百七十七話 槍使いの強敵

 訓練をしながら朝日を迎えた。


 カルードさんには悪いと思ったが、ユイを含めて激しい夜になってしまった。


 結局、朝日が上がってもヘルメしか活動せず。

 全員が熟睡中。

 その間にヘルメの能力で全身を洗ってもらってから、人型に戻った彼女と一緒に料理を行う。

 水の精霊としての力で野菜を丁寧に洗い肉を氷剣で細かく切っていく。

 ヘルメは精霊。

 味を調えるとかの料理を作るという概念はない。


 だから一人で調理を行った。

 時間が掛かったが……。


 全員分の料理スープを作りあげる。


 しかし、まだ皆は起きそうもない。


 だから暇をつぶすように……意地悪いくらい夏らしい太陽が燦々と照らす陽を浴びながら――。


 海岸を見てはヘルメと談笑しながら皆が起きるのを待った。


 昼を過ぎたところでやっと皆が目覚めだす。


 これらの行動から分かる通り、睡眠時間が特別なのは俺とヘルメのみ。

 ヘルメは俺の体内のほうが安らぐらしいが。

 ヴィーネと同じく、たとえ、選ばれし眷属の<筆頭従者長>だろうとある程度の睡眠時間は必要らしい。


 まぁ、まだ眷属になったばかりだ。

 身体と精神がルシヴァルの能力に追い付いていない可能性もある。


 起きてきた彼女たちへ顔を向ける。


「皆、起きたか、朝食、というか昼食はできているぞ。スープ、パン、水は机に置いてある」

「わぁ、ありがとう」

「ん、シュウヤ気が利く」

「ご主人様ありがとうございます」

「……シュウヤは料理も上手いからね」


 ユイは昔を思い出しているのか、俺の顔をじっと見ながら話していた。

 ゾルの家で色々と作ったからな……。


 皆、スープをスプーンで掬い口へ運んでいく。


「驚きましたぞ……スープが美味い。高級料理のような味わいをここで楽しめるとは……わたしもシュウヤ様とお呼びして、よろしいでしょうか」


 カルードさんがスープとパンを食べながらそんな事を語る。

 玉ねぎ系と香辛料を少し混ぜたシンプルな味なんだけど、お世辞だな。


「好きに呼んでもらって構わないですよ」

「はい。シュウヤ様。……それから、その……」


 カルードは言いにくそうに俺をチラチラと見てくる。


「なんでしょうか」

「はい、<従者長>の件、お受けしたいと思います」

「父さん、決心したの?」

「あぁ……考えた末だ。ユイと共に、このお方に仕えようと思う」


 彼は微笑の形に唇を変えながら語る。


「父さん……良かった。病気もこれで完全に治るし強くなれる」


 ユイは笑顔で頷いて話していた。


「……分かった。カルード……を召し抱えることにする」

「――ははっ、ありがたきお言葉」


 朝飯の途中だったが、カルードさんは片膝を砂浜へ突けて答えていた。

 これからの〝さん〟は止めておくかな。

 

