百八十ニ話 俺の負けだ、じょ

「うああああぁぁぁん、負けたぁぁぁぁぁ」


 リコ女史は泣き止まない。

 そして、俺は馬乗り……。

 相棒も近くに来ると、


「にゃお」


 と、『うるさいにゃ』といった感のある片足の肉球をリコ女史の鼻へと押し付けていた。


「うぅぅ、肉球? うぁぁぁぁん、くさいいいぃ、けど……いい匂いかも……」

「ご主人様、これが前にお話をされていた新しいプレイですか?」


 ヴィーネはこういうプレイをしたいのか?

 というか、違う。


「ふーん、違う女をもう作っているんだ、しかもその女の人……美人だし」


 レベッカが頬を膨らませて話す。

 魔導車椅子に乗ったエヴァも、


「ん、シュウヤ、女を襲っていたの?」


 と顔を寄せつつ聞いてきた。


「……いや、なりゆきだ。この神王位のリコさんから強引に戦いを申し込まれてな。美人だし槍の技には凄く興味があるから、戦ってみたんだ。それで、この通り倒したら、彼女は泣いてしまった」


 そう説明しつつリコ女史に腕を伸ばす。


「リコさん、大丈夫ですか?」

「……ぐすっ――負けたわ。約束は守る……」 


 彼女は俺の手を握り起き上がる。

 頬を染めていた。


「あぁ、あれは冗談ですから、気にしないでください」

「にゃお」


 黒猫ロロは俺の真似をするように触手をリコに伸ばしていたが、リコ女史は無視。


「――駄目よっ、わたしを負かしたのだから! そして、槍で勝負した仲。もう、そんな他人行儀な口で話さないでちょうだい!」


 リコは強気な態度に戻ると俺の手を叩くように離してくる。

 それじゃ、ご希望通り……。


「……リコ、お前は、あの約束をホントウ・・・・に守る気つもりがあるのか?」


 鼻の下を伸ばした調子で話してみた。


「ま、守るわよっ」


 リコは、両手で自らの胸を隠しつつ退いている。

 ノースリーブの服だから、胸が少し強調されていた。

 だから、自然と、エロを意識したわけではないが……。

 美乳らしきおっぱいさんには、どうしても視線が向かってしまう。


 さて、武術連盟の方が気になるし、エロは止めだ。


「……襲いはしないから安心しろ。約束は、武術連盟が何なのかを教えてくれるだけでいい」

「……本当に? もう二度とこんなチャンスはないことよ?」


 リコは蒼い澄んだ瞳で俺を見つめてくる。


「あぁ」


 俺の簡潔な言葉を聞くとリコは可愛く微笑を浮かべる。


「そう、意外に優しいのね……分かったわ。武術連盟は八剣八槍の神王位を評定している武芸者たちの頂点を極める組織。【迷宮都市ペルネーテ】、【鉱山都市タンダール】、【象神都市レジーピック】、【帝都アセルダム】、【迷宮都市サザーデルリ】にある闘技場で定期的に行われる神王位を巡る特別な個人試合を司っている組織よ。後、帝国、王国が主催する王国天下一武術会と帝国天下一武術会にも協力をしているわ」


 前に、天下一武術会の名はヴィーネに教えてもらった。


「武術連盟か、その使いでリコはこの屋敷に来たんだよな?」

「そう。貴方の噂を聞きつけた武術連盟のネモ会長から、加盟してくれないか? と、近所に住むわたしへ誘うように頼まれたの。最初は嫌だったけど、爺には世話になったから了承して、ここに来たのよ」

「……加盟か。こう見えても、俺、忙しいんだよなぁ……」

「え? あれほどの実力を持っているのに、入らないの? 門弟も増えるわよ?」


 リコは驚いたのか、一瞬、ブルースカイの瞳孔を散大させる。


 俺は隣にいるヴィーネを見た。

 彼女は銀仮面越しだが少し残念そうな顔を浮かべているのが分かる。

 そういえば、大会とかに出場して実力を世に示して欲しい的な事を語っていたな……。


 名誉欲はないが……少しぐらいは出るのも考えるか。


「……最初は実力を疑っていたけれど、今は連盟に入ることを勧めるわ、神王位第七位を負かす魔槍の腕は本物。風槍流を基本としているとは分かるけど、そこから独自の発展を遂げている独特の歩法といい、シュウヤは素晴らしい槍使いよ。師匠が見えた気がするけど、まさに、出藍の誉れね」


