二百七十七話 邪界ムビルクの森
◇◆◇◆
迷宮都市ペルネーテの地下二十階層。
【邪神ノ丘】の東部に広がる【ムビルクの森】。
西方の山脈の麓に広がる【未開巨大原生林】に生息する巨大生物たちに比べれば危険度は大いに下がるが、ムビルクの森には蜘蛛神の配下の大型蜘蛛ソテログア、ストレンジャーという鰐頭を持つ未開種族、未知のモンスター群、血を好むセエガロという植物モンスターを含めて、数多くのモンスターたちが徘徊している危険な場所でもある。
そして、【影鷲王の城】から直接派遣されている邪界導師への昇格が決まった邪界騎士シゼブアロス率いるムビルクの森制圧特殊部隊。
【スレイドの街】に暮らす邪族たちが組織するムビルクの遺跡探索隊以外に普通の邪族が近寄ることはない。
ところが、そんな危険な【ムビルクの森】の奥に住んでいる部族も居た。
その名はウルバミ族。子供も含めて特殊能力を持つ一族であることは有名だ。
彼らのウルバミ族の大半は森のモンスターを狩り、魔石を得る生活を行いながら、鰐頭と人の下半身を持つ種族ストレンジャーと常に生きるための争いが起きているが、ウルバミ族は強く特殊能力も持っているので鰐頭種族ストレンジャーとの争いは優位に運んでいた。
しかし、そのウルバミ族が暮らす集落に魔族が現れる。
四眼と胴体に四腕を持つ一般的な魔族の姿。
だが、内実は違う。
彼は対立している神族、邪族の勢力だけでなく、この邪界ヘルローネの地に一緒に転移されてきた同属の魔族たちからも“狂眼”炎眼、四眼と気狂いの放浪者、亜種と呼ばれて忌み嫌悪されている魔族だからだ。
その魔界騎士の狂眼が、ウルバミ族の青年と接触をした。
「――何だ、お前は! こんな森の中に魔族だと?」
「ふはははっ、森で遊んでいたら楽しそうな集落を見つけた! お前も俺の剣の糧となれ!」
気狂いの放浪者こと狂眼は、近くで驚いている青年を見てまるで「新しい玩具を見つけた!」と、言わんばかりに叫びながら、その驚いていたウルバミの青年を斬って捨てる。
「――なんだ! あいつは!」
「皆、イルアロスがやられたぞ。出ろっ、魔族だ!」
「磨いたシーグの斧でやってやる!」
気合を入れるウルバミ族の若い青年と中年男性たち。
狂眼の魔族の姿を見ると、口々に仲間を呼ぶために叫ぶ。
一つに拳を作るように集結していた。
戦士とは言えない集団だが、彼らはウルバミ族としての誇りがあった。
魔族の狂眼に立ち向かっていく。
しかし、そんなウルバミ族の姿を、狂眼は涼しい顔を浮かべながら速度を生かした剣術で対抗。
向かってくるウルバミ族たちを四本の腕を躍らせて迫る一体、一体の節々の急所を確実に正確に切り伏せていた。
「――まったく、だめだよぉ、てこずらせちゃ」
狂眼は嗤いながら左上腕に握られた刃渡りの広い青色に輝く刀身を鋭く真横に振る。
逃げているウルバミ男の背中を愉快そうに斬っていた。
「――ひぃぃ」
「おかあさぁぁん、お父さんがぁぁぁ」
「ムク、貴女は逃げなさい……ここはわたしが」
「でも、お母さんの邪精霊じゃ……」
「お前たちは早く逃げろ! ここは俺たちが――」
三つ眼の邪族ウルバミ族。
彼らとて並の一族ではない。
視力は桁外れであり、戦士でありながら邪精霊使いという独自の魔法技術を有し他の邪族にはない光を見ることができる。
髪の色は黒。皆、額に入れ墨がある一族だ。
そして、このムクと呼ばれた少女の兄は影鷲王スレイドが率いる邪界導師の一人に見出され導師隊の副官も務めていた。
そんなムクの叫び声が呼び水となり、集落の精鋭たちが集まってくる。
抜き身の長剣と銀色の斧を持った二刀流のウルバミ族たちだ。
魔闘術系の亜種といえる邪精霊という精霊体を身に纏い身体能力を上げるウルバミ族の精鋭たち。
