二百八話 呂布再臨

 神獣のロロディーヌと一体化した状態で一気呵成に丘を駆け下りていく。


「――なんだァ? 黒い稲妻か? 土煙をあげながらこっちに突進してくるぞ」

「魔界騎士か?」

「神界戦士か?」

「どちらでもいい――俺たち以外は皆殺しだ。殺せ、殺せ! 手柄だっ」


 左側に群がる大柄怪物たちが叫ぶ。

 頭部には緑色の眼が三つ。腕が四つ。

 表面が滑らかそうな胸甲の黒鎧を着ている。

 二つの黒い直剣を長細い上腕が持つ。

 二つの黒い湾曲剣を下腕が持つ。

 四本の腕だ。それらの剣を斜め上に掲げて、鋭そうな釼先で俺を差す。

 切っ先から、飛び道具か? と思ったが、飛び道具はない。

 魔力が迸っている武器なだけか――。

 ま、相手がだれであろうと『殺せ、殺せ』『手柄だ』と叫んでいる連中だ、問答無用で襲い掛かってきそうな敵だってことだろう。

 争い合う勢力たちは、歩兵が主力のようだが、騎兵と射手に魔導師も存在している。

 刹那、射手たちが俺に向けて矢を放ってきた。

 無数の矢が飛来――軍団規模だから当然だが、しっかりとした指揮系統はあるようだ。

 魔察眼の範囲には多大な魔力を持つ存在は多い。

 空から偵察もできたが矢が飛んでくるように――。

 ここは未知の戦場――。

 空の上だって、何があるか分からない。

 どんな攻撃が飛んでくるか――。

 ま、俺が受ければ――。

 後衛の<筆頭従者長選ばれし眷属>も戦いやすくなるはずだ。


 そして、前線で俺のような魔獣に乗った不可解な存在が大暴れしたら否が応でも目立つ。

 だからこそ敵側に優秀な指揮官がいるならば〝何かしら〟動くと推察できる。


 右の怪物たちも『殺せ』、『殺せ』の大合唱。

 近付く俺たちを無視して、左と右の勢力同士で戦う怪物たちのほうが多いが――。


「――やってしまえぇぇ」

「邪族の新手だぁ」

「あの首は我が貰う――」


 右の四つ眼の凶悪な風貌を持つ怪物たちの言葉だ。


 左の三眼と四腕を持った怪物たちよりも速く――。

 その四眼の怪物たちが俺たちに迫る。

 怪物の四つの腕が握るのは黒光りした槍か――。

 槍衾が迫る。


 伸るか反るか――来るならこいっ。


「ぬぉらぁぁぁ――」


 ――気合い一閃。

 魔槍杖を右から左へ掬うように薙ぎ払った。

 神獣ロロディーヌに近付く怪物たちの体を斜めに分断。


「――魔族を倒しただと!? が! 見知らぬ奴だ! 殺せェェェ」

「糞魔族がぁぁぁ」


 叫ぶ左の怪物たちも右側と同じだ。

 この左側の敵を一気に狩る!

 そう意気込みながら――左手を真横へと翳す。

 小型の竜にも見える<鎖の因子>から<鎖>を射出――<鎖の因子>の刺青が光ったように直進する<鎖>は凄まじい速度で左の怪物たちに向かう。

 怪物たちへプレゼントだ。

 『――いらねぇ』と声が左側の敵さんから響いたような気がしたが、気のせいだろう。


 飛び掛かってきた怪物。

 その黒鉄鎧を<鎖>は簡単に貫く。


 そのまま鎧を破壊して死体の肉が摩擦で燃えるほどの速度で直進する<鎖>。

 疾風迅雷の速度で、背後の怪物たちの胴体と、その背後の怪物の足をも貫く。

 続いて背後の怪物の腰を砕き破壊し、更にその背後の笑う怪物の背骨を打ち抜くと、持ち上がりつつ次のアホ顔を浮かべていた怪物の頭部を貫いた<鎖>は鎧兜グリーブなど関係なく縦横無尽に怪物たちを貫きまくる――。

