百七十八話 ヒュアトスの切り札

 地下は暗いが……眷属化したユイは暗闇だろうが見えているらしい。

 ヴィーネも当然、元ダークエルフなので見えている。

 

 俺も視界は良好――。

 <夜目>と<暗者適合>があるから通路の壁に掘った形跡があるのを確認。


 すると、先に魔素の反応。


「いた――」


 俺は魔槍杖を召喚しながら前進。

 あれが、死骸人形……頭部は古風な和風女で額には長細い札が貼ってある。

 目が少し飛び出ているギョロ目だ。

 唇は血色。

 不可思議な模様入りのアジア風の朱色の衣を着ている。

 両手の表面に浮かぶ血管は脈打っていた。

 そんな指先から爪が異常に伸びている。

 あの爪が武器なんだろう。


 見た目がキョンシーだ。

 霊幻道士を呼びたくなる。

 『テンテン』は元気かな。昔は好きだった。


 ぴょんぴょん、跳ねているし……。


「グオォルォン」


 索敵範囲は広いのか、死骸人形の一体が独特の声を発し、俺に向かってきた。


 僅かに前進しながら迎え撃つ。

 狙いはあの札が貼られた頭だ。

 前傾姿勢で、左足を前に出す――地下の硬い床面を潰す勢いの踏み込みから――。

 腰を捻りつつ魔槍杖を握る右手を捻る<刺突>を前方へ繰り出した。

 

 魔槍杖ごと穂先も螺旋回転する紅矛が死骸人形の顔を捉えた瞬間、貼られた札が穂先に巻き込まれたように破れて死骸人形の頭部を爆発させるように潰す。

 同時に首が千切れて頭部の残骸を吹き飛ばした。

 ひしゃげた頭部らしき肉塊は、天蓋にぶつかりながら床に落ちて転がり、背後でぴょんぴょん跳ねている死骸人形たちの足下にぶつかって止まる。


 頭部ナシの死骸人形は、壊れた人形のように地面に崩れ落ちた。


「さすがね。これでも死骸人形は恐れられる番人なのよ」

「迷宮は歯ごたえのある強い敵が多いからな」

「そっか。迷宮のモンスターを経験している冒険者だもんね。こんなのは敵じゃないのか。わたしも強くなったし冒険者になろうかな」


 はにかんだ笑顔のユイを見ると、嬉しくなる。


「まだ前方に数十匹いるようです」


 ヴィーネが指摘。


「あぁ、俺がやる」


 強敵な槍使いとは一戦を交えたが、室内戦は見ているだけだったからな。

 すると、俺の言葉を聞いていたのか、山猫の姿のロロディーヌが四肢を屈めた。

 お尻をふりふりさせながら狩りの態勢になっていたが、その態勢を止めて、


「にゃ?」


 と、鳴きながら、振り返り、俺を見つめてくる。

 ロロは瞳孔を散大させていた。

 獣だが、どうみても善良そうなつぶらな瞳にしか見えない……。


「う、そんな狩りたい顔を見せるとは……いいぞ、狩ってこい」

「にゃあん――」


 甘い声とは裏腹に死骸人形たちへと飛び掛かっていく山猫型黒猫ロロディーヌ

 神獣ロロディーヌは走りつつ首元だけでなくビロードのような黒毛が目立つ全身から八、九、十、と数えることが難しい量の触手の群れを生み出す――。

 そして、いつものように、くねくねと曲がった触手の先端からは白い突起物骨剣が生えた。


 それら触手の群れがマシンガンで射出した弾丸の如く前方に伸びて、死骸人形たちの胴体、足、手、顔に突き刺さって、死骸人形たちを穴だらけにする。

 更には、一匹の肉付きがいい死骸人形に触手を絡ませると、その絡ませた触手を引き込む。


 触手を収斂する。

 まさかな……。


 山猫に近い姿のロロディーヌは肉付きがいい死骸人形を自分の足下に運んだ。

 俎板の上の鯉状態の、その肉付きがいい死骸人形を凝視するロロディーヌ。

 ロロディーヌはそのまま口を広げて、牙を露出。

 ガブッと音を立てるように、噛み付きを行った。

 

 死骸人形の死肉を食べていく。


「……肉付きがいいのを選んだのか? ロロなら腹が壊れることもないと思うが」

「ォォルォン」

「グオォ」

「オォォォ」


 死骸人形たちが叫び出す。

 仲間が相棒に食われている姿を見たから怒ったらしい。


 んだが、人形なのに仲間意識でもあるのか? 

