百九十四話 幕間ミスティ
マスターの屋敷に住むことになったわたしは離れの鍛冶部屋を自分好みの工房部屋に模様替え。
わたしを家族に、選ばれし眷属<筆頭従者長>の血族に迎えてくれた偉大なマスター……。
の、シュウヤと一緒に住めるのは凄く嬉しい。
そして、迷宮と講師の仕事の合間に、そのマスターに内緒でエヴァの魔導車椅子の改造に着手。
レベッカも見学中。
「炎が黄色い魔道具らしき燭台は綺麗ね……だんだんと工房らしい部屋に変化しているけど、少し散らかりすぎじゃない?」
「ん、この散らかり具合が重要?」
「それもそっか。あ、見たことのない道具が多い。羊皮紙を巻く魔道具とか、これは、緑と黒の金属が融合している腕輪? 大きさ的に
レベッカとエヴァが部屋を観察しながら話す。
「そう、エヴァからもらった金属を付け加えて少し、今は腕の部品だけだけど改良中なの。迷宮産の他の未知なる金属が増えれば、もっと色々なことができるかもしれない」
「へぇ、金属同士が絡み合ってトゲトゲみたいなのもある。まったく、凄いとしか理解できないわ……さすがは講師の仕事をこなし、冒険者でもあり、金属の専門家のミスティね。シュウヤが気に入るのも分かるわ」
「ありがとう、レベッカ。わたしなりにマスターを喜ばせてみせる!」
わたしは力強く宣言。
レベッカは、それを聞くと、少し動揺を示す。
「……そ、そうねー、が、頑張っているとは思うわ。けど……わたしだってがんばるんだからっ!」
「ん、レベッカ、興奮しない」
「あ、うん、ごめん」
この子、面白い子ね……今、また蒼炎が目に宿っていた。
すぐにメモ用紙に書いていく。
□■□■
レポート・レベッカにおける簡易考察。
皆とえっちなことをしている時に、彼女からハイエルフのことを聞いた。
綺麗な蒼い目に時々蒼炎が灯る。
本人が意識せずとも気持ちと連動して内部からハイエルフの力が意思を示すようにも、見て取れるけど。
実際に蒼炎を操っていると思うし、そのハイエルフの力を使いこなしていると推測はできる。
やはり、エクストラスキル系に近いのかしら。
火炎魔法が得意なのにも影響を与えていると分析できる。
低ランク言語魔法が上級以上の魔法の威力となるのは、彼女特有の力のお陰ね。
□■□■
「ちょっと、わたしの顔を見ながら、凄い勢いで文字を書いているけど、エヴァのことを研究するんじゃ?」
「あ、ごめん」
「ん、でも、その手の動きはミスティの特殊スキル? 凄い形相を浮かべて走り書きしてた」
あぅ、少し恥ずかしい。
書いている時、あまり他を意識しないからね……。
「ううん、ただの走り書き。それじゃ、エヴァの魔導車椅子の実験を開始するわ」
その実験中に、羊皮紙へ走り書きしながら、片手で無意識に握っていた金属を操作していた。
「ん、ミスティ、その金属のマークは何?」
「本当、額の印と似ている?」
レベッカが指摘したように、金属は自然とわたしの額にある紋章と同じ形に変化を遂げていた。
<
「……あぁ、気にしないで、時々、こうなるの」
糞、糞、糞ッ、また、知らず知らずのうちに。
「ん、分かった」
エヴァは微笑を浮かべてうなずく。
でも、もしかして、あの夢と繋がっているのかしら……。そのタイミングで過去を思い出していく。
◇◇◇◇
物心ついた頃から、金属の研究ばかりしていた。
兄の影響も少なからずあったと思うけど、でも、本当は違う。
それは、幼い時から、毎回、毎回、必ず見る夢。金属に囲まれた不思議な都市。
その都市では
この不思議な夢の内容は誰にも話していない。
マスターにも。偉大なる宗主であるシュウヤになら話してもいいけど、余りにも突拍子もない夢だし、環境というか、古代都市?
