二百七十八話 邪神シテアトップと再会

 

 選ばれし眷属たちと連絡を取ったあと。


 ふとした思いつきを試すことにした。

 アイテムボックスを弄る。

 リリザが落とした十天邪像ニクルスの鍵を取って掲げた。


 カブトムシの頭のような形で、卑猥な鍵。

 この鍵に邪神シテアトップが反応を示すかと思ったら……。

 ナッシング。

 青白い靄は薄気味悪く漂うのみ……。


「邪神シテアトップさんよ、実は見てるんだろ? この鍵、興味を持つかと思ったんだがな」


 俺がそう霧に問いかけた瞬間。

 一部の青白い靄が集結しながら邪神シテアトップの顔を形成。


「……フンッ、ひさしぶりだなぁ、槍使い。今回、俺様が出たのは、特別だからな?」

『閣下、噂をしたら本当に出ました! しかし、この間とは違います。魔力が非常に薄いです』


 ヘルメの指摘通り……魔力は薄い。

 邪神の声は前と変わらないが……。


「特別なのか? ま、久しぶりだな、邪神シテアトップ様」

「そんな挨拶は不要だ。それより、その鍵だ。それをどこで手に入れたんだァ?」


黒猫ロロは顔だけの邪神シテアトップの姿に興味を持ったのか、頭部を前に伸ばす。


「ン、にゃぁぁ」


 と、鳴いて俺の肩から降りようとしていたが、押さえた。


「何ですか、あれは!」

「不気味な霧の正体か! 喰らえ――」


 蛇人族ラミアのビアが何かスキルを発動したらしい。

 が、邪神シテアトップの顔が少し揺れるだけで何も起こらず。


「我の<麻痺邪眼>が効かぬ、のか?」

「ご主人様、これが邪神……」

「そうだよ。お前たち、攻撃はしないでいい、下がれ」


 戦闘態勢の<従者長彼女ら>へ向けて――。

 『大丈夫』と意思を伝えるように右手を泳がせてから退かせた。


 俺は顔だけの邪神シテアトップを睨みながら、


「この鍵は邪神の使徒を倒し、いや、使徒の一部を部下にして手に入れたんだ」


 そこでワザと新しい指を少し動かす。


「……おぃぃ、邪神の手駒を自分の手駒化だと?」

「そうだよ」

「偶然が重なった結果と推測するが……めちゃくちゃな野郎だ」


 確かにリリザだからこそ、俺のスキルが通用した面もあるだろうな。


「……俺様の一部を吸収し、俺様の使徒である槍使いと、黒猫ならば……ありえるのか?」

「お前の使徒になった覚えはないが……」

「グハハハッ、笑わせる。お前はもう使徒なんだよ。俺様の力を取り込んだ時点でな? 吸収……されたのは完全に予想外だが……糞、思い出すだけで……」


 邪神の虎顔の表情は面白いかもしれない。

 下顎を広げた。

 乱杭歯を見せながら、勝手に喜び、悲しみ、怖がっている。


「……シテアトップ、お前は俺を使徒だと思い込みたいだけだろう?」

「……フンッ、可愛くない奴だ! それにいいのだ! 俺様の力が解放されたのは事実だしなァァ」


 図星なのか、瞳孔が散大している邪神君。


「話がそれた。肝心のお前が手にしている鍵のそれは甲虫の頭からして……邪神ニクルスの鍵と見たが、それを俺様に奉納する気なんだよな?」

「奉納? これを捧げて踊れと? そんなことをして俺はどんな得をする?」


 そう聞くと、邪神は虎顔を歪め牙を見せて醜く嗤う。

 まさに邪神だ。


「……代わりに、俺様の邪界道具を授けてやろう」

「邪界道具ねぇ」


 この甲虫型の十天邪像の鍵を用いれば、邪神ニクルスの像の扉を開けられるはず。

 まだニクルスの像を調べてないので分からないが……。

 ニクルスの扉を開けた先は、今、俺たちがいる二十階層のシテアトップの像の空間と同じように秘密の空間があって……そこに邪神ニクルスの神or分身体、或いは、他の使徒が存在し、歪な水晶の塊が鎮座している可能性が高い。