 青は藍より出でて藍より青し。


 ピンク髪のリコは真剣な顔で俺を褒めてきた。

 美人に褒められるのは、良い気分。

 だが、師匠より弟子の方が立派はない。


 アキレス師匠は偉大な先生だ。


 師匠の槍モーションを思い出しながら、


「……加盟は考えてもいいけど、俺の基本は冒険者だ。他にも色々と裏、闇社会の仕事があるから……試合とかは定期的に出られるわけじゃない。それでも、大丈夫かな?」

「それは会長にいわないと分からない。けど、闇関係なら、加盟したらしたで、裏武術会からも声が掛かりそうね……」


 そんな怪しい組織もあるのか。


「……その会長とやらには会わないといけないのかな?」

「そう。直に会って話をした方がいいと思う」

「案内してくれるか?」

「うん」


 俺はそこで、皆へ顔を向けた。


「ということになった。出かけてくるから、皆は留守番な。夜ぐらいには帰る予定だ」

「お任せください」


 カルードは平然と片膝を地に突けて素早く頭を下げている


「留守番……」


 ……が、選ばれし眷属たちである彼女たちの全員が不満気な顔を浮かべていた。

 ここには夜までには帰ってくる予定だし、心を鬼にする。


「用事なんだからしょうがないだろう……眷属といえど、お前たちを縛るつもりはない。自由に楽しめばいい、どんなことがあろうと眷属なのだからな?」


『ヘルメはそのまま目にいろ』

『はい』


 常闇の水精霊ヘルメと念話していると、俺の言葉を聞いた<筆頭従者長>たちは納得したのか、不満顔は消えていた。


「ご主人様、そうですね。わたしは市場街を探索し、市場調査をしてきます」

「それもそうね、じゃ、エヴァとどっかいくわ、ね?」


 レベッカは腰に手を当て偉そうにしながら、隣にいるエヴァへ頭を斜めに傾けながら話しかけている。


「ん、レベッカと一緒に、お菓子の美味しいお店にいく」


 エヴァはレベッカの顔を見ては、頷き、微笑しながら話す。


「それじゃ、わたしは父さんと剣術の訓練を行うわ」


 カルードはユイの言葉を聞いて立ち上がると、鋭い視線でユイを捉える。


「……ユイ、暗刀七天技の一通り、慣らしていくぞ、暗号連系の確認もする」

「うん、分かってる」


 ユイとカルードは流石は親子。

 独自な剣術の合言葉があるらしい。


「凄い強そうな門弟たちね……」


 リコはヴィーネ、ユイ、カルードの何気ない立ち姿の様子を見て呟く。

 神王位ならではの、暗殺術の腕を嗅ぎ取ったか。


 さて、


「……ロロ、行くぞ」

「にゃおん」


 黒猫ロロの姿から馬獅子型へ変身するロロディーヌ。

 触手を俺の腰に伸ばして乗せてくる。


 そして、リコの腰にも巻き付けていた。


「きゃ――」


 リコはロロディーヌの背中に、俺の前に座らせられると、リコの背中が密着した。桃色髪に項が見え隠れ。


 女独特のいい匂いが漂った。


「吃驚……」

「皆、最初はその反応だな。案内はできるか?」

「あ、うん、きゃぁぁ――」


 リコの話途中でロロディーヌが跳躍――。

 力強い四肢で大門を踏み台して通りに降りていた。


「……もう少し、ゆっくりと進んでくれるとありがたいのだけど」


 リコは文句をいうように振り向く。

 ブルースカイな瞳を向けてきた。

 ひきしまった鼻、口が美しい。

 横の桃色の断髪は根元が少し濃い。


「ちょっと聞いてる?」

「あぁ、綺麗な髪だなと見惚れていた」

「えぇ? もう、突然なによっ、でも、ありがと……」


 彼女は顔を叛けてから俯くと、小さくお礼を言っていた。

 カワイイ……。


 ニコニコと笑顔を浮かべながら口を動かす。


「リコ、道案内を頼む」

「あ、うん」


