二百十二話 白菫色の水晶玉


「シュウヤ、両手を合わせて何をしているの?」


 レベッカが仏教スタイルで拝む俺を見て、疑問に思ったらしい。


「……あぁ、これは両の掌にある皺を合わせて、幸せ~ってな?」


 多少ふざけた調子で、手と手を合わせて『幸せ~』的な、『上を向いて、歩こう~』的な気分を持って、『1.2.3、ハリ・オーム』とインド風に手話的な暗号的にダイナミックに表現したつもりだったが、


「エヴァ、大変、シュウヤが!」

「ん! どうしたの?」

「シュウヤが……」

「ん、ほんと! 変顔で手のダンス?」

「違うから、こう真面目に手と手を合わせてだな……」

「ん」

「こう?」


 エヴァとレベッカが俺の真似をしてくれた。

 石机に両肘を乗せた状態で、楽し気に両手を合わせて、互いに頷いて笑みを交換。

 エヴァの両腕の肘がワンピース越しに豊かな胸を凹ませる。


「そうじゃない」


 わざと俺はそう言いながら、エヴァの手を握って掌を合わせてあげた。

 エヴァの手は柔らかくて好きだ。おっぱいも最高。


「ん……嬉しい」


 俺の気持ちを読んだエヴァさんだ。

 嬉しそうに微笑むと俺の手を握り返して、自らの頬に手の甲を当ててきた。


「シュウヤ、暖かい」

「あぁ」


 ……と、イイ感じの流れだが、


「えっと、なんばしよっと!?」

 

 と、混乱気味のレベッカからツッコミが入った。


「はいはーい、次はわたし!」


 レベッカは横から俺の手を強引にエヴァから奪うと、恋人握りを実行。

 レベッカの手の平の感触は柔らかくて好きだ。

 刹那、レベッカは、自らの胸を押し当ててくる。何気にくりっとした乳首さんの堅い感触が手に当たって、すげぇ嬉しい。指の腹でタッチングからの揉みしだく方向にチャレンジしたいが、ここは我慢しよう――俺はレベッカを見ながら、


「……混乱中か?」


 と、聞いたら、頬を真っ赤に染めていたレベッカは、キッとした視線を俺に向けて、


「ばか!」

「ん、シュウヤはおっぱい大魔王だから、レベッカは喜ぶかと思ったらしい」

「ちょっ、わたしの気持ちをそのまんま言わないでよ! ううぅ」

「ん、ごめん。でも、シュウヤは喜んでた」

「え? 本当?」

「そりゃ、な。好きなレベッカだから気持ちは嬉しい」

「ふふ、ありがと――」


 と、キスをせがむように唇を出すが、そのレベッカの愛くるしい小っこい唇には指先で応えてあげた。


「ぁぁ、そういうことしちゃう?」

「しちゃうんだな」

「へぇぇぇぇえ」


 レベッカの両手の掌が乱舞的に舞う。


「ん、喧嘩はだめ」


 と、そんなやりとりを続けて、まったりしながらイチャイチャを続けた。

 キス塗れでレベッカが興奮してしまった際に、金髪が激しく揺れる。


「ンン――」


 その揺れが、気になったのか、黒猫ロロが片足を、その金髪に伸ばす。

 ジャレて遊び出してしまった。


「もう、だめよっ。この髪はロロちゃんの遊び道具じゃないんだからっ」


 レベッカが頭を揺らして金髪をぶんぶん振り回す。

 相棒は金髪の激しい連続的な攻撃を受けて、鼻をむずむずさせて、クシャミ。


「ンン」


 クシャミのあと、そう鳴いてから振り向く。尻尾をふりふりしながらお尻を震わせる。

 その尻尾をレベッカが触ると、「にゃ~」と鳴いて尻尾でレベッカの手を叩いていた。


 その微笑ましい一時に、ゴルディーバの里での光景が脳裏に浮かんだ。


 レファ、元気にしているかな? 