「では、食事後に血を飲んでもらうが、カルードとユイにヒュアトスの屋敷までの案内を任せたい。空からの視点となると思うが」

「はっ、空からとは……」

「ロロだよ。後で変身すれば分かる」


 黒猫ロロはちょうど肉を食べているところだ。


「にゃお」


 一鳴きすると、肉を平らげていた。


「ロロ様ですか、分かりました」

「今は食事にしよう」

「はい」


 暫く、まったりと談笑しながらの食事タイムとなる。

 食事を終えると、皆で素早く片付けを行い魔造家を仕舞った。


 皆が集結すると、カルードが一人、前に出る。


「カルード、準備はいいか?」

「はい」


 男は初だが、<大真祖の宗系譜者>を発動。

 またもや、視界が闇となり、世界を闇が侵食する。

 魔力と血が沸騰、血の躍動が始まった。

 心臓が高鳴り脈拍が速くなり、全身の皮膚から血が溢れ出る。


 今回は<従者長>だ。強く意識。

 俺の力を分け与えるのシェアが始まった。

 カルードは心服している表情だ。俺の血が彼を包む。

 彼は今までの血球の大きさと違い小さい血球に包まれて宙に浮かんでいる。


 <筆頭従者長>と<従者長>の違いか。


 小さい血球は今までと変わらない大きさのルシヴァルの紋章樹となった。


 紋章樹の中には十の大円から繋がる二十五の小円枝があり、大円には、ヴィーネ、エヴァ、レベッカ、ユイの古代文字が刻まれている。


 そのルシヴァルの紋章樹が彼の体と重なった。


 ……彼の心臓の位置から煌めく光が生まれ出ては、血が光の影のように混ざりながら蠢き宙に放出されていく。

 血と光は宙にて、陰と陽のマークを作り出すと、一気にカルードの全身へ光を帯びた血が吸い込まれていく。


 カルードも悶えて苦しんでいた。

 苦しみの表情、男なのであまり興味がない。

 だが、彼は俺の最初の<従者長>だ。

 <大真祖の宗系譜者>として、しっかりと見てやらないとな。

 人間から光魔の眷属に変わる瞬間を……やがて、全ての血がカルードに吸い込まれた。その瞬間、ルシヴァルの紋章樹の小円にカルードの名が刻まれた。


 彼は倒れる。


 そして、闇の空間も消えた。

 魔力を消費し精神もまた減ったと感覚で分かる。

 選ばれし眷属なのは変わらないが、<従者長>なので<筆頭従者長>ほどじゃないようだ。


「父さんっ」


 俺よりも先にユイが駆け寄っていく。


「……ユイか、声がよく聞こえる? 音の捉え方が変わったのか。わたしは……<従者長>を獲得した。変わったぞ、匂いも違う、力を感じる……凄い、昔以上の感覚だ――」


 カルードはユイを振り切る。

 突如、猛烈な勢いで走り出した。

 顔はヴァンパイア系らしく邪悪に笑う。

 持っていた長剣を縦に振り抜くと――。


 自身も横回転の移動を行う。


 剣のしなる。

 長剣が回るごとに勢いが増した。

 斬ったところで、急激に動きを止めての制動。


 静から動。

 武人独特の歩法だ。

 ゆっくりと前進しながら俄に剣を伸ばす。

 スキルと推測できる剣が、峰が、分裂するかのような軌道を描く技。

 技、扇の方向へ突きの連続突きを繰り出しながら走った。

 最後に軽く跳躍しつつ一回転。砂浜へ剣の腹を叩きつける動きで、締めていた。


「……父さん、本当に凄い。昔以上の動き」


 確かに、血と肉で作られた人族の動きを超えた敏捷さであり優美さも感じられた。


「あぁ、これも<従者長>になったお陰、シュウヤ様のお陰だ……」

「うん。シュウヤに感謝しなきゃね」

「勿論だとも――シュウヤ様」


 カルードは素早い身のこなしで、俺の足もとに来ると、片膝を砂浜へ突きながら敬う姿勢で、渋い顔を上げる。


「……素晴らしきお力を齎して頂き、本当にありがとうございます。このカルード・フローグマン。今をもって、シュウヤ様マスター・ロードへ永遠の忠誠を誓わせて頂きます。<従者長>としての力をマイロードへ捧げます」


 カルードの表情は中年から青年までとはいかないが、少し若返って見える?