先ほどの若者と中年たちのウルバミ族とは明らかに動きが違って見えた。
彼らは仲間同士、死を覚悟した表情で頷き合うと、狂眼と呼ばれている四つ眼の魔族へ襲い掛かる。
先頭のウルバミ族の戦士が、銀色に輝く
だが、「ははは、小生意気な邪族ーーー」と、嗤いながら狂眼はスキル<縮地>を使う。
あっさり投擲された銀斧を回避した一瞬の間で、右に移動、左に移動、瞬の間に四つの腕が八つに見えるほどの剣条を空中に生んでいた。
迅速な四剣術。
斬り掛かってくる邪精霊を纏ったウルバミ族の精鋭でさえ寄せ付けない。
一瞬でウルバミ族の戦士たちの身体のあちこちから線のような細い血が迸る。
四つ眼の狂眼系スキルではなく……。
独自のスキル<縮地>を使った剣術。
気狂いと揶揄される狂眼だが……彼の扱う緑刃と青刃の剣条は信じられないほどの美しさを持っていた。
嘗て、シュウヤと死闘を繰り広げたルリゼゼを彷彿とさせる剣術。
繰り出される体術の質も高い、彼は背中に眼があるが如く、背後の奇襲さえも対応していた。
仙術めいた<縮地>の剣術によりウルバミ族の戦士たちは斬られていく。
ウルバミ族たちは怯まず立ち向かうが……。
「……ムク、逃げるわよ」
「うん」
ムクとその母はウルバミ族の精鋭たちの決死の行動により集落から、何とか脱することができていた。
◇◆◇◆
「皆、集まれ、この
「な、ななんとぉ」
ビアは顔を上向かせて、舌を伸ばしながら発言。
納豆という言葉に聞こえる。
そして、彼女の首の胸の上部にあった奴隷特有の痣は消えていた。
ルシヴァルの眷属となった証拠だろう。
「了解しました、ルシヴァル一門の初陣として頑張ります」
「ミスティ様から聞いていましたが、本当に迷宮の地下へ直にいけるのですね……」
「ボクもユイ様から聞いたよ。ビアだけ理解してなかった?」
「にゃお」
ビアの代わりに
サザーの膝に『ポン』と音がなる猫パンチを当てている。
「ロロ様! 今日は宜しくお願いします」
膝がカックンと可愛く動くサザー。
膝蓋腱反射は人族と同じらしい。
「ンン、にゃお」
サザーは
彼女は背が小さいので余計に小さく見えた。
そんなサザーを見た
餌くれホイホイのポーズかと思ったら違った。
サザーのもこもこ毛が面白いのか変顔を浮かべる。
そのまま、両前足をリズミカルに動かして小さいサザーの頭の上へ肉球タッチを繰り返していく。
「……遊んでないで、移動するぞ」
「ンン」
喉声のみの返事を耳にしながら、胸ベルトから
掌の中で、二十四面を転がして遊ぶ。
十六面の謎記号の表面を親指でスマフォの画面をスワイプするように、なぞり十六面を起動。
いつものように光る面。
扉のようなゲート魔法が発動された。
五階層の邪神像の中にある秘密空間が映る。
「それじゃ出発」
左目にヘルメを宿し、
五層に<従者長>軍団と共に移動。
昔と同じ青白い靄が足元に漂う。
邪神シテアトップ……見ているんだろうな。
「……五層だ。この間、お前たちが守っていた寺院遺跡の地下にある邪神シテアトップの像の中だ。そして、あそこに鎮座してある歪な水晶体。あの水晶体を使えば、地下十階、二十階、三十階、四十階、五十階、とショートカットで地下へ行ける」
『ここは邪神シテアトップがいつ出てきてもおかしくない場所です。閣下、ご用心を』
『大丈夫だよ。この間の邪神の顔を見たろう? あれは相当ビビってる』
『閣下、ワザとわたしたちを自由にさせている可能性も……』
『それならそれでいい、仲良くしたいなら握手だ。絡んでこなきゃ無視でいい』
視界の端に漂うデフォルメの小型ヘルメと念話を行った。
「……あれが、前代未聞の地下に突入できる……」
「ボク、ドキドキが止まらない」
「わたしだって、肩がこっちゃう」
フーは動きが一々色っぽいんだが、そのおっぱいのせいで肩がこるのか?
