二百二十四話 ルリゼゼの過去から地上へ

 自然と周りにいた<筆頭従者長>たちもルリゼゼの話を聞くように耳を傾けてきた。

 彼女たちはルリゼゼの言語が理解できないので、俺の顔色から話の判断をしているのかもしれない。


「……そもそも、どうしてここに……」


 ルリゼゼはゆっくりと語り出す。


「……それは魔界での戦の最中だった。理由がわからぬが、突如、次元の狭間が発生したのだ。一瞬で、我を含めて大多数の魔族たちが、この邪神界に移動していた……」


 だからこの世界で争いが起きているのか。

 

 皆へ、『返事は不要、血文字で簡単な翻訳を送る』とメッセージを送る。


 『魔界大戦中に、大多数の魔族たちが、何らかの次元の狭間が発生して、この邪界に転移してきたらしい』


 と説明を加えた。

 

「ありがと」

「ご主人様、ありがとうございます」

「ん、次元の狭間ができたのね」

「傷みたいなモノなのかしら……」


 周りの選ばれし眷属たちが呟くが、俺はルリゼゼに話しかける。


「……昔か。大規模な傷場のようなモノでも発生したのか?」

「次元に傷があれば、出入りが可能だから違うであろうな。闇神リヴォグラフ様、暴虐の王ボシアド様、吸血神ルグナド様、憤怒のゼア様、恐王ノクター様、欲望を司るザンスイン様、闇遊の姫魔鬼メファーラ様、魔毒の女神ミセア様、魔眼の悪神デサロビア様、これらの魔神と魔神に連なる同士の軍団による衝突で、十層地獄の王トトグディウス様の多重結界に罅、不可思議な事象、そう、トトグディウス様の弟様が復活を果たしたのかもしれぬ」 


 神々同士が争う魔界大戦の途中に謎の大規模転移か。

 魔界も魔界で邪界と同じように神同士で争ってるんだな。でもワープした理由はルリゼゼもよく分かってないようだ。


 しかし、十層地獄の王トトグディウスに弟なんていたのか。


 血文字で皆へ軽く説明しながら、ルリゼゼに尋ねていた。


「……大戦の話も興味深いが、そのトトグディウス様の弟って?」

「その血の文字はなんだ?」


 当たり前だが、ルリゼゼは俺の宙へ血の文字を書いていたのを不思議に思ったようだ。


「あぁ、俺たちのスキルだ。ルリゼゼの言葉を軽く翻訳している」

「ほぅ、そんな便利な物を……」

「で、話の続きを」

「あぁ、地上に住まう者なのに知らぬのかとな」


 ルリゼゼは呆れたような感じで俺を見つめてくる。

 師匠からある程度は学んだけど、俺は修行馬鹿……。


 図書館とか行くべきかも? 

 歴史は好きだから、図書館的な場所で女学生たちと一緒にキャッキャウフフとおっぱい学を教え合うのも、乙といえる。

 だがしかし、ここはせっかくの異世界だ。

 知らないワクワク感、実際に体感し味わえる体を持つ俺の場合、知らない方が楽しめるような気もする。


「……すまんな。地上の歴史は浅いんだ。そもそも地上に関係するのか? 神の弟が地上に住んでいるとか?」

「本当に知らないようだ。魔界ではゴブリン共が信奉している欲望の王魔トドグ・ゴグ様が神格落ちした話は有名なのだが」


 ゴブリンたちが信奉している欲望の王魔トドグ・ゴグか。

 そういえば、転生時にゴブリンの姿があった。

 あの時、もし、ゴブリンを選択していたら……。

 俺はいったいどうなっていただろう……ゴブリンとして頑張っていけただろうか。

 その欲望の王子だが何だが知らないが、ゴブリンカイザーを目指して成り上がり物語を紡いでいけただろうか。


 もし、の話は想像すると面白いが、果てがないからな。

 何処かのパラレルワールドにそんな話があるのかもしれない。


「……詳しくはしらないが、神が倒されたんだ」


 無難に聞いていく。


「そうだ。神界セウロスの神々と神界戦士たちが協力したとはいえ、人族の手によって欲望の王魔トドグ・ゴグ様の一部が倒されてしまい、神格を落とされたのは事実」


 一部とはいえ倒すんだ。凄い奴も居るんだな。


「その神の一部を倒した強者の名は?」

「勇者ムトゥ。他の人族たちからそう呼ばれていたそうだ。地上にて、その勇者を屠った魔界騎士たちが偉そうに語っていた」


 ん、ムトゥだと? 

