二百九話 It's payback time!

 空は一定の明るさを保った状態だ。

 時間的に夕暮れ色の空に変わっている頃だが。


 ここは邪界。恒星か魔力の光源が源となって、この世界を照らしているんだろうか。

 そんな些細な疑問を胸に抱きながら草原地帯を、皆で歩き倒す。


 歩き続けたからか先頭を進む沸騎士たちの身体が火照って見えた。

 張り切っているのかな?


 二体の沸騎士。

 顔は精悍さを感じさせる。骨だが。

 出っ張るように出た前頭骨と鼻骨の額は、まんま鋼の甲冑兜。

 彫りの深い眼窩の中は燃え滾る魔力の炎。

 その炎の周りを埋める漆黒の闇。

 燃え滾る炎の表面に、うっすらと虹彩っぽい魔力網膜があるのか、不可思議にゆらゆらと揺れる。

 

 頬骨も分厚い。

 上顎骨と蝶形骨も厳つい形だ。


 鎧は、胸甲と筋肉が合わさったローマ帝国の兵士が着るようなブレストプレート的。

 それぞれの名前に因んだ黒と赤の蒸気を身に纏った姿だ。

 

 ザ・地獄の騎士。

 渋いし、カッコイイ。


「閣下のような一騎掛けがしたいぞ」

「アドモス、私たちには無理だ」

「魔界に於いて、グルガンヌの滝行を行った時に、滝壺で群がっていたソンリッサを捕まえたではないか!」

「それはそうだが……」


 少し喧嘩をしている。

 喧嘩よりもその話の内容に少し興味を持った。

 魔界の地名らしき名前と、魔界に住む動物らしき名前を述べていた。

 

 ソンリッサとは馬、騎乗できる動物なのだろうか? 滝壺だからカバとか?

 魔界の様子には興味がある。


 魔毒の女神ミセアが話をしていたな。

 傷場から魔界へ侵入する方法を試し、魔界を巡るのも一興かもしれない。

 だが、他の見知らぬ地域に行ってみたい場所はある。

 ……魔界挑戦には魔王の楽譜も必要だ。

 だから、数ヶ月後のオークションを楽しんでからだな。

 魔王の楽譜が手に入っても、まだまだ遠い未来の話だ。

 他にも鏡の探索もある。

 ラドフォード帝国の影もチラついてきた。

 このオセべリアのペルネーテで平和を享受している以上、戦争のことも頭に入れておくべきか。

 

 第二王子、いや、俺的にはレムロナのほうがいいな。

 彼女に力を貸して、じっくりと竜について語り合いながら……。

 おっぱいについて思考を巡らすのもいいかもしれない。

 

「――見ろ! あそこにいる動物、形がソンリッサに似ている」


 不埒なことを考えていると、沸騎士の片割れが骨の腕を伸ばしていた。


「本当だ。しかし、ここは魔界と繋がっているのか?」

「似ているところはあるが……」


 沸騎士たちの様子に釣られて、斜め前方を見る。


 そこにはシマウマとサイが合体したような重厚な姿をもった草食動物が存在した。

 大きな口を広げ麦の穂らしき腐ったような色合いの黒穂の種を一心不乱に噛み付いて茎をひっぱりながら鞘ごと食べていた。

 

「ン、にゃおお――」


 皆が歩く地帯から離れるように神獣ロロディーヌが走り出す。

 サイとシマウマのような動物の動きを見て、狩りの本能が刺激されたようだ。


「ロロちゃんと偵察に行くのー?」


 背後からレベッカの声だったが、獲物を追い掛ける相棒は止まらない。

 その心情は、マタタビを追う、いや、餌を追う、これも違うか、肉食獣らしい好奇心かな。

 

 狩りを楽しみたい心意気だろうか。

 そんな夢中に走る相棒に悪いが……。


「ロロ、ストップ」


 黒馬か、黒豹か、黒獅子か、そんな動物に近い姿の神獣ロロディーヌの動きを止める。

 神獣としての漆黒の獣を見たであろう草食動物はびっくりして、走り出す。


 逃げていった。


「皆のところへ戻るぞ」

「にゃ、にゃお~」


『追い掛けたいニャ~』という感じだろう。


「駄目だ」

「ンンン」


 神獣ロロディーヌは長い耳を凹ませた。

 カワイイが、不満を意味する独特な喉声を響かせる。

 触手の手綱を引いて――。

 相棒の頭部を仲間たちへと向けた。

 俺の指示を聞いた、よい子のロロディーヌは歩き出す。

 

 が、『空』『空』『飛ぶ』『遊ぶ』といった気持ちを伝えてきた。

 ――空か。しょうがない!