 彼女は気を取り直して、手に持っている槍を使いながら指示を出す。

 ロロディーヌは女性特有の可愛らしい高声を聴きながら、背中に乗るリコが怖がらないように、速度はあまり出さずに通りを駆け抜けていく。


 到着した場所は闘技場から近い南の通りに面した場所だった。


 鶯茶の土壁に囲われ扉は檜のような高級木材で建てられた雰囲気ある屋敷。

 地味だが、隣にあるパン屋よりは大きい。

 正面にはペルネーテ武術連盟と大きく木彫りされた看板が掲げられてある。


「着いた。ここがペルネーテ武術連盟の屋敷、爺のネモ会長が住んでいる」

「了解」


 俺が先に降りて、リコの手を握り馬獅子型黒猫ロロディーヌから下ろしてあげた。


「あ、ありがと」

「構わんよ、さ、会長に会わせてくれ」

「うん、来て」


 小さくなった黒猫ロロを肩に乗せリコの背中を見ながら扉を空けて屋敷の中へ入っていく。


 受付のような場所はなく、モダン的なシンプルな机と椅子が並ぶ。

 魔道具と見られるウォーターサーバーみたいのが数個に……その近くには数人の強者が存在感を示すように談笑していた。


 一人目は女性。周りには眼球? が多数浮いている。

 彼女は盲目なのか顔の上半分を包帯で覆い、襟付きの大きな胸を覆う黒革ブラジャーと一体化した両肩へ繋がっている悩ましい衣服を身に着けていた。

 左手の五本指に括られた紐が宙へ伸ばされていて、ひらひらと舞っている。


 そして、包帯に包まれた右手の掌の上には大きな眼球が浮いていた。


 周りを飛ぶ眼球には魔力が漂う。


『……閣下、あの女を含めて回りの方々は、魔力量が不自然に抑えられています。特に、閣下が好きな大きい胸の女性。左手にある紐、濃密な魔力が内包され、右手の眼球に回りを漂う眼球にも魔力が集中的に集まっているようです』


 小型ヘルメが険しい顔を浮かべながら登場した。

 なぜか、注射針を大きい胸に突き刺すように突いている。


 その可笑しな行動にはツッコミは入れずに普通に念話した。


『……確かにな、普通じゃない。魔闘術もかなりの高レベル、下手したら俺より魔闘術が上か?』

『……閣下、それはないかと思われます』


 ヘルメの声質がやけに低いので本当なのだろう。


 二人目は鱗の皮膚を持つ白眼男。

 黒色の武胴衣を纏い全身から水の泡を放出させている。


 水の泡か、かなり特殊なスキル持ちのようだ。


 三人目は短髪のボーイッシュな髪で眉も細く綺麗な紺碧の瞳。

 口元を黒マスクで包み、全身に骨と黒革でできたコスチュームを装着していた。

 腹の下には六本の骨柄短剣が付いている。

 見るからに暗殺者という恰好だ。


 視界の端に浮かぶ、常闇の水精霊ヘルメは、今度は平泳ぎをしながら暗殺者の側に寄り、指を差していた……。


『皆、かなりの強者ですね』

『だろうな……ヘルメ、視界から消えていいぞ』

『はい』


 俺は隣を歩くリコへ話しかける。


「……リコ、あの方たちは?」

「武術連盟の“蚕”たち」


 お? その言葉はサーマリアで対決した凄腕槍使いが話していた。


「蚕か……」

「連盟に直属した武闘組織で、賞金首を追い掛けたり、闘技関係の治安維持、対裏武術会に対する組織でもあるわ。元、神王位、元冒険者の凄腕の方々よ。さ、会長はこっちの部屋だから」

「了解」


 隅の角を曲がり滑らかな石が敷き詰められた廊下をリコが先を歩いて進む。

 彼女は突き当りにあった大部屋の戸を横へ開いて、入っていく。

 その大部屋には数人の女性秘書らしき人がいた。

 政務机の向こう側に座っていた白い毛に覆われた方が立ち上がると、こっちに歩いてくる。


「おっ、リコじょ。戻ったじょか。後ろにいるのは……」


 白毛に包まれた頭に鹿角を持ち髭を生やした、老猫獣人?

