二百三十二話 ナロミヴァスの最期
『……閣下、魔界の獣でしょうか、大きいです』
『ヴァーミナに関する魔物なのは間違いないだろう』
「……おいおい、俺様を呼び出した場所がこんな闇世界とは……聞いてねぇぞ」
召喚された巨漢黒兎の言葉だ。
<
俺とナロミヴァスのことを、紅く血走った双眸で睨んでくる。
その様子を受けて怯えたナロミヴァスは、
「……大眷属シャイサード様、お怒りをお鎮めください……お呼び出しした訳は、そこの槍使いを筆頭に様々な者たちにより、ヴァーミナ様へ贄を捧げる儀式が邪魔されたうえに、このような闇世界に閉じ込められたからです。あやつを罰してくださいっ、魔界騎士を凌駕する大眷属シャイサード様……お力をお貸しください」
必死な表情で懇願するナロミヴァス。
病気に罹ったように、ふらふらと倒れそうになっている。
彼の体は再生していない。
片足から闇色の体液を垂らしつつ胴体の半分は、干からびた骨と皮だけなこともあるか。
その干からびた骨と皮はロープが結んで塊となっている。
それは力学を超えて歪に収束でもしたかのような不可思議な形……。
ナロミヴァスは俺の樹木の群れから脱するために限界以上の力を触媒にして、あの大眷属シャイサードを召喚したのかもしれない。
「……ヴァーちゃんの儀式を邪魔したのか! 許せねぇな」
「はい、シャイサード様」
ナロミヴァスは不気味に嗤う。
黒兎こと、シャイサードは頷きつつ、俺を見る。
シャイサードの声質は重厚だ。
紅色の長細い双眸は魔眼なのか?
只の魔察眼かもしれないが、魔力を溜めた紅色の瞳で俺を睨む。しかし、女神ヴァーミナをヴァーちゃんと呼んだ物言いといい、基本は大きくとも可愛い黒兎だ。
レベッカへと、あの着ぐるみをプレゼントしたら喜ぶかもしれない。
「……許せねぇか、なら、俺と戦うのか?」
と語りかけながら<破邪霊樹ノ尾>を発動。
予備動作、魔法陣を含めて、なにもなく、無から有が生まれるように、前方の空間から新たな魔力が生まれ出ると同時に
その光を帯びた樹の枝と幹の群れである<破邪霊樹ノ尾>が力なく片足でゆらゆらと立つナロミヴァスの下へと向かうと<破邪霊樹ノ尾>の光を帯びた樹木がナロミヴァスの体に絡みついた。
一瞬で、ナロミヴァスは光を帯びた一つの大樹と化す。
幹の中心に端正なナロミヴァスの顔だけが覗く。
もうナロミヴァスに避ける力は残っていなかったらしい。
そして、<破邪霊樹ノ尾>の効果が不明だが、黒兎シャイサードの背後にあった闇の炎に縁どられていた魔法陣も消えていく。
「ひぃぃ、はなせぇぇ」
ナロミヴァスは弱々しく叫ぶ。
「……それが、お前の力か」
重厚な声の黒兎シャイサードさん。
あの巨漢黒兎のシャイサードを召喚した闇の炎が縁取る魔法陣が消えても、巨漢黒兎のシャイサードの姿に変化はない。
まだ
黒兎は樹木と化したナロミヴァスを助けない。
俺の観察を続けていた。
「その通り。で、黒兎シャイサード。お前は見ているだけか?」
「……いや」
巨漢を活かすように、黒兎シャイサードは、ゆらりと浮遊を続ける。
腹の出っ張り具合から豪傑笑いを繰り出してきそうな雰囲気だ。
黒兎シャイサードはおもむろに闇の炎的な闇の毛が包む右手の人差し指を中空へと伸ばす。
「どれ……」
短く呟く。
シャイサードの太い指先には魔力が集結。
闇の毛が、ふさふさと、もっさもさと集結している可愛らしい人差し指だ。
縫いぐるみのような可愛い指先が動くと、宙に赤い魔法文字の軌跡が生まれる。
指先がくるくると動くと、その指先に付随するように赤い魔線の渦を作り出す。
火の魔法か――やや遅れて左手の拳に闇の炎を纏う。
そのまま斜め下にいる俺を見据えてきた。
人差し指から生み出された赤い渦は、幾つもの火球の姿へと成長を遂げる。
それらの火球の群れは、右手の周辺で静止。
続けて、左手の闇の炎を纏う拳の中に巨大な斧剣を出す。
巨漢戦士に見合う重そうな巨大な斧剣だ。
体格的にあの闇の炎を纏う拳で殴りにくるかと思ったら、武器召喚か……。
何処から? アイテムボックスか?
