百九十三話 Bランク試験と盲目少女
欅が風にかさかさ身を震わすような天気の最中――。
ヘルメを左目に宿し
ヴィーネ、ユイ、カルードも一緒に冒険者ギルドにきた。
――受付でBランク昇進試験を申請。
因みにエヴァとレベッカは別行動だ。
彼女たちは、新しい店にウィンドウショッピング。
ミスティは学校行事もあって忙しい。
今度、魔法学院ロンベルジュに来て欲しいとか言っていたが……。
見に行くのもいいかもしれない。
そう考えていると、受付嬢が帰ってきた。
「お待たせしました。申請は完了です。冒険者カードは一旦ここで預かります。では、ついてきてください」
ギルドの奥からなだらかな坂道を下る。
ついた地下には、宏壮な作りのオクタゴンの闘技場があった。
金網はないが、オクタゴンの床は石畳。
その闘技場で、冒険者たちが、木刀、木槍を持ち、軽い身なりで戦っている。
総合格闘技の試合を思い出す。
同時に東京ドームの地下で行われた格闘技大会も想起した。
この世界にも、核兵器よりも怖いとされる……。
背中に鬼の顔を持つ最強の人物もいたりするのだろうか。
「……地下にこんな場所が」
「はい、ご主人様は知らなかったのですね」
ヴィーネは知っていたか。
「うん、知らなかった」
「わたしも初めて」
「当然、わたしもです、マイロード」
ユイとカルードは冒険者登録したばっかりだからな。
受付嬢は複数の冒険者が集まっている一つのオクタゴンの側まで案内してくれた。
「ここで、もうすぐ試験が行われます。試験官の指示に従い、頑張ってください」
「はい、案内ありがとう」
綺麗な受付嬢とはそこで別れる。と、ごつい声が響いてきた。
「これからBランク昇進試験を行うっ! Cランクの小童どもっ、ここにいる試験官たちと五度戦い、勝ち抜けした奴が昇進決定だ」
頭が禿げた筋肉質の男性の野太い声だ。
『筋肉が動いています』
ヘルメが禿げの筋肉を分析。
魔力がどうとか言わず、筋肉だけを指摘してきた。
「おう」
「準備はいいぜ」
「勝ち抜いてやる」
「五回勝てばいいのねっ」
冒険者たちはそれぞれにやる気に満ちた言葉を出していた。
そこに別の試験官の一人が口を開く。
「近接、遠距離、魔法、得意な物は様々でしょうが、試験で装備して頂く武器は木剣、木槍、木杖、弓と鏃のない矢となります。身なりは軽装のみ、魔法は殺傷沙汰にならないよう、魔法を使うなら使うと予め述べること、遠距離型専門は隣の会場で別の試験を行いますので、移動をしてください。では、試験を開始します」
近接でいいだろう。
試験を受ける冒険者たちは木剣、木槍を持ち、弓使い、魔法使いたちは地続きの別の会場へ向かう。
俺も木槍を持ち、冒険者たちに続いた。
「どいつから、俺に挑戦する?」
禿げた筋骨隆々な試験官が木剣を肩に担ぎながら、挑戦者たちへ言葉を投げかけている。
「最初はわたしがいこう」
騎士系と思われる大柄のハンサム冒険者が試験官のところへ歩み寄っていく。
オクタゴンの中央で向かい合う試験官とハンサム冒険者。
剣呑な雰囲気が伝わる。
「いつでもいいぞ、掛かってこい小童」
高圧的な言い方だ。
「ふんっ」
ハンサム冒険者は眉間に皺を寄せた瞬間、鋭い踏み込みから木剣を袈裟斬りに振るう。
が、禿げた試験官は、身を捻り、鼻先一寸のぎりぎりの距離で木剣の刃を躱した。
そのまま鋭い反撃の斬り上げで、騎士系ハンサム冒険者の胴体を叩く。
そのハンサム冒険者を吹き飛ばした。
「ぐはぁ」
石畳に転がるハンサム冒険者。
革服は捲れて六つに割れた筋肉の上に赤い剣線の痕がくっきり見えている。
木剣とはいえ、もろに叩かれていた。
ただの打撲だと思うが、痛そうだ。
「今週は雑魚ばかりか?」
「メズだけで、俺たちの出番はなさそう」
「確かに、強そうな魔力を放っているのは皆無だ……」
魔察眼が使える試験官もいるようだ。
挑戦している冒険者たちを嘲笑っていた。
