百八十三話 馬には乗ってみよ、人に添うてみよ

 リコはピンクの髪を揺らしつつ、


「これで、わたしの一勝ねっ、ふふーんだ」


 と、発言。

 地面に倒れる俺に向けて、細い腕を伸ばしてくる。


 どんな手段だろうと彼女の勝ちは勝ちだ。

 幾らかは自尊心を取り戻しただろう。


「――あぁ、完敗だ。もろに弱点を突かれた」


 彼女の手を握り立ち上がった。


「やった。でも、いつか真面目に戦ってシュウヤを倒すっ、負け越しはいやだからね」


 夕日が桃色髪に反射しているようで髪を美しく見せていた。


「はは、ま、がんばれ。それじゃ、そろそろ帰る」

「……うん」


 声といい、寂しげな色を隠せない。

 桃色のソバカスが、また可愛い。


「どうした? 本格的に抱きしめてやろうか?」


 おどけながら、そう聞くとリコは瞬きを繰り返し、


「馬鹿っ……」


 短くそう呟いてから、恥ずかしそうに視線を逸らし、微笑んだ。

 そして、


「ううん……玄関まで送るわ」


 と言いながら、すぐに視線を寄越す。

 少し目が充血している?

 ぽーっとしたリコだ。

 頬の桃色のソバカスが斑に紅く染まっていた。


 そのリコは何か話そうとしたが……。

 小顔を左右へ振ると、気を取り直すように歩き出す。


 女の子らしい行動でカワイイ。


「……ロロ、行くぞ」

「にゃ」


 香箱スタイルで眼を瞑り寝ていた黒猫ロロさんを呼ぶ。

 リコの後ろ姿を見ながら、小走りに向かった。

 彼女の隣に付いて、歩く。


「シュウヤ、今日は楽しかった」

「俺もだ」

「……シュウヤ、モテるでしょ?」


 突然そんなことを言ってきた。


「恋人、家族は多数いる」

「否定しないどころか、恋人が多数ですって? ムカつくわっ、ふんっ」

「なんだよ。嘘ついたところで仕方ないだろう」

「はいはいっ、あ、もう玄関についちゃったわ……」


 彼女は一瞬、憂い、寂しさを顔色に出しては、思案顔となった。


「寂しいのか?」

「……もうっ、本当に女慣れしているのね――」


 リコは別れのハグをしてくる。

 俺も細いウェストに手を回して抱きしめハグを返した。


「暇な時に、また勝負しような?」


 彼女の長耳へ優しく呟いてから、身体を離す。


「……うんっ」

「にゃん」


 黒猫ロロも別れの鳴き声を出す。

 すぐに、むくむくと体を大きくさせた。

 馬と獅子に似た姿に変身。

 カッコイイ神獣だ。

 俺はリコに、


「それじゃ――」


 と、挨拶しつつ神獣ロロディーヌの背中に跨がり乗った。


「またね。シュウヤ」


 リコの別れの言葉を聞いた直後。

 神獣ロロディーヌは前進。

 武術街の通りを普通には進まずに、爆速――からの、跳躍――。

 あっという間に俺の屋敷の大門の上に到着だ。


 俺は神獣ロロディーヌから降りる。

 相棒は、頭部を上向かせて、


「にゃあぁん、にゃおおぉん」


 と、鳴いた。喉と胸元のグリフォンのような段々としたふさふさの黒毛が、ロロディーヌの声と連動してブルブルと震えている。

 すると、降りた俺の腰に触手をしゅるると一瞬で巻き付かせると、また背中に乗せた。


 そのまま力強い四肢の動きで屋根を蹴る――。

 中庭に四つの脚で着地する。

 はは、と笑いながら、相棒の背中を掌でマッサージ。


 普通に跳躍して降りられたのに……。

 と、黒毛ちゃんと地肌を入念にマッサージしてあげた。

 相棒も嬉しいのか、ゴロゴロと喉音を鳴らす。


 まったりとした空気感となる。

 すると、<筆頭従者長>たちが家から中庭へ飛び出してきた。


「シュウヤ、お帰り~。お菓子を少し買ったわよ」

「ん、遅かった」

「ご主人様、近くの小さい市場を調べてきました」

「お帰り。訓練で父さんを何回か突き刺しちゃった」


 ユイが、さり気なく怖いことを。

 その父のカルードは、ハハッと笑いながら、ユイの隣に立つと、俺に向けて、


「マイロード、お帰りなさいませ」


 と、挨拶。