 むとぅ、もしや、その名前的に日本人? 武藤さんか?

 外人のムトゥさん?

 インド映画? 海外のサッカー選手にムトゥという選手が居たのは覚えている。

 だけど、勇者ムトゥさんは死んじゃったのか。


 あ、思い出した……。

 そんなタイトルの本がミアの部屋にあった。


 勇者ムトゥによる堕落の王魔トドグ・ゴグ討伐記。

 トトグディウスの怒りに触れた勇者ムトゥ死す。

 他にも、狭間ヴェイルに捕われた魔人騎士ヴェルゼイとアイラの恋、明星サイデイル不滅の恋。とか、あれは全部本当の話だったのか?


「その話なら知ってる」

「有名ね」

「シュウヤ、知らなかったの?」


 返事は不要といってたのに、勇者ムトゥさんの話についてツッコミが入るが、気にせずルリゼゼに聞く。


「……やっぱり、ムトゥさんはトトグディウスに倒されたのかな」

「そうだ。正確にはトトグディウスの配下たち」

「魔界から直接地上へ行くには傷場が必要なんだろ? しかもその傷場は傷場で、魔界の諸侯が権益を得るために争いが起きているとも聞いた。そんなことが容易に行えるトトグディウスはそういう傷場を沢山占領しているとか?」


 前に沸騎士たちから聞いた内容を思い出しながらの言葉だ。


「確かに無数の傷場を占領しているだろうな」

「力を持った魔界の神なら当たり前か……もしや、傷場によって狭間ヴェイルの差が変動していたりして、次元を渡れる難易度が変わる場所もあったり?」


 ルリゼゼは俺の言葉に対して、神妙に頷く。


「……その通りだ。傷場により様々。そもそも傷場は不安定な狭間ヴェイルが大本。そして、狭間ヴェイルの穴に落ちてしまったら、我も含めて神だろうと狭間に捕らわれる可能性はある」


 ミアが持ってた本のタイトルにある魔人騎士が捕われたという奴か。


「そんな穴とかあるのか……」

「そうだ。地上側で大規模儀式を用いて狭間ヴェイルを越えようとする神といえど、一旦捕らわれれば、元の正確な時間、元の場所に戻るのが難しいといわれている……神界セウロスの、時空の神クローセイヴィス、時空の精霊ラースゥンの影響も及ぼせないと聞いた。しかし、十層地獄の王トトグディウス様だけは、違うといわれているのだ」


 トトグディウス。

 神絵巻にあった絵もインパクトもあったし、凄い神様なんだな。


狭間ヴェイルを越えられるのか?」

「あぁ、傷場を拡張し、直接的に限定された場所のみらしいが……地上へ行けるという噂もあるぐらいだ。飽くまでも、噂だが、さすがは魔界の底にある十層を治めている魔神様であり魔王様であらせられる」

「……初耳だ」


 沸騎士たちはそんなことは教えてくれなかったぞ。

 彼らが一方的に説明してくれただけだが。


「虚ろの魔共振とかも関係があるのかもしれないわね」

狭間ヴェイルが薄い場所は無数にある」

「このペルネーテだって、至る場所にあるでしょ、特にベンラック村が有名だけど」


 俺の血文字を見た彼女たちが呟く。


「何度もいうが噂だ。弟のトドグ・ゴグ様が討たれてからの反撃が異常に速かったうえに、魔界騎士アスタロト、魔界騎士バラムが軍団を率いて戦っている大戦中に、彼らが地上のことを自慢気に叫び語っていたことが由来している」


 なるほど……そこで話を戻す。


「……そんな大戦中にルリゼゼたちは集団転移をしたんだな」

「うむ……初めは地上セラに来たと思ったが、邪神のモノ共が襲い掛かってきたことで、ここが地上セラではないことを知り、ここが邪神シャドウの力が強い地域だと知った」


 地上のような世界だが、ここはシャドウの領域? 