『彼らは魔力操作も中々ですが、所詮は人の範疇……こないだのコレクターのような閣下の偉大さを見抜いてくる優秀な者たちではないようです』
小さい姿だが、全身の蒼色の葉を奇妙に揺らし不思議なポーズで立つヘルメさんが語る。
「次はわたしよっ」
「こいっ」
試験官に女性冒険者が挑むが、あっさり地面に沈まされ気を失う女冒険者。
暫く、そんな調子で冒険者が次々と挑戦するが、誰一人として、同じ試験官を倒せずにいた。
そして、俺の出番となる。
「シュウヤ、頑張って」
「ご主人様なら、一瞬です」
「マイロードの槍を、しかと、この目で見届けましょうぞ」
ユイ、ヴィーネ、カルードが、応援してくれる。
俺はその応援を背に受けて、木槍を持ち、頭が禿げた試験官と向き合った。
「部下を持つ冒険者か、俺の嫌いな貴族のボンボンか? 根回ししてねぇとこをみると、雑魚貴族か? ふん」
根回し?
「……何を勘違いしているのか分からないが、試験官とやら、もう試合は始まっているのか?」
「ああ、いつでもいいぞ」
傲岸な口ぶりを黙らせるか。
「そうか――」
俺は石畳の床を軽く蹴る。
瞬時に、頭がツルピカ光る試験官との距離を詰めた。
左足を前に出す力強い踏み込みから腰を回転させつつ右腕を捻る。
握る木槍を折る勢いで突き出す<刺突>を試験管に向けて繰り出した。
正眼の構えの試験官の木刀をあっさり弾く<刺突>の木槍の穂先。
そのまま試験官の鳩尾に穂先が突き刺さると、試験官は体をくの字にさせて、後方へと吹き飛ぶ。
「ぐぁぁっ――」
一応、手加減はしたが……俺の持っていた木槍の穂先が折れてしまった。
「なんだと?」
「メズが反応できずに突き抜かれるなんて」
「何者だ、あの冒険者……」
試験官たちの顔が驚愕に染まり、口々に語る。
俺は折れた木槍を捨て、石畳の端に置いてある新しい木槍を拾う。
そして、端の方で蹲って動けない試験官を流し目に見ながら、
「――で、あの試験官は立ち上がれないが、次はどうする?」
違う試験官たちへ語り掛けた。
「俺が出よう……」
長髪で、入れ墨が額にある試験官が出てきた。手には槍を持っている。
彼は槍を習っているか、正眼に構える仕草も中々だ。
「それじゃ、お願いする」
「――ガアァァッ!」
俺が、彼に言葉を投げかけた瞬間、槍を持った試験官が獣めいた咆哮を発声。
先に仕掛けてきた。
だが、咆哮だけが一流で、普通の生ぬるい突き。
神王位クラスが如何に偉大な武術家たちか、分かるな……。
槍で受ける必要もないので、前傾姿勢で迎え走り、半身を僅かに横へずらしながら迫る木槍の突きを左の頬にかする程度に避けてから、ずらした身体の軌道を元に戻すイメージで木槍を斜め上へ掬い上げ、槍持ち試験官の胸元を裂くように薙ぎった。
そのぶつけた際に、また、木槍の穂先が粉砕してしまう。
「げぇ――」
手加減はしたが、試験官はカウンター気味に木槍を喰らったせいか、錐揉み回転しながら会場の端へ吹き飛んでいる。
「……」
「……」
一斉に静まり返る会場。
残りの試験官たちは悟ったらしい。
自分たちの運命を。
こうして、相手をする試験官たち全てを地面に沈めた俺は、全勝で勝ち抜けを決めた。
違う試験官の一人が近寄ってくる。
「素晴らしい、お見事です。ここまでの実力者なら文句なしのBランクとなります。これを受付嬢にお渡しください」
試験官の一人が銀色のバッジを渡してきた。
「どうも」
そこに後ろから走り寄ってきていたユイとヴィーネが、
「いつもより、槍の速度が遅く感じたわ」
「そうですね。ご主人様が今日は〝これを試す〟と、楽しそうに出す、訓練の時に使う新しい黄色い槍の突技より、だいぶ速度を落とした印象を受けました」
選ばれし眷属たちの目は誤魔化せないか。
「そうだ。少し意識した」
「うん、でも、試験官も普通の人族だからね……」
「手加減はしたから大丈夫だろ。ほら、気を失っているだけだ」
