二百十三話 デイダンの怪物

「ん、その水晶を運んでたゴブリン、何か言ってた?」

「あぁ、水晶玉は何処かから盗んだような口ぶりだったな。そして、彼らには王がいるらしい」

「ふーん。それで、その綺麗な水晶玉、どうするの?」


 レベッカが人差し指を伸ばし水晶を触ろうとするが、腕を動かし避ける。


「――まずは地上で鑑定といったところか。魔力に反応するタイプかもしれないから、あまり弄るのは止めておく」


 今はもう水晶玉から目が消えている……。

 さっきは本当に吃驚した。

 

 そして、カルードが水晶玉を見て、


「その水晶玉にモンスターが吸い寄せられたようにも感じられましたが、もう、他には来ませんな」


 草原の先の遠くに森林か。

 左に標高が高そうな山々が見える。


「見た目はアムロスの真珠みたいで、凄く綺麗」

「多大な魔力を感じます。色合い的にも神々しい……」


 ユイとヴィーネは水晶玉に魅了されたように見つめている。


「……不思議なマジックアイテム。中に何か閉じ込められているのかしら」


 ミスティも水晶体を覗くとそんなことを言ってきた。

 確かに、あの目を持つ何かが潜んでいるのは確実か。

 そんなミスティだが、腰にぶら下がった皮袋が膨らんだ状態だ。


「さぁな。今は、アイテムボックスに仕舞う」


 右手首のアイテムボックスの中へと謎の水晶を仕舞った。


「ミスティ、さっき色々と回収してたわね。それ、わたしのアイテムボックスに入れておく?」

「あ、うん、ありがと。お願いできる? 巨大蠅の死骸から毒腺と毒袋を回収したのだけど」

「勿論、今、入れちゃうから」

「未知の毒液は錬金素材になり得ますからね。わたしも回収しました」


 ミスティとヴィーネは色々と回収したらしい。

 レベッカは気を利かせた。

 ミスティの腰にぶら下がっている袋を掴むと、自分のアイテムボックスの中へ仕舞っていく。


 そこから休憩を交えながら草原地帯を進む。

 また牛のモンスターを倒して、調理を楽しんだ。

 肉や素材を回収しつつ巨大蠅も毒腺と毒袋を残すように、皆で協力しながら倒した。


 素材と大きい魔石も回収した。

 ギルドで依頼を受けた感覚だ。


 受けてないのに。


「わたしの研究には十分な量だから、あとはヴィーネに任せるわ」

「はい、綺麗な翅と複眼も回収しておきました」


 聡いヴィーネが銀色の虹彩で透明な翅を凝視している。

 市場で売れるようだ。


「その翅、よく見ると綺麗ね。服の素材とかに活かせるのかしら」


 怜悧な顔を浮かべたミスティの言葉だ。

 彼女はヴィーネの青白い手が持つ綺麗な翅をトランプの札を見るように眺めていた。

 この二人は二人で……。

 頭が切れるコンビか?

 

 そんな調子で順調に魔石と素材の回収&狩りをしながら草原を進む。

 徐々に傾斜した地形に変化。遠くで、傾斜を器用に進む巨大牛の姿を確認。

 反対側では、転けた巨大牛も見かけた。

 乳房と乳房が絡まって、乳の乱射があちらこちらに飛んでいた。

 それを目当てに、巨大な蚊のモンスターが、巨大牛に突入。

 

 惨いレベルで吸血されて巨大牛は食べられていった。

 南無……。

 何妙法蓮華経、アーメン、大覚アキラ、摩訶般若波羅蜜多心経。

 と、八百万の神たちに祈った。

 無残に喰われる巨大牛に来世があるのか分からないが……。

 あ、祈りは余計なお世話か。

 襲っている巨大な蚊だが、その巨大な蚊も、小さい蠅のモンスターに襲撃を受けていた。

 食物連鎖だな、あの小さい蠅も、違うモンスターに喰われる運命か。

 偉大な自然という存在に、お祈りをくり返しつつ……。

 

 先を進む。


 傾斜地帯を色とりどりの芽生えたばかりの葉が飾る。

 刹那、彩り豊かな花が俺たちを祝福するように咲く。

 

 リアルタイムで花弁が動いてパッと咲くとは綺麗だ。

 

 そうして、雑木林の地帯となった。

 空から不思議な光が幾筋も射す。

 

 銀色の木漏れ日が綺麗だ。

 綺麗な花といい、この世界の神々が俺たちを祝福してくれたのだろうか?

 邪神シテアトップは邪界と呼ぶが、実は違う?