 そんな<鎖>のティアドロップの先端が龍の牙にも見えた――まさに龍が大地を喰らうが如く戦場ごと兵士を呑み込む勢いで突き進む。


 神獣ロロディーヌは<鎖>のタイミングに合わせて――迂回するように曲がる。

 敵を吹き飛ばしながら進む――。

 黒毛がふさふさの胴体に矢が当たり投げ槍が衝突。


 が、神獣のロロディーヌに効かない。

 黒毛は、すべての攻撃を弾く。


「ギャァァァァァ」

「ひぇぇ、俺の大事なモノがぁぁぁぁ」

「足がぁぁぁぁ」


 俺の<鎖>に貫かれた左の怪物たちの悲鳴があちこちで響く。

 その中で、特徴的な青白いズボンを履いた怪物が腹に大量の血がついているのを見て、


「なんじゃこりゃぁあ!!」


 必死な表情を浮かべて叫んでいた。


「死にたくねぇ……」


 何処かの刑事、もとい、俳優に見えたが、そこで息絶えた。

 <鎖>は自由自在に伸びていくが、神獣ロロディーヌは構わず戦場を駆けている。

 <鎖>が絡むと危険だ――。


 一旦<鎖>を消失させる。

 刹那、相棒のロロディーヌは跳躍しながら両前足を前方へと伸ばした。

 一対の両足が二体の怪物に向かう。


「フギャ」

「ゲフッ」


 正面から攻撃しようとしていた二体の怪物の頭が潰れた。

 ロロディーヌの両前脚の<刺突>?

 そんなイメージのような馬の脚と似た太い前足の裏で押し潰す蹴り攻撃は凶悪だ。

 相棒は、頭部が潰れた怪物を、後ろ脚の蹄で、踏みつけた。

 踏み台として利用し――前方斜め上に――跳び上がる。


 そのまま空を飛翔する黒馬と似たロロディーヌ。


「――今だ、かこめぇぇぇ」

「これ以上一騎で好きなように、やらせるなァァァ」


 右の怪物を率いる小隊長か?

 四眼の怪物が指示を飛ばす。

 一斉に、その指示を聞いた兵士たちが陣形を調えながら展開を始めた。


 その兵士たちの動きの質は高い。

 士気も高いことが窺える。

 殲滅戦術か。

 俺たちを槍衾で串刺しにするつもりらしい。


 ――お? 相棒が逸早く反応。

 神獣ロロディーヌは獅子のように隆起した胸元を膨らませる。


 俺が跨いで騎乗している場所以外から、針鼠のような黒触手を一瞬で生み出した。

 それらの黒触手は放射状に展開しつつ宙空で下に向け弧を描くとうなりを上げる速度で四眼の怪物たちを狙い襲う。

 黒触手の先端の肉から剥けた骨剣が四眼の怪物たちの体を捉え貫く。


 相棒の触手ミサイルは凄い。

 が、ここは戦場だ。

 どんな凄い攻撃で敵を倒そうとも――。

 敵の動きは止まらない。

 が、相棒もそうだ!

