二百十一話 邪界の牛ステーキ

「にゃぁ」


 いつもの猫の姿に戻した黒猫ロロ

 そのまま死んでいる巨大牛の下に駆け寄る。


 相棒は焼けた肉へと喰らいつく。

 そのむしゃむしゃと食べる途中で黒豹に変身。

 鋭い牙を覗かせたつつ、肉をあっさり切り取る。

 豹らしい野性味ある行為だ。

 牙の鋭さが鋭利な刃物に見えた。

 

 そして、硬い肉を奥歯で噛むためか、首を斜めに傾けて食べている。

 途中で、疲れたのか、熱い息を吐きつつガルルゥと唸った。


 あはは、夢中だ。

 凄く肉が美味いんだな。

 いつぞやか、ハイム川から現れた巨大蟹の腹を裂いて、たらふく喰ったっけか。

 相棒も蟹の味噌を喰った。

 口元を黄色くしていたことを思いだす。


「……よし、気を取り直して、巨大牛モンスターの焼き肉としゃれ込むか!」

「これをですか? たしかにルンガと近い肉の匂いですが……」


 ヴィーネは銀髪を耳の裏に通す。

 その仕草は魅力的だ。


 うなじが少し見えてセクシーだった。

 まぁ、彼女の言い分も分かる。


「……大丈夫と思う。それに、俺たちはルシヴァル。肉程度の毒で死ぬ訳がない」

「あ、それもそうですね。<真祖の系譜>。光魔ルシヴァルは不死でもあります」

「……不死だろうと吸血鬼だろうと、不安は不安よ。ここ邪界でしょ? 食べて大丈夫かな?」


 ユイがそう発言。

 眉を寄せて心配そうな表情だ。


 魔刀を内包した鞘の小尻を巨大牛に当てていた。

 普通の人族の胃なら勇気がいるだろう。

 

 俺の種族の光魔ルシヴァルの腸内細菌は普通じゃない。

 一年も地下を放浪したから、自信はあった。


「……地上では、まず食えない代物だ。貴重なる肉の食感が得られるかもよ?」


 そう、少しポジティブに語る。


「う、そう言われると、凄く魅かれる。貴重な肉の食感……」


 ユイは唾を飲み込んでいた。

 そのユイの言葉に強い頷きで意思を示すレベッカさんも見える。


「……それじゃ、準備を始めちゃうからね――」


 そのレベッカは食べる気満々という感じで、テキパキと小柄ながら素早く動く。

 アイテムボックスから色々と道具を出した。

 彼女は気が利く。

 魔法学院の経験や冒険者の経験だろう。


 休憩用の準備の一式を予め用意していたらしい。


「あ、レベッカ、わたしも手伝う、どうせなら――」


 ミスティは大きい石を拾い集めて――。

 平たい石の長机、歪な椅子、を作り上げた。

 石は金属が多いのか。


 草原に石机だ。

 公園にある石製ベンチをイメージさせる。


「わぁーミスティ凄いーありがとう」


 レベッカは胸に手を当て感心しながら喜んでいる。


「これぐらいしか出来ないけど」

「十分よ。一応、ピクニックの敷物も用意したけど、こっちのが断然いい!」


 レベッカとミスティは和気藹々だ。

 