 気のせいか。


「……承知した。これからも宜しく頼む」

「はいっ。マイロード」


 一連のやり取りを黙って見ていた皆は納得したような表情を浮かべている。


「<血魔力>に関して、ユイと同様に俺の屋敷についたら教えてやる」

「畏まりました」


 しかし、ロードか。初の呼び名だ。

 眷属初の男……優秀な渋い男の部下も中々、良いかもしれない。


「……それと、ユイ、カルード以外の皆、血文字で俺に連絡ができるのは把握しているな?」

「うん、これのことでしょ――」


 『すけべなシュウヤ大好き』


 血文字で変なことを書くな……。


「そうだ」

「ん、わたしも」


 『えっちぃシュウヤはおっぱい好き』


 くっ、エヴァは天使の微笑顔でそんなことを……。


「では、わたしも」


 『ご主人様は偉大な雄であり……』


 その気持ちは嬉しいが長い……。


「よし、血文字は大丈夫だな。それじゃ王都へ向かう。ロロ、準備していいぞ」

「にゃ」


 俺の言葉を聞いた黒猫ロロは一気に四肢を巨大化、巨大獅子の姿へ変身する。


「――おぉぉぉ、こないだよりも大きい……これが噂にきく守護聖獣でしょうか?」

「いや、俺の相棒。使い魔であり神獣だ」

「……さすがはユイが惚れ込む偉大なる御方マイロードだ」


 カルードは巨大獅子型黒猫ロロディーヌを見上げて、体を身震いさせていた。


「ロロちゃん、本当に大きい。皆で背中に乗る――」


 レベッカが感心しながら話をしている最中に巨大な相棒の触手が――「きゃぁぁっ」と、彼女を掴むように絡む――瞬く間に、大きな背中の上に運んでいた。


 次々と俺を含めて神獣ロロディーヌは運ぶ。


「さぁ、皆も乗ったな? ロロ、いいぞ」

「にゃおん」


 巨大な神獣だが、声は野太い猫の声だ。

 そして、力強い四肢の動きで砂浜を掻き出していく。

 数本の触手を先へ伸ばして、その触手を捩じって力を溜めて、解放――。

 そのままの反動で一気に飛び上がった。


 俺たちを乗せて、雲を切る。空を駆けていく黒獅子だ。

 巨大な神獣ロロディーヌの胴体の横から、大きい漆黒の翼が生えた。

 大鷹を超えた竜の翼のような翼から、魔力の粒子が迸る――。


「ん、空を飛べるなんて……」


 魔導車椅子に乗った状態のエヴァは呟いていた。

 紫の瞳を輝かせ感慨深い表情を浮かべながら空の光景を楽しんでいる。


「そうね……あのクラゲ、時々、空の上にいるのは見たことあったけど、近くを飛んでいるし……」


 ……そういえば、空を飛べることを二人には話していなかった。


「シュウヤ、速くて驚きなんだけど、もうリーリアの森を越えたから、あの街道の先が王都ハルフォニアよ」


 ユイが斜め下へ指を差している。

 もう王都と思われる海に面した巨大都市の街が見えてきた。


 様々な建物が立ち並び立つ。


 都市の奥には、三角錐の尖った塔がアシンメトリーで揃い建つ灰色の城があった。

 小さい山のように見えたが、灰色の城か。

 王子と王女とか、いや、ロミオとジュリエット的なロマンスがありそう。

 切なくなるな。

 港には多数のガレアス船が碇泊。

 海岸線付近には多数の船が行き交う。


「……あれが王都か……直ぐだった」

「ロロちゃんが速いのよ。実際に乗った訳じゃないから分からないけど、グリフォンを超えてドラゴン並みの速度じゃない?」

「どうだろ……」


 ドラゴンには一度乗ったことがあるが、あの時は一瞬で目的地についたからな。

 大騎士レムロナのドラゴンはカッコよかった。


 レムロナと言えば、パトロンになった第二王子にこの間の宝物を売りにいかないと。

 ……あ、そこで魔石のことも思い出す。

 アイテムボックスに納めて拡充して、次の報酬を……。


「……マイロード、直にこのまま都市の中へ突入するのですか? このままですと、索敵範囲に突入しますが……魔法使い、魔術師、優秀な魔道具の索敵の範疇に引っ掛かりますと、軍が動く可能性があります」


