百八十一話 桃色髪の八槍神王第七位

 次の日。


 カルードは家で留守番をしてもらった。

 その他のメンバーでザガ&ボンの店を訪問。

 早速、ボンと黒猫ロロは謎な踊りを繰り返す。

 ドワーフ音頭と猫狸音頭って印象の不思議なメルヘン踊りを繰り返す。

 二人とも楽し気だ。

 そんな楽しそうなメルヘン空間に入ろうとしているルビアの姿もあった。


 少女と謎なドワーフ。

 黒猫をお供に未知のメルヘン世界への冒険の旅に出る。


 そんなおかしな妄想物語を想像しつつ――。

 ザガに魔柔黒鋼ソフトブラックスチールの一部を差し出していた。


 ミスティにも、この魔柔黒鋼ソフトブラックスチールをプレゼントしよう。


「これは迷宮産の魔柔黒鋼ではないか……くれるのか?」

「あぁ、俺が持っていてもしょうがない。お土産だよ」

「おぉ、太っ腹な男! お前は俺を泣かせる気か!」


 ザガは目に涙を溜めながら威勢良く語る。


「喜んでくれたなら、嬉しい」

「おうよ、喜んでいるとも、ありがとう」


 ザガは太い片腕で涙を拭うと頭を下げてきた。


「どういたしまして」

「嬉しいぞ……錬魔鋼と銀魔鉱の繋ぎの素材に使えるレア金属……」


 ザガは早速、仕事に使える素材同士の掛け合わせを楽しんでいるようだ。


「それじゃ、次はボン」

「エンチャ?」


 黒猫ロロと遊ぶボンへ魔力を帯びた釣り竿を差し出していた。


「エンチャントッ」


 黒猫ロロとの謎踊りを中断させてたボンは、礼儀よく頭を下げる。

 そのまま俺に走り寄り、手に魔力が漂う釣り竿を握ると、そのまま俺に抱き着いてハグしてくる。

 彼は背が小さいので、俺の太腿に顔摺り寄せているだけにしか見えない。


 だが、彼の気持ちは凄く嬉しい。

 ボンの背中を軽く撫でてあげた。


 ボンはハグに満足したのか、釣り竿を頭上に掲げ、


「エンチャ……」


 何やら感動したようにエンチャ語を呟く。

 嬉しそうにまん丸の目を輝かせると、両手と両足を交互に、いっち、に、さんし、と、上げて喜びをアピールする特異なるダンスを繰り返してきた。


 これには黒猫ロロが大反応。


 一緒に後脚の片足を交互に上げるように跳躍。

 空パンチを宙に向けて繰り出していた。

 面白い猫ダンス。

 これには俺も釣られそうな魔力があった。


 一緒に裸になって異世界葉っぱ隊を結成か?