 俺はすぐに相棒のロロディーヌから足をあげつつ回転。

 石畳の上へ降り立った。


 彼女たちへ振り向く。


「――お待たせ。武術連盟の会長さんと話をして、試合への参加が決まった。闘技場にいけば神王位二百三十位からだが、いつでも試合ができるようだ」

「へぇー、ここ、元道場らしいけど、本格的に武術道場にでもするの?」


 レベッカは元稽古場であったこの中庭の石畳を見まわしては、質問してくる。


「そんなつもりはない。ただ、挑戦できる立場を手に入れただけだ。いつか、挑戦するかもしれないし、しないかもしれない」


 俺がそう正直に話をすると、ヴィーネが視線を寄越す。

 綺麗な銀仮面と銀色の瞳を見た。

 ヴィーネの炯々たる銀色の虹彩が彩る瞳孔は、いつ見ても美しい。

 俺がじっと見ると、微笑してくれた。


 彼女は俺の視線の意味を感じ取ったらしい。


「ご主人様……」

「ん、何を見つめ合っているの?」

「ちょっと? ヴィーネ。シュウヤと今日は変なことするの禁止ね」


 文句大王レベッカがエヴァの指摘に乗っかり、指を差しながら語る。


「いいえ、わたしはご主人様と一緒に寝ますっ」

「うぅ~あんなこと言ってる~。エヴァァ、なんか言ってやって」

「ん、ううん。わたしはシュウヤ――」


 エヴァはレベッカを華麗にスルー。


 魔導車椅子を変形させセグウェイタイプにすると、素早く近付いてくる。

 天使の笑顔で俺に抱き着いてきた。


「ん、シュウヤの匂い。――ん? 他の女の匂いがする……」


 リコとハグしたからな。

 エヴァの場合は、サトリがあるから、一瞬で分かったか。

 <筆頭従者長>となった彼女たちは嗅覚もあがっているはず……。

 ま、エヴァじゃなくても気付いたか。


「……何ですって?」

「ご主人様っ、女槍使いと槍合ったやりあったのですか?」


 ヴィーネは洒落のつもりなのか、聞いてくる。


「あのリコさんと……」

「さすがはマイロード。男の中の男。強き偉大な男の前では、武芸者の女といえど惹かれますな」

「……父さん。でも、当たり前か……」


 その様子を見ながら口を開いた。


「……リコとは槍で稽古しただけだ。えっちなことは、まだ、していない」

「どうして、〝まだ〟の部分が必要なのかしら?」


 レベッカが眉宇を顰めては、蒼炎を瞳に宿す。

 小柄だが、独特のオーラを感じさせながら近寄ってくる。


 そこに、ユイが魔脚で素早く間合いを詰めると、俺を守るように立つ。


「……レベッカ、シュウヤを信用してあげたら? 仮にリコさんとえっちをしても、シュウヤはわたしたちを愛してくれるわよ。わたしには分かる。離れていても、あの時と同じように、優しくしてくれたし。女のことに関しては、昔から何一つ変わらないわ」


 ユイ……。

 彼女は大人の発言をしてくれた。


「う、それはそうだけど……もやもやしちゃうのっ」


 レベッカは素直に女心を口にする。

 カワイイやつだ。


「ん、他に女を作るのはいい。でも、今日の夜はシュウヤ……わたしとだけ。ね?」


 エヴァは俺のことをキツク抱きしめながら、さり気なく呟く。


「エヴァだけで、ご主人様の夜を耐えられる自信があるのですか?」


 ヴィーネが指摘してくる。

 エヴァはヴィーネの言葉を聞くと、俺の顔を見上げて、唇から小さい舌を出し、


「……ん、無理かも」


 可愛らしく笑顔を向けてくる。

 そのタイミングで、視界にヘルメが登場。


『ヘルメ、表に出るか?』

『はい、お任せください。彼女たちを導きましょう』

『おう』


 左目からいつもより派手に常闇の水精霊ヘルメが出る。

 ――スローモーション気味にスパイラル。

 人を模る周囲に美しい水の環を幾つも作る。

 そのまま美人な常闇の水精霊ヘルメさんが誕生。

 肌がツルツルしてそうで、艶がある。


 そのヘルメは水を周囲に撒く。


「――きゃっ、冷たい」

「ん、精霊様」


 ヘルメは、少し体を浮かせていた。

 背中から闇と蒼が混ざった光を発した。

 