 群がってくる怪物兵士たちを押し潰すように神獣ロロディーヌが巨体を活かす。

 触手をしゅるると音を立てるように体に収斂させつつの、巨大な四肢で、それら怪物を踏みつぶしながら着地――。

 粉塵と血肉と骨と装備品が周囲に散弾銃の弾の如く散らばった。

 が、当然――その着地際の隙を突こうと群がってくる怪物は多い――。

 散弾銃の弾のような壊れた装備の破片を体に喰らいつつも近付いてきたタフな怪物目掛けて、魔槍杖を振るい、その怪物の首を跳ねるが――。


 次から次へと、倒しても、倒しても――後から後からと、怪物兵士は湧いてくる。


 俺は頭部を揺らして投げ槍を避けた。

 矢は魔槍杖で払う――。

 相棒にも矢と魔法弾と投げ槍が向かうが黒毛と触手で器用に弾く。

 俺は目の前の四眼の怪物を紅斧刃で両断――。

 続いて逆手に持った柄を出した石突の竜魔石で、四眼の怪物の胴体を突き吹き飛ばす――。

 飛来する矢が肩に刺さる。

 いてぇ、が――お返しに<鎖>を返す。

 ヘッドショットで射手をぶっ倒したが、その隣の怪物が、伸びた<鎖>の表面を刃で擦らせながら俺の首を薙ごうとする。

 鮫のような刃だ――背筋に寒気が走るほどの鋭いシャムシール系の斬撃だったが、左手に移した魔槍杖の紫の柄で、そのシャムシールの刃を弾きつつ、右手の掌で、魔槍杖の柄を押し出しての――真上に向かった紅斧刃の峰で、シャムシールを持った怪物の頭部を潰して豪快に倒した。


「ガゾルラが倒れた――」

「が、矢が刺さったままだ、倒せるぞ!」

「潰せぇぇぇ」


 ――まだまだ敵の数は多い。


 少し間が空いた。

 その間に、全身の筋肉を意識。

 右腕を背中へ回しつつ大腰筋が軋むように力を溜め込んだ。


 呂布の再臨を目指す!


 溜めた力と絶殺の意志を右腕の筋肉に乗せた魔槍杖を目一杯の力で振るった。

 <豪閃>を発動――。 

 ――空間を削ぎ落とす勢いの紅き流線紅斧刃が、四眼の怪物たちの首を捉える。

 呻き声さえ上げさせず一気に首を刈り取った。


 ハクレンの群れが川から大ジャンプを行うように怪物の首たちが宙に舞う。


 が、魔槍杖を振り切った、芸術染みたハクレンを想起した、その気が緩まったところを狙われる。

 複数の弓矢と魔法の火球――。

 氷と風の刃の群れが迫った――。

 ――<鎖>を使おうか。

 一瞬で蜷局を何重にも巻ける勢いで出まくった<鎖>を扇状の大盾へと変形させた。


 その大盾<鎖>で――。

 そのすべての遠距離攻撃を弾く。


「――今だ、守りに入った、今だぁぁぁ」

「うぉおおおおおお」


 守りに入った俺たちの背後を狙う三つ眼の怪物たち。

 相棒が反応した。

 神獣ロロディーヌは暴れ馬のように後脚を後方へ伸ばす。

 鋭い槍穂先のような二つの足先が、怪物の頭蓋を見事捉えた。


 怪物の頭部は西瓜でも爆発するかのようにドバッと爆散。

 頭部に足型の穴が空いた二体の怪物。

 錐揉み回転しながら他の怪物を巻き込み転がった。


 そのまま神獣ロロディーヌは血濡れた後脚の汚れを落とすように――。

 草原の地を強く蹴って戦場を駆ける。

 感覚を共有しておいてなんだが、凄い脚力だ……。

 そんなことを考えていると、顔を右横に傾けた馬獅子のロロディーヌが口を広げる。


『まさかぁ!?』


 俺の左目に棲む常闇の水精霊ヘルメの念話だ。

 驚きというか、怖がった印象。

 お前は大丈夫だろう?

 と、ツッコミ念話を行おうと思った瞬間――。

 ぶあっと熱い空気が――。

 相棒の紅蓮の息吹が前方へ吹かれた。

 が、紅蓮というかビーム? 広範囲に渡る大火炎ではなかった。


 前方の狭い範囲だけ。

 炎は収束しつつコントロールされている。

 前から迫った四つ眼の怪物たちの頭部を狙いうつ相棒の炎か。

 ヘッドショット――。

 あっちもヘッドショット。

 こっちもヘッドショット。

 ――すげぇ。ピンポイントで四つ眼の怪物たちの頭部を狙う。


 周囲の四つ目の怪物たちは頭部だけが燃焼。

 その圧倒的な光景は、奇妙な首狩り祭りにも見えた。


 何度でも思うが神獣ロロはすげぇ!