 いかん、気を取り直して、ルビアを見る。


 ルビアはボンの葉っぱ隊踊りを見ながら笑っていた。

 そのルビアに、


「……ルビアにはこれをプレゼントしよう」


 と発言すると、ルビアはニコッと笑顔を作る。

 そのまま俺の傍に走り寄ってきた。

 腕の振り方が可愛い。

 冒険者として活動中だが、まだ少女だと分かる。


 その冒険者としてがんばるルビアに、銀糸のワンピースをプレゼント。


「わぁぁ……シュウヤ様、大切にします……ありがとう」


 ルビアは俺があげた銀糸のワンピースを胸に抱く。

 ザガと同じく涙を瞳に溜めていた。

 刹那……周りの空気感が変わる。


 レベッカ、エヴァ、ヴィーネ、ユイの乾いた笑顔と視線だ。


「こういう優しさはわたしたちには毒ね」

「ん、大毒」

「同意します。ご主人様が喜んでいるのも、胸にきますね」

「ルビアは嬉しそう。わたしも嬉しくなるけど……胸中は複雑ね」


 ユイも胸に手を当てながら語っていた。

 俺は、


「そんな顔をするな、迷宮に潜ったらまたお宝を手に入れることができるだろ。その時にプレゼントしよう」

「ふふ、とってつけた言い方だけど、気を遣うところが、シュウヤらしい」


 ユイはそう言うと、俺の片腕を掴んできた。

 俺は笑みを浮かべてそのユイを見ると、ユイは笑顔のまま、俺の肩に頬を寄せる。


 レベッカ、エヴァ、ヴィーネも切なそうな表情を浮かべつつ、


「――それは当然、わたしたちも含まれているのよね?」

「ん、シュウヤ?」

「ご主人様……」


 と、発言しながら近寄ってきた。


『閣下、わたしは魔力が欲しいです』


 ヘルメも視界に浮かびながら呟いてきた。


『そういうと思った、ほらっ』


 左目に宿る常闇の水精霊ヘルメへ魔力をプレゼントしてあげた。


『あぁぅ、ありがとうございます』


 視界から消えたヘルメは切なさを感じる声をあげていた。

 そこで皆を見据えて、


「……当然だ。皆にもプレゼントはしたい。宝物次第だが」

「うんうん。その気持ちで十分よ!」

「ご主人様っ」

「ん、シュウヤ大好き――」


 結局こうなる。

 全員に抱き着かれてしまった。


「シュウヤ様っ!」


 ルビアも我慢できなかったのか飛びついてくる。


「エンチャント!」

「にゃお」


 ボン君も黒猫ロロも遊びだと思ったのか俺に抱き着いてきた。


「なんだ、最近の遊びか?」


 ザガが不思議そうな顔を浮かべて俺たちの様子を見ていた。


「似たようなもんだ。皆、離れてくれ」


 彼女たちはそれぞれに笑顔を浮かべて離れる。


「シュウヤ様はもてるのですね……」

「そうなのよねぇ、あ、ルビアさんといったわね、わたしの名はレベッカ、シュウヤの恋人で、選ばれし眷属よ。よろしくね」

「えっ 恋人……眷属? あ、はい、宜しくお願いします」

「ん、よろしく。同じく選ばれし眷属が一人、シュウヤと愛を誓い合った仲のエヴァ」


 エヴァの愛という言葉にルビアは衝撃を受けたのか、瞳に闇が混じっていく。


「あうあっ、愛ですか……はい。宜しくお願いします。エヴァさん」

「わたしはユイ。選ばれし眷属であり、シュウヤの一番初めの恋人。愛し合っている仲です」


『それは聞き捨てなりませんね、わたしが……』

『ヘルメ、俺はちゃんと分かっている』

『はい』


 ルビアはショックを受けたように顔を青ざめていた。


「そ、そんなに……」

「勿論、わたしもご主人様と夫婦の契りを結んだ、選ばれし眷属、<筆頭従者長>であります」


 ヴィーネは勝ち誇ったように銀髪を揺らす。

 銀仮面越しに細い顎を僅かに傾けて突き出しては、巨乳の胸で両の腕を組む。

 ……争いの予感。


「はい……この間とは違うのですね。皆様はシュウヤ様の部下であり、家族に……」


 ルビアの背後から、また、ゆらりと黒い影が生まれでようとしていた。


「――ルビア、そんな暗い顔をするな。今日はお前とザガとボンに会いたかったから来たんだぞ」


 ルビアは笑顔を見せる。