 神々しい後光的な光だ。

 その女神的なヘルメが、


「……選ばれし眷属たち。閣下から直に血を分け与えられた<筆頭従者長>の立場とて、調子に乗りすぎです。ユイの言葉通り、閣下は皆を愛しているのです。独占したい気持ちは分かります。しかし、これ以上……閣下を困らせるつもりでしたら、わたしが、皆を水で埋めますが、宜しいですか?」


 水に埋めるって、溺れちゃうだろう。

 ま、皆、不死系だから無酸素だろうと呼吸は必要ない思うが……。

 

 ヘルメは、後光を発している背中から無数の水柱を放出する。

 水が螺旋している水柱は、天を貫く勢いだ。

 立ち上る激しい水の乱気流にも見える。


 水飛沫の嵐となって夕闇を覆い尽くした。


「……」


 ヤヴァイ。指向性をもった水嵐。

 あんなこともできるようになっているのか。


「精霊様、調子に乗っていました」

「精霊ヘルメ様、お怒りを鎮めてください」


 ユイとレベッカは片膝を地に突けて謝っている。

 カルードも焦ったように、


「――あぁ、お屋敷が……精霊様、お怒りを鎮めてください。お祈りを捧げますので……」


 そう語ると、両膝を石畳に突けた。

 両手の指を合わせてお祈りを始める。


「ん、精霊様。もう独占はしません」

「精霊様、お怒りを鎮めてください。ご主人様が困ったような、お顔を……」


 ヴィーネはさり気なく語る。

 さすがは優秀なヴィーネだ。

 ヘルメの弱点を見抜いている。


「はぅ、閣下、困っていたのですか?」


 ヘルメちゃんは動揺したのか、おっぱいから少し水を放出させていた。


「……少しやりすぎ、中庭が水浸しじゃないか」

「申し訳ありません。すぐに退かせます」


 ヘルメは放出した水をコントロール。

 自らの体内に水を呼び戻す。

 まるで高速カメラが逆再生するかごとくの勢いだ。

 地面に散った水という水が、常闇の水精霊ヘルメの体内へ戻る。


 逆に乾燥した空気となった。

 その時、ふと、思いつく。


 ヘルメは乾燥機として使えるのでは? と。


「……閣下、完了しました」

「おう。しかし、ヘルメ、水の精霊としても成長しているんじゃないか?」

「はいっ、閣下への想いがわたしを強くするのです」


 ヘルメは嬉しそうに破顔した。


「想いか。ヘルメ、いつもありがとう。それじゃ、皆……気を取り直して本館の中へいこう」

「閣下……」


 ヘルメは嬉しいのか全身の葉っぱ皮膚をウェーブさせた。

 そんなヘルメと笑顔でアイコンタクトしてから、腕を泳がせ、本館へ向かった。


「はい、ご主人様」

「うん」

「いこいこ」


 まったりムードになった<筆頭従者長>の彼女たちもついてくる。


 家に入り、胸ベルトを外すと……。

 そそくさと美人メイドたちが近寄ってくる。

 クリチワ、アンナが、運んでくれた。

 外套も脱がされて、鎧も外して、マネキンへかけてくれる。


 今までは〝内裸でも外錦〟に近い状態だったが……。

 家でもそれなりな恰好で過ごすことになりそうだ。


 この王侯貴族感は……癖になりそうだ。

 ま、この家だけだしな、楽しむとしよう。


「シュウヤ、嬉しそう。わたしも脱がせるの手伝ってあげようか?」


 レベッカがリビングの机に肘をつけながら、俺の様子を見ていたのか、笑顔を作りつつ語る。


「いや、これは彼女たちの仕事だから、奪ったら可哀想だ」

「それもそっか」


 メイドの二人へ手を出して――。

 これは『俺が着る』と意思を示しながら、新品の黒い革服を着ていく。


「レベッカには、寝室で、この革服を脱ぐ時に手伝ってもらうさ」