倒した試験官の一人が介抱されながら起き上がっている。
「うん」
「手加減をしたうえで、硬い木槍を軽々と粉砕してしまう。正に無双の如くなり。戦場での槍働きを直に見たいです。素晴らしき槍の技でした」
戦場を知るカルードだ。
戦国武将風の威厳ある忠義顔だ。
恐縮する、身が引き締まる思いを感じた。
「戦場か……ま、槍なら自信はある。さ、受付へ向かうぞ」
腕を泳がせ歩いていく。
「はい」
「うん」
「イエス、マイロード」
坂を上がり、ギルドの内部へ戻る。
さっきの綺麗な受付嬢がいたので、そこの受付台へ回り冒険者が並ぶ順番を待った。
そして、
「試験を終えたよ。試験官からこれを渡すように言われたのだけど」
受け取った銀バッジを受付嬢へ渡す。
「おめでとうございます。Bランク昇進決定です。少しお待ちください」
受付嬢は背後にある書類が重なる場所で、細かな執筆作業を行い、何人かの職員と会話を行っては、階段を上がり姿が見えなくなった。
『閣下、ついにBランクとやらに昇進ですね。おめでとうございます』
『ありがとう。普通に依頼をこなしての昇進だからな、嬉しい』
ヘルメと念話をしていると、受付嬢が小走りに帰ってきた。
彼女は薄着なので、少しおっぱいが揺れている。
「――お待たせしました。これが、新しい冒険者カードとなります」
受付嬢は銀色に輝くカードを渡してくれた。
名前:シュウヤ・カガリ
年齢:22
称号:竜の殲滅者たち
種族:人族
職業:冒険者Bランク
所属:なし
戦闘職業:槍武奏:鎖使い
達成依頼:50
「ありがとう。それじゃ」
受付台から踵を返し、ギルド内部を歩いていく。
そして、真新しいカードをひらひらさせながら、隣を歩くヴィーネたちに話しかけた。
「これで、いっぱしな冒険者の仲間入りか?」
「ご主人様は、もとから立派な雄であります」
ヴィーネが銀髪を長耳の裏へ通しながら、少し違うことを語る。
「わたしと初めて会った頃は冒険者じゃなかったのに、もうランクはBだし、凄いわ。でも、冒険者は地道な積み重ねが信頼を生むと聞いたことがあるけど、シュウヤの場合はBより絶対、Sよね」
「はい、ランクで推し量れない強く偉大な雄なのです」
ヴィーネは歩きながらも胸を張り、自分のことのような態度で語る。
「どちらにせよ、素晴らしいこと。ユイと共に、わたしも冒険者ランクを上げてマイロードに近付きたいです」
カルードがユイに目配せしながら語る。
「うん。どうせなら、シュウヤと同じランクになりたい」
「お前たちなら、討伐依頼を複数受け、大草原での狩りや、迷宮に潜ってれば、すぐに上がるんじゃないか?」
「はい。ユイ、頑張るか?」
「いやよ、同じになりたいけど、今はシュウヤと過ごす方が大切なの。父さんは一人で頑張ってね」
娘とは思えない冷たい言葉にカルードは泣きそうな顔を浮かべて、俺を見てくる……う、助けてやろうにも、どんな言葉をかけてやればいいんだよ。
ま、考えながらいうか。
「……カルードは、今のところ唯一の<従者長>だ……。そして、【月の残骸】ではメル以上に働けると思う。【筆頭顧問】に就任させようかと考えているしな。更には、こないだ戦闘奴隷たちを率いて冒険者として迷宮に潜ったように、小隊規模の指揮能力も磨けていけるだろう」
メルに何も言っていないが、ま、後で言えばいっか。
「……お優しき言葉……眷属の<従者長>として、【月の残骸】での【筆頭顧問】としての役職をお受けいたします。ペルネーテの闇を仕切ってみせましょうぞ」
「父さん、やる気ね。魔闘術の範囲を超えて、魔力が自然と身体から放出しているし……でも、確かに、わたしと父さんは闇の仕事の方が冒険者より楽かもしれない」
カルードは暗殺者、武人の顔色でユイを厳しく見つめながら、
「だが、冒険者としての仕事、対モンスターの経験は貴重だぞ? 対人戦において、相手が人外なことも想定されるのだからな」