 というより邪神シテアトップを含めて、十邪神たちが支配する邪界ヘルローネの一部には変わらないのだろうけど。


「……そして、魔界からきた者たちは轟毒騎王ラゼンを中心に一つの軍勢を作り上げる。我も当初はライバルであった魔界騎士の狂眼トグマと共にラゼンの下で邪神界の者たちとの戦いに加わった。不思議とあの男とは魔界で争っていた仲だったのだが……あの場は気が合ったのでな」


 俺たちがこの階層に到着して最初に戦った軍勢の一つだな。


「そいつらならここに来る前に一度戦った」


 その言葉に、ルリゼゼは蟀谷をピクリと動かし、


「……あの軍団規模を蹴散らしたか? 我を倒す強者シュウヤなら当たり前かもしれぬが……」

「邪界と魔界の軍と思われる者たちと争ったよ。問答無用で襲い掛かってきたからな」

「戦場では当たり前だが、凄まじい光景であったろうな……」 


 四眼ルリゼゼは眼帯で塞がれていない二つの緑眼瞳で、俺を見つめながら四つの腕を胸前に組む。


「話を続けるぞ」

「どうぞ」


 語り部たるルリゼゼへ話を促した。

 言葉の陰影のすべてを聞き逃すまいと耳をそばだてる。


「……ここが迷宮の一部だと知ったのは、各地に階段の存在を認めた時だ。魔界の者が階段を下り帰ってくるたびに、更に地下へ続く階段を見つけてきた。そして、翼を持つ者が明るい空の上に縦穴を発見したことが、決定的となった」


 そういえば、ここに来る前に空を飛ぶ魔界の知的生物と話をした。


「……翼を持つ者か。スークとかいう魔族なら知っている」

「ほぅ、あやつにも会ったか。優れた魔界騎士であった。〝空は妾がもらう〟といい、アムシャビス族を率いてラゼンから離れていたが、まだ生きているとはな。アムシャビスの紅光を失くした魔界、今はどうなっていることやら……」


 紅光も気になるが、ラゼンか。

 最初に接触してこようとした魔族の司令官。


「ラゼン?」


 一応、初めて聞くように尋ねる。


「魔界に連なる者たちを纏めた偉大で狡猾な轟毒騎王ラゼンだ。我は、その騎王、狂眼、炎眼の連中とも気が合わずに、暴れてからラゼンと別れることにあいなった。そして、独り、永く、この広い大陸の邪界を渡り歩いていた」 


 それらしきことは戦った魔界の奴らが話していた。


「この邪界ヘルローネの一部をか」

「そうだ。故郷、魔界に戻れる手掛かりがないものかとな……邪神の彫像が置かれてある遺跡を数か所見つけ、同時に巨大階段らしきものを発見したが、魔界に帰れる手掛かりはなく階段の先は、またとんでもない広さを持つ大迷宮だった。なので、この邪界の探索を優先するが……ここで出会うモノたちも、当然、見知らぬ三つ目の敵ばかりであり、無情なる戦い連続であった。シュウヤのような二つ目にも遭遇するが逃げていった。更には、邪神シャドウに連なる邪界導師だけでなく、神界戦士団を率いるアロード・クム・ブーと名乗る者と出会い、戦うことになった。さすがに多勢に無勢で逃げたが……」


 ブーさん系の名前なら知っている。

 迷宮都市ペルネーテの空で少し戦った。


『神界戦士が一人、邪神界ヘルローネを見張る者、魔界セブドラを滅する者、アーバーグードローブ・ブー』 


 と、名乗っていた黄金環を持った不思議生命体を思い出した。


 彼からもらった武具は壊れたが、防具としては使える。


「……神界か、邪界と神界戦士が戦争をしているようなことを聞いたが、出会ってはいない」

「シュウヤは見た目が人族だ。戦いにはならないかもしれぬ」

「そか、だが、ここじゃ会うこともないだろう。で、話の続きをどうぞ」


 ルリゼゼは頷く。


「我はいつの間にか、魔界、邪界、神界、と出会う者たち、全てが敵となった……次第に、絡む者も少なくなり、山脈向こうは巨大な化物がいるので探索もままならず、故郷を夢に抱きながら……永らくここで独り暮らしていたところに、シュウヤたちが現れた。という次第だ」