 腕は四つだが、角持ちとは、見たことがない種族かもしれない。


「そうよ。シュウヤ・カガリを連れてきたわ、彼は加盟は考えるとか、会長と話がしたいからというから、ここに連れてきたの」


 紹介された。一度頭を下げる。

 肩にいる黒猫ロロは落ちないように頭巾にしがみついていた。


「……初めまして、シュウヤです。肩にいるの黒猫はロロディーヌ。ロロです」

「にゃお」

「ふぉふぉふぉ、カワイイ黒猫じょ。わしの名前はネモ、よろしくじょ」


 じょ? 猫系な種族なだけあって、不思議な猫背な爺さんだ。


「……それで、武術連盟に加盟をしようかと思うのですが、俺は冒険者と闇ギルドを運営している者でして、忙しく試合にはあまり出られないと思いますが、それでも宜しいのでしょうか」


 俺が問うと、老猫爺さんは一つの細指で金マークを作り、指マーク越しで俺を覗いては、黄色い瞳に濃密な魔力を一瞬だけ纏わせてる。


「……噂は聞いておるじょ。わしは構わんじょ……しかし、お前さんわしより強いじょ?」


 会長だけに、鑑定眼があるのか?


「……槍には自信があります」

『閣下、この猫爺。わたしの存在を感じ取っているようです』

「ふぉふぉふぉふぉふぉ、その左目といい、自信が漲っておるじょ。強者だじょ……ただ今をもって加盟を認めるじょ。神王位二百三十位からのスタートじょ」


 猫爺さんは部屋にいた秘書に目配せすると、秘書な人は書類に何かを書き始めていた。俺の手続きらしい。


 左目のことを指摘してきたので、ヘルメのいう通りだ。

 ただの四本腕を持つ猫爺じゃないな。


「……それと、試合がしたければ闘技場に来いじょ、シュウヤに近い位、上位、下位、三十位以内の誰かが相手をしてくれるじょ」


 へぇ、そんなルールがあるんだ。


「その試合なのですが、命のやりとりを行うのですよね。相手を死なせても大丈夫なのですか?」

「構わんじょ、闘技者は全員がそのつもりじょ。試合が始まったら、卑怯も何も関係ないじょ、己の才覚のみじょ、ふぉふぉふぉふぉっ」


 不思議なじょじょ爺さんだこと。


「分かりました。それじゃ暇になったら闘技場に行くと思いますが、行かないかもしれません」

「もう、行かないとはなによ。貴方ならすぐに上位にこれるのに……ま、わたしは貴方とは当たりたくないけどね」


 横にいたリコが桃色のソバカスの頬を人差し指でぽりぽりと掻きながら、笑顔を浮かべている。


「上位か。個人的には槍技を見たいので興味はある。だが、興行的な物には興味がない。遠い先、適当に試合をするかもしれない程度だ。本業の方を優先させるからな」

「……本気なのね。はぁ……わたしを負かした相手がこうもやる気がない男だとは……」

「ふぉふぉふぉふぉ、リコじょが負けたじょか。やはり、強いじょな」


 猫獣人爺さんは髭をいじりながら語る。


「すると、リコは定期的に試合をしているのか?」

「うん。八槍神王位の更なる上を目指してね」

「そか、一度、槍合った仲だ。素直に応援している」

「あ、うん、ありがと」


 リコは頬を紅く染める。


「それじゃ、家に帰るよ。ネモ会長さん。失礼します」

「またもじょ」

「会長、またね」


 肩に黒猫ロロを乗せた状態でリコと共に会長部屋から廊下に出た。