「あ、うん。もう、すけべ……」

「ん、レベッカ。わたしも混ざるからね」

「ご主人様の服は、わたしが脱がせます」


 まーた、争いが始まった。

 無視して、イザベルに話しかける。


「イザベル、食事の用意を」

「はっ、畏まりました」


 そうして、一家団欒の食事タイムとなる。

 旨い食事だ。

 談笑しつつ色々な話をしていった。


 ヴィーネからの簡易的な市場調査の報告。

 植木の祭典があるとか。

 更に、蟲を扱う邪神と使徒。

 迷宮の五階層にある邪獣退治。

 十天邪像に関する予想。

 闇ギルドの運営。

 地下オークションにどんな物が出品されるかの予想。

 【オセべリア王国】と【ラドフォード帝国】の戦争の行方。

 迷宮に潜っている高級戦闘奴隷たちの動向。

 この間の金箱から新しく手に入れた魔宝地図の鑑定をしてもらうかどうかを、皆で、話していく。


 因みにレベッカは興奮した様子だ。


「鑑定してもらいに地図協会へ行くべきよっ」


 と、力説する。

 続いて、明日家に来る予定のミスティとの出会いと経緯を説明。

 ユイは頷く。

 ミスティの兄ゾルと対決したこと。

 彼がどんな能力を持っていたかも合わせて、その委細を告げた。


「ミスティに兄のゾルは、俺が殺した。と、まだ告げていないんだ。だから、正直に話そうかと考えている」

「うん。はっきりと伝えるべきだと思う」

「マイロード、真実を告げるべきかと愚考します」


 レベッカとカルードは伝えることに賛成か。


「ん、難しい……」


 エヴァは保留。


「当事者としての意見だけど、ゾルとシータ奥さん? がどんな最期だったかは……親族だし、うん。伝えるべきだと思う。でも、わたしだって殺されそうになったんだから、シュウヤがゾルを殺したことは責められないよ」

「ユイに賛成です。ご主人様と対決し、敗れて死んだ。真実を伝えるべきかと愚考します」

「閣下、もし正直にお話をして彼女の気持ちが離れたら、貴重な戦力が……」


 彼女たちの意見は様々だ。


 その意見を吟味……やはり賛成が多いし、話すべきと判断が傾きつつあった。

 真実を告げて俺が楽になりたいのもある。


 なによりミスティは、わざわざ仲間になりたい。

 と、申し出てくれた綺麗で貴重な女性だ。


 この間、別れた時とは状況が違う。

 馬には乗ってみよ、人には添うてみよ、の精神だ。

 やはり話そう。


「……そうだな。やはり真実は伝えようと思う。彼女は兄を殺したい。と言っていたが、実は心配しているだけなのかもしれない。真実を知れば、俺を嫌って離れる可能性が高い。しかし、そうなったらそうなったで、仕方がない」


 そして、彼女が望めば<筆頭従者長>か<従者長>に眷属化させるつもりのことも話した。


 これにはレベッカが拒否反応を示す。

 が、ユイ、エヴァ、ヴィーネ、ヘルメがなだらかな口調で説得側に回り事なきを得る。


 次に、ヴェロニカとポルセンから聞いていた【王都グロムハイム】近辺を根城にしている高祖十二氏族ヴァンパイアロードの一つであるヴァルマスク家。

 そこから【月の残骸】のメンバーのヴェロニカが盗んだ荒神の白猫マギットに関する話題を上らせた。


 現在のヴェロニカは俺の部下、仲間といえる存在。

 ヴァルマスク家と彼女の争いに、俺たちが巻き込まれる可能性が高いことを話す。


「……果たして、閣下に対して戦いを挑むでしょうか。そのヴァルマスク家とやらは詳しくは存じませんが、仮にも数百年、数千年と続く始祖の血脈たちでございましょう? 人の世に紛れて絶滅を免れているのならば、かなり優秀な種族たちともいえます」