 が、そんな凄い火炎ヘッドショットを繰り出し続けているが――。

 まだ、左には三眼の怪物たちがいる。

 四つ眼の怪物たちとは違う。

 緑と青が混じった皮膚の怪物たちだ、四つ眼の怪物とは違う種族だろう。


 四つ眼の怪物兵士と三つ眼の怪物兵士は得物も別だ。

 しかし、俺たちに攻撃をしてくることは共通。

 手槍、弓、魔法、様々な武具と魔道具を用いて攻撃を仕掛けてくる。


 ――<鎖>の大盾を用いるだけではないことを示すか――。

 自らの騎乗体勢を崩す――。

 体を左右へ動かして飛び道具を避けた。


 体勢が崩れた俺を狙う三眼の怪物ども――。

 が、対処はできる。

 タイミングを見計らい――体勢を直す。

 右腕が握る魔槍杖を斜め後方に伸ばして、三眼の怪物の胸元を紅矛が貫く。

 続いて、すぐに引き抜いた怪物の肉が付着したままの紅斧刃で、隣の三眼の怪物の頭部を殴るように振るう――。


「ぐあ」

「げぇぇ」


 そして、あべしとなった三眼の怪物を確認しながら、魔槍杖を引き払いつつ――血肉を飛ばす。

 再び、近付いた三眼の怪物目掛けて――穂先が螺旋する<刺突>を何回も繰り出した。


 三眼の怪物の頭部を二体続けて貫いて倒した。

 血飛沫を吸収している最中――独特の雰囲気を持った魔獣騎兵が近付いてきた。


 顔には三眼だ。今倒している同じ種族と分かる。

 だが、目玉が飛び出したダルマか?

 獬豸かいち顔。


 ようするに狛犬顔を持つ怪物だ。

 凄まじい突進から青い槍穂先を伸ばしてきた。


 ――急遽、紅斧刃でその穂先を弾く。

 <鎖>を消しているから<鎖>で対応できるが、相手は槍使い――。

 と、魔槍の引きが素早い――。


 連続して鋭い突きが胸元に来た。


「ふぬ! やりおるわ!」


 ダルマ、もとい、三つ眼の狛犬顔が叫ぶ。

 槍を引く速度と突きを出す速度から、この狛犬顔の槍武術の技術が高いことを一瞬で把握。

 獬豸かいちだけに――強いってか?

 神獣ロロディーヌの速度についてくる、狛犬顔が騎乗する魔獣も普通ではないだろう。


 感心しつつ魔槍杖の中部で――。

 再び、俺の胸元を突いてきた蒼い穂先を防ぎつつ――。

 魔槍杖で円を描くように蒼い<刺突>だと思われる突きの連打を防ぐ。

 防ぐ――度に――紫の火花が散った。

 魔槍杖からの振動が、この相手の強さを意味していた。

 相手の蛇矛の蒼色の輝きが強まった。

 俺は反撃に紅矛を突き出したが――相手も姿勢を崩さず魔槍杖の穂先を弾いてきた。

 いつの間にか、俺と狛犬顔の一騎打ち状態に移行。


「この速度、魔界騎士の一人と見たっ――」

「違う――」


 紅の穂先と青の穂先が衝突――。

 互いの槍が持ち上がるように弾けた。


「違うだと? ――我は邪騎士デグ」


 デグか、槍を返しつつ石突を俺の頭部に当てようとしながら――名乗ってきた。

 風を孕む薙ぎ払いを、頭を屈めて避けながら、


「――俺は騎士じゃ、いや、自由騎士シュウヤだ!」


 咄嗟に浮かんだ某有名な騎士さんの言葉を借りながら――。

 デグの頸を薙ごうと、魔槍杖を右から左へ振るう。

 デグは俺の魔槍杖の動きを見ない。


「――自由騎士よ! これを喰らえェ」


 凄まじい突きだ。

 槍穂先が膨らみながら顔に迫った。

 間合いが急激に変わって驚く。


 魔闘術を全身に纏いつつ首を僅かに反らす。

 デグの凄まじい突きを避けることができた――が――。

 いてぇぇ、頬と耳がぁぁ。

 顔の半分が抉られるように、耳も削られた。


 ――痛すぎる!