 その水晶の塊からイモリザと【クラブ・アイス】が語っていた十五階層の新世界ニューワールドへワープができるかもしれない。それか別世界に転移できるかもな。

 でも、そもそもシテアトップは何故、この鍵を欲しがるんだろう。


「……どうしてこれを欲しがる?」

「……いいから寄越せ。特別な樹言サージ、樹条網群ダブルエプロンフェンス、樹愚ベスト、心理植物サイコダイブプラント、シテア・ストーン、極樹呪文学、樹剣・爆弩、樹槍・雷屈、ペザンチウムの十二羽……まだ、他にもあるが、このアイテム群の一つと、交換してやる」


 邪神の周りに漂う青白い靄がアイテム類に変わっていた。

 提示したアイテム群はどれも非常に気になる……。

 が、先に【クラブ・アイス】の面々と知り合ったからな。


 それに、この邪神の態度からして……。

 理由を話さないのも何か理由がありそうだから、渡すのは止しておく。


「……この鍵は渡さない」  

「チッ、欲がねぇのかよ! まぁいい。お前が邪神の眷属を離脱させた行為は、他の神々にも脅威に映ったはずだ。このままだと、俺様と同じ道を歩むぞ? グハハハ」


 ……邪神の行動の裏を推察。

 昔、邪神シテアトップが語っていた言葉を思い出した。

 『その十天邪像を持つということは、俺の駒になる適性があるということだ。だからここにアクセスできたのか……お前、本当に人族か?』


 ようするにシテアトップは、ニクルスの鍵を持っている俺が、そのニクルスの使徒となり得るから接触してほしくないと考えているのかもしれない。

 まったく的外れかもしれないが……。


「……俺は俺の道をゆくさ」

「フン、気が変わったらまた呼べ、その鍵と交換してやろう――」


 邪神は興が冷めたのか、目を点にしながら俺の言葉を待たず、霧のように消えていく。


「もう消えたか……」

「主人、邪神と会話……顔だけのようだったが、凄まじい重圧を感じた……」

「……はい、わたしたちの宗主様は、神と会話を……」

「そんなことはいい、外に向かうぞ」


 邪神の間の空間を皆で歩く。

 だんだんと窄むように狭まる空間なのは、前と変わらない。


 お猪口のような狭いところに到達した。

 まるで『ここが出口だぞ』と邪神の声が聞こえてくるような立派な黄金の扉が見える。


「ここの先に出る」


 と、皆に告げながら、黄金扉の鍵穴へ十天邪像の鍵を差し込み回す。


 扉が開くと、甲高い音が一回鳴り凄まじい重低音が響く。

 これには<従者長>たちも驚いて悲鳴をあげていた。


 サザーはあまりの震動と音に、腰を抜かしたらしく、見事に転んでいる。

 床に転んで青白い靄に埋もれてしまい、姿が見えない。

 ところが、そんな小柄のサザーを的確に捕らえる黒猫ロロの触手。

 サザーの身体に触手を巻き付かせて、優しく起こしてあげていた。


「ロロ様……ありがとう」


 サザーは触手に包まれていたが、仄かに頬を紅く染めていた。


「ンン、にゃお」


 『気にするニャ』と、鳴いているのかもしれない。


 優しいロロ。そのまま全員で扉を潜り外に出た。

 地下二十階層の邪神像が立ち並ぶ遺跡を見学。

 途中、ニクルスの邪神像を確認。鍵穴らしきモノを発見したが今回はスルー。

 そのまま遺跡の奥にある階段を上り【邪神ノ丘】に戻ってきた。


 前と変わらず、けぶったような薄日の空。

 あの空の何処かに十九階層へ繋がる穴があるようなことを魔族のスークさんが語っていた。


「……ここが地下二十階層の世界ですか!」

「おぉぉ、我らは伝説のクランを超えた!」


 ビアの独特な喜びに似た吼える声に、ママニが『うるさい声ね』とでもいうように、愁眉筋らしき部位を微かに動かしてから、


「……ビア、早口すぎて、聞き難い……」


 と、語っていた。

 彼女は虎の毛が目立つので、その表情の微妙な変化からくる感情の読み取りは難しい。