 ヘルメの言う通りだ。


「確かに」

「はい、いかに大切な荒神が盗まれたとはいえ、閣下が率いる【月の残骸】がこのペルネーテの闇社会の縄張りの殆どを占めている情報は、もう【盗賊ギルド】が各地へ拡散しているはず。その情報だけでなく、彼らはヴァンパイア。闇の技を使う隠れたヴァルマスクの密偵により、閣下が至高の存在なのだと、遠くからでも気付くかと思われます」


 その可能性は充分にある。

 吸血神ルグナドの力を用いるヴァンパイアだろうし。


「他の吸血鬼がマイロードの敵になるのですね……では追撃戦、殲滅戦、ゲリラ戦、どちらも作戦立案はお任せを」

「父さん、凄いやる気」

「そうだ。武人は犬とも言え畜生とも言え勝つことが重要なのだからな」


 さすがはカルード。

 渋声で話す姿は、何処ぞの戦国武将だ。


「ん、わたしたちも攻撃されちゃうの?」

「そうよ、エヴァ。血を吸われちゃうかもしれない」

「いや、シュウヤだけの物なのに……」


 エヴァは頬を赤らめて、紫の瞳を俺に向けてきた。

 俺と視線が合うと天使の微笑を浮かべてくる。

 くっ、カワイイ。

 この天使なエヴァの血は、野郎なヴァンパイアに絶対に吸わせられないな。


 イケメンなヴァンパイアがエヴァ、彼女たちを襲って血を吸う姿を想像したら、心臓が高鳴り……ヤヴァイ、違う性癖、いや、ちげぇ、怒りが沸々と湧き上がってきた。


 カルードのいう作戦を用いて……ヴァルマスク家を根絶やしにするか。

 または直接出向いて、ヴァンパイアの集団を支配下におくか?

 俺の光魔ルシヴァルの血なら、吸血神ルグナドの始祖だろうと、かなりの効力がありそうだし。


「……ご、ご主人様、め、目が充血し、目の周りに……筋が発生しておられますが……何か、お怒りにでも?」


 ヴィーネがこわごわと震えながら口を動かしていた。

 自然と魔というか、闇の部分が顔に出ていたらしい。


 指摘されないと分からないもんだ。

 ま、俺は血を好む化け物だからな。


「……ごめん、エヴァが血を吸われるところを想像したら嫉妬で怒りが抑えられなくなった。だから、もし、ヴェロニカやお前たちへヴァルマスク家が喧嘩を仕掛けてきたら、直で乗り込み、ヴァンパイアを根絶やしにするか、支配下におこうかと考えていたところだ」