 血飛沫が散った。

 片耳がなくなった。


 すげぇ、やるな。邪騎士デグッ――。


「ぬぉっ」


 邪騎士デグは渾身の槍突が避けられたことに動揺を示す。

 が、俺の突きを頭を屈めて避けていた。

 その際に、デグがかぶっていた渋い兜が飛んだ。


 俺の紅矛が、かすったのか。

 デグの額から血が流れている。


 俺は魔闘術で速度が増している。

 それは触手を首に張り付けた状態の相棒ロロディーヌにも伝わっていたが――。

 走るロロは触手を出して一騎撃ちに加勢はしなかった。


 よく分かっているらしい。

 俺の心が弾んでいるのを!


 直ぐに魔槍杖を引く。

 <刺突>から普通の突きだ。

 魔闘術を纏わない<刺突>の微妙に緩急をつけた突きの連打を繰り出していく。


「な、なんだっ――」


 魔槍杖の紅矛は別の生きモノのように微妙に速度が変わる。

 槍の妙を見た邪騎士デグは慌てたような言葉を漏らす。

 紅矛に、対応できずに、切り傷が増えていく。


 馬獅子のようなロロディーヌが速度を落とした瞬間。


 魔槍杖の軌道を急激に変えた。

 下から物を掬うように扱う。

 邪騎士デグの魔槍の銀の金属の柄を、握る持ち手を狙う。


 ――握る手に竜魔石をぶち当てた。


「げぇ」


 邪騎士デグはそれでも手を離さない。

 が、体勢を仰け反るように大きく上向かせた。

 デグは強いが、


「実は自由騎士じゃない――」


 と、発言しながら――。

 魔槍杖を引き脇を締めつつ邪界の世界を突くように<闇穿・魔壊槍>を発動させた。

 最高速度の<闇穿>が邪騎士デグの胸元を掠る――。


「ぬあ――」


 一筋の血飛沫が迸る。

 邪騎士デグは、紙一重で、俺の最高速度の<闇穿>を避けた。

 確実に凄腕――。

 しかし、やや遅れて登場した壊槍グラドパルスは避けることができない。

 螺旋回転する壊槍グラドパルス――。

 ダルマ顔の邪騎士デグの上半身は巨大な質量に巻き込まれるように消えていた。

 魔槍杖の<闇穿>を追い越す勢いで突き抜ける壊槍グラドパルス。

 邪界の次元に穴を空けるように消えていく。


 魔獣に跨がっていた邪騎士デグは下半身のみ。

 しかも、巨大Gドリルが通過したあとのように……。

 擦り切れて、歪な曲線のような傷口だ。


 その傷口から、歪な火口から爆発したような血が四方八方へ迸っていた。

 邪騎士デグだった肉塊は事切れた人形のように地面に落ちていた。


 刹那、戦場が切り裂かれたように怪物たちが左右へ退く。


 もしや、今倒した奴……。

 顔的に三国志演戯だと関羽に斬られた、文醜、的な武将キャラだったのか?

 正史だと荀攸の計略により一兵士に討たれて死んだらしいが。


 神獣ロロディーヌを中心に、草原に巨大な亀裂が走ったかのよう。


 俯瞰の映像で見たら壮観だったろう。


 そして、その瞬間『人中の呂布、馬中の赤兎せきとあり』

 と、『曹瞞伝』の有名な言葉を想起した。


 相棒はそんな赤兎馬を連想させるかのように周囲を窺った。

 荒い息で「ガルルルゥ」と口から炎が溢れている。

 そして、鬣のような黒毛が揺れに揺れているから、闇の炎が頭部に宿っているように、怪物たちには見えているかもしれない。


 そんな神獣ロロディーヌは、ゆっくりと歩を進めていたが、足を止める。

 俺たちがいる位置は戦場の中央だろうか。


 そんな俺と馬獅子ロロディーヌに怪物兵士たちから一手に視線が集まる。


 どうやら、相手側は優秀な指揮官だったらしい。


 賭けには成功したようだ。

 反った場合には……第三関門の<始まりの夕闇ビギニング・ダスク>から始まる血鎖で、更に大量の怪物たちを一挙に屠ろうと思っていたが。


「……ロロ、少し休憩」


 左手で血を浴びた黒毛を摩り、ついでに、その血を吸い取る。

 一部分だけだが、相棒を綺麗にしてあげた。


「にゃあ~」


 『ありがとニャ~』と鳴いているのかもしれない。


 そして、周りは静かになった。

 戦場だが……。

 凄まじい戦場を駆けた鬼子母神たる光景から、突然の微笑ましい光景に変わったからか?