 人形ではなく死骸たちと呼んだほうがいいのかもしれないな。


 死骸たちは山猫の姿をしたロロディーヌに対して、細い指から鋭い爪を伸ばす。

 更に、顔の札が光を帯びると、その札がひらりと持ち上がり、広がった口内に生えた黄ばんだ乱杭歯を覗かせる。

 

 その広げた口から、風刃のようなものを吐き出してきた。


 山猫型黒猫ロロディーヌは数本の触手で――。

 自身に迫る爪を弾く。

 箒で叩くように簡単に弾くさまは面白い。

 風刃をいとも簡単に触手から生えた骨剣で連続的にたたき落としていった。

 バドミントンかテニスか卓球かという勢いで対処している。


 叩き折られた風刃は、方向を変えて壁に激突。

 線条の跡を壁に生む。


 神獣のロロは、そんな攻撃を受けつつも、死骸人形の肉を食べていく。


「ロロ、食うのに夢中になりすぎだ」


 そこからは俺が前に出た。

 両腕から<鎖>を出す。

 ――猛烈なスピードで疾走する<鎖>が死骸人形たちを貫いた。

 <鎖>を操作しつつ、その<鎖>が貫いた死骸人形を雁字搦めにした、その瞬間<鎖>を収斂。


 当然、<鎖>が絡む死骸人形も俺の手首に衝突する勢いで戻ってきた。

 すぐに<鎖>を消去して、勢いを持った速度で飛来する死骸人形を殴り落とした。

 ロロに注意しといてなんだが、俺も食うとする。


 殴り落とした死骸の首に噛み付いた。

 <吸魂>を実行――魂らしきものを吸収。

 俺の体は光を帯びる。

 吸った死骸人形は一瞬で干からび萎れて消えた。

 着ていたアジア風の衣服は地面に落ちる。

 頭部に貼りつけてあった札もひらひらと舞い落ちていった。


 そして、直ぐに新たな標的となった俺に対して……。

 他の死骸人形たちが、爪を伸ばしつつ近寄ってきた。


 ――が、対処は楽だ。

 ――<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を発動。


 飛行した五つの<光条の鎖槍シャインチェーンランス>が死骸人形たちを突き刺す。

 そのまま死骸人形たちを突き刺したまま、通路を明るく照らしつつ道しるべの如く通路の奥へと死骸人形たちを誘った。

 そして、通路の奥からドッと鈍い音が響く。


 死骸人形たちを<光条の鎖槍シャインチェーンランス>が壁に磔に処す。

 死骸人形に突き刺さっている<光条の鎖槍シャインチェーンランス>の後部が、瞬く間にイソギンチャクのように蠢きつつ螺旋回転しながら光の網へと変化し死骸人形の体を覆う。