 師匠、ラグレン、ラビさんも……。


 ゴルディーバの里で過ごした時間を思い出しながら休憩を終えた。

 草原地帯を漫ろ歩くように地図の印を目指す。


 旅の途中、彼女たちは総じて笑顔だ。

 元気もりもり。

 イチャコラの効果もあるとは思うが、食事の効果が高いかもしれない。

 毒が少し心配だったが、思った通り、毒があっても大丈夫だった。


 肉には最初から毒なんてなかったかもしれないが。


 光魔ルシヴァルの眷属である彼女たちも、ノーベル賞ではないが、細胞が細胞を食う、ゴミを囲い消すオートファジーを発展させたモノの特異な出芽酵母の腸内細菌を持つ<腸超吸収>の簡易バージョンを、エピジェネティクス的に少しは受け継いでいるのかもしれない。


 そんな感想を抱きながらも草原地帯を進む。

 途中、巨大な魔素を感知した。目的の地図の場所はまだ先だが。


「前方に、複数の魔素と巨大な魔素の気配がする」

「相変わらず、索敵が素早くて助かるけど、巨大な魔素ね……」

「ん、気になる」

「行こう」


 何だろうと興味を持った俺たち。

 まったりペースを止めた。身体能力を生かして素早く草原を駆ける。


 巨大な魔素の下へと近付いていく。


 ――見えた。人型だ。数は二十?

 小隊が二つぐらいの規模か?


「ん、ゴブリン亜種?」


 エヴァがぽつりと呟いた通り、ゴブリンの亜種たちか?

 大柄のゴブリンたちだ。

 しかも、神輿のような大きな板を担いでいる。

 その神輿には、白菫色に輝く大きな水晶玉を乗せていた。水晶玉を運んでいる?

 側には装備一式が整えられた魔法使いも存在。

 中隊規模の戦力だ。邪神の配下だろうか?

 が、見た目はゴブリンだ。邪神側の勢力とは、肌の色合いが違うし、三つ眼でもない。

 背格好はバラバラだ。どちらかと言えば賊に近いのか?