 周囲の退いていた怪物たちの動きは、完全に止まっていた。


「……なんだァ、あいつは」

「邪界騎士デグ様を一騎で討ち取る相手だ……かなりの強者だ」

「敵だとしたら魔界騎士の亜種か? 狂眼、四眼でも、ないようだが……」

「あんなの見たことねぇ」

「神界の手の者か?」

「神界の者なら金環があるはずだ。下の黒い獣に……動かしているのは人族のようだが、あの黒獣はシャドウ様の獣かもしれん」

「邪神シャドウ様に連なる獣だとしたら……あの人族はシャドウ様から祝福を受けた使徒様、騎士様の可能性もある」

「だとしたらやばいぞ、一部の小隊、邪界騎士が彼を攻撃していた……全て、返り討ちにあっているが……」


 左辺に居た頭部に三眼を持つ怪物たちは委縮したような顔付きを浮かべて、話し合っている。

 右側に群れている頭部に四眼を持つ怪物たちも大声で話していた。


「シャドウの配下か?」

「だが、あんな黒い獣に騎乗している人族の姿なぞ、一度も見たことがない」

「邪神の配下なら敵だが、我らの同胞を屠りながらも、邪族の仲間も同時に倒していたのはなぜだ?」

「両方を殺すのは神界。神界に連なる戦士かもしれない」


 ブーさんのことか。


「頭に環がないが? それに、あやつらは影王の城辺りで戦争をしているはず……」

「孤高の神界に連なる者なのか? 解らない」

「あ、信じられん、見ろ、【邪神ノ丘】辺りで、違う人族たちが暴れている――」

「――本当だっ、人族だ」

地上セラに住まう人族だァァァ」

「だから、俺たちだけでなく邪族たちにも攻撃していたのか!」


 彼らは丘下で戦っている選ばれし眷属たちへ視線を移していた。


「ふはははっ、こんな邪界の地に人族とはなっ!」

「数千年ぶりか? 真新しい新鮮な人肉、魔素! 魂! 餌、餌だ」

「ギャハハハハ、餌の人族がキタゾォォォ」

「贄だ、餌だ、我が貰い受ける!」


 他の四眼を持つ魑魅魍魎と言える怪物たちが叫び出す。

 そんな叫ぶ怪物たちの中から、ぬっと、リーダー格と思われる大きい馬型魔獣に乗った頭にフードをかぶった怪物が現れた。


「――静まれ、静まれいっ! 轟毒騎王ラゼン様が“退け”と、正式なご命令を発令なされた」


 ラゼンという名が司令官の名なのか。


「なんと、撤退!?」

「ラゼン様がっ」

「珍しい……人族も珍しいが、もしかしたら後方でヴァクリゼ族の“狂眼”、シクルゼ族の“四眼”、デクルゼ族の“炎眼”たちが暴れているかもしれない」

「気狂いたちか……あり得るな。ここはラゼン様のご指示通り、退こう」

「旨そうな肉、魂だが……仕方あるまい。残念だが、退くぞ――」

「ひけ、ひけい」


 そのタイミングで、三眼の怪物側からも形の違う馬型魔獣に乗った怪物が現れる。

 全身が影のような揺らめきを持ったローブを羽織った怪物。

 ローブから少し顔を覗かせているが、顔がない?

