「我は三眼の村を探す……」
「おう」
「またな、友よ――」
イシテスは足先をカモシカのように変化させた。
そのまま丘上から跳んで、空を飛ぶように高く跳躍して去っていく。
三つ眼の邪族たちは確か右辺から来たけど、彼女は北の方に向かっている。
……教えておけばよかったかもしれない。
『イシテス……不思議なゴーレムでした』
『そうだな』
ヘルメと会話しながら丘上から邪界二十階層の綺麗な景色を眺めていった。
左辺にあった白き霧が消えて、岩が塔のように上空高く伸びている。
地形を変えてしまったけど……ま、いいか。
「……ロロ、頼む」
「にゃぁ」
神獣タイプのロロディーヌに乗り込み、空を駆けて素早くムビルクの森があったところまで戻った。
眷族の血の匂いを追いながら、血文字を行なう。
『今回の大魔石集めは終了だ。そろそろ地下オークションに向けてカザネから連絡がある頃だ。
『了解しました』
『承知』
『はい』
『ボク、帰還したら、テンテン飲みたい!』
合流する前に、
「ヘルメ、俺とロロの汚れを落としてくれ」
『分かりました』
液体状態のヘルメが、俺の左目から溢れ出す。
瞬く間に、俺の身体と神獣ロロディーヌは液体化したヘルメに覆われた。
昔からだけど、この水膜に包まれる感覚は何ともいえない。
桃源郷、心と身体が豊に満たされる。
「ンン、にゃぁ、にゃん」
ロロも嬉しそう。
俺たちを全身を包んでいた幸せの液体たち。
そんな掃除は一瞬で終わる。
俺たちを包んでいた液体は、無数の粒になり周囲へ散って離れていく。
散った一塊は、人型の綺麗なヘルメに戻っていた。
「――閣下、完了です。左目に戻ります!」
「来い!」
左目を広げてヘルメを迎え入れてから、神獣ロロディーヌを前進させた。
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