「リコは門弟がいると話していたが何人ぐらいいるんだ?」

「百人と少し。わたしの槍を学びたい人は沢山いるのよ? ふふん」


 隣を歩くリコは、ドヤ顔をしながら笑顔を見せる。


「へぇ、まぁリコの門弟になる奴らの気持ちは分かるよ」

「あら、どんな気持ちなの?」


 リコは期待を寄せるようにブルースカイな青瞳を俺に向ける。


「男の気持ちしか分からないが、たぶん、その綺麗な桃色髪と美人な顔を間近で見ていたいのだろう」

「何よっ! 槍の技が凄いとかじゃないのねっ! ふんっ」

「はは、済まんな、だが、五割、六割は俺と同じことを思っているに違いあるまいて」

「ふん、もういい、外に向かうから」


 彼女は容姿を褒められるのが苦手なようで顔を真っ赤にしながら、先を歩いて武術連盟の屋敷から外へ出た。


 外に出ると、肩にいた黒猫が地面に跳躍。

 姿を馬獅子型へ変身を遂げる。


「凄いわ……可愛いとカッコよさを両立した素晴らしい猫なのね」


 獅子の獣顔となっているロロの顔をじっと眺めては褒めていくリコ。


「にゃおん、にゃ」


 馬獅子型黒猫ロロディーヌは褒められて嬉しいのか、リコの顔に獣顔で摺り寄せては大きな舌でリコの小顔を食べるように舐めていく。


「きゃああ」


 リコは槍を手放して腰を抜かし地面に尻もちをつけていた。


「大丈夫か?」


 側に転がる短槍を拾いながら話した。


「う、うん、急だったから、きゃ――」


 馬獅子型黒猫ロロディーヌが転んでいるリコへ触手を伸ばして、お腹を巻き込むと、自身の黒毛背中の上に乗せていた。


「もう、ロロちゃん強引なんだから、ふふ」


 リコは黒毛の上に跨りながら嬉しそうに馬獅子型黒猫ロロディーヌの胴体を撫でてあげていた。


「ほら、大事な商売道具」


 そんな彼女へ拾った青白い剣刃が目立つ短槍を手渡す。


「うん。ありがと」


 俺は頷きながら、馬獅子型黒猫ロロディーヌの上へ軽く跳躍してリコの真後ろに乗り跨った。


 馬獅子型黒猫ロロディーヌ常歩ウォークでゆっくり進む。


「家、武術街なんだろ? 家まで送るよ」

「あ、うん。ありがとね、ふふ、シュウヤは優しいのね」

「そりゃな。気に入った女には優しくするのが、俺の流儀だ」

「……ぷっ、そんなこと間近で言われたの生まれて初めてよ。調子が狂うわ……」


 前に座るリコは軽く笑っていたようだが、恥ずかしそうに顔を俯かせている。


「にゃお」

「あうあっ――」


 馬獅子型黒猫ロロディーヌが首上から触手を数本伸ばし、リコの頬へ当てていた。

 気持ちを伝えたらしい。


「何? 不思議……気持ちが伝わってくる……」


 暫くすると、触手を離して、俺の首へ付着してきた。


「走る、遊ぶ、どっち、あそこ、遊ぶ、風、飛ぶ? だって……」 

「きっと、ここに来るときにリコが指示を出していたから、またリコが指示を出すと思って、聞いてきたんじゃないか?」

「なるほど、優秀なロロちゃんね、それじゃ真っすぐ通りを進んで頂戴」

「にゃおん」


 黒獣の顔を上向かせて、猫声を上げ、速歩トロットペースになり速度が上がり通りを進んでいく。


「あはは、楽しい。ロロちゃん速い速い」