 狩りついでに満足させてやろう。


「……ロロ、分かった。エヴァと同様に斥候タイムといこうか」

「にゃおお」


 神獣ロロディーヌは狼の遠吠えのごとく嬉しそうに顔を上向かせて鳴く。

 複数の触手を左右へ伸ばした。

 草原の地に、触手骨剣を突き刺して固定。

 複数の触手は、蜘蛛の糸の特殊繊維質効果でもあるのか、人工筋肉的にも伸びていく。

 そのまま、ぐんっと音が鳴るように力強い四肢で触手の群れを従えるように駆けていく。


 左右に伸びた触手がフレキシブルに捻れていく。

 そんな触手に構わずに走る相棒の力強さのある躍動感が凄い。

 股下から感じる筋肉という筋肉がもりもり動く。

 馬、獅子の鬣を超えた神獣のお毛毛の感触が気持ちいい――。

 凱旋門賞に出たら優勝間違いなしなロロディーヌ。

 その相棒の背中の黒毛を撫でながら速度を感じていると――。

 ロロディーヌは動きを止め反対の方向へ向きを変えた。


 触手を離して、力を溜めて一気に解放するつもりだろう。

 この力を溜める動作の間がなんともいえない。

 

 ジェットコースターの山を登る前のようで、怖いがドキドキする。

 そんな心持ちでいると――。

 左右に伸びきって張っていた触手の群れが一気に首と胸下に収斂。

 捻れ張った鋼鉄のワイヤーのような触手が神獣ロロディーヌに襲い掛かってくるようにも見えた。

 同時にギュンッと音は響かないが、そのような凄まじい反動――。


 地表すれすれから――空へ一気に神獣ロロディーヌは飛び上がる。

 中空で、薄い魔力層的なものを突破。

 耳につんざく風が緩まったところで、黒翼が左右に展開した。


 ゆっくりとした風に乗った。

 通り抜ける風が優しく頬を撫でるように感じる。

 当たり前だが……この世界でも風はあるんだな。


『閣下、不思議ですね、地上と変わらない感じです』

『確かに……』


 そのまま旋回しながら周囲を偵察。


 遠くの景色を見ていくと、エヴァが指摘した通り、猛牛を巨大化したモンスター、蠅型モンスター、ヘラジカ型モンスター、人型モンスター、ガーゴイル型モンスター、眼球が二つ繋がったモンスター、集団のオーク系のモンスター、植物系モンスター、等、多種多様のモンスターが存在した。


 軍隊の次はモンスターたちか。


 ビームライフルのスコープを使って未知のモンスターの生活をウォッチングしようかな?

 その直後、遠くを飛行中の眼球が二つ繋がるモンスターの群れが、俺たちに反応。

 

 二つの眼球がギョロリと蠢いて、俺たちを睨む。

 気持ち悪い瞳孔を散大させた。


 カメラのズームアップ的なことをしている?

 お? 速度を上げて近付いてきやがった。


 複葉機のような形。エンジンの位置に二つの眼球がある。

 それら飛行型モンスターの数は多い。

 編隊の前方の一機の飛行型モンスターの眼球がまたギョロリと蠢く。

 と、その蠢いた眼球から涙を出すように、灰色の液体を大量に、その眼球から放出した。

 

 出た液体群は、尖った杭に変貌。

 その尖った杭は、灰色の杭ミサイルとなって俺たちに迫る。


「――ロロ、避けろ」

「ンン――」


 相棒は即座に反応。

 速度を上げた。

 斜め上の空を飛ぶロロディーヌ。

 灰色の杭は追尾性能はなかった。

 