「ふふ、シュウヤ、ありがとう」

「あぁーずるい、わたしもヴァンパイアに血を吸われちゃうーーー」


 レベッカはエヴァに嫉妬したのか、突然そんなことを言い出しては、席を立つ。

 顔を斜めに逸らして首を晒しながら走り寄ってくるという、アホな行動を取る。


「わたしもーーー素足にぃぃぃぃ牙がぁぁぁ」


 ユイは床で寝ている黒猫ロロへ足先を伸ばしていた。


「にゃ?」


 黒猫ロロはコミュニケーションの一環だと判断したのか。

 ユイの足先をぺろぺろと舐めていく。

 そして、指と指の間に顔を埋めると……くちゃー顔を披露。


 フレーメン反応を浮かべている黒猫ロロさんであった。


「ユイ、指と指の間が臭いらしいわよーー」

「ええぇ、ショック」


 レベッカは笑いながら黒猫ロロの側に向かう。


「ん、でも、ロロちゃん気に入ったみたい。また匂い嗅いで舐めてる」

「……ロロ様はユイの足がお好きなのですね……わたしの葉っぱの足は匂いますか?」


 ヘルメは黝い葉をウェーブさせながら立ち上がると足先を黒猫ロロへ伸ばす。

 鼻をくんくんと動かして匂いは嗅いだが、くちゃー顔はしなかった。

 ぺろぺろとユイの足と交互にヘルメの足を舐めていく。


「きゃん、そこはくすぐったいー」

「ふふっ、ロロ様、ベロがざらついてますね……」


 なんかユイがエロい声を出し始めたので、違う話へ移行。


「その高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアの卵は、まだ孵りそうもないの?」

「まだだな、時々ロロが温めているけど」

「ん、名前は決めた?」

「まだ。生まれた時にでも決めようと思う」


 卵の次は、闘技場にはいつ向かうとか、鏡の十二面:空島にある鏡、一五面:大きな瀑布的な滝がある崖上か岩山にある鏡、十七面:不気味な心臓、内臓が収められた黒い額縁があり時が止まっているような部屋にある鏡について話し合った。


「内臓が飾られてある部屋は不気味ね」

「何かしらのマジックアイテムの保管場所なのかもしれませぬな」


 ユイとカルードはそう語る。

 確かに、保管場所か。あり得るな。


「ねぇ、鏡は一個回収したのよね?」

「うん、回収した」

「ん、鏡を迷宮に置いたら便利?」

「迷宮といっても、アイテムボックス持ちが多いわよ? 回収されちゃう可能性は高いわ」


 レベッカがエヴァの話に重ねてくる。


「確かに」


 確実に回収されちゃうな。


「ん、安全なところを探す? 迷宮の五階層なら、広いフィールド。どこかに置ける場所があるかもしれない」


 エヴァは紫の瞳を斜めに向けている。

 五層の光景を思い浮かべるように話しているようだった。


「わたしは迷宮のことは知らないから、どうなんだろう。レベッカのいう通り、盗まれる可能性が高いと思うわ」

「マイロード、娘と同意見です、暗殺と戦場しかしりませぬ故……申し訳ない」


 カルードは慇懃めいた態度で頭を下げてくる。


「いや、話し合いだからまったく構わない。むしろ、カルードのような戦場を知る武官は重要だ」

「……マイロード。ありがたき幸せ。このカルード、どの場所でも全力を尽くす所存」

「父さん、涙を溜めている?」

「そうだ。この忠誠を超えた、マイロードに対する想いが分からぬのか?」


 カルードは威厳を持った顔でユイを見て話していた。


「……わ、わかるわよ、愛しているし」

「分かればいい」


 カルードは渋い表情で頷く。


「……話が脱線したが、迷宮には鏡はまだ置かない。現状はどうやっても優秀な冒険者によって回収される未来しか見えてこない。何か絶対に開けられない隠し扉があれば、話は別だがな……」