 故郷か。話の流れ的に黒猫ロロへ視線を移す。

 ロロディーヌが……ローゼスだった頃の会話を思い出した。


「……よく分かった。故郷に戻れないのはキツイな」

「……」


 四眼ルリゼゼは、その四つの近くに頬に連なる肌を赤らめる。

 新鮮な表情だ。カワイイ。


「どうした?」

「我を慰めてくれたの……でな。優しい漢なのだな」

「たまたまだ。少しその境遇に似ているのを知っているのでね」


 俺の足へ、何故か尻尾を絡ませている黒猫ロロへ視線を向ける。


「そうか……」


 ルリゼゼは短く呟くと沈黙。


「……ということで、水浴び場所を破壊してしまい、申し訳ないが……俺たちはそろそろ地上へ戻るよ」

「な、なんとっ、それは地上セラのことか?」

「そそ。特殊なゲート魔法を、俺は使えるんで」


 その言葉を聞いた四眼の内の眼帯に隠れていない彼女の瞳孔が、散大縮小を繰り返す。

 くりくりとした二つの瞳……余程に驚いたらしい。

 そして、四つの腕を胸前に動かし、指先同士を合わせて、急に内股でモジモジを始める。


「……あ、あの、我を連れていってくれまいか?」


 少し仕草がカワイイかもしれない。


「いいけど人族、あ、そうか。傷場か。傷場から魔界へと戻るつもりだな」

「それもあるが、自由に人族の世が見たいのだ。我を負かす漢がいる人族の世がっ」


 俺は人族じゃないが……。


「ルリゼゼ、すまんが、俺は人族じゃなく光魔ルシヴァルという種族だ」

「コウマルシヴァル族か。覚えておこう」


 彼女の発音だと、そんな魔族の一族が本当に居るように思えてくる。


「……因みに俺みたいな人族はいないと思う」

「やはりな! 唯一無二の漢か」


 ルリゼゼは微笑む。

 唇から小さく飛び出た牙がチャームポイントかもしれない。

 全部の歯牙を見せたら怖い怪物だけど。


「ルリゼゼ、お前は人族の言葉を話せないのだろう? それでも地上に来たいのか?」

「……少しずつ理解していくつもりだ」


 四眼ルリゼゼは真剣な表情になった。

 本気でここ邪神界から出たいらしい。


「……世話はしないぞ?」

「勿論だ、命を助けられたうえに、そこまで助けてもらうわけにはいかない。そして、我はシュウヤに負けたとはいえ、強さには自信がある」


 そのタイミングで、小型ヘルメが登場。


『閣下、もう一度問います、彼女を部下にしないのですか?』


 彼女はルリゼゼの緑眼へ、ビシッと音がなるように、小さい指を差している。


 ヘルメからしたら彼女の四剣術で、俺の足を斬ったことが衝撃だったようだ。

 でもな、ルシヴァルの眷属は光の血が関わる以上、彼女を眷属にはできないだろう。


 できるのかもしれないが、それはリスクを伴う。


 それに、自由は大事だ。俺も同じ。


『……人の世を見たいという思いは、俺が未知の世界を見たいのと同義。束縛するつもりはない。“自由によってのみ現存在は一つの世界をあらしめ、それを世界として現出させる”』