「……うん。一見、ペルネーテの大草原に棲息していそうなゴブリンだけど、見たことがない。あの細長い顔なんて、初めて見る」


 レベッカがエヴァの言葉に同意しながら語る。

 ゴブリン亜種と仮定だな。


「ん、鎧も豪華。剣だけでなく、一体だけ、棒状の戦棍を手にしている」


 エヴァはトンファーを使うからな。

 相手の戦棍使いと推測できるゴブリンの武芸者が、気になったらしい。


「側には臙脂色のローブを着た魔術師がいます」

「捩じれた杖も持っているから遠距離攻撃してくるかも」

「あ、見て――」


 ユイが指摘した場所に、巨大な蜘蛛モンスターの群れがいた。

 蜘蛛は、複眼のタランチュラを巨大化させたような姿。

 蜘蛛モンスターは、ゴブリンの群れと戦いを始める。


 カオスだ。タランチュラが口から糸を大量に吐いて、大柄ゴブリンの動きを止めると、その口から糜爛させると思われる小麦色のガスのようなモノを放出。


 ガスの範囲にいたゴブリンたちは、そのガスを吸い込む。

 一瞬、バスガス爆発といった早口言葉を想起するが違う。

 ゴブリンは苦悶の表情を浮かべつつ口々に泡を吹く。

 と、喉を手で押さえて苦しそうに倒れていった。続いて、巨大蠅の姿も確認。

 俺は、巨大蠅が出現した左へと指を差して、


「巨大蠅の群れも集まってきた」


 と、眷属たちに知らせる。巨大蠅と巨大蜘蛛の群れは、あのゴブリン(仮)たちが持っていた水晶玉へ引き寄せられたように見えたが……。


「……どうする? この状況からして、あの水晶玉には、何か秘密があるとは思うけど……地図は後回し?」


 レベッカはやる気を示すように、全身に蒼炎を纏わせながら語る。


「マイロード、ここからですと、地形と数から四方からの囲いは無理ですが、三方からの急撃は可能かと推察できます」


 的確だ。このメンバーなら確実にできる。


「いいだろう、あの水晶体はお宝と判断できる。介入しようか。ゴブリンが敵となるか不明だが、敵と認識して動く。エヴァもいいな?」

「ん、分かった」

「閣下、右の巨大蜘蛛は、わたしが、常闇の水精霊としての力を見せつけてやります」

「おう」

「では、正面から派手に斬り込みを入れましょう」

「ゴーレムも突撃させる。カルードさん、壁に使っていいから」

「ありがとうございます」


 右からヘルメ、正面からカルードとミスティか。


「なら、わたしは左。巨大蠅と巨大蜘蛛をアゼロス&ヴァサージで斬る」

「わたしはユイの後方、左の遠距離から、蒼炎弾とグーフォンでフォローに徹する」


 ユイとレベッカが左からか。


「ん、正面から突っ込む」


 エヴァも珍しく正面から前線に出るらしい。


「それじゃ、俺も正面からゴブリンを見つつ、巨大蠅と巨大蜘蛛を潰そう」

「ン、にゃお」


 相棒は黒猫の姿から神獣ロロディーヌの姿に変身。


「ロロ、火炎ブレスはなし」

「にゃ」


 沸騎士たちはいいか。


「それじゃ、水晶玉奪取作戦を展開――」


 右手に魔槍杖を召喚。武威を示すように右手を高く掲げた。


「「――了解」」


 <筆頭従者長選ばれし眷属>と<従者長>の了解の声を聞きながら――。

 草原の柔らかい地面を蹴る。

 絶賛バトルロイヤル中の戦いに乱入だ。


 口火を切ったのは神獣ロロディーヌ。

 巨大な黒触手を胴体から二つ前方に伸ばす。


「にゃご――」

 

 炎ではない。巨大な黒触手で殴る気か?

 その二つの巨大黒触手を合体螺旋させつつ一つのさらに巨大な触手を作るや否や――。

 巨大黒触手の先端から巨大なフランベルジュ級の骨剣を誕生させる。

 剣か――その相棒の巨大フランベルジュが、巨大蜘蛛の胴体を捉える。

 一気に巨大蜘蛛は爆発するように切断された。

 そのまま、巨大なフランベルジュでの無双となって、巨大蜘蛛と巨大蠅を切断しまくる。

 頭部を四肢で踏み潰すように巨大なフランベルジュを衝突させた。

 巨大蜘蛛が、ぺしゃんこ。巨大蠅も三枚下ろし。

 ――相変わらず神獣だ。


 走りながら感心したが、一瞬で思考を前方に切り替える。

 大柄ゴブリンたちが水晶玉を守っている場所に視線を向けた。


「苦労して奪取に成功したというのに! 大蜘蛛野郎にデイダンの秘宝を奪わせるな! 守れ! 王のために巣へ持ち帰るのだ」


 大柄だが、ゴブリンとは思えない端正な顔を持ったゴブリンの言葉だ。

 鼻筋が高く頬骨は分厚い。

 縦長の耳で濃緑色の肌を持つ。

 両肩に厳つい角飾りが目立つ骨の鎖帷子を装備していた。


 装備といい周りを統率する態度からゴブリン集団のリーダーと推測できた。


 しかし、奪取?

 秘宝とは、大きい白菫色の水晶玉か?

 指示を受けた二体の大柄ゴブリンが、その水晶玉を神輿から丁寧に下ろし、重そうに持ちながら運ぼうとしていた。


「――ガルー! 大蜘蛛と大蠅に続いて、ラグニ族の追手も来たようだぞ!」


 拍子木風の棒状の物を打ち鳴らしている鬼気迫る顔のゴブリンの言葉だ。

 その端正な顔のゴブリンをガルーと呼び、話しかけていた。


「ぬぬ! あいつらラグニ族は巨大怪物と相対しているはずなのに! チュオス、切り抜けるぞ。デイダンを守る」


 ガルーはこめかみにぴりぴりとした癇癪筋を立てて叫ぶ。

 彼は両手を腰に回して、立派な鞘から骨剣らしきものを引き抜く。

 しかし、ラグニ族とは何だ?