 闇の一色という、のっぺらぼう的で不気味な怪物だった。


「……影鷲王スレイド様が退けと指示を出された。未知の者には手を出すなと。もう既に邪界導師キレ様も退いている」

「了解した。ならば我らも退くぞ」

「退いた魔界の糞共を追撃したいが……」


 三眼の怪物たちも愚痴を言いながら退いていく。


 結局、戦う相手が居なくなった。

 草原には無数の怪物たちの死骸が無残に転がっているのみ……。


 戻るか。

 馬獅子型黒猫ロロディーヌの首を左へ傾け反転。

 そのまま丘下の仲間のもとへ駆けていく。


「――シュウヤっ、ロロちゃんも、凄かったけど急すぎるわよ」


 全身に蒼炎を灯しているレベッカを先頭に、皆が駆け寄ってきた。


 レベッカはぶつぶつ文句を言いながらも、白魚のような手で、馬か獅子っぽいロロディーヌの喉の下を撫でていた。

 神獣ロロの漆黒の毛には返り血が付着している。

 が、レベッカは気にしていない。

 むしろルシヴァルらしく手についた返り血を舐めていた。


 そのレベッカの指の動きはエロいが、意識してやっていたらエロい天才だ。

 レベッカは嫌な顔をしなかった。

 血の味は普通らしい。


 そのレベッカに対して『確かに、急だったからな』と思いながら、


「……悪いな。完全な人同士の争いだったら空を飛んで回避したかもしれないが。未知の相手ならば、どんな攻撃があるのか、俺が最初に受ければ、お前たちも対処が楽になると思ったのもある」