 アイテムボックスのこと考えていると、カルードが忠告してきた。


「軍か、ロロ、ここで旋回」

「にゃぁ」


 指示通りに巨大な神獣ロロディーヌは空を旋回。

 気持ちいい風を感じた――。


「――サーマリアの軍隊か、オセべリアのような竜魔騎兵団が存在するのか?」

「はい、王都ですから、グリフォン隊が大部分ですが竜騎士隊も少数配備されています」

「……軍隊、国ごと蹂躙してもいいが……ここは無難な選択肢を取る。降りて、街道から普通に王都の中へ入るとしよう」

「イエス、マイロード」

「ご主人様、あの巨大な魔法は撃たないのですか?」


 ヴィーネは敵の魔導貴族を潰した魔法のことを言っているのだろう。


「撃って簡単に終わらせてもいいが、今回は戦略級魔法はなしでいこうと思う」

「そうですか」

「手ぬるいか?」


 俺がヴィーネに問うと、ヘルメが代わりに口を開いていた。


「閣下、手ぬるすぎます、閣下の手駒を攻撃しようとしている相手なのですから、種族、国ごと、根絶やしにすべきかと思われます」


 常闇の水精霊ヘルメは相変わらず過激だ。


「精霊様……の案はいささか、強烈すぎるかと思われます……わたしはご主人様のやろうとしていることは分かりますので、ご主人様の判断に賛成です」

「ヴィーネ……語るようになりましたね、閣下のご判断が分かるというのですか?」

「えぇ、分かります」


 精霊ヘルメとヴィーネが軽く視線で争いを起こす。


「あのな……」

「閣下、今は黙っていてください、ヴィーネ、閣下が考えていることを教えてくださいな」


 常闇の水精霊ヘルメは長い睫毛を揺らしながら、ヴィーネを鋭い視線で睨みつつ語る。


「……はい、戦略級の強大な魔法を撃たない事からの予想ですが、ご主人様はヒュアトスという大貴族を驚かせつつ絶望を植え付けた上で、直接的に自分の手で、特に槍で、葬りたいと、お考えになったのだと思われます。わたしなりに愚考してみました」


 ――驚いた。

 ヴィーネが、サトリを持つエヴァかと思うほど、正確に俺の考えを当ててきた。

 血を分けた効果か?


