二百八十二話 月の残骸と血長耳

 ◇◆◇◆


 南マハハイムのある地方には、大陸を股がるように広がる大河ハイム川がある。

 そのハイム川沿いの【魔鋼都市ホルカーバム】から【城塞都市ヘカトレイル】は黄金ルートと呼ばれた区間にあり、国、商会、問わずに様々な目的を持った船の群れが運航している。

 今も、多数の商船に混ざる形で【月の残骸】が所有する船、黒猫号が【城塞都市ヘカトレイル】へ寄港していた。


 あまたの艦船で埋め尽くされた港の一部に停泊した黒猫号。

 水鳥が頭上を舞う中、黒猫号の船尾甲板から出てきた足のスラリとした美しい女性。


 彼女は船乗りたちへ向けて指示を出す。

 指示の声が響いた直後、左右の舷の内装の一部がずらされタラップが降り港と連結していた。

 黒猫号に乗っていた多数の船乗りたちが、そのタラップを用いて船の積荷の一部を降ろしていく

 港側で待っていた【月の残骸】の関係者たちも、港に待機させていた積荷を黒猫号へ運ぶ作業を行っていた。


 指示を出していた女性の名はメル・ソキュートス。

 黒猫号の責任者【月の残骸】副総長だ。


 彼女は【月の残骸】の総長でもあるルシヴァル家の宗主シュウヤ・カガリから【月の残骸】の全権を委任されている。

 実質のリーダーだ。

 そして、同組織最高幹部が一人、都市耳長エルフのベネットも港に降り立つ。

 ルシヴァル家の<筆頭従者長選ばれし眷属>が一人であるユイも、メルの護衛として側に居た。


 にぎわう港から離れた彼女たちは、ヘカトレイルの城壁外に広がる【新街】の中を歩いていく。


「ホルカーで怪しい業者から仕入れた物、ここでは売らないのね」

「ホルカーの仕入れは、主にヴェロニカ用の古代の骨がメインだから」

「今もあたいたちの横を不器用そうに歩いている角付き傀儡兵が居るだろう? こいつらの材料だ」


 ベネットはメルとユイの左右を歩いている角付きの骨戦士へ視線を配り、ユイの質問に答えていた。


「……それね。実は作れるけど興味ない」

「凄いじゃないか。あたいは短剣はサブ武器だから、この骨兵でも、前衛の壁になるからありがたいんだ」

「作れるならユイさんにも頼みたいぐらいよ。人員を無駄に消費しなくて済む。これはかなり重要よ?」

「ごめん、わたしは刀で生きてきたから、シュウヤと仲間以外に頼りたくないの、刀の技術が上がるなら作ってみてもいいけど」

「……そういえば、先ほどもチンピラ共を成敗する時も、見事な剣術でした。聞くだけ無駄でしたね」


 メルは溜息交じりに語る。


 実際【月の残骸】の総長といえるメルは気苦労が多い。

 人員の補充が間に合わないからだ。

 【月の残骸】の幹部は強い。しかし、個人で見回れるところは限られる。

 ペルネーテの一つの都市を見ても、港街、歓楽街、賭博街、これら縄張りは広いうえに、小さい闇ギルドの事務所が乱立し、細かな争いは常に起きているのが現状だ。

 そして、大手の【月の残骸】の兵士たちも、その争いに巻き込まれて死ぬ場合が多い。 

 そういった面もあり、角付き傀儡兵は材料費でコストが高いが、替えが利くのでメルは重要視していた。


「……メル。あたいたちもヴェロっ子の眷属になったら、ユイたちと同じ総長、宗主様のルシヴァルという種族になるんだろう?」

「そうね。わたしたちにも角付きが作成できるかも? と、言いたいんでしょ?」

「その通り!」


 ベネットは四角い顎を強調させるように顔を突き出していた。


「ヴェロニカが話をしていたけど、できるか分からないと聞いたわ。成長が必要かもと」


 エルフのベネットは長耳をピクピクと動かして、メルの言葉に同意するように頷いてから視線を鋭くさせる。


「まぁいいさ、できたところで、金の消費が大変になるからね。ところで、皆、気付いていると思うけど、あたいたちの背後についてくる気配。これはやはり血長耳?」

「新街に隣接している【貧民街ロウタウン】だから、血長耳とは違う海賊のようなチンピラの可能性もある」

「仕掛けるなら、わたしがやるけど」

「船の乗っ取りを狙った海賊と違い、後をつけてくるだけなら、こちらから仕掛ける必要はないわ、もうそこが事務所だし」


 メルが先にある真新しい事務所へ指を差している。


「了解、今回は護衛だから、指示に従う」

「メル、ここはもうヘカトレイルだ。それに、この追跡の仕方は……その筋、闇ギルド、盗賊ギルドの可能性が高い」

「……ベネットがそこまで言うならそうなんでしょう。でも、今は中に入って荷物の確認が先。その後、ゼッタの錬金素材仕入れとサラミス商会との会合場所に向かうから……もし、その最中でも付いてくるようなら……【血長耳】だろうとチンピラだろうと、こちら側から接触してみましょうか」