『……閣下、意味が解りません』

『気にするな、考えただけだ。もう視界から消えていいぞ』

『はい』


 ヘルメはハテナ顔を浮かべながら消えていった。


「……いいだろう、んじゃ皆へ軽く紹介する」

「承知した」


 そこで、皆の顔を見るように顔を動かした。


「血文字で大体の話の内容は把握していると思うが、魔族の四眼ルリゼゼは地上を見たいそうだ。だから、連れていくことになった」

「地上へ……彼女の戦闘能力を生かさないのですか?」


 ヴィーネの銀色の瞳からは尊敬の色を感じさせる。


「自由だからな、世話はしない」

「あ、そうなのですか」


 女好きの俺だから、傍に置くと思ったようだ。


「故郷、帰りたいわよね、四眼のルリゼゼさん。がんばってほしいけど」


 レベッカはルリゼゼの四つの眼を持つ美人さんだが、特異な女性顔をじっくりと見ながら語る。


「ん、シュウヤ、あとで彼女に触る?」


 エヴァはサトリで心を読むつもりらしい。

 言語は関係ないか。


「地上へ連れていくだけだ。簡単に説明したように、害意はないし友といえる。必要ない」

「ん、分かった。魔界のお話をありがとう、ルリゼゼさん」


 エヴァは俺に返事をしてから、ルリゼゼに顔を向けて話す。

 ルリゼゼは顔を斜めに傾けるが、そのエヴァのニュアンスから何となく分かったのか、頷いていた。


「……興味深い話だった。魔界大戦と邪神世界に迷い込んだ魔族たち。戦争していた魔族たちを一つに結束させた狡猾な轟毒騎王ラゼン、どうしてマスターへ接触してこようとしたのかが容易に推察できる。……ルリゼゼさんがシュウヤとあれだけ戦える理由もよく分かる。文献に乗る勇者ムトゥの話と関係する魔界騎士と戦ったことがあるんだからね……凄まじいわ。あと、魔共振と狭間ヴェイルの関係性から、特に神さえ捕まる狭間ヴェイルの穴に関することは気になる。そんな本があったような気もするし、あの白い謎肉の研究と魔導人形ウォーガノフの改良ついでに、学校の図書館にある文献をもう一度調べようかしら……」


 ミスティは興奮しながら話していた。

 そのまま四眼ルリゼゼに近付いては、羊皮紙に彼女の絵を描いて文字も色々と書いている。


「魔界大戦を生き抜いて、この邪界でも生き抜いた彼女の剣術……打ち合ってみたい」

「彼女の故郷を思う心は胸に来ますな。同時にマイロードとあれほど打ち合える実力。袈裟斬りのタイミングといい、四本腕独自の剣術……ご教授してほしいものです」


 ユイとカルードの視線はルリゼゼの四本ある魔剣へ注がれていた。

 眷属といえど、ルリゼゼ相手ではバラバラにされかねないぞ。


 まぁ、バラバラでも体の再生はするとは思うが、

 ルリゼゼは四本腕を動かす。

 胸元にある二本腕にて、三本の指でマークを作って、


「……言葉は理解できぬ。が、我は強者シュウヤを含めて未知なるソナタたちとは絶対に敵対しないとシクルゼ族の名に懸けて誓おう」


 と、力強く宣言していた。

 彼女の一族独特の挨拶らしい。シクルゼ族か。

 ケラーダと同様、真似をしたくなる。


 ヴィーネがルリゼゼの謎言葉と謎ポーズを見て、疑問風に首を傾げてから、俺を見る。


「……地上に戻ったら前人未踏の地下二十階到達の知らせは、どういたしますか?」

「シュウヤのことだから、内緒にするんでしょ?」


 レベッカが笑いながら話す。


「別に知らせてもいいが、名声に興味はないからな。好きにしたらいい。手に入れたアイテム群を鑑定するスロザの店主なら気付くかもしれないが」


 あの店主は目利きであると同時に謎な人物。

 いや、内実、人ではないのかもしれない。


「……そうねぇ、あの店主だしありえるか。ま、分かったら分かったで、どうやって地下二十階まで踏破したのかは、カザネとかいうお婆さん以外には分からないでしょ。シュウヤと同じあの未知なる鍵を使う人がどれほど地上にいるかは不明だけど……」

「あの鍵を使っているか分からないが、持っている人物たちは知っている」

「え、あの鍵を……」

「ご主人様、それは同じ鍵なのですか?」


 レベッカとヴィーネが驚いて聞いてくる。


「俺が持つ十天邪像はシテアトップ専用らしい。十天邪像は他にもある。ペルネーテの迷宮世界と通じている邪界ヘルローネには十の邪神たちがいるからな。邪界の天を支配する十柱の邪神たち。邪神だが、神様だから、様と呼ぶべきか」

