二百三十三話 牛顔&銀髪女&槍使い
◇◆◇◆
シュウヤがナロミヴァスを倒し終えた頃。
多数の女たちが逃げ惑う中、貴族街の地下近辺の洞窟の端で、別の戦いが起きていた。
今も、激しい剣戟音が響き渡る。
中割れたローブから蓬色の特殊な制服を覗かせながら戦う両者。
それは【悪夢の使徒】の幹部同士であるノーランとキャミスの戦いだ。
キャミスは魔力漂う波紋が美しいククリ剣で、ノーランの胸元を突き刺そうとした。
「お前は逃げた女たちを捕まえとけよ。しつこいんだよ――」
ノーランは逆手に持った魔力を漂わせている短剣を軽く円を描き、胸元に迫った長剣を斜めに弾く。
そのまま横合いへ、ステップを踏みながら移動している。
その華麗な歩法は軍隊式、特殊なる歩法。
セブンフォリアの軍罰特殊群の極一部、そう魔印を額に持つ軍閥貴族でしか
彼は
「――うるさい! この混乱に乗じて、ナロミヴァス様の屋敷地下にある宝物庫を荒らしたのはお前だろう!」
「当たり前だ。俺は――」
そこでノーランは偽装を止める。
漆黒ローブを脱いで蓬色の制服を脱いでいた。
ノーランは忍者鎧をイメージさせる防具を晒す。
両肩から胸元まで覆う大きな茶色の厚革。
肩部分にある刃の傷痕が確りとした戦闘経験を感じさせる鎧だ。
茶色厚革の胸元に銀色のベルトが付き、中央で釦を嵌めるような作りとなっている。
腹には鍛え抜かれた腹筋を囲う黒ベルトが×印のように嵌り込み、腰には赤と黒色の太いさらし布帯が巻かれてあった。
「裏切り者……その装備類は何だ……」
キャミスは驚愕する。彼女が驚くのも無理がない。
ノーランが装備しているアイテム類はどれもが、普通のマジックアイテムではないからだ。
伝説級、神話級のアイテム類を身に着けている。
「……見ての通り、マジックアイテムに決まっているだろう……」
ノーランは裂けた口を広げ、嗤う。
更に、腕にある魔力漂う伝説級のカジクの腕釧を押し魔力を込めると、背中に刀を出現させていた。
その背中に、突如現れた刀の柄巻きへ腕を伸ばし握ると、黄金光を帯びた刀身の刀を肩口から華麗に引き抜き、黄金色の刃先をキャミスへ向ける。
刀の先端には火が僅かに灯っていた。
「……お前は【闇の枢軸会議】の従属している【陰速】の奴らか? 【ゼブドラ信仰】の者か?」
「どれも違う――」
ノーランは魔導鎧の効果により迅速に動く。
間合いを潰しながら、キャミスへ向けて黄金色の刀を袈裟斬りに素早く振り下ろす――。
キャミスは反応が遅れ肩を斬られていた。
「くっ」
肩口を斬られたキャミスは後退。
「退けば追うことはしない、お前は“魔印”を持っていないようだしな」
ノーランは白粉の化粧の顔を綻ばせながら語る。
「……」
「だんまりか? こんな組織に何故そこまで忠誠を誓う? お前も魔人に転生したいからか? 力に溺れた馬鹿な女には見えないが……」
「……煩い、減らず口を……」
キャミスの斬られた肩口の傷は徐々に広がっていく。
そう、ノーランはわざとキャミスへ話しかけていた。
彼の持つ魔刀キュベラスは、一度斬ると、呪い効果により傷口が広がる効果がある。
「……ま、知ってて聞いたんだがな? ぷっくくくっ、お前は力じゃなく、女として溺れてたんだろう? あの牛顔の何処が気に入ったんだが……その牛顔も槍使いに関わった以上、悲惨な結果となるのは簡単に予想ができる。なんせ、俺が逃げるんだからなァ? それがどういうことか……一組織内で、恋に溺れている女には分かるまい」