それらしき物は見当たらないが。
……もしかしたら、あの太い胴体、闇の炎のような毛の内部にアイテムボックス的なアイテムを装着しているのかもしれない。
単に召喚が可能なだけか。
しかも、あの巨大斧剣の刃、ギザギザで渋いが、柄が……気色悪い。
柄頭から三つ編み状の毛の塊にぶら下がるのは、何かの頭部という……。
勾玉が付着した人の頭部。
二つの角が額にある。
その角ありの頭部は意識があるのか、双眸がギョロリと蠢いて、片方のえくぼが動いた。
顔は、不気味に嗤う。玩具?
魔力を宿しているし魔道具か。
巨漢の黒兎シャイサードは、その柄頭に人の頭部のストラップが付く巨大な斧剣を肩に預ける。
肩に乗せた剣の柄頭から、毛と繋がる頭部のストラップが揺れた。
不気味なストラップが黒兎シャイサードの太い胸板の上で転がる。
巨漢の黒兎シャイサードだが……。
闇の毛の下にあるのは脂肪ではないのかもな。
筋肉の塊なのかもしれない。
魔闘術らしき魔力の溜まりを体の内部に感じたし。
没義道的な力強さを感じる。
その瞬間、俺を睨む瞳の魔力が増したように見えた。
戦闘態勢か?
その直後、右手周辺の空中で静止させていた火球たちを放ってきた。
火球を放った黒兎シャイサードは、
「その魂をヴァーちゃんへ捧げる」
そう語ると、前傾姿勢を取る。
俺は迫る火球の一つ一つをカーソルでロックオンするように捉えた。
<
火球を迎撃――刹那、
「お前を両断してやろう――」
巨漢の黒兎シャイサードは、斜め下にいる俺に向けて急降下――。
重そうな巨大な斧剣を振り上げていた。
タイミング的に火球の着弾に合わせた重ね攻撃――。
が、ここは俺の
そんなことはさせない。
火球は、一瞬で闇杭が貫く。
火球は闇に吸収されるように消えた。
巨漢の黒兎シャイサードが扱う巨大な斧剣には、牽制で対処。
左手に召喚した魔剣ビートゥを黒兎の胴体へ目掛けて<投擲>だ。
加速する
牽制と呼べるか分からない飛剣の速度を見た巨漢の黒兎シャイサード。
斜めの軌道を描く巨大な斧剣だったが、振り上げた巨大な斧剣を途中で引き戻す。
――受けに回った。
巨大な斧剣を胸の前に押し出す形で――。
俺の<投擲>した魔剣ビートゥを弾くシャイサード。
「――そのヴァーちゃんとやらに、魂をくれてやるわけにはいかないな」
俺はそう語りかけながら、巨大な斧剣が弾いた魔剣ビートゥに向けて<鎖>を射出。
魔剣の柄に<鎖>を絡ませた。
一瞬で手首に収斂して、左手に戻してから魔剣ビートゥを消去。
巨漢の黒兎シャイサードに主導権を握らせるつもりはない。
その場で《
「氷の魔法だと?」
シャイサードは驚く。
右手の指を指揮棒のように振るった。
宙に赤い渦を作り出す。
さっきと同じだ。
宙に赤い軌跡を残しながら火球を発生させる。
火球で、俺の《
相殺しようとするが――。
俺の《
「無詠唱に凄まじい量だ。この闇世界といい――」
シャイサードは迎撃を諦めた。
巨大な斧剣を盾にして――。
闇の炎を纏う頭部と胴体を守ろうと構えた。
大盾のような巨大な斧剣だ。
防御能力は高いだろう。
俺の《
が、《
防御能力は高い。
防波堤のような薄い魔力も備えているようだ。
ま、俺が放った《
当然とも言える。
そこに不自然な嗤い声が響いた。
声の主は、巨大な斧剣の柄頭から出た長細い三つ編みの毛の先にぶら下がっていた頭部からだ。
奇妙な飾り――。
――しかし、笑うだけはあるようだ。
その頭部に当たる《
あの頭部の魔力が、魔法防御能力を引き上げているとか?