「主人、ここは薄気味悪い。邪悪な気配を感じる……<麻痺蛇眼>を発動したくなる」
「気持ちは分かる。ここは完全に邪神シテアトップの領域といえる場所。だが、気にするな、邪神は出てこないと思う。このまま二十階層へ向かうぞ」
「承知した……」
青白い靄が蠢いたような気がしたが、そのまま、水晶体を皆で触って地下二十階に移動。
「……よし、無事についた。それじゃ、<筆頭従者長>たちに連絡をするからお前たちはここで待機」
「はい」
「承知」
彼女たちは周囲を見渡しながら警戒。
俺は血文字で<筆頭従者長>たちと会話を行なった。
『ふーん、魔石集めかぁー総長はやはり冒険者ね。わたしは興味ないけど。で、眷属化のことなんだけど、その血を分ける予定のメルがユイを護衛にベネットを連れて、この間、手に入れた船に乗ってホルカーバムとヘカトレイルに作った新事務所を見に出かけちゃったから、まだ暫く掛かりそうー。その新事務所は、港近くにある荒れた新街にあるらしいから【血長耳】を含めた他の闇ギルド戦を想定してるとか、少し心配。ま、眷属のユイの他にも、わたしが生成した角付き傀儡兵もつけてるから、心配はしてないけど』
メルたちは船旅か、ヴェロニカの<筆頭従者長>としての女帝化は少し先かな。
しかし、メルとベネットが彼女ヴェロニカ家の<筆頭従者>になるとして、三人目は誰だろうか。
カズン? ゼッタ? まさか
俺の血を吸収したバルミントは、俺の魔力を元にして生まれてきたからな。
『ご主人様、玄関に手紙が置かれていましたので、寝室の机に保管しておきました。それと、ヴェロニカから血魔力、武術、魔法の稽古をしてくれると提案を受けたのでエヴァの店に向かいます。ガドリセスを用いた釼先が少し伸びる剣に慣れてきたので、血魔力の<血道第二・開門>を覚え更なる進化を果たしたいぞ! と、気持ちが強まってきました。しかし、ヴェロニカ曰く時間が掛かるとのことです。そのヴェロニカへ神聖ルシヴァル帝国のために、メルをご主人様の<筆頭従者長>へと何度も勧めていたのですが、残念なことに彼女は独自の<筆頭従者>にするようです。しかし、よくよく考えたら同じルシヴァル一門。納得しました。そして、わたしも<血道第三・開門>を獲得した時には、従者を増やせるかもしれないとのこと。ですが、はっきりといえば従者は要らないです。ご主人様専用の特別な従者であればいいのです……話を変えますが、テンテンデューティーを市場で買い占めていると、そのティーを作り上げた神の右腕を持つと言われている黒髪の職人がわたしに接触してきました。名をタイチと呼ぶそうです。口調が乱雑でしたが、視線といい魔力も膨大な持ち主でした。危険かもしれません。他にも第一の円卓通りから比較的近い東の市場を調査中に大騎士レムロナと会いまして、近いうちにご主人様の屋敷に行くと話をしていました。「わたしのスキルでお前の主人を見ることがあると、だから、至急、相談したい」と語っていました』
手紙? 俺が移動した直後に来たのか? 帰ったら読むか。
ヴィーネに接触したタイチという名の黒髪も気になる。
そして、大騎士のレムロナが俺の姿を?