ノーランは槍使いと黒猫の姿を想像しながら本心で語る。
影翼旅団の任務は、普通ツーマンセルを組む。
だが、彼は影翼旅団でも珍しく単独で任務が可能な人材。
冒険者で例えるならばSランクに匹敵する。
その彼が、恐怖している槍使い。
その槍使いに気取られずに、彼がその槍使いについて情報を集めていただけでも、ノーランの実力は窺い知れるのだが……彼はそれでも、槍使いと黒猫と接触をしたくなかった。自身の行動を知った場合を考えると、自分の命は無いだろうと即座に悟ったからだ。
今は、この都市から逃げることしか考えていない。
「じゃあな――」
地面に蹲るキャミスを目を細めながら彼は語ると踵を返し、逃走を開始した。
白粉顔の裂けた口から漏れる笑い声が響く。
◇◆◇◆
<鎖>は使わず、足に魔力を溜めながら魔脚を用いて走り跳びながら移動。
生贄台を左足の裏で蹴り倒しながら、中央部に到着した。
ついたその場で<邪王の樹>を発動させる。
グングニルを連想しながら無数の樹槍を目の前に作りあげた。
魔法陣が敷かれている地面の上へ樹槍の穂先を突き刺していきながら、戦闘中の現場を眺めていく。
銀髪女リリザは両手指から十本生えた黒光りしている爪をクロイツへ向けて放出しているが、クロイツには当たらず、黒爪は虚空を突き抜けている。
「牛顔、素早いのよ!」
リリザは自身の攻撃がさっきよりもズレが大きくなっているのに、クロイツ自身が避けたと思い込んでいるようだ。
そんな幻術魔法を繰り出しているクロイツの行動範囲を狭めるため、地面へ刺した樹槍を引き抜き、その槍をクロイツ目掛けて<投擲>した。
しかし、螺旋する投擲された樹槍は、彼の周りを旋回していた魔法剣の一つによりあっさりと迎撃される。
穂先から両断されていた。
あの魔法剣の動き、彼の周囲、狭い範囲に限定されているが……。
一瞬、師匠の扱う導魔術の光る枝に操作された長剣たちの姿を思い出す。
動きの質は勿論、師匠の剣術の方が上だが、ネオンの輝きを見せる魔法剣と魔法槍がクロイツの周りに漂っていた。
まぁ、この作った樹槍を投げ続ければ、クロイツも消耗するだろう。
楽観視しながら魔闘術を腕と腰に軽く纏い、左手、右手で地面に突き刺した樹槍を引き抜く。
光魔ルシヴァルの身体能力をシンプルに樹槍へ伝えるイメージで、腕を振り――<投擲>していった。
クロイツは羽織っている黒マントを揺らしラメ調の長ズボンを履いている長足をダンサーのように交差させるステップを踏み間合いを変えながら樹槍を華麗に避ける。
更に魔法書の積層型魔法陣から生み出している無数の魔法剣と魔法槍を巧み操作し、俺が投擲した樹槍群を斬り、衝突、相殺させてきた。
ラメ皮が太い足をビッシリと覆い筋肉が躍動している。
その動きは魔術師の域を楽に超えていた。しかし、次第に焦りの表情へ移り変っていく。
焦る表情が示すように、彼の周りで迎撃動作を繰り返している魔法剣と魔法槍の数が、樹槍と相殺して数を減らしていた。
予想以上に俺が<投擲>してくる樹槍群が多かったらしい。
そして、その牛顔の焦りを助長させるかのように銀髪女が繰り出す黒爪の遠距離攻撃がクロイツの体を掠め出していた。
幻術を見破っているのか?
の判断はしかねるが、リリザは確実に調整しているようだ。
「ふふっ、そこのお兄さん、ありがとねー。後で食べてあげるー」
俺を食べるだと?