俺は、そのタイミングで――。
<
光の槍が向かうシャイサードは巨大な斧剣を構えて防御の構えを維持。
そのシャイサードの足と肩の一部に俺の《
「くっ、魔公爵級の魔力の持ち主か……」
シャイサードは苦悶の言葉を呟く。
そのシャイサードの巨大な斧剣と二つの<
けたたましい音が響く。
シャイサードの足にも残りの<
――よし、遠距離攻撃がヒット。
「喰らったようだが、遠距離戦は性に合わない。直に行くぞ、巨大黒兎――」
苦悶の表情のシャイサードだったが、俺を睨む。
俺は構わず魔槍杖を右手に握りながら――。
暗闇の地を強く蹴った。
跳躍してから足下の宙に設置した<導想魔手>を蹴る。
空中で二段ジャンプ――。
俺は
そして、魔槍杖を背中へと回す。
僧帽筋と広背筋に、腰背健膜を中心とする体幹の筋肉網を意識――。
巨大な斧剣の背後で体を縮ませるようにしていたシャイサードを見据えた。
「ぐぅ、光属性の網だと……」
シャイサードは反りあがった兎の耳を震わせる。
一重瞼の兎の瞳は苦しみに歪んでいた。
まぁ分かる――。
<
だが、巨大な斧剣が光の網の一部を防ぐ形だ。
シャイサードにとっては、まだマシか?
そんな状態の黒兎シャイサードに近付くほど――。
光と闇の織りなす光景の明暗がくっきりと浮き彫りになった。
――槍圏内に入った――。
筋肉の一筋一筋が弾けそうなほどの、力のすべてを――。
右手が握る魔槍杖に乗せて振るう――。
渾身の<豪閃>を発動――。
狙いは黒兎シャイサードの巨大な斧剣で防げない傷がある下腹部。
紅き流線と化した紅斧刃が、シャイサードの下腹部に衝突――。
紅斧刃が黒兎シャイサードの下腹部にざっくりと侵入――。
太い胴体の半分を斬った紅斧刃だ。
「ぐああああ――」
シャイシャードは耐え難い苦痛って感じの声だ。
叫びながら横回転――。
俺自身も魔槍杖の持ち手を変えながら体が駒のように横回転していく。
――移り変わる視界に黒兎シャイサードから噴き上がった血飛沫が追ってくる。
俺は紅い軌跡へと仲間入りしたような感覚を得た。
回転を弱めつつシャイサードを凝視。
宙に浮かんだ状態の黒兎シャイサードは目の焦点が合っていない。
足を覆う<
シャイサードは巨大な斧剣を手放す。
落ちた巨大な斧剣が<破邪霊樹ノ尾>の霊樹で固めていたナロミヴァスの額に突き刺さった。
「ぎゃふ」
ナロミヴァスから変な声が漏れた。
が、額に巨大な斧剣が突き刺さっても、彼は生きていた。
額に刺さった巨大な斧剣の柄頭にぶら下がる三つ編みの人頭が揺れに揺れて、霊樹で固まるナロミヴァスを叩いている。
落下中の黒兎シャイサード。
裂けた胴体から血のような闇の炎を垂れ流しながら――。
そのナロミヴァスに向かった。
巨大な斧剣が突き刺さったナロミヴァス樹木へと――。
横倒しになった黒トラックがぶつかるようにシャイサードとナロミヴァスは衝突――が、ぶつかった衝撃を利用するシャイサードは、巨漢に見合わない見事な機動で華麗に立ち上がった。
そんな巨漢拳法家っぽい動きで立ったシャイサード。
「外功」を活かすような張った胸板の前で、太い腕を交差させつつ……。