 光の網はアジア風の衣服ごと死骸人形の体の中に浸透。

 死骸人形の体に生々しい網状の傷痕が生まれると、死骸人形たちの体は、崩れたパズルのように肉片のピースとなって床に落ちた。


 壁にはモダンアートのような編目の傷跡を残す。


「……すべて倒したようね。でも、シュウヤの無詠唱で放たれた、あの眩しい光槍は見たことがない魔法。あそこの壁が網状の傷となっているし、喰らいたくない魔法槍だわ」


 先を歩くユイは、振り返りながら弱気な言葉を呟く。

 その顔色には少し恐怖が滲んでいた。

 目は<ベイカラの瞳>が分かりやすく発動している。


「はは、そんな怖がるな」

「あ、また勝手に……ごめんね、分かりやすくて……」

「いいよ。その目は綺麗だし」

「……それが前にお話をされていた、<ベイカラの瞳>なのですね。素晴らしい恩寵の力。神に選ばれし存在。ユイはご主人様にお仕えする者として当然の力を持っています」


 ヴィーネは尊敬の眼差しで、ユイの<ベイカラの瞳>を見ながら話していた。


「ありがとう」

「いえ、当然です」


 ユイは笑顔でお礼を言うが、ヴィーネはあまり表情を変えずに視線を通路の先に向け、あそこの先に行かないのですか? と暗に示す。


「うん、あそこが入口。右が階段になっている」

「階段の上がった先には、見張りはいるか?」

「いるかもしれない。屋敷の表のレベッカ、エヴァと裏の精霊様、父さんの結果次第では……ある。逃げるならこの通路を絶対に利用すると思うけど」

「そか。外からは連絡がないから、まだ暴れている証拠だと思うが……ま、俺たちはここから直に乗り込めばいい。行こうか」

「うん」

「行きましょう」

「にゃお――」


 いつもの姿に戻っていた黒猫ロロが先に走っていく。


「あ、ロロちゃん、わたしの仕事を取らないで――」


 黒猫ロロはユイの言葉を聞いて耳をぴくぴくと動かし反応を示していたが、我慢できないのか、無視して階段を先に上がり姿が見えなくなった。

 俺たちは黒猫ロロの姿を追って通路を走り、右にある階段を見る。

 結局、黒猫ロロが階段の一番上まで上がっていた。


 閉じられた扉の前で後脚だけで立ちながら、上半身を持ち上げては、両前足で爪掻きを行い、ここをあけてあけてと、カキカキカキカキして音を立てていた。


 あれで扉を開けようとしているらしい。

 急ぎ階段を上がる。


「――なんだ? おい、変な音が地下通路の入口から鳴っているぞ。定時連絡か?」


 ヤバ、気付かれてるし。


「しらねぇよ、表と裏の外も何か騒がしいし……何かあったんじゃねぇか」

「開けた方がいいだろ、確認するぞ」

「あぁ」


 扉が開かれた瞬間、


「猫だと?」


 黒猫ロロディーヌが音もなく触手を伸ばす。

 驚く顔を浮かべた二人の兵士の眉間には、触手骨剣が突き刺さっていた。


 寄り目で倒れていく兵士。


「にゃおん」


 黒猫ロロは自慢気な顔を浮かべる。

 倒れた兵士たちの上に乗り、俺の顔を見ていた。


「よくやった、一瞬焦ったけどな」

「ンン、にゃ」


 黒猫ロロは『そんなことは知らないニャ』と、でもいうように顔を背けて、ヴィーネの足へ頭を擦りつけていた。


「ロロ様……」


 ヴィーネは微笑み膝を折り屈むと、黒猫ロロの頭を青白い手で撫でていく。

 銀髪が肩から靡いていたので、黒猫ロロはそっちの方が気になったらしく猫パンチを髪へ向けて繰り出していた。


「きゃ」

「ロロ、髪にじゃれたら駄目」

「にゃ」


 怒られたのが分かった黒猫ロロは耳をへこませて、俺の肩に戻ってくる。


「この光景を見てると、ヒュアトスを殺しにきた戦いということを忘れちゃいそうになるわ……」


 ユイが俺の肩で休む黒猫ロロの行動を見てボソッと呟く。

 気持ちは分かる。


 緊張感が抜けるけど、それが、また、なんとも言えないんだよな。


 黙って肩で休む黒猫ロロを見た。


 黒猫ロロはつぶらな瞳をゆっくりと閉じたり開いたりして、リラックスメッセージを送ってくれる。俺も瞼を閉じて開いて、リラックスメッセージを送った。


「……さて、つかの間のまったりタイムは終了だ。ユイ、ヒュアトスはどこにいる?」

「幹部、兵士は陽動作戦通り、表、裏に回ってここにはいないようね。丁度いいわ。ヒュアトスはまだ避難してないとこを見ると、いつもの政務室だと思う。こっちよ」


 ユイの後ろ髪を見ながら魅力的な太股をチラッと見てから、廊下を進む。

 掌握察には魔素の反応がなかったが――。

 

 赤絨毯が敷く奥の部屋から複数の反応を感知。

 両側にある箪笥に上を飾る豪華な品物からして、ここが、侯爵の部屋だと判断できる。


「気配がないから皆、表と裏に回ったみたい。あの奥の部屋がヒュアトスがいつもいた部屋よ」

「そのようだ。部屋の中に複数の気配がある。ヒュアトスがいたら、俺が話す。ユイ、ヴィーネ、ロロ、準備はいいな?」

「はい」

「うん」

「――にゃ」


 最後に肩にいた黒猫ロロが跳躍。

 赤い絨毯の上に着地。


 俺は足下に黒猫ロロと一緒に扉を勢いよく押す。

 扉を開けて突入した。

 やや遅れて、ヴィーネとユイが続く。


「閣下っ、ここはわたしが使役している死骸人形たちを利用し、地下を通り一刻も早く逃げるべきかとっ――」

「そうですっ、表、裏からの用意周到な襲撃……相手は群島国家サザナミからの刺客か、レフテン王国機密局、黄昏の騎士たちかも知れません――」

「アゼカイ、レイク、どうして急に黙る? ん――」


 ヒュアトスと部下たちの発言だ。

 彼らは俺を含めてヴィーネたちを視認する。


 ヒュアトスは前と変わらず。

 狐目を大きく広げて驚いている。

 