「……あいつを先にやった方がよさげだな」
クロイツに投擲していた樹槍を銀髪のリリザへ変えて、投げていく。
「ふんっ」
あっさりと樹槍は扇状の形に変化した銀髪によって叩き落とされる。
「なによっ、牛に投げてればいいのに!」
リリザはクロイツから、俺に注意を向けた。
あの化物女を魔槍で突いてみるか――。
足に魔力を溜めた魔脚で、リリザへ間合いを詰めていく。
彼女は頭はあまり揺らさず形を変えた滑らかそうな銀髪をくねくねと操作していた。
そのタイミングで、クロイツも俺たちと間合いを詰めるように前進してくる。
念のため……リリザへ突くのをやめておく。
そして、三つ巴極まれりな状況となった。
リリザ、俺、クロイツの三人は地面の上に円を描くように横歩きしながら、武器をそれぞれの方向へ向けていく。
「……あの虎娘の匂いがする」
「……第三使徒リリザ、槍使い……」
「牛顔、銀髪」
俺を含めて各自が呟きながら、ウロボロスの環のように一触即発の蛇環を作る。
ヘルメじゃないが、誰が誰の尻を食うかの不思議な剣呑たる間が過ぎ去る……。
そんな剣呑の間を崩し、先に動いたのは牛顔クロイツ。
腕釧に嵌っている三玉の勾宝石を眼前に翳す。
一拍遅れて勾玉から滲み出るように黒いモノを放出させた。
その黒いモノが縷々と香炉から生み出された煙のように一すじ立ち昇り、中空に夜霧を作りだす。
その瞬間、また、首筋に電流のような微かな痛みが走った。
血が流れたか、悪夢の女神ヴァーミナ系の力に反応しているのか?
夜霧は俺たちの周囲一帯へ広がり降り掛かった。
この魔力の質からして全体的な攻撃かと思われたが……。
ナロミヴァスが闇剣から生み出していた小さい闇夜とは違い、攻撃ではないらしい。ただの暗い霧のみだ。
この夜霧は、リリザと俺に対しての目眩しか。
夜霧を生み出したクロイツの腕釧の勾玉には、もう魔力を感じられない。
クロイツは目眩しのつもりだろう。
だが、魔察眼と<夜目>により彼の行動は見えている。
しかし、首にある<夢闇祝>効果もあるのか?
夜霧は不自然に俺の側に寄り付かない。
霧を放出していたクロイツは逼迫し、額に青筋を浮かばせる形相だ。その表情に似合う魔力を片腕の掌に持つ魔法書へ集結させていく。
自身の魔力を限界まで魔法書に集めたらしい。
積層型魔法陣はピラミッドの形に変りながら折り畳まれ伸ばされ一つの巨大な三角錐型の薄青い魔法槍へ変形を遂げていた。
クロイツは綺麗な青目を鋭利な刃物へ変えたように鋭くさせる。
牛とハンプティダンプティが合わさった丸顔を醜く崩しながら、新たに作り出した巨大魔法槍の穂先をリリザへ向けると、彼は魔脚を使い突進していく。
規模的に壊槍グラドパルス的なものか?