「早口にもなろう。ご主人様の鍵と鏡を使い、未知の地下二十階層に行けたのだぞ? 我らは冒険者でもあるのだからな」

「確かに……十体の巨大な邪神像の姿にも驚きましたが……ここは……」

「広い草原ですねぇ……遠くに、草原、山、森があります」


 エルフのフーが額に手を当て、遠くを見ていた。

 その姿に、前回ここに来た時にカルードもそうやって遠くを見ていたことを思い出す。


『閣下、今回はどちらへ向かいますか』


 視界の左上で謎の平泳ぎをしている小型ヘルメちゃんが語る。


『……そうだな、前は左の方角、大草原からラグニ湖経由の旅だったから、今回は右の方へ行ってみようか』

『――はい、未知の探求ですね』


 ヘルメはくるっと一回転しているし。


『そうだな』


 さて……まずは、皆に、この場所の名前を教えておく。


「……ここは【邪神ノ丘】と呼ばれている場所だ」

「丘ですか……」


 ママニは丘のフレーズに反応。


「昔、エスパーダ傭兵団を率いて、グルトン帝国の一隊を何度も撃退したと聞いたけど……」


 フーがママニの過去について聞く。

 そういえば、ママニは幾つかの戦場で指揮を執っていたと聞いた。


「ハーディガの丘は華々しい記憶だ。しかし、アルガンの丘……の戦場での生々しい記憶の方が……」


 彼女の双丘は白鎧でも分かるぐらいにふっくらとしている。


 その間に、指状態のイモリザを意識。

『ピュリンを表に出せ』と指示。

 第六の指が床に落ちつつ小さい黄金芋虫ゴールドセキュリオンに変身。


 すぐに芋虫はピュリンの姿へ変形。骨を形成し肉を形作る。

 魔力を消費し、俺の第三の腕として戦うのもいいけど、今回はピュリンを初めて使おう。


 その黄金芋虫ゴールドセキュリオンから変身を遂げる姿を見た、<従者長>たちが、


「……芋虫! 前に見たことがある!」

「ご主人様の使役している化け物だ」

「銀髪ではないようです」


 驚いた反応を見せて語っていた。


 変身にイモリザと同じく時間が掛かるようだ。

 ……やや間が空いてからピュリンは姿を現した。 

 金髪と薄青い瞳を持つ女性。

 額から墨色の綺麗な線状の紋マークが目元に伸びている。


 小柄で可愛らしい三角形の細い顎。


 首筋から鎖骨にかけての肌ラインも美しい。

 お椀型の美乳も揺れていた。

 しかし、その美しい乳はすぐに隠れてしまう。

 全身の白肌の表面を覆うコスチューム。デザイン性が高い。

 半袖で、手首から肘にかけての地肌の上に、目元と似た綺麗な墨色の線状マークがある。


 この辺りはイモリザ、ツアンよりセンスがいい。

 個性が出るのだろうか。


 特徴的な骨の尻尾も生えている。

 小さくてカワイイ骨の尻尾だ。


 その彼女は、この場所を確認するように、丘の様子を見渡す。

 続いて、俺の顔を見てからゆったりと頭を下げて上げる。


「……使者様、皆様、こんにちは。使徒ピュリンです」

「イモリザ様とは違う、ご主人様の部下、ピュリン様ですね。わたしはママニ。ご主人様の眷属<従者長>となりました」


 最初に空手の型を彷彿とさせる動きの挨拶をしてから話をした、ママニ。


「そうだ、我はビア。<従者長>である」

「わたしの名はフー。戦闘職業は<血族魔士>。ルシヴァルの一門の端くれです」

「ボクの名はサザー」


 ピュリンの背丈はサザーと同じぐらいかな。


「使者様のご家族様ですね。現在もツアンとイモリザから聞いています。宜しくです。わたしは遠距離からの骨針が得意です」

「ということで、ピュリンと皆、これから右の森へ向かい狩りを行う。基本、現れるモンスターの殲滅。目的は大魔石の回収のみで、寄り道は少なめの予定」

「了解しました」

「承知」

「はい、山と森がある方ですね」

「行きましょう」

「ビア、前に出るぞ」


 虎獣人ラゼールのママニがしなやかな動作で先頭に立つ。

 先に【邪神ノ丘】を駆け下りていった。


 俺も続くか。