「……閣下、どうですか? ヴィーネの予想は当たりましたか?」

「大当たりだ、凄いなヴィーネ」


 俺がヴィーネを褒めると、彼女はわが意を得たというふうに、にやりと笑い、ヘルメを見やる。


「はい。ご主人様の好みは把握しておりますので……」

「ふんっ、今回は負けを認めます……」


 精霊ヘルメはヴィーネの笑顔を見て、つまらなそうに顔を逸らしていた。


「ん、シュウヤ、後で手を握って」


 一連のやり取りを黙って見ていたエヴァが話す。

 彼女は俺の心を読みたいらしい。


「おう――それじゃロロ、あそこの街道近くで降ろしてくれ」

「にゃ」


 神獣ロロディーヌはゆっくりと下降。

 複数の触手を地面に突き刺して、衝撃を殺しながら四肢を地面につけて着地。


 が、相棒は巨大。黒馬、黒獅子、黒グリフォン、黒ドラゴンといったような姿だ……。


「うあああ、怪物だぁ」

「にげろおお」

「ああぁぁぁ黒いいいい」


 街道では通行人の一行が取り乱していた。

 構わずに、俺たちは神獣ロロディーヌの背中から降りていく。


 全員が地面に降りるとロロディーヌは普通の黒馬の姿へと縮小。

 街道の野次馬からは、再度、どよめきが起きた。


「ンンン――」


 前田慶次の松風を彷彿する黒馬ロロディーヌ――。

 その相棒は、触手を使い、俺だけを乗せてくれた。


「――それじゃ、王都に向かうか」

「はい」


 ヴィーネは俺の前に座りたい視線を向けてきたが、素直に返事を返す。

 すると、レベッカが、相棒の黒い毛並みの胴体を触りながら、


「その大きさだと、ロロちゃんもさすがに全員を乗せることは無理ね」


 エヴァもレベッカと微笑み合いながら相棒の毛並みを楽しむ。


「ん、了解」

「走りましょう」

「ん」

「あ、わたしが押す」

「ん、いつもありがと」


 エヴァは魔導車椅子を押すレベッカに振り向く。

 優しげな表情だ。レベッカも好い笑顔だ。

 和むし、何かこっちまで優しい気分になる二人だ。

 エヴァとレベッカは仲良く魔導車椅子を動かして先を進む。


 精霊ヘルメも歩き出している。


「父さん、先に走るわよ」

「あぁ、行こう」

「シュウヤ、わたしたちの後をついてきてね、先導するわ」

「わかった」


 ユイとカルードが街道を走り出す。


 俺は触手手綱を操作、ユイとカルードの背中を追った。

 皆も同じ速度で走りついてくる。全員が、光魔ルシヴァルの血を受け継ぐ眷属なので、身体能力が跳ねあがっているようだ。


 走る速度が人族のそれを超えていた。

 そして、途中からエヴァがレベッカに先に行けとユイたちに負けるなと応援すると、レベッカが奮発。レベッカは、足に蒼炎を纏わせつつ走る。

 素早いが、元魔法使い系とは思えない……。

 そんなレベッカと談笑しながら側を進むエヴァも魔導車椅子の速度が異常に速い。

 ヴィーネとヘルメは云わずもがな――。


 俺が騎乗する相棒ロロディーヌの真横をキープしている。


 ヴィーネは俺が見ているのに気が付くと、銀髪を揺らしながら微笑みを向けて来てくれた。

 相変わらず、美人で可愛い奴だ。

 唇を窄めて、キスをしたいとアピールするところが、俺の股間を刺激する。

 