「あ、はいっ、会いに来てくれたのは凄く嬉しいです」


 と、元気な声を発すると、ルビアの背後から出た影は途中で失せた。


「エンチャントッ」


 ボン君もルビアを励ますようにサムズアップ。


「にゃおん」


 黒猫ロロもボンの行動を真似するように片足を上げて空パンチ。


「ふふ、可愛いっ、ロロちゃん、ボン君が好きなのね――」


 ルビアは脚を屈めて、黒猫ロロの頭を撫でている。

 黒猫ロロも嬉しいのか触手と尻尾の先端をルビアの手に絡めていた。


 あ、家のことも教えておくか。


「ザガ、もう一つ報告がある。実は俺、家を買ったんだ」

「ほぉ、ついに買ったのか。どこにあるんだ?」

「武術街の中にある元道場。中庭がついた大屋敷だ。ここからは意外に近い」

「おぉぉ、あの空いていた武術街の大屋敷を買ったのか。闘技場にも近く、武芸者たちの街。俺の客にもそこの街に住む者が何人かいるぞ」


 ザガは場所を知っているらしい。

 敷地が広いから有名だったのかも。


「ザガとボンの腕前は、もう広まっているようだな」

「がははは、知らず知らずに仕事をしているうちにな、客が増えてきた」


 客が増えるのは頷ける。

 腕が立つ冒険者や武芸者たちがザガとボンの仕事の腕を見れば、一発で気に入るはずだ。


「……それで俺の屋敷だが、今度、見に来るか?」

「おうよ。今度、ボンとルビアを連れて、仕事の合間に見に行くぜ」

「分かった。だが、忙しくていなかったらごめん」

「かまわんさ」


 ザガはニカッと歯を見せて笑う。


「それじゃ俺たちは他にも用があるから、そろそろ……」

「そうなのか? 二階にはルビアが買い溜めした旨い菓子パンとかいう新しい迷宮名物があるぞ」


 菓子パン……。

 俺が知る菓子パンだろうか……一瞬、見てみたい思いに揺らぐが、王子のとこでマジックアイテムを売らないと。


「済まんな、興味はあるが、それはまた今度」

「わかった」

「シュウヤ様、また来てくださいね。わたしが冒険者の仕事をしてない時がいいですが……」

「今日のようにタイミングが合えば良いけどな」

「はいっ」


 ルビアは嬉しそうな顔だ。


「……クランは順調なんだろ?」

「二階層を突破しました。今は三階層で狩りをしています」

「さすがは癒しのルビアだ」

「……その名を知っていたのですね……恥ずかしい……」

「はは、そうか? 良い二つ名じゃないか、初めて聞いた時は少し誇らしかったぞ」

「わたしが誇らしい……本当ですか?」

「あぁ本当だとも」

「凄く、嬉しいです」


 ルビアは自信を得たような顔をほころばせて、喜ぶ。

 そして、俺があげた銀糸の服をしっかりと胸に抱きしめていた。


「んでは、本当に用があるから、ここまでだ」

「はいっ」

「エンチャントッ!」

「にゃおん、にゃ」 


 ばいばいっと手を振るボン君に黒猫ロロが答える。 

 俺はザガ&ボン&ルビアの店を歩きながら<筆頭従者長>たちに顔を向けた。


「それじゃ王子のとこへ向かうぞ」

「ん、王子、王子様?」


 エヴァは呟くと、疑問顔を浮かべて紫の綺麗な瞳を俺に向けてくる。


「それ本気なの? そんな話は聞いてないんだけど」

「ご主人様、マジックアイテムをお売りに向かわれるのですね」

「ヴィーネは知っているのね……」 


 レベッカはヴィーネが知っていて、自分が知らないことが気にくわないのか、むすっとしかめっ面を浮かべている。


「王子、それは王族の王子様なのかしら……」 


 ユイも王子の言葉に急にそわそわした感じで不安そうな顔を浮かべていた。


「そうだ。王族。このペルネーテを治めている。こないだ俺のパトロンになった」

「パトロンって、ゴホゴホッ、ほ、ほんとなのね、これから向かうならもっと高級な服を着てくればよかった……」 


 レベッカは咳込み自らの服を見ながら語る。

 彼女はそういうが、金髪に編まれた蒼リボンが可愛いし、蒼色を生かした薄着と銀糸のワンピースに蛇革の細い腰ベルトとスリット入りのスカートがとても似合っているのだけど。