個人的な礼じゃないのか。個人的な礼のことを考え過ぎて、俺の幻影を見るようになったか?
いや、権力争いで嫌気がさして疲れているのかもしれないな。
『ん、ママニたちから報告あった。シュウヤの屋敷強くなるから、眷属化は賛成。メイドならイザベルを眷属化したらいいと思う。イザベルは商才がある。シュウヤが預けた邪界牛グニグニを取引に使いハウザンド産レーメを扱う大商会の下部組織で小さい商会だけど、ディーの近所の商会といつの間にかコネを作っていた。そのイザベルの話とは関係がないけど、今、ディーの店で新しい素材をリリィと一緒に整理中。後で、ディーが挑戦する新しい料理の試食会を兼ねたヴェロニカから血魔力の講義を受ける予定。ん、レベッカとヴィーネも店に来る! 楽しみ!』
イザベルはミミが行方不明の時も必死だったし、素晴らしい仕事するし、エヴァも気に入ったようだ。
後、試食会&ヴェロニカと訓練か。
その訓練も見たいが、やはりディーさんの新料理だろう。
大草原に居るという鹿モンスターを使った肉料理なのだろうか……。
『眷属化についてはシュウヤが宗主なんだし、自由にしたらいいのよ。それより、今、ヴェロニカ経由で【月の残骸】副総長のメルの手伝いで船に乗っていたりするの。船旅よ? いいでしょうー。あ、帆が黒猫のマークで船首が黒猫の形にデザインされてるのはシュウヤの案? 可愛い。でも、内実は対闇ギルドを想定しての護衛なんだけどね。さっきもこの船に乗り込んできた海賊のチンピラたちを神鬼・霊風の刀を使い、二重に斬り刻んであげたところよ。あ、その闇ギルドといえば……父さんが、そろそろ古い伝手の【ロゼンの戒】に所属している鴉がペルネーテに来るはずだと語っていた。その鴉さんと早く会いたいな。過去、暗殺者として仕事をしていた時、お世話になったエビがどうしているか聞きたいし。でも、鴉さんを父さんの下に置くということは【ロゼンの戒】からの引き抜くと同じ……ヒュアトスは旧世代の遺物たちと馬鹿にしてた大貴族だけど、サーマリア王と繋がるラスニュ侯爵のところだから、どうなるか……』
ユイはメルと船旅か。
人員の引き抜きで追手を差し向ける可能性……んーそれはあまりないと思うが。優秀なのか鴉とは。
それより、エビとは確か……。
『魔石集めにまた邪界の地下に行っているのね。わたしは学校&研究で忙しい。迷惑かけたから今更だけど、工房で実験中に爆発しちゃったからね……その部屋の片付けもある。幸い素材と
ミスティは、実験に失敗して工房の一部を爆破させたからな。
倒したが、変な怪物も生まれて出たし。
『地下二十階かー。わたしが言える言葉じゃないけど、眷属になったばかりのママニたち浮かれてそうだから、気をつけてね。わたしは今、サーニャさんとその門弟たちと訓練中。体術って奥が深い……腰の捻りと腕の動作。全身の筋肉、下半身の重心も大事だと学んだわ。この技術は無駄にならない。お陰で、蒼炎の拳、ジャハ―ルを用いた接近戦の身のこなしから詠唱を行なう魔法のタイミングもスムーズになったし、他には……シュウヤが喜ぶ情報がある。武術の訓練で腰が少し細くなったかもー、ふふ、胸は前と変わらないけど……』
レベッカには、小ぶりな
おっぱい神の教典通りフォローを行なうが、意味が分からないと返される。
そんなやり取りを小一時間たっぷりと行った。
待っていた<従者長>と
「……完了だ。このまま地下二十階に向かうぞ」
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