「……分かっている。王に進化を促してもらうためにも……この棍術で」

「ガルー様、大蜘蛛ソテログアの数が多いですっ」

「……蜘蛛神もデイダンを欲しがっているようだな」


 焦燥顔を浮かべて話し合っている。


 ま、あの中央部にはあとで向かうとして……。


 まずは、大柄ゴブリンと大蜘蛛が争っているところだ。

 蜘蛛の名前はソテログアとかいうらしいが……。

 タランチュラを巨大化させたようにしか見えない。

 そんなことを考えながら――<鎖>を射出。

 <鎖>はピストルで放たれた弾丸的な速度で宙を切り裂く。

 唸り声的な切り裂き音を響かせるティアドロップ型の<鎖>の先端が大蜘蛛の下腹部を突き抜けた。

 <鎖>は大柄ゴブリンの胴体をも貫くと、草原の地に突き刺さって止まる。


 その貫いた<鎖>を左手の<鎖の因子>のマークに収斂――。

 引き込む反動を利用した俺はギュィーンという音は立たないが――。

 風ごと孕むようにターザン機動で体を前方へ運ぶ――。

 <鎖>が貫いた大蜘蛛とゴブリンの死骸が目の前に迫ったが――。


 魔槍杖を振るいつつ蹴りも繰り出す。

 大蜘蛛の死骸を斬る。

 ゴブリンの死骸を右足と左足の甲で吹き飛ばした。

 ――<鎖>が手首の<鎖の因子>マークに収斂するのを把握しつつ――。

 

 俺は前線の地に躍り出た。

 その場で左手に魔剣ビートゥを召喚。

 魔剣の剣の腹を左肩に置きながら――。

 まだまだ絶賛バトルロイヤル中の大型ゴブリンと大蠅と大蜘蛛の姿を見据える。


 次も大型ゴブリンを狙うか。

 そのまま腰を捻り右手に持つ魔槍杖を<投擲>。

 ――魔槍杖は真っすぐ螺旋回転しながら突き進む。


 黒鎧を着込む大柄ゴブリンの背中と胸をあっさりと貫いて、貫通する魔槍杖。


 大柄に見合う大穴を胴体に作った大柄ゴブリンは腕を天に掲げながら倒れていった。

 そして、ゴブリンを貫いた魔槍杖が見える。

 草原の盛り上がった岩に突き刺さり、紫色の金属棒が左右に揺れ、石突部位にある竜魔石が光を反射して煌めいていた。


 さて、<投擲>しといてなんだが、あの魔槍杖を回収だ。

 岩に刺さった魔槍杖を回収しよう――。

 前傾姿勢で突貫。

 左で戦ぐように漂う大蠅を左手の魔剣ビートゥで斬り捨てる。

 続いて、蜘蛛糸を出した大蜘蛛タランチュラの多脚を狙った。

 右手を振るい《氷刃フリーズソード》を発動。


 百八十度の半円を描くように出た魔法の氷剣が、蜘蛛脚の数本を捉え薙ぎ払って落とした。


 気が変わった。先にこいつを潰すか。

 魔脚で草原の地を強く蹴る――。

 ターンだ。直角に九十度に方向転換。

 俺は鋭利な刃物にでも成ったように、真っすぐ、爆発的な加速で走る。

 脚がなくなった大蜘蛛へ向けての突貫だ。


 大蜘蛛はバランスを崩し傾いているので、反応ができず。

 蜘蛛だけに、俺は平蜘蛛のごとく低頭しながら大蜘蛛タランチュラの腹の下へと潜り込む。

 力を溜めるような低い体勢から、


「ぬぉらぁぁぁ――」


 気合声を上げつつ身体能力のバネを生かす魔力を込めた天を突き上げるような垂直蹴りを――。

 大蜘蛛タランチュラの下腹部に喰らわせた。

 ドゴァッと強烈な鈍い音を響かせた大蜘蛛タランチュラ。

 大きく腹が凹む。

 くの字の体勢になりながら頭上高くに打ち上がった。


 中空の大蜘蛛から圧し折れる音が耳に届く。

 魔石が気になったが、とりあえず無視。前進。


 岩に突き刺さったままの相棒と呼ぶべき魔槍杖の紫色の金属棒を右手で握る。

 ――魔槍杖バルドークを回収。

 握り手の感触を得るように魔槍杖をぶぅんと回転させながら――。

 左手が握る魔剣ビートゥを消去。

 