「スゴッ、わたし王族なんて、遠くからしか見たことないのだけど」 


 ユイは不安気な顔から、若干、興奮したように顔色を変化させた。


「ん、わたしも見たことない、舞踏会、親睦会には父が連れていってくれなかった」 


 エヴァは昔を思い出しているらしい。

 少し顔を俯かせて、語尾は小さな声になっている。


「ご主人様は第二王子に気に入られたようでした」


 ヴィーネは俺のことを誇るように話す。


「さぁ、そんなことはいいから向かうぞ」 


 腕を泳がせながら話す。

 ザガ&ボン&ルビアの店屋敷から外に出た。


 皆で馬獅子型黒猫ロロディーヌに乗り、第二王子が住まう貴族街の東へ直進。 


 広い土地の王子邸に到着。

 そのまま門を跳躍――。

 軽々と門を飛び越えての玄関口に侵入。

 青と赤の半々色の防具服を身に着けている多数の兵士たちが集まってきた。


 彼らに攻撃されそうになったが、


「名はシュウヤ・カガリだ、王子と契約した冒険者であるっ!」


 俺が大声で挨拶。

 騒然となったが大騎士の一人ガルキエフが俺の声に反応して表に出てくると騒ぎは収まった。


「なんと不思議な使い魔。あの時の黒猫ちゃんだな。素晴らしい。が……可愛い黒獅子風か黒馬に乗って、王族の屋敷に堂々と正面から侵入する輩は、お前ぐらいなもんだぞ」

「すみません、つい、調子付いて入ってしまいました」 


 謝ってから、ガルキエフに王子へマジックアイテムを売りに来たことを会話しながら説明。

 そのままガルキエフに連れられて王子邸の中へ向かう。 

 レムロナは仕事で忙しくて、いないそうだ。

 この間と同じく謁見室を通り、奥に進む。


 黒猫ロロは肩に乗り待機。

 皆は俺の後ろから緊張した様子で付いてきていた。


「では、ここでお待ちを」

「はい」


 ガルキエフは王子がいる部屋へ続く大扉を開けて中へ入っていく。

 暫くして戻ってきた。


「シュウヤ殿、後ろのメンバーの方々も王子が会うようです。どうぞこちらへ」

「はい」


 皆、軽く会釈をガルキエフへ行ってから、王子の部屋に入った。


 色々なマジックアイテムが並ぶ大部屋を通り、王子の寝室に近付くと、その王子が現れる。

 急いで、敬い頭を下げた。


「――シュウヤか。後ろにいるのは仲間たちか? 部下か? まぁいい、お宝を見つけたのだろう? 頭を上げて、早速、見せてみよっ」


 少し興奮した口調だ。

 左右にいる侍女たちが急いで王子が着ている衣服を整えていた。


「はい、では」


 俺は頭を上げると、アイテムボックスを操作。

 迷宮の金箱に入っていた品物を机の上へ置いて並べていく。

 麦わら帽子、小型冷蔵庫、デグロアックスの両手斧、ウォルドの魔法剣。


「これらの物です」

「ほぉ、冷蔵庫があるではないかっ! 斧と剣。色合い的にもそれ相応のマジックアイテムと見た。もう鑑定は済んでいるのか?」

「はい、両手斧はデグロアックス、レジェンド級。フランベルジュの名はウォルド。ユニーク級……」


 鑑定の内容を説明していく。


「なるほど、どれ、リズ、これらを鑑定しろ」

「はいっ」


 背の小さい侍女の一人が、机の上にあるアイテム類を観察。

 彼女は目に魔力を溜めて、ぶつぶつ独り言をいうと……、


「……そこの冒険者が語ったことに嘘、偽りはございません。かなりの質のアイテムばかりですよっ! 呪いは第二種ですが、触っても特に害はありませんし、魔界の魔将デグロが魔界大戦時に愛用していたとされる代物。素晴らしい伝説級。筋力上昇効果は絶大です。良き冒険者と契約しましたね王子様っ! 値段は全て合わせて大白金貨三枚と白金貨五十枚ぐらいが妥当かと」