 そこで、邪神シテアトップが話していたことが脳裏に過る。

 十天邪像を使った先には転移が可能な特殊な水晶体があると、そこには十天邪像を使わないと入れない部屋があるという。


 しかも、俺が持つ鍵でしか入れないとなると、そこに鏡を置けば、盗まれる心配はない。

 ま、これはあくまでも予想。

 実際に五階層に向かい邪獣とやらを倒し、十天邪像を使ってからの話だ。


「……そうね。今はあの寝室にある鏡だけでいいと思う。でもさ、土に埋まってそうな鏡の回収はしないの?」

「しようとは思っている。この間、血鎖甲冑を身に着けていただろ? あれで、一気に土の中に土を削りながら潜れないかな? と考えていたところだ」


 ……土を削り内部から外へ土を運ぶ作業もいる。


「閣下、まだ未知数ですね」

「……そうだ。実際に土に潜って試してみるしかない。が、優先度は低い。今はそれより明日の迷宮、何階層に向かうか決めようか」

「さっきも話したけど、地図鑑定ね」


 お宝好きレベッカは語る。


「分かっている。ついでにやっとこう。果たして何階層の地図となるか……」

「金箱ですからね、深い階層なのは間違いないかと思われます」


 ヴィーネは流し目で冷静に話す。


「ま、明日になってからの話だ。んじゃ、今日の話し合いは終了」


 そのタイミングで話を終えて解散。

 各自、リビングルームから離れて、部屋に戻るが……。

 男のカルードを抜いた全員が、結局、俺の寝室に集まってきた。


 そこからは黒猫ロロディーヌが呆れるか分からないが、寝台がきしむほど、激しい情事の夜となる。


 もう朝方だ。

 今回は張り切った。


 彼女たちも満足してくれたと思う。

 寝台で、悩ましい姿で寝ている<筆頭従者長>たちだ。

 お尻が光っている精霊ヘルメも横たわっていた。


 彼女たちを起こさないように寝台からそっと立ち上がる。

 廊下を出て……螺旋階段の樹板を踏みしめて二階へ向かう。


 大きい暖炉がある板の間空間を横切り、ベランダに出た。


 いつもの二つの大木が生える中庭を、特に意味もなく見つめながら……。

 頬に微風を感じるまったりタイム。

 中庭には水を撒くヘルメの姿がない。


 睡眠は要らないはずの常闇の水精霊ヘルメだが……。

 俺の腰振りか指の動きが激しすぎたか……。


 いや、ヘルメ自身が張り切りすぎた。

 〝新プレイ〟とか話して、水の魔力を多用しすぎていたからな。

 目に戻ってきた時に魔力をあげよう。


 そんなことを考えながら、椅子に腰掛け、まったりと過ごしていく。


 さて――と、中庭へ跳躍。

 石畳の上で槍武術の訓練を開始。

 胸元に両手をクロス、押ス! と気合いを入れて、蹴り、肘を出して爪先半回転――。

 くるくると回って跳躍し、そのまま<導想魔手>を足場に使う。

 右足の裏で<導想魔手歪な魔力の手>を蹴り、宙に上がる――。

 その空中でも訓練を実行――。

 

 大門の屋根が視界に入った――。

 <導想魔手>を蹴って消して、また<導想魔手>を出して、また蹴っての、宙空ステップ――三昧!

 無駄に一回横捻りを加えて、宙空回転――新体操で+0.5は加わったはず!


 と、屋根に着地した――。


「この大門も、ちょっとしたベランダだな――」


 そんなことを呟きながら、仙魔術の訓練を開始――。

 全身から魔力を薄く放出する。

 導魔術の技術である掌握察を実行……。

 仙魔術の魔力操作へと移行した刹那――。


 霧が屋根の上の範囲を超えて、空中に発生した。

 魔力を、かなり失った。

 胃が捩じれる感覚を味わうが……構わず何度も霧を連続で発生させていく。


 すると、細かな粒子の霧をある程度操作できるようになってきた。

 指向性を得たが、スキルを得た訳ではない……。

 これが基本中の基本仙魔の技術なのだろう。


 んだが、仙魔の練習はキツイなぁ。

 胃に穴が空きそうだ。

 これは……処女刃の痛みのがマシかも、な。


 ふぅ……屋根上に座り休憩。


「にゃおん」


 胡坐をかいて休んでいると、黒猫ロロが屋根上にきた。

 おいで、っと、指先を伸ばす。

 

 相棒は鼻先を俺の人差し指にツンッと突けてくれた。

 ふがふがと爪先の匂いを嗅ぐ黒猫ロロさんだ。

 可愛いぞこんちきしょう!


 と、その小鼻ちゃんをツンと突くと、黒猫ロロはまん丸い目を俺に向ける。

 その黒猫ロロに、


「……おはよ、ロロ。昨日は部屋を煩くしてごめんな」

「ンン、にゃ」


 黒猫ロロは構わないニャ的に鳴いたか分からないが、俺の胡坐の上に足を乗せて座ってきた。


 ごろごろ喉を鳴らしながら……。

 俺の膝の上に、首の下を乗せて背中を伸ばす。


 はは、ゆったりとした猫らしい寝姿だ。

 カワイすぎるだろう。

 ふと、一番最初に出会った頃を思い出す。


 アキレス師匠とレファが見てる前で、こうやってあぐらの上にお前ロロは乗ってきては休んでいたな……。


「にゃ?」


 昔を思い出しながら相棒の頭を撫でていると……。

 黒猫ロロはこれでもかっというぐらいに頭部を後ろに反らす。


 逆さま視点になりながらも見上げてくる。


 一入いとしい黒猫ロロの顔だ。

 俺は微笑みを返してあげた。

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