 周りを確認しながら魔槍杖を正眼に構えた。

 その直後、近くでエヴァが回転しつつトンファーを振るう。

 トンファーが大柄ゴブリンの長剣と衝突し、火花が散った。


 彼女がトンファーを使う場面は、久々に見たような気がする。

 そんなエヴァをフォローしようかと思ったが――。

 違う大蜘蛛が――俺に刃のような脚を伸ばす。

 狙いは俺の胴体か――。

 柄の握り手をずらしつつ魔槍杖を回転。

 その刃の脚を、魔槍杖の柄の上部で弾いた――。

 反撃だ。流れで腰を捻りつつ右足で草原を潰す勢いで蹴って前進。

 そのまま左足で地面を踏み噛む――。

 そう、本当に大地に噛み付く勢いで大地を踏み潰した足を基軸とした体の膂力と、魔闘術を纏う筋肉の、そのすべてを両手が握る魔槍杖に直結させる要領で、力強く魔槍杖バルドークを振るった――。

 激烈な竜魔石の石突が、大蜘蛛の牙ごと口と顎を捉え破壊。

 缶が上下から押し潰されたように大蜘蛛の顎と頭は直結しながら潰れた。

 

 ――巨大な蒼い槌と同義な竜魔石。

 ――強烈なハンマー攻撃だからな。


 俺は魔槍杖を振り抜いた反動を利用し回転――。

 もう一度、紅斧刃で、下から紅い月を宙に描くように魔槍杖を振るう。


 紅き流線が宙に残る紅斧刃の斬撃だ。

 頭が潰れた大蜘蛛の下腹部を大きく斬り裂いた。

 傷口から黒い鮮血が迸る。

 

 じゅあっと蒸発音が耳朶を震わせる。


 この死骸は邪魔だ――。

 その場で制動なく――。

 駒のように回転しながらの回し蹴りを黒い血が迸る蜘蛛の死骸へと放つ。

 

 横へ死骸を蹴り飛ばした。

 その際に、大きな魔石が蜘蛛の死骸から宙に放り出される。


 おっと、あれは回収――。

 右手に移した魔槍杖をナイフトリックでも行うように左手に魔槍杖をひょいっと移し替えながら――。

 <導想魔手>を発動させる。

 魔力の歪な手を足場に使って、一気に高く跳躍した。


 そのまま、無手の右手を空中へ伸ばし――大魔石をゲット。

 渺々たる空の眺めを楽しむことなく――。


 回収した大魔石を袋に仕舞いながら草原の地に着地。


 すると、近くで戦っていたエヴァを発見。

 エヴァは紫魔力を展開。

 魔導車椅子ごと自身を包む。


 また金属群を出すのかと思ったが、違った。


 その座った状態で横回転したエヴァは黒トンファーを大柄ゴブリンに直撃させる。

 エヴァのトンファーを扱う見事な棒術。

 ゴブリンの頭部を潰すと、その紫魔力が包む魔導車椅子を急降下させた。

 