「わかった。あたいは弓を用意しとく」

「もう、気が早いわね……戦うと決まったわけじゃないのよ?」



 ◇◇◇◇



 無事に商会と取引を終えたメル一行だが、そんな彼女たちの背後を追う気配の数が増えていた。


「誘導するよ」

「そうね」

「……」


 先頭を歩くベネットが弓と矢を番えながら、わざと歩みを遅くする。

 メルは足から小さい黒翼を生やしていた。

 彼女扱う華麗な蹴技は、多種多様に及ぶ。シュウヤが見たら興奮するだろう。


 そんな彼女たちの護衛としての立場を理解している最後尾ユイ。

 ユイは沈黙を続けながらも、黒曜石のような瞳を変化させていた。

 黒瞳は幻想的な光芒の瞳となり、その表面に銀色の粉雪が舞い落ちていた。

 やがて、一対の瞳は白銀色へ変化を遂げる。


 そう、彼女は魔界の死神ベイカラから恩寵を受けている<ベイカラの瞳>を発動させていた。


 ベネットは角を曲がると姿を消すように<隠身>を発動させて、屋根裏へ跳躍し姿を隠す。

 メルとユイは角を曲がった先にある路地をゆっくりと歩きながら動きを止めていた。


 彼女たちは背後を振り返り、追跡してきた気配の者たちを待ち構える。


 そして、曲がり角から追跡者たちが姿を現す。

 それは耳長エルフたちであった。


 先頭に立つのは、銀と緑メッシュの短髪を持つ小柄なエルフ。

 目元の濃い銀色のアイラインから独自の魔力を放ち。

 頬にある串刺しにされた白鯨の入れ墨、元ベファリッツ大帝国特殊部隊【白鯨】第二分隊長の印である。


 その小柄なエルフは、他のエルフたちを連れてユイたちへ近付いていった。


「どうも、ワタシの名はクリドスス。【白鯨の血長耳】から挨拶に来た者です」

「やはり【血長耳】!」


 屋根上から声を発したベネットは矢を放とうと構える。


「――それで、どんな用で……」


 モデルのような足を持つメルはクリドススに話しかけながら、視線を気の早いベネットに向けて『攻撃はまだよ?』と意味を込めたウィンクを行ってから、数歩、前に出た。


 足首から生える黒翼が影のように感じさせて、独特の雰囲気を醸し出す。


「事務所ごと【月の残骸わたしたち】を潰しにきたのかしら?」


 わざと注目を浴びるようにクリドススへの語りを続けている。

 クリドススはその足の行為を見てから、


「……いえ、とんでもない。総長から厳命を受けてますから“手を出すな”と」

「そうですか……なら、どんな御用で?」

「単純ですよ。もう厳冬の季節に入りましたからネ……まだ日にちはありますが、貴女方の本拠地でもあるペルネーテで重要な“地下オークション”が始まります。その顔見せのつもりです。それに、貴女方の総長様である槍使いさんと個人的にお会いしたかった。残念なことに、今回は……お見えにならなかったようですが……」


 クリドススは意味ありげな笑みを浮かべてから、メル、ベネット、ユイへ順繰りに視線を移しながら語る。


「総長に……」

「シュウヤと何を話すつもりなのかしら……」


 ユイは冷徹の表情だ。

 白銀の瞳から白い靄が発生していた。


「……」


 クリドススの背後に居た配下たちがユイの殺気を感じ取り、腰に差してある武器に手を掛ける。

 しかし、クリドススは、その武器を抜こうとした配下のエルフたちへ向けて手を上げて、指でマークを作る。『武器を仕舞え』の暗号である軍隊式の合図だ。


 部下たちの態度を改めさせてから、


「……おや、失礼を、槍使いさんの女でしたか。総長からの命令で……あ、これは言わない方がいいですネ。とにかく、我々は貴女方が設立した新事務所を前々から注視していました。そして、その商売にを出していない。このことを知らせておこうかと思いまして」


 クリドススは作り笑顔を、彼女なりの精一杯の笑顔をメルへ向けていた。


「そう……いつでも潰せる・・・んだぞ。という脅迫の言葉に聞こえるのだけど」


 剣呑な雰囲気のユイではなく、笑みを浮かべているメルが、可笑しな顔を浮かべているクリドススの言葉に答えていた。


「いえいえ、とんでもない。【血長耳われわれ】は、今、本当に忙しいんです。敵をわざわざ作るような真似は、現時点・・・ではしていません」

「……メル、戦うなら指示して、女の勘が、あの女を今すぐ殺した方がいいと訴えかけているから」


 ユイは、クリドススの美貌に殺しの腕を察知していた。

 今回はメルの護衛の立場だけど、今後、敵に回るかもしれないと、それに、シュウヤが女としてクリドススの容姿を気にいってしまうかもしれないと、彼女なりに判断しての言葉だった。


「ユイ、今は駄目」

「……了解」


 メルの言葉に仕方ないという顔を浮かべるユイ。

 そのまま殺気を仕舞うように瞳を元に戻していた。


「槍使いさんも、女が沢山いるようです。これはチャンスがあるかもしれませんネ」

「クリドススさん? あまりユイさんを刺激しない方が、いいと思いますよ。今はわたしの護衛として気持ちを抑えてくれていますが、爆発したら、わたしでは押さえられないので」


 クリドススはメルに一回お辞儀を行なってから、ユイへ向けて頭をあげて、その瞳を見てから、


「……はい、そのようです、そのユイさんの瞳はもしや、サーマリアの――」

「それ以上の言葉は不要よ。クリドススさん。顔見せならこれで終わりにしましょう」

「……わかりました。では、【月の残骸】の皆様、失礼しますネ」


 颯爽と立ち去るクリドススとエルフの【血長耳】の集団。

 ベネットは屋根裏から見守り黙っていたが、内心、冷や汗を掻いていた。

 今、路地で会話を繰り広げていたクリドスス以外にも、自分たちの背後、横と、完全に奇襲される位置に【血長耳】のエルフたちが控えていたことを彼女は途中から気付いていたからだ。



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