 俺とユイの顔を見ては、頬をピクピクとひきつらせていく。


「よぅ、ヒュアトス。久し振り」

「なんだお前は!」


 俺は両手で二つの銃を抜くように手首をくいっと動かし<鎖>を射出した。


 弾丸染みた軌道を描く二つの<鎖>は机の両脇に立っていた護衛か幹部か分からない奴らの頭を貫通し、そのままヒュアトスの頭部を二つの<鎖>で――いや、止めた。


 二つの<鎖>の先端ティアドロップは、ヒュアトスの額の横にピタリと付く。

 <鎖>の先端は鋭い刃物と同じ、ヒュアトスの側頭部は<鎖>の先端に触れて切れたようで、二つの血筋がつぅっと側頭部から頬へと流れた。


 もみあげが血に染まると、震えるヒュアトス。


「ひっひぃぃぃ……槍、使い……」


 ヒュアトスは尻餅をつくように椅子にぶつかりながら床に崩れた。

 切り札があると思ったんだが……気にしすぎたか。

 やはり、所詮は人族。


 この動揺の仕方はエリボルの姿とかぶる。

 当然だし、戦いに生きるダークエルフたちに失礼だが、ダークエルフたちのほうが戦いを理解していた。


「……な、なぜ、お前とユイがここに。わたしの配下たちは何をしているのだ……」


 ヒュアトスは茫然としながら呟く。

 俺はそんなヒュアトスに近付き、見下ろしながら口を動かした。


「……お前の部下たちは、表門か裏門の辺りで頑張っていると思うぞ。皆、俺の選ばれし眷属たちにより“死んでいる”と思うが」


 ヒュアトスはそこで、ゆっくりと立ち上がる。

 エリボルとは違うようだ。


 彼は狐目を鋭くさせながら、


「……くっ、忌々しい……何故、お前がわたしを潰そうと……どこの勢力に雇われたのだ……ロルジュ派、ラスニュ派が国内で暴れる訳がない……レイクが言ってたように群島国家サザナミの王家に連なる者か? オセべリアの女狐シャルドネか? セナアプアの糞評議員共か? 宰相の偽情報に踊らされたレフテンの犬、機密局、ネレイスカリの救出か?」


 シャルドネとも争っているのか。

 そういえば……ユイとの出会いの場でもあった会合で、レフテン王国の姫様ネレイスカリを、こいつとシャルドネと名前を忘れた宰相が協力して行った誘拐について話し合っていたな……。興味はないけど聞いてみよ。


「……レフテン王国の機密局ではない。だが、誘拐した姫は生きているのか?」


 俺の言葉を聞いたヒュアトスは驚き問いたげな目で、見つめてきた。


「……なぜ、レフテンではないのに興味を持つ」


 それはご尤も。


「姫という言葉だからだ」


 自分で言ってて意味が不明だ。


「姫の関係者なのか? やはり機密局に雇われた者ではないか……だとしたら遠回りだったな?」


 ヒュアトスは口の端を歪めて笑う。

 彼は、何か勘違いをしているが。


「遠回り? それで生きているのか?」

「今も生きているはずだ。遠回りとは、もうわたしは関知していないという事だよ」

「ん、どういうカラクリだ」

「……ネレイスカリの身柄は、確かに、わたしの手の者が一時預かったが、既にもう取引通りザムデ宰相へ引き渡してある」


 あー、ザムデか。思い出した。

 使えない部下もその場にいたな。


「へぇ、ザムデ宰相の下に姫様はいるのか。レフテンも混乱の極みだな」

「わたしがその状況を作り上げたようなものだがな?」


 胸を張りながら顎をあげて、少し自慢気な顔だ。


「ザムデは自らの国が滅びてもいいと思っているのか?」

「いや、宰相本人は戦争で懐を儲けたいだけだろう。姫を利用し、敵対している貴族、機密局を翻弄しているが、内実は……その通り、国が滅びに向かうだけ。藩屏を忘れた宰相、権力、金に囚われすぎた男を宰相にしてしまったレフテンが悪いのだ」