 長机にクロステーブルを敷いた。

 準備を一緒に行う。


 そんな様子を見ていると、エヴァが顔を斜めにしながら小さいアヒル口を動かしてきた。


「ん、この肉を焼く。でも、タレは?」


 エヴァはタレがご希望か。


「さすがに専門的なタレはない。が、野菜はあるし、香辛料とシンプルな塩もある」

「ん、塩で十分」

「ディーさんのようにはいかないと思うけど」

「ディーはスライムのタレとかを作る本職だから気にしない。シュウヤが作るなら全部食べる」


 エヴァが気を利かせてそんなことを言ってくれているらしい。


 ディーさんの前に食べた料理は美味かったからなぁ。

 俺は俺で、今度、地上に戻ったら時間は掛かるが、万能タレ的にピリ辛を意識したアンチョビ的なタレを作るのに挑戦してみるのも面白いかもしれない……。


「ん、調理、手伝う?」

「いや、ちょいちょいと斬りあげ焼くだけだから、休憩してて」

「わかった、待ってる」


 エヴァは石机の用意をしている仲間たちのところに車椅子を動かしていく。


「にゃ――」

「あ、ロロちゃん!」


 巨大牛のつまみ食いが終わった黒猫ロロだ。

 姿を猫の姿に戻し、魔導車椅子に座っているエヴァの腿上に乗っていた。


 黒猫ロロが最近のお気に入りの場所。

 普段は俺の右肩か、フードの中だけど。


 エヴァの大腿部は張りがあり適度に柔らかいからな。

 時々、もみほぐしたい気分に駆られる時もある。


 そこに、ヴィーネが銀彩の瞳を揺らしながらエヴァに甘える黒猫ロロの姿を見ているのが視界に入る。

 羨ましいと思っているのかも、前に匂いが好きとか言われてたからね。


「ロロちゃん、お腹がぽっこりしてる」

「にゃあ~」

「ふふ、あまりお腹には触らないでおいてあげる。ここで寝んねする?」

「にゃおん」


 見つめ合う天使の微笑を浮かべた美人と可愛い黒猫の構図。


 黒猫ロロは両前足をエヴァの胸あたりに当て顔を上向かせている。

 何かを話しかけているように見えた。

 エヴァも、なあに? というように微笑を浮かべている。


 何だろうか、あの空間は幸せに満ちている。

 ボンとロロの空気感とは違う。

 ある種の神々しさ、神聖なる芸術性を感じられた。


 いかん、絵画のような芸術に見蕩れる前にやることやらないと。


 胸ベルトに納められている短剣では、巨大サイズの牛を斬るには苦労しそうなので、左手に魔剣ビートゥを召喚。

 そのまま、黒靄が掛かっている剣身を斜め下に構え、姿勢を低くした。


 ――巨大牛を視界に捉える。


 カルードの歩法を参考に両手に魔剣の柄巻きを握りつつ走る。

 死んでいる巨大牛に魔脚で間合いを詰めた直後に、訓練を兼ねた<水車斬り>を用いた。


 斜め上へ魔剣を持ち上げ、刃で巨大牛を斜めに斬る。

 すぐに魔剣を振り下げた。

 ザシュッとした小気味よい音を耳に感じながら、牛の肉を切り刻む。

 精肉店の店員気分――。


 お客さん彼女たちが――。

 食べやすい大きさを考えながら肉を丁寧に斬った。


 ……飛行型モンスターを喰った黒猫ロロは底なしの胃袋だ。

 大量に食べると予想し、余分に肉を切り取った。


 細かく人数分の肉を切り取ってから、アイテムボックスから食材を出していると、


「ご主人様、皮とあの余っている角の回収はしないのですか?」


 疑問顔のヴィーネ。

 銀仮面に視線がいきがちだが、彼女の鼻筋は高く細い。

 