 ゴブリンを魔導車椅子で圧殺。

 着地した。

 戦車のように使えるんだな……。

 激しい戦闘を涼しい顔を浮かべて行う黒髪のエヴァの下へと近寄った。


「よっ、順調だな?」

「――ん、一緒に戦う!」


 エヴァのあどけなさが残るアヒル口の唇から漏れた言葉だ。


 そのアヒル口を窄ませると、魔導車椅子を操作。

 初号機モードに変身。

 スムーズに前傾姿勢で草原を滑るように駆けた。

 毒液をゴブリンに対して放出していた大蠅へ近付いていく。


 またもトンファーを使う。

 華奢な細腕に装着した黒いトンファーを左右から平面軌道に振り抜く。

 大蠅の頭をトンファーで叩き潰していた。


 彼女的には遠距離で魔導車椅子から出す円月輪のような金属武器を使ったほうが、楽だと思われるが……。

 今回は初号機モードを選択している。


 金属足を使った戦闘も重要だと認識しているんだろう。


 ターンピックが冴えるように、回転しながらトンファーを振り抜く。

 大蠅を屠る度に、毎日リンスをしてそうな艶がある黒髪が靡いた。


 休憩時にはちゃんと洗っているからな……綺麗な黒髪だ。


 そんな硝煙を感じさせる彼女のフォローをしようか。

 俺は盛り上がった地形を利用――。

 片足で岩場を強く蹴り、体を捻る跳躍を行いつつ――。

 空中の高い位置にいた大蠅に近付く。


 魔槍杖を縦の軌道で振り下ろす――。

 毒液を飛ばそうとしてきた大蠅の頭を紅斧刃で両断した。

 そのまま紅斧刃の振り下ろしで、草原の地を裂きながら――。

 両足で力強く着地。

 ――エヴァが背中を合わせてくる。


「ん、シュウヤ、フォローありがと」

「いつものことだ」


 声に振り向くと、天使の微笑を見せてくれた。

 癒されながら笑顔を返す。


「うん。二人の前線も楽しい」

「そうだな」


 自然の流れで、エヴァと蠅叩きのデートを行う。

 二人で大蠅の群れを、悪・即・斬・突。


 大蠅の胴体を突き刺し、

 翅をむしり取るように薙ぎ払い、

 細い嘴ごと胴体を両断。

 複眼をトンファーが潰す。


「あれは貰う――」

「ん、分かった」


 エヴァの声を耳にしながら最後に残った大蠅との間合いを素早く詰める。

 足跡を残す勢いで、草原の地を踏み噛む。


 捻られた右腕に握られた魔槍杖による<刺突>。

 風雲を起こすような螺旋された紅矛が大蠅の細い嘴を左右に切り裂き胴体を穿つ。

 と、紅矛の横にある紅斧刃が、大蠅の胴体を巻き込み翅までを、ごちゃ混ぜにするように切り裂いた。


 魔槍杖と一体化したように右腕が伸びた体勢。

 一つの型のポーズの如き体勢を取る。


 と、俺は動きを止める。

 その魔槍杖には大蠅の体液が大量に付着して液体が垂れていた。


 汚れを落とすか。

 魔槍杖に魔力を込めながら体勢を立て直す。

 右腕を回して、ぶぅんと風を生み出すように何回も魔槍杖を回転させる。


 姿勢を正しながら周囲を確認。

 そこに鼻をくすぐる若葉の香りが匂った瞬間、茶色の煙に視界が包まれた。


 大蜘蛛が放った毒ガス?