「崩捶」から「右衝捶」か? その少林拳っぽい動きをしながら――も、シャイサードは裂けた胴体と光の網に覆われて千切れかけた足から闇の炎を出していたが……炎が湾曲しつつ自身の裂けた部分を覆うと、闇の炎に治療効果でもあったのか胴体と足を瞬く間に元に戻していた。
瞬間的に傷が癒えるとは、すげぇな、シャイサード。
筋肉もりもり的な巨漢タイプだし、当たり前だが、タフか――。
俺は感心というか尊敬の意思をシャイサードに向けつつホームの闇世界の地に着地――。
八極拳の巨漢黒兎シャイサードは……。
ナロミヴァスの頭部に刺さったままの巨大斧剣の柄を掴むと引き抜く。
肩に巨大な斧剣を抱えながら、俺のほうに顔を向けて、
「お前、やるじゃねぇか――」
――反転しながら爆発的な加速。
そのまま俺の頭をぶった斬るように巨大な斧剣を振り下ろしてくる。
急ぎ、魔槍杖を掲げて、迫った巨大な斧剣と衝突させた。
巨漢の体重を乗せた上に巨大な斧剣の一撃は、重い――。
凄まじい衝突音、火花と魔力波的なものが発生。
音速波的なものが、周囲へ広がった。
互いに武器を素早く引き、再度、打ち合った。
数度、紅斧刃と斧剣が噛み合い打ち合う度に――硬質な音が鳴り響く。
魔力の波紋のような突風が生まれ出た。
――確実に豪の強者。
そこで、少し趣向を変え
爪先半回転をしながら魔槍杖の薙ぎ払いを繰り出した。
薙ぎ払いの紅斧刃は斧剣の柄で防がれた。紅斧刃と斧剣の衝突面から火花が散る。
その火花を浴びるように近々距離戦へ移行。
左肘の打撃を出すが、黒兎は腕で、俺の肘の打撃を防ぐ。
俺は続けて案山子のように首の後ろに魔槍杖を通す――。
両肩の上に魔槍杖を乗せながら横回転――右肩を前に押し出した――。
<槍組手>〝右背攻〟だ。
ドッと鈍い衝突音が響く。
「――ぐおっ」
巨漢黒兎シャイサードは吹き飛ぶ。
暗闇の地面に尻をつけて転んだ。
が、さっきのように巨大斧剣は手放していない。
シャイサードは巨漢黒兎だが――。
カンフーの達人を感じさせる華麗な身のこなしで体を捻りながら立ち上がる。
「……体術、近接、遠距離、どれもが魔界騎士の実力を超えているじゃねぇか」
そう言いながら、巨大斧剣を横に寝かせてきた。
そして、太い兎の脚に魔力を溜めた。
微妙な間のあと――。
シャイサードは地面を強く蹴って突進。
闇の地面が削れるような音が発生。
間合いを詰めてきた。
当然のごとく、黒兎が握る巨大斧剣に突進の勢いが加算。
唸りをあげるように横から迫る巨大斧剣だ。
その巨大斧剣の光沢した牙が迫る。
別の巨獣が吼えるようにも見えるが――。
――冷静に<導想魔手>で、その巨大斧剣の太いギザギザ刃を掴むように止めた。
制動もなく、自慢の巨大斧剣が
細い目が見開いていた。
巨漢黒兎シャイサードは、<導想魔手>を見て、
「歪な魔力の手!?」
と、叫ぶ。
俺は両手に握った魔槍杖を回転させつつ――。
紅斧刃の穂先を真上に運ぶ。
そのタイミングで、両腕の肘を意識。
コンパクトに肘を縦に内側に引き込むように曲げつつ――。
その右腕ごと、魔槍杖を縦に振り下ろす。
シャイサードの頭部を両断する天誅が決まる――か?
と思われた瞬間――<導想魔手>で防いでいた巨大斧剣の柄にあった頭部の飾りが瞬間的に浮上――。
防がれた? 頭に!?