 紫を帯びた小さい唇に自然と視線が誘導されてしまう。


「……回収したいならしていいぞ。高く売れたり?」

「はい、邪界の巨大牛の皮なら革細工商人に高く売れるはずです。巨大角も武器、防具、錬金素材、または、象嵌用アイテムの可能性もあります」


 なるほど。そりゃそうか、二十階層の素材なんて未知だろうし。


 俺と黒猫ロロの場合だと〝ま、いいか〟で済ませちゃう場合が多いからヴィーネがいてよかった。


 彼女は銀髪を革紐で一つに纏めると肩に回す。

 腰も沈めてブーツが似合う片方の膝頭を地につけると、パンティが見える体勢で、素材となりそうな血塗れた皮を青白い綺麗な指で拾い掴み調べていた。

 腰に巻く皮ベルトの袋から皮布を取り出しては……血の汚れを拭く。


 その牛皮を素材の良し悪しを確認していた。


「……ヴィーネ、水で洗うか?」

「あ、大丈夫です。気にせず、ご主人様は調理を続けてください」

「分かった」


 俺は料理を再開しつつも、またヴィーネを見る。


 ヴィーネは生き生きとした瞳で、角の素材も選別。

 慎ましい態度で回収作業を続けている。


 仕事をしているカッコいい女を見るのも、いいもんだ。


 と、考えながら、右腕にあるアイテムボックスを弄る。

 甘露水、赤い香辛料、酒、野菜、チーズ、ヘカトレイル産の黒パンを、ミスティが用意してくれた石机の上に置いていく。


 最後に、今、切り分けた見た目は完全なる牛だが、巨大牛モンスターの肉も置いて、その上に塩と赤い香辛料を少々まぶし、魔剣の腹を使いトントンと肉を叩いていった。


 牛肉の軽い下拵えはこんなもんでいいだろう。


 次はライ麦か分からないが、硬いパンだ。

 彼女たちが食べやすいようにスライスしていく。


「かっこいい! 調理師のようね~」

「ん、ディーにお菓子作りを教えるの楽しみ」


 そんな会話が聞こえてくるが、適当に笑顔を返して、調理を続ける。

 野菜は葉酸が豊富そうな小松菜風の青緑色野菜が多い。

 その菜を丁寧に生活魔法の水を用いて洗っていく。


 葉末に残る跳ねている水滴が、新鮮さを表していた。


 パンと野菜の次は<邪王の樹>を用いて串を大量に作る。

 <破邪霊樹ノ尾>だと光属性になるが、使わない。


 わざわざ串に光属性を込めてもな。


 串を武器に使い、何処ぞの長剣を使う剣豪たちと対決する時に、お前たちには〝これで十分だ〟的な相手を挑発する問答が目に浮かんだが、<邪王の樹>のほうを意識。


 思えば、このスキル……。

 玄関のバリアフリー化とバルミントの家にしか使っていない。

 串ではなく樹槍を使い、いつか戦いに用いたいところだ。


 串たちを仕込んだ牛肉たちに刺していった。

 刺し終わったところで、皿、ゴブレット、お菓子の配膳を終えて、俺の近くで調理する様子を覗いていたレベッカに顔を向け、


「……レベッカ、火を頼む」

「了解~」


 串に刺した肉へ隠し味的に黒い甘露水を贅沢に掛ける。

 肉の臭み取りに、この間買ったウォッカ的な酒も目分量で掛けつつレベッカの魔杖で串に刺してある牛肉を焼いていった。


 レベッカ曰く、この杖だと、火の微妙なコントロールが可能なのよ――。

 えっへん的な感じに語る。

 等閑な相槌を行うが、確かに杖の先端から飛び出る炎の出力がガスバーナーをイメージさせる勢いで炎が放出されていた。


 一応、火加減は指示。

 串焼きを行う感じに、串の端を持ちながら転がし両面の肉を焼く。


 こんがりと紫を帯びる焼けた肉。

 串で肉質をチェック。肉汁が溢れて美味そうな液体が滴り落ちていた。


 肉が焼けた香ばしい匂いが、鼻孔を刺激し食欲をそそる。

 たまらん……唾が自然に口の中に溢れてくる。


 味見で先端を小さく切り試食。

 感触は小さすぎてあまりないが、肉の美味さは感じられた。成功かな。


 これ、とろ火で煮込んだシチュー、ポトフも合うかもしれない。


「上手に焼けたわね」

「うん、レベッカありがとう」

「ううん、タイミングの指示は全部シュウヤでしょ? この焼けた肉、並べちゃうね」


 レベッカに手伝ってもらいながら、平たい石皿の上にこんがりと焼けた肉を串を引き抜きながら盛り付けていく。

 違う石皿にはヘカトレイル産の新鮮野菜を添え、ヘカトレイル産チーズ、パン、迷宮産の甘露水も用意。


 机の真ん中にはこぶりな花壺も用意されていた。


 黒猫ロロの分も用意。

 黒猫ロロは紅目を細めながら一心不乱に、肉を見つめていた。

 更に、『食べたいニャ~』というように、皿に乗せられた美味しそうな肉へ前足を伸ばす。


 その片足をプルプル震わせている。


 エヴァにまだ食べちゃだめ、と言われて我慢しているらしい。