 そんなエッチな彼女の顔を見ながら……。

 あっという間に、王都の門に到達。


 ユイとカルードはゆっくりのペースになりながら門を通っていく。

 俺たちも続いた。


 都市の中へと入り、十字路を幾つか通り、幅広の大通りを越えたところでユイとカルードは止まった。


「マイロード、ここから先が貴族街、あの手前の壁に囲まれた大きい屋敷がヒュアトスが住む屋敷となります。付近では【暗部の右手】の構成員が見回りをしている最中です」


 カルードが膝を突いて報告してきた。


「そうか。裏には当然、出入り口はあるんだろう? ひょっとしたら地下にも脱出坑とか、あったりするんじゃないか?」

「はい、ご推察通り」


 カルードは恭しく、頷く。


「まるで実際に建物を見てきたような感じだけど、シュウヤは頭が回るわねぇ……わたしは正面から力ずくで突っ込むのかと思ってたわ」

「さすがは閣下。読みが深い」


 レベッカとヘルメはそういうが、


「こんなのは序の口だ。相手は大貴族であり侯爵。しかも、隣の国へ内部工作を仕掛けるほどの大物、隠し玉切り札は数個持っていると考えていいだろう……」

「ご主人様、わたしも同感です。魔導貴族の司祭は神に通じる魔神具を持っていましたし、マグルとて、侯爵ですから必ず切り札は持っているかと」


 ヴィーネも同意。


「ん、わたしもそう思う。貴族はかなり金を持つから、きっと強力なマジックアイテム、霊装の防具だけでなく、武器も身に着けているはず」

「エヴァの言う通りで持っているわ。ヒュアトスは毎年ペルネーテで行われている地下オークションに出席して色々買っていたからね」


 ユイがエヴァの意見に付け足した。


「いつぞやの、エリボルのような宝物庫がありそうですね」


 ヘルメは【梟の牙】の頭を直接潰したことを思い出しているようだ。


「ありえるな」

「では、周りの雑魚たちの始末はお任せください」

「おう。それじゃ、ヘルメは裏口を見張れ。逃げたい奴は逃がしていいが、武器を持った奴は殺せ」

「はい――」


 その瞬間、ヘルメは液体になり、屋敷の壁を侵食するように消えていく。


「カルードは周りの雑魚を片付けてこい」

「イエス、マイロード――」


 人族離れしたカルードは口から牙を生やし目を血走らせ、笑いながら屋敷の前にある通りを走っていく。


「エヴァとレベッカは正面から派手に暴れていい。【暗部の右手】の兵士たちが多数いると思うが」

「任せて。魔法と蒼炎弾で遠距離から始末する。近付いたら蒼炎拳で殴ってやるんだからっ」


 レベッカは片手に赤黒い宝石のついた魔杖を持ち、全身に蒼炎を纏いながら語っていた。服が燃えないところが不思議だ。


 金髪と蒼い瞳が輝き、デコルテ姿なので可愛らしい。


「ん、レベッカをフォローしながら戦う」


 エヴァは冷静な態度で、紫の目でレベッカを一瞥、両腕の赤紫のルーンの紋様が目立つ黒いトンファーを伸ばしていた。


「それじゃ、正面口は任せた」

「うん、任せて――」

「ん――」


 二人は正面口へ向かっていく。

 彼女たちの向かう姿を見ながら馬獅子型黒猫ロロディーヌから降りた。


 直ぐに黒猫ロロは小さくなり、降りた俺の肩へ戻ってくる。


 俺はユイへ視線を移した。


「ユイ、地下の出入り口は何処にある?」

「こっち――」

「ロロ、ヴィーネ、行くぞ」

「はい」

「にゃお」


 黒猫ロロを肩に乗せた状態で、先を走るユイを追いかける。

 ユイは屋敷の反対側にある路地裏の一軒屋の手前で停まった。


「あそこの家の中に出入り口があるはず」

「なるほどな」

「外に三人、中にもいるでしょう。……あれが【暗部の右手】ですか」


 ヴィーネの言葉通り【暗部の右手】と思われる黒装束を着た者たちだ。


「見張りは、昔だとたいした事はなかったけど……今は分からないわ。たぶん、家の中には幹部クラス、逃げのマティウス、暗撃のヒミコ、とか室内戦を得意としている奴がいる可能性が高い」

「へぇ……魔槍杖は振り回せそうもないな」


 室内戦か……肩にいた黒猫ロロが地面に降り、山猫型に変身。

 黒豹より小さく、猫より大きい、微妙な対室内戦用の姿に変身していた。


「ご主人様、わたしとユイで片付けますから、見ていてください」

「それもいいが、<鎖>で対処するよ。見ているだけはしょうに合わないからな」

「はい」

「それじゃ、あの家に突っ込むわよ。正面の出入り口しかないからね」


 ユイは二本の特殊な魔刀を抜く。

 ヴィーネは翡翠の蛇弓バジュラを構えて、光線矢をいつでも射出できる体勢だ。


「いいぞ、撃て」

「はっ」


 ヴィーネはスキルだと思われる素早い動作で、光線矢を連続射出。

 風を切るように光線矢は飛翔し、見張り兵士の眉間に光線矢は突き刺さる。


 だが、一人、手練れがいた。

 光線矢を全て、金剛のような槍で弾いている。

 ぐるりと円を維持して槍を動かしていた。

 黒装束姿なので、分からないが、体幹が強そうな奴だ。


 同じ、槍使いか……。


「ユイ、ヴィーネ、ロロ、手出し不要。あいつは俺がやる」


 久々の強敵の予感。楽しみだ。


「うん」

「分かりました」

「にゃお」


 前傾姿勢を維持し、魔槍杖を握りしめては、小屋の前に立つ槍使いのもとへ走り寄っていく。


「俺に近距離戦を挑むとはな――」


 黒装束男はそう発言しながら金剛棒の突きを出してくる。

 牽制のつもりか、分からないが、その突きを、首を僅かに横に動かして躱しながら、魔槍杖の紅矛で左斜め上に斬り上げた。


 黒装束男は目に魔力を溜めながら、反応。


 金剛棒の石突を振り上げて、あっさりと魔槍杖の矛の斬り上げを弾くと、コンパクトな返し突きを俺の胸元へ伸ばしてきた。


 その金剛矛を金属音を立てながら魔槍杖の中部で受け流す。


 ――俺は少し後退した。


 黒装束男は後退する俺に対して追撃はせずに、口元の黒マスクを外す、


「……同じ槍使いか。しかし、何もんだ? サーマリアの裏社会に於ける槍使いの手練れは何人か知っているが……見たことがない面だ。それに、今の不動なる動きの質で分かる。ロルジュ派、国外の敵がこんな八槍神王の上位クラスを雇ったというのか? もしや“蚕”か?」


 色々と語っていた。


「……蚕なんてしらん。神王位なら聞いたことがある」


 俺は槍の凄腕なる黒装束男へ正直に答えた。


「蚕を知らんとなると、無名の殺し屋か。ふっ、とんだ大当たりの仕事だったということだ――」


 黒装束男は喜びの声を張り上げると、前傾姿勢を維持した状態から勢いを乗せた<刺突>を撃ち出してきた。

 鋭い<刺突>を、俺は魔槍杖の中部にある紫の金属棒で受け、その魔槍杖で円を描くように金剛矛を横へ流しながら反撃の右足の中段足刀を放つが、黒装束男は身体を斜めに動かし蹴りを避け、横から金剛槍を薙いできた。