「了解した、リズ、下がっていいぞ」

「はいっ」


 侍女は元気よく返事をして踵を返していった。


「レジェンド級か。魔界に関する武具、気に入った。斧も含めて全て買い取ろう。値段はリズが述べていた、大白金貨三枚と白金貨五十枚辺りでどうだ?」


 一応、ヴィーネと仲間たちの顔を見る。


「ご主人様、相場的には高くもなく低くもなく丁度の頃合いかと」


 さすがはヴィーネ即答。


「ん、ヴィーネ詳しい」

「……負けたわ、それぐらいだと予想はできたけど」

「わたしも知らない」


 レベッカはお宝好きからか、ある程度は予想できていたが、ハッキリとは分からなかったようだ。


「ふむ、そこの銀髪従者は、中々優秀だな。高くも安くもない値段だ」


 王子もマジックアイテムを集めているだけあって詳しい。

 変に交渉せず、恩を売るか。


「はい。閣下へこれらの品をお売りします」

「よし、ネイ、アル、金を用意して、この者たちへ進呈せよ、そして、この品物を並べておけ、シュウヤ、また珍しい物を手に入れられたら持ってくるのだぞ」

「ははっ」


 王子は手を叩いて他の侍女たちを呼び寄せると、鷹揚に語り、満足した笑顔を見せて奥のベッドルームに戻っていく。

 直ぐに侍女さんがマフの上に金貨袋を乗せてながら登場。

 美人すぎる侍女さんたちは笑顔を浮かべて金貨袋を渡してくれる。


 鼻の下を伸ばしながら金を受け取り王子の部屋を後にした。


「はぁ……緊張した」

「うん、わたしも」


 レベッカとユイは苦笑いしながら互いを見る。


「ん、王子の部屋は凄いお宝が並んでいた」


 エヴァがレベッカのように語る。


「王子の趣味らしいからな、俺たちのパーティ以外にもパトロンになっているクランは数多くあるそうだ」

「へぇ、でもよく王子とのコネが作れたわね?」


 レベッカは両の手を広げるジェスチャーをしながら話す。


「そりゃな、ある事件から連なることに、貢献をしたからだ」

「……わたしたちが知らないことが多すぎるわ」

「レベッカも知らないなら、わたしだって知らないことが多すぎるわよっ」


 レベッカの言葉に同意する形でユイが声を荒らげる。


「まぁ、そういうな、移動しながらゆっくりと説明してやる。一旦家に帰るぞ」

「ん」

「はい」

「わかったわ」

「帰ろ帰ろー」

「にゃおん」


 ゲートを使ってもいいが王子邸なので派手な行動は控える。

 玄関口から馬獅子型黒猫ロロディーヌに乗った。


 触手手綱が俺の首に付着。


 速度は出さず、ゆっくりとしたペースで大通りを進みながら、レベッカたちへ説明を開始していた。

 ……占い師カザネの能力、大騎士レムロナ、サリル、裏帳簿、闇ギルドを潰し、ウォーターエレメントスタッフ、魚人海賊、【月の残骸】のボスになった経緯の話をレベッカたちへ説明をしながら街道を南へ向かい家路についた。