俺じゃなく、銀髪女リリザを優先するつもりらしい。
クロイツが放出している夜霧もリリザを囲う部分だけが、異様に濃くなっていた。
単に俺に効かないのを判断した結果かもしれないが。
「喰らいなさい! ギリメカラの魔槍――」
クロイツの騎虎の勢いを感じさせる言葉。
「きゃぁ――」
リリザは化け物に似合わない可愛い悲鳴をあげる。
夜霧が完全に晴れたところで見えたのは、クロイツが持っていた薄青い光を放つ巨大魔法槍がリリザの胴体に突き刺さったところだった。
クロイツは魔法槍から手を放して、素早く後退しながら息を整える。独特の呼吸音だ。
「くっ、こんな槍!」
リリザが胸元に突き刺さった薄青い魔法槍を引き抜こうと両手に掴んだ瞬間、その魔法槍が目も眩むほどの爆発的な青白い閃光を生む。
怪物めいた幻影も一瞬、現れたが消失。
そのフラッシュをたいたかのような閃光と共に、魔法槍の表面から一斉に青白い剣刃が針鼠のように発生し伸びていた。
当然、リリザの全身は青白い剣刃群によりズタズタに引き裂かれる。
化け物の身体を内側から崩すような爆発槍の攻撃か。
「……」
魔法の槍から発生した青白い剣刃群に貫かれ、槍を持っていた両腕は微塵切りのようにな肉片となり床に落ちている。
リリザは何も語ることなく、その肉体が崩れた。
綺麗な銀髪も萎びれて、溶けるように床へ流れていく。
「貴女はシツコイですからね……これで沈むでしょう」
クロイツは大量に魔力を消費したのか、額に冷や汗を流していたが、片頬に苦笑をためていた。
夜霧と爆発槍は、彼の切り札だったのかもしれない。
クロイツの手にあった魔法書は巨大魔法槍が消えると自動的に本が閉じた。
彼はその魔法書をマントの中へ仕舞う。
相当に疲弊しているのは目に見えて分かる。
リリザは散らばった肉片と溶けた銀髪が重なりあっていた。
……肉片は薄青い魔力を纏っているし、あれで終了とは思えない。
二十階層の守護者級のようにメタモルフォーゼを行うんじゃないか?
という予想はつく。だが、今は後回しだ。
「クロイツ――」
俺は語りかけながら左手から<鎖>を放つ。
「くっ――」
瞬間的にクロイツは自身のとんがり帽子から防御魔法らしいものを自動発動させてきた。彼の動きが急加速される。
俺の弾丸速度の<鎖>を避けてきた。
凄い。だが、鎖を操作し再度クロイツへ向かわせる。
「――不意打ちとは、紳士とはいえませんね」
クロイツは、とぐろを巻くように操作している<鎖>の
身体的加速を促すスキルか、魔法か、ニヒルに嗤う牛顔の青目が輝く。
その輝きを増したブルーアイズの虹彩の中にある魔法陣が、鍵のダイヤルの如く急回転。
疲弊しながらも、俺に幻術を? 無駄だと思うが。
ところがどっこい、眼前の空間が湾曲――。
円形に幾つも割れたような視界が生まれる、錯覚を覚えた。
クロイツの顔、双眸が分裂?
鏡が幾つもある不可思議な視界だ。
うへぇ、幻術を喰らったらしい。
思わず、梟のように瞬きを繰り返した瞬間、遠近感を取り戻したように視界が急に元通り。
あれ? 治っていた。
多少は効いたが<真祖の力>で耐えたのか?
光魔ルシヴァルでよかった。
なかったら確実にアウトだったろう。
幻術を飛ばしてきた彼は<鎖>の攻撃を素早い機動で避け続けマントの内側へ片手を伸ばしていた。
そして、血濡れた眼球を瞬間的にマントのアイテムボックスから取り出している。
「また変なモノを……」
牛顔が掴んでいる血濡れた眼球……。
縦割れた蛇や獣の眼を連想させる。
濃厚な魔力を感じさせ底深い光を溜めた瞳だ。
もしや、俺が持つ古竜の蒼眼的な物か?
「変な物ではないです、女神からの賜物の一つ。<アーグロンドの瞳>!」
クロイツはそんな名前を自慢気に発しながら
眼球から血色を帯びた手?