「うん、一理ある」
そんな調子でにぎやかなに円卓通りを歩いていく。
「やめてくださいっ――」
そこに女の悲鳴的な声が響く。
何だ? と視線を向けると、あの盲目少女が大柄の冒険者らしき人物に絡まれていた。
俺は地面を焦がすぐらいの勢いで魔脚で駆ける――。
その場に近づいた。
「やめろっ」
薬草売りの少女を殴ろうとしていた大柄の男の腕を掴む。
「あ”っ、なんだてめぇはっ」
「ブロス、腕が……」
そう、少し強く握っていた。
彼の太い腕が折れて、俺の手形痕が手首にくっくりと残る。
「げぇあああああ」
「ひぃぃ、なんだそいつはっ」
チンピラどもを睨みながら、
「その少女を襲うのは止せ」
と、軽く警告をする。
「いやだね。毎日、毎日、うれねぇ薬草を売るのがうざいんだよ。売れねぇくせに金は少し持っているようだしな……?」
「そうであ~る。ここはドライセン様と霊光の主であるアンズ・カロライナ様の縄張りなのであ~る。生意気な薬草売りなど、必要ないのであ~る」
チンピラの中心にいた、かん高い声の商人、目が飛び出た男が叫ぶ。
縄張りだぁ?
裏の奴らなら、裏の名前をだせば大人しく退くか?
「……煩いな。そんなのは関係ない。今日からここは【月の残骸】の縄張りだ」
まったくもって縄張りの争いについて、分からない。
が、適当に宣言してみた。
「え、つ、月の残骸? ま、まさかぁ? この都市最大の闇ギルドの関係者なのか?」
盲目少女を囲っていたチンピラたちは、それぞれ驚きの表情を浮かべている。
だんだんと血の気が薄まったような、青白い顔色に変化していた。
その盲目少女は、真っ白い目を左右に揺らす。
戸惑う仕草か?
驚かせてしまったか。
そして、俺の言葉の音から位置を割り出したらしい。
『閣下、彼らを氷漬けにして、野に晒し、尻へ杭を埋め込みますか?』
『いや、大丈夫だ』
いつもの定例脳内会議は一瞬で終わらせる。
「ご主人様、今、この場でこいつらを掃除しますか?」
「マイロード、血の海を作るなら先陣をお任せあれ」
脳内会話を終わらせても、ヘルメ以外にも血の気が多い部下がいるとこうなる。
「ちょっと、二人とも今は大丈夫よ」
ユイが慌てて武器を抜こうとしているヴィーネとカルードを止める。
良かった、ユイは冷静な子だ。
だが……少し脅すか。
「……関係者どころの話じゃないんだな、これが――」
そこで右手に魔槍杖を召喚。
「ひぇぇぇ、ま、ましゃかぁぁ」
「や、槍使い……月の残骸……」
「にゃごおあっ」
『わたしもいるニャ』的に鳴きながら怒っていた。
「黒猫……間違いねぇ、槍使いと、黒猫」
「に、にげろ、ゼンジ、俺は抜けるぞ――」
「お、おれもだーー、す、すみませんでしたー」
怪しい商人以外は、怪我した男を含めて、全員が逃げ出していた。
「幻のクロユリの販売であ~る。今なら安売りで売るであ~る……」
目が飛び出て、エラが少しある出目金の商人は、現実を見ていないようだ。
知らぬ存ぜぬを通すつもりか、顔を左右に揺らしながら誤魔化すように薬を売り出している。
「おい、お前、クロユリの馬鹿商人、ここでその商品は売るな」
「ひぃぃぃ、近づくなっ、霊光の主であるアンズ・カロライナ様とドライセン様に報告してやるのであーるっ!」
そう言い残して逃げるように立ち去っていく……目が異常に大きい商人。
もしかしたら、魚人系と人族のハーフかもしれないな。
「あ、あの、ありがとうございました」
盲目少女だ。
「いや、気にするな。薬草を買いにきただけだから」
「あ、本当に……ありがとう。お優しく、強い冒険者の方。今回は、商品も無事で、売り上げも奪われずに済みました」
慎ましく頭を下げてくる少女。
「にゃおん」
そこに
「はうぅ、お毛毛の感触が、猫ちゃんですか?」
「にゃあ」
彼女は顔を左右に揺らしては
何回か手が空を切る。