 ヒュアトスは悪びれぬ表情を浮かべて話す。


 ま、レフテンなんてどうでもいい。

 ただ、あの巨大な搭には興味はある。


 あの天辺には、何があるんだろうか。

 いつか、挑戦しに行くのもありかもしれない。


 後はシャルドネの事も聞いてみるか。


「……なるほど、よくわかった。それで、シャルドネとは連絡を取っているのか?」

「いや、こないだの会合以来、会ってはないな。競合が多く、争ってはいるが」


 シャルドネのライバル的な存在か。

 んじゃ、もういいかな。


「さて――」


 魔槍杖を縦に振り政務机を横にずらすように、破壊。


「ひぃぃっ」


 ヒュアトスは驚き、眼を見開く。


「ま、まってくれ、命だけは……この鍵を渡し、中にある宝を全て進呈しよう……だから、命だけは……」


 彼は大事そうに持っていたと思われる胸にかけてあった鍵を持ち上げている。

 鍵は普通じゃない。

 ……生きている白眼のような複眼が複数付いた歪な金属製の鍵。

 濃密な魔力が内包されていた。

 他人が触れば、呪われる奴か?


「鍵だと、それには触りたくない、その鍵を開ける扉か宝箱はどこにあるんだ?」


 ヒュアトスは目を光らせる。

 俺が興味を引かれたと思っているようだ。

「棚に仕掛けがある……触るのが嫌なら、わたしが開けよう」


 彼はよろよろと本棚に歩いていく。


「ご主人様、よろしいのですか?」

「あぁ」


 十中八九、罠だと分かるが……。

 こいつは何をするんだろうと展開的に楽しみな俺がいる。


「シュウヤ、あの笑い顔は何か企んでいる顔よ」

「おや、ユイ、心外だな……」


 ヒュアトスは顔をこっちへ向けて仕掛けを動かしていいのか、判断を問うてくる。


「いい、やれ」

「そうですか……では」


 ヒュアトスはニヤリと笑い、本の一部を動かした。

 その瞬間、本棚が左右に開かれ丸い扉が現れる。 

 丸い扉には幾何学模様の白い魔法陣があちこちに浮かんでは消えていた。


「あきらかに普通の金庫じゃないな。中に何が入っている?」

「開けてみればわかりますよ。因みにわたしの稼ぎの殆どが……この部屋の扉と、この中に入っていると言ってもいいでしょう……」


 彼は含みを持たせて、また口の端を上げる。

 あの顔、よほど自信がある顔だ……これがこいつの切り札か。


「いいから、開けろ」

 