 俺たちがいたところを通過していった。


『ロロ様、さすがに速い!』


 ヘルメの念話に同意しながら――。

 左手を、その飛翔体を繰り出してきやがった飛行型モンスターへと向ける。


 指先にまで表現を意識したダンサー気分で、人差し指と中指を重ねながら狙う――。

 同時に魔法上級:水属性の《連氷蛇矢フリーズ・スネークアロー》を発動――。


 神獣ロロディーヌの周囲に、人の腕ほどの大きさの蛇の形をした氷の矢が生成される。

 それら人の腕の大きさの《連氷蛇矢フリーズ・スネークアロー》は、シューティングゲームに登場する主機の周りに浮かぶオプションにも見えた。


 〝上上下下左右左右×○〟はしない。

 《連氷蛇矢フリーズ・スネークアロー》は飛行型モンスターへ射出音を立てながら飛翔する。

 飛行型モンスターは眼球をきょろきょろ動かしながら回避行動を取った。

 が、《連氷蛇矢フリーズ・スネークアロー》は追尾する――。

 二つの眼球に《連氷蛇矢フリーズ・スネークアロー》が次々と衝突し、突き刺さると、二つの眼球は瞬く間に凍って割れた。


 複葉機のような体も凍り付く。

 真っ逆さまに墜落していった。


 一機を沈めると、同胞が死んだのが分かるのか、残りの飛行型のモンスターたちが、反撃行動に出た。

 二つある眼球から液体を一斉に出してきやがった。

 それら液体は、さっきと同じく、灰色の杭のミサイルと化す。

 

 うへ、さすがに数が多い。

 俺も<鎖>で盾を作り防御に回るか?

 

 と、思考した瞬間。

 神獣ロロディーヌは速度を上げて周りながら――前進――。

 螺旋運動か――。

 正面から――半円を瞬時に全身で描くような戦闘機の機動――。

 うひゃぁぁ――バレルロールを敢行――だ。


 迫る灰色の杭の群れの飛翔体を見事に避けていく。


「ハハハッ――ロロ! 天使とダンスでもしてなってかァ?」


 神獣ロロディーヌは戦闘機のように華麗な機動で灰色の杭を避けきった。

 そのまま、エンジンの排気音が聞こえるような加速で上空からモンスターたちへ急襲を開始する。


 ヒャッハー!


「――Fire at will It's payback仕返しのtime時間だ!」


 興奮した俺は思わず英語で叫ぶ。


 黒色の触手が航跡を残すようなミサイルと化す――。

 飛行型モンスターへと黒糸が引かれるように触手から出た骨剣が衝突――。

 骨剣に貫かれた飛行型モンスターは一瞬で、爆散。

 

 相棒とは感覚を共有している。

 俺はエースパイロット気分を味わいながら、飛行型モンスターを幾つも撃墜。


 次々と、撃ち落としていく。

 飛行型モンスターは四散しながら草原に突っ込む。

 