空を切っている盲目少女の小さい掌へと、自らの小さい頭を摺り寄せていく。
「……まぁ、ふふ、掌を舐めてくれているのですね……可愛い」
「……ところで、今回ということは、前にも被害を受けていたのか?」
少女は
真っ白い顔を上向かせる。
「……はい、薬草をすべて取られて、お金も奪われてしまいました。ですが、ベンラック村で、再度、薬草採取を行い、またここで売ろうとしていたら、同じ人たちに邪魔されてしまって……」
だからこの間から居なかったのか。
「そんなことが」
「はい。あっ! お礼がまだでした。あの、冒険者の皆さま、僅かなお礼ですが、これを……」
彼女は
「それは君が持っておきなさい」
「でも……」
「気持ちだけで十分だ」
「分かりました……」
盲目少女は真っ白い目に涙を溜めていた。
やべぇ、泣かせるつもりは……。
ヴィーネとユイに視線を向けると、彼女たちは優しく微笑んでいた。
「ご主人様は至高のお方ですが同時に優しい方でもあるのです。薬草売りの方、そのお金は要りません」
「そうよ、シュウヤは優しい。とくに女性だけに」
ヴィーネとユイが嬉々として語る。
ユイはわざとらしくレベッカ風に語って、少しトゲを持たせているが、まぁいい。
「シュウヤ様という名なのですね、わたしの名はアメリです」
「アメリさんか。よろしくな」
「はい、シュウヤ様」
この際だ、薬草売りの理由を聞いてみるか。
「つかぬことを聞くが、アメリさん、目が悪いんだろう? 何故そこまでして薬草を売るんだ?」
「それは、薬草、ポーションが効かない父の病気を治したいのです。一回お金を貯めてから教会で癒やしの魔法をかけてもらったのですが、一時的に回復した後、また父は体調を崩し病気は悪化してしまいました。咳と血を吐いたのです。再度、教会での癒やしを行うには、お金が足りませんので」
病気の父のために頑張る盲目少女か。
「だから薬草売りを頑張っているのか」
「はい。一回に銀貨一枚が必要です。高いですが、何回か連続で治療して頂ければ、きっと父の病気は治ると思うのです。そして、わたしには薬草を取って売るしかできません。お金を貯めて、治療をして貰うのです。そして、父の事はわたしが治してみせます。〝絶対にあきらめません〟、絶対、絶対、あきらめません……」
少女の眼球は真っ白だが、決意のある表情だ。
『閣下、わたしの水の恵みをこの少女の父に飲ませてみてはどうでしょう』
『あ、いいな。それ、効くかもしれない。目から出ていいぞ』
『はいっ』
左目からスパイラル状態で出るヘルメ。
「きゃっ、冷たい」
アメリはヘルメが出した水飛沫を少し受けたようだ。
そして、ヘルメの登場に驚いたように頭部を左右に揺らす。
「精霊様、おはようございます」
「精霊様、こんにちは」
隣にいるヴィーネとユイがヘルメに挨拶していた。
「マイロードに宿る、羨ましい精霊様、カルードでございます」
カルードは膝で地面を突いて頭を下げていた。
精霊ヘルメは鷹揚な落ち着きある態度で頷き。
「おはよう。閣下の水であるヘルメです。話は聞いていましたから挨拶は不要ですよ、カルードと皆」
「はい。精霊様、いつもお美しい……」
「ありがとう。カルードも<従者長>となってからは少し若返りましたね。これからも閣下に尽くしなさい。あ、閣下のお尻は駄目ですからね」
「あははっ、畏まりました」
ヘルメが尻のことを冗談ぽく言っていた。
カルードは微笑しながら答えて頭を下げている。
「……え、精霊様? どういう……」
アメリは顔をきょろきょろしながら話している。
「アメリさん、突然だが、君のお父さんに会わせてくれるか?」
「え、はい、大丈夫ですけど、どうして?」
「悪いようにはしない。君の家に連れていってくれ」
「は、はい、狭いうえに貧民街ですが……」
「いいよ、案内して」
「はい……」
彼女は困惑した表情を示すが、ペルネーテの東へ向けて歩き出す。