だけど、人工的な魔道具にしては異常に明るい都市だった。
それでいて、空も異常に暗い。
すべてが違うから頭がオカシイと思われたくないのもある。
だから話していない。
あの都市で生活している
忠実に動くというより意識があって動いているようにも感じられた。
幼い時にその
自分の
なにより、あんな物を作れる気がしなかった……。
夢なのに、わたしが望んでいるものと違う。
分からない……糞、糞、糞ッ。といつも子供ながらに思っていた。
この不思議な夢の内容は、父様や母様にも、もちろん、兄にも言えなかった。それなりに理由もある。
古代金属都市の夢を見る度に、不思議と金属の扱いが上手くなっていったからだ……夢のおかげとはいえないので、内緒にしながら日々研究を重ねた。
そして、八歳を超えた時、ついに<
これには父と母から凄く褒められた。基礎的な魔力操作から魔鋼技術の扱いが大人の域を有に超えていたからだ。
「ミスティ、さすがは我が子だ。基礎技術から全てが一流だ」
「魔金細工師である兄のゾルに、負けず劣らずの我らギュスターブ家の誇りですね」
「うむ。
両親が微笑むのを見て、嬉しかった。
でも、わたしには、<
しかし、九歳を超えた辺りだろうか、そんな夢は急激な展開を迎える。
わたしは全身に汗をかいていた。
自然と、口癖の糞という父さまと母さまに注意されても直らなかった汚い言葉を連発していく。
そして、胸の動悸を手で押さえるように、ベッドから起き上がる。
急いで、窓と部屋の扉を開けた。
外の空気を吸いたかった。
「――お嬢様、おはようございます」
「おはよう」
わたしは使用人たちに気のない返事をしながら外を見ていく。
手前に居るこの使用人の名はチャベス。わたし付きの専属使用人だ。
「お顔が優れませんな。それに、額にあるギュスターブ家の偉大なる紋章も不思議と輝いていますが……」
光っているのは知らなかった。
夢と関係があるのかしら?
「……そう。気にしないで」
「はい、お嬢様、お顔を洗いますか?」
「うん、お願いするわ」
チャベスが他の使用人たちを呼び寄せる。
彼女たちが用意してくれた簡易容器と生活魔法で顔を洗っていく。
「御着替えを用意します」
「いらない。全員、部屋の外へ出てくれる? 勉強もしたいし」
「分かりました」
こんな調子でチャベスたちとも距離を取っていた。
当然、ヘカトレイルの貴族学校にもあまり通っていない。
最低限の魔力操作を扱う授業しか受けていなかった。家で金属の研究をしている方が勉強になるし。
引きこもって研究ばかりしていると、父と母から心配された。
でも、ゾル兄さんは自分の指輪作りの研究で、わたしには関心を示さず、触れようともしなかった。
そんな生活を続けて齢十五を超えた時、ギュスターブ家にある黒命炉厰を使い魔力を消費して、金属が跳ねて蚯蚓腫れを起こしながらも自分なりの
その中で、一番のお気に入りができたので、その名をトットに決めた。
「素晴らしい
「さすがはお嬢様っ」
「ただの<
「工房で働く我らも鼻が高い」
魔金細工師、魔鋼技師、魔甲人形師、様々な職人たちから称賛の声を受ける。
わたしは素直に称賛を受け取り、トットを使い、新しい金属と融合させる実験を繰り返す楽しい日々が続いた。
そして、指輪と結婚するつもりだと思っていた兄が女の人と結婚。これには衝撃を受けた。
あれほど指輪作りに熱中していた兄に女がいたとは……知らなかった。
シータさんという美人な女性だ。
ハイム川とかでデートしていたらしい。
糞、糞、糞っ、爆発しろ兄貴っ。
わたしも将来、男ができるかな? でも、金属弄りのが楽しいからね……ふん、糞、糞、糞。
新しい家族ができても、研究に打ち込んだ。
父と母がそんな研究ばかりなわたしに男ができないのを心配したのか、お見合い話を持ち掛けてきたりして、二年が過ぎた頃。
研究をしていると、兄のお嫁さんが病気で倒れたと知らせを聞く。
そして、数日後……亡くなったと知らせを受けた。
兄の顔は絶望に染まっていた……。
あまり話したことがない兄だったけど、可哀想に思えた。
だが、それ以来……兄は頭がおかしくなる。
奥さんの葬式を行おうとはせず、奥さんの亡骸を魔金細工に使う密閉容器に仕舞い、訳のわからない研究を始めてしまったのだ。
父と母は勿論、ゾル兄さんを強く責めた。
兄は知らぬ存ぜぬで、次第に家族でさえ敵視するようになる。
更に、ギュスターブ家の古代から伝わる文献を読み漁り、次第に見知らぬ連中と付き合うようになった。
ついには大事件を起こす。
魔法ギルドのメンバーを虐殺してしまったのだ。
貴族の末裔たちを殺した兄、ゾル・ギュスターブは、直ぐに衛兵隊に捕まるかと思われたが、それすらも寄せ付けず……兄は近寄る者たち全てを殺し実験に利用し、ヘカトレイルから逃走した。わたしたちに絶望というモノを残して……。
父は呪われた糞兄を追放処分とする。