 彼女は桃色髪を靡かせて笑っていた。

 速度に慣れてきたらしい。と言っても、だいぶ手加減された速度なので、普通の馬並みなのだけど。


 武術街の通りに戻り、俺の屋敷は通り過ぎてリコの屋敷前に到着。


 彼女の屋敷門は煉瓦で作られこの辺の屋敷にはない作りだった。

 門屋根の上には風槍流マドリコス道場と掲げられた石看板がある。


「師匠っ、何に乗っているのですか!」

「リコ師匠っ、隣に座っている男は?」

「お前たち黙りなさいっ! この方はシュウヤさんよっ。わたしを送って下さったの――」


 リコは桃色髪を靡かせて軽やかに馬獅子型黒猫ロロディーヌから降りる。

 その際に白布がヒラヒラと舞って悩ましい太腿から白い布パンティを履いたお尻ちゃんが視界に。

 一瞬にて海馬帯シナプスに記憶された。


 チラリズムは魅力度が高い。白パンティ委員会を立ち上げるべきか悩む。


「シュウヤ、送ってくれてありがとう……」


 俺が白のパンティの考察をしていると、リコは頬を染めながら話していた。


 そして、何かを言いたいのか、ブルースカイな視線を下げ少し内股で、もじもじさせている。


「ねね……シュウヤ」

「ん、なんだ?」

「槍のお稽古しよう?」


 その瞬間、彼女の周りに群がっていた門弟たちの顔色が変わり俺を睨みだした。


「いいよ。夜まではまだあるし」


 そう話すと周りからの視線が更にキツクなってくる。


「リコ、周りの門弟たちが、俺のこと睨むのだけど。止めといた方がいいんじゃないか?」

「えっ?」


 リコは周囲を見て、門弟たちの視線を確認。

 彼らはすぐに視線を逸らしていたが、丸分かりだった。


「ごめんなさい。わたしから稽古をお願いするのは滅多にないから、彼らは嫉妬しているのよ。でも、わたしがシュウヤとお稽古したいの……お願い、一度槍合った仲でしょ?」


 他にも俺という男が許せないとかありそうだけど。


「美人なリコにそこまでお願いされたら了承しよう」

「ふふん。ありがとう」


 彼女は美人と言われて、気を良くしたのか顎をくいっと動かしは唇の端を上げて微笑む。


「なら、こっちに来て」


 リコが門を見ると、門は空いていた。

 俺は馬獅子型黒猫ロロディーヌから降りて、小さくなった黒猫ロロを肩に乗せてマドリコス道場の門を潜っていく。


 道場としての家が中央にあるのが見えた。

 低い階段を上ると、石畳みの稽古場が広がる。


「ここで良いかしら?」

「いいぞ、ロロ、離れてみてろ」

「にゃおん」


 肩から跳躍。石畳みの上を走り、距離を取ると、こっちを振り返る。 

 門弟たちは左右へ広がり、俺とリコの稽古を見守る態勢となった。

 彼女は短槍を持ち、さっきと戦った時と同じく青い刃先を真っすぐ向けて構える。

 俺も外套を左右に開き紫鎧を晒しては、両手に握った魔槍杖を腰前に落とし、紫色の金属棒を握る指を動かし微妙に調整をしながら正眼に構えた。


 ――彼女が先に仕掛けてくる。


 予想通りの槍突軌道。


 あえて魔槍で受けず、両足の爪先に体重をかけ石畳みの上を跳ねるように、とんとん、とんとん、とんとん、と、リズム良く身体を半身ずらしながらリコの繰り出す突き技を僅かな動きだけで、躱していく。