「それじゃ、他の十天邪象の鍵を持つ存在は、邪神の使徒ってこと?」


 レベッカは真剣顔だ。


「そうとは言いきれない」

「どうして?」

「それは簡単だ。俺がいるだろう」

「あ」

「そうですね……強大な邪神といえど、蹴散らすことも可能。ご主人様の場合は一部を吸収してしまいましたが……」


 ヴィーネは微笑む。


「ん、その十天邪像を持つ人物は誰?」

「冒険者Sランククランの【蒼海の氷廟】アレンとアイナの双子。【城塞都市ヘカトレイル】で魔竜王討伐の時にいたクランだ。魔竜王の蒼眼を欲しがった、その子供たちと直接交渉をしたことがある。因みにザガからの情報だが……そんな彼らもこのペルネーテの迷宮、七階層、八階層だったかな? 潜っているらしい」

「それじゃ十個ある邪像奥の間にある転移水晶を使っていない?」


 ユイが刀を肩に掛けながら聞いてきた。

 その聞いている姿も様になるのが暗殺者ビューティ。


「……分からない。俺たちが五層の巨大邪獣を倒したから……もう誰かしら、使っているかもしれないな」


 他にも、邪神系の使徒と思われる人物はいる。

 それは転移者のマナブ。


 この間の問答で神意・・と聞いてきた。

 彼の見た目は派手なハーレム生活をしているが……。

 十天邪像を持ち、その神意に沿って行動をしているのかもしれない。


 それに彼は魔眼・・と紫色の特殊そうなを使っていた。


 五層、十層、二十層、と、邪神の像たちがある中で、女神的な像が大槌を持っていた。

 あれは偶然とは思えない。

 内実、そのマナブたちは奴隷を率いて、神界の使徒、魔界の使徒、他の邪神の使徒、同じ転移者、etcたちと、戦っている可能性がある。


 他の都市から来たようだし、彼には濃密な物語があるのか?

 まったく関係がなく只のハーレムを楽しんでいるだけかもしれないが。

 彼とはサシで少し酒でも飲みながら話を聞いてみたい気もするが、迷宮都市は広大だ。


 だから、もう会わないかもしれない。


「……Sかぁ。邪神の使徒じゃないけど、迷宮都市に常駐している中では、隻腕のリューザがSランク冒険者として有名ね」

「その名前は、英雄たちの酒場で聞いたことがありますね」

「あの噂かぁ、聞いたことある」

「ん、一騎打ち?」

「そそ、酒場の」


 レベッカ、ヴィーネ、エヴァは頷きあっている。

 俺を含めて、ユイ、カルード、ミスティは隻腕と言われても分からない。

 カンフーの達人を連想してしまう。


 ルリゼゼは会話自体が分からない。


 黒猫ロロは少し離れた場所で、香箱スタイルで休んでいた。

 瞼を閉じている。居眠りモードだ。

 カワイイから触りにいきたくなるが、我慢。


「……その隻腕が誰かと一騎打ちを?」

「うん、英雄の酒場で、そのSランクの隻腕リューザと、Sランクの魔鞭カタリーナが争ったの。一騎打ちの喧嘩の原因は些細なことらしいけど」


 Sランク、魔鞭カタリーナ!