だが、そんなことで許されるわけもなく……ギュスターブ家はヘカトレイルを支配する糞侯爵家により、即座に取り潰された。
家財道具一切を、金も全て侯爵家に連なる貴族共に取られた。
全てを奪われた父と母は、糞ヘカトレイルを追放され、彷徨う森の中で失意のうちに亡くなった……。
わたしはお気に入りの
……糞、糞、糞兄ぃぃ、ふざけるな、糞、糞、糞、ヘカトレイルの奴らも憎い。
わたしたちは何もしてないのに、塵を、屑を、軽蔑する、犯罪者に対する目を向けてきた。
家で働いていた職人たちでさえそうだ。
チャベスまで……。わたしを褒めていた職人たちも、全員が逃げていく。
糞兄のせいだ。この世の全てが憎く感じた。
この世界は悪が満ちているんだ……と身に染みる。
当時のわたしは死を望んでいたんだと思う。
盗賊団でいくつか仕事をこなしている時に、シュウヤと出会うことになる。
でも、彼が、どうしようもない屑なわたしを救ってくれた。
まだ、別れの言葉が耳の底でこだまする。
身も心も洗われた出会い……恩人という言葉では到底表せない気持ちだけど、彼、マスターに会わなければ……わたしは……。
◇◇◇◇
「ん、ミスティ、涙?」
「あ……ううん、金属の紋章を見てたら、昔を思い出しちゃってね……ところで、レベッカは?」
「中庭にいるバルミントのとこにいった」
「そう……」
レベッカは興味がないことには飽きやすいタイプのようだ。
視線をレベッカが出ていった工房の出入り口へ向けると、
「昔、盗賊団だったと聞いた」
エヴァがストレートに聞いてきた。
「……うん、わたし人殺しなのよ……」
エヴァの純粋な顔を見られずに逸らしながら小声で語る。
「ん、ミスティ、遠慮することない。わたしもそう。この都市にきた頃、仲間だと思ってた冒険者に襲われて、逆に殺したり、半殺しにしたりした」
エヴァは至極当然という顔だ。
紫の瞳は強い。微笑が美しいけど、死神を連想してしまった。
「……それは当然よ。でも、わたしの場合は許されないわ、隊商、冒険者たち、無実の人々を襲っていた盗賊団に雇われていたんだから」
「違う、許される。わたしは分かる。ミスティが心から反省して、シュウヤに感謝して、シュウヤへの好きな気持ちも尊敬の気持ちも、分かる」
彼女はわたしを慰めてくれた。
なんて優しい女性なんだろう。
シュウヤが彼女を気にいる理由がよく分かるわ……。
きっと、皆が癒やされているのね、レベッカもエヴァと仲がいいみたいだし。
「ありがとう、エヴァ。この魔導車椅子、今のうちに進化させましょう」
「ん、頑張って、ミスティ」
わたしは頷いて作業を開始した。
「エヴァ、魔力をここにそそいでくれる?」
「ん、分かった」
なるほど、エヴァの魔力と融合しているのね。
凄く高度な技術と未知の魔法技術が使われているのは確か。
魔導車椅子のコアの構造を分解せずに、改良するとして……。
このアルマリギットの素材を取り出して、エヴァの魔力を再度注入しながら、
「これ、コアからつながる霊鋼を軸にグドラ樹、金剛樹、エヴァの魔力も備わっているのね」
「ん、そう、わたしの血肉も使われている。ドワーフ一家が作り上げた。でも、ミスティは凄い。鑑定ではないのに素材を見抜いた」
「ふふ、ありがと。でも、そうなると……完全な分解は難しいわ」
この魔導車椅子の仕組みを作りあげたドワーフ一家は凄い。
たとえ、魔力複合炉と新しい素材があっても、わたし一人では、完全再現は難しい。
「……できる範囲でいい」
エヴァが険しいわたしの顔色を見て、遠慮がちに話してきた。
「了解。今、できる範囲で改良をしちゃいましょう」
そんな改良をしながら講師の仕事もこなした。
最近では仲良くなった同僚のリーンさんとの交流も深まり、「先生らしくなってきましたね」と褒められた。
そして、ある日仕事から帰ると、中庭で訓練をしているシュウヤの姿があった。手には黄色い槍が握られている。
何かの演武なのかしら、虚空を裂くような突きから掌の中で筆をくるりと回すように黄色い槍を回転させると、その槍を足で蹴りあげて、その蹴った槍を追い掛けるように自身も空中高くで二段蹴りを行った。
その空中で、左手から魔剣を召喚し、剣で空を薙ぐように左回転。
空中を回転しながら蹴った槍を右手に掴んだ瞬間、左手の魔剣を消していた。
そして、宙に足場でも作ったような軌道で、更に空中へ飛ぶと、そのまま<鎖>を斜め下へ地面を刺すように射出。だが、鎖を途中で止めていた。
何をするんだろうと思ったら、器用にも、その石畳へ伸びていた鎖の上を走り出す。
シュウヤは駆け下りながら刃先が黄色い槍で、空を突き、空を薙ぎながら石畳の上に降り立つと、薙いだ軌道を維持した槍で円を描いてから動きを止めていた。
凄い動き……槍の申し子、いや、神槍よ、カッコ良すぎる……。
あ、いけない。見惚れてないで、書いておかなきゃ。
いつものようにシュウヤの力について書いていく。
槍が凄い、あの筋肉はどこから来ているの?