「――マイロード、お帰りなさいませ」


 カルードさんが大門の頂上から中庭に飛び降りて、出迎えてくれた。


「よっ、留守番ご苦労」

「いえ、マイロードの指示とあらば、当然のこと……」


 渋い黒装束姿なので、一瞬、執事のように見えてしまった。


「それで、変わったことはあったか?」

「特にありません、メイドと使用人たちが、大門上にて修行を行っているわたしのことを不思議そうに眺めているだけでした」


 あの上で剣を振り回していたらしい。

 カルードの身に着けている長剣は注目していなかったが、魔力が漂う反った魔剣だ。

 ユイの刀系とは違いブロードソードとシャムシール系が合わさった魔剣の類だろう。


「……そうか。ご苦労、自由にしていいぞ」

「はっ」


 中庭をそのまま歩いていく。


「シュウヤ、エレメンタルウォータースタッフとかいう、凄そうなアイテムを見たいかも」


 中庭をステップを踏みながら先を歩くレベッカが話してきた。


「いいけど、水属性じゃないと扱えないぞ」

「うん」


 お宝好きのレベッカは好奇心が刺激されたようだ。

 顔を斜めにしながら俺の顔を見上げている。瞳も蒼炎が灯り、揺らめく。


「それじゃご希望通り」


 アイテムボックスを操作。

 鍵杖である黄金の大杖を取り出してあげた。

 エメラルドの宝石を包む竜の飾りが目立つ。


「――わぁぁ、大きい宝石に竜。これが海光都市の秘宝なのね……凄い。持っていい?」

「いいけど」


 レベッカに渡してあげた。


「綺麗な宝石……」

「ん、レベッカ、わたしも持ちたい」

「あっ、うん、どうぞ」


 エヴァへ鍵杖を渡していた。


「ん、未知の金属。凄い魔力伝導率だと思う」


 エヴァは金属に詳しいから触っただけである程度分かるらしい。

 やはり、ミスティとは話が合うかもしれないな。


「魚人海賊たちは……わたしたちがこれを持つとは、知らないのよね?」

「あぁ、カザネのような予知とか、大騎士レムロナのようなスキルを持たなければ知らないだろう」


 エヴァから鍵杖を返してもらい、アイテムボックスの中へ仕舞っておく。

 そのまま皆で本館に入り、各自休憩タイムとなった。


 寝台でヴィーネといちゃいちゃしていると、エヴァ、レベッカ、ユイが、飛び掛かるように俺の寝台上に乱入。

 皆でふざけ合いながら、くすぐり合い、まったりと過ごす。


 そのまま眠らずに朝を迎えると、メイド長イザベルが部屋に走ってきた。


「ご主人様――はぅああっ」


 ……そう、この反応は正しい。

 皆、くすぐり合いの最中に噛みつき血の飲み合いになり、えっちなことはしていないが、非常に怪しい血塗れの光景になっていたからだ。


「イザベル、驚かせてすまない」


 血を瞬く間に吸い取り、綺麗になる寝台。


「それで、どうしたんだ?」

「お客様です。お客様が、すぐにここの主人を出しなさいっ! と、一点張りでして」

「名は?」

「武術連盟の使いである、リコ・マドリコス女史であります」


 あぁ、前に来ていたというツンな女性ね。


「分かった、会おうか」

「はい、中庭にてお待ちいただいております」


 イザベルは血についての質問をしてこなかった。

 さすがはメイド長。細かいことは気にしない。


「……皆、自由にしてていいからな、客と会ってくる」

「はいはーい」

「ん、わかった」

「はい、ご主人様」

「うん」


 口元にはまだ血が残っている彼女たち。

 恍惚な表情を浮かべている眷属たちを自室に残して、中庭に向かうと……槍を持った薄桃色の髪を持つ女性が立っていた。 


 薄桃色だと!?


 貴重なる髪だ。

 そんな薄桃色の髪を持つ女性に近付いていく。


 彼女は前髪が切り揃えられ横髪が耳裏に通されている。

 綺麗な長耳が露出したエルフだ。

 眉も桃色だが、瞳はブルースカイを思わせる天青色。

 頬には少し桃色のソバカスがあり、トンボのマークが刻まれていた。


 トンボのマークか……魔鋼都市ホルカーバムを思い出すけど。


 口紅が塗られた小さい唇が動いていく。


「貴方が、魔槍使いのシュウヤ・カガリ? 冒険者Cランクでありながら、闇を牛耳ると噂の男っ! なんでも槍の腕前が尋常じゃないとか聞いたわよっ」


 槍を持った反対の腕を上げて指を差してくる。

 彼女は貴族が身に着けそうな指抜きの黒手袋を装着していた。

 中指を頂点とした三角形の絹布が甲の部分を覆っている。


 背はレベッカより少し大きいぐらいか。


 胸に真鍮製ボタンが付いた上下に長い絹服と薄桃色と黒色の胸を覆う軽装防具。

 肩を露出したノースリーブ系だ。臀部の位置には白の絹服が垂れている。

 動きやすさを重視しているのか、悩ましい太腿の横が少し見えていた。

 横、背後から見れば、もしかしたらお尻の一部も見えているのかもしれない。

 そして、膝上までは白と桃色が混ざった花柄模様の象嵌入りのグリーブを履いていた。


「ちょっと、何、黙って……じろじろわたしを見ているのよっ! 貴方、スケベな馬鹿ァ?」


 そうです。と、素直に口から出そうになるが、自制をしながら、そ、から、す、を意識しながら口を動かす。


「すみません、美しい女性だったもので……」

「な、何よっ、美しいだなんてっ! くっ、貴方! 槍で勝負しなさい!」


 頬を染めるリコ女史。でも、なぜ、そうなるんだ。

 近所付き合いじゃないのか。


「なんで勝負になるんだ?」

「このわたし八槍神王第七位魔槍リコ・マドリコス様がわざわざ、勝負をしようといってるのよっ! 門弟だっていっぱいいるんだからっ! 勝負の内容によっては貴方もわたしの門弟にしてあげてもいいのよ?」