 名前からして鞭で叩く女王様的なお姉さんなんだろうか。

 ヒールが高い靴を履いて、おっぱい大魔王的な女性かもしれない。


「……それでどっちが勝ったんだ」


 女王が勝ったイメージしか湧かない。

 レベッカは俺の顔を見て、女の勘を働かせたように目を細めた。


「む、変な顔……」

「いいから、どっちが?」

「勝ち負けは付かなかったと聞いたわ」

「……その引き分けた喧嘩の一騎打ち。有名になるほどの争いだったのなら、酒場はめちゃくちゃとか?」

「うん。その争いのせいで宿の一部が破壊されたけど、観光に使えるから壊れた個所の一部が残っているとか」


 観光名所かぁ。

 日本でも幕末で志士たちが争った跡、密議を行った場所は観光名所になっているからな。


「はい、わたしは見たことがあります」


 ヴィーネは過去に六大トップクランがなんたらと、貴重な情報が得られたと、英雄の酒場について語っていたことは覚えている。

 Sランクの強者たちが屯してそう。


「ん、でも、仲良くなったと聞いた」

「うん、今は恋人? とか、噂されているわね」


 恋人かよ。

 隻腕のリューザと魔鞭カタリーナ、Sランク同士にならお似合いだろう。

 決して、略奪愛は目指さない。

 でも、片腕でSランクか……この間のトップクランの冒険者たち同様、特別なエクストラスキル、或いは特別な武器を持っているのかもしれないな。


「……よし、立ち話はここで終了ー、家に帰ろう。戻って休憩してから鑑定屋というプランで」

「りょうかーい、鑑定は楽しみだけど、まずはゆっくりと休みたいからね」

「かえろかえろー」


 レベッカとユイが手足をばたつかせて話していた。

 そこでルリゼゼへ顔を向ける。


「もうここには戻ってこられないかもしれないが、荷物は大丈夫か?」

「あっ、少し待っててくれ」


 四眼ルリゼゼは踵を返す。

 彼女は身体能力が高い。

 四本の腕の内、上の腕を勢いよく振り、筋肉質な両足で瞬発力を見せる。


 扉の先に敷いた絨毯を撓ませるように走っていた。


「皆、彼女は荷物を用意するらしい」

「代えの装備でもあるのかしら」

「まさか、あの臭いパンツを?」


 ヴィーネはさっきのパンツを思い出したらしく、嫌そうな表情を浮かべたが、指摘はしなかった。


「ここに永く住んでいたら、それなりに荷物は溜まるでしょ」

「見て、絨毯とか纏めている」


 ミスティが指摘するように、ルリゼゼはあの魔力を伴っていた絨毯をポスターを丸める勢いで巻いていた。

 そして、胸に二つの腕で巨大な絨毯を抱え、背中には大きい背嚢を背負い込むと、走りながら戻ってくる。


「おかえり、準備はそれでいいんだな?」

「そうだ」


 四眼ルリゼゼは決意を見せた表情を作り、首を縦に動かして頷いた。

 その視線を感じてから、ポケットから二十四面体トラペゾヘドロンを取り出す。


 一面記号の表面を指でなぞりゲートを起動させた。


「さぁ、ルリゼゼこっちに来い」

「了解したが、それが転移魔法か……」

「にゃおん――」


 肩の位置に戻ってきた黒猫ロロ


「戻るぞ」


 皆で、寝室の光景が映っているゲートを潜っていく。

 ――ふぅ、戻ってこれた。


「ここが、地上……」

「ルリゼゼ、ここは俺。家の寝室だ」

「大きい寝室だ……」


 ルリゼゼは顔をきょろきょろさせ、薄緑の髪を靡かせていた。


「何か、小旅行から我が家に帰ってきた気分ね」


 そのまんまだ。

 何も指摘をせずにレベッカの言葉に頷きながら、胸ベルトを外す。

 肩に居た黒猫も床へ降りていた。


「うん」

「ん、着替えてくる」

「あ、わたしも」

「了解」


 レベッカとエヴァは仲良く寝室から出ていく。


「マスター、わたしは工房へ戻るわね。荷物もあるし、学校に提出しないといけない書類もあるから」

「おう」

「わたしも部屋に戻るわ」

「では、わたしも戻りますかな」


 ミスティ、ユイ、カルードも部屋を出て自室へ向かった。


『閣下、わたしも外へ出たいです』

『いいよ、GO』


 左目にいたヘルメが外へスパイラル放出。

 床に液体ヘルメが着水すると、瞬時に女体化していた。


「ぬぁんとっ」


 女体化したヘルメの姿に驚く四眼ルリゼゼ。


「四眼ルリゼゼ、貴女の戦いを見ていましたよ、閣下にお勧めしたのですが、自由は大事とのことです」

「……理解できぬが、友好的だと分かる」


 疑問顔のルリゼゼの顔を見たヘルメは残念そうに視線を逸らす。


「……閣下、外で水撒きをしてきます」


 ヘルメは踵を返して廊下へ歩いていく。


「わかった」


 残ったのはヴィーネ、黒猫ロロとルリゼゼのみ。


「俺も着替える」


 破れた革の服をパパッと脱いだ。

 裸になったところでマッスルポーズ。


「……なんと、中々だ」

「……」


 俺のイチモツを見たルリゼゼの言葉だ。

 ヴィーネは鼻息を荒くした。

 が、何も語らず。


 そして、下に可愛い魔素の反応が!