 傾斜は緩やかに平坦となった。

 樹がまだ疎らにある。草原の場所が増えると巨大牛の姿も完全に消えた。

 そして、草原の風とは違う……湿り気のある涼しい風を感じた。


 疎らにある樹木の間を風が吹く。


 転けたりしていた巨大牛の姿が見えないのは……何か、寂しい。

 その代わりに巨大蠅が一匹現れた。


 俺が反応――。

 <邪王の樹>を飛ばす。

 

 イメージは串カツ!!

 いや、先が尖った大きい樹槍をイメージして造り上げた。


 長い樹槍を潰さない程度の握力で握る。

 そして、投げ槍競技を行うように、槍を握る右腕を右肩ごと背中側に引きつつ――。


 一歩、二歩、三歩と――。 

 前にステップを踏みながら――。

 引いた右腕をぶんっとオーバースロー気味に振るって<投擲>を行う――。


 ギュィィーンと音が鳴るように勢いよく飛翔する樹槍。 

 巨大蠅モンスターへと一直線。

 神話に出てくるオーディンが持つようなグングニルには遠く及ばないと思うが――。


 巨大蠅の頭部を樹槍の先端が捉えた。

 樹槍は、そのまま複眼の頭から胴体を貫きながら地面に刺さって止まる。

 樹槍の墓標を草原の地に生み出した。


 樹槍だから、グングニルのように貫いたあとは自動的に持ち主の手に戻るということはない。

 そして、巨大蠅の素材は、翅が潰れたから回収しない。

 

 死骸から落ちた大魔石は回収――。

 風で揺れる樹槍の墓標は、余韻を感じさせる……。


 去らば、草原のモンスターたち。

 美味しい肉をありがとう。


 両手を合わせてから、お祈り。

 お賽銭を投げた訳じゃないが、心に小さい教会があるように……感謝する。

 そうしてから、皆が歩いている場所へ戻った。


「にゃお」


 戻ると、先頭を歩いていた黒猫ロロが鼻をくんくんさせながら鳴いて出迎えてくれた。

 何だ? 風の匂いを感じ取ったのかな。


 続いて、ユイが魔刀を持つ片手を伸ばす。


「――見て、左は大きな大森林だけど、右の方が大きな湖」


 本当だ。


「ん、岩もあるし、土で舗装された道もある」

「街道かな?」

「マスター、地図の方向とは違うけど、見に行かない?」

「見ようか」


 ここは迷宮の二十階層。

 そして、邪界の地でもある。

 あの湖に潜って泳いで深さがどれくらいか、どんな魚が生息しているのか調べるのも面白いかも。

 更に……。

 磯伝いに、皆に貝殻水着を着てもらい……。

 また、AHAHAHA、的なノリを……。


 いや、ここには魔宝地図のために来たんだ。

 少し、湖を見るだけにしよう。


「――ん、なら少し見てみるっ」


 エヴァが、上の空な俺にツッコミを入れるように、厳かに宣言。


 彼女は空から偵察するつもりのようだ。

 魔導車椅子の状態で浮かんで先を進む。

 エスパーたるエヴァさん。

 魔導車椅子を回転させて周囲を観察する仕草が、また可愛い。


 そのエヴァは、右の方を二度見して、少し動きを止めると、直ぐに降りてきた。


「――ん、右の方の湖の手前に集落があった。そして、前で何か大きいのが動いている。戦っているのかも」


 集落? さっきのゴブリンたちと関係があるのか?