「頭かよ!」
思わず叫ぶ。頭部は額の位置で、紅斧刃を受け止めている。
受け止めた箇所から紅色と紫色の閃光が散った。
が、額は無事。
ただの人の頭部をモチーフとしたストラップじゃない。
傷がついていない。これにも驚く。
そこに黒兎シャイサードが、俺の動揺を見てチャンスと判断。
闇の毛が目立つ太い脚で
――回避する。
額に受け止められた魔槍杖を急遽下方へ降ろす。
魔槍杖の先端で地面を突き刺しながら――。
魔槍杖を握る両手の筋肉を意識しつつ懸垂を行うように体を縦回転。
そのまま黒兎の繰り出したミドルキックを、縦回転機動で避けると同時に――。
巨漢黒兎の太い首へと、俺の右足の甲の部分を衝突させた。
――そう、延髄蹴りだ。
首の太い肉がメリッと沈む感触を右足から得る。
が、俺自身もメリッと骨に罅が入った。
「ぐおっ」
黒兎シャイサードは首に鉛でも詰まっているのか?
という硬い感触。
堅固な城塞を連想させる手応えだった――。
足の甲が痛い。
「ぐあ――」
あれ、痛がる声をあげたシャイサード。
俺も痛いが多少は効いたか?
延髄蹴りを喰らい頭部を振る黒兎シャイサード。
コンマ何秒の間に、蹴り終わりの着地で魔闘術を全開にする。
次の行動を思い浮かべた。
それは地面を突き刺していた紅矛を持ち上げるイメージ。
イメージを即座に実行に移す――。
体を支えていた魔槍杖の握り手を微妙に変える。
そして、その魔槍杖で闇を掬うように前方斜め前へとドライブスイングを行う。
小さい紅炎の軌跡が扇を描くように視界に映る。
巨漢黒兎は、巨大斧剣を動かし防御を行おうとするが急激に上がった俺の速度についてこれない。
紅斧刃が巨漢黒兎の太鼓腹を捉えた。
そのまま巨大な下腹部を撓ませ、腹を持ち上げるように、一気に太鼓腹を引き裂いていく。
「げがぁぁおあああ――」
確かな手応えと共に腹が裂けた黒兎シャイサードが中空へ持ち上がっていた。
そのタイミングで大量に魔力を消費する<破邪霊樹ノ尾>を意識。
<槍組手>の至近距離から<破邪霊樹ノ尾>。
光を帯びた樹木の群れが黒兎シャイサードに向かうと巨漢黒兎シャイサードを捕らえる。
その光を帯びた<破邪霊樹ノ尾>の樹木は巨漢黒兎と巨大斧剣を覆った。
その樹木と化したシャイサードをナロミヴァスの樹木の隣へと運ぶ――。
ナロミヴァス樹木と合わせてシャイサード樹木が並ぶ。
さて、仲良く並んでもらった訳だが、喰らってもらおうか!
あの世があるか分からないが。
黒兎シャイサードとナロミヴァスへ向けて、闇に見合うアルカイックスマイルを送る――。
「あの世でヴァーちゃんとやらによろしくな――」
俺の闇世界を、俺自身の左足で、消し飛ばすように踏み込む。
そのまま腰を捻り右手が握る魔槍杖を前へと捻り出した。
絶殺の槍である<闇穿・魔壊槍>を繰り出す。
風を孕む速度でナロミヴァスに向かう紅矛。
<闇穿>と相殺してしまう可能性を考えた俺は、即座にナロミヴァスと黒兎シャイサードを覆う光の樹木に紅矛用の穴を作り上げる。
その穴を直進する闇を纏う紅矛の<闇穿>が、その穴を無事に通り抜けて、ナロミヴァスの胸元に吸い込まれた。
手応えあり、刹那――壊槍グラドパルスが、その魔槍杖バルドークの背後に出現。
螺旋回転しながら直進する闇ランス。
ナロミヴァスと黒兎シャイサードの体を覆う<破邪霊樹ノ尾>を操作し、その光る樹木を消すと――。
螺旋パワー全開な壊槍グラドパルスが<闇穿>で胸元に風穴が空いていたナロミヴァスの上半身を巻き込む。
圧殺だ――壊槍グラドパルスは内臓をすり潰すように螺旋細工にナロミヴァスの肉片を巻き込むと、そのナロミヴァスの上半身をくり抜いた――。