 昔対戦したオゼの動きを自分なりに研究した取り入れた動きだ。


「――速い」


 リコがそう口ずさむのは仕方がない。

 俺は光魔ルシヴァル。身体能力は常に進化を続ける化物だ。

 彼女は神王位第七位であり強者のエルフ。その寿命がいくら永くても、定常の理の範囲で生きている生物だ。最初から俺とはモノが違う。


 <脳脊魔速><血液加速ブラッディアクセル>といったスキルは使わずとも、余裕な相手……彼女の攻撃を躱しながら側面に回る。


 リコの隙を数か所……見つけたので、突いていく。

 足の歩幅を微妙に変えて、わざと自らリズムを崩し、<刺突>を放つ。

 彼女は当然の如く、神王位。微妙のタイミング差を手元で反応して修正しながら紅矛螺旋の突きに青白い刃を合わせ、刃の上に螺旋の紅矛を乗せて滑らせながら弾いていく。


 この辺の繊細な技術は本当に凄い。

 盗むべき技術だ。


 だが、それが隙の一つ。

 俺は弾かれた魔槍を瞬時に消しては、また手元に呼び戻す――。

 彼女は急に無くなり消えては現れた魔槍杖に手元が狂う。


 すぐに魔槍杖を下から振るう。

 動揺したリコの足を竜魔石で刈った。


「――きゃぁ」


 竜魔石で叩くように足を掬われたリコは勢いよく転倒。

 受け身も取れず。

 頭部を石畳みに強打していた。

 骨も折ったかもしれない。

 急いで、アイテムボックスを操作。


 回復ポーションを出しながら転がった彼女へと近付いていく。


「――大丈夫か? この瓶回復ポーションを今かけるから」

「よくも師匠をっ」

「離れろ下郎がっ!!」

「怪しい瓶を持つなっ、インチキ野郎っ!」


 周りからはもの凄い剣幕で門弟たちが走り寄ってきた。


「うるさいな。今、怪我をしている彼女を治療する、邪魔だ」

『閣下、わたしが』

『今はいい』


 ヘルメを含めて雑魚を無視。

 リコの足へポーションを振りかけた。

 怪我をした個所は元に戻る。

 ついでに上級の《水癒ウォーター・キュア》を念じ、発動。

 煌く水塊から細かい粒が彼女に降り注いだ。

 リコの全身が煌き肌艶が増したように見える。


「……あ、また負けたかぁ。あ――ありがと、回復してくれたみたいね」


 ほっ、大丈夫だった。

 リコは腹筋を使い軽々と、元気よく立ち上がる。


 愛用の刃が青白い槍も拾っていた。


「……でも、わたしが二度も負けるとなると、八槍神王第四位のフィズ・ジェラルドが黙ってないかもしれない」

「上位の人か」

「そう、時々、修行を兼ねてこの武術街に来ることがあるの」

「その人が、俺に挑戦してくると?」

「たぶんね。強者だと分かれば、戦ってみたいという気持ちは分かるでしょ?」

「まぁな」


 そこのタイミングで、周りの弟子たちが騒ぎ出した。


「師匠っ!」

「師匠がどうしてっ!」

「こんな紫騎士なんかにっ!」


 リコがあっさりと負けて、門弟たちは憤慨したようだ。


「――貴方たち馬鹿ァ? 今の勝負を見て、シュウヤがどれほどの腕を持つか分からない? だとしたら、わたしの門弟として恥ずかしいわっ、すぐに辞めて欲しいぐらい恥ずかしい……結局はシュウヤが話していた通り、この容姿が目当てな馬鹿ばかりなのかしら……」


 リコは悲しげな顔を浮かべていた。

 彼女は師匠であるまえに槍が好きなんだな。


 その槍での勝負には女も男も関係ない。


 純粋に槍技を伸ばしたいと思っているからこそ、自分が教えていた門弟たちがリコが槍に対してどんな想いを持って教えていたのか理解をしていない、悲しみ。


 その顔色は最初に見せていた誇らしげな顔は消えていて、痛々しいほどだった。

 門弟を持ったことがないから分からないが、アキレス師匠には、今も尊敬を抱いているし、師匠からは槍武術を純粋に愛することを学んだ。


 俺も師匠からは武芸者の心を少しは受け継いではいると思う。


 その事を、改めて、彼女の顔色から教えられた気がする。


 門弟たちはリコの悲しげな顔を見て、バツを悪くしたように視線を泳がせていく。


「……リコ、門弟たちも反省した顔を浮かべているぞ? 今回のことで、逆に彼らも成長するんじゃないか?」

「……そうだといいんだけど」

「……師匠、すみませんでした。そして、凄腕の魔槍使い様、無礼な態度、言葉をお許しください」


 続いて、複数の門弟たちが謝ってきた。


「気にするな、俺も槍使い、仲間だ」


 門弟たちは安堵した顔を浮かべると、丁寧に頭を下げてくる。


「ふふ。シュウヤ……和ませてくれて、ありがとうっ――」


 なんと、リコが抱き着いてきた。


「おい、門弟が見ているぞ……」

「いい――」


 彼女は強く紫鎧の上に顔を埋めていた。


「……そか」


 暫く、彼女の背中を優しく抱きしめてあげた。

 ヤヴァイ、ヤヴァイよ。


 心に囁く悪魔の声が、俺を口説こうと……内面の秤の上に揺れる脳内裁判が始まろうとした瞬間、リコの声が響く。


「ふふんっ」


 勝ち誇った声をあげるリコ。

 俺は同時に尻もちをついて、こけていた。

 そう、リコに足をひっかけられて転ばされたのだ。


『閣下、すみません、忠告すべきでした』

『いや、しょうがない』


 リコの手には短槍が握られ、刃先が俺の首に当てられている。

 ……女の武器か。これは卑怯だ。

 その時、あの猫爺の言葉が脳裏に過る。

 卑怯も何も関係ないじょ、己の才覚のみじょ、ふぉふぉふぉふぉっ。


 あはは、その通りだ。俺の負けだ、じょ。

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