「……」


 上から目線で一方的すぎる。

 顔は美人でカワイイのに……。


「槍の勝負か。俺が勝ったらどうする?」

「え? 何を語っているのかしらぁ? ふふっん、わたしは八槍神王の“第七位”なのよ? やっぱり馬鹿ァ?」

「馬鹿で結構。その八槍神王さんが負けた場合のことを話しているんだけど」


 少し睨みを利かせて喋った。


「……何よ、その顔……そうね、もし、もし、わたしが負けたら、貴方のいうことを何でも聞いてあげるわよっ、ふふふん」


 何でもか……勝ち誇る顔。あの美人のアへ顔を見てみたいな……。

 だが、そんなことより彼女は神王位の上位だ。


 その実力の槍を見てみたいし楽しみだ。


「……何よ、黙りながら笑い顔を浮かべて気持ち悪いっ! その平たい顔からして、いやらしいわっ!」


 口が悪い女だ。

 三味線も弾き方。というが、槍の弾き方を教えてやるか。


「ぎゃーぎゃー煩い、そんなに勝負がしたいなら、受けて立ってやろう」

「ふん、急に男らしい目つきになって、貴方、それより、武器がないじゃない。槍を持ってきなさいよっ」


 彼女のお望み通り――外套を左右へ開く。

 右手を伸ばし掌に魔槍杖を出現させた。


「あ、武具召喚? へ、へぇ……凄い技を持っているのね、楽しみだわ」


 武具召喚という言葉があるとなると、それなりの秘術系スキルか、俺と同じようなアイテムボックスが他にもあるのだろうか……。


「そこの中庭の真ん中にある石畳でやるわよ、実力を見てあげるわっ」


 美人エルフのリコは、そう話しながらスタスタと歩いていく。

 彼女はまだ勝つ気でいるらしい。

 槍には相当な自信があるようだ。


 少し気合いを入れるか。


「了解。神王位“様”、宜しくお願いします」


 丁寧に挨拶をした。


 魔槍を肩にかけながら石畳みに歩いていく。

 彼女は槍を正眼に構え待っていた。

 彼女が持つ槍のサイズは短いが、刃先が長く長剣が先についたようなタイプの短槍だ。


 その長剣槍の穂先が青白く輝きを増した瞬間ッ、リコは俺に向けて前進しながらそのマジックアイテムの短槍を伸ばし、正面から突いてきた。


「いきなりか――」


 軽く身を捻り、迫る突槍を躱しながら魔槍杖を下から掬い上げ、彼女の胸当たりに紅斧刃を向かわせる。

 リコは魔脚を使い、地面を踏みしめ左へステップを行いながら、身を捻り、俺が放った薙ぎ払いを躱しては、リズム良く反撃の突きを繰り出してきた。


 魔力操作もスムーズで動きは素早い。

 魔闘術もかなりのものだろうと判断できる。

 だがっ、まだまだ俺の域じゃない。


 俺も足に魔力を溜めての魔脚による歩法で石畳みを蹴り、彼女が繰り出した反撃の突きを最小の動作で躱しては、魔槍を突き出し<刺突>の技を打ち出す――リコは余裕顔が消え真剣な面持ちで、短槍の峰で、俺の螺旋紅矛を滑らすように受け持ち、キィィィンと金属の不協音が鳴り響く。


 ――器用な受け技だ。さすがは八槍神王位第七位か? 