壊槍グラドパルスは止まらない。
背後の巨漢黒兎シャイサードの上半身も虚空へ誘うようにくり抜く。
そうして、螺旋力のパワー溢れる闇のランスこと壊槍グラドパルスは闇世界ごと次元を破壊するように直進しては闇の世界に消えていく。
歪んだ傷跡を残すナロミヴァスとシャイサードの一部。
彼らは悲鳴をあげることもできず。
その残った胴体の一部から闇の炎が染み出すように現れているだけ。
回復か再生しようと肉体が蠢く。
ま、そんなことは想定済み……。
止めの<
シャイサードの胴体の一部とナロミヴァスの下半身だったモノは<
一片の肉片すら残さず。
彼らのすべてを喰らう<
邪神シテアトップは<
……邪神シテアトップは神の一部だから当然か。
状況によると思うが、人から魔に変わった程度ナロミヴァスと召喚動物のシャイサードの程度では比べ物にならないか。
シャイサードは悪夢の女神の大眷属らしいが。
そんな一瞬の思考の間にも――。
<
鏡が割れたようなシンバル的なオーケストラ音が盛大に響き渡った直後――。
闇の世界は終曲。
――視界が戻った。
ナロミヴァスと黒兎の姿は消えている。
……邪教の親玉、悪夢の使徒の首謀者を完全に滅した。
黒の預言者だか、なんだか知らないが、蘇ることはないだろう。
これで犠牲になった女性たちも喜ぶはずだ。
鎮魂歌は歌えないが……。
鎮魂の意味を込めて、魔槍杖を錫杖に見立てて掌の中心に合わせる。
そして、エロな血吸いの化け物である俺の祈りが通じるか分からないが……。
貴重な女たちよ――。
安らかに眠れ――。
と、お辞儀をした瞬間、胸元がチラッと光った? ような?
革服の胸元、襟の隙間から光を感じた。
一瞬だったから分からないが……。
もしかしたら
ま、何か特別なことが起きたわけではないから感傷的な気分のせいだろう。
「……そ、そんな、神の子であるナロミヴァス様が……」
信奉していたと思われるクロイツが茫然としながら、見つめていた。
大柄だが、本当の牛になったかのように押し黙る。
「隙ありー」
皮肉なのか、杭のような形の銀髪がそんな茫然自失の棒杭と化したクロイツの胴体を貫いていた。
「ぐぇぇ、リリザめ」
クロイツは自分の胸から生えた銀髪の杭を見て血を吐く。
その瞬間、彼は気を取り直したのか。
片手に持つ魔法書を天に掲げた。
横へと走りながら強引に胸に刺さる銀髪の杭を引き抜く。
そのまま回復を促すように魔力を活性化。
胸元から止め処なく血が溢れていたが、貫かれた傷はポーションを用いずとも塞がっていく。
クロイツも治癒系か再生系の能力を持つのか。
あの血の量からして……まだ人の部分を多分に残している印象だ。
牛顔のバーナビー・ゼ・クロイツは、ナロミヴァスのように、完全な魔人への転生は果たしていないようだ。
「……回復もするんだ。あ、その魔力が溜まっている瞳! この間の時のような、幻術はもう喰らわないんだからね!」
銀髪女は女の子らしく軽快に語ると、クロイツから視線を逸らしている。
そんな視線を逸らした程度で、果たして魔眼の効果が防げるのか分からないが……。
その子供染みた方法を見たクロイツは安心したようにアイテムボックスのマントから、とんがり帽子を取り出して、かぶる。
すると、
「ンン――」
と、相棒の声が響く。いつもより大きめの神獣の姿だ。
ロロディーヌは犬型魔獣フェデラオスの背中に乗っかり力強い四肢で地面に押さえつけている。
頭蓋骨を噛み砕いて食べた。
頭部のすべて失った大型犬魔獣は生命活動を止める。
大型犬魔獣は側の鉄檻を潰すように倒れた。