 その横からくる薙ぎ払いを身を退くように紙一重で躱し、金剛の刃が外套に触れ紫の閃光が起きる。


 と、同時に、魔闘術を足に纏う。


 ――ここからだ。


 速度を増しながらの鋭い踏み込みを見せての、腕を捻り出す<刺突>を相手の胴体目掛けて撃ち出した。

 黒装束男は金剛槍で弾こうとするが螺旋した魔槍杖の紅矛は、少し軌道がずれただけで、黒装束男の腕にあった黒い手甲ごと中身を貫く。


 血が舞った。


「ぐ、なんのっ」


 黒装束男は腕が穿たれても、魔力を全身に纏うと、片手に握った金剛槍を器用に扱い、連続で俺の胸元を突いてきた。


 手応えはあったんだが……一歩、二歩と、金剛の矛を魔槍杖で弾きながら後退。

 黒装束男はニヤリと不気味な笑顔を見せた瞬間、腕から黒い別種の魔力を発動させては腕の怪我を治していく。


「……久々だ。手傷を負うのは……」


 へぇ、そんなスキルかアイテムを持ってたのか。


「今のはスキル?」

「そうだ。<開・魔癒>、あまりないスキルだな――」


 言葉尻に下段蹴りを放ってくる黒装束男。


 蹴りを軽く跳躍しながら躱し、魔槍杖を上から叩きつけるが、黒装束男は身体の軸をぶらすことなく重い紅斧刃の攻撃を両手で握った金剛槍で受け、軽く往なしてきた。


 硬いが、見切った。


 魔槍杖の薙ぎ払いをするようなフェイントの動きをしながら、本命の右回し中段蹴りを放つと、黒装束男は対応出来ず。


 硬い鳩尾へ蹴りがめり込んで決まる。


「ぐあぁ――」


 まともに蹴りを喰らった黒装束男は、背後の家の壁に背中をぶつけていた。

 片足を壁に当て、痛みを我慢するように表情を歪め口を開く。


「いてぇ……お前の名を聞いておこうか……」


 眼窩の中に篝火のようなものを宿しながらの言葉だ。


「……シュウヤ・カガリだ。お前の名は?」

「レオン・アッシマー。八槍神王第三位テレーズ・ルルーシュの下で学んでいたことがある」


 元門弟か、道理で強い訳だ。

 そのタイミングで全身に魔闘術を纏う。


「ぬぉぉぉぉ――」



 気合いの声を発し前傾姿勢の状態で、素早く壁を背にしたレオンへ近付き<刺突>の構えを見せてやった。

 レオンは真っすぐ来るはずの突槍を躱す素振りを見せるが、俺は<刺突>を撃たずに、魔槍杖の軌道を急激に変え、斜め下へ紅斧刃を向かわせる。


 掛かった。


「なっ」


 虚をつかれたレオンは驚きの声をあげるが遅い。

 レオンの右太腿をバターのように斬り下げ、下半分の肉を切断してやった。


「ぐああああ」


 叫び声をあげるレオンは体勢を大きく崩す。

 そのタイミングで、斬り下げた魔槍杖の回転を維持しながら筋肉を意識。

 爪先半回転の回転運動を加えながらの、背筋に力を溜め一気に力を魔槍杖の紅斧刃へ乗せる<豪閃>を発動。


 虎の叫びのような豪快な風を発生させながら下の弧線を炎で彩る魔槍杖の紅斧刃が、レオン・アッシマーの胴体から頭にかけてを通り抜けていた。

 前髪ごと左右へ斬られ、分かれた顔と上半身からは、大量の血が迸る。

 その返り血を含めて、<血道第一・開門>により、全ての血を頂いた。


 魂は吸えなかったが……丁度良い。

 血を大量に失っていたからな。


「……倒したぞ?」


 背後で見ていた、皆へ話しかける。


「……カッコイイ」


 ユイは少し惚けるような顔を浮かべている。


「さすがはご主人様。凄い雄である。だが、相手も並みではない雄であった……」


 ヴィーネも興奮しているのか素の感情が表に出ていた。


「ン、にゃお」


 黒猫ロロも『たおしたニャ』という感じに鳴いていた。


「そうね。シュウヤとあれほど打ち合えるなんて、相手もかなりの凄腕だった」


 八槍神王の一人から学んでいたらしいな。


「そうだな」

「次はわたしの番よ」