 黒猫ロロの可愛い体重を肩に感じながらフーとピュリンを連れ丘を降りていく。

 ピュリンは小さい足なので歩幅が小さい。だから、俺とフーに合わせようと、早歩きとなっていた。


 そんな歩きから性格の良さが伝わる彼女に合わせようと、俺も歩く速度を緩める。

 すると、


「――使者様、わたし、何でもします!」


 歩調を合わせたピュリンが、元気な口調で話しかけてきた。

 何でも、とは……健気じゃないか。


「にゃお」


 肩に居る黒猫ロロもピュリンの可愛らしい様子に反応を示す。

 サザーに加えて新しい遊び相手だと考えたのかな。


「……ここからは冒険者活動と同じだ。魔石集めに集中しよう。個人的なことはおいおい頼むかもしれない」

「はい!」


 純粋無垢な表情のピュリン。

 凛と胸を張っている。心が清らかで私心を感じさせない。


『閣下、選ばれし眷属たちが居たら「わたしが何でもする!」「いや、わたし!」と争いが起きていた可能性があります』

『そういうヘルメはピュリンの尻を調べないのか?』

『なんと! 閣下、最近わたしの趣味に乗ってきますね?』

『はは、当然だろう、可笑しなヘルメが好きだからな』


 その念話を聞いた小型ヘルメは、泳ぎを止めてから、可愛らしい笑顔を浮かべる。


『ふふ、ありがとうございます。ついでにお情けを……』


 内股のポーズで魔力をくれか。


『いいぞ』


 魔力を左目に宿るヘルメに送った瞬間、視界のヘルメは消え去り、


『――ァン』


 久しぶりに悩ましい声が響いてきた。そこに、


「使者様、わたしの内部に住むイモリザ、ツアンに負けないように今日は貢献しますから」


 ピュリンの力強い言葉だ。

 言葉に嘘はないと思う。

 彼女の透き通った湖を彷彿とする青い瞳。

 その瞳の奥底から強い決意を感じ取ることができた。


「……元Bランク冒険者の後衛としての力には期待している。それで骨針がメインのようだが、詳しくはどんな方法なの?」

「セレレ族特有の秘術、これを使うんです――」


 小柄な彼女は両手首を頭上へ翳す。

 すると、手首の表面から剥き出しの太い骨筒が伸びた。

 その骨筒の先端から骨針が射出。

 骨針は弾丸を超えるような速度で連続的に発射された。

 

 草原のほうに向かう骨針はもう見えない。


 義手のように手が外れたようにも見える。

 が、ちゃんと肘の部分は繋がっていた。

 

 骨筒は銃のように先が細くなっているし、妙にカッコいい。

 『スペースコブラ』的だ。

 彼女の種族が持つ秘術系のスキルか。


「……凄い。そんな武器を、あ……」


 その姿から、ピュリン用の武器を持っていたことを思い出す。

 長細い骨針で、スロザの渋い店主が鑑定してくれた武器。


 名はセレレの骨筒。

 それを、アイテムボックスから取り出した。


「ピュリン、これなんだけど」

「あ、それは!」

「やはりセレレ族の?」

「はい」

「あげるよ。リリザが持っていた物、元々、ピュリンの物だ」


 彼女に手渡した。


「――失くしていた物でした。ありがとうございます使者様! ご先祖様の御力が宿るセレレの骨筒があれば、沢山の骨針を放てるようになるんです」


 彼女は喜ぶと手首からまた骨をニョキッと伸ばす。

 俺があげたセレレの骨筒を、片方の手首から伸びている骨の先端に装着している。


 セレレの骨筒は彼女の骨と自動的にくっ付いていた。


 先端が伸びているが、元々彼女の骨だったようにしか見えない。

 切断面がない。ミクロン、マイクロメートルの単位で繋がっているようだ。

 この世界じゃまったく違うとは思うが。

 彼女は伸びた骨筒を折り畳み式のウォーキングステッキを扱うように折り畳みながら袖の中に仕舞っていた。

 フーは不思議そうにピュリンを見ていたが短杖を持ちつつ回りを警戒。

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