「ん、でも、軍は遠くに退いたようだから、成功?」


 エヴァも神獣ロロの黒毛の毛並みを確かめるように胴体を撫で撫でしながら話していた。

 同じく、掌についた血を舐めている。


「成功ね――凄まじいの一言だけど」


 ユイは血塗れた特殊刀を払ってから肩にかけて、語る。

 そのままエヴァの魔導車椅子に体重をかけるように寄りかかっていた。


「マイロードの一騎掛け、痺れましたぞ。無双なるご活躍でした」

「同意いたします。ご主人様は偉大なる雄の頂点……」


 カルードとヴィーネは片膝を草原の地につけ、頭を下げながら語っていた。


『カルードとヴィーネの言う通り……閣下の御業は日増しに強まり、邪族の兵も魔族の兵も平伏する事でしょう』


 高揚したヘルメの念話は無視。


「という事で、初戦は大勝利? あ、マスター、向こうから何かが走ってくる」


 簡易ゴーレムの背後にいたミスティが手を伸ばしながら指摘した。


「本当だ、さっき命令を出していた奴かも」


『閣下、左目から出て対処しますか?』

『いや、見ておけ。さっきと同様に、向こうから攻撃してきた場合でいい』

『はい』


「シュウヤ、どうするの?」

「攻撃してきたらやり返せ。ハチの巣にしてあげていい。友好的だったら笑顔で対応」

「ん、了解」

「分かった」


 <筆頭従者長>たちは武器を構え持つ。


 遠くから駆けてきた兜をかぶる四眼の怪物が乗っていた大型魔獣が独特の鳴き声を発生させて動きを止めた。


「――そこの黒き魔獣に乗った御仁、我らが主、轟毒騎王ラゼン様がお呼びでございます」


 四眼の怪物が、斜視気味な四つの瞳を中央に集めながら話している。


「お呼び? ついて来いというのか?」

「はい、名誉な事ですぞ」

「いやだな、問答無用で襲い掛かってきたし、何様だろうと行くつもりはない。会いたいならそっちから来い」


 怪物は俺の文言に驚いたらしい。

 特徴的な四つの眼球にある緑の虹彩を散大させる。


「……ぶ、無礼なっ、ふん――」


 鼻息荒らした捨て台詞か。

 大型魔獣の首を返してから翻し走り去っていく。


「シュウヤ、あの怪物と話せることが驚きなんだけど、いったい、何を話したの?」


 レベッカが蒼い瞳を向けてくる。


「あぁ、四眼の勢力側の親玉から誘いだ。轟毒騎王ラゼンという方が俺に会いたいらしい。その誘いは断った」

「ん、それじゃ、その頭に四つの眼の怪物種族たちと戦う?」


 エヴァが質問してくる。


「分からない。三眼も四眼の怪物勢力の思惑なんて知らないし、基本は無視だ。彼らが邪魔するなら、その都度、返り討ちにすればいい」

「ん、分かった。頑張る」


 エヴァは紫の魔力を纏うと魔導車椅子を宙に浮かせては、上昇していく。

 ゆっくりと回って周囲を観察していた。


 偵察か。


「エヴァ、高い……」


 レベッカは頭上を偵察しているエヴァの様子を窺う。


「罠の可能性もあるけど、シュウヤの戦場の活躍振りを見たら誘いも分かる」

「娘の意見ながら、その通りでございます。両軍に打撃を与えた未知の者のマイロードへ対し、勧誘の使者を素直に寄越す判断ができる豪の者。それが轟毒騎王ラゼンと推測。優秀そうですな」

「三眼の勢力側からの誘いは来ないようだが」

「使者を寄越した勢力の指揮官。ラゼンは柔軟な思考を持っていそうですね」


 三つの眼のほうは、強者の邪騎士デグを討ったからな……。

 誘いに来る訳がないか。


「……ラゼンか。ま、俺たちは魔宝地図が目当てだ。このまま平和になった草原地帯を進もうか。エヴァ、下りて来い――」

「――ん」


 エヴァは降下してくる。


「何か見えたか?」

「うん。遠くの右斜め上に黒い城。右に山と森に集落らしき建物群があった。左は窪んだ地形が多くて、草原と森に山……そこにはモンスター? 異形なモノが地上にも空にも沢山いた」

「ここは物凄く広いエリアなんだな……」


 もしかして一つの大陸ぐらいはあるのか?

 邪界ヘルローネという次元界か。


「ん、驚くべき広さ……」


 エヴァは紫の瞳を揺らしながら頷く。


「でも、行き先は一つ。魔宝地図の示す地点の左に向かう」

「にゃおおぉん」


 神獣ロロディーヌが、頭部を上向かせて鳴いている。

 エヴァは相棒の猫系の大きな鳴き声を聞いて微笑んだ。

 そのエヴァは魔導車椅子に座った状態で相棒の真似をするようなポーズを取りつつ――。


「ん、ロロちゃんが行こうーって話してる!」


 はは、背筋が張った体勢だったが、可愛いエヴァだ。そのままエヴァは魔導車椅子を操作して、前進を開始。


「もう、可愛いんだから! エヴァ、ロロちゃんに気を取られずに、ちゃんと前を見てよ?」


 レベッカはエヴァに注意しながらも微笑む。


「行きましょう。でも、ここのモンスターの生態が気になるわ」


 ミスティは手元にあるスケッチブックに何かを書いている。すると、ユイが、そのミスティのさり気無いスケッチを行う所作を見て、


「……ミスティは本当に字を書くのが速いわね」


 と、感心していた。たしかに、ミスティの書く速度は異常だ。

 スキル的な腕の動きだからな。


「魔宝地図の旅ですな」


 カルードも渋い表情で答えてから魔剣の鞘を持ち上げつつ……。

 その魔剣の具合を調べてから刃文を確認するように魔剣に魔力を通すと頷く。

 魔剣をさっと振るってから軽快に歩き出す。


「我らが先頭に立ちまする――」

「行くぞ、アドモス――」


 沸騎士たちが嬉しそうに大声を上げつつ前進。

 骨と骨が擦れ衝突する、沸騎士らしい足音を立てながら――。

 小走りに俺たちを抜いて先頭に立った。

 彼らの胸甲と脇の溝から蒸気的な魔の煙が濛濛と立ち昇った。

 あの蒸気の動きは面白い……まさに、エヴァで言うところの『ぼあぼあ』だ。

 煙は心象に左右されているのか? 

 沸騎士たちの行動について分析しつつ神獣ロロディーヌの横の腹を足で叩く。

 相棒は頷くように頭部を持ち上げた。

 黒王号か絶影のような――。

 いや、赤兎馬を彷彿させるように圧倒的な存在感を放ちつつ……。

 ゆっくりと、進む。

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