 ユイは満足気に微笑んでから、走り出す。

 レオンの死体を蹴り飛ばし、小屋の小さい階段を上り、扉を潜っていく。


「にゃお」

「ご主人様、わたしたちも行きましょう」

「おう」


 山猫型黒猫ロロディーヌとヴィーネと一緒に、ユイの背後から突入。


 ユイは並外れた軽やかな動きで、入口から右にあった部屋の中へ入る。

 跳躍しながら扱う特殊刀の刃が綺麗エレガントな放物線を描き、警戒して構えていた数人の黒装束たちの頸椎を正確に切り裂いていた。


 頭なしの胴体から迸った血がユイの顔を叩く。

 その返り血を、白い瞳で微笑を浮かべながら牙を生やした口から飲み込んでいた。


 <ベイカラの瞳>か。

 怖いが美しい。


「なんだぁ?」


 奥の通路から仮面を被る男が声を発する。


「まさか、レオンがやられたの?」


 隣からは白仮面を被る女の声も響く。


「あっ、その目、その刀は! 死神のユイッ、裏切ったのか!」

「他にもいるようね……」


 仮面をかぶる男と女は腰を沈めて、ククリ刃のような特殊短剣を腰もとから引き抜いて構えていた。


 そこに、狭い室内を利用するように壁を三角飛びで走り移動を繰り返しながら、仮面の敵に近付く山猫型黒猫ロロディーヌが、その二人へ向けて触手骨剣を伸ばしていた。


「――なんだっ」

「ひぃぁ」


 触手骨剣の攻撃に、面喰らいながらも、自らの短剣で触手骨剣を弾いて壁際に後退する二人。


「あなたたちに恨みはないけど、死んでもらうわ――」


 ユイは冷徹に話をしながら、前傾姿勢で吶喊。

 その際に白い靄がユイの顔辺りから発生していたのが、後ろからでも見えた。

 白い靄は二本の刀にも付着している。

 淡い残像を見せる剣突により、壁際に追い込まれていた男の胸はいとも簡単に貫かれていた。


 <ベイカラの瞳>と眷属としての力が合わさった、新しいスキルなのかもしれない。


「ぐふぁ」

「マティウス――」


 黒装束の女は山猫型黒猫ロロディーヌの触手骨剣による連撃に追い込まれながらも、仲間の名前を叫んでいた。


「黙りなさい」


 ヴィーネは冷然とした言葉と共に腕を伸ばす。


 彼女はラシェーナの腕輪を発動させていた。影の小人のような黒い小さい精霊ハンドマッドたちが腕輪から這い出ては、躍動しながら仮面をかぶる黒装束に近寄っていく。


「ひぃ、なによ、これぇ。腕にこないでぇ、げぇっ――」


 黒い小さい精霊ハンドマッドたちは、女の声をあげる黒装束の両足を押さえると身体もよじ登り全身を拘束。やがて、白仮面の位置にまで到達した複数の小人たちにより、白仮面が外されていた。


 顔は綺麗だ。

 緑の瞳を持つ金髪の耳長の女エルフ……頬には鼠の模様があった。


 その間にも山猫型黒猫ロロディーヌの触手骨剣の雨は続いているので、次々にエルフが着ていた黒装束ごと、その全身が貫かれていく。


「ぐあぁぁ」


 いつでも<鎖>は射出できたが、室内戦は見ているだけとなった。

 美人だから死なせたくないが……しょうがない。

 片手を口元で縦に固定し……南無……。


 軽い仏教スタイルでお祈りをしとく。


「もうここには【暗部の右手】の幹部メンバーはいないようね……ここの下に通路があるはず……」


 ユイが床にあった布を剝がすと、板で蓋がされている入り口が出てきた。


「ここか」

「うん」


 小柄な彼女が板を退けると、中から下りの石段が現れた。


「屋敷の地下通路まで直通だから近いけど、地下には死骸魔師のアゼカイが放った専用の死骸人形たちがうろついているから、それらを殲滅しながら行くわよ」

「おう」

「はい」


 死骸人形とやらが気になるが、まぁいい。

 肩に黒猫ロロを乗せて階段を下りていく。

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