「ん、葉の匂い?」


 エヴァはそういうと、茶色の煙の範囲から離脱するように紫魔力を身に纏いながら中空高く移動していった。


 俺は毒ガスを放ったであろう大蜘蛛を一睨み。

 少し距離があるが、胸ベルトから短剣を取り、牽制の<投擲>を行う。


 スナップを利かせて放った古竜の短剣が、大蜘蛛の複眼に突き刺さった。


「シュァァァ――」


 痛みからか大蜘蛛は仰け反りながら奇声を出す。


 突き刺さった短剣を振り落とそうと多脚を使い頭部を押さえていた。

 器用な大蜘蛛だ。

 体を小さく萎ませるように転がる。

 そんな大蜘蛛へ向けて<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を連続で四つ発動。


 体を縮ませたような大蜘蛛の胴体に<光条の鎖槍シャインチェーンランス>が音を立てて突き刺さる。


 その<光条の鎖槍シャインチェーンランス>の後部が分裂。

 いつもの光の網へ変化しながら大蜘蛛の全身を覆い、捕らえた。

 そのまま草原の地に縫わせると、その光の網たちが蜘蛛の体の内部に沈み込んで、大蜘蛛の表面が、さいの目に包丁を入れて開かれたマンゴーフルーツのようになった。


 さすがにあの光の網でも完全なバラバラにはできなかったか。

 しかし、黒いが美味しそうに見えるのはなぜだ。


 まぁいい、そこで視線を中央部に向ける。

 ゴブリンを統率していたリーダー格のゴブリン。

 巨大な白菫色の水晶玉を守るように立ち、黒血を全身に浴びて、血塗れだがガルーと呼ばれた大柄ゴブリンはまだ生きていた。


 彼に近付いていく。


 側近だと思われる拍子木風の棒状の物を打ち鳴らしていた鬼気迫る顔のゴブリンは、血塗れたガルーの側で大蜘蛛と一緒に死んでいた。

 魔法使いのゴブリンたちも全員がモンスターたちと壮絶な戦いを行ったように倒れている。


 気にせずに血塗れのガルーに近寄ると、彼は問答無用で、俺に対して骨剣を伸ばしてきた。


「――この秘宝は渡さぬぞ!」


 そんなことを叫びながらの骨剣による鋭い突剣。

 生き残ってるだけに中々鋭いが――。


「――さぁな」


 ヘッドスリップをするように僅かに頭を反らし、その突剣を避ける。

 頬に一筋の血が流れるのを感じるが、クロスカウンターを放つように伸ばした魔槍杖の紅矛がガルーの胸元を穿っていた。


「ぐぁ……」


 ガルーは骨剣を落とし、震えた腕を虚空へ動かす。

 何かを言いたげな儚げな表情を浮かべながら、「王……」というと、絶命していた。


 しかし、その後ろに転がっている巨大な白菫色の水晶玉が存在を示す。

 魔察眼で視ると、凄まじい魔力が内包されていると分かる。


 秘宝か。

 死んだガルーの遺体を無視して、綺麗な白光を放つ水晶玉に引き寄せられるように秘宝の側に移動。


 大柄ゴブリンたちはこれを守るために戦っていた。

 触っていたし、呪いとかはなさそうだ。

 その水晶玉を持ってみると……結構、重い。


 水晶玉の中には、明晰とした闇色の靄が内側から噴き出るように溢れている?

 細かな銀と金のキラキラが輝き、スノードームのように舞っていた。


 魔力も感じられるが、美術品としてもいいかもしれない。

 細かな銀と金が紙吹雪を起こしているようで凄い綺麗だ。


 もしかして、この水晶玉の中にはミクロの知的生命体たちが住む別世界があったりして……。

 じっと……。

 その水晶玉の深淵を覗こうと目を引ん剝くように覗いていると突然――。


 うひゃぁ! 思わず、水晶玉を落としそうになった。

 驚いた。今日、一番、驚いたぞ。


 まさか、白菫色の水晶玉の中から大きな目、白銀色の光を帯びた瞳が、現れるとは……。

 白銀で細い線に縁取られた独特な虹彩を持つ、一つの瞳。


 瞳は別個の意識があるように、ゆっくりと瞬きしている……。

 深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ、という展開か?


 俺が顔を横に動かすと、その虹彩の瞳が、ぎょろりと動いて、追い掛けてきた。


 意識があるアイテムとか?


「お前は聞こえているのか?」

「……」


 瞳が目立つ水晶玉に話しかけるが、無言。

 ……謎だ。試しに、つついてみるか?


 魔力を込めた人差し指で、アラ〇ちゃんを意識した、ツンツクツンを。


 そんな気概で、重い水晶玉を左手に持ち――。

 その水晶玉の瞳が映る表面へ向けて、魔力を込めた人差し指を伸ばした。

 指が水晶玉の表面に触れそうになった瞬間――。


 その水晶玉の瞳から闇の靄が溢れるように噴き出す。

 怪しい……嫌な予感がしたので、魔力を込めるのは止めとこう。

 水晶玉の観察を続けていると、初号機モードのエヴァが駆け寄ってきた。


「――ん、それがお宝?」


 エヴァが俺が手にもつ水晶玉を覗きながら聞いてくる。


「そうみたいだが、謎だ」


 窪んだ草原地帯で行われていたバトルロイヤルの激しい戦いも終息したようだ。

 大蠅、大型ゴブリン、大型蜘蛛の死骸が無数に散らばる草原の中、エヴァに続いて、選ばれし眷属たちと黒豹型のロロが走ってくるのが見える。

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