◇◇◇◇
アメリの家は南東側にある貧民街の一角でこじんまりとした狭い家だった。
「狭いですけど、ここに座ってください」
「どうも、お邪魔します」
アメリは机と椅子へ案内してくれた。
椅子が足らないので、カルードとユイは立った状態。
見学するつもりらしい。
肝心の病床のアメリの父親は同じ空間にある寝台で寝ている。
すると、そのアメリの父親が、病床から起き上がり、手元を震わせながら口を動かしていく。
「アッアメリ、この方々は……」
「あっ、父さん、寝ててよ。この方はシュウヤ様と冒険者の方々です。売り上げと薬草を奪われそうになったのを、助けてくれたの、それにね、薬草をいつも高いお金で買ってくれていた、あの冒険者の方なのよ?」
「おぉ、なんと……お前が最近話してた、あの心優しき冒険者の方か……シュウヤ様。本当にありがとう。薬草だけでなく、娘を……ゴホッゴホッゴォッ」
「あぁ、父さん、もういいから寝てて。今、薬草を煎じるから寝てて!」
「ゴホッゴホッ」
アメリの父は咳をしながら踞りベッドへ横になる。
「すみません。薬草茶を作ります」
アメリはそう話すと台所で作業を始めた。
火打ち石を何回も擦り打ち火種を付けると、竈の木屑が燃えていく。
彼女は水の入った土鍋の取っ手を掴もうとするが、手をふらつかせ、何回も手を空振った後、鍋の取っ手を掴んでいた。
「手伝おうか?」
「ご主人様、わたしも」
「いえ、大丈夫です」
アメリは少し怒ったように早口で答えた。
「シュウヤ、彼女の邪魔しちゃ悪いでしょ?」
ユイが注意してきた。
すると、アメリの父親が、また起き上がる。
「すみません。あの子は、確かに目が悪い……しかし、アメリはわたしを必死で助けたいと、その一心なので、全部自分でやらないと気が済まない子なのです。まだ小さいのに、常日頃から頑張っている分、頑固になってしまって」
「もうっ父さん、寝ててよ」
アメリは父に向かって焦点の合っていない目を向けて話していた。
「もう大丈夫だ。発作は連続でおきない」
「今、作ってるお茶は飲んでね?」
「あぁ、わかっている」
父を心配する幼い娘か。
「……立派な娘さんじゃないですか。まだ幼く、目も悪い、そのうえ薬草取りや薬草売りに奔走して父を助ける。その優しい心根は尊敬に値しますよ」
「えぇ、わたしにはもったいないくらい、本当にいい子です。ただ、薬草取りは心配で心配で……」
アメリの父は目に涙を浮かべている。
俺の言葉に同意するように頷き、答えていた。
「もう父さん、恥ずかしいからやめて」
「いや、お前はわたしの自慢の娘だ……〝虚ろの魔共振〟さえなければ……」
「虚ろの魔共振ですか、精霊誕生の瞬間を目の当たりに? まさかそれが原因で目を……」
ヴィーネが反応していた。
虚ろの魔共振? どっかで聞いた覚えがあるな。
「はい……」
盲目の少女アメリは、ヴィーネの言葉に頷き、言葉を紡ぐ。
「……昔、わたしたちはベンラック村に住んでいたのです。その時に、光の十字丘へ遊びに行き、眩しい光を見て、目がこんな風に……」
アリアは自分の目を触るように頬を触っていた。
「その虚ろの魔共振とは?」
ヴィーネに尋ねた。
「【光の十字丘】は昔から〝光り輝く現象〟が見られるところで有名なのです。その眩しい光を幼い子供が見ると、神咎、と言われて、失明、頭に障害が起きる。とか、言われています」
「そんな場所があるのか」
ヴィーネは俺の問いに一回頷くと、光の十字丘の現象を詳しく知っているらしく説明してくれる。
「はい。魔素が集まりやすい場所としても有名です。でも、それは光の精霊でもなんでもなく、ただ、魔素が集まると起きる現象らしいです。それが共振を起こし稲妻、風、土、火、水とあらゆる精霊の誕生の場であるとか、栄養豊かな土地になり、聖なる泉と川が増えるとか、同時に、ゴブリン、幽体、様々なモンスターを大量に引き寄せるとも、聞いたことがあります」