 可愛いやつだ。


「さーできた、できた。食べよう。名付けて、邪界巨大牛の串焼きステーキだ」

「窪んだところが多い草原だけど、外で石の椅子に座って食べるって、不思議で、いい気分ね。肉も美味しそうだし」

「はい、空は曇ってますが、風がありますからね」

「邪界の肉質、食べて調べてから書かないとっ」

「にゃおお」

「ん、ロロちゃん、いいこ。もう食べていいよ」

「感謝ですぞ。このカルード……」

「父さん、口上はいいから素直に食べなさい」


 ユイがツッコミを入れたところで、ヘルメ以外の全員が一斉に食べていく。


「肉と甘み、それに塩加減? 絶妙ね……」


 一口、二口食べたミスティの言葉だ。

 委細を心得た評論家口調で、肉を口へ運び食べていた。

 確かに彼女はいつも羊皮紙に綿々と何か書き連ねているから、スイーツ店を巡り美味しい店を紹介するような美人編集者のようなイメージを持つ。


「……ルンガより美味いかも」

「ユイに同意する。素晴らしい肉の感触っ!」


 ヴィーネはユイの言葉に大きく頷く。

 彼女らしく興奮した口調で話すが、


「邪界の牛、侮っていました。謝りたい気分です。これを地上の市場で売ったら儲かるかもしれません」


 途中で、淡々と口調に戻しながら屈託のない顔で大所高所に語っていた。


「うんっ、凄く美味しい~。けどけどぉ~、わたしの火加減がよかったのもある?」


 レベッカがわざと自慢気に小鼻を膨らませながら語る。

 目交ぜで知らせる言葉だが、一々可愛く、小憎らしい。


「――ん、シュウヤの料理、大好き!」


 エヴァは小さい唇をもごもごさせながらレベッカを華麗にスルー。


 ミディアムな黒髪を揺らしながら笑顔を向けてくれる。

 綺麗な歯並びを見せていた。


 料理は上手くいったようだ。


 彼女たちの笑顔と話の接ぎ穂が絶えない弾む会話で、ある種の満足感を得ながら、肉を短剣で斬る。

 すんなりと古竜の短剣はこんがり肉を通り抜けた。


 もうこの時点で分かる。美味しいと。


 肉汁が垂れた短剣を舐めずに、横に置く。

 そして、箸で取り出し、その箸を指で転がしてから、シャキーン、といった音がなる気分で中指と人差し指の間に箸を持つ。

 第一、第二関節を上下に動かせるように、親指は箸が揺れないように意識。


 頂きまーす。こんがりと焼けた巨牛肉へ箸を伸ばし、肉を掴む。

 黒猫ロロじゃないが、喉を鳴らすように口へ肉を運ぶ。


 最初は歯で噛むことを意識。

 獣の野性的な声が口内から響いてきそうな歯応え。

 んだが、野性的って感じだったが、酒の効果で肉の臭みは完全に消えているんだが――。

 グーフォンの魔杖から出た火力もよかったようだ。

 ――お?

 二噛み三噛み目に突入すると……。

 隠し味どころか仄かに甘さとピリ辛さを得た。

 そして、そして、肉の繊維が、突然、柔らかくなったぁァ?


 口の中で化学変化が起きたんか!?

 やるのぅぅお肉さんよ、と、キャラが崩壊する。


 溶けるようになくなっていた。

 不思議な肉だ。

 舌に残る柔らかい肉の余韻が堪らない……。


 独特のコクを生み出す黒い甘露水……。

 適度な香辛料とシンプルな塩味もアクセントとなった。


 うましっ!


 蔬菜の味もしゃきしゃき。

 青野菜独特の苦みと美味しさが肉の味を調えてくれた。

 ステーキはなくなった。

 野菜を食べていると、


「にゃぁごぉ~ガルルゥ」

 

 黒豹ロロの声が聞こえた。

 獣のレア声が混じっている。

 黒豹と化したロロディーヌも邪界ステーキを食べていた。

 

 食欲旺盛だ。

 たっぷりと用意した肉がきれいさっぱりなくなっている。


「ロロ様、口直しにわたしの水を飲みますか?」

「にゃあ」


 黒豹ロロはヘルメの顔を見て鳴くと、口を開けた。

 ヘルメが微笑みながら、


「はい、では」


 と、黒豹ロロに向けて指先を伸ばす。

 その指から水をちょろちょろと出す。

 黒豹ロロはヘルメの水を飲み込んでいった。


 ヘルメの黒豹ロロを見る視線は優しい。

 地母神のような表情だ。

 幸せをアピールするかのように、蒼葉の皮膚がウェーブを起こす。


 皆で、初めての邪界モンスターの肉を分かち合いつつ美味しく食べることができた。

 俺たちで仕留めた結果だが……。


 何かに感謝したくなる。

 神に感謝だ。ここだと邪神になるか? 


 まぁいい……。

 とりあえず、加護を受けている水神様に感謝しておこう。

 アクレシス様、祈りが届くかどうか分かりませんが、ありがとう。

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