 ヒュアトスは深呼吸を行い、鍵穴に鍵をさし入れ、口を動かしていく。


「カーズドロウ・アブラナム・アスローハ・リズィ・ヌグィ・ハッド――」


 ヒュアトスは詠唱をした。何だ? 呪文? だが魔力は殆ど消費……うは、扉の表面にあった魔法陣が煌めいて動く。


「なんだ、その言葉は」

「あぁ、これは荒神カーズドロウの扉を解放する呪文ですよ」


 荒神だと? そう言っている間に扉は開かれた。


 中には強大な魔素を内包している人型生物がいた。

 黒の長髪、額は少し出っ張り薄紫の肌を持つ。

 目は白く、白目の周りには黒く縁取られ太い角眉と繋がった骨らしき物が左右の後頭部へ曲線を描いて髪のように伸びている。


 全体的にのっぺりとした人形のような顔。


 首から肩にかけて白いふあふあのファー付きの赤紫マントを羽織り、全身に特異な黒革系コスチュームを身に着けている。


 そして、先端と後端には魔力の線が繋がった鈎爪のような形の長杖を背中に回した両手に持っていた。


「ヌオオオォォォォォ――久々に吸う違う空気だ……我を閉じ込めた荒神アズラは何処だ……」


 赤紫の口を大きく開け歯を見せながらの咆哮――空気が震動し突風を起こし、周りにあった本棚やら椅子が吹き飛ぶ。

 ヴィーネは綺麗な銀髪を風に揺られて靡かせながら、翡翠の蛇弓バジュラを構え光線矢をいつでも射出できる構えを取っていた。

 黒猫ロロも警戒度を引き上げたのか、馬獅子型になり周りのゴミを触手で吹き飛ばしてスペースを確保。


 ユイは二刀を構えいつでも飛び掛かれる態勢だ。


 やはり、切り札は持っていたか。


「おおおお、荒神カーズドロウ様っ。解放せしめし、わたしが――」

「煩い――」


 白目のカーズドロウが長杖を振るうと、杖の先から、魔力の杭が大量に撃ち出される。

 ヒュアトスの全身に魔力の杭が突き刺さり、ヒュアトスの身体が一瞬で潰れ肉片と化した。


 ありゃ……彼は凄い切り札を持っていたので、さすがは侯爵のヒュアトスだと思ったら……死んじゃった……。


 赤紫マントを着たカーズドロウと呼ばれた人物は、ヒュアトスの血肉を踏み潰しながら丸扉を潜り出る。


「ゴミが我に口を開くなど……ん――」


 扉から出たところで、カーズドロウは俺を見た。

 白目に魔力が集中した瞬間、コインのような物が白目の前に浮かぶ。

 コインには三つの生きた蜘蛛の複眼が現れていた。


「……弾くだと!? どういうことだ? お前はアズラ側の門番、カーズドラ、最強騎士か?」


 白目のカーズドロウはコインを消しては、たじろぐ。

 動揺を示し……後ろに一歩、二歩と下がり閉じ込められていた丸扉にぶつかっていた。


「……何を言っているのかよくわからないが、アズラの騎士とは何だ? そもそも、お前はカーズドロウと呼ばれていたが、何でそこに閉じ込められていた?」

「……質問が多いな、我が聞いていたのだぞっ」


 カーズドロウと呼ばれた性別不明な奴は、白目を大きくし、声を荒らげた。


「うるせぇな、今のヒュアトスを殺したように俺たちとも戦うのか?」


 外に魔力を漏らさないように魔闘術を全身に纏い、魔槍杖を正眼に構え持つ。

 それとも<鎖>、魔法、<光条の鎖槍シャインチェーンランス>で奇襲するか?


「ふふふっははははっ、ふん、我の鑑識を弾く強者と戦う訳がなかろう。聞くところによるとアズラの者でもないようだからな、戦う理由はない」

「だったら俺も戦う理由はないな。それで、お前の質問には、もう答えていたと思うが……俺の質問にも答えてもらおうか。なぜ、閉じ込められ、なぜ、アズラとかいう奴を恐れている」


 俺は静かな口調で問う。


「……第二次アブラナム大戦の名は聞いたことがあろう? 我はホウオウ側で、数々の土着荒神の一神としてアズラ側の土着荒神との戦いに敗れたのだ。そして、この金剛樹の大封室に閉じ込められた」


 ……アブラナム系の荒神としてなら聞いたことがあるが、大戦とかは聞いたことがない。

 荒神だから白猫マギットと同じなのか。


「その大戦は聞いたことがない」

「大戦を知らぬだと……いったいどれほどの時が……」


 荒神マギトラについて聞いてみるかな。


「……アブラナム系の荒神マギトラなら訊いたことがあるが」

「何、マギトラ殿を知っているのか。多頭を持つ白狐。第一次アブラナム大戦で大活躍してから行方不明になっていたはずなのだが……まぁ生きておいでなら、我らの味方となり、アズラ側と戦ってくれるであろう――ん、そろそろか」