神獣ロロディーヌは大型犬魔獣の背中を蹴って跳躍。地面に着地。
そして、踏ん張った四肢が力を漲らせると――跳躍。
再び、大型犬魔獣の骸の上に跳び乗った。
そのまま、神獣ロロディーヌは、黒豹の頭部を上向かせた。獰猛な野性味ある双眸だ。
胸元の黒毛は獅子の毛ようにふっくらとしていた。
グリフォンっぽい印象。だが、足下は黒豹か、黒馬に近い。ま、神獣か。
神獣ロロディーヌは『大型犬魔獣を倒したにゃぞおおお~』と力強い声で鳴いた。
神々に報告でもしている気分なのか、偉い勢いで遠吠えを発した。
少し、耳朶が揺れた気がしたが、気のせいだろう。
さすがは、神獣ロロディーヌ。
「……フェデラオス。しかし、黒猫、わたしが最初に感じたのは、間違いではなかったのか、あの黒い獣は……」
「あぁー、犬っころ……わたしが食べる予定だったのに……」
戦っている両者はそれぞれ違う感想を述べながら、残念そうな顔を浮かべていた。
神獣ロロディーヌは犬型魔獣の残骸を食べることに夢中だ。
いつもより大きい黒豹か黒馬って印象だから、そう見えるのかもしれないが……。
あの野性味溢れる食べっぷりは凄い……食べて体の成長を促しているのかもしれないな。
ついこの間、迷宮二十階層の草原の戦場を一騎掛けした時も、凄まじい跳躍をしていた相棒だ。
凄い数の触手を全身から形成して射出していた。
あの触手の量は、戦場の槍衾も真っ青な量だったと思う。
あ、もしかして、犬型の頭がもう一つ生えたり?
凍てつく息を吹けるようになったりして……。
攻撃手段が増えるのはいいけど、頭が増えるとかだったら、何か、造形的にいやだなぁ。
冥府の門番は勘弁だ。
ケルベロスの造形も好きだが、相棒は、相棒の姿がいいんだ。
「にゃ?」
と、神獣ロロディーヌは俺を見ながら可愛く鳴く。
可愛いが、牙から血肉が零れ落ちていた。
シュールだが、可愛い大事な相棒ちゃんだ。
そんな刹那のまったりを楽しんでいると――。
牛顔ことクロイツと銀髪化け物ことリリザのご両人が、
今のうちに周囲を確認。
いつの間にか、周りの鉄檻は幾つも潰れて荒れ果てた現場となっていた。
逃げていた女性、追っていた男たちの姿も消えている。
この中央部も魔法陣の一部が欠けて燭台が倒れ、祭壇の一部が破損。
生贄台の上でポーションを掛けて助けた金色髪の女性は床に転がっていた。
無事だ。呼吸しているし魔力を感じる。
その金色髪の女性の近寄って、改めて綺麗な裸体を確認。
彼女はぐっすりと寝ている。一応、紳士だから、おっぱいは揉まない。
そのまま彼女を抱いて、牛顔と女の対決から離れたところへ移動。
『ヘルメ、出番だ』
『はいっ』
左目に宿る常闇の水精霊ヘルメが、左目から宙へ曲線を描くようにスパイラルしながら地面に降り立つ。
足元から水飛沫を周囲に発生させて、精霊らしくヘルメは威厳ある感じの女体姿で現れた。
思わず、片膝を突きたくなる。
「……この女性の保護を頼む」
「お任せを――」
ヘルメは周囲を見回す。
長い睫毛は相変わらずキューティクルを保ち、清潔感を感じさせる。
「……誰もいないようですが、念には念をいれて
水牢? 大丈夫なのだろうか。
「少し待った。今この女性を降ろして、服を用意するから」
魔法に疑問を持つが抱き抱えている金色髪の女性を床へ降ろす。
「はい」
ついでに、アイテムボックスから彼女が着れそうな物を適当に調べていった。
金貨とポーション類を省いて……。
月霊樹の大杖×1
祭司のネックレス×1
暗冥のドレス×1
帰りの石玉×11
紅鮫革のハイブーツ×1
雷魔の肘掛け×1
宵闇の指輪×1
古王プレモスの手記×1