降魔印の印相図が出現。
刹那、クロイツを追撃中の<鎖>の表面が血色に固まってしまう。
中空で<鎖>はストップ。
<鎖>は完全に動かなくなった。
こんな攻撃、いや、迎撃方法もあるのか。
一応、<鎖>は消失させておこう。
<鎖>はその
「……その魔眼は特殊そうだな」
「当たり前ですっ。魔界四九三書的なアーティファクト級の代物ですよ!」
魔界も魔界で色々ありそうだ。
クロイツはその秘宝である
そして、振るえた眼球が蛙の卵のごとく無数に分裂し、羽根のようなアイテムへ変形させる。
うひゃぁ、驚きだ。
複眼が集結し油のような光彩を放っている薄い羽根翼が、自動的にクロイツの背中側へ移動して装着されていた。
蛾の牛か。クロイツは自身の眉毛、げじげじのような金眉を中央へ寄せる。
「……いきますよ」
そう告げると、背中に翼が装着したせいか加速。
風ごと空間を劈くような速度で突っ込んでくる。
彼は同時に両腕の先を闇色のマントの内側へ突っ込む。
あのマントはアイテムボックス。
マントの内側に腕がすっぽりと入った。
手先が消えているように見える。そのマントの内側に伸ばしていた腕を引き戻すと、その腕には毒々しい波紋を見せる
あのマントは好きなようにアイテムを手元に取り出せるらしい。
俺のアイテムボックスは予め設定しないと手に召喚できないから少し羨ましい……。
できたら欲しいが。
しかし、背中の位置的にあのマントを傷つけずに終わらせるのは難しいだろう。
そんなことを考えながら速さには、速さを。
――<血道第三・開門>。
――<
胸ベルトから古竜の短剣を取りだし、牽制する。
曲げていた左手の肘を瞬間的にスナップを利かせるように伸ばし古竜の短剣を<投擲>した。
同時に中級:《
加速していたクロイツは動きを止めた。
両手に握る怪しく光る曲剣刃をひらりと動かし、短剣と氷矢を弾いてくる。
その剣刃の動きはナロミヴァスのような剣術ではない。
魔法による特別で強引なアシストが加わったような剣術の質。
肘が固くロボット的でぎこちなかった。
本来はやはり魔術師なのだろう。
あの魔法の帽子から発生している傘のような魔線群。
放射状に伸びて彼の周りに展開しているものが、防御系だけでなく、背中の蛾の翼と同様に、クロイツへ速度アップ的な効果を齎しているのか?
クロイツは俺の様子見の飛び道具を弾くと、また突撃してくる。
しかし、加速を得たとしても、俺に対して接近戦を挑む?
悪手だ……解せない。
幻術が効いていると、判断した?
いや、あの必死な顔色だ。
自身の魔力が切れかけているのかもしれない。
だから、幻術が効いている方へ掛けたのか――。
心理分析をしながら迫るクロイツの胸元へさっと魔槍杖の紅矛を突き出す。
クロイツは牽制の短剣を弾いてきた時と同様に機械的な動作で毒々しい緑色の魔剣を左から右へ薙ぐ。
突き出された紅矛を緑の魔剣で弾いてきたが、俺は構わず――。
連続でささっと紅矛をクロイツの胸元、下腹部へ突いて、突いて、突きまくる。
背中に装着した不気味な羽根翼を利用している風を感じるクロイツの突進を、突きの連打で止めた。
「――幻術が効いてない!?」
「当たり前だ――」
牛顔の賭けは外れた。
と、いった表情を浮かべる。
完全にクロイツの動きを止めたところで、槍組手の間合い。
布石にもなる左足で相手の膝を折るイメージで
「――<死鱗粉>です」
クロイツはまだ奥の手を持っていたらしい。
技めいた言葉を吐きながら、蛾の羽根翼を羽搏かせて、素早く浮かぶ。
牛顔は俺の蹴りを避けると同時に、その背中の翼から本当に暗緑色がかったアイシャドウのような鱗粉が撒かれる。
暗緑色の鱗粉が顔、腕に降り掛かるが――。
皮膚の中へ吸収されるように消えていく。
俺はダメージは受けず。
そのタイミングで全身の筋肉――。
特に、脊柱起立筋を意識しながら右手が握る魔槍を背中へ回す。