 カーズドロウがそう呟いた瞬間、頭上から咆哮が轟く。

 その瞬間、血文字が俺の目の前に浮かんだ。

 <筆頭従者長>のレベッカとエヴァからだ。

 『頭上に巨大なドラゴンが出現』と、書かれてあった。


「ドラゴンだと?」

「そうだ――」


 カーズドロウが頭上を見上げながら話した瞬間、ヒュアトスの屋敷の天井、その全てがなくなっていた。巨大ドラゴンが尻尾で薙ぎ払ったらしい。


 また血文字が浮かぶ。


 『大丈夫?』

 『大丈夫だ』


 エヴァに血文字を送っておいた。


「去る前に改めて名乗っておこう。わたしは荒神カーズドロウ・ドクトリン。そして、そなたの名前を聞いておきたい」

「俺はシュウヤ・カガリ」

「そうか、我はシュウヤの勢力圏から離脱する。だから、どうかアズラ側に接触しても味方はしないでくれ、頼む……」


 偉そうな態度だった白目のカーズドロウは頭を下げてきた。


「頭を下げられても、約束はできない」

「ならば、ロンバルア……我が意思は通じているな?」


 カーズドロウは憂いの表情を浮かべながら頭上のドラゴンを見る。

 ドラゴンは茶色系の色合いで、胴体には巨大な四枚羽を持ち腹の下には二本の巨大な爪を生やした巨足も見えていた。

 背骨から連なった先にある巨大な頭には鼻から眉間へと繋がった細い三角系の兜のような骨頭があり、その額の骨の下にある鋭い白い眼球がこちらを睨んでいる。


 そして、口を広げ無数の乱杭牙を見せながら口の中から緑の光を発生させていた。


「ゴォォォォ――」


 緑の怪光ブレスでも発するのかと思い、一瞬、身構えるが、茶色のドラゴンは苦しみの声を上げていた……。


「カーズドロウ、何をやっているんだ?」


 一瞬、彼は笑顔を見せる。


「シュウヤへの友好の証として、ある物を進呈する。さぁロンバルアッ、頑張るのだ」


 カーズドロウは長杖を頭上へ翳し、鈎爪のような形の杖の先から魔力を放出、苦しみの声を出しているドラゴンへ緑色の魔力を送っていた。

 ドラゴンは緑の魔力に包まれると、なんとも言えない……一際、甲高い声を上げて、俺たちの真上に着地。


 尻を向けて、うんこをするように菊門を見せつけてくる。


 ……まさか友好の証に竜のうんこをくれるのか?

 いや、まさかな、そんなことをする訳が……。


「ご主人様っ、巨大な竜のお尻がひくひくと動いています!」


 ヴィーネ、いちいち解説しないでいいんだが……。


「シュウヤ、うんちだったらどうするの!?」


 ユイは俺と同じことを考えていたらしい。

 その瞬間、お尻とは違う穴から、メリメリッと音を立てながら巨大な卵、緑色の殻に包まれた卵がゆっくりと重力に逆らいふんわりと落下してきた。


 俺の目の前に優しく着地した巨大な竜の卵。


 よかった。うんちじゃなくて卵か。


「これを俺にくれるのか?」


 荒神カーズドロウは、俺の言葉を聞いて鷹揚に頷く。


「……そうだ。進呈しよう、ロンバルアの子供。この大陸に住む高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアとは違う、遠き大陸に住む多少は知能ある高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアの一種だ。この種は三回だけ子供を産むことができる。ロンバルアは最後の子供となる。そして、魔力を与えれば三日ぐらいで、シュウヤの子供として生まれ出るだろう」


 まじか、最後のドラゴンの子供を俺に託すと。

 荒神カーズドロウが頼んできた、アズラ側に味方するのは、今のとこは、なしだな。


 全く持って、何がアズラ側か分からないが。


「分かった。ありがたく貰っておこう」

「これで我が誠意は伝わったであろう。我らホウオウ側へつけとも言わぬ、ただ、アズラ側にはつかないでくれ」

「どちらの味方になるかは分からないが、少なくても、お前とは敵対しないでおこう」

「……曖昧だがいいだろう。強者たるシュウヤよ、それでは去らばだ――」


 カーズドロウはおごそかに頷くと、足に魔力を溜めた瞬間、跳躍して卵を産み落としたドラゴンの頭上に飛び乗っていた。

 ドラゴンは勢いよく飛び去っていく。

 あっという間に雲の中に消えて見えなくなっていた。


 俺は目の前のドラゴンの卵に注目。

 早速、右手の表面を当て、卵の表面を掌で撫でながら魔力を注ぎ込むと、卵がぴくりと動き反応を示した。更には、卵の殻の表面に独特の紋様が浮かび刻まれた、刹那、親指の爪にチクッと針が刺さるような感覚を得る。