 それとも邪族の軍団と関係があるのかも。


「……近付いてみようか」

「にゃおん」


 黒猫ロロもエヴァに対して鳴く。


「ん、湖のモンスター?」

「集落が気になるけど、また軍隊?」

「敵なら、アゼロスで斬る」

「わたしも魔剣ヒュゾイで斬ろう」


 闇ギルド慣れしている親子は好戦的だ。

 異口同音とは少し違うが、皆を連れて、その右辺へ向かう。


 土の街道を通り湖に近付いていくと、雨が降ってきた。

 空は曇り空で一定の光を放出しているのに、雨という。

 周りには樹木が目立ち始めたので、木の芽流しの長雨といった感じに、降り出していた。


 そして、エヴァの報告通り、魔素を複数、感知。

 街道の縁にならぶ樹木の陰にも魔素を感じたが、これは無視していいだろう。

 右辺には巨大湖か。


 雨でだいぶ視界が悪い……が、戦っている姿も見えてきた。


 三つ眼と四腕を持つ人型たちと、多脚と多腕を持った大型怪物モンスターが戦っている。

 大型怪物の頭部はグロテスクな造形だ。

 平方四辺形の眼が六つもあり、鼻翼が拡がっているし、口も横に長い。

 顎が不自然に大きく二つに裂けていた。


 その顎の上が横へと長い口が裂かれたように顎が広がると、


「ギォゴオオオォォォォ――」


 大山を鳴動させるような地響きを起こす叫び声を轟かせてくる。


「遠くなのに、凄い音……」


 ユイが刀を片手に持ちながら耳を押さえて、呟く。


 大型怪物の多腕と多脚の数は、六つ。

 腕はどれも長く太い。パルテノン神殿にあるような柱の太さの腕だ。

 先端が鎌と槍の形状。

 鎌の刃のような腕を縦横無尽に振り回す。

 三つ眼の人型たちを塵でも払うように薙ぎ払っていた。

 太い白色の胴体には大量の蛭たちが付着。

 蛭たちが蠢き、怪物の血を吸っている?


 あの怪物が蛭を飼っているのか分からない。

 蛭たちは気色悪い色合いだ。


 多脚も巨大な胴体を支えるだけはある。

 巨大なビルの建設に使いそうな太い鋼鉄製の柱のような蜘蛛の足。


 蜘蛛の足は忙しなく動いている。

 造形から蜘蛛と蟷螂系のモンスターといえるか。

 大型でグロテスクだが、どこかで見たような感じがするのは何故だろう?


 多脚と多腕の大型怪物モンスターはそそり立つ岩壁のような存在感。

 威圧感を感じさせる。

 

 新たな、颱風を生み出すように鎌の腕、槍の腕を使い暴れる。

 そして、グロテスクな造形の頭部の中にある平行四辺形の眼の群れが、怪光線を放ちながら光る。

 同時に、雨を弾くような突風を左の方に生み出していた。


 左にいた三つ眼の人型たちは、その突風に巻き込まれて吹き飛ぶ。

 あの怪光線自体には当たり判定はないのか?

 雨模様の中を進む車のライトのように六つの怪光線が地面を照らしていた。

 

 苦戦を強いられている三つ眼を持つ人型たちは、腕が四つある。

 俺たちが戦ったシャドウを崇めている軍団兵ではないようだ。


 皆、兜もかぶっていない。

 大柄な戦士と呼べる人型も少ない。

 四つ眼がある魔族でもないだろう。


 その恰好からして、人族のように見えてくる。


「あの巨大モンスターと三つの眼を持つ人たちの戦いだけど、最初の軍勢に三つ眼がいたわよね」

「あの方々は、軍勢には見えないですが同じ種と推測します。弓で先制攻撃は可能です」

「戦場では、問答無用で襲い掛かってきたし、わたしもいけるわよ!」


 昂然と語る、選ばれし眷属たち。


「ん、あの人たちを助ける?」


 そう話すエヴァも、皆の頭の上に、紫の魔力を帯びた緑の金属の円盤を展開させていた。

 金属によって威力が変わるようだが、あの『円月輪』的な技は強力だ。

 

 しかし、今は、雨避けの傘代わりにしている。


『閣下、再び、出ますか?』

『いや、俺が直接いく』

『はい、いつでもお手伝いします』

『おうよ、褒美に――』

『あッ! んぅ』


 と、魅力的な思念を響かせる。

 ヘルメを抱いた記憶を思い出して、胸がキュンとなりつつ股間がもっこり。


 が、今は戦いモードだ。

 左目のヘルメはそのまま、左目で待機していてもらおうか。

 大剛の勇士である沸騎士たちも今回は使わない。


「俺が直に進む。集落もある。やられている側と交渉できるかもしれない」


 俺の言葉に頷くレベッカ。

 小柄な体に蒼炎のオーラを纏ったレベッカが、


「了解。住民らしい三つ眼の方たちが友好的なら、巨大怪物だけを狙えばいいのね」


 グーフォンの魔杖を白魚のような手に握って構えながら語る。

 その表情は無邪気だ。


「おう。皆もそういうことで、俺が先行するからな? ロロ、行くぞ」

「にゃぁ」


 黒猫姿から黒豹型に変身したロロディーヌ。

 馬獅子型には変身しなかった。

 黒豹の相棒と一緒に整備された街道を走り、大型怪物と戦っている人型たちの下へ近付いていく。


「――何だ? 後ろから見知らぬモノが近付いてくるぞっ」

「糞ッ、秘宝が盗まれてから災難続きか! 我らだけで〝愚烈なるデイダン〟と対峙しているというのに!」


 巨大怪物と戦っている三つ眼の方々が、俺と黒豹ロロの姿を見て、開口一番に叫ぶ。

 愚烈なるデイダンが、あの巨大怪物の名前らしい。


 秘宝が盗まれたと叫んでいるし、俺たちが回収した水晶と関係が?

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