「そ、そんな――」
闇属性攻撃だろう。
まったくもって効果がない。
俺が効いていない様子にクロイツは絶望の表情を浮かべるが、遅い。
背中へ回し腰を軋まるほどに溜めていた力を右腕に乗せた。
その右腕を一気に前へ押し振り抜く<豪閃>を発動させた。
――旋風の獄一閃。
紅蓮の軌跡を宙に残しながら、クロイツのマントで囲われた左脇腹の位置に紅斧刃が衝突した。
紅斧刃はクロイツの胴体をマントごと、抵抗感なく真っ二つに裂く。
「ぎゃぁおおおあぉぁッ」
振り絞るような牛声が夜のしじまを切り裂くように響く。
二つの肉塊は錐もみ状に血と腸を撒き散らしながら回転。
地面に刻まれた魔法陣の印の一部を削り取る勢いで転がってから動きを止めていた。
結局、あのマントも切断してしまったか。
クロイツの背中に付いていた
アイテムボックスのマントも使えないだろう。
中身の魔界の魔法書、あの爆発槍を生み出していた魔法書は少し欲しかったかもしれない。
緑色の魔剣は床に落ちていたが……。
クロイツだった二つの肉塊はピクリとも動かない。
血量と内臓からして人族に近いようだ。
血と肉は蠢いているので、再生はしていると思われるが……ナロミヴァスのように闇炎を傷口から放出していることはない。
こんな状態からでも回復する兆しを見せている生命力は人族を超えて、尋常ではないと分かるが、完全なる魔へ転生を果たしてはいないようだ。
<血道第三・開門>を閉じ、<
そこに、
「――にゃお」
美しい黒いビロードの毛並み揺らしながら戻ってきた
頷くと、俺の頷きに応えるように、ひょこひょことクロイツの上半身へ近寄り、紅色の鋭い獣瞳を見せつけながらクロイツの体臭の匂いを嗅いでいる。
獣の嗅覚を生かすように鼻を忙しげに膨らみ縮ませていた。
そのまま頸元へがぶりとサーベルのような歯牙で噛みついていた。
クロイツの肉体が再生しているのが分かったのか、獣の習性か分からない。
頸をしっかりと咥えると黒豹の神獣としての力を見せるように、頸を引っ張りあげ強引に頭部を千切り取っていた。
脊髄が連なった牛顔の頭部を、自慢気に持ち上げる。
ネズミを捕まえたニャ的に、その血濡れた頭部を見せてきた。
思わず血濡れた牛の頭なんて要らないから、と、顔を左右に振る。
「ガルゥ」
興奮しているのか低めな獣声を鳴く
咥えていた頭部をぐしゃりと音をさせて砕いてから、まだ頭部の形を保っている残骸を頭上へ放り投げていた。
「ンン、にゃおぉぉぉーん」
勝鬨の神獣声だ。
洞穴の空中へ回転していたクロイツの潰れた頭部が地面に落ちる。
じゃが芋がごろんと転がるように、転がってから動きを止めていた。
その地中に生えた潰れたクロイツの頭部と視線が合う。
潰れた眼窩の一部が蠢き口が動いたような気がした……
この邪教な牛野郎。
絶望顔を連想させるクロイツの頭部へ<鎖>を飛ばし木端微塵に爆発させる。
「――ロロ、胴体も燃やしていいぞ」
「ガルルゥゥッ!」
珍しく喉声を張り上げる唸る声を響かせる。
豹型の口が大きく開かれ指向性のある火炎の息吹が放たれた。
灼熱の火炎熱風が魔法陣の地中を這うように駆け抜ける。
熱で方向を示すように魔法陣の一部が消え目印となったところで、床に転がるクロイツの二つの胴体が瞬時にその火炎に包まれる。
溶けた地面が撓みねっとりと変形していた。
急激に周囲の酸素が失われるような感覚を受けるが。
ま、ここは広い洞穴だ。一酸化炭素中毒の心配はあるまい。
燻す音が鳴り響き、焦げたような埃っぽい熱気が立ち昇ってくるさまは、地熱により沸騰したようにも見えてくる。
ヴァンパイアロードだったら蒸発しても復活とかしてきそうだが……。
その時、クロイツとは違う、右辺で蠢く肉たちが視界に映る。
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