「……精霊が生まれる場は、普遍なはず。推測ですが、元々は
ヴィーネの説明にヘルメが付け加えた。
そこに、ユイとカルードが頷きながら話す。
「……マイロード、神咎を起こすと言われる場所は、サーマリアの地方でも聞いたことがあります。地名の名前は違いますが同じ場所はありますな」
「うん、その通り。わたしは研究者らしき人と話をしたことがある。精霊様と被るけど、天然の魔素場、狭間が薄い、次元軸がどうとか、魔界の神が関係する傷場と似たようなモノと言っていた。まったく以て意味が解らなかった」
ヴィーネの情報にカルードとユイが補足してくれた。
話を聞いていくうちに、師匠が少し似たようなことを話していたのを思い出していた。
しかし、神咎か……。
もしかしたら、俺の聖花の透水珠が彼女に効くかと思ったが、マリン・ペラダス司祭は生まれもった病や神咎には効かぬとも話していた。
聖花の透水珠は効かないか。
しかし、子供が盲目になる可能性があるものが近くにあるのかよ。
「……そんなのがベンラック村の近くに?」
俺の言葉に、今度はアメリが口を開く。
「はい。ペルネーテから南東の場所です。そこの森には匂いの分かりやすい薬草が生えているので採取に出かけています」
「危険だから、わたしは行くなと言っているのですが……」
アメリの父は娘を優しく見つめながら話していた。
「でも、冒険者の方々が非常に多くて比較的安全なんです。その代わりゴブリンたちを含めてモンスターも多いですが、地上のモンスターはいつも狩られていますし……」
俺は微笑しながら口を動かす。
「なるほど。だが、お父さんが心配するわけだ。目が悪いのにモンスターがいるところに行くのはいただけないな?」
「生活するのに、生きていくのにお金が必要なんです。父さんもしょうがないと、この間、話してくれましたし……」
アメリの父はうつむき小さく呟いている。
「わたしがこんな病気でなければ……」
「そうですか……」
彼女が助けられないなら、せめて、父親だけでも……。
そこで、視線をヘルメに向ける。
「ヘルメ、水をそこの机の上にあるコップへ注いでくれるか?」
「はい」
常闇の水精霊ヘルメは、植木へ水やりをやるように、蒼い葉と黝い葉を靡かせて腕を伸ばし、指先からコップの中へ水を注ぐ。
コップはすぐに満杯になった。
「アメリとそのお父さん、彼女は水の精霊です。注いだ水は特別。病気の治療に役立つかもしれません。飲んでみてください」
コップを掴み、アメリの父へ渡した。
「せ、精霊様……なんという」
「本当に精霊様なのですか?」
アメリは真っ白い目でヘルメの姿を追おうとする。
「ええ、常闇の水精霊ヘルメと申します。……閣下の水ですよ」
ヘルメはその場で液体化し、瞬時に女体化を行う。
「おおおお、本当だ。ありがたや、ありがたや、ありがたや、飲んでみます……」
アメリの父親は神にでも祈るように両手を組み、祈りを捧げてから、木のコップを掴み口へ運びヘルメの清水を飲んでいく。
その瞬間、彼の様子が変わった。
咳き込み苦しみ出すと、身体から薄気味悪い黒い靄が染み出していく。粒子のような黒靄のオーラは薄着の上を覆い、怒りに歪んだ表情から、悲鳴を上げているような歪な怪物顔へぐにょりと変わり、彼の身体から逃げるように宙へとぐろを巻きながら急降下。
家の床にべちゃっと音を立て、ヘドロが染み込むように消えていく。
「にゃごっ」
「ヘルメ、今のは何かわかるか?」
「きっと魔界の神に連なる
「闇属性でも効くのか」
「はい。普通の闇属性だけならば、何もなかったと思われますが、わたしの水に流れる僅かな水神アクレシス様の善なる系譜が少しですが、効いたようです。相手が異形なる大悪霊だった場合は効かなかったかもしれません」
光属性が天敵なら、俺の血も効いたかもしれないな。
いや、神の系譜ということならまた別なのか?