 なんだ? と親指をみると、爪の表面にはネイルアートのような小さい卵と同じ紋様が刻まれていた。


「……これは一種の契約か?」


 卵の周りに集まっているユイとヴィーネに親指を見せる。


「特殊なドラゴンとの契約印みたいね」

「ご主人様、特別なドラゴンライダーにもなられるのですね」

「にゃおん、にゃにゃ、にゃーん」


 黒猫ロロはドラゴンの卵へ肉球を押し付けて遊んでいた。


「そうなったら、嬉しいな……ロロと一緒にドラゴンも連れて空を飛び回るのも面白そうだ」


 そのまま、星の成層圏を突破して宇宙の旅、イデ〇ンを探しに……は冗談として、ロロとドラゴンの二体を連れて空を駆けるのは面白そうだ。


「シュウヤー、全部倒したわよー」

「閣下」

「ん、シュウヤッ」

「マイロードッ」


 表と裏で大暴れしていたと思われるレベッカ、エヴァ、精霊ヘルメ、カルードが走って戻ってきた。


「その大きい卵は……」

「閣下が産んだのですかっ」


 ヘルメが長いまつ毛を、よりキューティクルさせて変なことを聞いてくる。


「そうだ。そのせいで尻が二つに割れてしまつたのだっ、ぐうぉぉ」

「な、大変ですっ、閣下のお尻がぁぁ」


 ヘルメは血相を変えて全身から水飛沫を発生させ近寄ってきた。


「……ヘルメ、冗談だ」

「はぅあっ」

「あはは、すまん。それに、尻はもとから割れているだろう?」

「……はい、そうですね」


 ヘルメは肩を落としてしまうが、即興コントを見ていた皆は、笑っていた。


「ふふっ、精霊様とシュウヤ、おもしろい」

「ヘルメは尻に強く、尻に弱いからな」

「……さすがは閣下です。わたしの水晶がトキメイテいます、うふ」


 精霊な彼女は流し目で俺を見ては股間を凝視してきた。

 何が彼女を興奮させたのかよく分からないが、エヴァへ顔を向けて、ヘルメのことは無視しといた。


「ん、この卵は、さっきの空に浮いていた巨大竜?」

「そそ。エヴァが話をしているように荒神カーズドロウが使役していたドラゴン。この大陸ではない高・古代竜ハイエンシェント・ドラゴニアだそうだ。それを友好な証として俺に進呈してくれた」

「……高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニア。さぞや立派な“お尻”から生まれ出たのでしょうね……。そして、さすがは閣下であります。荒神でさえ畏怖させたということですか」


 尻好きなヘルメちゃんはお尻を強調していた。


「お尻は分からないけど、高・古代竜ハイ・エンシェントドラゴニアなんて本当に凄いわよ! でも、正直いうと、荒神の名前って、あんまり聞いたことがないのよね……」


 ヘルメに同意しながらレベッカは話していた。


「ん、昔、神界、魔界とはまた違う神様たちと先生から習ったことがある」


 エヴァも頷いてから語る。

 先生とは男爵家の頃か。


「何でも、古き時代に、荒神同士で戦争があって敗れて閉じ込められていたとか、カーズドロウは話していた。そして、俺に、アズラ側にはつかないでくれと説得された。その友好の証としてドラゴンの卵をくれたんだ」

「へぇ、シュウヤはそのアズラ側に付かないのね」


 レベッカが聞いてくる。


「どうだろう、確約はしなかった」

「そう、でもドラゴンを進呈するってことは、シュウヤの存在を味方に引き入れたいということよ。そして受け取ったのだから、そのアズラ側と争うことになるんじゃない?」


 本当にアズラ側がいれば、そうなるだろうが、何百万、何千万年、何億と幾星霜の遠い過去の話で神性が失われている可能性もある訳だ。

 ま、いたらいたで俺たちにちょっかいを出したら……、


「……そうなったらそうなったで、俺たちが踏みつぶせばいいだろう」

「閣下……痺れ憧れ最強です」


 その言葉通りに、常闇の水精霊ヘルメは全身の黝い葉っぱ皮膚を震わせていた。


「ん、シュウヤについていく」

「ご主人様と永遠に」

「にゃおん」


 卵の近くにいたヴィーネは片膝を突いて俺に頭を下げている。

 エヴァも全身を紫の魔力で覆いながら魔導車椅子から少し離れて、身体を浮かせた状態で頭を下げながら着地していた。


 黒猫ロロはそんなエヴァが降りた車椅子の上に乗っかり、ちゃっかり太腿の上で休もうとしている。


「わたしもアズラだろうがカーズドロウだろうが、このアゼロス&ヴァサージでシュウヤの敵を討つ」


 ユイも手に持っていた二刀を縦に素早く振り抜いてから、カチャッと鞘に素早く刀を戻すと、片膝を床に突けて頭を下げてくる。


「マイロードの敵は、我が敵。ついていきまする」


 カルードもユイの隣に移動しながら恭しい態度を取った。


「――わたしも頑張るんだからっ」


 レベッカは皆が片膝をつけて口上を述べているのに、焦ったのか、あたふたしながら赤黒い魔杖を天に掲げて宣言している。

 彼女らしくて可愛い。


「よし、それじゃ、ペルネーテの自宅に戻るか」

「「はい」」

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