 彼女は顔を少し歪めては、腕が痺れたのか手を震わせたような動作を取り、後退。


「――やるわね」

「リコもな、さすがは神王位だ」


 尊敬の気持ちから、俺は素直に褒めるが、表情が険しくなるリコ女史。


 彼女は腕先に魔力を溜めて回復を促していた。

 そんな彼女へ向けて、魔脚で間合いを詰め中段蹴りを咬ます。


「フンっ――」


 彼女は息を吐きながら桃色髪を靡かせ俺の蹴りをくるりと避けた直後、スキルと思われる鋭い突技を横合いから繰り出してきた。

 青白い刃の突槍が、俺の横腹に迫る。

 急遽、半歩後退、魔槍を斜めに構えながら紅斧刃で受けまわり、鋭い突技を防いだ。

 青白い刃と紅斧が衝突し斑火花が散り金属音が響く。


「わたしの<刺突>を防ぐ!?」


 リコの<刺突>か。

 中々の速さ、重さの一撃。


「強い……だけど――」


 リコはそう呟いた瞬間から、目つきも鋭くなり、槍技も鋭さを増した。


 ぐ、頬に突きの傷を受けた。

 続けて、外套と胴体に突きを受ける。

 体を守る外套から無数の紫の火花が散った。


 リコは青白い刃が出た短槍を活かす攻防が一体化した突きと払いから、片方の足を軸とする円を意識するかのような回転する動きを実行。

 体が回るごとに動きが加速する。

 更には微かに短槍を八の字に動かしては、俺の矛槍を往なしてくる。

 実に槍技が巧みだ。


 再度、<刺突>と思われる突技を防いだ後、彼女の全身が魔力で活性化。

 リコの持つ槍の穂先から青白い刃が分裂しつつ二つに増えた。

 その二つの青白い刃で、連続的な突き技を繰り出してくる。


 なんだそりゃ。


 魔槍杖で、宙にへの字を描く――。

 リコが繰り出した初突を魔槍杖で弾きつつ体を捻る。

 二連撃目を何とか避けた。

 リコの動きは、更にそこから飛躍――。


 膝を深く曲げた瞬間、文字通り飛躍――。


 身を捻る跳躍を行うリコ、宙に浮かぶ位置から、二つの青刃を生かすように、地面にいる俺に目掛けて、青刃を無数に分裂させた特殊連続突きを繰り出してきた。


 すげぇ、常人ならこんな技を喰らったら死ぬぞ。

 そんなことを思いながら、闇を纏った<闇穿>の紅矛螺旋の突きで強引に二つの青白い刃を弾き突き、爪先を軸とした爪先回転を駆使。


 完全に防御へ回る。


 頭上、百八十度の位置から撃ち出される槍突技を魔槍杖の全ての部位を使っては弾き、俺自身は爪先を軸に駒のように回転避けを行いながらも、頭の一部が斬られ、頬の一部が斬り裂かれ、紫鎧からは火花が散り、右腕も斬られ血が飛ぶが、凄まじい青刃の雨を躱しきった。


「――え? 鳳雨突牙が……」


 彼女は呟きながら俺の後方に着地。

 だが、特殊な技、必殺技と思われる技が防がれたことが、よほどショックだったのか驚きの顔を浮かべる。


 リコさんは驚いているが俺も驚いているよ。

 彼女の技は凄い真似はできそうもない。


 尊敬を込めて……。

 全身に魔力を纏い本気を出す。

 魔槍で弧線を描き後端の竜魔石を、彼女が持つ短槍へ振り当て、すぐさまに右からも魔槍の金属棒を振り回し先端の紅斧刃で、リコが持つ短槍を上方へ大きく弾く。


 回転連撃により、リコは大きく体勢を崩し胸を晒した。


 このまま彼女の胸を覆う鎧ごと刺し貫くこともできたが、間合いを詰めて、リコの踵を優しく俺の足先で引っかけて転倒させるだけにする。


「きゃぁ――」


 リコは腰を痛打したのか顔を歪ませて短槍を手放しては悲鳴をあげた。

 俺はその彼女の上へ覆いかぶさる。

 マウントポジションのまま腕を足で押さえ込んだ。


 完全なる俺の勝利となった。

 女の汗のいい匂いがする。


「これで勝負ありだな。八槍神王位の第七位さん」


 皮肉を込めて言ってやった。


「うぅぅぅぅぅ、あぁぁぁぁん――」


 えええ? 勝気な姿はどこへやら、大泣きで泣き出してしまう。


「――どうしたのです、ご主人様……」

「何々? 泣き声が聞こえ……」

「どうしたの? あっ……」

「ん、女を押し倒してる!」

「にゃおあーん」


 <筆頭従者長>たちと黒猫ロロが集まってきた。


 どうしよう、俺、強姦魔?

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