「にゃん、にゃ――」


 肩から板の間の床に降りていた黒猫ロロだ。

 足の裏にある肉球を見せるように放つ空パンチ――。

 俺の象さんで、ボクシングを行うつもりか!

 が、甘い――華麗に避けた。


 まったく、俺の象さんは玩具じゃねぇぞ。

 割れた満月の尻か、はみ出したお稲荷さんを目標にしていたのかもしれないが。


 革服の上下を着てから、


「ルリゼゼ、玄関まで送ろう」

「承知」

「ご主人様、ついていきます」


 四眼ルリゼゼとヴィーネと一緒に廊下を歩いて、リビングに出た。

 

 リビングにメイド長と副メイド長たちがいない。

 掃除する使用人たちの様子はどことなく元気がないようにも感じた。


 気になったが、そのまま本館の玄関からテラスの坂を下りた。

 中庭を歩く。


「ガオオオオ」


 中庭の一角にいたバルミントの声だ。

 背中にある四枚の翼が少し大きい。


 成長を感じさせるバルミント。

 そのバルミントを見た足下にいた相棒が、


「にゃおん」


 と、挨拶するや、バルミント目掛けて走り出す。

 バルミントは口を開けて「ガルゥ」と声を発してから喉を震わせる喜びの音を放つ。


 更に、唾を飛ばすようにブルブルッとした音と一緒に荒い息を吐いた。

 黒猫ロロのことをお母さんだと思っているのか?

 バルミントは頭部を黒猫ロロの体へと寄せた。


 一生懸命に舌を上下させては、黒猫ロロを舐めて甘えている。


「にゃおおん」


 あまりにも甘えた攻撃が激しいので、耐えられなくなった黒猫ロロ

 この間と同じくバルミントから離れて逃げていった。


「……あれは、もしや竜か?」


 四眼ルリゼゼは体を震わせてながら聞いてきた。


「そうだ」

「竜を飼うなぞ、魔界でもあまりいないぞ……」


 魔界にもいるのか、竜を飼っている奴が。

 魔王、魔神、水面蹴りが得意な破壊王でも暮らしているんだろうか。


「にゃおぉん、にゃ」

「ガオ――」


 黒猫ロロが『俺のとこへ行けニャ』と、指示を出したのか、バルミントが走り寄ってくる。


「よぉ、バルミント、もうそろそろ空も飛べるかな?」


 膝を曲げて、顔を近づけて視線を合わせてあげた。


「ガォォォ」


 今度は俺に対して、朱色の舌を使った舐め舐めの攻撃がきた。

 カワイイが、唾が……。


「わかったわかった、気持ちは分かったから、な?」

「ガオッ」


 意思が通じたのか、バルミントは大人しくなる。

 親指にある竜印も光っていたので、偶然ではない。


 いい子だ。バルミント。


「にゃ?」


 バルミントの近くに居た黒猫ロロが鳴く。

 玄関、大門の方へ顔を向けて、耳をぴくぴくさせていた。


「にゃっ――にゃお、にゃおおん」


 突然、黒猫ロロが大反応を示す。

 俺たちの側から離れ四肢を躍動させ大門へ向けて走り出していた。


「……不思議な黒猫よな」


 ルリゼゼが呟く。

 でも、急にどうしたんだ?


「そうだが……バルミント、お前は自分の家で待っとけ」

「ガォォ」


 聞き分けのいいバルミントは指示に従った。

 トコトコと歩いて自分の家に戻る。


「ルリゼゼ、ロロが走っている先が玄関だ」

「承知した」


 走る黒猫ロロの後ろ姿を見ながら……。

 四眼ルリゼゼとヴィーネと一緒に中庭を歩いて大門に向かう。


 その大門の前では大門を〝あけろあけろ〟と爪研ぎを行う相棒がいた。

 黒猫ロロは両前足を必死に上下に動かしている。


「外に何かあるのか?」

「ロロ様? 珍しいですね。扉が削れてしまっています……」


 ヴィーネも心配そうに黒猫ロロを見て話している。


 このままだと本当に扉が削られ穴が空きそうだ。

 そうなる前に、玄関を引き開く。


 すると、


「プボッ、プボプボッ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る