ペーターゼンの断章×1
ヴァルーダのソックス×5
魔界セブドラの神絵巻×1
暁の古文石×3
ロント写本×1
影読の指輪×1
火獣石の指輪×1
魔剣ビートゥ×1
鍵束×1
ハイセルコーンの角笛×1
鍋料理×12
食材袋×1
セリュの粉袋×1
水差し×250
ライノダイル皮布×3
石鹸×5
皮布×7
魔法瓶×1
古魔書トラペゾヘドロン×1
魔造家×1
第一級奴隷商人免許状×1
古竜バルドークの蒼眼×1
古竜バルドークの短剣×33
古竜バルドークの長剣×4
古竜バルドークの鱗×138
古竜バルドークの小鱗×243
古竜バルドークの髭×10
レンディルの剣×1
紺鈍鋼の鉄槌×1
ユニコーンの印×1
契約書×1
ウォーターエレメントスタッフ×1
油×3
食品類×1
煙草セット×1
紫青香炎×1
霧の蜃気楼の指輪×1
家の権利書×1
聖花の透水珠×2
魔槍グドルル×1
雷式ラ・ドオラ×1
魔石が大量に入った袋×1
白銀の宝箱×1
適当に見ていくと、暗冥のドレス、ヴァルーダのソックスがあった。
一応、二つとも取り出してみる。
暗冥のドレスはクナが着ていたものらしく、胸が大きく開いた雅趣のあるゴージャス系のドレスだった。
けしからんが巨乳的に丁度合うだろうと、金色髪の女性に着させていく。
決して、皮布でふんどしTバック的なことをして遊んだりはしない。
ソックスは伝線したようなストッキングだったが、模様なのか?
魔力を感じさせるし、履けば暖かい効果を齎せてくれるかも知れない。
履き心地は良さそうでスラリと伸びた足に似合うと思う。
裸体の女性へ服を着させてあげている最中に、きゃぁー、どこ見て触っているの、変態!
と拳で殴られるバッチコーイ的な、ハプニングは起きず。
少しそんな期待もしたが……。
「ヘルメ、この女性が起きたら状況を軽く説明をしてくれると助かる。寝ていたらそのままでいいけど」
「はい、閣下の獅子奮迅たるご勇姿について説明をしたいです。それと、お尻の大きさも調べておきます」
「……そか、まぁあまり刺激をしないように」
金髪女性の尻が心配だったが、ここはヘルメに任せておいて大丈夫だろう。
さて、俺はあの化け物たちの饗宴へと舞い戻るか。
中央へと、徒歩ペースで近寄りながら様子を窺う。
「――ふふ、この間の魔眼的なモノはァ、使わないのかしらァ?」
「貴女……頭と動きは鈍いですが、嗅覚と勘だけは異常に敏感ですね……」
クロイツは、銀髪女こと、リリザを馬鹿にするが、褒めている。
碧眼と連動した魔法帽子の周りに、薄っすらとした魔力の波が漂う。
ただの防御魔法か?
刹那、リリザの伸びた黒爪がクロイツの胴体を突き抜け――いや、幻影か。
クロイツは、虚空を突き抜けたリリザの黒爪を見ようともしない。
そのクロイツの碧眼の青い虹彩が混じる魔眼の虹彩が俄に回転。
同時にクロイツが握る魔法書が煌めいた。
輝いた魔法書から魔力が四方に迸る。
その魔力溢れる魔法書の上に展開中の積層型魔法陣から出現中の魔法剣と魔法槍を増やした。
キラキラと輝く武器類で遠隔攻撃を強める気か?
徐々に銀髪のリリザが放つ黒爪の中距離攻撃がクロイツから外れてきた。
リリザの攻撃がズレてきている?
クロイツは愉悦顔。
リリザはさっき、〝もう幻術は喰らわない〟
とか偉そうに語っていたが、もうその術中に嵌まっているのかもしれない。
ここは一旦、リリザ側についておくか?
そんなことを考えながら中央部へ歩み寄っていく。
さぁ……締めの乱入といこうか。
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