 地面と衝突した飛行型モンスターは爆発。

 最後の一匹になると、相棒は、突き刺した黒触手を飛行型モンスターの全身に絡めていく。


 その絡めた触手を収斂して引き寄せた。


「にゃおおおお――」


 嬉しそうな声……やはりこうなったか。

 眼球が目立つモンスターを中央からボキッと折るように小さくさせた神獣ロロディーヌ。

 そのまま自身の口へと運ぶ。

 ここからじゃ見えないが、たぶん口を広げているんだろう。

 神獣ロロディーヌの頭部が揺れた。

 むしゃむしゃと食べる音を立てている。


「邪界のモンスターは美味しいか?」

「にゃおん」


 眼球……意外に美味いのかもしれないが、俺は食う気は起きなかった。


 空中戦が終わり、空の平穏を楽しんでいると、今度は人型のモンスターが遠くに現れた。


 何だろう。


 その人型は、顔の上半分を覆う黒兜をかぶり眼だと思われる部位に赤く光るモノが五つある。

 遠くからでも視力か魔眼で、飛んでいる馬獅子型黒猫ロロディーヌの姿に気付いたらしい。

 その飛行型モンスターが背中から生えた黒い甲羅翼を羽搏かせ近付いてきた。


 さっきとは違い、攻撃をしてくる気配がない。

 左手に盾と、右手に黒と赤の金属でできたモーニングスター系の武器を持っているが下に垂らしたままだ。


 だから、様子を見ることにした。


「――ここは妾の領域。空の篝火の領域である。夜のような綺麗な瞳を持つ者……ソナタは何者ぞ?」


 声質は女。子供的な格式を感じさせる口調。


 唇は黒紫。首元に肩甲と上腕甲と一つの防具的に繋がった綺麗な赤い魔宝石が象嵌されてある首当てを装着している。

 そして、大きな胸を隠す赤色と黒色の模様が魔力を感じさせるコルセット鎧。

 腰はくびれを生かす作りなのか、大胆にも隙間が多い。


 臀部は前掛けの黒色と赤色の布。

 腿の部分は外側だけを守る小さい脚甲のみ。

 足は長い足を覆うような太腿まである黒革のロングブーツを履いていた。


 顔の上半分が隠されているが、あの黒紫の唇は妖艶な感じがする。

 俺は自然とその唇を見ながら口を動かしていた。


「……領域ですか? ここは初めて来たので分からないのです」

「初めてだと……ソナタの見た目は人族のようだが、乗っている獣はシャドウの配下ではないのか?」

「違います」

「ほぅ……神界の者か」


 眼球、地上の怪物軍団とは違い、随分と友好的な存在だ。


「……いえ、違います。人族と似ていますが、別種族です」

「驚きだ。もしや上から下りてきたのか? 上の世界は地上セラと通じているということか?」

「どうでしょうか、通じていると思いますよ」


 迷宮だし。


 彼女は俺の言葉を受け顔を微妙に下げながら、考え込む。

 この知的生命体はいったい……。


 領域とやらはさっぱり分からないが、一応通るかもしれないので聞いておこう。


「……あのー、考えているところ悪いのですが、領域を通っていきたいのですが、いいですか?」

「空の篝火を消さなければ、一向に構わん。だが、他はしらん、己の強さに自信があれば自由に通ればいい」


 空の篝火が何かわからないが、空に目印があるのかな。


「空の篝火とは何でしょうか」

「空に灯る妾の領域を表す印。綺麗な紅光を放っている。妾たちの種に伝わる固有魔法なのだ。魔界でもアムシャビスの紅光は美しく、魔命を司るメリアディ様もよくお散歩にこられる場所で有名だったのだぞ」


 へぇ……。空にそんな場所があるんだ。

 セラにもあったのか?


「……分かりました」


 すると、黒兜と繋がった五つの宝石のような赤眼が魔力を放ち、俺の瞳をジッと見つめてきた。


 そして、喉、唾を飲み込む音を響かせる。


「……珍しき夜の瞳を持つ人族よ、妾の名を教えておこう。わらわの名はスーク。魔界アムシャビス族出身のスークだ」


 頬の下が若干、赤みを帯びたのは気のせいだろうか?

 しかし、礼儀正しい魔界種族さんだ。

 魔界のアムシャビス族のスークさんか。

 では、俺も、ロロディーヌに乗った状態だが、姿勢を正し、礼儀をもって、


「名はシュウヤ、シュウヤ・カガリです」 

「そうか、シュウヤは妾と戦いたいか?」

「いや、そちらが戦わないのであれば戦いませんよ、綺麗な女性のようですし」

「……面白きかな、妾は雌ゆえ、興奮する人族がいると聞いたことがあるが……」


 スークは武器を腰にかけて仕舞うと、大きな胸鎧を細い手で悩ましく触り出している。

 別に興奮はしてないが……その仕草はイイ。


「……それじゃスークさん、仲間のところへ戻ります」

「そ、そうか……残念だが」


 スークは残念そうな顔を浮かべる。

 黒紫の唇から舌が伸びてイヤラシく上唇を舐めていた。


 あの身体、特におっぱい研究会的に凄く胸に興味を惹かれるが……。

 今は目的が優先だ。


「……ロロ、帰るぞ」

「にゃお」

「去らばだ。魅力的な目を持つシュウヤよ!」


 スークさんの言葉が空中から伝わる。


 ホバリング状態だった馬獅子型黒猫ロロディーヌは翼の角度を変えて滑空していく。

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