鎖はなんで伸びているの?
光魔ルシヴァルの宗主様だから?
血が欲しいけど、飲ませてくれるかな?
血……シュウヤ、マスターに言ったらきっと了承してくれる。
優しいとこが大好き。
でも、えっちは皆と合同だけど、個人ではしてくれてない……糞、糞、糞ッ。
少し愚痴が大きくなったので……そこで走り書きを終わらせた。
そんなシュウヤから視線を外して、
「にゃああ」
「きゅきゅきゅ~」
可愛い声の主たちへ視線を向けた。
あ、黒豹の姿へ変身していた。
……母親のおっぱいタイムなのかな。
と、思ったけど、違った……。
ブシャッと音が聞こえてくるような勢いで、大きな木へオシッコをかけている
何とも言えない野性味あふれる顔を浮かべて、お尻を震わせている。
あ、バルミントも真似しているし……。
このまま
少し心配。そのまま
あ、なるほど、
全く違うかもしれないけど。
「……よ、ミスティ、お仕事お疲れさん」
そんな微笑ましい? 光景を見ていると、マスターが話しかけてきた。
「うん、ただいま、訓練は独りだけだったの? 皆は?」
「あぁ、ヘルメは壊れた千年植物を持ち混乱しながら、どっかいったな。ユイとカルードは闇ギルドの仕事だ。エヴァとレベッカは買い物、美味しいもの巡りではなく新品の予備の革鎧を買うと言っていた」
でも、いつも側にいるヴィーネが居ない?
「……想像できるわ、でもヴィーネは?」
「ヴィーネは市場調査&探偵助手の仕事だ。レベッカが働く紅茶店の解放市場にて、スリ集団が活発になり、多数の十代女性に限定された行方不明者が出ているという情報をレベッカから聞いていた。女を誘拐だと? 俺はそう興味を持った。そしたらヴィーネが〝ご主人様、わたしが直接調べて参ります。ご主人様は報告を待っていてください〟というから、たまには任せてみようかと。だから、彼女に任せた。スリ集団を含めて事件の背後を洗うらしい。ヴィーネは独特の笑みを浮かべていたから楽しんでくるだろう」
へぇ、女のことに自ら突っ込まないなんて珍しい……。
ま、内実は槍の訓練をしたかったのだろうけど。
あ、皆がいないなら……マスター、シュウヤを独占できる!
と、浅ましい考えを思い浮かべると、
「ミスティ、お前の血魔力を覚醒させてなかったろ、今やっちゃおうか」
「あ、うん」
「衣服は薄着で」
シュウヤの視線が少しヤラシクなったけど、わたしを女として見てくれるのは凄く嬉しい。
「了解、着替えてくる」
着替え終わり一緒に本館にいくと、マスターはメイドたちへ二階に来るなと厳命。
廊下の先にある樹の板の感触がいい螺旋階段を上って、板の間の暖炉があるところを通り、ベランダに出てから陶器の桶がある場所へ向かった。
処女刃という腕輪を渡してくると、マスターは気まずそうな顔を浮かべて、色々と説明してくれた。
「血の感覚か、痛いのを我慢しないとだめなのね」
「そそ、ま、我慢してくれ」
「うん、頑張る」
そうして、暫く痛い思いを味わいながら時間をかけて血を放出し続ける。
感覚を掴んだ瞬間、
スキルとして<血道第一・開門>を得た。
続けて、戦闘職業が<血鋼人形師>へクラスアップ!
ゴーレム操作の新しいスキルは得られなかったけど、戦闘職業が変わった。
これが血の操作なのね……足がすこしムズムズするけど、意外に簡単……。
「お、成功したか、ちゃんと溜まった血を吸い取っているな」
「うんっ」
その後は、二人だけだから期待したけど、軽いキス程度で終わってしまった。
バルミントと
もうっ、糞、糞、糞っ、可愛いんだから!
いつかシュウヤに、夢のことも話して……個人的に……。
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