今度試してみたいが、もう消えちゃったしな。
「……あの悪霊みたいなの、敵ってことよね?」
「そうだな」
「斬りたかった……」
ユイが残念そうに床にある黒い染みを見て語る。
あれを斬っても……あ、魔力を込めた刀なら斬れるのか?
しかし、あんなのがアメリの父に取り憑いていたということか。
どこであんなものが……ベンラック村出身、虚ろの魔共振で集まってきた悪霊とか? それとも、この貧民街にある負の感情が魔界の神の眷属を呼び寄せたのだろうか……。
そんな思考をしていると、アメリの声が響く。
「父さん、身体はどうなの? 何が起きたの?」
「大丈夫だ。嘘のように身体が楽になったよ……これは凄い」
「良かった……父さん、治ったの?」
「完全ではないが……教会の治療並みに効いていると思う」
「嘘……凄い……奇跡みたいなお話が……。精霊様、シュウヤ様、本当に、本当にありがとうございますっ、ぅぅ……なんてお礼をしたらいいか……」
アメリは感極まって泣いていた。
「礼はいらない、そこの水瓶にヘルメの水を混ぜておくよ。それを飲み続けていけば、いずれは完全に回復するだろう。ヘルメ、入れておけ」
「はい」
ヘルメは素早く水瓶のもとへ移動。
指先から水を放出し水瓶の中へ注いでいく。
「あ、ありがとうございます。ですが、わたしたちの家には対価がないです……」
「誤解しないでくれ、無償でやっていることだ」
アメリの父は驚くと共に、目から涙が流れていた。
「なぜ、関係のない貴方が……」
「なぜ? と言われても、そうしたいからです。アメリさんとは迷宮の前で知り合った仲ですからね」
その笑いを滲ませた言葉を聞いた、アメリとアメリの父は呆然となる。
暫し、沈黙が流れ……。
アメリの父は頬に伝う涙を手で拭きとり、たどたどしく、話を切り出した。
「……ありがとう。シュウヤ様は愛の女神アリアの使いだ」
愛の女神アリア……あの放浪者たちか。
現在のところ、放浪はしていないし、寧ろ、邪王なんだけど。
「……本当です。シュウヤ様。わたしを助けて頂いた上に、父の病気まで……今まで生きてきてこれほどの、強い感謝の気持ちを胸に抱いた事はありません……ほんとうに、ほんとうに、ありがとうございましたっ! 諦めなくて良かった」
アメリの真っ白な眼球からは涙が止めどなく溢れている。
「アメリは、諦めない、絶対っ、父さんを救う。と言っていたからね。君のその諦めない心が、俺たちをここに導いたんだ。その心こそ愛の女神アリアの力かもしれないよ」
父親は、俺の言葉に号泣。
娘のアメリを抱きしめていた。
ヘルメは二つの大きい水瓶の水を入れ替えたし、何か、照れくさいので、そろそろお暇しますかな。
「それじゃ、おれたちは家に帰るので、またお元気で」
「にゃ、にゃ、にゃ~お」
すると、背後から魔素の気配、アメリの足音だ。
「シュウヤ様、待ってください!」
「ん?」
「お礼と言いますか……わたしたちにはこれしかないんですが、家に貯めていた薬草の残りを受け取ってください」
アメリは箱を抱えている。その箱には何束もまとまった薬草が入っていた。
彼女なりのお礼か。先ほどは断ったが、別に拘泥しているわけではない。
少しだけ受け取っておくか。
「それじゃ、少しだけ――」
「あ、それじゃ、少なすぎますっ」
「いいから、じゃ、またな」
笑みを浮かべながら腕を泳がせてから、踵を返す。
皆も一斉に踵を返し歩き出した。
立つ鳥後を濁さず。
〝ありがとうございました〟と、アメリの声が背後から響いて聞こえてきた。
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